【注意書き】
独自解釈もしくは独自設定と捉えられる部分があります。
神綺の生み出した魔界人=魔界の人間=アリスも元(魔界の)人間という解釈とか。
あくまで二次創作な為、もしかするとキャラクターイメージが違う、とかこういうのは・・・、と感じる部分もあるかもしれません。
ですのでそういったものを許容出来るという方のみこの先を読まれる事をお勧めします。
もし、そういうのは絶対に受け付けられない!という方はお手数ですがブラウザより戻るよう、お願い致します。
始まりも終わりも突然で。
始まったものは終わりを迎える。
対極していながら極めて近しい世界の理。
一つのものが終わる事実は新たな始まりを意味し、そしてその始まりはやがて訪れるであろう終わりが存在する事を意味する。
全ては対極が織り成す無限の連鎖。
終わりが近付く時、始まりもまた、唐突に。
[ side M ]
「で、結局実験は大失敗、せっかく集めてきた材料も全部無駄になっちゃったぜ」
「ふうん」
人間でありながら魔法使いとして魔法を扱う事の出来る私、霧雨魔理沙の体験談に、目の前の巫女はあろうことかさして興味もなさそうに相槌を打つ。だから私は言ってやる。
「それだけかよ。『それは災難だったわね』くらいは言ってくれてもいいんじゃないのか?」
「日頃の行いが悪いからでしょ」
言うだけ無駄だったらしい。
今、私と目の前の巫女―博麗霊夢は博麗神社の縁側でお茶を飲みながら私と談笑している。
名前からも分かる通り、霊夢はこの神社の巫女だ。赤と白の2色で彩られた巫女服を着ているものの、巫女服にしてしては腋の部分が丸見えだったりする。そして巫女であるはずが、いつも縁側でお茶飲んでたりするので巫女っぽくはないのだが。
仕事をしている様子っていってもたまに掃き掃除をする姿を見るくらいである。
ここに住んでいるのはこいつ一人・・・なのだが私とこうして談笑していても全く問題が無いほど参拝客は来ない。
なにせここは幻想郷。結界に覆われ隔離された、外の世界で忘れ去られたものの集う場所。
人里は一応あるのだが、外の世界と比べたら人の数は非常に少ない・・・とか少し前にこっちへやってきた別の神社の巫女が言っていたっけか。
にしてもここまで人が来なさすぎるのはどうなのかと思うが。
「そんな訳で結局魔砲の強化は出来ずじまいだ。残念な事に」
この幻想郷には、と言うよりはここが幻想郷だからこそ、外の世界にはいないような妖怪や神様なんてのがいたりする。
そんな世界で一人でも生きていくために、私は魔法を覚え、色んな事件に関わっていった。
まぁ、魔法自体好きだからってのもあるんけどな。
だけど、当然魔法を覚えればいいって訳でもない。やっぱり上には上がいるし、そう考えると魔法も強ければ強い方がいい。
弾幕はパワーだぜ!
という訳で、私の攻撃魔法の代名詞でもある、マスタースパークを筆頭とした魔砲の威力強化の為、朝早く起きてから研究に取り掛かっていたわけだが・・・研究するどころか途中で予想外の事故が起きてしまい、研究の為の材料は全て灰となり、霊夢に愚痴を零しにきた、というわけだ。
家と私の身体が無事だったのは幸いだったけどな。
「ところで、もうそろそろお昼になるんだけど、ここにいるって事は食べていくの?」
霊夢の中では私の失敗<お昼ご飯だったらしい。・・・薄情なやつめ。
「いや、今日はやめとくぜ。この後アリスが家に来る予定なんだ。私がお昼の用意するって言ってるしな」
「魔理沙が作るって・・・、珍しいわね。普段は逆なのに」
「いつもそうしてもらってるからたまにはな」
そう言うと、霊夢は何故かこっちを見てにやにやとした笑みを浮かべる。
「最近、あんたたち仲良いわよね。ほら、あの月の事件の後くらいからじゃない?」
「そうか? 気のせいじゃないか? 大体私とあいつは蒐集のライバルだぜ」
と、言葉を返しながら霊夢の入れた緑茶を口に含み―――
「そんな事言って、実は知らない間に付き合ってたり、とかじゃないわよね?」
「ぶふぅっ!!」
盛大に緑茶を吹き出してしまった。
突然何を言い出すんだこの貧乏巫女はっ!
「そんな訳ないだろ! 大体、そんな事あるはずがないんだぜ!」
むしろ私から言わせてもらえば、お前と紫の方が怪しいぜ!」
そう返してやると、霊夢の表情が変わり・・・、あ、凄く嫌そうな顔だ。
「魔理沙、あのスキマ妖怪どうにかしてくれない? この前なんて、朝起きたら人の布団に勝手に入り込んでたのよ。頭にきて布団を引っくり返して転がした後アミュレット投げつけてやったらスキマに逃げるし。いつの間にかちゃぶ台の前に座って『霊夢、お茶はまだかしら?』とか何事もなかったかのように平然と要求してくるしさ。さすがに頭が痛くなったわ」
「・・・私もそれは嫌だとは思うが霊夢も酷いんじゃないか?」
「何でよ・・・」
「・・・まぁ、私はそろそろ行くぜ。呼んでおいて待たせたりしたらそれこそ何言われるか分からないしな」
そう言って、縁側に置いていた帽子を被り、箒に跨り、魔法の力でもって一気に空へと浮き上がる。
霊夢に言われたせいか、頭にはアリスの顔が浮かぶ。
私と同じ魔法使いでありながら、人である事をやめ、私とは異なる、種族としての魔法使いになった少女。
恋愛感情・・・とは違うだろう。そもそも恋の経験をした事がないから確定、ではないが。
ただ、特別な感情をもっている事に関しては否定出来ない。
初めて会ったのは魔界。私が霊夢らと魔界へと乗り込んだ時、私の前へと立ちはだかってきたんだ。当時は幼い子供の姿で二体の人形を引き連れて現れた。
その時から魔法は強力で魔界の人間の強さというものを感じたが、まだ戦闘慣れはしていなかったのが救いだった。おかげで私は勝利する事が出来た。
そして二回目に会ったのは幻想郷。
そのまま私たちが魔界神まで倒したものだから、その復讐の為、究極の魔法が書かれたグリモワール(魔導書)を持ってきて再戦を挑んできた。
それは恐ろしいまでに強力な魔法だった。だが、当時幼かったアリスでは制御が出来ず、暴走しかけたのもあり、私はアリスに勝つ事が出来た。もし、あれが完璧なものだったのであれば、私が勝つ事はなかったのではないかとすら思う。
そして三回目。
再び幻想郷にて冬の異変の時に巡り合った。
だが、その時には姿が変わっていて私よりも大人びた姿で、中身も完全に人を捨てた本当の意味での魔法使いとして姿を現した。
たくさんの人形を駆使しての魔法。私には到底行う事の出来ない多彩な攻撃だった。辛くも勝利する事は出来た。が、アリスは本気ではなかったんじゃないかと思う。
本気じゃないと気付いた理由は、手に持っていたグリモワール。
あの時のものと同じ魔導書であったが、それを一度も開いていなかったからだ。
明らかに最初戦った頃よりも魔法が多彩になっていたのだから、弱くなった、という事はないはず。
そして、いくら暴走したといえど、それは終盤の話。それなりには、もしかしたらちゃんと使いこなせるようになっていておかしくないとも思うのに、全く使ってはこなかった。
その時に、本気ではないんじゃないか、と思ったのだ。
元々私とアリスは同じ魔法使いでありながら、意見や趣味、好みの違いからその後も会う度に言い合いをしていたり、蒐集でかち合った時には弾幕勝負をしたりと、お互いに犬猿の仲と認める程であった。
だが、そんなアリスへの見解が変わったのは、月の異変の時だった。
それまで私の中では、アリスは何事も一人で行おうとする典型的な魔法使いのタイプだとばかり思っていたのに、グリモワールを差し出してまで、異変解決に協力を求めてきたからだ。過去使用した物とは別の物だが。
私にとってもそれは美味しい話だったし異変と聞いたら動かずにはいられないので協力する事にしたが、その時に初めてアイツの事が理解出来た気がした。
私とは違う、緻密な計算による行動と、その行動を存分に生かすための、多数の人形を同時に制御する器用さ。
私の魔砲に比べたら明らかに劣るはずの威力で確実に敵を倒すあの弾幕には、何か別種の美しささえ感じた事もある。
そして、決して本気を出すことはなくても、以前から比べたら比較にならない程の魔法の安定さ。
それは今まで努力をしてきた結果のように私の目に映り、自分自身と重なった時、親近感が沸いていた。そして、それまで、一人で異変を解決してきた私にとって、後ろを任せて安心出来る心地よさを感じたのはあの時が初めてだった。
その後別の異変で地底へ行った時も、人形を使っての遠隔からのフォローは完璧とさえ言えた。
あの時地底の異変の事を言わず騙されていたのは癪だったが、内心ではまた私を頼ってくれた事に少なからず嬉しさは感じていたのも確かだ。
おそらく、私は信頼しているんだろうなと思う。言い合いはするものの、親友であり戦友、パートナーってやつだ。
だが、反面、ライバルでもある。
霊夢に対するライバル意識とはまた違うが、やはり同じ魔法使い、そして同じ努力をする者として、負けたくないという気持ちも強いのは確かだ。
・・・私は素直じゃないからそんな話、本人には言わないが。当然、霊夢にもだ。
これからも当然、語る気はない。
今までのように言い合いをしつつ、その癖たまに家へ遊びに行き食事をご馳走になったり、それでも蒐集では弾幕勝負で奪い合いをし、そして、たまには共に協力して異変を解決する。
そのくらいの関係がちょうどいいのかもしれない。
そんな事を考えてるうちに、私の家が見えてくる。
魔法の森の中にひっそりと佇む一軒家。それが私の家だ。
地面近くまで高度を下げた後、箒から降り、足を地面へと触れさせる。
「さてと、それじゃあ食事の用意でもしてのんびり待つか」
誰もいない森の中で、一人そう声に出し、家の中へと足を進めた。
[ side A ]
それは、始まりの話であり、終わりの話。
「霊夢や魔理沙と知り合った頃の話?」
幻想郷に存在する魔法の森の、その奥にひっそりと佇む家に住む
「ええ。ぜひ聞かせてください!」
種族魔法使いにして七色の人形遣い、アリス・マーガトロイドの
「うーん、まぁ、構わないわ。今となっては懐かしい思い出だし」
終わりと始まりの物語。
突然の、別世界からの襲撃。
それはここ、魔界では稀に見る大事件であった。
それがすぐに鎮圧されたのであれば、大事件どころか珍しい事、程度で済んだのであろう。
だが、その襲撃者に仲間が次々とやられていくという事実が、その程度で済ませる事を許さなかった。
私は魔界神である神綺様に生み出された魔界の人間。そして、魔界に住む他の住人も皆、神綺様に生み出された云わば家族。
だから、家族の一人、ルイズがやられてしまったという話を聞いた瞬間、私は家を飛び出した。
その襲撃者を絶対に許さない。
私の魔法で倒してみせる。
そう心に決めて。
けれども、現れた人間は、私と同じ魔法使いなのに、魔界人の私よりも強くて。
殺されはしなかったものの、完全に敗北した私は神綺様に合わせる顔もなくて。
それでも帰る場所はそこしかないから。
けれども、隠れるようにこそこそと帰った私を迎えていたのは、私にとって母親であり、絶対の存在でもある神綺様の敗北の知らせ。最初は耳を疑った。
だが、どうやらそれは本当の事だったと後で神綺様の姿を見て確信してしまった。
最終的に、博麗霊夢という人間の巫女と戦い、敗れたという話である。
その事を知り、その敵が住んでいる幻想郷という別世界の事を知り、私は復讐を誓った。
だが、今のままでは到底返り討ちに遭ってしまう。
だから私は、最強の魔法が記されているというグリモワールを手に、魔法の鍛錬を行った上で一人、幻想郷へと向かった。
やってきた四人は全て倒すつもりでいたが、まずは私と戦ったあの人間の魔法使い。
あいつに本当の魔法を見せ付けて負かさないと気が済まなかった。
だからその人間を最初の相手に選んだのだが・・・、身に着けた魔法は全て避けられてしまい、相手の強さを改めて知ってしまった。
それでも、負けるわけにはいかない。その思いから、まだまともに使った事もない魔法にまで手を出してしまった。そしてその先にあったのは、魔力の暴走。
私の持ち出したグリモワールは、私にも扱いきれる代物ではなかった。
その隙をつかれ、再び敗北してしまう。
だが、その時の敗北は重みが違った。
全力を出し切っての敗北。そして、その敗北が結果的には暴走を抑え、私自身が救われたという事実。
まさに完全な敗北であった。
そしてそれは、私を倒した相手、そして魔法そのものに魅せられた瞬間でもあった。
あの人間の魔法使いを越えた魔法使いになりたい。そう思った。
私は魔力が低いわけではない。
むしろ少なくともあの人間よりあるとは思っている。
それでも今回制御出来なかった最大の理由。
それは制御力そのもの。
だから私はグリモワールを封印した。
そして、再びグリモワールを開く、その時が来るまでに魔法を完全に扱えるようになる為、人形操作による魔法を扱うようになった。
人形を選んだのは、より精密な動きを行う事が出来る為。そしてその人形を上手く扱う事で器用さ、すなわち魔法制御力を高める事が出来るから。
だが、子が親に似る、というのはこの事なのだろう。
人形操作による魔法を使っていくうちに、人形そのものに愛着が湧いてしまっていた。
そしていつからか、神綺様が私を生み出したように、完全に一人で動く、そんな自立人形を作り出してみたい。そう感じるようになった。
もちろん、それが生半可ではない、非常に過酷な道であるというのは分かっている。
それでも、私はあの時の少女が与えてくれた魔法の魅力の虜になっていた。
二回目の敗北の時点で、私の中で復讐心というのは終わりを告げていたのである。
代わりに始まったのは魔法の様々な可能性への挑戦。自分自身の限界への挑戦。そして、私を変えた少女に対する純粋な興味。
私はその少女――霧雨魔理沙のいる幻想郷へと移り住んだ。
そして、同時に魔界の人間としてのアリスは終わり、種族魔法使いへと生まれ変わったアリス・マーガトロイドが始まった。
その際、それまでの身体では不便を感じた為、魔法を使い自身の身体を成長させる事にした。
完全なる魔法使いとなってしまった後では成長する事が出来ない為である。
正直、種族魔法使いと生まれ変わった事で寿命は遥かに延びた為、時間は相当あるのだが、それでも自立人形は完成させられるか分からない。
けど、目標は大きければ大きいほど達成した時の喜びも大きい。
そしてもう一つ。幻想郷ではスペルカードルールを用いた勝負を行っていたが、私は本気を出す事をやめた。
当然、生きるか死ぬかの戦いではそうもいかないが、弾幕勝負で本気を出す事はしなかった。
本気を出して負けてしまっては後が無い。
その事によって、私が今までに感じ、生き方すらを変えてきた魔法への想い、そして七色の人形遣いとして生まれ変わった私の人形への想いが終わりを迎えてしまうのではないか、そんな不安を感じてしまうから。
過去に全力で挑んで負けた事で、魔界で生きていく事を捨て、魔界人として生きる事を捨てた時のように。
そう考えると、どうしてもゲームとも取れる弾幕勝負で本気を出す事は躊躇ってしまう。
それほどまでに、私はアリス・マーガトロイドとしての生き方に生き甲斐を感じていた。
だから、人形には全て愛情を注ぎ、自立人形を夢見て研究を続けた。
そして魔理沙の魔法に魅せられた時の想いを忘れない為にも魔法を日常から怠らず使用し鍛錬して。
だから、三回目の出会いの時、弾幕勝負でも私は本気を出さなかった。
魔力は魔理沙と同等のレベルで、と制限を自ら課して。
だが、その戦いで私には疑問が生まれた。
私は本当に、魔法を制御出来なかった為に魔理沙に負けたのか、と。
魔力の絶対量は私の方が上であり、そして、その時の私は魔理沙よりある程度強いレベルの魔力でも制御する事は出来た。
けれども、それでも勝てないかもしれない、そう思ってしまった。
制御でないのなら、一体何が違うのか。
私のその疑問に対する答えは、意外とすぐに出た。
それは、共に行動した月の異変の時である。
月が異常化した事によって人形に影響を与えてしまい、動かざるを得なくなったのだけれども、異変と聞いてすぐに動く魔理沙と共に行動する事で、答えを見出せるのではないか、そう思ったのである。
ただ、必ず動く確証がなかった為、協力する見返りとしてグリモワールを用意した。
そして一緒に異変解決へと赴き、その中で気付いた。
魔理沙は弾幕勝負の時、どんな状況であれ本気で勝負を挑む。
そして、どんな窮地に立たされてもそれを引っくり返そうとするある種無謀とも思える程の執念。
私には、無いものだった。
以前、私は彼女らが魔界に来たときに『絶対に負けられない』という想いを持って挑んだ事はあるが、それは当然みんなを守るからであって、今の私にはそこまで必死になれるほどの理由がない。
それに比べて魔理沙はどうなのだろうか。
今回の異変に限らず、常に全力で、必死に戦うのだとしたら、その根源はどこにあるのか。
月の異変の時には対立となった博麗の巫女は、天性の才能があった。私にも『魔力』という事で考えれば全くなかったわけではないが、霊夢に比べたら微々たるものである。
だけど、魔理沙は?
それは、初めて蓬莱山輝夜と対峙し、一度敗退した時に分かった。
その時はまた次の晩に出るつもりだった為に魔理沙の家に泊まったのだが、その際魔理沙から直接話を聞いた。
自分には霊夢のような才能がない。
だから追いつくには常に努力して異変を解決していくしかない、と。
普通に考えれば魔理沙の年齢でここまでの魔法を取得するとなると、どれだけの努力をしなければならないのか。
魔界とは違い、幼い頃から簡単に魔法に触れられる世界とは思えなかった。
となると、なんらかの方法で魔法を知ったという事だろう、一緒に魔界へ攻めて来た悪霊に教わったというのは知っているけどあの悪霊がそう簡単に人に魔法を教えるなんて自らするとは思えない。
いずれにしても並大抵ではない努力が生み出しているとしか思えなかった。
私も努力はしているが、それも必死になったのは魔理沙に負けたのがきっかけだったし魔理沙の行ってきた努力に比べたら微々たるものだろう。
つまりは、スタートラインから既に違ったのだ。魔法に対する努力、そして想いが。
魔理沙は、私など比べ物にならない程の努力家、言うなれば努力の天才で、その裏付けがあるからこそ、どんな時でも引かずに本気で挑んでくるのだと、そしてそれは今の私では勝つのは無理だという事も分かってしまった。
実力がどうこう、という話ではない。覚悟が足りないのだ。
私には持ってないものを持つ人間の魔法使い。霧雨魔理沙。
私は彼女をライバルとして尊敬している。絶対に本人には言わないが。
それと、月の異変の時や地底の異変の時に一緒に組んでみて分かった。
同じ魔法使い、という事もあるが非常に相性がいい。
魔理沙の火力と私の人形操作によるサポート。
性格も質も違うせいか、見事に役割分担をこなす事が出来、また、信頼出来る相手。私の中ではそう認識されていた。
まぁ、普段は言い争いをしていたりアイテムを賭けて弾幕勝負をしたりしているので決してそれも本人に言った事はないけれども。
犬猿の仲とは言えど、全てにおいて仲が悪いとは限らない。
だから当然利害が一致すれば共に行動する事もある。
霊夢のところへ遊びに行ったり。私の家でティータイムと洒落込んでみたり。
魔理沙は常に私を引っ掻き回してしまう。
精神的にも物理的にも。
魔理沙との出会いは、私のそれまでの世界の終わりを告げると共に、新しい世界を私に見せてくれた。それはとても魅力的なもので、気が付けば私は――
「じゃあ、霊夢さんと魔理沙さんは魔界の時からの友達って事なんですね」
「うーん。霊夢はともかく、魔理沙は・・・友達・・・なのかしらね?」
早苗の言葉に私は首を傾げる。
「違うんですか? 話を聞いててそう思ったんですけど」
「でも、会えば言い合いばかりだしね」
「ほら、良く言うじゃないですか。喧嘩するほど仲が良いって」
「それはなんか違うような・・・」
「あ、そろそろ帰って神奈子様と諏訪子様にお昼ご飯を作らないと。それに後で食材の買出しと山菜を詰みに行かないといけないですし」
「あら、もうそんな時間なのね。私も用事があるから出掛けるわ」
「じゃあまた、色んな話聞かせて下さいね」
「ええ。早苗もわざわざこんな良い布を届けてくれてありがとう」
「そんな大した物じゃないですよ。外の世界のものってくらいで私の昔着てたお下がりですし」
「それでもこの世界には貴重よ」
「そういうものなんですかね? っと、それじゃあそろそろお暇しますね」
「ええ。またいつでも歓迎するわ」
「はい! さようなら!」
早苗が帰っていった後、私は上海人形に協力してもらい、一緒に二人分のティーカップとお茶請けのお菓子を片付ける。
今日は珍しく魔理沙の家で昼食をご馳走になる予定がある。
たまには、そんな日があるのもいいのかもしれない。
そんな事を思いながら、上海人形を連れて外へ出た。
その先に、終わりの始まりが待っているとは知らないまま。
[ side M ]
家へと帰ってきた後、すぐに材料を用意し、野菜炒めを作る。
ご飯を炊くのは時間が掛かる為、家を出る前に既に炊いてある。
作っているのは当然私とこれから来る予定のアリスの計二人分。
他のおかずでも十分足りる事は足りるのだが、今作り始めた野菜炒めこそが今回の目的だから作らないわけにはいかない。
・・・いや、正確には野菜炒めの具の一つである茸、と言った方が正しい。
ようするに新種の茸を見つけた訳だがこれが試食してみたところ非常に美味しかった。そんなわけでアリスにもちょっと食べさせてやろうと思ったわけだ。
そんな事を考えつつ、料理をしていると、
「魔理沙ー、きたわよー」
外からアリスの呼ぶ声が聞こえた。
「開いてるから入っていいぜ」
そう言葉を返すと、玄関の扉が開き、約束どおりアリスが中へと入ってきた。
どうやら上海人形も一緒に連れてきているようだ。
肩までかかるかかからないか程度の長さの金髪で、人形のような容姿の少女。
「お邪魔するわね」
「あぁ。ちょうどいいタイミングだぜ。もうすぐ料理が出来るから適当に座って待っててくれ」
「そうさせてもらうわ。 ・・・ってソファーの上まで本が山積みになってるじゃないの。いい加減片付けなさいよね・・・」
入ってきて早速文句を言い出すアリス。でもこの言葉はもう、何度も聞いてるのでそのままスルーする。
アリスも無駄だと悟ったのかそれ以上は何も言わずソファーの上に積まれた本を片付け始める。
そしてソファーが物置から開放され、アリスが腰掛けたのとほぼ同時に野菜炒めも完成。
皿へと盛り付けた後、アリスの目の前にあるテーブルへと運ぶ。
「待たせた。霧雨流野菜炒めが完成したぜ」
他にも川で採れた魚の塩焼きににとりから分けてもらったきゅうりの漬物も運んでいく。
「どの辺が霧雨流なのか気になるところだけど・・・まぁいいわ。にしても、突然食事に誘うなんてどういう風の吹き回し?」
どうやら、アリスは何か裏があると感じているらしい。にしても・・・、誘った時にはちゃんと『いつも食事を作ってもらってるからたまには私に作らせてくれないか?』と伝えたはずなのにこうして疑われるのは少し傷つくのだが・・・。
「実はな、森の奥の方にちょっと魔力の流れが濃くなっている場所を見つけたんだ」
「・・・繋がりが見えないんだけど?」
「その場所で少し探索してたんだけどな、今まで見た事のない種類の茸を見つけたんだよ」
「・・・」
「私としては大喜びするほどの大発見だったから、この喜びを誰かと共有しようと思ったんだぜ。そこでここは、アリスに食べてもら」
「お邪魔したわね」
「ちょ、ちょっと待てアリス!? せっかくアリスのために作ったのに食べてくれないのか!?」
いきなり立ち上がって帰ろうとするアリスを慌てて引き止める。が
「私のためにって明らかに実験台じゃないの! しかもそんな魔力の密集地域で育ってた茸って時点で怪しさが三倍以上になったわよ!? それに茸なんて元々魔力も不安定だしなおさら危険よ!」
思い切り怒鳴られた。
「いや、実験台なんてつもりは無いぜ。だってすでに私が食べた後だからな」
「食べたって・・・、何でそんな怪しいもの平気で口にするのよ! 少しは自分の身を気遣いなさいよ」
「だっていくらなんでも私が食べずにアリスに食べさせるなんて出来るわけないだろ・・・?」
「それは・・・」
もう少しで押せるんじゃないか、そう確信した私はその場に膝をつき崩れ落ちる。所謂『orz』な体勢だ。
「そうか・・・、アリスは私の料理なんて食べれないって言うのか・・・。所詮アリスの料理には適わないしな・・・」
「誰もそんな事言ってないでしょうが! 私は怪しすぎるきのこを食べたくないって言ってるの!」
アリスの抗議はスルーし、少しだけ顔を上げアリスの傍らに浮いてる上海人形へと視線を移す。
「上海・・・、お前のご主人様はどうやら私の料理を食べるのが相当嫌みたいなんだぜ。こうして私のお手製の料理は生ゴミへと変わっていくんだな」
「・・・はぁ。分かったわよ、食べればいいんでしょ・・・」
私の言葉にアリスが折れる。
「流石アリス! 食べてくれると信じてたぜ!」
「まぁ・・・、素材が素材とはいえ、私の為に作ってくれたみたいだしね」
「あー、まぁそのなんだ、日頃の感謝って事にしておいてくれ」
なんか改めて言われるとちょっと照れ臭いな・・・。
実際ちょっとこちらの言葉にも照れが出てしまっていた。
アリスは再びソファーへと座るのを確認した後で、私はご飯を二人分用意しテーブルへと運ぶ。
「じゃあ早速食べてくれ。味は保証するぜ」
「はいはい。それじゃあ食べるわね」
そう言って一緒に炒めた野菜と共に、例の茸を口の中へと運ぶアリス。
暫く咀嚼した後、喉が僅かに動く。どうやら完全に飲み込んだようだ。
その後暫くは無言の時間が続く。先に沈黙を破ったのは私だった。
「どうだ・・・?」
「本当、何これ? 歯ごたえはあるのに絶妙な柔らかさもあって、噛んでいくと中からほんのりと甘さが出てくる。こんな
美味しい茸初めて食べたかも」
「そうか。それは良かったぜ」
内心、かなり安心した。
いくら美味しかったとはいえ人の好みの差はあるからな。アリスの料理が私にとって美味しいわけだから多分私の好みでも
問題ないだろうとは思っていたけど確信は無かったしな。
アリスは先ほどまでの不安も無くなったのか続けて箸を進めて行く。
喜んでもらえてよかった。
素直にそんな事を思った後、私もアリスと共に昼食を取る事にした。
早速茸を一口。
「やっぱり美味いな」
「それは茸が? それともこの料理が?」
「もちろん両方に決まってるだろう。私の料理なんだぜ?」
「普通自分で言う?」
アリスの言葉に私が笑い、続けてアリスもくすくすと笑い出す。
ああ、こうして誰かと楽しく会話しながらする食事っていうのはどうしてこう、幸せを感じるんだろうか。
「そうだ。今度はアリスにもこの茸を使って料理してもらうか」
「美味しい料理が作れそうなのはちょっと惹かれるけど、それは遠慮するわ。こんな茸で料理なんて作り出したらそれこそ魔理沙が毎日食べに来るじゃないの」
「当然だな。なんなら行った時に愛してると叫びながら抱きついてもいい」
「尚更遠慮したいわね」
「酷いぜ・・・」
そんなやり取りをしつつ、更に野菜炒めへと箸を伸ばし―――
・・・え?
突然、アリスが横に倒れた。
慌てて椅子から立ち上がろうとする、が急に視界がぼやけてくる。
「ちょ、ちょっと! 魔理沙っ!?」
耳に響くアリスの声が何故だか遠く聞こえる。
そしてようやく、私は悟った。
あぁ、倒れたのはアリスじゃなくて、私だったのか―――
[ side A ]
終わりというのは唐突に訪れる。
予期せぬタイミングで、終わりへと向かう。
始まるまで気付かず、気付いた時には既に始まっている。
それが、終わりの始まり。
「申し訳ないのだけれども、私にはどうする事も出来ないわね・・・」
突然倒れた魔理沙を抱え、大急ぎで永遠亭へと向かい医者としても優秀な薬剤師の八意永琳に診てもらったのだが、彼女から発せられた言葉はその一言だった。
既に魔理沙が倒れてからはかなりの時間が経過しており、その間彼女はまだ目を覚ます様子がない。
「それって・・・、どういう事なの!?」
まさか永琳からそのような言葉が出るとは予想もしていなかった為、思わず椅子から立ち上がり彼女へと詰め寄る。
「一言で言うとね、病気じゃないのよ・・・、彼女」
「病気じゃ・・・ない・・・?」
私は永琳の言った事がいまいち理解出来なかった。病気じゃないというのなら、何故魔理沙は倒れたのだろう。
その心境を知ってか、永琳は言葉を続ける。
「ええ。身体の様子を確認する限りでは、どこにも悪い部分はないわね。でも・・・、今の彼女の状況が普通では無い事も物語っているわ。ここからは推測にすぎないけど、話を続けていいかしら?」
「・・・ええ。お願いするわ」
私は先を促し、再び患者用に用意された椅子へと腰掛ける。
「あなたの話を聞く限り、原因は恐らく茸で間違いないでしょうね。で、その茸は魔法の森に生えていた、という事でいいのよね?」
「魔理沙からはそう聞いているわ」
「となると・・・、病気でないのだとしたら、考えられるのは一つしかないんじゃないかしら? あなた達の得意分野でしょ?」
言われて、ハッと気付く。
言われて見ればそうだ・・・。病気でないのだとしたら・・・、その上食べた茸に原因があるのだとしたら・・・、可能性は一つしかない。魔法だ。
今回口にした茸に含まれている魔力が偶然魔理沙に合わなかったのか、それとも人間にしか効かない特殊な魔法でも仕組まれていたのかは分からないけど・・・、その可能性が一番高いかもしれない。
そして永琳の知識と幻想郷での魔法は形態が違う為に自然とその専門家は魔法使いに限られる。
なんという失態だろうか。
『食べる』という行為から完全に毒やその他食事を採る事による病気の類と思い込んでしまっていた。
これでは魔法使いとして失格ではないか。
・・・いや、まだ出来る事はあるはず。魔法に関連する事だと言うのなら、魔法使いの私なら、魔理沙を治せるかもしれないという事。
結局魔理沙のせいでまたやっかいごとに巻き込まれてしまったって事か・・・。
けど、私も知り合いが倒れているのにそれを無視出来るような冷たい心は残念ながら持ち合わせていない。
それに、魔法絡みだというのなら、ここまで関わっておいて引くわけにもいかない。
「となると、まずは情報収集ね。永琳。ちょっと急いで紅魔館へ行って調べ物をしたいから魔理沙のこと、頼めるかしら?」
「構わないわ」
即答で承諾してくれる永琳。
こういう時の彼女は非常に頼もしい。
と、そこで部屋の扉が開き、頭にウサギの耳を生やしたロングヘアーの少女が顔を見せる。
「あれ? もう行っちゃうの? お茶用意したんだけど」
鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭に住む一人で永琳の弟子でもある。
後ろには、もう一人のウサギ、因幡てゐの姿も見える。
「ごめんなさいね」
鈴仙へそう言葉を返す。
「優曇華、魔理沙の看病はあなたに任せるわ」
「はい、師匠」
「あと、アリス。落ち着いて聞きなさい」
永琳の、その言葉に、何か嫌な予感を感じた。何かは分からないが、聞いてはいけない事のように思えて仕方がなかった。
だが無常にも、その言葉は続けて発せられた。
「彼女、魔理沙だけれども、恐らくは保って1日よ」
「・・・!?」
魔理沙が・・・、あと1日で・・・死ぬ・・・?
今まであんなにも私を振り回して、どこへでも連れ回して、異変が起きれば自ら突っ込んでいって自分の思うがままに突き進んでいくようなアイツが・・・?
さっきまで私の為に料理を作ってくれて、あんな楽しく談笑をしていたというのに、その魔理沙が・・・?
「そんな・・・」
視界が一気に暗くなっていくような錯覚を覚える。
魔理沙がいなくなってしまったら私は・・・。
「貴方達の魔法は私の知るものとは系統が違うから申し訳ないけど任せるしかないの。だからアリス、行動をするのなら急いでちょうだい」
そうだ。まだ魔理沙が死ぬなんて決まった訳じゃない。それならするべき事は一つしかない。
魔理沙をこのまま死なせてたまるものですか・・・!
彼女は私のライバルで親友で、そしてそう。パートナーなのだから。
私は永琳の言葉にゆっくりと、だがはっきりと頷く。
「それじゃあ行ってくるわ」
「ええ」
鈴仙の横を通り扉を出る時に、既にてゐがいない事に気付いたが、どうでもいい事だった。
それよりも、一刻も早く原因を突き止めて対処法を探さなければ。
まずは情報が欲しい。となれば最初に向かうべきところは決まっている。
私と同じ魔法使いであるパチュリーのいる紅魔館へ。
さすがに時間が無さ過ぎる今の状況では、同じ魔法使いである彼女の知識も借りたい。
それに、あの図書館でなら今回の症例に該当する魔法なんかも調べられるかもしれない。
そう、考えながら私は永遠亭を後にし、飛び立った。
[ side T ]
私はとにかく急いでいた。
竹やぶの中を抜け、妖怪の山を目指して。
話はほとんど聞いていなかったけど関係ない。
重要なのは今実際に起きている事。
幻想郷の英雄が死の淵に立たされている。
どう考えても大事件でしかない。
一刻も早く天狗に伝えて号外を作ってもらおう。
まぁ、その結果情報代としてお金が貰えるのは役得という事で。
それにこの事によっていち早くあの魔法使いの事が知れ渡って、誰か助けられる者が現れたりでもすればそれはそれでいい事じゃないか。
少なくとも永琳が薬を用意しなかったって事は病気じゃないだろうし。
となると永遠亭ではどうする事も出来ないだろうから。
しかし、人形遣いが連れてきたって事は何かやっちゃったのかな?
そう思ってさっき途中で出会った新しい神社の巫女にはそう言ってしまったけど。
まぁ、聞かれたらそう答えればいいか。大した問題でもないだろうし。
様々な思考を巡らせていくうちに、妖怪の山へと辿り着いた。
あとはここを登るだけ。
そして再び足を前に進めた。
[ side P ]
全体的に赤で彩られ、人の身体に流れる液体をも彷彿させる建物、紅魔館。
その中でも特に異様な無数の本に囲まれた巨大な一室。
図書館と呼ばれているその場所は、私――パチュリー・ノーレッジにしてみれば最も見慣れた自室でしかない。
だが、今日はいつもと一つだけ違う事がある。
珍しい事だが、まともな客が来ていた。
最近は泥棒ばかりで頭を悩ませていたものだから、正規の客というのは非常に珍しい。
「何の用かしら・・・?」
今手元で読んでいる魔法書からは視線を移さずに、正面の客である人形遣い――アリス・マーガトロイドへと問い掛ける。
「パチュリー、あなたに協力して欲しいのよ」
「?」
協力とはおかしな話である。
本来魔法使いというのは自分の研究内容を相手に明かすことはしない。
その為魔法使い同士で協力というのは普通、ありえない。
何か異常が起きている、とかであれば別なのだけれども。
そういえばこの人形遣いは人間の魔法使い――霧雨魔理沙と共に動く事がよくある・・・。
魔理沙は私にとってはやっかい極まりない泥棒なのだけれども、変な魔法使いだ。
「魔理沙が・・・、魔法あるいは魔力が原因でもうすぐ・・・、死ぬわ」
アリスのその一言には、私も少々驚いた。
人間だというのに殺しても死にそうに無いあの魔法使いが死ぬなんて、想像するのも困難だ。
「そう。ようやく奪われた魔道書が戻ってくるのね」
だが、さすがに冗談とは考えにくいので事実なのだろう。
彼女も人である以上はいつかは死ぬ。それが早いか遅いかの違いだけで。
「あなたには申し訳ないのだけれど、魔理沙をそのまま死なせる気はないわよ」
だが、人形遣いはまたおかしな事を言い出した。
死なせる気がない?
「どういう事?」
「そのままの意味よ。魔理沙を助けるの」
「・・・わからないわね。魔法に関わって魔法で死ぬ。それは魔法使いとして当然の有り方でしょう。それをわざわざ他の魔法使いが干渉して助けるだなんて、私にはあなたの考えが全く分からないわ」
「あら、お生憎様。私は種族は魔法使いでも元は魔界の人間。だから目の前で知り合いが死にそうになっているのにそれを見過ごせるほど人の心まで捨てたわけではないわよ? ただ、ちょっと時間が無さ過ぎるものだから、あなたの知識も借りたいのよ、パチュリー」
そう言いながら私を真っ直ぐに見据えるアリス。
私もそれに答えるように読んでいた魔法書からアリスへと視線を移す。
しかし・・・、分からない。
人として生きる事よりも魔法を選んだがために人を捨てたにも関わらず、魔法使いとしての生き方よりも人の心を選ぶ彼女の行動が。
私には全くもって理解出来ない。
だからこそ、答えは決まっている。
「答えはノーよ。あなたはそれでいいのかもしれないけれども、私は魔法使いとして生きている以上、そんな事で協力は出来ないわ」
「そんな事・・・ですって?」
私の言葉にあからさまに不機嫌な表情へと変わるアリス。
何故同じ魔法使いでありながら、こうも違うのか。
「ただし、条件次第じゃ考えなくもないわ」
「条件?」
「そう。魔法使いが魔法使いに協力するというのなら、それ相応の対価を頂くのは当然の事でしょう? 今の会話であなたという魔法使いに興味を持ったわ。だから1度で構わないからあなたが私の研究に協力してくれる、というのなら私も手を貸してもいいわ」
これは本当の話。何故こうまで考えの基準が異なるのか、非常に興味を惹かれた。
「それくらい、構わないわよ」
そして彼女は私の予想通りの答えを出した。私では間違いなく選ばないであろう選択肢。何故、そうまで即答で了承出来るのか。
魔法使いの研究というのは非常に危険でもあるし、そもそも私と彼女では分野も違うのだから研究内容を見る事だってメリットにはなり得ない。
「何故、そこまであの子の為に動く事が出来るの?」
気付いたら、そう質問していた。
「何でなのかしら・・・? でも、魔理沙に死んで欲しくないと思うのは正直な気持ちよ。アイツって嘘ばかりつく癖に、いざ行動する時は何に対してもひたすら真っ直ぐでしょ?」
真っ直ぐなのは否定しない。ただ、その為に堂々とここから本を奪っていくのはまた別の話だが。
「私もアイツには振り回されてばかりだけど、アイツのそういうところには尊敬するわ。だって私にはそこまで真っ直ぐになんて出来そうにないし。私にはないものを持ってるのよ、魔理沙は」
「自分に無いものを持っているから惹かれると・・・?」
まるで私がつい先ほどこの人形遣いに興味を持ったのと同じ事ではないか。なるほど。
「そうね。惹かれているんでしょうね、霧雨魔理沙という存在に。それに、私が魔法に魅せられて、こうして魔法使いへと成り代わったのはアイツが原因でもあるから。その魔法で魔理沙を救えるというのなら、私は救いたい」
言い終えた後、今の話は魔理沙には言わないでね、と付け足すアリス。
彼女は・・・、アリスは、他の魔法使いとは毛色が違うのかもしれない。
けれども、その生き方が、魔法使いとしての新しい可能性を生み出すのかもしれない。
「それじゃ、早速だけれども状況説明をしてもらっていいかしら?」
「ええ。・・・パチュリー」
「何?」
「ありがとう」
そう言ったアリスの顔が眩しく感じて、私は直視する事が出来なかった。
その後、アリスから現状の魔理沙の状態と原因と思われる内容について話を聞いた。
「そう。原因はその茸でほぼ間違いはなさそうね。あとはその茸自体の問題か別に魔力の干渉があったかといったところかしら?」
「ええ。そこまでは私も考え付いたんだけど、どうやって見分けようかと思って」
「それなら、魔力の波と質とを正確に分析する魔法があったはず。準備に時間がかかるから実践向きではないのだけれども」
「どれくらい掛かりそう?」
「1時間もあれば問題ないわ。その間に、例の茸をもってきてくれないかしら? 魔理沙の魔法の質は・・・何か魔理沙の身に着けているものがあればいいのだけれども」
そういうとアリスが思い出したように
「それなら帽子が魔理沙の家に置いたままになってるはずよ。茸も調理されたものでよければそのままにしてあるし」
と答える。
「なら、それを持ってきてもらえないかしら?」
「分かったわ」
会話が終わるとすぐに、アリスは私に背を向けて入ってきた扉から外へと出て行く。
私も交換条件として引き受けた以上は、きちんとこなさなければなるまい。
アリスの姿を見送った後、私は早速準備へと取り掛かる為、小悪魔を呼んだ。
[ side R ]
普段いる博麗神社とは違う、魔法の森の上空に今、私はいる。
もう日が落ち始め、紅く染まり始めてきたという頃。
この空が暗い闇に覆われるのも時間の問題だろう。
今、私がこの場所に留まっているのは、探していた相手の姿が視界に入ったから。
魔理沙の家から出てきた彼女を見据え、様子を伺う。
彼女が空へと浮かび上がり、私の存在に気付いたところで声をかけた。
「アリス」
「霊夢?」
目の前の、人形を連れた金髪の魔法使い、アリス・マーガトロイドは私の名前を呼び返す。人形の頭には、サイズが合わないはずの魔理沙の帽子が被せられ、固定されている。
「ごめん、ちょっと急いでいるんだけれど、何か用かしら?」
そう尋ねてくるアリスへ、私は告げた。あくまで、冷静に。
「七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。あなたを退治しにきたのよ」
その一言に、目の前の魔法使いの顔が強張る。
「・・・どういう事? 冗談だとしても笑えないわね、それは」
「それをあなたが言う? むしろそっちの方が笑えないわよ。まさか、あなたが魔理沙を殺そうとするだなんてね」
「え・・・!?」
私の言葉に驚きの声を上げるアリス。
私がこの事実を知ったのは、ふとした偶然だった。用事があって人里へと足を運ぶ途中、珍しく険しい表情の早苗と顔を合わせた。
そして彼女はこう言ったのだ。
魔理沙がアリスに殺されかけていて瀕死の状態になっているのだと。
魔理沙は・・・、いつも何かに必死になっている。私は見た事がないけれども、あそこまで一生懸命になっている姿からは想像も出来ない努力の様子が伺える。
そんな、一人で頑張ろうとするあの子が珍しくもパートナーとして組んでいるアリスには、私には見えない信頼関係があるんだと思っていたのに。
以前、魔界へ魔理沙と一緒に行って暴れた時、アリスは魔界の仲間を守る為に必死になって立ち塞がった。
一度私たちに負けた後も諦めず、何やら凄いらしい魔道書を持って再び立ち塞がって・・・。
その後の出会いでは姿は変わっていたけど、魔法への一途さはそのままで。
昔の事を根に持つような事もなく、いつしか一緒にいるのが当たり前になっていて。
魔理沙と一緒に神社にも遊びにきたりして、なんだかんだでお菓子を作ってきてくれたりしていたのに。
宴会で魔理沙が酔い潰れた時も、文句を言いつつも家に送り届けて・・・、そんなアリスを信用していた。
そして今朝も、魔理沙は語らなかったけど、表情はアリスが来るのを楽しみにしていた、そんな感情が分かるほど顔に出していて・・・。
早苗から聞いた話は、当然信用出来る訳がなかった。というよりも信じたくは無かった。
早苗自身も人里へ食材の買出しをしにいく途中で永遠亭の兎からその話を聞いたという事もあり、きっと今頃魔理沙は自分の家にやってきたアリスとまったり会話でもしてるんじゃないかとか、そう思いたかった。
博麗の巫女という立場から、人間に危害を加えた妖怪は始末する、というのもあるけれど、その他に、自分が、そして魔理沙が信頼を置いていたはずのアリスに裏切られたというショックも感じなかったと言えば当然嘘になる。
逆に、アリスの事を信用したいという気持ちが無かった訳ではない。だからこそ、永遠亭までは行った。でも、窓の外から見てしまった。寝込んでいる魔理沙の姿を。
覚悟を決めるしかなかった。場合によってはアリスを退治する、という覚悟を。
「霊夢、私は・・・!」
「言い訳を聞くつもりは無いわ。私は博麗の巫女としてやるべき事をやる。それでも何か語る事があるのなら、弾幕勝負で私に勝った上で語りなさい。それがここの、幻想郷のルールなのだから」
私の言った事はここでは当たり前の事。なのに、それを言い訳と感じてしまったのは恐らくその通りだからかもしれない。
アリスの声を、これ以上聞きたくはなかったという気持ちが無かったわけではない。
これ以上、聞いてしまったら、きっと私は感情に左右されてしまうんじゃないかという気持ちが全く無いわけではない。
でも今は、博霊の巫女として、やるべき事をする。それだけ。
だから今語る必要は無い。全ては弾幕で語ればいい。その事を主張するかのように、私はスペルカードを掲げた。
「霊符『夢想封印』!」
宣言と共に、生み出された複数の光弾がアリスへと向かっていく。
が、アリスはそれを紙一重でかわしつつ、同様にスペルカードを掲げた。
「咒詛『魔彩光の上海人形』!!」
アリスの声と共に、側にいた上海人形を伝って無数の、色鮮やかな、そして大小それぞれの弾幕が形成されていく。
そして、形成された弾幕が、流れるような、かつそれぞれが別の動きでもってこちらへと向かってくる。
相変わらず美しいと思う。
昔もアリスは、様々な色の弾幕を用途を分けて使用してきたのを覚えている。
その時は相手を倒す事ばかりを意識していたようであったが、今のアリスの弾幕は、例えるなら花びらが開いていくような、そんなイメージさえ持てる。
私にはこのような複雑な動きは出来ない。
せいぜい相手へと向かうように誘導させたり、といった程度。
さすがは、複数の人形を同時に操りそれぞれに全く別の事をさせる事が出来るアリスならでは、といった弾幕だと思う。
けれども、だからといって負ける訳にはいかない。
私はそれらを必死でかわしながら、再び光弾をアリスへと飛ばしていく。
私とて、アリスと何度か交えた経験があるわけで、彼女の弱点を知らない訳ではない。
どんなに素晴らしい弾幕を生み出そうと、アリスの行動は自身の動きを削っての人形操作による弾幕形成である以上は、アリス本体はそこまでの脅威ではない。
だからこそ、魔理沙と組まれた時は非常に辛い思いをした。
主力となる魔理沙とその隙を見事にサポートするアリスの連携は、永夜事件の際、私が及ばないほどに脅威だった。
・・・だからこそ、この2人は私の知る限り最高のコンビだと、そう思っていたのに・・・!
「『夢想天生』!」
2枚目のスペルカードを上に掲げ、宣言。
大量のアミュレットが、アリス本体を狙い、襲い掛かっていく。
当然、アリスはその弾幕をぎりぎりのところでかわしていく。
だが、一瞬でも人形から避ける事へ意識の移った今が好機!
私はすぐさま上海人形から放たれる弾幕を回避しつつ、アリスの側へと近付く。
アリスの顔が眼前に迫り。
「どうして・・・、どうして魔理沙を裏切ったのよ」
つい、アリスへとそう投げかけてしまっていた。
何故口にしたのか自分でも分からない。でも、彼女の顔を正面から見たと同時に言わずにはいられなくなっていた。私は仮にも博麗の巫女であるというのに。
魔理沙の事、そしてアリスの事でこんなにも揺れ動いている事に内心驚きを隠せなかった。
だがアリスはそんな私の放った一言に、意外にも答えを返してきた。
「霊夢・・・、私は・・・、裏切ってなんていないわ」
裏切ってない?
じゃあ何で・・・、何で魔理沙を傷つけたの・・・?
言葉には、ならなかった。
代わりに、『夢想天生』によって生まれた弾幕が再びアリスへと襲い掛かる。
それを見たアリスが、すぐさまスペルカードを取り出し――
――その姿が消えた。
「!?」
私は目を疑った。
いくらなんでもアリスにそこまでの早い動きは出来ないはず。かといって転移なんて以ての外。
魔法で仮にそういうものがあるのだとしても、今までにアリスが使ったところは見た事がない。
となると・・・何が・・・?
その疑問は、すぐさま解決した。
目の前に別の人物が現れたからだ。
「鈴仙・・・」
「お久しぶりね、博麗霊夢」
そう言ったうさぎの耳の少女は、更に言葉を続ける。
「今、アリスが動けなくなると、うちの患者が大変な事になるの。だから一時的にだけど視界を狂わせてもらったわ」
「・・・どういう事?」
「霊夢、あなた恐らくてゐの話を聞いて動いたんじゃない?」
「私は早苗からだけど、早苗は永遠亭の兎から聞いたと言ってたわね」
「やっぱり・・・。先に謝るわ。ごめんなさい」
「え?」
何故、謝るのかが理解出来ない。
そんな私に答えるかのように、鈴仙は話す。
「その話、情報源がうちのてゐで・・・、魔理沙が大変な状態にあるのは本当なんだけど、アリスがやったっていうのはその場でてゐが適当に言った嘘みたいなのよ・・・」
「それ・・・本当なの・・・!?」
「ええ。しかもそれを天狗に話して号外を作らせてるみたいだし。もうそろそろ配られ始めてるかもしれない」
という事はつまり。
「だからあなたには勘違いをさせてしまった・・・。それにアリスにも迷惑を・・・」
その先の鈴仙の言葉は、頭の中に入ってこなかった。
だとしたら、私がさっきアリスにしていた事、言っていた事は・・・。
私は最低だ。アリスの事も信用していたはずなのに、人から得た情報だけで裏切られたと錯覚して、それでもアリスはあの戦闘の時、何かを言おうとしてた。
なのに私はそれすらも聞こうとせず、博麗の巫女としての使命をまっとうする事を優先して・・・。
信用した気になって信用しきれてなかったのは、私の方じゃないの・・・。x
「じゃあアリスは何を・・・?」
「魔理沙の状態を回復させる為に飛び回って治療法を探してもらってるの」
つまりはあれか。私は単純に邪魔をしてしまったわけか。
アリス、ごめん。次会った時はちゃんと謝るわ・・・。
そうと分かれば今は、私の出来る事をしよう。
「鈴仙、私は天狗のところへ行って号外をどうにかできないか、話をしてくるわ」
「あ、待って霊夢。あなたに一つ頼みたい事があるのよ」
「え?」
「そっちは私でなんとかするけど、困った事に、魔理沙が抜け出しちゃったのよ・・・」
「魔理沙が!?」
「ええ。普通なら動けるような状態じゃないのに、目を覚ました時に付き添いをしてた兎から状況を聞いた直後、兎を部屋から追い出してその隙に・・・」
心配に思う反面、確かに魔理沙ならやりそうな事だと納得してしまう。
だがそうなると流石に放っておくわけにはいかない。
「私よりも、霊夢の方が魔理沙の行きそうなところ、心当たりあるでしょ? 元々霊夢にお願いする為に神社へ向かおうとしてたから」
「分かったわ。それじゃ、見つけたら永遠亭に連れて行けばいい?」
「お願い」
鈴仙との会話を終えた私はその場を後にする。
まずは魔理沙を探し出して安否を確認するところから。
本気を出す事は好まないけど、こんな時くらいは全力で行こう。
さっきはアリスに酷い事をしてしまったけど、やっぱり魔理沙もアリスも友達だから。
友達の為に全力を尽くす事だってある。
いくら博麗の巫女とはいえ私だって一人の人間なんだから。
[ side A ]
霊夢との戦闘中、突然現れた鈴仙の能力でもって霊夢の視界外へ逃げる事の出来た私は、事前に魔理沙の家で回収した例の茸を入れた包みと魔理沙の帽子とを上海に持たせ、紅魔館へ戻ろうと再び空を飛んでいた。
しかし、何故霊夢は私が魔理沙を殺そうとしただなんて勘違いをしていたのか・・・。
そんな事あるはずがないのに。
だがいくら考えても答えなんて出てくるはずがない。
まずは魔理沙を助けて、その上でちゃんと話をしてみよう。
一先ず、緊急時のために私の家にも立ち寄り、戦闘用に人形も何体か連れて行く事にした。
先ほどの霊夢との一件があったわけだし備えは万全にしておくに越した事はないだろう。
だが寄り道した代償として多少時間を取られてしまったのは大きい。その上霊夢と再び遭遇する事も避けないといけない。
厳しい選択ではあったがやむを得ずやや遠回りをして紅魔館へと向かう事にした。
しかし空は暗くなり始め、視界もあまり良くない。急いで戻らなければならないというのに状況が悪い方向へと進んでいく事に、僅かながら苛立ちを覚える。
そうしてどのくらい飛んでいただろうか。もうすぐ紅魔館へと辿り着くと思われる場所で、不本意ながら止まる事になる。
空に、誰かがいた。
暗くて良く見えないが、何か、菱形のカラフルな模様がいくつか見える。
あれは・・・羽・・・?
「あなたが、アリス?」
そう言う相手の声は、幼い少女のように感じられた。
「そうだけど、あなたは?」
「私は、フランドール・スカーレットよ」
その名前を聞いて戦慄が走る。
フランドール・スカーレット。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの妹にして最強の吸血鬼。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持つ、まさに破壊の象徴。
私は直に会った事はなかったけど、魔理沙から何度か話は聞いている。
その時の話では、紅魔館の地下に幽閉されていた、とかだったはず・・・。
ああ、そういえば紅魔事件以降、舘内で歩き回る事はあるとも聞いた気がする。
でも、それがここにいる理由にはならない。
しかし私の名前を言ったという事は私に何か用事があった・・・という事?
「美鈴からね、新聞を読ませてもらったの。魔理沙を、殺したんだよね? 魔理沙の帽子も持ってるし」
魔理沙の帽子を頭に被せた上海の方をちらっと見つつ語るフランドールの口は恐ろしいほどに端が吊上がり、恐怖を感じずにはいられなかった。
しかし新聞・・・?
私が魔理沙を殺したってどういう事・・・!?
だがその疑問を投げかけられるような雰囲気ではなかった。
「魔理沙はね、私の遊び相手だったんだよ。珍しく壊れない遊び相手。なのに、その魔理沙を壊しちゃったんだから、アリスはもっと強いんだよね?」
そう語る彼女の全身からは、殺気を感じずにはいられない。
これはまずい。私の中で警鐘が鳴るが、その場を動けそうな雰囲気ではない。
「だから・・・、今度はアリスが私の遊び相手になってよ。コインは無いから、コンティニューは出来ないけどね!」
言うと共に、フランドールが恐ろしい数の弾幕を形成。高速で私の方へと向かってくる。
相手は最高ランクの危険度を持つ吸血鬼。普通にやったって勝ち目は極めて低い。
でも・・・、これはただの弾幕勝負と違う。ゲームじゃない。勝たなければ魔理沙は助からない・・・!
状況が状況だし、本気で行くしかない!
「上海っ!」
私はすぐさま上海へと命令を送り、魔法の糸でもって上海を経由して魔力障壁を生み出す。
先ほどと変わらず魔理沙の帽子を被り、茸の入った袋を腰に結び付けている上海が両手を前に出し、弾幕の軌道を変える。
そしてこちらへと向かってきた弾幕のみを極力少ない労力でもってかわす。
「へぇ。魔理沙は全部必死で避けていたけど、アリスはそんな事も出来るんだね。だったらこれはどう? 禁忌『クランベリートラップ』」
スペルカードを宣言すると同時に、私の周囲にいくつもの弾幕が生まれ、一斉に私の方へと向かってくる。
四方からでは障壁で防ぐ事は出来ない。そう考え弾幕が中心、つまり私のいた場所へと集まるタイミングを見計らい、その合間を縫って外側へと移動し回避する。
が、弾幕が交差するとそのままそれぞれが隙間を抜け、今度は外側へと向かい出す。
その弾幕を避けようとした時、ふと違和感を感じた。
奥にあるのも弾幕・・・?
気付いた瞬間、周りを見渡すと、外側にもまた新たに弾幕が囲むように並べられ、再び私のいる方へと向かってくる。
内側と外側からの同時攻撃って訳ね・・・。
このまま撃ち続けられる訳にもいかない。
私もスペルカードを懐より取り出し、宣言する。
「蒼符『博愛のオルレアン人形』!!」
懐から飛び出した人形達が、私の周囲を回り始める。
その人形達を通して、弾幕を生成。生み出した弾幕は右に流れすぐさま停止すると同時に多数の弾幕へと分裂、今度は左に流れ似たように分裂、と繰り返し、無数に増えた弾幕が左へと流れつつ、フランドールへと向かっていく。
フランドールは、その弾幕を避けながら笑い声を上げる。
「あははははははっ! こんな奇怪な動きをする弾幕なんて初めて見たわ! 避けにくくて驚いちゃった。でも、まだまだこんなものじゃないよね? もっと私を楽しませてくれるのでしょう?」
そう言うと、フランドールはさらにスペルカードを宣言する。
「禁忌『レーヴァンテイン』! この程度の弾幕なら、私の一撃で吹き飛ばしてあげるわ」
「!?」
あれは・・・、あのスペルはまずい!
私はすぐさま人形の弾幕生成を中止し、フランドールの側へと近寄る。
このスペルは、魔理沙から聞いた事がある。
赤く巨大な剣を振り回す為近付いて剣の軌道を見切りつつ回避しなければ簡単に的になるとか。
案の定、フランドールは生み出した赤く巨大な剣を力の限り振り回す。
確かに距離を取っていると逃げ切れず的になる可能性があるが、近付いていれば見て避ける事も不可能ではない。
心の中で魔理沙に感謝しつつ、私は剣の軌道と同じ方向へ動いてなんとかかわす。
そして避けると同時に
「魔符『アーティフルサクリファイス』!」
フランの側へ人形を向かわせ、スペルカード発動と共に爆破させる。
爆風で見えないが、直撃はしたはず。
やがて、爆煙が消え、フランドールのいた場所が鮮明になる。
「今のはちょっと危なかったわ。やられたのが私じゃなかったら今ので終わってたかもしれないけど、残念でした」
「そんな!?」
そこには無傷のフランドールがいた。
爆発をまともに受けて無傷は考えられない・・・。
何かが・・・、何かがあるはず。
そんな私の心の中の問いかけに答えるように、フランドールが言った。
「私だって、お姉様と同じ吸血鬼なのよ? この身体をこうすれば、ね?」
そう言いながら、複数の蝙蝠へと姿を変える。
それは、私には絶望にも近い回答だった。
あれでは、よほどの隙を捉えない限り、1発を当てるのは難しい。
かといって、彼女の未知の攻撃をこのまま延々とかわし切る事も出来るかどうか怪しい。
だけど・・・、魔理沙を助けるまでは倒れるわけにはいかないのも事実。
「まさか、あれを避けられるとは思わなかったなぁ・・・。アリスが、魔理沙を壊してなかったらもっと楽しく遊べたかもしれないのに・・・」
「あなた・・・」
私はフランドールを、彼女を勘違いしていたのかもしれない。最初は純粋に弾幕勝負をしたいだけなのかと思っていたけれども、もしかして彼女は、魔理沙への想いで・・・?
だが、そう長い間思考をさせてはくれるほど甘くは無い。
「それなら、これはどうかしら? 禁弾『スターボウブレイク』!」
そう言い、更にスペルカードを宣言するフランドール。
私のいる場所よりも上空に多数の弾幕が浮かび上がる。そして、上に集まった無数の弾幕が、勢いをつけて急速な落下をし始めた。
私は弾幕の僅かな隙間を必死にかわす。が、これは非常に際どい・・・!
反撃するにしても弾幕が次々に飛んで来る為、集中力を多少なりとも削がれてしまう。
ましてやそんな状況下で弾幕を生成したとしても先ほどのように簡単に避けられてしまうだろう。
こうなったら、一か八かやってみるしかない。
「魔操『リターンイナニメトネス』!」
スペルカードを宣言し、懐の人形を真上へ投げつける。
そして人形を起点に突如起こる爆発。
その爆発が収まった頃には、フランドールのスペルによって生み出されていた弾幕が見事に消え去っていた。
「え!?」
瞬間的な爆発による爆風で弾幕が吹き飛んだ事に戸惑うフランドール。その隙を狙い、私はすぐさま別のスペルカードを宣言する。
「雅符『春の京人形』!」
再び人形を周囲に設置しなおし、その人形から弾幕を生成させる。
弾幕の軌道は地味だが、この弾幕の優れているところは空間制圧力にある。弾幕の移動が遅い代わりに、常に人形を通して弾幕を生成し続ける為、すぐにこの一帯は私の人形から生み出された弾幕によって逃げ場を失う。
狙った通り、フランドールは弾幕を避けるのに集中し、こちらへの攻撃をしてくる気配がない。
けれど、この弾幕で仕留める、とまではいかないはず。
この先どうやって追い込むか、そのプランを立てる時間稼ぎの役割も果たしている。
だが、私はその後すぐに、自分の考えが甘かった事を知る。
「このままでもいいんだけど、私も攻撃したいから次に行くわ。秘弾『そして誰もいなくなるか?』」
新たなスペルカードの宣言と共に、フランドールの姿が消える。
そして、私を追うように多数の弾幕が形成されていく。
完全にやられた。先ほどの行動で完全にペースを握っていたはずが、このスペル1つで一気に立場を逆転された。
状況から見るにこれは間違いなく耐久スペル。全てを避け切る以外に対処する事は不可能。
先ほどまでとは一転して、攻守が入れ替わってしまっている。
宛ら今の私は捕獲された調理の為の生贄。
後は調理されて具材から料理へと生まれ変わるのを待つばかり。
・・・そんなのは絶対にごめんだ。
ゆっくりと、数を増やしながら迫ってくる多色の弾幕から逃げつつ、作戦を考える。
正直、これ以上消耗するのは控えたいところだけどそうも言っていられない。
魔力の消費を控えて出し惜しみした結果負けました、魔理沙も助けられませんでした、では話にならない。
だけど、今はまだその時ではない。注ぎ込むのはこのスペルを逃げ切った後。即ちフランドールが姿を現した時。
しかし下手に攻撃しても、先ほどのように蝙蝠化されて逃げられてしまえば終わる。どうするか・・・。
ん?
・・・蝙蝠化?
そういえば、先ほどの蝙蝠化の時、フランドールは攻撃を仕掛けてこなかった。ということは、攻撃を仕掛けてきた瞬間は蝙蝠化が出来ない事になる。
私の中で一つのプランが組み立てられる。
成功しても失敗しても、相当量の魔力を消費する事になるけれども止むを得ない。
残る問題は、この弾幕を上手く回避出来るかどうか・・・。
考えている間にも弾幕は増加していき、避けるので精一杯の状況になる。
が、そこで、突然弾幕が止み、フランドールが姿を現した。
「今のも避けきっちゃうのね」
上海から魔理沙の帽子を取り、私自身が被る。そして、帽子の鍔下からフランドールを見据えながら、私は上海をフランドールの視界の外へと移動させていた。
「なら、今度はどう? 禁忌『フォーオブアカインド』!」
今だ!
私はフランドールのスペルカードの宣言と同時に上海へと命令を送る。
「上海、お願・・・っ!?」
だが、私の命令は送る途中で、止まってしまった。
何せ、狙おうとしていたフランドールが突然、4人に増えてしまったのだから。
咄嗟の事に動けずにいる私へ、容赦なく4人のフランドールから弾幕が襲い掛かる。
私は回避行動へと専念する。が、完全に予想外もいいところだった。
弾幕を避けきれず、先ほどからところどころを掠めてしまっている。
こうなったら、自分から状況を作り出すしか・・・ない!
私は弾幕を掠めつつも前進し、4人のフランドールの側へと近付く。
そして、至近距離まで近付いた時、彼女の弾幕が私の左腕を捉えた。
音と共に私の左腕が赤い液体で染まる。
その様子を見て笑みを浮かべるフランドール。
そこへ、死角へと移動していた上海からのレーザーが直撃する。
「なっ!?」
驚きの声を上げるフランドール。
すぐさま私は動かせる右腕を掲げ
「人形『レミングスパレード』!!」
大量の、大江戸人形達が4人のフランドールへと突撃、次々と爆発を起こす。
やがては視界が爆煙に遮られ、何も見えなくなる。
10を越える多数の人形達が自爆を繰り返していく光景は、一種の花火のようでもある。
だが、決して私は好きな訳ではない。
人形を作るだけでも労力がいる、というのもあるが、1体1体の人形に対して愛情を注いでいる私からすれば、本当に最後の
切り札で極力使いたくないスペルなのだ。
やがて、爆煙が収まり、視界が開ける。
とはいっても元々暗い為そこまで見える、というものでもないのだが。
そして視界が開けた先には・・・
蝙蝠化したフランドールの姿があった。
まさか、今のを避けられるとは、さすがとしか言いようがない。
そして複数の蝙蝠がフランドールの姿へと変わっていき――
「戦操『ドールズウォー』!!」
全ては、この瞬間のための布石だった。
上手くいけば、レミングスパレードで終わらせられるかとは思っていたが、回避される可能性も当然あった。
ではその回避される場合、相手はどうやって回避する?
当然、蝙蝠化である。
だが、蝙蝠化した場合、回避は可能だが、そのままで攻撃する事は出来ないのだろう。
先ほども蝙蝠化を解除した後にスペルカードを発動したのがその例だ。
ならば、弾幕を回避した後は、当然元の姿へと戻る。
その、元に戻った瞬間こそが、ダメージを与えられるであろうチャンスだと私は確信していた。
そして、このドールズウォーで至近距離からの人形達の攻撃を行う為、私は近付き、わざと弾幕をこの身に受ける事で、相手の油断を誘ったのである。
案の定、フランドールは元に戻った瞬間、人形達による近距離攻撃の乱舞をまともに喰らう。
人形達の斬撃を受け、死なないまでもすぐに動く事は不可能だろう。
そう思い、唯一遠くへ送り込んでいた上海を呼び寄せ
「もっと、もっと、もっと、もっともっともっとモットモットモットモット遊ぼうよアリスっ!!!」
叫びながら、そして人形達の攻撃を受けながら、フランドールが私の方へと迫ってきていた。
まさに狂気としか思えない、悪魔の表情を浮かべ、フランドールが私へ向けて右手を振りかざす。
回避は間に合わないか・・・!
私は近くに呼び寄せた上海を自分の前に立たせ、上海を通して魔力障壁を生み出し――
「そこまでにしてもらえるかしら?」
その声に、フランドールの右手が振り下ろす体勢のまま停止する。
その事を、目で確認してから、私は声のした方へと向き、意外な人物の顔に驚きを隠せなかった。
「あなた・・・、蓬莱山輝夜っ!」
「ようやく見つけたわ。アリス・マーガトロイド」
輝夜はそう言って微笑みを浮かべる。
でも、どうして・・・
「どうしてあなたがこんなところに・・・?」
「あなたを助けにきたのよ」
そう言われたが、助けられる理由が思い当たらない。
そんな私の心境を悟ってか、輝夜が言葉を続ける。
「あなたには、過程はどうあれ、あの月の一件で私に自由を与えてくれたでしょう? それだけでも貸しがあるというのに、今回の霧雨魔理沙の一件で多大な迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないと思ったのよ」
「迷惑・・・?」
「ええ。うちのウサギがちょっと余計な事をしてしまってね。霧雨魔理沙をアリス・マーガトロイドが殺そうとした、といった内容の話が天狗の新聞で配られてしまっているの」
「何ですって!?」
その一言で、全てが氷解した。
霊夢が私を退治しようと動いたのも、目の前のフランドールが新聞を見て私が魔理沙を倒したと言い出したのも、そういう事だったわけね。
「いくらなんでも、ここまで迷惑をかけておきながら、私は無関係ですと家にいるほど私は堕ちていないわよ。だからあなたを助けにきたのよ」
「ねぇ、よく分からないけど、私はアリスと遊んでいたの。邪魔しないでくれないかしら?」
それまでの沈黙を破って、フランドールが輝夜へ文句を言う。
だが、輝夜も負けじと言葉を返す。
「あら、残念だけれども、この遊びはもうお終いなのよ。だからお家に帰りなさいな」
その一言に、フランドールが怒りを露にする。
「あなた、人間でしょ? 人間の癖に、邪魔。もういらないから消えて」
フランドールはそう告げると、右手の平を上に向け、何かを掴むような仕草をする。そして、その手をぎゅっと握り潰す。
瞬間、びくん、と輝夜の身体が痙攣する。が、それだけだった。
そして、輝夜がフランドールを見据え
「あなた、今私を殺そうとしたわね」
そう言葉にする。
殺そうとした? という事は・・・、今のが彼女の、能力って事?
私は改めて、フランドールの持つ能力に対して恐怖を感じた。
あれほど簡単な動作で、人を壊してしまえるというのか・・・。
「何で・・・? 何で壊れないの? ちゃんと目を握り潰したのに!?」
逆にフランドールは驚きを隠そうともせず、輝夜へ叫ぶ。
「残念だけど、私を殺す事は不可能よ。だって・・・、私は死ぬ事が出来ないのだから。さぁ、吸血鬼。そんなに弾幕ごっこがしたいのなら、私が好きなだけ相手になってあげるわよ」
あくまで笑みを崩さず、輝夜はフランドールへそう伝える。
「アリス、あなたは行きなさい。手遅れになってしまっては取り返しがつかなくなってしまうでしょう?」
「輝夜。ありがとう」
私はフランドールと対峙する輝夜へ感謝の言葉を残し、再び紅魔館へと向かった。
全て、魔理沙がこれまで幻想郷で成して来た事。
パチュリーも、鈴仙も、輝夜も、そして霊夢も、恐らくは、フランドールも・・・。
今、彼女達が想いに違いはあれど、動いているのは魔理沙が幻想郷にそれだけの影響を与えていたからなのだと思う。
私の心情だけではなくて、他のみんなの為にも、魔理沙を助けなければいけない。
魔理沙・・・。
絶対に助けてみせる・・・。
絶対に・・・。
[ side P ]
準備を整えて待っていた私の元へ戻ってきたアリスは、左腕から血を流し、かなり疲労しているのが見てとれた。
「ちょっと、何があったの?」
そう尋ねると
「あなたの友人の妹と一戦交えていたのよ・・・。あと霊夢ともね」
疲れ果てた声で、意外な答えが返ってきた。
フランが外出してる!?
レミィは何をしているのかしら・・・!?
「フランはどうしたの?」
「今はここから魔法の森方面に少し進んだ上空で永遠亭の蓬莱山輝夜と交戦中のはずよ・・・」
アリスは側にあったソファーへと腰掛けながらそう答える。
「小悪魔。今の話、レミィに伝えてきてちょうだい」
「あ、はい。わかりました!」
私の命令を受け、急ぎ足で図書館から外に出る小悪魔。
それを確認してから、私はアリスへと向き直る。
「それじゃ、先にその腕の手当てをするわ」
そう言うが、アリスは首を横に振り
「ありがとう。でも今はいいわ。それよりも魔理沙の帽子と茸を持ってきたから、早速で悪いけど原因を調べてもらえないかしら?」
と、言葉を返す。
だが、今だ流れ続けている血が、生易しい怪我ではない事を語っていた。
「アリス、その怪我じゃ今だって痛いはずよ? さっさと治療してしまった方がいいわ」
「そうかもしれない、けど今はほんの少しでも時間が惜しいのよ。こんな傷を治すために魔理沙を助けるのが間に合わなくなってしまったらそれこそ後悔するわ」
どうやら、今の状況下では何を言っても無駄のようである。
「そう」
とだけ返し、実験の準備へと取り掛かる。
とは言っても、既に下準備は出来ている為、後はアリスが持ってきた物をそれぞれ魔法陣の中央へ置き、魔術式を組み立てるだけ。
まずは魔理沙の帽子を置き、呪文を詠唱する。
やがてうっすらと光り出す魔理沙の帽子。その帽子の周囲に、魔力の流れが見え始める。
白く輝く膜が帽子を包み込むように張り巡らされている。流石は光や星を象徴とした魔法を扱う魔理沙といったところか。
私は術式へ少し大量に魔力を送り込み、状態を少しの時間維持させるよう調整する。
アリスがこの術式を行えば、器用さに長けた彼女の事だろうから、両方を同時に調べる事も出来るのだろうけども、私ではこの手順を踏まないと難しい。
でも、今の彼女は怪我をしている上に、弾幕消費で魔力も消耗しているようなので頼むべきではないだろう。
維持に成功したのを確認した後、続けて茸をすぐ隣の別の魔法陣の中央へと置き、同様に詠唱を始めた。
そして浮かび上がったのは、黒・・・? いや、灰色のゆらゆらと動く波打ったような魔力の流れ。
少なくとも、人に影響がありそうな魔力ではなさそうだが・・・。
次の段階として、魔力の流れを具現化させたまま、帽子と茸とを密着させてみる。
その瞬間、静電気が生まれた時の更に激しくさせたような音と共に、互いの魔力が反発し始め、歪んだ魔力の渦を生み出し始める。
その光景が目に映った瞬間、私は術式を中断し双方を引き離す。と、同時に反発していた魔力も、新たに生まれようとしていた魔力の渦も消滅する。
「相性ね」
一言だけ、そう言った。
アリスも見ていてすぐに悟った様子で首を縦へと振る。
どうやら、魔理沙の持つ魔力と茸に染み込んでいた魔力とが反発した結果、有害な魔力の渦が生み出されていたようだ。
当然、そんなものが魔法使いとはいえ普通の人間の体内で生み出されれば、今回の事態のようになるのも頷ける。
そうなってくると対処法も分かりやすい。
体内で生まれた魔力が問題なのなら、その魔力を消滅させてしまえばいい。
私は無数にある本棚の一つから、赤色の本を一冊取り出す。
その中から目的のページを開いた後、アリスへと話す。
「魔力を中和させる中和剤を作り出して魔理沙に飲ませれば解決するはずよ。中和剤自体は、効果は恐らく3日程しかないけれども、ようは魔理沙が飲み込んでしまった茸さえ消化されてしまえば魔力も一緒に消滅するはずだから、その日数でも問題ないはず。問題があるとすれば、その間魔理沙本来の魔法も使えなくなる事だけれども、そこは諦めてもらうしかないわ。どうせ中和剤の効果が切れれば自然と魔力は回復するし、数日我慢してもらうだけだから」
「その中和剤ってのはすぐに作れるのかしら?」
「ええ。と言いたいところだけど、材料が一つ足りないわね。他の材料は全てあるから、それさえ持ってきてもらえればすぐにでも作れるわよ」
「じゃあ、それを取ってくればいいのね?」
アリスの言葉に私は無言で頷いた。
「名称は『雪月草』。冬に多い草だけれども、他の季節でも寒い場所でなら普通に生えているはずよ。しかも今が夜なのは好都合ね」
「どういう事?」
「その草は、夜になると、月の光を真似るかのように、うっすらと光るのよ。恐らく、妖怪の山の高い場所でなら気温も低そうだし生えているんじゃないかしら?」
「分かったわ。それじゃ早速行って来るわね」
「ええ」
一言だけ返すと、アリスはすぐさま図書館を出て行く。
その姿を見送った後、私は誰もいない空間へ声を響かせる。
「咲夜、ちょっといいかしら?」
「如何なさいました? パチュリー様」
私の声と共に、音も無く紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が姿を現す。
「悪いのだけれども、彼女がまたここへやってきた時に手当てする準備だけでもしておいて貰えないかしら?」
「分かりました。ついでに客室も念のため使えるようにしておきますね」
「ええ、お願い」
そう答えると、咲夜は現れた時と同様に、音も無く姿を消す。
いつ見ても、咲夜の時間停止能力は原理が全く持って分からない。
使っている本人でさえ、詳しくは知らないのだから当然といえば当然ではあるが。
とりあえず、小悪魔が戻ってきたらまた準備に取り掛かろう。
そう思いながら先ほど取り出した本を片手に、紅茶を口へ運んだ。
[ side F ]
いつも見慣れた部屋。
もう、同じ景色ばかりでつまらない。
凄く長い間ここにいたから。
つい最近は外の世界なんて知らなかった。
でも、ちょっと前、急に霊夢と魔理沙がやってきて、私と遊んでくれた。
お姉様も遊んでもらったみたいだった。
二人とも壊れなくて、私は凄い楽しかった。
霊夢は神社ってところにいるらしくて、お姉様も遊びに行ってるみたい。
私も行きたいって言ったけどまだ外には出してもらえてない。
でも二人が来て以来、この部屋から出て建物の中を歩く事は出来るようになったから少し嬉しい。
それまでは、ここでぼーっとしたり出されたご飯を食べたり、たまに入ってきた誰かと遊んで壊すだけだったから新しい事をするのは面白い。
特に魔理沙はここに来る事が多いから、弾幕ごっこで遊ぶのが面白い。
でも、最近は会ってないからちょっとつまんない。
今日辺りでも遊びに来ないかなぁ・・・。、
そんな事を考えてたら美鈴が私のところへやってきた。
それはしょっちゅうではないけれどよくある事。
今日は黄色い花を持ってきてくれた。
でも、もう片方の手にも何かを持っていた。
興味が沸いた。
でも美鈴に見せるように言ってもバツの悪そうな顔を浮かべ見せてくれなかった。
そうされると逆に気になってしまう。
だから別の話をして、美鈴の隙を見て奪い取った。
持ってたのは新聞だった。
美鈴は私に返してくださいなんていうけど返してあげなかった。
だって、返す前に見えちゃったから。
見えたのは、魔理沙の名前。
魔理沙の事が書いてあった。
もうすぐ死ぬって。
・・・。
魔理沙が死ぬ? 誰が、誰が壊したの?
アリス・・・。アリス・マーガトロイド。
こいつが、魔理沙を壊して、それで魔理沙はもうすぐ死ぬって事?
壊させなくても弾幕ごっこが楽しいと感じさせてくれた魔理沙は、私の遊び相手なのに。
それを壊しちゃうなんて。
きっと私がこのアリスっていうのと遊んだら更に楽しめるのかな。
でも、私の楽しみを奪ったんだから、遊んだ結果壊しちゃっても・・・問題ないよね?
気が付くと私は新聞を手に持ったまま窓から飛び出していた。
突然、遊びたくなったんだと思う。
無性に胸の辺りがムカムカするけど、なんだかよく分からなくて気持ち悪い。
何でなのか、考えても分からないから余計に。
きっと、アリスと遊べば治るに違いない。
そう思ってふと気付いた。
そういえばアリスってのがどんな姿なのかを全く知らない。
困った。
少しその場に留まって考えてみたけど、答えは出てこなかった。
そしたら目の前に人影が見えた。
ちょうどいいからアリスの事を聞いてみよう。
そう思って口を開きかけて、見えてしまった。
その人影のすぐ横、何か小さいのが頭に載せてるのは――魔理沙の帽子。
分かってしまった。
今、目の前にいるこの人が、アリスに違いない。
その予感は的中した。
私はとても嬉しかった。これから始まる予定の、弾幕ごっこを想像して。
これで魔理沙の・・・。
何?
今何を思ったんだろう?
魔理沙の、その先に続く言葉が分からない。
分からないから、今は分かる事をする。
アリスへ向けて私は何度も弾幕を張った。
でもなかなか当たらない。
魔理沙を壊しただけあって、簡単には壊れてくれない。
あれ?
壊すのが目的?
弾幕ごっこを楽しみたかったはずなのに。
何でそんな風に思ったんだろう。
考えてみたけど全然分からない。
だから考えるのをやめた。
やっとアリスに当たった!
私は心の中で叫んだ。
でも、すぐ後に恐ろしい攻撃をされた。
今のは凄く危なかった。
さすがアリス。
蝙蝠になってなかったらやられてたかも。
やられたらお返しをしなくちゃ。
姿を元に戻して
その瞬間、凄い数の人形が襲ってきた。
痛かった。
そして思った。
魔理沙も、こんな風に痛かったのかな?
だったら、アリスも。
アリスも同じように感じればいい。
そう思ってアリスへと向かっていったら凄い驚いた顔をしてた。
アリスにも、同じ痛みを与えられる!
これで魔理沙の――が討てる!
え・・・?
私は何をしようとしていたの・・・?
混乱する。
そんな時に横から声が聞こえた。
私は何故か、攻撃するのを止めてしまった。
一度止まってしまった手は動かない。
きっと、今突然出てきたこの人間が
この人間が全部悪いに決まってる。
そう思ったら凄く邪魔になった。
だから消しちゃおう。
そう思って、私は右手で握り潰してやった。
きゅっとしてドカーンって具合に。
なのに、その人間は死ななかった。
私の能力はどんなものでも壊せるはずなのに。
そしたら、その人間は自分は死なないなんて事を言ってきた。
壊せない人間。
邪魔でしかない。
そんな事を考えていたら、アリスがどこかへ行ってしまった。
追いかけようとしたのに、目の前の人間が邪魔をする。
だから弾幕を撒いて、何度も壊そうとしたけど全然壊れてくれない。
壊れないなんてずるい。
魔理沙は壊れてしまったのに。
そんな事を考えていたら、また誰かがきた。
今度は私もよく知っている。
お姉様だった。
お姉様は私を連れ戻しにきたのかな?
でもまだアリスを壊してないよ?
そう思ってたら、お姉様が私を抱きしめてきた。
その後、私に謝ってきた。
何で謝るのか分からないよ。
そう思ってたら、伝えておけばよかったと。
そう言われた。
何の事?
「アリスは魔理沙を殺してなんていないわ。逆に助けようとしているのよ。だからフラン、あなたが仇を討とうとする必要
はないの」
お姉様の言った事が分からない。
仇を討つ?
誰の?
だって私は魔理沙を壊したアリスと弾幕ごっこがしたくて
・・・あれ?
でも魔理沙を壊してないって事なら、アリスと弾幕ごっこをする理由は?
魔理沙を助けようとしてたアリスに私は弾幕ごっこをして邪魔をしてた・・・?
違う!
私は!
私はっ!
私は魔理沙の仇をっ!
・・・。
・・・そうだったんだ。私は。
私は、魔理沙がいなくなるのが嫌だったんだ。
きっとこれが、悲しいという気持ち。
それで、アリスにあんな事して。
でもアリスは悪くなかった。
つまりは私の勘違いって事?
私は・・・、私は・・・!
もう、何がなんだかよく分からなかった。
ただ、目が熱くて熱くて仕方がなくて、それと・・・。
背中に当たるお姉様の手が凄く暖かくて。
ただただ、そのままでいたかった。
どのくらいそうしていたのかわかんないけど
気付いた時にはあの壊れない人間はいなくなっていた。
もう、私にはどうでもいい事だった。
まだいたとしても、戦う気にはなれないし。
それよりも、一つだけ分かった事がある。
アリスともう一度会おう。
今度は弾幕ごっこじゃなくてちゃんと話をしよう。
アリスに、ちゃんと言わないと。
私が今感じていたこの気持ちを。
[ side A ]
私はパチュリーから聞いた話を元に、妖怪の山を登り、その上にある守矢神社付近までやってきていた。
そして付近を見渡し、すぐに目的のものを見つける。
事前に聞いた話の通り、若干発光しているおかげで非常にわかりやすかった。
「これで魔理沙を助けられるのね」
目的の物を手に入れた私はまたすぐに飛び立ち、山を後にしようとして
「ちょっと待ってください!」
後ろからの呼び止めに答えるように空中で停止した。
声のした方へ向き直ると、そこには巫女服を着た少女が私と同じように空中に浮いていた。
一瞬、霊夢かと思ったが、よく見ると服の色も髪の色も違う。
緑色の髪に青いラインの巫女服。
「アリスさん、また会いましたね?」
「そうね」
東風谷早苗。
それが彼女の名前。
守矢神社の巫女で、現人神という存在。
そして、今朝私の家に来て一緒に紅茶を飲んだ相手。
「こんな夜中に何の用?」
「それは私の台詞です。今朝、聞いた話を信じていたんですよ。それなのに・・・」
・・・やっぱりというかなんていうか。
早苗もどうやら新聞を読んでしまっているらしい。
「まさかあんな事を・・・。アリスさん。私も神様に仕える身。ですから、神奈子様の言い付け通り悪い妖怪は退治しなければなりません」
「早苗! 違うのよ・・・!」
「言い訳は聞きたくありません! アリスさんとは仲良く出来ると思っていました・・・。でも、私にとって、魔理沙さんも友達なんですから!」
話を聞いてくれないのは早苗らしいというか・・・。
魔理沙の人付き合いの良さがここまで私にデメリットを与えてくるとはさすがに想像していなかった。
「神奈子様、諏訪子様、見守っていて下さい。東風谷早苗、犠牲になった友達のためにも、悪しき妖怪を退治してみせます!」
いや、魔理沙まだ死んでないし。
だが、そんなボケ気味の台詞とは裏腹に、早苗は弾幕を生み出し、戦闘態勢へと入る。
その様子を見て、私も人形へ魔力を通わせ、いつでも行動に移せるようにする。
早苗は弾幕を星型に設置し、形を崩さぬままにこちらへと飛ばしてくる。
私はその弾幕の隙間を抜け、早苗の側へと接近する。
「上海っ!」
上海へ呼びかけると同時に発射させるレーザーは、紙一重のところで避けられる。
そして、早苗がスペルカードを上に掲げ、宣言。
「奇跡『客星の明るすぎる夜』!」
直後、いくつもの細長い光の帯が私へと襲い掛かる。
必死でかわす、が数が多すぎる。
そうして避けている間にも第2波が既にこちらへと向かい始めていた。
回避が間に合わない・・・!
私はすぐさま周囲の人形を左右へ集め、両側から魔力障壁を張る。
「くぅ・・・!」
抑えている間にも、左腕の傷口から血が零れていく。
弾幕を防いでいるのは人形から生み出された障壁だが、その障壁を生み出す力を使用しているのは私。
その為当然負荷は私へと襲い掛かる。
しかしこの早苗、言動は天然っぽいけど弾幕に関しては優秀だ。
早苗も今のを防がれるのは予想外だった様子ではあるが、それでも更に光の帯を作り出し、更にこちらへと飛ばしてくる。
今朝一緒にティータイムを過ごした仲とはいえ、本気で攻撃をしてきている。
その切り替えの良さにはある種、賞賛さえも感じてしまう。
でも、私にはどうしても引けない理由がある!
私はこれ以上耐えるのは危険、そう判断しスペルカードを取り出した。
「咒詛『首吊り蓬莱人形』!!」
宣言と共に蓬莱人形から多彩な弾幕を生み出す。それらの弾幕は若干、速度や角度を変化させつつ、早苗の元へ向けて進んでいく。
早苗はそれらの弾幕を鮮やかに回避していくが、その事に集中しているせいか、今のを最後に光の帯は飛ばされなくなった。
私はそれを機転と判断し、弾幕を避け続ける早苗の元へと近付く。
そしてスペルカードを上へと掲げ
「準備『サモンタケミナカタ』!」
スペルカードを宣言したのは私ではなかった。
そして、早苗を取り囲むように生み出される、弾幕の集合によって形作られた大量の星型。
そしてそれらは無論、私の周囲にも存在していて――
一斉にその弾幕が動き始めた。
「くうぅぅっ!?」
位置が悪すぎた。弾幕を展開せずに回避に専念しているように見せていたのは罠、という事か。
見事に早苗の策略に嵌ってしまったようだ。
咄嗟に展開した魔力障壁で防ぎつつの回避を試みるも、早苗の近く、という事もあり隙間が少なすぎてほぼ密集に近い。
耐え切れず、ところどころに被弾してしまう。
なんとか距離を再び離し、ぎりぎりのところで回避しきるも、その犠牲はあまりにも大きかった。
「今ので終わらなかったのはさすがです。でも、その身体ではもうまともに動くのも難しいでしょう」
実際、早苗の言うとおりだった。既に全身傷だらけで、満身創痍に近い。
さすがに、二連戦でかなりの魔力を消費し、傷も負ったままの状態で戦うのは無理があったか。
けれども、私にだって負けられない理由はある・・・!
早苗は止めを刺すつもりなのだろう。
再び多数の星型を生み出している。
私は・・・、どうする!?
正直身体を動かすのですら厳しい。そうなるともう、やられる前にやるしかない・・・。
でも何が出来る?
もう、魔力も大して残っていない。
本気を出したら勝てる可能性もあるだろうけど、今の残りの魔力では以前の時のように暴走してしまうかもしれない・・・。それに、今この状態で本気を出してしまったら、魔理沙を助けるまで意識は保てないだろう・・・。
勝負に勝ったとしても、魔理沙が救えないのでは、今ここで全力を出す意味がない。
ならどうする?
私は必死に考える。
下手に弾幕を撒いても魔力を無駄に消費して終わってしまう。
かといってスペルカードを使用するのもあと1回が限度だろう。
「どうやらもう詰みのようですね。次のスペルカードを使用するまでもないみたいです。このまま終わらせますっ!」
守矢の巫女、東風谷早苗。それは油断というもの!
そしてその油断こそが命取りになるのだと、教えてあげるっ!
私自身も覚悟を決め、スペルカードを掲げる。
「『グランギニョル座の怪人』っ!!」
そして宣言。これが私のラストワード。
私は周囲へ8体の人形を設置。
その人形から波打つような弾幕が放たれる。
「な!? でもしかし、この程度!」
早苗はそれらの弾幕を次々とかわしていく。
が、当然これで終わらせるはずがない。
更に弾幕が交差しながら早苗の元へと飛んでいく。
それを必死に避けていく早苗。
そして、その早苗の元へ私は更なる弾幕を送り込む。
前二つとは異なる、速度の異常に早い弾幕を、突然降りかかる雨のごとく放った。
眼前の弾幕回避に集中していた早苗は反応が遅れる。
そして、降りかかった弾幕をまともに受ける。
だが私は、ここでやめる事はしない。
私はそのまま立て続けに当初と同様の弾幕を飛ばしていく。
交差と緩急を伴った弾幕の波状攻撃によって目を狂わせ、回避を困難にさせる。
それがこの『グランギニョル座の怪人』。8体同時の人形操作に加え、パターンの異なる弾幕を生み出していく事から私自身の負担も大きいが、私の長所を限りなく活かしたまさに、奥の手である。
一度パターンにはまってしまえば相手を避ける事すらままならぬ被弾の連鎖へと堕とす事さえ不可能ではない。
現に早苗は、延々と繰り返される弾幕の波状攻撃の連鎖にはまってしまい、身動きすら出来ずに必死で防御を試みている。
その為軽減はされているようであるが、無傷とはいかないようで、次々と着弾の跡がその身体に刻まれている。
このまま押し切れれば勝てる!
確信したその瞬間。
視界が一瞬暗転する。
必死に意識を再覚醒させる。
どうやら思ったよりも傷が深く、魔力の消費も早くなってしまっていたらしい。
そして最悪の事態。
今の一瞬で、魔力の供給が断たれ、人形が動きを止めてしまう。
しまった!?
当然、その隙を見逃すほど甘い相手ではない。
「どうやら限界のようですね。勝機はこちらに有り、です! 大奇跡『八坂の神風』!」
スペルカードの宣言。
早苗の周囲に生まれる無数の弾幕。
これは・・・多すぎる!?
私も必死で人形へと命令を送るが、もう魔力が不足しすぎていて先ほどのように弾幕を撒くには至らない。
早苗を中心として、時計回りに並べられた渦状の弾幕、そこへ重ねるように、反時計周りに並べられた渦状の弾幕が追加され、それらが全て私へと襲い掛かる。
だが、今の私には反撃はおろか防御するための魔力も、回避するだけの体力もほとんど残されていない。
魔理沙を、助けたいのにっ!
私は動かすだけで痛む両手を無理に動かし、顔の前でX字に交差させる事でせめて、と防御の体勢を取る。と同時に目を瞑る。当然残る僅かな魔力は全て防御へと回す。
もしこれで、会話する余力だけでも残っていたら、この草をパチュリーのところへ届けてもらおう。
それでも魔理沙は助かるのだから。
両手は捨てる覚悟で、その傍らそんな事を考えながら、弾幕が迫り――
そして凄まじい轟音が鳴り響く。
下手したら死ぬかもしれない、そんな状況下で考えるのが他人の事だなんて、なんて魔法使いらしくない最後だろうと、そんな事を思いながら。
長い間鳴り響く轟音を他人事のように聞きながら。
いや、本当は短いのかもしれない。死ぬ直前、時間の流れが遅く感じるとか聞いた事があるが、これがそうなのだろうか、と思いながら。
気付いた。
気付いてしまった。
その轟音が、酷く聞きなれたものである事に。
間近で何度も聞いた音である事に。
動かない両腕の隙間から、改めて目を開き。
間違いなくそれが、見慣れたものであるのだと気付く。
いつでも私を遠慮なく引っ掻き回す、白黒魔法使いの魔法もとい魔砲。
「マスタースパーク・・・?」
一瞬、それが私の言葉だと気付けなかったほど、自然に呟いていた。
だって、それはありえないはずで。
魔理沙は今も動けないはずで。
それなのに何故マスタースパークが目の前に見えるのか。
答えが知りたかった。
だから私は、無理やりにでも動き、視線を撃ってきた先――真上へと向ける。
そこには、紅白の巫女に抱えられ、自力で飛ぶ事すらままならない様子の、白黒魔法使いがいた。
「何で、魔理沙が・・・?」
「ま、魔理沙さんっ!?」
すぐ横で、同様に驚く早苗の叫ぶ声が聞こえた。
が、私には今はどうでもよかった。
むしろ、撃ち終えた魔理沙が苦しそうに呻き始めた事の方が重要だった。
――魔理沙っ――
叫んだつもりだった。けど、声もまともに出せないらしい。
それでも、届いたのか魔理沙はこちらへ目線を向けて、笑顔を浮かべる。
苦しいくせに、無理をして。
本当に馬鹿だ。
そして、魔理沙を抱えていた霊夢がそのままゆっくりと、私の側へと降りてきた。
「アリス!? あんたもぼろぼろじゃないの!?」
そう言って霊夢は私に肩を貸してくれた。
という事は、誤解は解けたのだろうか。それは良かった。でも、その横で魔理沙がまた呻き始めているからまだ休む事は許されない。右手を、痛みを我慢しつつも動かし、懐から例の草を取り出す。
「霊夢、私はいいから、これを、パチュリーに届けて・・・、魔理沙を助けて」
「それは無理な相談ね。あんたをこのまま置いていけるわけがないでしょう?」
だが霊夢はそう言って、側にいる早苗に声をかけた。
「早苗! 事情は後で話すからちょっと手伝って。二人も支えるのはいくらなんでも辛いのよ!」
「え? あ、はい! でも、あれ!?」
「それと紫! 聞こえてんでしょ? パチュリーのとこにスキマ開いてくれない?」
困惑する早苗を無視し、スキマ妖怪へと呼びかける霊夢。
その一瞬後に、目の前の空間に突如生まれる隙間と、そこから覗くスキマ妖怪の顔が現れる。
「霊夢ったら人使いが荒いわね。せっかくのんびりお茶を飲んでいたのに」
「煩い。どうせ状況は分かってるんでしょ。こっちは緊急事態なの!」
私は先ほどまで戦っていたはずの早苗に背負われ、一瞬で紅魔館の図書館へと運ばれる。
すぐにソファーへ寝かされ、その後のことはよく覚えていない、が、パチュリーから伝えられた一言。それだけははっきり
と聞き取れた。
「アリス。魔理沙に例の薬は飲ませたわ。これでもう心配ないわ、あなたもとりあえず休みなさい」
その言葉を最後に、私の意識は途切れた。
[ side M ]
目覚めるとそこは見知らぬ一室だった。
寝惚ける頭を無理やり覚醒し、記憶を探る。
確か・・・、突然動けなくなって、永遠亭に連れて行かれて。
そんな私のためにアリスが動いてくれて。
でも、任せたままじゃ自業自得なのに格好悪いだろ?
って事で私も動いたんだが、あまりに辛くて結局途中で会った霊夢に助けられたんだっけ。
その後確か、アリスのいるところに連れて行ってもらったのはよかったんだが、何でかアリスと早苗が戦ってて、しかも早苗がアリスを殺すかのような勢いで攻撃してたから咄嗟にマスタースパークを放ったんだ。もちろん2人には当てず弾幕を消す程度に調整して。
でも撃った反動か突然苦しさが倍増して、二人とも無事なのを確認したのは覚えてるんだが・・・、その先の記憶が曖昧だ。
実際、こんな場所に来た覚えもない。
どこだここは。
そう思って周囲を見渡し、すぐに回答に行き着く。
ここまで壁も床も真っ赤って事は、紅魔館以外ないよな・・・?
でも何で紅魔館なんだぜ?
しかも今気付いたが、ご丁寧に寝巻きを着ている。
ベッドの横の棚の上には私の正装とでも言うべき白と黒の二色で構成された服と帽子が綺麗に置かれていた。
私は寝巻きを脱ぎ捨ていつもの格好へと着替える。
「そういえば、アリスや霊夢はどこにいるんだ?」
「アリスなら隣の部屋で寝てるわよ」
「うおっ!?」
突然真横に現れた咲夜に私は思い切り声に出して驚いた。
何でいつも突然現れるんだこいつは・・・。
内心そう思いつつも、私はいつの間にかさっき脱ぎ捨てた寝巻きを両手で抱えてる咲夜へ尋ねる事にする。
「私は何でここで寝てるんだ?」
「パチュリー様にそうお願いされたからよ」
「へ?」
「あなたに薬を飲ませた後も目を覚ます気配がなかったから、パチュリー様が気を利かせて部屋で休ませるよう私にお願いしてきたのよ」
「ああ・・・。茸が原因とかってのは永遠亭にいた時に教えてもらったけど、パチュリーも協力してくれてたのか」
「そうよ。それに、他にも霊夢とスキマ妖怪も協力していたみたいだけどね」
「そうか・・・、みんなにお礼言っておかないとな」
「そうしなさい。ただ、アリスだけはすぐには言えないかもしれないけどね」
「あ? どういう意味だ?」
「隣の部屋にでも行ってみればわかるわ。出てすぐ左の扉よ」
「分かったぜ。咲夜もどうもありがとうな」
「私は命令通りに動いただけだからお礼なんて必要ないわよ」
「それでも、私は言いたかったから言ったんだ」
「そう? なら素直に受け取っておくわ」
「ああ。そうしてくれ」
私はそのまま部屋を出て、アリスがいるという隣の部屋の扉へと向かう。
「アリスー、入るぞー」
返事はない。が、そのままというわけにもいかないので扉を開け中へ入る。
私の寝ていた部屋とそっくりな部屋。
その中で私の時と同じようにアリスはベッドで寝ていた。
「なんだ。まだ寝てたのか。・・・って!」
そして気付く。
早苗と戦闘してた時は私もかなり意識が朦朧としてたせいで気付かなかったが、アリスの身体は相当傷だらけになっていた。恐らくは、咲夜がしたのであろう、手当ての跡はあるも、それでも相当酷いのが分かるような状態だった。
「何で・・・、何でなんだよ・・・! 私のためなんかでこんなに傷ついてるなんて、おかしいだろ・・・?」
会う度にお互いに憎まれ口を叩きつつも、なんだかんだで一緒に紅茶を飲んだりして、いざ何かが起きた場合は必要があれば協力して解決して、そんな感じでいたからこそ釣り合いが取れていたのに。
それなのに何だこれは。
私は自業自得でぶっ倒れて、そんな馬鹿な私を助けるためにアリスは動き回って、私は最後の最後でちょっと手助け出来たくらいで、なのにアリスはこんな傷だらけで。
アリスに迷惑をかけた事は今までにも無いわけじゃないが、今回のこれは今までのとは次元が違う。
大体アリスもアリスだ。何でこんなダメ人間一人のためにここまでボロボロになってるんだよ。
普段は冷たい振りをする癖に、根が優しすぎる。
だからこそ、私もついつい甘えてしまうのだが。
だが今回は、情けなさを凄く感じてしまって。
それがまた悔しくて。
なのに何故なんだ。何でこんな事を思うんだろう。
私の為にこんな姿になってまで動いてくれた、そんなアリスの想いが伝わってくるようで、それが凄く嬉しいなんて。
そんな恥ずかしい事、絶対に本人には言えないのだが。
やっぱり私とアリスは、全く釣り合いが取れていない。そう強く感じてしまう。
こんな風に迷惑をかけてしまって、パートナーだなんて言えた義理じゃないよな。
心の中では対等でいたいと思うのに。私はアリスの背中しか見えていない。
こんな想いをするのは二度とごめんだ。
そんな事を考えながら、アリスのさらさらの金髪を右手で触り、そのまま柔らかい頬へと手のひらを重ね、ゆっくりと、なぞるように撫でる。
アリスは私が来た時から変わらず、静かな寝息を立てている。
と思っていたら、突然アリスがうーん、と声を上げ、もぞもぞと動き始めた。
そのまま、ゆっくりと両目を開くアリス。
「アリス・・・! 目が覚めたんだな。よかったぜ・・・」
と声をかけるが当のアリスはまだ寝惚けているのか焦点の合わない様子で待つ事数秒。
「・・・魔理沙?」
と声を掛けられたので
「ああ」
とだけ返す。
そしたら次の瞬間、私はアリスの両手を首に回され、正にがばっというような勢いで抱きつかれた。
「魔理沙ぁ! 良かった・・・、うぅ・・・」
と思ったらそのまま泣き出してしまった。
こんなアリス初めて見たぞ。
・・・予想外もいいところだぜ・・・。
いつもは言い合いばかりしてるから、まさか泣いて抱きついてくるなんて想像もしてなかった。
「お、おい、アリス落ち着けって・・・」
「だって、仕方ないでしょ! 霊夢たちに勘違いされて攻撃はされるし、でも永遠亭のみんなが協力してくれたし、これで助けられなかったらそれこそみんなに向ける顔もないし・・・」
「あー、その、な。今回は、助かった。ありがとうだぜ」
ああああ、礼を言うのに慣れてないせいかめちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか・・・。
でも、助けられたのは確かだしな。
「でも、本当に心配したわよ、馬鹿・・・」
「ああ、迷惑かけたぜ」
「全くよ。あー、もう・・・」
「はは、まぁ、そのなんだ。私もアリスが大泣きするなんて思わなかったんだぜ?」
「う・・・。煩いわね! 見物料は高くつくわよ?」
「なんだ? 今度アリスの家の中に茸でも栽培してあげたらいいか?」
「そんな事したらあんたが寝ているうちにその服をピンク色のフリルだらけにするわよ」
「黒にピンクは色合い的に微妙な気がすると思うぜ?」
「なら黒が目立たなくなるくらいピンク色に染めてあげる」
「それは却下だ。白黒から白桃になっちまうぜ」
いつも通りのやり取り。
でも、今回は全面的に私に非があるわけだし、言うべき事はちゃんと言っておこう。
「とりあえず、今回は本当に反省してる。アリス、悪かった。傷、相当痛むんだろ?」
「大丈夫よこれくらい。これでも私は妖怪だし、普通の人間よりは丈夫な自信はあるわ」
これは強がりだろう、とすぐ分かった。
でも、そこを突っ込む事はしない。
「それでも、治すのは早い方がいいからな。安静にしてた方がいいんだぜ?」
「そうなんだけど、ね。えと、ちょっとだけこのままでもいい・・・?」
「あー、このままか・・・?」
つまりはアリスに抱きつかれたままって事で。
あー、なんだこれ、流石にこのままってのは恥ずかしいんだが・・・。
「だって仕方ないじゃない・・・。さっきは勢いで起き上がっちゃったけど、動いた後に一気に痛みがきちゃって正直動くのが辛いのよ・・・」
若干睨むようにそんな事を告げるアリス。
やっぱり強がりだったんじゃないか。
なんだかんだで無理するからな、アリスは。
この際だからちゃんと話した方がいいのかもしれない。私の気持ちを、私自身のけじめの為にも。
「なぁ、アリス」
「何?」
「今回アリスには凄い迷惑かけちゃったけどさ、別に料理だってこんな事になるとは思ってなかったんだ」
「もういいわよ」
「いや、つまりなんていうか、私はただ、アリスと対等になりたかったんだよ。なのに、今回アリスの為にと思ってやってみた事が結果として迷惑を掛ける事になっちゃったわけで」
「魔理沙・・・」
「今のままじゃダメなのは分かっている。けど、対等になれるように頑張るからさ。多分、私にとってパートナーとして一緒に歩いていけるのはアリスだけだと思うんだ。まだ、アリスの横には追いつけてないのかもしれないけどさ・・・。それでも並べるようには頑張るつもりなんだ。だから・・・」
それは、本当は前から分かっていた事。だけどどうしても口に出すのは抵抗があった。照れ臭さだったりとか小さなプライドだったりとか、そんなもので誤魔化していたけど。
やっぱり今回の一件で実感した。これは揺ぎ無い事実であって私にはどうしても必要な事。だから伝えよう。
「こんな私だけど、これからもパートナーとして一緒に歩いていって欲しいんだ」
抱きついているままだから私からアリスの表情は見えないし、当然私の表情もアリスには見えてない。でもそれで良かったのかもしれない。こんな事、正面切って言うには勇気が足りるかどうか分からないから。
「魔理沙」
私の名前を呼ぶアリスの声はとても優しくて、心地よくて、一瞬思考が蕩けそうになる。
「私は魔理沙が後ろにいるなんて、そんな事全く思ってないわ。だって、私に魔法の素晴らしさを実感させてくれたのは貴方だもの」
「え・・・?」
予想外の言葉だった。まさかアリスからそんな事を言われるなんて。
そんな風に感じてもらえてたなんて。
やばい、嬉しすぎる。
顔が熱くなっていくのが止められない。見られて無いのは救いだが、この一言は反則だろう!
「むしろ、私の方が置いていかれないかが心配でならないわ。だからね、努力するなとは言わないけど、先に行き過ぎないで。追い付くのが大変になっちゃうから」
「それは問題ないぜ。アリスを追い越したとしても、私は手を離さないからな。一緒に引っ張って先に進むのが私のやり方だぜ」
「うん。その方が魔理沙らしいわね。私は魔理沙と一緒に異変を解決したり、魔法の研究をしたり出来てとても幸せなの。だから私も言わせて貰うわ。これからもパートナーとして宜しくね、魔理沙」
「ああ」
久しぶりに感じる人肌に心地よさを感じつつ、私はアリスを支えるように彼女の背中に両手を回した。
そういえば、こうして人肌に触れるのはいつぶりだろう。
小さい頃に勘当されて家を出て行ったから親の温もりなんてもう覚えていない。
それに魅魔様と一緒にいた頃は魔法の修行ばかりだったからなぁ。
心としての温もりはとても感じたけど、こうして肌で感じるのは本当に久しぶりな気がする。
人には言えないが、こういうのは落ち着く。
暫くはこの暖かさを感じているのも悪くはない、そう思った。
[ side A ]
魔理沙がパチュリーの作った薬のおかげで無事でいてくれて。
それが嬉しくてつい抱きついてしまって。
魔理沙が無事でいてくれた、その事実を暫く実感したくて痛みのせいにしてそのままでいさせてもらって。
私は魔法のために生きる魔法使い。
けれども、元は人でもあって、人の心は捨てていないのだから。
他人の命を大切にしたいという気持ちも、こういう温もりを大切にしたいという気持ちも当然ある。
さすがに抱きついていたいなどとストレートに言うほど私は素直じゃないけれど。
たまには、こういう気分になってもいいだろう。
まさか魔理沙からあんな事を言われるとは思わなかったけど、魔理沙の想いはとても嬉しかった。だから私も彼女に本心を伝える事にした。
何はともあれ、本当に生きてて良かった。
それから長いのか短いのか良く分からない時間が過ぎた頃、それまで静寂だった室内に、ドアノブを回す音だけが聞こえてきて
「魔理沙ー、こっちにいるって聞いたけどもう平気な・・・」
入ってきた霊夢が言いかけて言葉を止める。
後ろにいる早苗は口に手を当て驚いた仕草をして
もう一人後ろにいるスキマ妖怪こと八雲紫はにやにやとした笑みを浮かべて
「あんたら、いくらなんでも他人の家でいちゃつくのはどうかと思うわよ」
『違う!!』
霊夢の言葉に揃って否定する私と魔理沙。
早苗に至っては
「もしかして、この2人って付き合ってたんですか!?」
と霊夢に本気で確認していたりする。
いや、霊夢の冗談を本気にしないで欲しいんだけど。
いずれにしても、体勢が原因で変な風に思われているのは癪なので、魔理沙から身体を離そうとし
「痛っ!」
激痛と共にまた魔理沙へ寄りかかってしまう。
「アリス、あなたも今回は相当無茶をしたのでしょう? たまにはそこの白黒魔法使いを思い切り扱き使ってあげなさいな」
私の様子を見た紫がそんな事を言うから、というか全身がかなり痛くて動けそうにないのもあって、大人しくその言葉に従う事にした。その後紫の顔を見たらにやけててちょっと後悔したけど。
「ところでアリス、ちょっと話があるんだけど」
そんな紫とは裏腹に、真剣な表情で切り出す霊夢。
どうしたんだろう。
考えてみても、特に思い当たる節はない。
でも気になるので聞いてみる事にする。
霊夢は私の側へ寄ってきて。
そして突然頭を下げてきた。
「アリス、本当にごめん!」
「へ?」
「アリスさん、私もごめんなさい!」
更には早苗まで霊夢の横に並び、同様に頭を下げた。
「あの時の戦闘でアリスがいなくなった後、鈴仙から全部聞いたわ。天狗の配った記事が間違いだって事。それと早苗から聞いた話もどうやらてゐのでまかせだったらしいし。本当は全部そこの馬鹿の自業自得なんでしょ?」
「おい霊夢! 馬鹿とは酷いじゃないか!」
魔理沙が抗議するもこれはスルー。
「なのに、アリスのせいだって事を鵜呑みにしてあんな事をしてしまうなんて」
「私も霊夢さんから聞きました! それで・・・アリスさんは本当は悪くなかったんだって・・・。ごめんなさい!」
「もういいわよ。魔理沙も無事助けられたし、私もこの程度で済んでるし。誰だって勘違いはあるわよ」
「アリス・・・」
これは本心から。実際に私はさほど気にしてない。
でも、霊夢は気にしてるみたいだし。ちゃんと貸し借り無しにはしておこう。
「じゃあ、一つだけお願い聞いてもらえる? それでこの話は終わりにしようと思うんだけど」
「何?」
「私と魔理沙をそれぞれの家まで運んでくれない? 状況が状況だし」
「あー、そうね。分かったわ。喜んで引き受けるわよ」
「ちょっと待て」
私と霊夢との話が終わったかと思った矢先、突然会話に割り込む魔理沙。
「アリスは分かるが、何で私もなんだ?」
「あれ? 魔理沙まだ聞いてないの?」
「何のことだか知らないが、私はアリスが起きる直前に起きたばかりだぜ?」
なるほど。納得。なら説明してしまうか。
「魔理沙、今あなた魔法が使えないのよ?」
「は?」
「パチュリーが作った薬、魔力中和剤なんだけど。一時的に魔力を消してしまうらしいの。キノコが消化されるまでの応急処置って事で飲ませたんだけど、魔理沙の魔力も一時的に消してしまってるから、多分三日くらいは魔法使えないんじゃないかしら?」
「まじか・・・。そうすると暫くは研究とかも出来ないし遊びにも行けないじゃないか! 弾幕勝負なんて当然無理だ・・・」
「自業自得よ」
愚痴る魔理沙に霊夢が横から追い討ちをかける。
とりあえず、帰るのなら動かないと。
再び身体を動かし、今度はなんとか魔理沙の協力もあって肩を借りつつベッドから出て立ち上がる事に成功する。
相変わらず痛いが。
と、その時再び部屋の扉が開く。
「もう動けるようにはなっているようね」
そう言って入ってきたのはこの舘の主でもある、レミリア・スカーレット。
幼い容姿とは裏腹に、長い時を生きる吸血鬼。
「おかげさまで。素敵な部屋を貸してくれて助かったわ」
「満足してもらえたみたいね。ところでアリス、あなたに話をしたい希望者が一人いるのだけれど、時間を頂けるかしら?」
「構わないわよ」
返事をすると、レミリアは部屋の外にいる誰かへ何やら声をかけている様子。
そうして入ってきたのは
「フランドール?」
私と激しい弾幕ごっこを繰り広げたレミリアの妹。
だが、戦闘していた時とは明らかに雰囲気が違っていた。
「フラン、後はあなた次第よ」
「うん・・・」
レミリアに声をかけられ、フランドールは私の方へと向き直る。
「アリス・・・。傷つけてしまってごめんなさい・・・」
とても、弱弱しい声ではあったが、はっきりと聞こえた。
あの、弾幕ごっこの時、フランドールが言った一言。恐らくはこの子も・・・。
「お前、フランとも戦ってたのか・・・」
魔理沙の言葉に無言で頷いた後
「魔理沙、悪いんだけどあの子の側まで連れてってくれない?」
「ああ、いいぜ」
魔理沙に肩を借り、フランドールの側へ近寄る。
ゆっくりとしか近づけなかったが、その間もフランドールは顔を上げようとはしなかった。
だから私は、彼女の側に辿り着いたと同時に魔理沙に支えてもらっているのとは逆の左手をフランドールの頭の上にそっと乗せる。
「フラン・・・って呼んでいいかしら?」
彼女――フランは私の方を見上げ、無言で頷く。
「フラン、あなたも魔理沙の事が大切だったから、だからあんな事したのよね?」
「・・・うん」
「なら、私はあなたを怒ったり恨んだりなんてしないわ。だって他人を思う気持ちはとても大切なものだから。けどね、あなたの力はとても強力だけど、一歩間違えたら誰かの大切なものを失くしてしまうかもしれないの。動く前に考えなさい。考えて分からなければ、誰かに相談しなさい。あなたの周りにもたくさん味方はいるでしょう? 私も、ここにいるみんなも、あなたの味方なんだからね」
言葉がきっかけなのか、その時抱き寄せたのがきっかけなのかは分からない。
が、フランは感情が抑えられなくなってしまったようで。
「うわぁぁぁぁぁんっ!! アリスぅーーーーーーっ!! ごめんなさいーーーーっ!!」
私の胸に顔を埋めて泣き続けた。
それから暫くして、フランが泣き止んだ後、完治したら遊びに来る事を約束して、紅魔館を後にした。
紅魔館まで足を運んでもらった永琳の話では、全治一週間程度だとか。
私は霊夢に、魔理沙は早苗に背負ってもらい、私の家へと送り届けられ、私はベッドの上へと寝かされる。
何で魔理沙までうちに? と思ったが、霊夢曰く私は動けない、魔理沙は魔法が使えない、お互いが危険な状況だし回復するまでは一緒にいるべき、との事。
魔理沙は最初、自分は魔法が使えなくても生活は問題ないとか言っていたが、私の面倒も見る必要があるなんて霊夢に言われたら予想外にも素直に承諾した。今回の事、結構気にしていたみたいだし、私の為に引き受けてくれたって思うと案外悪い気はしない。下手に部屋の中を弄られないかどうかがちょっと心配だけど、今の態度から見るに恐らく心配はないんじゃないかという気さえした。
そういえば、永遠亭の面々にもお世話になったし、今度挨拶にもいかないと。クッキーでも焼いて持って行こうかな。
そういえばパチュリーとの約束もあるんだった。今更だけどどんな実験に付き合わされるのやら。
でもその事を魔理沙にふとしたきっかけで話したら。
驚くべき事に魔力が回復した後で魔理沙が今まで借りていた本を全て返却して謝罪しに行ったらしい。
何でも私との約束を無しにして欲しいとかなんとか。
パチュリーもパチュリーでその事を案外簡単に受け入れてくれたらしくて魔理沙が嬉しそうにその事を語っていた。
どうやら魔理沙はただでさえ迷惑かけているのにこれ以上自分の事で私に何かさせるのは申し訳ないと感じたらしい。
今回の一件は私にとっても魔理沙にとっても、心の中で何かが変わったきっかけになったのかもしれない。
それは結局のところ、一つの事が終わり新たな始まりが訪れる、それだけの事に過ぎない。
魔理沙の死という、終わりへ向かう運命の流れが終わりを告げ、再び生という運命の流れが生まれ繋がっていった。それはつまり、新たな世界の始まりでもある。新たな世界の始まりは新たな繋がりを生み出していく。
とりあえず今は、その新たな繋がり――フランに見せると約束した人形劇の内容でも考えるとしよう。
この際だから、今私の傍で頑張っているパートナーにでも協力してもらってうんと面白い人形劇にしてしまおう。となればやる事は決まった。
私は早速その事を伝える為に魔理沙の名を呼んだ。
[ Side K ]
「あなたがフランの相手をしてくれて本当に助かったわ」
全てが終わった後、私は紅に染まった館の一室で、その主と対面していた。
「それはお互い様よ。おかげでこちらとしても彼女達に恩を返す事が出来たのだし、ね」
「いずれにしても、全てはあなたのところにいる兎のおかげ、というところかしらね」
「どうかしらね。貴方が見た運命を知らなければ私はあの子が天狗のところへ行くのを止めていたかもしれないわよ?」
「ふん、どうせ野放しにするつもりだったんだろう? あのスキマ妖怪も全て分かっていて私達に任せるつもりで傍観を気取っていたしね」
面白くもない、とでもいうように語る目の前の吸血鬼。だがその本心は今回の結果に満足しているのだという事も分かっている。
無論、向こうもこちらの事はお見通しなのだろうけど。
「しかし本当に驚かされるな。あの兎の力には」
「ただ幸運を呼び込むだけの能力に?」
「だがその幸運が、結果として今回の運命を導いた。本来ならば魔理沙は死ぬ予定だった。あの人形遣いが山に材料を採りに行く頃には山の巫女がそれを山菜のついでに摘み取ってしまい手に入らないはずだった」
「けれどもてゐが天狗を動かした事であの巫女も動かしその運命を動かしたわ」
「そう。過程は困難に見えるけども結果として最良の選択肢へと結び付けた。正直、あの兎の力は賞賛に値するね」
「おかげさまでてゐも今回の一件に関しては無罪放免という事に出来たわけだから私としても助かったわけだけどね。これでも永遠亭の主でもあるわけだから、永遠亭の存在を揺るがすような行為は極力避けたいのよね」
「それだけ今に満足している、という事か」
「ええ。最高よ。隠れ過ごすしか出来なかったあの頃に比べたらね」
これは本心。こんな素晴らしい環境で過ごせるというのにわざわざ問題を起こして追放にでもされようものなら堪ったものじゃない。
「それよりも私はあの人間の魔法使いの方が賞賛に値するわ」
「白黒の?」
「ええ。たかがこの程度の変化であれだけの人妖を動かしてしまうというのはそれだけで驚くべき事よ」
「まぁね。でもそれは博麗の巫女にも言える事だろう?」
「そうね。だからこそ、異変を解決するとしたらこの先もあの二人が主軸になるに違いないわ」
「間違いないね。まぁ、何はともあれ」
すぐ傍にいたメイドから差し出されたグラスを手にすると、その中へと静かに液体が注がれていく。
その色は美しく、そして狂気に満ちている、そんな錯覚を覚えさせる。
まるで、この館を、そして私自身の生き様を象徴するかのように。
「これだけの綺麗な月なんだ。無事楽しめた事を祝杯しようじゃないか」
「ええ。忌々しくも美しいこの魔性の月の元で、杯を交わすとしましょう」
静かな暗い世界の中で、はっきりと鳴り響くグラスの重なり合う音は不思議と心地よい音色を醸し出していた。
けど、まぁ最後はハッピーエンドで良かったです。
(最初の部分を読んでて勝手にバッドエンドオチかなと思ってしまったのでw
かなり無理があるので読んでて途中で醒めました。
筋書きとして合理的だったのは早苗だけのようでしたし。他の二人は何かしら別パターンを考えるか、いっそ登場させない方がよかったかもしれません。
(書きたいことを全て書くか、綺麗にまとめることを選ぶか、という問題でしょうか)。
違和感を持った箇所は他にもあるのですが、自分の文章力故に的確な指摘が難しそうなので、後は他の方々にお任せします。
では。
ただ、多人数視点とはいえ、人数が多すぎてごちゃごちゃしてしまっていると感じます。
また、キャラごとの行動の時系列も混乱している部分も見受けられました。
他にも、上で玖爾さんが述べておられるように3人が同じ理由でアリスと敵対するのも無理があるかと。
時系列に関してはあとがきでも追記したように致命的に感じた為、悩んだのですが一部修正させて頂きました。
あと行動理由に関してですが、言われてみると確かに、と思いました。
ただしこの部分を弄ってしまうとそれはそれで作品を壊しかねない為このままとさせて頂きます。
あくまで時系列を弄ったのは現状話自体が繋がらない、と感じた為の特別措置、という事で捉えて頂ければと思います。
行動理由や視点に関しては次回以降作る際に参考とさせて頂きます。
貴重な意見ありがとうございました。
評価する
王道的な筋道の作品だったのでシンプルにまとめれば多キャラ視点という書きたいことは書けなくても、作品としては仕上がったと感じます。
しかし、このように挑戦的な文章を書いてこそ伸びていくと思いますので頑張ってください。
ただやはり、どうしてこのキャラはこんな行動をするのだろう?という理由が今ひとつ納得できない部分が見受けられました。
それと比喩表現が乏しかったために表現の幅、というものもあまり感じられず、結果として世界観やキャラクター観があまり広がらなかった印象がありました。
けれど、その挑戦するスピリットがあればきっと素晴らしい文章が書けるようになると思います。
頑張ってください!
てゐが嘘をついた理由がやはりわかりませんでしたが、結果の伏線回収は意表をつかれました。面白かったです。
マリアリ最高ですね!
次作品期待してます!