Coolier - 新生・東方創想話

ユーザー・イリュージョン

2011/09/23 01:35:07
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――パチン――


スイッチの音に連動して灯りが、この狭苦しい部屋を照らす。
ここは人が暮らすための部屋ではない。置いてあるものもせいぜい一つや二つ。
照明のスイッチを点灯させても一般的にはまだまだ薄暗いと感じてしまう。
窓ガラスという装飾めいたものもついているが、外から太陽の光が
室内に射光することはない。
窓から見える景色はというと、どす黒い霧がただ渦巻いているだけ。
引力のように引き込まれる体をぐっと堪え、
出来るだけ視界に入れないようにカーテンで遮った。
あれはとても目に悪いもの。
けれどそんな行為は無意味で、目では見えなくとも、
私の眼は露骨に映し出される映像を意思に関係なく見せ付けられる。
すべての生き物が平等に持っている欲望に身体の自由を奪われた亡骸達が
私の心へ襲い掛かり、深い闇の谷底へと蓄積されていく。
病原菌のように繁殖と分裂を繰り返すソレは、私の体をじわじわと蝕んでいくだろう。
視覚できない内部では肉や骨を糧にして、体の機能を腐敗させ、
徐々に空洞になっていく私の身体は、ある日突然その重みに耐えきれなくなり、
跡形もなく崩れ去ってしまう。




以前、私は珍しく地上に出たときに、偶然ある魔女と話すきっかけがありました。
彼女をPとしましょうか。
Pはとても博識で、知識を取り入れることに喜びを感じていると
言ってもいいくらいの読書家です。
Pが書籍から得た知識によると、
人間の脳が意識的な状態で処理できるデータの量は、
とても狭いものでしかないそうです。
けれど、これを無意識下に切り替えるだけで、
その処理は何十倍にも跳ね上がる。
つまり、同じ単一の人物でも意識的から無意識的に切り替わるだけで
ささやかな進化を体感することができる。
思い返してみてください。
あなたにもそういった心当たりがあるはずです。



無意識的な状態を維持すれば、脳は何十倍もの量を処理しながら生活できる。
これだけを見て取ると、無意識というものが
とても便利なものの様に感じるかもしれません。
だけど、理屈で考えたときにはどうでしょう。
あなたは朝起きてから夜寝るまで、
ずっと無意識を維持することが出来ますか?
もう一つ欠点があります。無意識は自発的に取捨選択をすることは出来ない。
理屈や理論という選別手段を介していないので、
意識というフィルターを通さずに、すべてのものを自然に受け入れてしまう。
まるでブラックホールのようなものですね。



中でも特別なのが、無意識というのは感情の影響を受けやすいのです。
分かりやすい例で言えばトラウマなんかが最もたる例ですね。
さっきまで楽しかったはずなのにふとしたきっかけで、
涙を浮かべてしまったり、恐怖におののいてしまう。
これは過去に経験した強烈な感情が、精神という媒体に強制的に植え付くことで
起きる現象だといわれています。
経験したことのある人物なら理解できるでしょうが、
厄介なことにこれはどうやってもコントロールできない代物なんです。
当たり前です。制御しようと思った時点で
すでに脳は意識的に切り替わっているのですから。
意識的になれば、鮮明に焼き付いた巨大なデータを、
脳は処理しきれないのです。
こうして無意識下では治療できないものが
永遠に取り残され、不意に突然、私たちの目の前に
悪夢となって現れることもしばしばある。




人間はコントロールできないものに対して、
本能的に畏怖の念を抱く生き物なんです。
私は畏怖されている側の存在ですがね。
この広い幻想郷では私のような存在は
無害といっても差し支えないのですが、
人間にとってはおっかない対象として扱われています。
相手の立場からしてみれば心の内をすべて見透かされていることが、
誰にも干渉できないはずの精神世界に、
土足で踏み込まれている嫌悪感を感じるのでしょう。
私だって、好きでやっているわけではありませんが、
私が加害者であったとしても
人間という生き物は残酷に感じることさえあります。

そういった理不尽な現象に対し、
少しでも対抗しようと人間は私にさとりと名づけ、
意味を定義付け、支配下に置こうと試みた。
摩訶不思議な超常現象や、正体不明の存在に名前をつけ
一定の法則を見出すことによって、
いつでも再現することが可能な科学を作り出し
人間だけにしか持ち得ない強力な武器を発明した。

「もし意識と無意識を自由に切り替えることが出来るものがあればどうでしょう?」

私は部屋の真ん中に配置している椅子に腰掛ける。
そしてポケットからおもむろに小さなスイッチを取り出し
手のひらに載せる。

「もちろんこれは自由意志から発せられる選択です。
 当然、使うという人もいれば、使わないという人もいるでしょう」

私は拳を閉じ、中の物を握ったまま、手を膝に乗せる。

「けれどもう少しよく考えてみてください。無意識的と意識的を自由に
 操作するということは、両者の間にある壁を取り除くということです」


拳を開くと、握っていたはずのスイッチはなくなっていて
どこかへ消えてしまったように思われる。

「ふふ、スイッチがなくなっている。あなたはそう思いましたね?
 けれど、今私の手には何もない。これはどういうことでしょうか」

私は、いたずらに笑ってみせる。


「手品をしたわけではありませんよ。私は本当に握っていなかった。
 案外、意識というものは幻想に過ぎないものなんです」

人間がものを考える時に、絶対的な信頼を寄せている意識というのは
意外にもいい加減なものなんです。知らず知らずのうちに脳は自身を騙し
歪曲された事実を何の疑いもなく受け入れてしまう。




「思い返してみてください。あなたもそんな経験を
 普段の日常から常習させているはずです」


私は、同じく椅子に座っている目の前の少女に意見を求めた。
返事を期待してしばらく待っていたが、少女は何も言わない。

「ふふ…。そうでしたね。あなたは喋れないのでしたね」

私としたことが、ついうっかりしていました。
これでは少女の口から説明を聞く事は永久に出来ない。

「しょうがないですね」

私はゆっくりと立ち上がる。

「そういえば、あなたは暗いほうが好きですか?
 それとも明るいままでよろしいですか?」

少女は喋ることもなく、微動だにしない。

「分かりました。それがあなたの答えですね」

私は再びパチンとスイッチを切り替える。

「実は私もあまり明るいのは好きではないんですよ。
 陰影の世界に浸りながら、 
 静寂を肌で感じとるのが一番リラックスできます」
 
 
私は立ったまま少女の正面に立つ。
少女はうなだれたまま、顔を上げる様子はない。

「怖がらなくても大丈夫です。
 私があなたに危害を加える意思はありません」

少女を安心させるように、私は彼女の胸に手を当てる。
抵抗してこないことを確認した私は、
自分に対しても、これから起こることに備える。



「前置きが長くなりましたね。では始めましょう。
 ただいまから私の能力を用いて、この少女の身に何が起こったのか
 私自身が疑似体験していくという形式で、皆さんにお伝えしたいと思います」
 





最近、変な夢を見る。
といっても誰かに伝えれば、なんで変だと思うの?と
首を傾げられるかもしれない。それでも私にとっては
その夢は奇異であり、何か不吉めいたものを感じる。
率直に言うと、私自身が誰かを追い、ただ走っているだけの
なんてことない夢だ。なぜその誰かを追っているのかは分からない。
それが誰なのかもはっきりと見極めることが出来ない。
唯一つそれが少女であることは間違いないと思っている。


目を凝らそうとすれば、ぼんやりとしたシルエットにしか見えず
無意識で眺めると、もう少し目を凝らせば誰なのか
特定できるんじゃないかという具合のもどかしさ。
きっとそれは夢という舞台だから、というのもあるのかもしれない。
後姿の少女は、せせら笑いながら私が後を追うのを待ちわびている。
私もそれに応えて、追い続ける。ほんのいたずら心なのか。時々、少女は静止する。
私はほっとして、少女の腕を掴もうとすると、フっと目の前の少女は消え、
慌てて私は彼女の行方を探す。回転するようにぐるりと見回すと
そこで少女と私の目が合い、気づいてくれたことを確認すると
せせら笑いながら、またゆっくりと走り続ける。


私はこの少女の正体を知っている。
さっきと言っているが違うと思うかもしれないけど、
現実に対してでも夢と同じように、少女は私を翻弄しているからだ。
夢と同じように、少女は私の周りを彷徨い続け、決して交差する事なんてない。




「よっ。と」

私は転ばないように、バランスをとりつつ地面に着地する。
大きな帽子を整えてから、正面にあるアリスの家を見据える。

「アリス~。来てやったぜ~」

トントンとドアを叩く。
返事はない。念の為、もう一度同じ行動を繰り返すが
それでも結果は同じだった。私は窓を覗き込もうと移動する。

「アリスー。いないのかー?」

窓は靄がかかっていたのでよく見えないけど
部屋の灯りがついていない事だけは把握出来た。

「おーい、アリス」

窓を軽く叩く。窓枠に微小な隙間が出来ているのか、
今にも割れそうな騒がしい音が鼓膜に振動する。

「おかしいなー。アリスはいないのか」

顔を窓に出来るだけ近づけた。



―バァン!!―




何の前触れもなく、小さな手が窓を勢いよく叩く。

「うわぁっっ!」

私はびっくりして思わず尻餅をついてしまった。

「なんだよ。寝てたのか?
 いるならいるって普通にいってくれよ」

私はげんなりしつつも、再度玄関へと向かう。
ノブをまわすと、扉は開錠されていた。

「アリスー?」

名前を呼んでみるが、まだ返事は来ない。
外から覗いた時と変わらず、真っ暗だった。
アリスらしく小綺麗に整頓された家全体に感心を寄せていたが、
相変わらず悪趣味のように大小様々な人形が無造作に置かれている。
アリスの魔力を注がれていない状態で、人形達が動くことはない。
女の子らしく可愛らしいものから、アリスが制作したものと分かっていても
出来るだけ同じ空間に居たくない不気味なものまで多種多様だった。
私が人形に視線を移すと、人形もそれに反応するかのように
こちらを見つめ返している様に感じる。


以前、アリスから聞いたことがあるけど、ここに迷い込んだ人間を
善意で泊めてあげたことがあるそうだ。私はアリスの性格を熟知しているから
アリスの行動の裏にある真意を読み取ることが出来る。
だけど、人間にとっては容姿もさることながら、
アリスの行動に禍々しい感情を抱いてしまった様で
深夜であるにもかかわらず逃走された事があるそうだ。
非力な人間がこんな場所を夜中に徘徊している方が怖いはずだと愚痴っていた。


流し台の蛇口から水滴が滴り落ちる音が、私の耳に届く。
人が住んでいるにもかかわらず、異様なほど静かで
独りだけ世界に置き去りにされてしまったかのような虚無感。
換気扇が振動する音が、その無音の世界を掻き消すように空気中から伝わってくる。
生気のないノイズに耳を澄まし、いつから作動していたのか意識すると、もう一つ。
正体不明の音が発せられていることに気づく。
それは、少し離れたアリスの部屋から聞こえているようで、
意識しないと頭に残ることのない音。例えば、引き出しを開け閉めしていたり、
衣服が擦れ合ったり、歩く時の床の軋む音。


「アリス?部屋にいるのか?」

私の問いかけにも応えずに、部屋の中から発せられている音は
途切れることなく私に存在を示している。
私は遅々と一歩ずつ、部屋への距離を縮め、
踏み込んだ足の圧力によって連続的に床は軋み続けている。
それが廃墟の家を探索しているように感じ、独特の緊張感に包まれた。


―キィィ……

背後で、扉と床が擦れた時に発せられるノイズが鳴り響く。
しばらくそれは小さく反響し、抜け殻のようになっていた私を呼び起こす。
不意に腕を掴まれ、私は硬直する。一体誰が私の腕を掴んでいるのか。
何が目的で私の腕を掴んでいるのか。伝えたいことでもあるのか。
それとも、私をどこかへ連れ去ろうとしているのか……。

まさか、さっき私が見ていた人形?そういえば掴まれている腕からは
人のぬくもりは感じない。けどなんで?私が勝手にアリスの部屋に入ろうとしたから?
人形はそれを防ぐための防犯装置?それとも……自発的に動いている?
パニックになった私のことなどお構いなしに、腕はぐいぐいとひっぱられ、
私はそれを振りほどこうと力を込めた。

「ちょっと。何やってるのよ」

日常の世界でよく聞き慣れている声だった。
振り向くと、アリスが食材を抱えながら私の腕を片手で掴んでいる。

「えっ?なんで。
 おまえ、外にいたのか?」

「そうよ。ちょうど今帰ってきたところ。
 人の気配がしたから、泥棒かと思ったんだけど
 やっぱり魔理沙だったのね」

アリスは灯りをつけ、買ってきたであろう食材が詰まった袋をテーブルの上に乗せる。

「ち、ちがうって。家の中に入れたのは
 アリスが開けてくれたのかと思ったし、
 今だって、てっきり部屋に篭ってるのかと」

「はいはい。無駄な言い訳は見苦しいわね。
 じゃあ、なんで灯りもつけずに
 ぼぅっと突っ立ってたわけ?」

「そ、それは……」

言い返すことができずにたじろんでしまう。

「まぁ、いいわ。で、
 なにしにきたの?」

「別に、近くを通ったからちょっと立ち寄っただけだぜ」

「あ、そう。それならちょうどいいわ。
 どうせ暇なんでしょ?今日はパチュリーのところへ
 行こうと思っていたんだけど、魔理沙も来ない?」

「アリスがパチュリーと会うなんて珍しいな」

「ちょっとね。前から約束していたのよ。
 魔法に関することでね」

私は断る理由がなかったので、アリスと一緒に紅魔館へ行くことにした。
紅魔館へ辿り着くと、門の前では相変わらず緑の門番が
メイド長からの説教を受けている。シエスタしていただのそうでないの、
結構な距離であるにもかかわらず、二人の会話はこちらまで届いていた。
幻想郷ではすっかり名物となった光景だが、私達は観光をしに来たわけではない。
私一人だけであれば、ばれない様にこっそりと忍び込むのが
お決まりになっているけど今はそんな事をせずとも堂々と入れる。

「どうぞこちらへ。私は急用でお忙しいので、
 とっいても貴方方に案内は必要ありませんね」

咲夜は美鈴をほったらかした状態で、館の入り口まで付き添ってくれた。

「パチュリー様は、いつもの場所でくつろいでいる事でしょう。
 魔理沙は……出入り禁止にならないよう、せいぜい大人しくしていることね」

私は咲夜から釘を刺され、尻ごんでしまう。
紅一色に装飾された廊下をアリスと共に進む。
さすが紅魔という名前がつくだけのことはあるなと関心を寄せる。
決して褒めているわけではない。この悪趣味は誰の感性のものなのか
私は以前から問い詰めたくて仕方がなかった。
規則的に配列されている窓の一つを眺めると
外では暗雲が立ち込めていて、今にも雨が降りそうな天気だった。

「雨が降りそうだなぁ」

さっきまでは、そんな気配など微塵にも感じられないくらいの快晴だったというのに。

「何してるのよ」

アリスが私を気にかけ、注意を促している。
アリスに、天気が悪くなっていることを知らせようと思ったけど
急いでいるようなので、言わないでおいた。
私とアリスとの距離は開きはじめ、小走りで距離を詰める。
アリスの歩行速度は、なぜだかいつもより速くて
離されないように、私も少しだけ歩幅を速める。
そのことに対して、文句の一つでもいってやろうかとも考えたけれど
パチュリーの図書館までは、既に目と鼻の先の距離になっていたので
そのままアリスのペースにあわせることにした。
規則正しく鳴っているアリスの足音と、無理をしてペースを早めているせいで、
不規則に鳴っている私の足音が混じり合って、
別のもう一人が一緒に歩いているように錯覚する。
ある筈のない存在に不安を感じ、後ろを振り向いてみたけど、
もちろん誰かがいるということはない。

「パチュリー、私よ。アリスだけど」

中に入ったアリスは辺りをうろつき、パチュリーを探している。

「こっちよ」

声がした方向に向かうと、パチュリーはおとなしく椅子に腰掛けおり
なにやらペンを執っていた。

「ちょうどいいタイミングね。今終わったところなの」

パチュリーは机を見ているまま会話をしている。
長時間作業を行っていたのか、気持ちよさそうな背伸びを一回
した後に、ようやく私達に顔を向ける。

「あら、魔理沙?」

「よっ」

私は手を前に掲げ、パチュリーに挨拶をした。

「どうしてあなたまでいるのよ」

パチュリーはアリスを睨んでいる。

「紅魔館に行く途中で、魔理沙と会ったの。
 せっかくだし、誘ってやったら魔理沙も行くって言ったから」

ジト目になったパチュリーが、私を睨んでいる。

「また本でも返しにきたわけ?」

私はパチュリーに沢山の本を借りている。
といってもほとんど一方的な貸与だけど。
だから、当然それには期限があって
定期的に返す必要がある。
パチュリーの物言いにはどこか疑問を抱くような
意味合いを含んでいた。
パチュリーはまた、といった。
つまり、今私が来る前に一度ここへ来たということになる。
だけど、私はそんな覚えはない。これが初めての訪問なのに。

「またって何だよ。それじゃ私が二回来たみたいじゃないか」

「違うわよ。あの子を通してあなたが掻っ攫った本を返しに来たじゃない」

私はまたパチュリーの言い回しに、気を取られる。
あの子。私には心当たりがあった。おそらくそれは…。


「あなたみたいに気づいたらこの部屋にいたのよ。
 まぁ、それはいいわ。何しに来たのか尋ねてみたら
 魔理沙に頼まれて本を返しに来たって言ってて」

道理で最近本が無くなっていると思った。
おかげで返却しに行く必要は大分減ったが
裏を返せばパチュリーと会う頻度も少なくなっていたことにもなる。

「とうとうお前のところにも現れたのか……」

私は頭をくしゃくしゃと掻きながら答えた。
私は数ヶ月前から起こっている奇妙な現象を、
回想する。何の前触れもなく私の身に降りかかった出来事。



―あの子と会ったんだけど。あの子から頼まれたんだけど。
 あの子はあなたと知り合いでしょ?―



私が幻想郷での馴染みの連中と会う度に、
身に覚えのない不可解なことを言われるようになる。
始めはただ、みんなが一丸となってからかっているだけだと思った。
存在しない”あの子”をだしに使って私を怖がらせているだけだと。
時には強く当たって問い詰めたこともあるけど
彼女らが嘘をついていたり騙しているような様子は、微塵も感じられなかった。
そうなりゃ、私も放っておくわけにもいかない。何とか得体の知れない存在を
あの手この手で突き止めようと、奮
闘したりもしたけどどういうわけか”あの子”とは……


「どんなに頑張っても、その子と私は会えないんだ…」

彼女は確実に実在していて、私に悟られることなく、今もなお私の周りを徘徊している。

「とまぁ、怪談じみた話だけどな」
 
「魔理沙。その話。本当なの?」

アリスが声を震わせながら私に訊ねる。

「あぁ、本当だぜ。私自身も未だに薄気味悪いと感じているし…」

「もしかしたらその子。今ここにいるかも……」

アリスは私の言葉を遮り、結論を述べる。器用なアリスのことだから、
今話したばかりの内容に乗っかって、
私を余計にびびらせようとしているんじゃないかと思った。

「な、なんだよ。びびらせようったって
 そうはいかないぜ」

「そんなつもりなんて毛頭ないわ。だったら
 今ここにいる人数。数えてみてよ」

私は静かにアリスの言うとおりにする。

「1,2,3……」


「あ、あれ?」

あってはならない出来事に私はもう一度数えなおす。

「そ、そうよね?私、数え間違いなんかじゃないわよね?」

「あ、あぁ……。おまえのいうとおりだった。
 確かに4人いる……」

アリスは、金縛りのように身を硬直させ
一言も喋らずに、顔を青白くさせている。
自分の姿を客観視することはできないけど
おそらく私もアリスと同じ状態になっているだろう。

「お、おかしいわ。どうして一人増えているのよ」

「気にしない方がいいわ」

私とアリスが見えない何かに怯えている中、
パチュリーだけは平然としている。

「こういったとは、たまに起こることがあるみたい。
 まさか自分の体験として身に降りかかるとは、
 予想できなかったけど。 大事なのはいつもと同じようにして、
 余計な雑念は出来るだけ頭に入れないことよ」

「パチュリー。お前何か知っているのか?」

「さぁ?私も仕組みはよく分からないわ」

「じゃあ、なんで……」

「以前、似たような現象についての本を読んだことがあるの。
 とある人物の体験談として書かれていた事なんだけどね」

普段笑うことのないパチュリーが珍しく、薄笑いを浮かべる。

「とにかく、これ以上意識しない方が
 身のためだわ。自分が大切ならね」

意味深な言葉を残し、パチュリーは
冊子を手に取り私達の前に差し出す。

「はいこれ、ちょっと難しかったけれど
 なんとかあなたの期待には添えれたんじゃないかしら」


パチュリーが分厚く纏められた冊子をアリスに渡す。
アリスはぺらぺらとページをめくり、内容を確認している。

「すごいわね。さすが動かない大図書館といったところかしらね」

アリスは満足した様子でパチュリーにお世辞を言っている。

「やっぱりパチュリーに頼んで正解だったわ。
 また頼んでいいかしら」

「えぇ、構わないわ。あなたが依頼してくるものは、
 私自身も勉強になるし、今回も時間をかけて
 望んだ甲斐があったものだったわ」


私そっちのけで、二人は密度の濃い会話を繰り広げている。
同じ魔女として私も、会話の内容に興味を示し
理解しようと試みたけど、まるで次元が違うようで
少しも理解できなかった。
私がいつも行っている魔女らしいことといえば
小道具を製作したり、薬を調合する程度のものだった。

「魔理沙」

ついていけない私を気遣ったのか、パチュリーが私の名前を呼ぶ。

「なんだ?」

「あなたがさっき言っていた少女のことで伝えたいことがあるんだけど
 魔理沙は、本当はとっくの昔にその子と会っているんじゃないかしら?」

私は少し考えた後、パチュリーの話の内容を否定する。

「んー。やっぱり私は一度も会っていないと思う。
 第一、もし一度でも会っていたら名前や特徴も
 全部記憶していると思うし」

「今までのことを思い出してみて頂戴。
 どこかで必ず会っているはずよ?
 例えば夢の中っていう事でもいいから」

「夢の、中ねぇ……」

私は唸りながら、記憶を搾り出す努力をする。

「いえ、なんでもないわ。ごめんなさい。
 混乱させるようなことを言って悪かったわ」

パチュリーは結局、私の返答を聞かずに、その話題を切り上げた。
私は腑に落ちないまま、パチュリーの言うとおりにした。

「それじゃ、約束も済んだし
 私は帰ることにするわ。魔理沙は……」

「ん?あぁ、私も今日のところは帰るとするか。
 さっき窓をチラッと見たんだけど、雨が降りそうな感じだったしな。
 早めに切り上げないと、びしょ濡れになったら困るぜ」

「さっきまで、晴れ日和だったじゃない。
 短時間で急激に天候が変わるなんて、
 魔理沙の見間違いなんじゃないかしら?」

「じゃあ、ここから出て確認してみるか?」

私達は、そんな事情とは無縁である
パチュリーに別れを告げ廊下へ出た。
窓の外を覗かなくとも、廊下の様子で雨が降っている事を肌で感じ取った。
周囲は湿気に包まれ、陰鬱を帯びていた。静寂な環境を突き破るように
地面に降り注ぐ雨の音が壁から私達に伝わる。
最後の止めとばかりに、私はアリスに窓の外を覗くように指をさして促す。

「ほんとに降ってるわね。どうやって帰ろうかしら」

「よかったら送ってやるぜ」

私は箒の柄を握りアリスの前で、
幻想郷一位のスピードを争う自慢の道具を示す。

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて」

アリスの笑顔は無邪気なもので、私はそれが嬉しかった。
アリスの言葉を頭の中で何度も再生させ、歓喜のあまり自然と足取りが速くなる。
アリスは、来たときとうってかわって足取りが重いようだ。
うつむきながら無言を貫いている様子から察して、
ただ、照れているだけだと思ってあまり気にはしなかった。
やがて私の後ろにいるアリスの動きが止まり
それに気づいた私も同じように静止する。

「どうしたんだ?」

アリスはもじもじと身をくねらせ、じれったくしている。


「魔理沙…あのね……」

私の名前を呟き、アリスは顔を上げる。
反応を探っているように、無表情のアリスが
私の顔を直視している。


「いや、なんでもないわ。早く行きましょう」

私は不思議に思ったけど、何も言わずに歩いた。
それでもアリスのペースは遅く、距離が開いている様だったので、
私はアリスの調子を伺うためにも立ち止まり、会話を振った。

「なぁ、パチュリーからもらった冊子の内容って何だったんだ?」

振り返ってからアリスの顔を見つめ、それとは別に疑問に思っていたことを聞く。
目が合ったときに、アリスの表情が一瞬歪んだのを私は見逃さなかった。

「あ、あはは…。知りたい?知りたいの?魔理沙。
 そうだよね!?ち、ちょっと待ってね。今説明するから!」

急に態度が変わり、パチュリーから受け取った冊子をぱらぱらとめくるアリス。
どことなくあせりを生じているアリスの態度に、居心地の悪さを感じる。

「もう少し待っててね。うまくまとめるのが難しくて……」

アリスは落ち着きのない様子で、私と冊子を交互に見つめる。
まるで早送りのように、慌しく冊子を扱っている。
あまり感情を表に出さず普段から冷静なアリスとはどことなく様子が違う。

「あっ……」

纏まっていた冊子が、一枚ずつばらばらに床に散らばる。

「おいおい、だから言わんこっちゃない。手伝うから……」

紙を拾おうとしゃがみ込もうとした時に、
私を見ていたと思っていたアリスの視線がずれる。
アリスは、ずっと私を見つめて会話をしていたと感じていた。
だけどそれは違った。そう、アリスはずっと
私の背後にいる何かに視線を固定させ
私と会話していたことに、このとき初めて気づいた。

不意に雷が鳴り響き周囲の光が反転する。
私は見てしまった。廊下の壁に映し出された私とアリス以外の3人目の影を。
明らかに私もアリスも、その影に気づいていた。膠着状態の私達は
ほんの0コンマの時間がとても長く感じて、彫刻の作品のように動けないでいた。


「そ、そうだ。口で説明するより、紙で書いた方が分かりやすいかもしれないわ。
 ちょうどパチュリーのところに机があるんだし、戻らない?
 パチュリーも一緒だったら、もしかしたら私よりも理解できるかも」

ようやくアリスが口を開き、その場をしのぐように、
私もアリスの意見に無条件で賛成した。
アリスが無意識に差し出した手を私はしっかり握る。
だが、それを阻止するように、私の背後にいる何者かが
強い力で、私の腕を掴んだ。

「ちょっと!何止まってるのよ!あなただって気づいてるでしょ!?」

「動けないんだ」

アリスはこの場から脱出するために、力強く引っ張る。

「あいつに腕を強く掴まれて、移動できない」

「えっ!?」

私は後ろにいる得体の知れない存在の正体を確かめようと
ゆっくりと首を回転させる。



「魔理沙!だめよ!見たらだめ!そいつの眼はきっと…」

アリスは必死に私に振り向かせないように説得している。
私は後ろにいる少女が、夢で現れていた少女だということを本質的に理解していた。
恐怖心もあったけれど、振り返れば、
ようやくこの現実の世界で対面できるという好奇心も少しあった。
アリス。心配してくれてありがとう。だけど私の動きは止まらない。
止められない。制御が効かなくなった私の体は、
意識を働かせてももう静止させることは出来なかった。







「う……ん…」

意識が鮮明になり、うつろになっていた目をこすると、
ゴツゴツした感触が骨に染み渡る。

「寝てた……のか」

どうやら私は、古い木製の机に突っ伏して寝ていたようだった。

「ここは、どこなんだ」

周囲を見回すと、いつも見慣れている光景。
私がパチュリーに会うために必ず訪れなければいけない場所。
机の上には、沢山の紙が一つにまとめられた冊子が置かれている。

「この冊子は……」

私は冊子をめくり中身を閲覧する。
それは病院によくあるカルテのようなもので
被験者の行動記録について書かれているようだった。
Kと大きくと書かれているのは、患者のイニシャルなのか。
まともに書かれているのは、最初の数ページのみで
後はすべて白紙のようだった。

「ん?」

いや、最後の数ページもまた最初のように文字が埋め尽くされている。
私は何が書いてあるのか目を凝らしたけど……


―私は誰なの?―



「これは、私が書いたのか……?」

上から下まで白い余白を残さないように、赤い文字で小さく
びっしりと埋め尽くされている。残りのページが終わるまでの紙にも
同じようにその単語で埋め尽くされている。
よく見ると血で書いたように感じるけど、まさか…な。
私は手のひらを眺め、自分の手に傷が一つもついていないことを確認する。


「そういえば、アリスはどこに…」

私はまっ先にアリスの心配をしたけど、
本来ここにいるはずのパチュリーの姿もないことに気づく。

「アリス?パチュリー?」

私は椅子から立ち上がり、周辺に向かって二人の名を呼ぶ。
上を向くと、天井にある灯りが点滅を繰り返していて、光が
消えかかっていることが分かった。二人の消息は未だにつかめない。
辺りはうっすらと霧が覆っているが、きっと本棚に溜まっていた
埃が舞っているんだろうと言い聞かせる。

「まったく、かくれんぼでもしているのか?」

私は困惑を隠せなかった。立ち止まっているわけにも行かないので
捜索範囲を広げるために、この部屋から出る決心をつけた。

「あ、切れた」

天井から灯されていた光が突然途切れ、周囲は暗闇に包まれる。
しばらく目を閉じて、急激な環境の変化に慣れさせようとした。

―カツ、コツ―

目を瞑った状態で意識を耳に集中させると、どこかで足音が聞こえた。
慌てて目を開けて、後を追うと暗くてよく見えないが
アリスらしき人物が部屋から出て行く姿を見かけた。

「おい!アリス!ちょっと待ってくれよ」

私は途中、障害物にぶつからないように慎重に且つ素早く
部屋の外へ向かった。勢いよく扉を開けると
灰色に包まれた光景が私の目の前に広がっていた。
廊下全体は腐蝕しており、壁の内面や床の土台が剥き出しの状態になっている。
岩そのものが削られてできたような凹凸があちこちにあり、
窓ガラスやカーテンはボロボロになっている。
とてもじゃないけど人が住めるような場所ではないと感じた。

「なんだよこれ。ここは紅魔館じゃないのか?」

私は現実逃避するように、パチュリーの図書館へ戻ろうとした。

「開けないほうがいいよ」

突如、どこからか警告を促す声が聞こえた。

「そこはもうあなたの知っている空間じゃない。
 開けたら二度と元に戻ってくることはできないの」

いつの間にか廊下の先に夢の少女が後姿で立っていた。

「これは、夢なのか?」

「ねぇ、かくれんぼをしようよ」

少女は私に話しかけている。

「なんでこんなところで……」

「場所は関係ないよ。私とあなたがいれば
 遊びは成立するんだよ?」

少女の不気味な笑い声が廊下全体に響き渡る。

「ねぇ、はじめようよ」

少女は軽快なスキップで前に進み、
光のない廊下の奥へと消えていく。

「ちょ、ちょっと待ってくれ
 みんなはどこにいったんだ!?」

私は見失わないように後を追った。
ここがどこかは見当もつかないけど、
走り続けた。廊下にしては異常に長い距離だと感じた
しばらく走り続けていると、大きな広間へと辿り着いた。


所々が焦げている汚らしい絨毯が床一面に敷かれている。
その上に赤く染まった書類が床中に散らばっているが
とてもじゃないけど拾って読む気分にはなれなかった。
至る所に設置されているランプは、風が吹いていないにもかかわらず
炎を揺らしている。
薬品臭が充満しているこの空間は長時間いれば、
間違いなくめまいを起こして倒れてしまうだろう。
早くここから出なければ。
そう思ったときに、無造作に置かれていた車椅子がひとりでに動き出す。
まるで私を案内するかのように、カラカラと車輪を回転させ、
やがて一つの部屋へ吸い込まれていった。


「ここは……病院なのか?」

出来れば今すぐにでもここを脱出したかったけど、
夢の少女を見つけないと私はここから抜け出すことが出来ないだろうと悟った。
恐怖心を抑えつつ、私は車椅子が吸い込まれていった部屋へと赴く。


そこは何の変哲もない部屋。小さな化粧台と
ベットがおかれていた。そんな小さな部屋には
車椅子などどこにもなく
私は、部屋から出ようとした。
しかし、それを拒むように、ドアがひとりでに閉まる。

「くっ!なんなんだよ!これはっ!」

精一杯力を込めてドアを開けようとするが
外側から誰かが押さえつけているようにドアはびくともしない。

「どうすればいいんだ」

小さなベットに腰掛け、心の中で生じていた不安に抵抗する。
横を見ると、化粧台の鏡と目線が同じになっていたので
何気なしに見つめていた。

「私って……」

自分の顔をさすり私は呆然としていた。
ふと視線を自分の顔から鏡の世界の扉に移すと
開いている扉から廊下の様子が映し出されていた。
そして、夢の少女がまさに通り過ぎるシーンをじっと眺めた。

私はとっさに口を押さえ、声を漏らさないようにした。
鏡の中の少女は、ピタリと動きを止めおもむろに
私がいる部屋へと侵入した。
鏡越しに私は少女の様子を観察している。
やがて少女は私の真後ろにまで近づいてくるが
気づくこともなく、ベットの下を捜索している。
顔の表情は黒いもやで覆われていてよく見えないけれど、
眼だけがぎょろぎょろと気味の悪い動で、私を探しているようだった。
私は、勇気を振り絞って振り返ってみたけど、鏡を通さない世界では
誰もいない空虚なものだった。再び、鏡を通して背後を見ると
動かしていた眼球を一点に見定め、口が裂けんばかりの引き攣った笑みを浮かべながら
私を凝視する。

「みぃ~つけたっ!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」

ずっと我慢していた感情を爆発させ、絶叫した。
私と少女の目があってしまった。それだけで、
私は自分が壊れそうになるくらいの、あらゆる負の感情が暴走し始める。
後ずさりしながら、私は近くにある小物を鏡に向かって
狂ったように投げつけ、少女を追い払おうとした。


―パリンッ――

そのうちのいくつかが当たり
鏡は砕ける。床に散乱した破片からは
いくつもの少女の姿が私を捉えていた。

「もう逃げられないよ。だってあなたはもう私の……」

「わぁぁぁぁっっーーーーーーーー!!!」

私は半狂乱で、ノブを回し続けてドアが開く事を祈った。

「お願いだっ!!私を出してくれ!!!!
 わたしをここからだしてくれっっ!!!」

その祈りが通じたのか、ドアがあっさりと開く。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

慄然としながら、私の顔は涙でくしゃぐしゃになり
視界が見えない状態のまま出口を目指す。
背後からは私を追ってくる足音が聞こえるけど
ただ逃げるだけで精一杯だった。
ようやく館の外へ出られたことに安堵の胸を撫で下ろす。


「っうぅっ……。なんだったんだ…。
 なんなんだよ!あれは!

少女の眼をじっと見ていたら、心臓が張り裂けそうだった。
津波のように押し寄せてくる悲鳴のような悲痛な叫び。
それがだんだんと大きくなり、沢山の人数に変わっていく。
私は耐え切れずに発狂してしまいそうだった。
涙を袖でふき取り、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうと思った。

「そういえば……」

夢の中では、私が少女を追いかけていると思ってたけど。

「本当は、さっきのように私が少女に追いかけられていた?」

私はさっきまでいた建物の全貌を眺めるために、振り返る。
そこには古ぼけた木造の廃病院が見下ろすように佇んでいた。

「……夢なら、すぐに覚めてほしい……」

「夢じゃないよ」

私はその声を聞いて、背筋をこわばらせる。

「これは決して夢なんかじゃない」


―あなたは、既に彼女と会っているんじゃないかしら?―

パチュリーが私に言っっていた言葉が頭に浮かぶ。

「それって……まさか……」

私はもう振り向きたくはなかった。
身をこわばらせたまま、必死に頭を働かせ
どうすべきか悩んでいた。

「私を助けてほしいの」

少女は私の気などお構いなしに、突然嘆願する。

「お願い。独りじゃ寂しいから」

少女は、いつのまにかいなくなっていた。


静かに囀る虫の鳴き声や、風に揺られる草木
の中で私は呆然と立ち尽くしている。

「うぁーん……。……い……。け…て」

小さな子供の泣き声が、周囲の音に混ざって
微かに聞こえる。その方向に向かって歩くと、
丸い黒の帽子をかぶった少女が縮こまりながら怯えていた。
後姿でよく見えないけれど、ウェーブのかかった
銀のショートヘアが風になびいている。
私は哀愁を誘う後姿に、いても経ってもいられずに
慰めの声をかけてやろうと決心した。

「どうしたの?こんなところで一人でいたら危ないよ」

少女も私に気づいたようで、泣くのをやめ
私の存在を確かめようと振り返る。





―ずっと私はあなたを視ていたんだよ。あなたは気づいていなかったかもしれないけど
 私はあなたのそばで、あなたが私に気づいてくれるよう、ずっと頑張っていた―


「あなたが感じていた記憶は、私も同じように感じていた」

子供は私の目の前からいなくなっており
後ろから枯れ木を踏みつける足音が迫ってくる。

「あなたはどこまでが自分の記憶で、
 どこまでが他人の記憶なのか
 自分で証明できる?」

頭痛や目眩が襲い掛かり、倒れそうになるのをこらえる。

「や、やめろ……」

「あなたは自分が霧雨魔理沙だと本当に信じて疑わない?」

「お、お願いだ……やめてくれ……」

頭痛がだんだんとひどくなり、私はそれをやめるように懇願した。

「誰も自分が自分である証明なんて出来ない。
 記憶?そんなものは不確かなものでしかないんだよ」

「私は……霧雨魔理沙……だ。
 これから……も…」

私は倒れた少女の側に立ち、視界が霞んでいる顔を覗き込む。

「違うよ。あなたは霧雨魔理沙なんかじゃあない。
 ダッタラアナタハダレ?ねぇ、教えてよ?
 アナタハイッタイダレナノ?ダレ?ダレ?ダレ?」

意識が朦朧とする中、視界が真っ白に覆われる。
私は、今まで自分が自分だと思っていた。
自分を霧雨魔理沙として、認識していた。
だけどそれは違った。じゃあ、私は誰なんだ。
ずっと霧雨魔理沙だと思っていたけど、本当は違っていた。
私は、彼女のそばで、彼女と同じような体験をして
彼女と同じ光景を見続けていた。朝起きてから
夜寝るまで、彼女の側を離れずに、記憶を共有していた。
思い出した。私の名前は霧雨魔理沙ではなく



私の名前は……











古 明 地 こ い し。














ずっと寂しかったの。サトリというだけで
友達も出来ず、人間に虐げられてきた。
どんなに頑張っても、好意を寄せても
この身を犠牲にしても、妖怪という理由だけで
それまでに培った関係が、泡のように一瞬にして消えてなくなる。
サトリという理由だけで、疎外され、さらに住処まで奪われ続けてきた。
孤独に蝕まれた私は、ずっとずっと側に居続けてくれるような友達を探していた。
心の眼が怖いのだったら、それを閉じれば人間も私に好意を寄せてくれるのかな?
私の話すことも気味悪がられずに聞いてくれるのかな?
大丈夫。私はぜんぜん怖くなんてない。
あなたが私を理解してくれないだけ……。
あなたが私を偏見しているだけ。
だからお願い。私を独りにしないで……





「ふふーん、ふーん」



私は彼女を引きずりながら、誰にも見つからない私だけの部屋へと向かった。
地底なら誰かに奪われる心配もないし、
あの部屋に隠しておけばお姉ちゃんにも見つかることはない。
部屋に着いた私は、彼女を持ち上げ、椅子に座らせた。
彼女が逃げることはないと思うけど
万が一のために、軽く縄で縛り付ける。


「ワタシハダレダ。ワタシハダレダ。ワタシハダレダ………」

相変わらず訳の分からないことをぶつぶつと呟いている。
人間はなんて脆くて、残酷なんだろう。
私が今まであなた達にされてきたことと比べたら
全然軽いんだけどなぁ。けど、恨んでいる訳ではないの。
私にとっては、あなたが誰であるかなんて重要じゃない。
私はあなた自身を理解しているから、怖がることなんてない。

「ちょっとうるさいなぁ…」

私は彼女の様子に困惑していたので、口を紡がせようと手で覆った。
それでも彼女の言葉は、私が覆っていた手の隙間から
漏れているので布を取り出し、彼女の口に詰め込む。


「んーんー」

「ちょっと苦しいと思うけど我慢してね?」

それから私は彼女の目を傷めないように部屋のライトを暗くしてやった。
大丈夫。安心して。私は絶対あなたを見捨てたりなんてしないから。
妖怪という理由だけで怖がらないで。私はあなたに危害を加えるつもりなんてない。
壊れた人形のようになっても、私はあなたが死ぬまで
あなたの側にいて楽しませてあげるから。だってそれが友達でしょ?
絶対に離さない。ようやく手に入れた私のたった一人の友達なんだから。



「また後で来るからね?」
やっぱりSSは難しいと感じました。時々、ギャグとか書いていたのですが
自分の書きたいと思う内容で一度勝負してみたかったので挑戦してみました。
狙っていた恐怖感が表現できているかちょっと不安です。

人間は理解できないものに対して恐れを抱く。
理解しようとすれば、発狂を招く。という不条理さを表現しました。
おちは蛇足だったかな……


※このSS書いている時に、夢で変なものに襲われました。
 その時に沢山の声が聞こえて、心臓を握り潰された様な感覚に陥り
 絶叫しそうになったときに目が覚めました。
 おそらく、あれが発狂する瞬間だと感じてちょっとびびった。
でんでら野
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コメント



0.340簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
怖え…寝る前に読むんじゃ無かった…
2.無評価名前が無い程度の能力削除
SAN値ゼロになってしまわれたか…
10.80名前が無い程度の能力削除
>あの手この手で突き止めようと、奮
>闘したりもしたけどどういうわけか”あの子”とは……
余計な改行が入っていると思います。

KOEEEEEE!「数えてみたら4人いる」という所は描写が少なくて、いまいち状況とその恐怖は感じ取れなかったけれど、他のところは共感できました。夢の中でこんな話がでてきそうだし、でてきたら自分も「うわぁああ」とかいいながらダッシュするんだろうなと思う。
ただ、最後に魔理沙がパーになっちゃうのは、安易なのかなぁと思ったり。抜け殻のような状態になるというより、強い不安に襲われてひたすら霊夢やアリスなどの他人に会って自分の自分らしさを確認しようと奔走するんじゃないかなと思いましたが。
11.90名前が無い程度の能力削除
いい感じに参りました。
これは二度三度読み返さないと・・・
13.100名前が無い程度の能力削除
怖さと同時に人間の醜さも見えた。偏見し差別する心ほど醜く汚いものはないね