【注意】オリジナル設定、無名のオリキャラが含まれています。
それでも大丈夫な方はどうぞお読みください。
―――息も凍りつくような寒い朝。
一人の村人が、段の半ばで倒れていた。
ある日の守矢神社。
「ごっはん~♪ ごっはん~♪ さっなえのごっはん~♪」
「諏訪子、静かになさいな」
「おおう! 今日はとりすきだね。おいしそう~」
「きけや」
「ふふ、冬ですから鍋物をと思って」
卓の中央では鍋からすでに湯気が立っている。味噌と鶏出汁のいい匂いが食卓に立ち込めていた。
「はい、諏訪子様、ご飯です」
「うん、ありがとう早苗」
「それじゃあ、いただこうかね」
「いっただきま~す」
「どうぞ、召し上がってください」
守矢神社の和気藹々とした夕食が始まる。
「おいしい! おいしいよっ、早苗」
「ありがとうございます」
「大声を出すんじゃないよ。
……むむ! この醤油と砂糖の絶妙な加減は……早苗、また腕を上げたね」
「ありがとうございます。神奈子様」
「素直においしいって言えばいいのに」
「じゃかあしい、たまには批評家ぶったっていいじゃないか」
「早苗ー、おかわりー」
「はいはい、諏訪子様」
「だから聞けや」
食卓では様々なことが話される。
今日の神社の様子や、山の妖怪、里の人達の様子。幻想郷で起こった珍事件や、次の宴会の予定など話すことは尽きなかった。
特にしゃべるのは早苗だった。
「それでですね、神奈子様、諏訪子様、今日の神社では………」
神社に来た人がどのようなお祈りをして言ったか、自分がそれを聞き届け、どう解決しようと思うか、などなど。
諏訪子は穏やかな表情で早苗の話を聞いていた。神奈子は特に顔に浮かべる表情は無い。
諏訪子は早苗が風祝として着実に成長していることを喜んでいた。里民に気を使えるのは良い神の証だ。
自分の遠い子孫であることから、子や孫の成長にも似た感情がわいてきて、思わず表情も緩んでしまう。
食事も半分ほど進んだころ、早苗の話がひと段落した。早苗が今日の自分はどうだったか、期待半分、不安半分の目で二柱の神を見つめる。
早速褒めてあげようとして、諏訪子は口を開いた。
しかし、
「うーん……、早苗」
先に呼びかけたのは、神奈子のほうだった。
「はい、何ですか?」
神奈子の呼びかけに、早苗が笑顔で答える。
神奈子はどこか考えるようなしぐさで、早苗に言った。
「あんまりがんばりすぎるんじゃないよ」
「へ?」
早苗はきょとんとする。
「あはは、大丈夫です。私無理なんかしてませんよ。いつも楽しいくらいです」
「そういうことじゃあなくてだね、まあ、それはそれで心配なんだけど……」
神奈子はコトリと箸を置いた。
「そんなに、人のいうことばかり聞かなくてもいいってことさ」
「ちょっと、神奈子」
「諏訪子、早苗にはもう言っとくべきだよ」
「……どういう……ことですか?」
早苗が、いつもと違う雰囲気の二柱を見て表情を固くする。
「この際だから言っておくけどね、人間の願いなんて、叶えてやらなくていいんだ。程々にしときな」
「……どういうことですか?」
心底わからない、という表情で、早苗は神奈子を見る。
「言葉通りの意味さ。人のために、私達が骨を折る必要は無いと言ったんだ」
ガンッ、と卓袱台がゆれた。湯飲みが倒れて中のお茶がこぼれる。
「神奈子さまっ! 撤回してください、いくら神奈子様でも、今の発言は認められません」
「お前もそのうちわかるさ。そもそもうっとおしいんだよ、あいつら。いっつもいつも自分勝手な願いばっかり……」
早苗は立ち上がった。目を怒りに燃やして神奈子を睨む。
「一体どういうことですかっ! これから信仰を集めようという神様の発言とは思えません! ましてや言うに事欠いてうっとおしいだなんて……」
「早苗、食事中なんだから座ったらどうだい」
「ごまかさないでください! ……本気で言ってるんですか?」
「本当のことを言ってるのさ」
「――っ、諏訪子さま!」
「はえ?」
突然早苗に振られて、諏訪子は息を詰まらした。本当に怒っているときの早苗の目は、恐い。
「諏訪子様も、まさか神奈子さまと同じ考えなんですか?」
「…………」
諏訪子は、答えず、目線をそらす。
「違いますよね?」
「…………」
諏訪子は答えない。
答えられない。
早苗はそれでも待った。二柱が考えを翻してくれるのを待った。
長い時間たっぷり待って――
「……わかりました。お二人の考えはようく、わかりました。
見損ないました」
二柱から視線を切った。
そっぽを向いて、今度は全く視線を当てないようにする。
「すみませんが、お夕飯はお二人で食べてください」
「早苗。どこか行くの?」
「ごめんなさい、今お二人と、口をききたくありません」
早苗はそのまま、居間を出て行った。しばらくして遠くで、玄関の開いて閉まる音がした。
諏訪子は悲しげに、早苗の出て行ってしまった扉を見つめる。
「……神奈子、もうちょっと穏やかに話せなかったの?」
「どう穏やかに話したって、あの子はきっと今と同じ反応をするわ。キツめのを浴びせられたほうが、効果があるのよ」
「早苗、きっと私たちのこと、大嫌いになってるよ」
「別に今はそれでいいさ。あの子も、そのうちちゃんとわかる」
神奈子は湯飲みを飲み干して言う。
そんな神奈子に、諏訪子は尋ねた。
「……神奈子、何かあったの?」
「突然どうしたんだい」
「神奈子は、この手の話になると、いつも厳しくなるから……」
諏訪子は心配そうに神奈子の顔を見る。
神奈子は、黙ったまま何も言わなかった。
「――って、わけなんです。ひどくないですか? 霊夢さん!」
早苗は博麗神社にいた。
霊夢に長々と、先程守矢神社で起きたことの次第を話していたのだった。たまたま居合わせた萃香も、酒を片手に話を聞いていた。
霊夢は適当に相槌を打ちながら、ゆっくりとお茶を飲んでいる。
早苗にもお茶が出されていたが、そのままにぬるくなっている。時も忘れてしゃべり続けたせいだ。
一息ついて、ようやく早苗はお茶を飲んだ。
「――私、悲しかったんです。神奈子様と諏訪子様が、あんな考えを持っていることが。
そりゃあ、神様の考え方は、人間とは違うというのはわかっています。でも、お二人がそういう考え方をしているとは、まるで思わなかったんです。
……あんな、あんなことを言うなんて」
早苗は湯飲みの水面を見つめるように、うつむいている。
「まあ、あんたにとっちゃ、裏切られた感覚なのかもしれないわね」
「霊夢さんは、わかってくれますよね。私たちが、里民を大事にすることがどれほど大切なことか。
山の妖怪も、里の皆さんも、私たちを『神』として信じているんです。その期待には、こたえる義務があります」
そう言うと早苗は、確かめるように霊夢を見た。自分とは、志を同じくするものだと信じて。しかし、そこに邪魔な横槍が入る。
「そうかい? 私は神奈子の気持ちもわかるけどね」
萃香が銚子を逆さにして、最後の一滴を舌に落とした。
「――っ、あなたには聞いてません。萃香さん」
「鬼にゃ神の気持ちはわからないって? そんなの、心がありゃあ誰にでもわかることさ」
「ちがいます。どちらも人間ではないから、わからないといっているんです」
「……ははっ。こりゃ正論だ。確かに、人には神の気持ちはわからない」
赤い顔で屈託無く笑う萃香に、早苗は一瞬馬鹿にされたような気持ちになる。
「だが、神奈子、あれは馬鹿じゃないよ。あんたが人間の考え方しか出来ないで、人間の気持ちしかわからないと思っているなら、そんなこと言わないはずさ」
「……なにが言いたいんですか?」
「なにか意図があるはずなんだよ」
萃香は今度は瓢箪をあけて、中の酒を飲み始める。
「なんでいつもやさしい神奈子がそんなことを言ったのか、考えてみたらどうだい」
早苗はしばらく待ったが、萃香がそれ以上何も言わないのを見て、ため息をついて霊夢に向き直った。
「霊夢さん……」
「悪いけど、私も萃香に同意見ね」
霊夢はお茶を飲んだ。
「というより、神奈子たちの気持ちもわからなくは無い、ってとこかしら」
「そんな……霊夢さんまでなに言っているんですか」
「落ち着きなさいよ。別に神奈子たちの物言いが良いとは言っていないわ。
ただ、気持ちはわかると言ったのよ」
霊夢は空になった早苗の湯飲みにお茶を注いだ。
「少し冷静になって考えてみたら。早苗ならたぶん、参拝客の少ない私なんかよりわかると思うけど」
「…………」
早苗は、ずっとうつむいたままだった。
しばらくして、霊夢がまた話しかけた。
「……早苗」
「………はい」
「あなたの能力は、万能かしら?」
「? それはどういう……」
「たとえば、死んだ人も蘇らせたりできるのかしら」
「ふえっ!? そんなことできません。そんな自然の理に反するようなこと……」
「昔はそういうことができる神様もいたみたいだけどね……けどま、話はそういうことなのよ」
霊夢は早苗の目を見て話す。
「神様は、全ての人を救えるわけじゃないわ」
その言葉で、早苗は唐突に理解した。
霊夢が言うこと。神奈子が言いたかったこと。
それはまだ神奈子が幻想郷に移る前。
早苗も諏訪子にも出会っていなかった頃のこと。
神奈子の神社に、毎日通う信心深い若者がいた。
いや、信心深いという程度ではない。その若者はお百度参りをしようとしていたのだから。
その願いは、病気で寝たきりの母を助けてもらうこと。
雨の日も風の日も欠かさず若者はお参りに来た。
神奈子は初め、熱心な若者の存在に喜んだ。
次にその願いを知って、自分の手には余ることを知った。
それほどその母親の病気は重かった。
神奈子は考えた。叶えられないとなれば、これ以上若者にお参りをさせるべきではない。
若者は看護や仕事で忙しい合間を縫ってやってきているのだ。
信仰が減るのは惜しいが、それでも若者の母と触れ合う貴重な時間を奪うべきではないと考えた。
しかし、若者の思いはひたすらに真摯だった。
そこで神奈子はわざと若者の邪魔をすることにした。
お百度参りは百日間毎日欠かさず通うことで儀式として完成する。若者はすでに半分を過ぎていた。
今失敗すれば、若者は落胆してあきらめるに違いない。そう考えたのだ。
神奈子は、人の信仰というのがどれほど強いものか、本当のところを理解していなかった。
いくら風を吹かせてもやってきた。いくら嵐を起こしてもやってきた。
山道をふさいでも別の道からやってきた。
若者はお百度参りの効果をより上げるため、裸足で通っていた。
家から神社までの長い道を、裸足で歩いてくるのである。石で足が切れ血が流れても、かまわず通ってきた。
これ以上は他の人々にも迷惑がかかる。
若者の意志の強さにほとほと参った神奈子は仕方なく、病気にしてでも止めることにした。
その若者の体の気を操って、一晩熱で寝かしつけた。
それでようやく若者のお百度参りは止まった。若者は既に八十日を越えていた。
若者は落胆するだろうが、これであきらめてくれるならいい。
神奈子は病気一つ治せない自分を呪いつつ、そう言いきかせ納得させた。
しかし、若者はあきらめなかった。
八十日まで言ったから一日あいてもよい……と考えたのではない。
もう一度、一からやり直したのだ。
もう神奈子には、どうすれば良いかわからなかった。
今度こそ本当に、何も出来なくなった。
若者が二度目のお百度参りを始めたころには、もう冬になっていた。
雪の中でも若者は裸足でお参りにやってきた。
足がかじかんで指先の感覚が失われてもそれは続けた。
神奈子は叫んでやりたかった。
そんなにしても誰も救われない。母親も、お前も、誰も救われないんだと教えてやれなかった。
だからもういい、そんな自分を痛めつけるようなことはしないでくれと言ってやりたかった。
ある日の早朝、雪の積もる石段の下で、若者は眠るように息を引き取っていた。
くしくも九十九日目のことだった。同じ日の晩、若者の母親も同じところに逝った。
神奈子は回想から覚めた。諏訪子の言葉で引き出された記憶が、思いのほか強かった。
そう、自分が信仰にこだわり、しかし人間にはこだわらなくなったのは、あの日からだったな、そう神奈子は思う。
もしいちいち全ての人間に同情していたら、自分の心はきっと潰れてしまう。
思えば、神のいかに無力なことだろう。
この世に神に祈って救われる人間の、いかに少ないことか。
早苗にも、自分と同じようにがむしゃらになって、自分と同じように絶望しては欲しくなかった。
神奈子は自分の無力を思い知らされたあの日、救えなかった魂が上るのを見た日の誓いを思い出す。
いつか、もっともっと信仰を大きくしよう。
より多くの人を救えるように。より人々が苦しまないように。
だから、諏訪子の方が信仰が強ければ形だけの支配にも甘んじたし、信仰が弱くなれば早々に人間の世界に見切りをつけた。
人を救う力もないのに、居座ってもしょうがないからだ。
そう、全ての信仰は、儚き人間の為に……
霊夢としばらく話して、なんとなく、神奈子が自分に言いたかったことを早苗は理解した。
理解すると同時に、悲しい気持ちになった。
早苗は、ポツリとつぶやいた。
「………かみさまは、何のためにいるんでしょうね」
横で霊夢はゆっくりとお茶を飲みながら聞く。
「人を助けられないのに、何のためにいるんでしょう」
「さあ…………参拝客の少ない私にはわからないわね。萃香はわかる?」
「そりゃあ、何で私がいるのかって言うのと同じ質問だねえ」
萃香は答えてカラカラと笑う。
「鬼がいるから人は夜道を避けて身を守るようになるし、地獄に行きたくないから善行を積む。いることが必要な存在、ってとこか」
「……それじゃあ神様も、祈るために必要な存在ってことですか? 辛いことがあっても、生きることをあきらめないように。
悪心を起こさないように」
「そういう考え方じゃ、だめかい?」
萃香はまじめらしく答えるが、早苗は再び黙り込む。
「……ひどいです」
「「うん?」」
早苗のつぶやきを、霊夢と萃香は聞き逃した。
早苗は大きく息を吸う。
「ひどいです! それじゃあ、神様は何のために人を救うんですか? 私は何のために人を助けるんですか?
私は、何のために生まれたんですか?
私は現人神です。ずっと、ずっと八坂様たちのお役に立ちたいと思っていました。一緒にたくさんの人を救いたいと思ってました。
なんで、人を救うことがそんなにいけないことですか。全部の人を救ってあげたいって、私は思います」
「それでも、救えない人間はいるよ」
「たとえ救えなくてもです」
萃香の言葉に、早苗はより強い言葉で返す。
「私が先にあきらめて、それでその方は助かるのですか。私はあきらめません。最後まで。
私はきっと、人のために助けるんじゃないんです。自分のために、助けなきゃ生きていけないんです。
だって……私だって、神様なんですから」
霊夢は早苗の言葉を黙って聴く。
それから、静かに言った。
「いいんじゃない?」
「……え?」
早苗は驚いたように霊夢を見る。萃香も、振り返った。
「別に、あなたが人をもっと助けたいって言うなら、それでもいいじゃない。悪いことじゃないんだしさ」
「霊夢さん……」
「たぶん神奈子は、あなたが助けられない人を目の前にして辛くないように、って思ってそんなことを言ったのだろうけど、私には関係ないからね。あなたの気持ちは、何も間違ってないと思うわ」
「霊夢さん……ありがとうございます」
「よしてよ。私は無責任に背中を押してるだけだから。覚悟したからには、あきらめちゃダメよ」
「はい!」
早苗はようやく笑顔になって、霊夢のことを見れた。
「……すみません、私、神社に戻りますね」
「そう」
霊夢はそっけなく呟いただけだった。それでも早苗は嬉しくなる。
「萃香さんも、今日はありがとうございました」
「うん? え? ああ、どういたしまして」
萃香はびっくりしたように早苗を見る。
「……お礼を言われるとは思わなかったね」
「だって、神奈子様の気持ちを教えてくれたのは萃香さんじゃないですか」
「うん、あー。そういうことになるのかな……?」
「お二人とも、今日はありがとうございました! 私、自分の気持ちをお二柱に伝えてみます」
「はいはい。がんばってね」
「ハハハ、またね」
霊夢と萃香を後に残して、早苗は空へと舞い上がった。
神奈子と諏訪子の顔を思い浮かべる。
まずは二人に謝って、それからいろんなことを話そうと思っていた。
それでも大丈夫な方はどうぞお読みください。
―――息も凍りつくような寒い朝。
一人の村人が、段の半ばで倒れていた。
ある日の守矢神社。
「ごっはん~♪ ごっはん~♪ さっなえのごっはん~♪」
「諏訪子、静かになさいな」
「おおう! 今日はとりすきだね。おいしそう~」
「きけや」
「ふふ、冬ですから鍋物をと思って」
卓の中央では鍋からすでに湯気が立っている。味噌と鶏出汁のいい匂いが食卓に立ち込めていた。
「はい、諏訪子様、ご飯です」
「うん、ありがとう早苗」
「それじゃあ、いただこうかね」
「いっただきま~す」
「どうぞ、召し上がってください」
守矢神社の和気藹々とした夕食が始まる。
「おいしい! おいしいよっ、早苗」
「ありがとうございます」
「大声を出すんじゃないよ。
……むむ! この醤油と砂糖の絶妙な加減は……早苗、また腕を上げたね」
「ありがとうございます。神奈子様」
「素直においしいって言えばいいのに」
「じゃかあしい、たまには批評家ぶったっていいじゃないか」
「早苗ー、おかわりー」
「はいはい、諏訪子様」
「だから聞けや」
食卓では様々なことが話される。
今日の神社の様子や、山の妖怪、里の人達の様子。幻想郷で起こった珍事件や、次の宴会の予定など話すことは尽きなかった。
特にしゃべるのは早苗だった。
「それでですね、神奈子様、諏訪子様、今日の神社では………」
神社に来た人がどのようなお祈りをして言ったか、自分がそれを聞き届け、どう解決しようと思うか、などなど。
諏訪子は穏やかな表情で早苗の話を聞いていた。神奈子は特に顔に浮かべる表情は無い。
諏訪子は早苗が風祝として着実に成長していることを喜んでいた。里民に気を使えるのは良い神の証だ。
自分の遠い子孫であることから、子や孫の成長にも似た感情がわいてきて、思わず表情も緩んでしまう。
食事も半分ほど進んだころ、早苗の話がひと段落した。早苗が今日の自分はどうだったか、期待半分、不安半分の目で二柱の神を見つめる。
早速褒めてあげようとして、諏訪子は口を開いた。
しかし、
「うーん……、早苗」
先に呼びかけたのは、神奈子のほうだった。
「はい、何ですか?」
神奈子の呼びかけに、早苗が笑顔で答える。
神奈子はどこか考えるようなしぐさで、早苗に言った。
「あんまりがんばりすぎるんじゃないよ」
「へ?」
早苗はきょとんとする。
「あはは、大丈夫です。私無理なんかしてませんよ。いつも楽しいくらいです」
「そういうことじゃあなくてだね、まあ、それはそれで心配なんだけど……」
神奈子はコトリと箸を置いた。
「そんなに、人のいうことばかり聞かなくてもいいってことさ」
「ちょっと、神奈子」
「諏訪子、早苗にはもう言っとくべきだよ」
「……どういう……ことですか?」
早苗が、いつもと違う雰囲気の二柱を見て表情を固くする。
「この際だから言っておくけどね、人間の願いなんて、叶えてやらなくていいんだ。程々にしときな」
「……どういうことですか?」
心底わからない、という表情で、早苗は神奈子を見る。
「言葉通りの意味さ。人のために、私達が骨を折る必要は無いと言ったんだ」
ガンッ、と卓袱台がゆれた。湯飲みが倒れて中のお茶がこぼれる。
「神奈子さまっ! 撤回してください、いくら神奈子様でも、今の発言は認められません」
「お前もそのうちわかるさ。そもそもうっとおしいんだよ、あいつら。いっつもいつも自分勝手な願いばっかり……」
早苗は立ち上がった。目を怒りに燃やして神奈子を睨む。
「一体どういうことですかっ! これから信仰を集めようという神様の発言とは思えません! ましてや言うに事欠いてうっとおしいだなんて……」
「早苗、食事中なんだから座ったらどうだい」
「ごまかさないでください! ……本気で言ってるんですか?」
「本当のことを言ってるのさ」
「――っ、諏訪子さま!」
「はえ?」
突然早苗に振られて、諏訪子は息を詰まらした。本当に怒っているときの早苗の目は、恐い。
「諏訪子様も、まさか神奈子さまと同じ考えなんですか?」
「…………」
諏訪子は、答えず、目線をそらす。
「違いますよね?」
「…………」
諏訪子は答えない。
答えられない。
早苗はそれでも待った。二柱が考えを翻してくれるのを待った。
長い時間たっぷり待って――
「……わかりました。お二人の考えはようく、わかりました。
見損ないました」
二柱から視線を切った。
そっぽを向いて、今度は全く視線を当てないようにする。
「すみませんが、お夕飯はお二人で食べてください」
「早苗。どこか行くの?」
「ごめんなさい、今お二人と、口をききたくありません」
早苗はそのまま、居間を出て行った。しばらくして遠くで、玄関の開いて閉まる音がした。
諏訪子は悲しげに、早苗の出て行ってしまった扉を見つめる。
「……神奈子、もうちょっと穏やかに話せなかったの?」
「どう穏やかに話したって、あの子はきっと今と同じ反応をするわ。キツめのを浴びせられたほうが、効果があるのよ」
「早苗、きっと私たちのこと、大嫌いになってるよ」
「別に今はそれでいいさ。あの子も、そのうちちゃんとわかる」
神奈子は湯飲みを飲み干して言う。
そんな神奈子に、諏訪子は尋ねた。
「……神奈子、何かあったの?」
「突然どうしたんだい」
「神奈子は、この手の話になると、いつも厳しくなるから……」
諏訪子は心配そうに神奈子の顔を見る。
神奈子は、黙ったまま何も言わなかった。
「――って、わけなんです。ひどくないですか? 霊夢さん!」
早苗は博麗神社にいた。
霊夢に長々と、先程守矢神社で起きたことの次第を話していたのだった。たまたま居合わせた萃香も、酒を片手に話を聞いていた。
霊夢は適当に相槌を打ちながら、ゆっくりとお茶を飲んでいる。
早苗にもお茶が出されていたが、そのままにぬるくなっている。時も忘れてしゃべり続けたせいだ。
一息ついて、ようやく早苗はお茶を飲んだ。
「――私、悲しかったんです。神奈子様と諏訪子様が、あんな考えを持っていることが。
そりゃあ、神様の考え方は、人間とは違うというのはわかっています。でも、お二人がそういう考え方をしているとは、まるで思わなかったんです。
……あんな、あんなことを言うなんて」
早苗は湯飲みの水面を見つめるように、うつむいている。
「まあ、あんたにとっちゃ、裏切られた感覚なのかもしれないわね」
「霊夢さんは、わかってくれますよね。私たちが、里民を大事にすることがどれほど大切なことか。
山の妖怪も、里の皆さんも、私たちを『神』として信じているんです。その期待には、こたえる義務があります」
そう言うと早苗は、確かめるように霊夢を見た。自分とは、志を同じくするものだと信じて。しかし、そこに邪魔な横槍が入る。
「そうかい? 私は神奈子の気持ちもわかるけどね」
萃香が銚子を逆さにして、最後の一滴を舌に落とした。
「――っ、あなたには聞いてません。萃香さん」
「鬼にゃ神の気持ちはわからないって? そんなの、心がありゃあ誰にでもわかることさ」
「ちがいます。どちらも人間ではないから、わからないといっているんです」
「……ははっ。こりゃ正論だ。確かに、人には神の気持ちはわからない」
赤い顔で屈託無く笑う萃香に、早苗は一瞬馬鹿にされたような気持ちになる。
「だが、神奈子、あれは馬鹿じゃないよ。あんたが人間の考え方しか出来ないで、人間の気持ちしかわからないと思っているなら、そんなこと言わないはずさ」
「……なにが言いたいんですか?」
「なにか意図があるはずなんだよ」
萃香は今度は瓢箪をあけて、中の酒を飲み始める。
「なんでいつもやさしい神奈子がそんなことを言ったのか、考えてみたらどうだい」
早苗はしばらく待ったが、萃香がそれ以上何も言わないのを見て、ため息をついて霊夢に向き直った。
「霊夢さん……」
「悪いけど、私も萃香に同意見ね」
霊夢はお茶を飲んだ。
「というより、神奈子たちの気持ちもわからなくは無い、ってとこかしら」
「そんな……霊夢さんまでなに言っているんですか」
「落ち着きなさいよ。別に神奈子たちの物言いが良いとは言っていないわ。
ただ、気持ちはわかると言ったのよ」
霊夢は空になった早苗の湯飲みにお茶を注いだ。
「少し冷静になって考えてみたら。早苗ならたぶん、参拝客の少ない私なんかよりわかると思うけど」
「…………」
早苗は、ずっとうつむいたままだった。
しばらくして、霊夢がまた話しかけた。
「……早苗」
「………はい」
「あなたの能力は、万能かしら?」
「? それはどういう……」
「たとえば、死んだ人も蘇らせたりできるのかしら」
「ふえっ!? そんなことできません。そんな自然の理に反するようなこと……」
「昔はそういうことができる神様もいたみたいだけどね……けどま、話はそういうことなのよ」
霊夢は早苗の目を見て話す。
「神様は、全ての人を救えるわけじゃないわ」
その言葉で、早苗は唐突に理解した。
霊夢が言うこと。神奈子が言いたかったこと。
それはまだ神奈子が幻想郷に移る前。
早苗も諏訪子にも出会っていなかった頃のこと。
神奈子の神社に、毎日通う信心深い若者がいた。
いや、信心深いという程度ではない。その若者はお百度参りをしようとしていたのだから。
その願いは、病気で寝たきりの母を助けてもらうこと。
雨の日も風の日も欠かさず若者はお参りに来た。
神奈子は初め、熱心な若者の存在に喜んだ。
次にその願いを知って、自分の手には余ることを知った。
それほどその母親の病気は重かった。
神奈子は考えた。叶えられないとなれば、これ以上若者にお参りをさせるべきではない。
若者は看護や仕事で忙しい合間を縫ってやってきているのだ。
信仰が減るのは惜しいが、それでも若者の母と触れ合う貴重な時間を奪うべきではないと考えた。
しかし、若者の思いはひたすらに真摯だった。
そこで神奈子はわざと若者の邪魔をすることにした。
お百度参りは百日間毎日欠かさず通うことで儀式として完成する。若者はすでに半分を過ぎていた。
今失敗すれば、若者は落胆してあきらめるに違いない。そう考えたのだ。
神奈子は、人の信仰というのがどれほど強いものか、本当のところを理解していなかった。
いくら風を吹かせてもやってきた。いくら嵐を起こしてもやってきた。
山道をふさいでも別の道からやってきた。
若者はお百度参りの効果をより上げるため、裸足で通っていた。
家から神社までの長い道を、裸足で歩いてくるのである。石で足が切れ血が流れても、かまわず通ってきた。
これ以上は他の人々にも迷惑がかかる。
若者の意志の強さにほとほと参った神奈子は仕方なく、病気にしてでも止めることにした。
その若者の体の気を操って、一晩熱で寝かしつけた。
それでようやく若者のお百度参りは止まった。若者は既に八十日を越えていた。
若者は落胆するだろうが、これであきらめてくれるならいい。
神奈子は病気一つ治せない自分を呪いつつ、そう言いきかせ納得させた。
しかし、若者はあきらめなかった。
八十日まで言ったから一日あいてもよい……と考えたのではない。
もう一度、一からやり直したのだ。
もう神奈子には、どうすれば良いかわからなかった。
今度こそ本当に、何も出来なくなった。
若者が二度目のお百度参りを始めたころには、もう冬になっていた。
雪の中でも若者は裸足でお参りにやってきた。
足がかじかんで指先の感覚が失われてもそれは続けた。
神奈子は叫んでやりたかった。
そんなにしても誰も救われない。母親も、お前も、誰も救われないんだと教えてやれなかった。
だからもういい、そんな自分を痛めつけるようなことはしないでくれと言ってやりたかった。
ある日の早朝、雪の積もる石段の下で、若者は眠るように息を引き取っていた。
くしくも九十九日目のことだった。同じ日の晩、若者の母親も同じところに逝った。
神奈子は回想から覚めた。諏訪子の言葉で引き出された記憶が、思いのほか強かった。
そう、自分が信仰にこだわり、しかし人間にはこだわらなくなったのは、あの日からだったな、そう神奈子は思う。
もしいちいち全ての人間に同情していたら、自分の心はきっと潰れてしまう。
思えば、神のいかに無力なことだろう。
この世に神に祈って救われる人間の、いかに少ないことか。
早苗にも、自分と同じようにがむしゃらになって、自分と同じように絶望しては欲しくなかった。
神奈子は自分の無力を思い知らされたあの日、救えなかった魂が上るのを見た日の誓いを思い出す。
いつか、もっともっと信仰を大きくしよう。
より多くの人を救えるように。より人々が苦しまないように。
だから、諏訪子の方が信仰が強ければ形だけの支配にも甘んじたし、信仰が弱くなれば早々に人間の世界に見切りをつけた。
人を救う力もないのに、居座ってもしょうがないからだ。
そう、全ての信仰は、儚き人間の為に……
霊夢としばらく話して、なんとなく、神奈子が自分に言いたかったことを早苗は理解した。
理解すると同時に、悲しい気持ちになった。
早苗は、ポツリとつぶやいた。
「………かみさまは、何のためにいるんでしょうね」
横で霊夢はゆっくりとお茶を飲みながら聞く。
「人を助けられないのに、何のためにいるんでしょう」
「さあ…………参拝客の少ない私にはわからないわね。萃香はわかる?」
「そりゃあ、何で私がいるのかって言うのと同じ質問だねえ」
萃香は答えてカラカラと笑う。
「鬼がいるから人は夜道を避けて身を守るようになるし、地獄に行きたくないから善行を積む。いることが必要な存在、ってとこか」
「……それじゃあ神様も、祈るために必要な存在ってことですか? 辛いことがあっても、生きることをあきらめないように。
悪心を起こさないように」
「そういう考え方じゃ、だめかい?」
萃香はまじめらしく答えるが、早苗は再び黙り込む。
「……ひどいです」
「「うん?」」
早苗のつぶやきを、霊夢と萃香は聞き逃した。
早苗は大きく息を吸う。
「ひどいです! それじゃあ、神様は何のために人を救うんですか? 私は何のために人を助けるんですか?
私は、何のために生まれたんですか?
私は現人神です。ずっと、ずっと八坂様たちのお役に立ちたいと思っていました。一緒にたくさんの人を救いたいと思ってました。
なんで、人を救うことがそんなにいけないことですか。全部の人を救ってあげたいって、私は思います」
「それでも、救えない人間はいるよ」
「たとえ救えなくてもです」
萃香の言葉に、早苗はより強い言葉で返す。
「私が先にあきらめて、それでその方は助かるのですか。私はあきらめません。最後まで。
私はきっと、人のために助けるんじゃないんです。自分のために、助けなきゃ生きていけないんです。
だって……私だって、神様なんですから」
霊夢は早苗の言葉を黙って聴く。
それから、静かに言った。
「いいんじゃない?」
「……え?」
早苗は驚いたように霊夢を見る。萃香も、振り返った。
「別に、あなたが人をもっと助けたいって言うなら、それでもいいじゃない。悪いことじゃないんだしさ」
「霊夢さん……」
「たぶん神奈子は、あなたが助けられない人を目の前にして辛くないように、って思ってそんなことを言ったのだろうけど、私には関係ないからね。あなたの気持ちは、何も間違ってないと思うわ」
「霊夢さん……ありがとうございます」
「よしてよ。私は無責任に背中を押してるだけだから。覚悟したからには、あきらめちゃダメよ」
「はい!」
早苗はようやく笑顔になって、霊夢のことを見れた。
「……すみません、私、神社に戻りますね」
「そう」
霊夢はそっけなく呟いただけだった。それでも早苗は嬉しくなる。
「萃香さんも、今日はありがとうございました」
「うん? え? ああ、どういたしまして」
萃香はびっくりしたように早苗を見る。
「……お礼を言われるとは思わなかったね」
「だって、神奈子様の気持ちを教えてくれたのは萃香さんじゃないですか」
「うん、あー。そういうことになるのかな……?」
「お二人とも、今日はありがとうございました! 私、自分の気持ちをお二柱に伝えてみます」
「はいはい。がんばってね」
「ハハハ、またね」
霊夢と萃香を後に残して、早苗は空へと舞い上がった。
神奈子と諏訪子の顔を思い浮かべる。
まずは二人に謝って、それからいろんなことを話そうと思っていた。
あとオリキャラというほどのものではないと思いますが
無名の参拝客の使い方も良かったかと。
でもどうせなら、神奈子や諏訪子と和解?するまで
行ってほしかったかな?とも思いました。
でも話は面白かったですよ。
でもやっぱり早苗さんの考えに対して二柱がどういった反応を示したのかが非常に気になりますね。
返信ありがとうございます! 面白いと言っていただけて本当にうれしいです!
なるほど。あまり考えてなかったのですが、この後の話も書いてみたいかなと思います
>名前が無い程度の能力さん
予想外の好評価、ありがとうございます!
神社に帰ってからやり取りが無いのがいけませんでした……。また考えてみます。
想像力のない私のために、葛藤とか苦々しい心理を書いてほしい