Coolier - 新生・東方創想話

雨中に宇宙

2021/10/03 13:37:23
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     1

 外の世界はどうか知らないが、幻想郷で秋霖を歓迎する者は多くない。
 しとしとと降る雨が長引くと、賑わいの中に過ぎていった夏の終りを一気に印象づけられる。それに人々が外に出なくなるから、外仕事も、店の経営も、催し物の計画も、みんなままならなくなってしまう。
 妖怪の私にしたって、秋雨が続くのは歓迎できない。人間が出歩かなければ驚かせることもできないし、驚かせることができなければ妖怪の本懐を遂げることができない。
 傘は雨でこそ活きるというのは確かだが、日傘としてお洒落に差すのも好きなので、傘の妖怪が全員肌寒い秋の雨を好むというわけではないのだ。

 その日私は畦道を一人で歩いていた。このところ降りっぱなしの雨は、懲りずに今日も傘を打つ。
 前にも後ろにも、人影らしきものはいっさい見当たらない。
 こうも静かだと、鳴らす下駄の音も、傘にぶつかる雨垂の音も、言いようもなく寂しげだ。
 あてもなくぶらぶらし始めてしばらく経つし、そろそろ里の方に戻ろうかな。
 里に戻ってからはどうしようか。
 こんな日にまで店を開けて頑張ってる人を驚かすのも気が引けるし、どこかで雨宿りでもしながら新しい驚かせ方をじっくり考えてみるというのも良いかもしれない。



     2

 そんな折、前でも後ろでもなく、頭上から声が聞こえてきた。
「こんにちは! お散歩ですか?」
 守矢神社の巫女だった。
 私の目の前に降り立つと、返事もしないうちに話を続ける。
「雨の日も良いですよね。傘を差しながら飛ぶと、メリー・ポピンズさんみたいな気分になります。今日は差してないですけど」そう言って、早苗はえへへ、と笑う。
「めりーぽぴんずって?」
「外国の偉大なマダムです」
 早苗はたまによく分からないことを言う。よく分からないことを言う頻度の方が多いかもしれない。

「でも、傘を差さずに過ごすっていうのも良いものです」
「今みたいに?」
「はい! 今みたいに」
 早苗は雨合羽に長靴という出で立ちだったが、なぜかフードを被っていなかった。
「いいの? それ被らないと結局濡れちゃうじゃない」
「いいんです、それでも。こうしないと見晴らしが悪くなってしまうので」
 早苗は髪を後ろで束ね、前髪を中央で分けていた。最初から濡れてもいい髪型にして家を出てきたのかもしれない。
「曇り空なんて、見ていて良い気分になるものじゃないでしょう?」
「そんなことないですよ。ほら! 今まさに、雲の切れ間から光が差し込んでます!」
 早苗はキラキラとした目つきで上空を見やる。私たちの経つ地面が、日差しを受けて色調を上げる。
「ジェイコブズ・ラダーってやつですね。それが私たちのほぼ真上から! きっと後光が差してるように見えてますよ、私たち」

 降りしきる雨にもかかわらず、早苗は相変わらずの勢いだ。
「光なら私にも見えてるわ。それって天気雨の一種でしょう? そんなに珍しいものでもないんじゃない?」
「いやいや、子傘さんも一度傘を閉じてご覧になった方が良いです。ここから見る眺めはなかなかオツなものです」
「傘の付喪神によくそんなことが言えるわね……遠慮しておくわ。濡れちゃうし」
 それに、晴れている日であっても傘を差し続ける暮らしをしているのだから、今このタイミングで傘を下ろす気にはどうにもなれなかった。
「今日の空には特別ゲストも登場予定なんです。もう少ししたら着くと思うんですけど」
「ゲスト?」
「散歩コースなんです」
「何の?」早苗はやはり、よく分からないことばかりいう。
「いまに分かります! ほら!」



     3

 早苗は手を挙げて空にかざした。
 かと思うと、その手で私の手を取って、差していた傘を強引に下ろしてしまった。
「あ、ちょっと!」
 咄嗟のことで、まったく抵抗できなかった。
 反射的に、私は早苗の視線の先に何があるのかを見ようとしてしまっていた。

 光の階段が降りてきている分厚く黒々とした雨雲から、無数の緑色のかたまりが降り注いでくる。
 目を凝らしてよく見ると、そのかたまりは全てカエルだった。みな恰幅が良く、つやつやとして緑の肌を輝かせ、野球の球ほどの大きさをしていた。
 カエルたちは狙い澄ましたように、私と早苗のいる畦道へと着地する。そしてゲロゲロと楽しげな鳴き声を上げる。
 雨とカエルが降り続く中、私はしばらく言葉を失っていた。
 目にした光景に、驚きを通り越して、あっけにとられてしまっていた。

 言葉をなくした私の隣で、早苗は花火でも打ち上げるようにして、攻撃対象不在の弾幕を空に放つ。
 薄暗さと光の明るさが同居するなかで、丸々と太った緑色のカエルたちが宙を舞い、早苗が繰り出す青白い弾幕が空に幾何学的な模様を描く。それはまるで幼児が画用紙に無邪気な落書きを施すさまのようで、規則的な不規則さから来る予測可能性のなさが、私に目を離すことを許さなかった。

 その景色は、狭く重苦しいばかりと思っていた秋霖の空が、私に対して初めて見せる表情だった。
 抜けるような青空こそが、地上と宇宙との繋がりを感じさせてくれるものとばかり思っていた(宇宙には行ったことはないが)。けれど、差し込む光の中で繰り広げられる混沌、その混沌にもまた、宇宙というものが感じられるのかもしれない。

「雨の中、傘を差さずに踊ってもいい。それが自由ってやつなのかもしれません……そんな気がしませんか?」
 弾幕を打ち終えた早苗は、手のひらに乗せたカエルを見つめながらつぶやく。
 雨でも傘を差さないような暮らしを続けていたら、私は存在意義がなくってしまう。実存的危機みたいなものに陥ってしまいかねないので、それは困る。でも、妖怪の本分と相反してしまわない程度だったら、
「……そうね。こういうのも、たまにはいいかもね」
「そうでしょう? ────あっ!」
「ぎゃっ」
 早苗の驚いた顔を捉えていた視界が、冷たくぶよぶよした物体によって妨げられる。しかもその物体は、こともあろうに私の顔に居座った。
 目を開けなくてもカエルだと分かるが、現実を直視したくないので目を閉じたままでいる。というか左目の上にはそいつが鎮座ましましているので、目を開けようにも開けられない。
 かと思うと、その何かは、私の顔を踏み台にしてぴょんと飛び去っていった。
 目を開けると、早苗は私の方を指さして笑っていた。失礼な。
 彼女の手のひらの上のカエルも笑っているように見えた。失礼な。
「子傘さんって、驚かせるよりも驚かされてる方が似合ってると思いますよ」
「余計なお世話!」
 誰にも(直接は)言われたことないのに。由緒正しい歴史を持つ唐傘お化けに向かって、なんたる言いようだろう。
「まあそう怒らず。せっかくですから、付き合ってもらえませんか?」
「何に?」
「この子たちの散歩です。見てのとおり、今年はカエルが異常発生してまして」



     4

 結局私は早苗に付き合い、守矢神社までカエルたちを散歩させた。
 傘は差さないままだった。
 なぜか早苗が二着目の雨合羽を持っていたので、それを貸してもらっていた(曰く、「備えあれば憂い無しなんです」とのこと)。
 傘は不満げな目をして私を見つめ、舌をぐねぐねと動かしていたが、今日のところは少し我慢してもらうほかない。
 私は驚きが好きだし、良い驚きというのは好奇心から生まれる。視界を遮られることなく見る雨の景色がどんなものなのか、純粋な好奇心から気になっていたのだ。
「そもそも、何だってカエルたちを散歩させてるの? 異常発生したにしても、その辺でほうっておけばいいじゃない」
「一番の運動は飛び跳ねることらしいんですけど、今の状況だと山の中で満足にはねるのは難しいから散歩に連れて行けって、諏訪子様が」
「ふうん」そもそもカエルに適度な運動は必要なのだろうか? 神様が言うからにはきっと必要なのだろう。「それからこの子たち、結構な高さから落ちてきてたけど、死んじゃったりしてないの?」
「この子たちは天狗の皆さんが風を使って運んできてくれたんです。着地するときも、うまいこと衝撃が加わらないように風のコントロールしてもらっていたんです」
「へえ~」
 そんなことができるのなら、落下地点もコントロールしてほしい。
 他愛もない話をしながら、私たちは歩みを進めた。
 カエルの跳躍速度に合わせなければならないので、歩みは自ずとゆっくりとしたものになる。
 身体を打つ秋の雨はやはり冷たい。しかし冬の雨とが異なり、身を突くような鋭い冷たさはなく、まだどこかに夏の残滓を感じさせる。
 山に入ると、雲と地続きになったように霧がかかっている。霧は好きだ。おぼろげな輪郭の先に何があるのか、好奇心がかき立てられる。
 生い茂る山の木々は潤いに歓声を上げているように見えた。
 ぴょんぴょんと飛び跳ねるカエルたちの足音と、軽快に歩を重ねる早苗を伴っていると、静かな雨の中にもある種の賑やかさが感じられた。
 隣で歌を口ずさむ早苗と、コーラスで参加するカエルたち。『カエルの合唱』という曲らしい。
 気がつくと、私も鼻歌でその旋律をなぞっていた。
 顔にかかる雨粒さえも、歌のリズムに合わせているかのように感じられた。

 そうしているうちに、私たちはいつの間にか守矢神社に辿り着いていた。
 のんびりと歩いていたはずだったが、あっという間のことだった。
 本殿まで行くと、洩矢諏訪子が私たちを出迎える。縁側に腰をかけ、地面に届かない足をぶらつかせている。
「ご苦労様、早苗。お前たち、良い子にしてたか?」
 ゲロゲロゲロと、数え切れない鳴き声が答える。
「それとお前は……」諏訪子が不思議そうに私を眺める。
「散歩コースでお会いしたので、お手伝いしてもらいました」
「そうか、そりゃありがとうね。…………うんうん。カエルたちも楽しかったって」諏訪子は長い下を伸ばして満足げに笑う。「あと、顔面に乗っかったときのリアクションが面白かったって」
「全然面白くないんだから!」
 神もカエルも私を笑う。驚き方の模範として、見習う者がいてくれたっていいはずなのに。
「しかし、傘を差さない傘の妖怪か~。うん、酔狂で良いじゃないか。お礼に今度、人を驚かすのを手伝ってやろう」
「ほんと? やったぁ!!」
 雨の日に傘を差さないというのも、たまにはいいかもしれない。
 カエルに顔面を踏みつけられるのは、もうこりごりだけど。
しばらくぶりの投稿ですが、何卒よろしくお願い申し上げます。
早苗さんのセリフはアニメ『THE ビッグオー』から、降り注ぐカエルは映画『マグノリア』から、それぞれ引用・オマージュしています。
両方とも名作なので、是非。
そらみだれ
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
2.80大豆まめ削除
小傘ちゃんKAWAII
タイトルの語感好きです
3.100名前が無い程度の能力削除
子供っぽい立ち振る舞いの元気っ子早苗さんと対照的にどこか冷めた所がありつつも驚かすための好奇心や向上心はしっかり持ち合わせてる小傘ちゃんのふたりが織りなす情感的なものを感じさせるとても良いこがさなでした
4.100水十九石削除
ゲーテの言葉の引用、大変素晴らしかったと思います。
小傘の視点を介した雨模様と蛙の行列、楽しませていただきました。ありがとうございます。
5.100ガニメデ削除
ふとした日常の非日常と言った感じがしてとても好きです。早苗が外の世界から来た感じが強くて、大変面白かったです
6.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのと可愛く良かったです。
こがさな助かりました。
7.100南条削除
面白かったです
空から降る無数のカエルという絵面が楽しげでした
8.100名前が無い程度の能力削除
小傘がかわいらしくて良かったです。
11.100名前が無い程度の能力削除
幻想的で良い!