Coolier - 新生・東方創想話

想いを届けて

2014/02/14 22:40:39
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妖怪の山、滝の近くのちょっとした岩場。
そこが、白狼天狗の犬走椛と河童の河城にとりが暇な時間に集まっては大将棋に興じる場所だった。
哨戒を任されている白狼天狗は数多くいるが、実際のところ妖怪の山の排他的な性質は人間たちにも広く認知されており、その任が意味を成すことは少なかった。
そんな訳で、白狼天狗たちは交代制を組んで仕事をローテーションしているので、一日の半分以上は暇している。
犬走椛も例外ではなく、そんな暇な時間を潰す手段はたいてい、にとりとの大将棋だった。



「さーて、今日も大将棋としゃれ込もうじゃないの。最近は負けが込んでるからね。そろそろ勝ちたいもんだよ。」
にとりはかなり気合が入っているみたい。確かに最近私は調子がいい。
でも、意気込んでいるにとりには残念だが、今日はどうやらそうもいかないらしい。
「おーい、椛ー。交代の時間が近いからそろそろ準備に行くよー。」
知り合いの白狼天狗が呼びかけてきた。
そう。いつもは暇すぎて困るくらいなのだが、今日はなぜか体調を崩している天狗がたくさんいて、私にも仕事がかなり頻繁に回ってくることになっている。
「えぇ、いつもはこんなすぐに仕事は来ないよね?」
「ごめん、今日休んでるのが多くて。それじゃ、しばらく待っててね。」
「うぅ、残念。」
とりあえずにとりに手短に説明をして、哨戒の準備に向かう。
大将棋の戦略でも考えながら、仕事をするとしよう。





……いつも通り、特に大した異常もないまま、私の最初の哨戒は終わった。
たまり場の岩場に戻って、にとりに声をかける。
「にとりー、ごめん、お待たせー。」
「あ、椛。だいじょぶだいじょぶ。それじゃあ、今度こそ将棋、やろっか?」
「んー、それなんだけど、次の哨戒が1時間半後なんだよね。」
大将棋は一回の勝負に半日くらいはかかる。一、二回その間に哨戒が挟まってもそれ位ならちょうどいいんだけど、さすがに一時間半おきに休憩じゃあ集中できない。
「あー…。今日はずっとそんな感じ?」
「残念ながら。」
「じゃあ、適当に何か話でもして時間つぶす?」
「そうしよっか。やることもないしね。」
特に考えもなく始めた世間話だったけど、思いのほか盛り上がった。
世間話をしよう、と言って世間話をすることなんてそうないから、普段なら話さないようなことも話しているのかもしれない。
「そういえばさ、椛ー。」
「何、にとり?」
「椛って、好きな人とかいるの?」
「……え?」
「だから、好きな人はいるの?って。」
具体的に言うと、こういった類の話とか。
「ど、どうしたの急に。」
「いやあ、そういえば椛からそういう浮ついた話を聞かないなぁって思ってさ。」
こういう話は、少し苦手だったりする。
好きな人は、いる。でも、届きそうもないから。
そして、こんな話をしたら、それを実感させられてしまう気がするから。
「えっと……別に、好きな人は、いない……よ。」
とりあえず否定しておく。
そうすれば大半の人は興味を失って話を変えてくれた。
「嘘だー、私はそんなことないと思うな。」
でもにとりは思ってたよりちょっとしつこくて、勘が鋭かった。
「んー、……どうして嘘だと思うの?」
「ちょっとアテがあってね。椛がこの人好きかなーっていう。」
「それだけ?」
「うん、それだけ。」
根拠としては大したことはない、ただの勘違いってこともあると思う。
「誰だか、聞きたい?」
「別にいいよ。その人のこと、そういう目で見ちゃいそうだし」
本当は、もし言い当てられたりなんかしたら、大変だから。
つい、その人のことを思い浮かべてしまう。
綺麗な黒髪に、健康的で活発的な雰囲気の、それでいて端整な顔立ち。
そして、いつも浮かべている笑顔。他にも、いろいろ。
「文、でしょ?」
「!!」
唐突に、本当に言い当てられてしまった。
図星をつかれたことと、うかつにもその人のことを考えてしまっていたことのせいで、私はごまかそうとすることもできなかった。
「やっぱりね、そうだと思った。」
「え、と、どうして?」
「見てたらすぐわかるよ。椛わっかりやすいもん。」
かあっ、と少しばかり遅れて顔が赤くなった気がした。
「じゃあ、馴れ初めでも聞かせてもらおうかなー?」
「ちょっと、恥ずかしいからやめて……。」
「やめないよっ。ほれほれ言ってみなさんな減るもんじゃなし。」
「何その口調ー!?」
ああもう、勘弁してほしい。
「もう、哨戒行ってくるから!じゃあ後でね!」
こういう時は逃げるに限る。次の順番まであと少しあるけど、知ったことじゃない。
引き止められる前に急いで飛び立つ。
「ああー、こらー!逃げるなーー!」
「うるさい!そんな話してられるわけないでしょー!」
にとりの叫びを無視して、私はこの場を離れていった。





ああ、逃げられたか。
どんどん遠くなっていく椛の背中を眺めながら、さすがにちょっとストレートに話しすぎたかな?と多少反省。
「さて、と。椛が戻ってくるまで何をしようかなー。」
というか、戻ってこなかったらどうしよう。
さすがにそんなことはないか、と考えようとしたけど、普通に怒ってか蒸し返されるのを嫌がって戻ってこないのは普通にあり得る。
「あー、やっちゃったなー……。」
もうちょっとうまく聞き出して相談にでも乗れたら、と思っていたけど。
普段の癖でからかうようになってしまったのは本当に反省すべき、かな。
少し考え込んでいると、どこからか羽の音が聞こえてくる。
そっちのほうを見ると、飛んで来ていたのは
「にとりさーん、毎度おなじみ清く正しく射命丸です!って椛は一緒じゃないんですかー?」
さっきの椛との話にも出てきた、射命丸文だった。
「あー、残念。今日は忙しいらしくってね。」
「あやや、そうなんですか。何かあったんですか?」
「何やら病欠がいっぱいいるとかで。そうだ、時間あるならちょっと話に付き合ってくれたりしないかな?椛がいないと暇で暇で。」
「いいですよー。もとよりそのつもりでしたし。」
そんな訳で、時間つぶしの世間話。
「それにしても、寒くなってきましたねー。」
「そうだねぇ。たまに池とかに氷が張ってるのを見ると、冬って感じがするよ。」
「もしかしたらこの寒さにやられて風邪でも引いてるのかもしれませんね、皆さん。」
「天狗は意外とその辺丈夫じゃないこともあるからあてにならないよ。」
「あやや、手厳しい。でも本当に、油断してると簡単に体調崩してしまうので、気を付けましょうか。にとりは寒さとか平気でしょうけど。」
「私は水の中に生きる河童だからね。水棲生物が体冷やして風邪なんて、ただの笑い話だよ。」
「それにしても、冬はみんな出不精になってしまうので新聞のネタが少ないのが困りものです。」
「仕方ないね。でも、冬は冬でどこぞの氷精だとかくろまくだとかがいるんじゃないかな?」
「ああ、彼女らもとても面白いことをやらかしてはくれるのですが、冬の間ずっとその記事、というのもマンネリといいますか、飽きてしまうでしょう。」
「それもそうか。文も苦労してるんだね。」
「いえいえ私なんて。白狼天狗の皆さんは今も山を飛び回っている、それに比べたら。」
ちょっとした話の合間に珍しく殊勝な言葉が聞けた。
「ん?どーしたのさ文。らしくもない。」
「いえいえ、何でもありませんよ。」
「まあ、身近なところに白狼天狗の椛がいるからね。そう思うのも分からなくはないかな。」
「ええ。椛は私のお気に入りですから。向こうはそんなこと言われても迷惑がるでしょうが。」
お気に入り、ねえ。嘘ではないだろうけど、そんなに軽い感情なのかなぁ、なんて思ったりもする。
私の見立てでは、文も椛もお互いのことが好きなんだと思う。
椛はさっきの反応で確信が持てた。文は……まだ少し自信がない。
でも、二人の相手を見るときの熱っぽい視線を見るに、間違いはないはず。
これでしかもお互いに相手は自分のことを何とも思ってないなんて考えてるわけだから、さすがに少しじれったくなってくる。
「お気に入り、ねぇ。」
「なんとなく引っかかる物言いですね。特におかしな話ではないと思いますけど。」
「んー、いや、文がそういう言い方をするのは取材対象が多かったような気がしたけど、っていうだけの話。」
「まあ、確かにそれとは少し意味合いが違いますけどね。」
「というと?」
「取材とか関係なく、個人的にお気に入りってだけですよ。」
「文がそういうのは本当に珍しいね。文はフレンドリーに見せかけて結構一歩引いてるところがあるからさ。」
「まあ、否定はしません。にとりのことも、椛のと同じ意味でお気に入りですよ。」
「本当に、同じ?」
「…妙なところに突っ込みますね。今日はどうしたんですか?」
ダメだ、私には上手く会話を誘導する能力はない。結局のところ、ある程度は率直に言うしかないのかもしれない。
「私にはさ、文が椛を好きなんじゃないかって、そう見えるんだ。」
「……!……私が、椛を、ですか。どうしてそう?」
「椛に対する態度、というか、なんというかね。」
「そんなにおかしな態度をとっていたつもりはないのですが。」
「うーん、そうだけど、視線?なんだか、まさしく恋する乙女みたいな、そういう。」
「あー……うん。それはもう誤魔化しきかなそうですし白状したほうがいいかもしれませんね。」
つまり、そういうことであってたってことかな。
「ご推察の通り、私は椛に恋してますよ。……なんでこんなことを言っているんでしょうね。」
「まあまあ、いいじゃないのさ。できれば、もう少し詳しく教えてほしいかな。私の盟友二人の話だから、気にはなってるんだ。」
文は少し考えたのち、
「わかりました。どうせですし、相談にでも乗ってもらいましょうか。」
と、そう答えた。
「そうですね、まあ、有り体に言ってしまえば一目ぼれってやつでしょうか。
椛と最初に会ったのは、神様がやってきたときのことです。
よく考えたら、にとりと椛が将棋をしている所にやってくるようになったのもその頃からですから、随分とあからさまでしたね。
それはともかく、あの時霊夢さんがやってきたという報告をしに来たのは椛でした。
初めはとても生真面目な子だな、という程度の印象しかなかったのですが、あの異変が一段落ついて、私は椛と少しお話をしたんです。
どうやら椛は、私の新聞を熱心に読んでくれていたみたいで。
私の新聞の魅力について熱心に語ってくれた時の、あの子供みたいな可愛らしさと普段とのギャップにもうメロメロになってしまったようなのですよ。」
わからなくもない。椛はそういう無自覚のところですごく魅力的だと、私も思うから。
私はそうならなかっただけで、そこに惹かれる人はいくらでもいるはず。
「でも、多分椛は、私のことはあまり好きではないのでしょう。
椛は、私の新聞のファンであっても、一人の天狗として私のやっていることを好ましくは思っていないでしょうから。
もともと外から影響を受けることを嫌うこの山です。そこかしこと飛び回ることがよく思われるとはあまり思ってませんでした。
椛は真面目ですから、それはきっと変わらない、と思うんです。」
やっぱり、文は椛の好意には全く気付いていないみたいだ。
確かに椛はよく文が取材に山の外へ出かけるときには苦言を呈している。
それでも、紛れもなく椛は文が好きなんだ。
「そう悲観的になってちゃ成就するものも成就しないって。もうちょい希望をもちなよ。」
もちろん、それを伝えるなんて野暮なことはしない。
でも、二人が自分の気持ちを素直に伝えられるように手助けをしたい。
私は、本気でそう思った。





「まったく、戻ったらにとりにたっぷりと説教してやるんだから。」
二度目の哨戒が終わって、またにとりのいるところに向かっている私は、そう呟いていた。
もしまたからかい始めたら、どこぞの閻魔様にも負けないくらいの説教を聞かせよう。
そう心に決めて、にとりが待っているであろう岩場に戻ってきた。
「にぃとぉりぃぃぃ、覚悟しろぉ!……ってあれ?文様?」
「あー、椛。哨戒は終わり?」
「あやや?も、椛?」
「一応ね。また少ししたら行くけど。ところで、どうして文様がここに?」
「いつもみたいに椛とにとりの将棋を見に来たんですよ。」
「ちょうど椛が哨戒に行った少し後にね。でも残念。今日はちょっと将棋をやるのはきつそうだ。」
「むむ、そうですか。なら、私はお暇して取材に出かけますかね。」
そういって飛んで行こうとする文様。
「……え、と、文様。やっぱり私は、そうやって頻繁に山の外に取材に行くのは反対です。」
「もう、椛は堅いですねぇ。そこがいいところでもありますが。もう少し肩の力を抜いてもいいと思いますよ?」
「しかし、です。文様…」
「ごめんなさい椛。あなたが止めてくれても、私は新聞を作り続けます。ずっと続けてきたことだから、もうやめられないんです。」
そういって、文様は行ってしまった。
やっぱり、私の言葉は文様に届いてくれないのだろうか、なんてことを考えて。
いつものことなのに気分がこんなに沈むのは、にとりに私の気持ちが知られたことと関係があるのかもしれない。
「椛、大丈夫?」
にとりに心配されるなんて本当に珍しいこともあったものだ。
でも、さらに珍しいことに、その心配を素直に受け取ってもいいかな、と思っている自分がいた。
今日は、いつもみたいにからかったりせず、私を励ましてくれるような、そんな気がしたから。
「あんまり、大丈夫じゃないかも。多分、にとりのせいだよ?」
「ごめん。茶化したりしないで、ちゃんと聞くから。文のこと、聞かせて?」
「うん……。」
思いつく限りのことを、わたしは話し始めた。
「私は昔から、文々。新聞のファンだったのは、知ってるよね。
それを書いてる文様は、ずっとあこがれの存在だったんだ。
山に神様がやってきたとき、私は偶然、文様と知り合ったんだ。それから、何度か話したり、にとりとの大将棋を観戦してもらったりするうちに、あこがれの存在は好きな人に変わってた。
ほんの少し身近に感じれるようになったからかな。それはわからないけど。
気づいたら好きになってて、どんどん好きになっていって。
でも、私はこの山から離れられない白狼天狗で。文様はこの幻想郷のどこにでも行ける鴉天狗で。
そんな、大きな差があって。私は文様に届くことなんてなくて。
さっきも、そう。私は文様を止めることはできなかった。
いつか、文様がどこかにいなくなってしまうんじゃないかって。
その時も、私は文様に追いて行かれてしまうんじゃないかって。
そんな不安も、私が感じてるものの一つなんだ。
私の『好き』も文様に届かない、考えたくないけど、そう考えちゃうの。」
……多分、私の気持ちはほとんど全部吐き出した。
「にとり。こんな私は、どうすればいいかな?」
束の間の沈黙。それを破ったのは
「大丈夫。いつか、椛の気持ちはちゃんと、文に届くよ。」
今一番欲しかった、にとりの言葉だった。





夜。
私は自分の家で、二人から聞いた話を何度も思い返していた。
二人は、お互いが大好きで。
でも、相手の気持ちには気づけてない。半ば諦めかけてもいる。
初めは興味本位で聞き出してしまった盟友たちの恋愛話。
でも今は、真剣にそれをどうするかを考えている。
「何かいいきっかけになるもの、ないかなあ……。」
多少強引にでもきっかけを作らないと、絶対に進展しない。
でも、二人に不自然に思わせずにそういうきっかけを作る方法が、全く思いつかない。
「あー、ダメだ!思いつかない。」
ばた、と床に倒れる。
そしてふと壁にかかっているカレンダーを見て。
「……あ…………。」
……一つ、思いついた。
2月14日。バレンタインデー。想い人にチョコレートを渡す日。
ここまでおあつらえ向きの日をどうして忘れていたのだろう。
「そう、だね。よし。これなら、きっと……。」
いま思いつくのはこの案しかないし、たぶん上手くいく。
いくつか用意しなきゃいけないこともあるけど、まだ時間に余裕はある。
よし、頑張ろう。こうなったら意地でも、二人が幸せそうに笑い合ってる様子を見せつけさせてやるんだ。





翌日、今日は昨日の忙しさと打って変わってほとんど仕事がなかった。
と、いうよりは、昨日休んだ人たちが昨日の分の仕事も今日やらされる羽目になったおかげで、私の仕事もなくなってしまった、というほうが正しい。
だから今日も、いつものようにたまり場の岩場に向かう。
昨日のことがあって少し気まずいけど、他にやることもない。
「にとりー、いるー?」
「うん、いるよー。」
呼びかけると、すぐに返事があった。
「今日は昨日休んだ人たちが代わりに働いてくれるからほとんどフリーみたい。」
「おー、よかったね。昨日真面目に働いた甲斐があったんじゃない?」
「かもね。じゃあ、今日こそは将棋やろっか。」
「そだね。今度こそ私が勝つよー?」
「私だって負けないよ。」
にとりは将棋盤を取り出して、駒を並べはじめる。
駒の数もかなり多いから、並べるだけで一苦労。
風で将棋盤がひっくり返ったりなんてしたら元の状態に戻すのはほとんど不可能だといってもいい。
「じゃあ、先攻はどっちにする?」
「にとりが先攻でいいよ。」
「お、珍しいね。自分から譲るなんて。」
「昨日はおあずけだったからね。すぐにでも始めたい気分。」
「よーし、そうだねぇ、まずは……。」
にとりは少し考えた後、駒を動かした。
私は少しずつ駒を進めて追い詰めていくスタイルなのに対して、にとりは気づかれないようにこっそりと駒の位置を整えて一気に攻めてくるタイプだったりする。
広い盤面の一か所に注目してると予想外のところから攻め込んでくるから全体を注意深く見ないといけない。
ぱちり、ぱちりと駒を動かす音が響く。
特に会話をするでもなく、将棋に集中する。
しばらくして、その沈黙を破ったのはにとりだった。
「あのさ、昨日の話、覚えてる?」
「……!」
忘れられるはずがなかった。
あんなことを人に言ったのは初めてだから。
「あの後、いろいろ考えたんだよね。それでさ。」
「……うん。」
「やっぱり、伝えたほうがいい。ううん、伝えなきゃいけないと思うんだ。」
「にとりならそういうと思ってた。でも……。」
「やる前から諦めててどうするのさ。それに、うってつけのチャンスがあるんだ。」
「……チャンス?」
どういうことだろうか。
「今日、何月何日だっけ?」
「どうしたの急に?」
「いいからいいから。」
「えーっと……2月の、10日?」
「ご名答。」
「それがどうしたの……ってもしかして。」
「そうそう。バレンタインデー。」
なるほど、だいたい言いたいことは分かった。
つまりバレンタインに乗じて告白すればいいんじゃないか、と。そう言いたいみたい。
「言葉だけじゃなくて、形にするの。それを、ちゃんと届ければいいんじゃないかな。」
「でも、」
「でもは禁止。大事なことだからもう一回いうけど、諦めるには早すぎるよ。まだ何もしてないじゃないのさ。」
「……分かった。考えてみる。」
「うん。チョコは一日もあれば作れるから、明後日までゆっくり考えればいいよ。それで、勇気を出してくれたら、私は嬉しいかな。」
にとりがここまで言ってくれたのは嬉しいし、私もそうしたいとは思う。
でも、ちょっとだけ踏ん切りがつかないからちょっとだけ待っててほしい。
「将棋の途中に変な話しちゃったね。私の番だったっけ。それじゃ、再開。」
そう言ってにとりは、この話をいったんやめにした。
また再び、駒を動かす音が響く。
私は将棋を指しながらも、別のことを考え続けていた。





「よし、これで、詰み……だね。あー、大将棋を1ゲーム続けてやったのは初めてだよー。」
「あぁ……残念。連勝はストップかぁ。」
「んー、やっぱりさっきの話は将棋が終わった後にしたほうがよかったかな?」
「それを言い訳にはしないよ。もう一回、と言いたいけどそろそろ哨戒の時間かな。」
「ああ。仕事は無いわけじゃないんだったっけ。」
「そう。でも今日はその一回だけだから。」
「なるほど、じゃ、待ってるからいってらっしゃいな。」
「うん。それじゃね。」
椛は哨戒のために飛んで行って、そのうち見えなくなった。
そういえば、文は今日は来ないのかなー、なんてことを考えていたら。
「にとりさーん、毎度おなじみ射命丸ですよー。」
と言いながら文がやってきた。
噂をすれば何とやら、かな。
「ああ、文。ちょうど椛がいないタイミングに来ちゃったみたいだね。」
「みたいですね。特に狙ってもいないのに、なんででしょうかね?」
「さあ?で、文。今日は遅かったけど、どうしたの?」
「えっとですね。いやまあ、昨日みたいなことがあっても嫌ですし、今日は先に取材を済ませてしまおうかな、と。」
「そっか。まあ、ちょうど椛がいないところで話したいことがあったし。」
私がそういうと、文は少し考えて、
「昨日の話の続き、ですか?」
ちょうど私が話そうとしていたことをあててきた。
「あたり。そうだよ、昨日の話。」
「あやや、昨日も椛に注意されてしまいましたね。でも私はそれを無視して。
やっぱりこんなことしてたら嫌われてしまうでしょうか。」
「新聞作りをやめることはできないんでしょ?椛に対して、申し訳ないって思ってるなら、きっとそれで十分。」
「そうでしょうか。……いえ、そうだと思うことにしましょう!ネガティブになるなんて私らしくもありません。」
とりあえず文も落ち込みかけてたのをなんとかしたし、本題に入ろう。
「文。このまま何もしないでいても変わらない、そうは思わない?」
「と、言いますと?」
「さて問題。今日は何月何日でしょう?」
「……なるほどなるほど。そういうことですか。」
これだけで私が何を言わんとしているのか把握してしまったらしい。
「おお、察しがいいね。そう、バレンタインデーが近いじゃない?だからそれに合わせてチョコを作って渡したらどうかなって。」
「もとより取材やらでお世話になっている人たちには義理のものを送ろうと思ってましたからね。しかし、そこで椛に……うーん……。」
「どしたの?乗り気じゃなさそうだけど。」
「他の皆さんにも義理を渡すので、チョコを渡されたという特別感、みたいなのが薄れてしまうのでは、と。かといって義理を全く渡さないわけにもいきませんし。」
「それなら、椛の分だけ特別頑張って作ったものを渡せばいいんじゃないかな。」
「ふむ、なるほど……それなら大丈夫、ですかね。」
「そうそう。言い訳してやらないより、やったほうがいいに決まってるよ。」
文も焚き付けないことには意味がない。
私は、お互いがお互いにチョコを渡し合ったら、絶対に上手くいくと思ってる。
一方通行じゃなくて、好きあってるんだって実感できるはずだから。
「わかりました。にとりのアドバイスを聞くことにしましょう。こういう話ではなぜかあてになりますし。」
「うんうん。もっと褒めてくれてもいいよ?」
「そこで調子に乗らなければ完璧なんですが。」
そこで調子に乗らなきゃ私じゃないよ、と心の中で呟いて。
あとは、椛がちゃんと決断できれば、準備は大丈夫。
私の計画は、今のところは順調に進んでいる。





哨戒から戻ってきたら、いつの間にか文様がいた。
「あれ?文様来てたんですか?」
「来たはいいんですけどちょうど椛が哨戒に行ったタイミングらしくて。」
「結構待たせちゃったからね。早速二回戦目やるよー?」
「うん、今度は私が先攻もらっていい?」
「大丈夫。それじゃ、どうぞ。」
「いい勝負を期待してますよー。」



「はい、王手。」
「むむ、じゃあここをこうで……えーっと……。」
「じゃあ、こう。」
「うああ、えーっと、えーっと……。」
にとりはうんうん唸りながら次の手を考えている。
上手く追い詰めたからどうにか勝てそうかな。
「おおっと、実況解説をこの射命丸文がさせていただいていたこの勝負ですが、決着が近いのでしょうかー?」
「ああもう!文はちょっと静かにしてて!考え中だから!」
「ふふっ。にとりの天下はもうおしまいかな?」
「うー、やっぱりここしかないかぁ……。」
「じゃあ、これをこうで、詰みだね。」
「くそー、さっき勝ったのはやっぱりまぐれだったのかー!?」
「そろそろにとりの戦法にも慣れてきたからね。奇襲を潰せればこっちのもの。」
「ええい、次こそ椛の度肝を抜く戦略を考え付いてやる。」
「はい、それはいいのですが、そろそろ時間が遅くなってきましたよ?」
気づいたらもう既に日は沈んでいた。
「私はそろそろ帰らせてもらおうかと思うのですが。」
「うん、わかった。私たちも駒とか片付けたら帰ろうか。」
「そうだね。一日に二戦もやったのも初めてじゃないかな?」
「だねぇ。あー、頭使ったから疲れたよ。」
「ではでは、私はここで失礼しますねー。」
そういって、文様は飛び去って行った。
「文もたまには片付け手伝ってくれてもいいのにね。」
「とはいっても、大した手間もないし、人が多くても逆に戸惑っちゃうんじゃないかな。」
「かもね。……よーし、明日までに新しい戦略を考えだしてやる。」
「頭使って疲れたんじゃなかったの?」
「それは別腹ってやつだよ。」
なんかいろいろと間違ってる気はするけど。
「それとさ、にとり。」
「うん?どしたの?」
「私、決めたよ。バレンタイン、頑張ってみる。」
そう伝えると、にとりの顔がぱあ、っと明るくなって。
「よしわかった!この私が手伝ってあげるから、大船に乗ったつもりでいなさいな!」
意気揚々と、そう答えた。





にとりにも手伝ってもらいながらチョコを作って、迎えた2月14日当日。
すこし緊張しながらも、いつも集まっている岩場で文様が来るのを待っている。
「いやしかし、本当に私がいていいの?」
「いいの。発案者でしょ。ちゃんと見届けてよ。」
今日の哨戒は友人に無理を言って時間を入れ替えてもらったから、準備は大丈夫。
「あ、あそこからこっちに来てるの、文じゃない?」
「え、本当?」
確かに誰かが近づいてきている。よく見ると、それはにとりの言う通り、文様みたいだった。
「あややややー、今日は二人ともそろってるみたいですね!毎度おなじみ射命丸文です!」
「おー、随分とテンション高いじゃない。何かいいことあったの?」
「随分な言いぐさですねぇ。ほらにとり。義理チョコですよ。喜びなさいな。」
「義理って断言しちゃうんだね。まあ、ありがたくいただくよ。」
よし、落ち着いて、落ち着いて……。
「あ、椛、えーっとですね……。」
「え、えっと、文様、」
「はい、これ。どうぞ。」
「え、え?」
文様のほうを見ると、綺麗に包装された箱が、私に向かって差し出されていた。
「わっ、あ、ありがとう、ございます。」
「えと、その、えーっと……つまり、そういうことですから!それでは!」
私が呆気にとられているうちに、文様は飛び去ってしまった。
「え?あれ?……ああー!!文様、待ってくださいー!」
状況を認識して、気づいた時には文様の姿は見えなくなってしまっていた。
手に残っている華やかな箱を見る。
「これ、って……。」
にとりを見ると、にとりは私がもらったものとは別の袋を持っていた。
「にとり、それは?」
「文からの義理チョコだってさ。それよりもよかったじゃん椛。脈ありだよー?」
「これは義理、じゃないのかな?」
「中、見てみたら?」
「うん、そうしてみる。」
包装をはがして、箱を開けると、
「わぁ……!」
「おー、いいねいいねぇ。」
中に入っていたのは、大きなハート型のチョコレートだった。
「私のは普通の四角いチョコだっていうのに、椛のだけ贔屓しちゃってさ。」
それはつまり、私のはにとりがもらったものとは別物で、
「ねえにとり、これってそういうことで、いいんだよね?嘘とか夢とか勘違いじゃ、ないよね?」
「ほっぺ、つねってみる?」
義理じゃなくて、そういうことで。
つまり、私と文様は……。
「にとり、どうすればいいかな?私、嬉しくて……」
頬を温かいものが伝う感覚。
拭っても、拭ってもそれは溢れてくる。
「食べてみなよ。そういうものでしょ?」
「そうだね、うん……!」
一口、齧ってみる。
途端に甘みがいっぱいに広がって、
「おいしい……。おいしいよ、にとり……!」
丁寧に作られてることが伝わって、私のためにこんなにおいしいチョコを作ってくれたのが嬉しくて。
「ふふっ。それは、文にいいなよ。あと、忘れてないよね?」
「うん……。大丈夫、わかってる。私も、文様に渡さないと、ね。」





「うう、やってしまいました……。」
博麗の巫女やら白黒魔法使いやら紅魔館の主やらにチョコを配り終わって、もう日も落ちかけている妖怪の山への帰り道。
私は猛烈に自己嫌悪していた。
「何をやっているんですか私は……。あれじゃあただチョコを渡しただけです。何にも伝えられてないじゃないですかもう……。」
渡したまでは良かったけど、急に恥ずかしくなって、逃げてきてしまった。
「なんですか、せっかく勇気を出すって決めたのにこれですか。私はヘタレですか。もぉ……。」
さすがに椛たちがいる場所に行く気にはならない。このまま家に帰ってしまおう。
「あー、しばらく後悔しますよ、これ……。」
進行方向を変え、自宅へ向かう。
「……あや?誰か、いますかね?」
よく見えないけど、人影があるように見える。
家の前に降りて、人影を探そうとした。
でも、探すまでもなかった。すぐそこにいたのは
「待ってました、文様……。」
椛だったから。
「も、椛?」
「文様、これ、受け取ってください。」
差し出されたのは、ラッピングされたチョコレートだった。
それは、私が普段よく見ているもの、そう、カメラのような形をしているように見えた。
「椛、これ……。」
「文様、チョコ、ありがとうございました。すごく、おいしかったです。」
「あ、それは良かったのですが、えと、これは?」
頭がうまく働かない。顔が熱い。胸がうるさいくらいに高鳴っている。理解してる筈のことを、聞いてしまう。
「そのままの意味ですよ。バレンタインのチョコです。」
「それって……。」
「全部、言わないとだめですか?……大好きです、文様。」
「あ……もみ、じ…………。」
「この気持ち、受け取ってくれますか?」
そんなことを言われて、それに対する答えはたった一つしかなかった。
「はい……。はい…………!私も、椛が大好きです……!」
「そのチョコ、食べてくれますか?」
言われたとおり、チョコを食べてみる。
収まりきらないたくさんの感情で、味はちゃんと伝わらないけど、おいしいんだってことはわかった。
「すごく、すごく……おいしいです……!ありがとう、椛……!」
もう、抑えきれなかった。
感極まって泣きながら、椛を抱きしめる。
「椛、もみじ……大好き、大好きです……!」
「私もです、文様ぁ……。」
そして私たちは抱き合ったまま目を閉じて……
「ちゅ……んぅ……。」
「んぁ……ちゅう…………。」
口づけを、交わした。










「うんうん、うまくいって何よりだよ。」
「全く、にとり、全部わかってたんでしょ?」
次の日、文と椛は揃って報告しに来てくれた。
「さすがに全部じゃないけどさ、二人とも両想いみたいだったのにあの体たらくじゃ、もやもやするって。くっつけたくもなるって。」
「感謝はしてるよ、もちろん。」
「私もです。にとり、ありがとうございます。」
「いやいや、二人ともよくやったと思うよ?」
「珍しいね。いつもなら調子に乗ってもっと褒めろとか言うのに。」
「つい最近、それさえなければ完璧だって言われたから、たまにはね。」
そう言うと、文が肩をすくめる。
「それ、私が言ったことですよね。まあ、ちゃんと聞いてくれてるならいいのですが。」
「あー、そうだ文。カメラ貸してよ。二人の写真撮ってあげる。」
「あ、じゃあお願いします。」
文からカメラを受け取る。
「ふふん、このにとりさんに任せなさいな。」
「ちゃんと撮ってよ?」
「当たり前でしょ。ほらほらよってよって。ちゃんと入らないから。」
そうして、文と椛がぴったりとくっつきあっている時を見計らって、
「はい、チーズ。」
カシャッという音が鳴ってからしばらくして、写真が現像され始める。
そこに写っていたのは、私がずっと見たかった、最高に素敵な二人の笑顔だった。
ご読了いただき、ありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
バレンタインにあやかってあやもみを書いてみました。
感想、アドバイス、気になる点などありましたらコメントしていただけると喜びます。
どうにも私は地の文と心情描写を自然にやるのが苦手のようです。
じゃあどこが得意なんだ、と言われればそれまでですが。
もしかしたら3月14日にこれの続編を書くかもしれません。
もし書いていたら、それも読んでいただけたらとても嬉しいです。
しがない名無し
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
らぶらぶである。にとりは良い仲人になれます。てかなってます。
3.90名前が無い程度の能力削除
いやっほうあやもみだぁ!
続編、もしあるのなら楽しみにしてます!
4.90名前が無い程度の能力削除
あやもみはいいものだな。
私もチョコ欲しいです…
5.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.80絶望を司る程度の能力削除
甘い。
10.100名前が無い程度の能力削除
すばらしいね。チョコを渡した時の二人の気持ちの表現が伝わりやすくて、感情移入しやすかったです