「アヤ坊!大きくなれよ、私にも負けないくらい速く強く…大きくだ」
あの方はそう言って私を抱き上げた。
「お前が私を超えたら、私の嫁さんにしてやろう」
そんなことを言ってその人は楽しそうに笑った。
それが…その方を見た最後だった。
春、幻想郷の厳しくも深い眠りの大気も幾分和らぎ、そこかしこに新しい芽吹きが現れ始めるころ。
「絶景かな、絶景かな。春の宵は値千両とは、小せえ、小せえ。この星熊が一本角の目からは、値万両、万々両…」
その名に熊を冠するとある妖怪も冬眠から覚めたかのように地上へと這い出してきた。
「くく…これぞまさしく…幻想………いや…桃源郷なりや…」
「あややや……別に同性だから法には触れませんけど、怪しさ全快ですねぇ…」
そこに舞い降りる鷹ならぬ鴉が一匹、開口一番カァと鳴く。
「ふふ、お前さんも見るがいい。あれぞまさしくこの世の春!私ぁ今この場にいることを地獄の閻魔に感謝してもいい!!」
「はぁ…ですが、閻魔様にばれたら説教コース確定ですよ?」
熊と鴉の視線の先そこには……とある神社の裏手に設立された露天風呂があった。当然そこには幻想郷のうら若き乙女たちがだれかれ憚ることなく肌をさらしキャッキャウフフしているわけで…。それをとある神社の屋根の上から臆面もなく睥睨しているのは元御山の四天王が一人、星熊勇儀であった。
「ふふん、高々閻魔の説教程度でこの眺めを拝めるんなら、私ぁ閻魔のもとに日参してやるさ」
「それは逆に閻魔様が迷惑しそうですね、あなたのような方は説教なんてするだけ無駄です」
一匹の鴉、もとい鴉天狗の射命丸文は呆れた様にため息を漏らす。
「くく、わかってるじゃないか…むしろ、あの閻魔な…ちっこいくせして一生懸命背伸びして私を叱るんだよ。もうアレだけで二升は進むねぇ、酒が」
「まったくもって不遜な方ですねぇ、これだから鬼って種族は…」
そんな文のため息にも動じず勇儀はその雄大なマウントオブオッパイを張る。
「不遜といえば、仮にも神の領域で覗き行為に勤しむのもどうかと思いますよ?巫女に見つかったらどんな酷い目に合わされるか…」
「はっはっは、鬼に神も仏もあるものか。私ぁ見たいものを見、飲みたい酒を飲む!これが鬼ってもんだろう?そういうお前だって何気にさっきからその珍妙な機械で撮り捲くってるじゃあないか」
そう、言葉では困った上司をたしなめる部下の如く振舞っているが。文もまた温泉の一糸まとわぬ天使達をカメラがオーバーヒートする勢いで激写しているのであった。
「これはあくまで温泉という楽園で解放される彼女たちの素顔を切り取るという芸術行為であって。あなたの様な欲望丸出しの覗き行為とは明らかに一線を画するものなのですよ。ですから私にはなんの恥じるところもありませんしむしろ誇らしくシャッターを切って行きたいと存じますよ。ええ…」
「まぁ、私もまったくもって恥じることはないが………私らの後ろの殺気丸出しの巫女がなんていうかなぁ…」
二人の肩にポンと手が置かれる。そして、神域には相応しくないほど強烈な殺気がすぐ背後から間欠泉の如く噴出していた。
「あらあら、あんたたち神のお庭で破廉恥はたらくたぁいい度胸ね……ちっと裏来いよ、今代の巫女のルールってモンをカラダにキョーイクしてやっからよ」
「あややややぁ…ご機嫌麗しゅう、霊夢さぁん?やだなぁ、そんな怖い顔しちゃってぇ。私はただ芸術行為に勤しんでいるだけであって、霊夢さんが思うような破廉恥行為なんて一切行ってはおりませんよぉ!あ、大丈夫ですよ!霊夢さんのもちゃんと綺麗に撮ってありますから!」
「鴉の言うとおりだぞ。私は久々に来た地上の乙女たちの裸体をこの目と心にじっくりたっぷりくっきりと焼き付けただけで何も破廉恥なことなどしていない。因みにお前さんも胸はちっこいがいい体してたぞ、こんど一晩どうだい?」
二人の肩にかかる霊夢の手にギリッと力がこもる。
「あんた達…有罪ね」
二人が振り向くと、そこには異変の時にしか見られない割とレアな異変解決モードの巫女が無表情で立っていた。
「ぁいたたた…ほんとにあの巫女は人間ですか?天狗と鬼相手に拳で来るとは…」
「いやぁ~、ほんとあの巫女はいいな!吃驚する位いい拳してるねぇ。倒れた鼻先に正確に爪先で追撃してきたときなんかゾクゾクした!」
博麗神社の温泉覗き現場を霊夢に見つかった二人は、文字通りボッコボコにされ身銭を没収された挙句夢想封印で魔法の森あたりまで吹っ飛ばされたのだった。
「まったく、勇儀さんがあんなに堂々と仁王立ちしているから発見されたんですよ。覗きなら覗きらしく人目を憚ってください」
「馬鹿言え、あんなに美味しそうな裸体たちを申し訳なさそうに盗み見てどうする。据え膳ってなぁ堂々と頂くもんだろう?」
霊夢にこれでもかと言うほど殴られ続けた結果、文は九天の滝から紐なしバンジーでもしたかの如くボロボロになっている。一方勇儀はというと、鬼という種族もあってか文以上に凄惨な攻撃を受けていたにもかかわらず少々服が汚れているくらいでケロッとしている。
「別にあなたの為に用意された膳じゃないと思いますけどね。まったく…酷い目にあいました……」
「まぁまぁ、いいモン見れたじゃないか。後はあの風景を肴に一杯やれば天下泰平事もなしってなぁっ!」
そういって勇儀はカンラカラと大笑する。
「さてさて…思わぬ邪魔が入って本題どころか挨拶もそこそこでしたので改めて…」
身づくろいを終えた文が俄かに居住まいを正すと恭しく膝を突く。
「星熊の大将、勇儀様…お久しゅうございます」
「あ?あぁ…いいよ、そんなに畏まらんでも。もう私らは山を出た身なんだ」
突然の文の変わり身に当てられたのか怪訝な顔をする勇儀だったが。
「そうは参りません、一度は我等の上に立たれた方々に挨拶も無しでは御山の名折れです」
文の馬鹿が付くほどの格式ばった物言いに若干引っかかるものを感じ勇儀の眉がピクリと跳ねる。
「まったく、天狗は良くも悪くもかわらんねぇ…それで?今日は誰の差し金だい?天魔か?それとも最近居着いたっていう神の方かい?」
さっきまでの上機嫌だった勇儀も急な文の態度の変化に漸く文の意図の一端が読めてきた。先ほどまでは所謂余所行きの態度で通していた文だったが、その実御山の誰かしらの命を受けて御山に対して脅威となりうる勇儀を監視しに来たのではないか?ということである。
「いえ…けしてそのようなことではございません。ございませんが…よろしければ勇儀様のご案内をと思い馳せ参じました」
「ふん…全く、相変わらず食えない連中だよ。自分より弱い奴にゃぁ強気な癖して私らにはペコペコと…」
勇儀の顔に若干険が篭る。鬼は嘘が大嫌いである、それに加えて腹に一物抱えているのにそれを隠してへこへこする者も大っ嫌いなのだ。言いたいことがあるなら真正面から言えばいい、気に入らないなら喧嘩を売れというのが荒々しい気性の鬼たちの中でも特にその傾向が強い勇儀の生き様である。もっとも勇儀の場合は気に入った相手にも嬉々として喧嘩を売りに行くのだが…。
「回りくどいのは嫌いなんだ、言いたいことがあったらさっさと言いな。この前巫女が来たときは見逃したが。今度嘘付いたらタダじゃ置かないよ」
「では…」
今まで恭しく地に膝を突き頭をたれていた文が俄かに顔を上げる。先ほどと変わらずにこやかな笑みを浮かべてはいるもののその実目は全く笑っていない。
「いまさら何をしに地上へ参られたのですか?『元』御山の大将様」
「なに?」
文の表情から完全に笑みが消え去り、警戒心と侮蔑の篭った敵意ある視線で勇儀を射抜く。
「あなた達が勝手に地上に絶望して御山を捨て去ってから幾百年、残された我々は大きな混乱を何度となく乗り越えてきました」
「ふむ…で?」
ビリビリと高まる文の敵意にさらされながらも勇儀は腕を組んで真正面からそれを受け止める。
「以前の異変で地上と地下の交流は若干ながらも再開され始めました…が、それは幻想郷と地下の妖怪という立場でのお話」
「回りくどいねぇ…もうちとハッキリ言ったらどうだい?」
勇儀を焦らすかの様に地下と幻想郷の立場等を説明する文に対し、事実勇儀はイライラと爪先で地面を叩く。
「判りませんか?判りませんよねぇ…自分たちだけのことしか考えないあなた達のことですものね。良いでしょう、端的に申し上げます。幻想郷はすべてを受け入れるかもしれませんが私はあなた方を受け入れるつもりは有りません。勝手に地上から逃げたくせにどの面下げて戻るつもりですか?恥を知ってください」
「へぇ…そりゃぁ山が私に喧嘩を売るって事で良いんだね?」
文の包み隠さない言葉に対して勇儀が獰猛な笑みを浮かべる、それはまさしく鬼らしい野蛮で凶悪な鋭さを帯びていた。
「いいえ、これは私射命丸の個人的な意見ですよ。御山の方では恐らくあなたが気まぐれに入山した時の為に宴会の準備でもしてるんじゃないですかね」
「ほう…群れを第一に考える天狗にしちゃ珍しいじゃないか?お前個人の行動で群れが危険にさらされるとは考えなかったのかい?」
その言葉に、ふんっと鼻を鳴らし。
「それこそ愚問というものです、個人的な闘争に御山は一切関知しません。御山に情報が行った時点で私は御山から追放され…いえ、御山にいたと言うことさえも抹消されるでしょう。そんな場所に怒鳴り込んでもあなたが恥をかくだけでは?」
「属している限りは全力で守るが、はぐれた者には容赦しない…か。それ程の危険を背負うのも辞さないほど私が気に食わないかい?」
危険を冒してでも自分の敵意を伝えてくる文を若干見直しながらも勇儀はその獰猛な笑みを更に深める。
「ええ、気に食いませんね。御山の背景を差し引いてもまだ私には個人的に思うところがありますし」
「ふふん、いいねぇ…ここの所そういう気概がある妖怪も少なくてねぇ…所で、その思うところってのはなんなんだい?」
勇儀の言葉にますます文の視線の温度が下がる。
「やっぱり……ふんっ!知りたきゃお得意の力づくで来れば良いでしょう?鬼の癖にいちいち細かいんですよ。鬱陶しい…」
吐き捨てるように言い放って団扇を構える文。
「まぁいい、そこいら辺はお前さんを叩きのめした後じっくり床の中で聞いてやるさ…朝までね!」
勇儀が叫ぶと同時に周りの大気の温度が一瞬で加熱する。勇儀が普段抑えている鬼気に空気が反応したのだ。
「はっ!地下に逃げ込んだ古めかしい妖怪風情が咆えるわね!さぁ、手加減して上げるから本気でかかってきなさい!」
「言ってくれるねぇ!痛くても泣くんじゃないよぉ!盟友っ!」
勇儀が開戦の合図だと言わんばかりに大きく咆哮を上げ、同時に一枚のスペルカードを取り出す。
「さぁてまずは小手調べだ、避けてみなぁっ!!」
鬼符「怪力乱神」
スペル宣言直後、勇儀の周りに停滞していた鬼気がまるで生物のようにうごめき始める。見ているだけで怖気を催すそれは変形し伸張して周りに己の勢力を伸ばし始める。
「ふぅん…霊夢さんが地底に行った時に見たスペルね…」
文はどのような攻撃がきても対応できるよういつもの構えのまま視線を周りにめぐらせる。蠢く物は触手の様に四方八方に己の体をうぞうぞと広がり続け…唐突にその動きをとめる。
「来ますか…」
攻撃に備えて文が身構えた瞬間、蠢く物がまるで中身を詰め過ぎた腸詰のようにぶくぶくと肥大化し一気にはじけた。はじけた中から何かが飛び出してきて文に襲い掛かる。
「うう…通信陰陽玉越しに見たとはいえなんとも気色悪いスペルですねぇ」
「ほらほらぁ!さっさと避けないとあっという間に詰んじまうよぉっ!」
蠢く物の中から飛び出してきたもの…それは、人の肋骨や牛の角、良くわからない獣の爪や牙などありとあらゆる動物の破片の弾幕であった。
「まぁ…理解できないって言うか気持ち悪いだけで、よっ!この程度の弾幕、私にとっては…ほっ!どうということはないんですがね!ほいっ!」
「ほぅ…さすがにやるじゃないか!」
軽口を叩きながらも文は着実に弾を避け続け勇儀に肉薄する。
「あんまり舐めてもらっちゃ困りますね。言ったでしょう?全力できなさいと!!」
魔獣「鎌鼬ベーリング」
「おおっ!?」
文の全身を覆うように目に見えない真空の刃が渦巻き、勇儀の足元に低い姿勢で滑り込んだ文を弾幕から守る。
「目覚ましの涼風は如何ですか?」
文がふわりと団扇を勇儀に向けて振ると文を覆っていた真空の刃が勇儀に向けて殺到する。
「おおおおおっ!」
刃は勇儀の体に絡みつき切り刻みながら吹き飛ばす。
「ふん、余裕かましすぎると痛い目見ますよ」
「うぉおおおっとぉっ!はっはぁっ!いや済まないねぇ何しろ相手の実力見てからじゃないと早々に終わっちまっても詰まらんからねぇ!」
体に幾つもの切創を作りながらも全く堪えた様子もなく勇儀が着地する。その手にはいつの間にか勇儀愛用の大杯が乗せられていた。
「ふーむ、そうだなぁお前さん相手ならこれくらいかね」
勇儀の言葉と共に大杯には何処からともなく芳醇な香りのする液体が湧き出てくる。
「さぁて、それじゃぁ改めて行かせてもらぅおわぁあっ!!」
さぁここからが本番だと勇儀が見栄を切ろうとした刹那、勇儀の大杯めがけて文が神速の跳び蹴りを放ってきたのだった。勇儀は寸での所で大杯を引っ込める、そのお陰で何とか杯の酒をこぼさずに踏みとどまることが出来た。
「ばばばばっかモンっ!人が見得切ってる途中に攻撃とか気が短すぎだろっ!」
「この期に及んで手加減ですか?馬鹿にするのも大概にしてください。こちとらもう尾羽に火が付いてるんですよ。貴女に潰されるか、山に潰されるかの瀬戸際で一花咲かそうってんです。ついて来ないなら逆にこっちが喰ってやりましょうか?」
文の剥き出しの闘争心に勇儀の顔にもあの凶暴な笑顔が戻ってくる。
「まぁ、そう慌てるんじゃないよ。こんな楽しい事さっさと済ませちゃそれこそ野暮ってもんさ…私を本気にさせたいなら、まずはこの逆月…奪ってみせな!」
ぐいと一口大杯を煽って勇儀が脱兎の如く走り出す。
「さぁ!鬼が逃げる鬼ごっこだぁっ!」
「くっ!待ちなさいっ!」
勇儀は大杯を掲げながらも水面を滑るかのような滑らかな足取りで酒を一滴も零さずに木々の間を縫っていく。一方、文は木々に邪魔をされ空中での自慢の俊足が発揮できない。
「邪魔くさい枝ですねぇっ!ええい仕方ないっ!私の俊足が空だけでないことを証明して上げます!」
言うが早いか文は着地してぐんぐんと速度を上げる。
「おおおっ!流石天狗、速いじゃぁないかぁ!だが、昔は私も山走りで鳴らしたモンだ!負けないよっ!」
文の走りを見て俄然やる気になった勇儀が更に速度を上げていく。勇儀の背中までもう少しの距離まで肉薄した文だったが、追いかけるうちに違和感を感じいぶかしむ。
「あれは確か不知火とかいいましたか…ゆらゆらとうっとおしいっ走り方ですねぇ!」
不知火とは海に現れる怪火現象のことである。遠目で見ている分には確かにそこにある炎なのに、いざ近づいて見るとそこには何もなくただ暗い海が広がるばかりだという。勇儀の走法はゆらゆらと緩急をつけて左右に揺れ動き、近づくととたんに視界から消えてしまう。まさに不知火を体現していた。
「ははっ!何も真っ直ぐ走るだけが能じゃないってなぁ。そーら、今度は障害も追加だよぉ!駄目になるまでついてきなぁ!」
勇儀が走りながら懐から何かをばら撒く。それは地面へと落ちた瞬間蒼白い炎を上げて浮かび上がると激しく発光して光線を勇儀と文の双方に降らせてくる。
「うわわっ!」
常に障害物の少ない場所を選んで直線的に走っていた文は思わぬ追加要素により大きく速度を落としてしまう。
「ぐぅ…邪魔くさい鬼火どもですねっ!吹き飛んでしまいなさい!」
光線に業を煮やした文が団扇を大きく旋回させて大風を起こす。だが、目の前を右往左往する鬼火たちは風により吹き飛ぶこともなく、それどころか風によって揺らめくことさえなかった。
「うおっと、こいつは景気のいい風神様の追い風だぁ!ほらほら、鬼火なんかにかまけてると追いてっちまうよぉっ!」
勇儀は鬼火の光線など最初から無いかのようにゆらゆらと確実に前へと進んでいく。
「ああっ!もうっ!こうなりゃ多少の被害は覚悟の上です!いきますよぉっ!」
突風「猿田彦の先導」
「ぃいいいいいいいやぁあああああああああっ!!!」
怪鳥音と共に突風が文の全身を包み込みそのまま爆発的な加速をつけて前方へと撃ち出す。四方八方にばら撒かれる光線のごくごく僅かな隙間を弾丸の如く突き抜けた文は、その勢いのまま勇儀の背中へと肉薄する。
「うぉっとぉ!危ない危ない…。うちでは踊り子へのお触りは禁止でございってなぁ~、あっはっは」
「ふふん…、私は花より団子。団子よりも甘露派でしてね、余裕こいてる暇があるならおてての先のお月様を見て御覧なさい」
なにやらくねくねと科を作る勇儀を、木の枝にふんぞり返った文が見下して言い放つ。
「なにぃ?…あっ!」
文の物言いをいぶかしみながら自慢の大杯に目を遣ると、そこに満たされていた酒虫の賜物は陰も形も無くなっていた。
「おいしゅうございました…」
「おやおやぁ…まさかすれ違いざまに酒を掻っ攫っていくたぁ、手癖ならぬ嘴癖の悪い鴉もいたもんだねぇ」
ぺこりと文がお礼とばかりに頭を下げる。鬼の酒だけあってそれなりに強いらしく、笊と名高い天狗の文の頬もほんのりと色づいている。
「まぁ、何はともあれ私の負けだ!見事だった、望みどおり私を一晩好きにしていいぞ!」
「誰がそんなこと望みましたか!」
ようし胸を貸してやると言わんばかりにその場に大の字に寝転がる勇儀に思わず突っ込んでしまう文だった。
「古今東西絶世の美女に喧嘩売った奴の望みなんて一つしかないだろぉ?恥ずかしがらないでもよぉっく判ってるさ!あ、因みに私は受けも攻めも両方いけるから好きなほう選んでいい……」
――パァンッ!
グラウンドでの攻防を誘う○ノキの如く手招きする勇儀の元に一枚の木の葉が飛来して弾ける。妖気を通された木の葉は剃刀の様にしなやかで危険な手裏剣と化していた。
「それでは本気で『受け』て頂きましょうか。『ネコ』の様にニャーニャー鳴いてください」
「幻想風靡」
「やれやれ、若い奴は思い込んだら一直線って奴かい?そういうのも嫌いじゃないがね」
文がスペルを宣言し右に左にと速度を上げて飛翔をはじめ、数秒もしないうちに目にも留まらぬ速さで木々の間を駆け巡る。文が巻き起こす妖気を含んだ突風に散らされた木の葉たちはその妖気を受けて触れれば斬れる凶器へと姿を変え、勇儀へと殺到する。
「いいだろう、そういう奴に王道って奴を示してやるのも私ら古株の役目だ。受けてやろうじゃないかっ!」
勇儀が歌舞伎役者も真っ青な大見得を切る。
「ひとぉ~つ!」
――ズシンッ!
勇儀が足を大きく振り上げ強烈に大地に叩きつける。その衝撃波は勇儀へ殺到していた木の葉の慣性を捻じ曲げ空中へ停止させる。
「ふたぁ~つ!」
――ズドンッ!
更にもう一歩踏み込むと今度は勇儀の周りの枯れ落ち葉や砂礫をも巻き上げる。
「もひとーつ、みっつ!」
――ドガァッ!
三歩目で勇儀の拳が大地に深々と突き刺さる。
「喰らいな…四天王奥義ぃっ!三・歩・必・殺っ!!」
宣言と共に勇儀は拳を突き込んだ大地もろとも天へ向けて一気に拳を打ち上げる。勇儀の足元から突き上げられた大地ごと大爆発が巻き起こる。爆発は上昇気流を発生させ周りの大気を巻き込んでそこかしこに破壊を撒き散らす大竜巻となった。
「踊れ踊れ木っ端ぁ!私を本気にさせた事をその身に刻んで地にひれ伏すがいい!」
「滅茶苦茶ですね!弾幕美のかけらも見当たりません!ですが!」
文は砂礫や土塊に加え己の放った木の葉手裏剣が滅茶苦茶に飛び交う大竜巻の中へ微塵の躊躇もなく飛び込んでいく。
「忘れたんですか?私は風に乗らせたら幻想郷で右に出るものはいないっ!」
「なにぃっ!?」
竜巻に押し流されることなくその流れに乗ったまま文は叫ぶ。
「鴉天狗なんですよっ!!」
――ズシャァッ!
叫び声と共に勇儀の死角に膨大な妖気が生まれる。
「馬鹿な…っ!?」
「いわんや、その鴉天狗の中でも最速を自称する私に乗りこなせない風など…」
勇儀が己の体を捻り身構えようと両腕を上げる…がその時には完全に文は攻撃態勢を整えていた。
「有りませんっ!!」
「!?」
「無双風神」
勇儀の腕が顔面を守ろうと交差するより一瞬早く、スペルカードの勢いを上乗せされた文の跳び蹴りが綺麗に勇儀の顎を打ち抜いていた。
「ほらほらぁ、もっと速くだ!天狗は鬼とは違う。力で勝とうとするな!素早く動いて隙を突け!長所を生かすんだ!」
あの方は身分なんか気にしなかった。子供の浅薄さで鬼よりも強くなりたいとはしゃぐ私をいつも可愛がってくれた。
「お前は小さいし、力も弱いが誰よりも身軽だ!きっと速くなるさ!」
身分違いとか、強い弱いとかそんなことよりも。自分のことのように私の将来像を夢見てくれるあの方が大好きだった。
「ぐ…むぅ……ったたたた」
「お目覚めになりましたか?勇儀さん」
まるで天変地異の後のように荒れ果てた森の一角で勇儀は目覚めた。
「ここは……………そうか、私はお前さんの蹴りを喰らって…」
「はい…見事に白目をむいて伸びてらっしゃいましたよ」
痛む顎とぐらぐらする頭に自分が意識を失っていたことを実感する。
「くっ…くはっ…くはははっ!そうか!負けたか!この私が意識を持っていかれて無様に伸びたか!くくく!」
「負けて嬉しそうとかひょっとして勇儀さん、そっちのケもお持ちで?」
倒れたまま顎をさすりさすり嬉しそうに笑う勇儀に文が妙な心配をするが勇儀はお構い無しに笑い続ける。
「世俗に見切りをつけて早幾百年…ついにこの日が来た!」
「?」
がばぁ!と起き上がり文に向き直る勇儀はダンと大地に拳をつき。
「嫁に来てくれないか!」
「うぇ!?」
ゴスンと角が汚れるのも構わず地面に額を打ち付ける。
「ちょっ…いきなりなにを…」
「人間の卑怯な手や策謀にうんざりして私ら鬼が地獄へと引きこもったのはお前さんも知っての通りだ…」
突然の独白に文も対応できずにおろおろするばかりである。
「だが私ぁ…どうしてもかつての正々堂々とした喧嘩が忘れられなかった!」
「勇儀さん…」
未だ伏せられた勇儀の表情は伺うことができないが、小刻みに震えるその肩が勇儀の気持ちを雄弁に語っている。
「私の目を見てお前を倒すと言えるやつが忘れられなかった。種族とか力量差とか何もかも放り投げて殴りかかってくるやつが忘れられなかった!自分の危険なんかに目もくれずに私にぶつかってくるやつが忘れられなかった!!」
「………」
力が大きすぎるが故に誰からも一線を引かれてしまう孤独が勇儀を苛んでいた。
「だから私は決めていた…今一度かつてのように私に本気を出させてくれるやつが現れたときは…ずっとそいつの傍でそいつを守り続けようと!」
「あ…」
ぐわと顔を上げた勇儀の目には感極まったのか涙まで浮かんでいる。
(お前が私を超えたら、私の嫁さんにしてやろう)
「残念ですが…私にはもう心に決めた方がいるんです」
「………」
震える声で、文が勇儀に告げる。その瞳には何かを待ち望むような切なさを浮かべながらも必死で平静を保っている。
「その方と約束しているんです。ですから…その方と約束が果たされたとき。私はその方に迎えてもらうのです」
静かに告げると文は静かに飛び去った。後に残されたのは大地に根を張ったように動かない勇儀だけであった。
「………振られちまった…か…」
『あ~ぁっ…完全にばっさり斬って捨てられたねぇ』
勇儀のため息交じりの独り言に答える者があった。
「覗き見はよしな…出といでよ萃香」
『あいよ~』
勇儀が何者も存在しないはずの空中に声をかけると勇儀の目の前の空間の空気の密度に変化が起こる。まるで霞が意思を持っているかのように萃まり始め、混ざり圧縮して人型をなしていく。
――ぽんっ!
「ぉい~っす!萃香ちゃんだぞぉ~、ぅぃっく!」
目の前に現れたのは勇儀と同じく元山の四天王が一角、伊吹萃香であった。
「まぁた、あっちこっち覗いて酒の肴にしていやがったね?悪趣味なのもいい加減にしときな」
「かったいこというなよ~ぅ、硬いのは鬼の角と男のアレで十分だってばさ!あっひゃっひゃ!」
勇儀の苦言にも全く動じずにいきなりシモネタ全開の鬼幼女であった。もうすでに相当飲んでいるようで、いつにもましてふらふらゆらゆらとよろめく萃香に流石の勇儀も呆れ果てる。
「それに…あの勇儀がさぁ~、天狗娘に伸された挙句に土下座で求婚とかもうこれ以上の肴なんて天界いっても見つからないよ~。ぷーくすくすっ!」
「なんだってんだ…私が求婚しちゃわるいってのかい?」
先ほどの姿を思い出したのか噴出す萃香に憮然とする勇儀だったが。
「いやぁ、行動自体は悪くない。勇儀らしい真っ直ぐさで良かったんじゃないかな?だけどねぇ…」
「なにさ…言いたいことがあるならはっきり言いな。私ぁ今馬鹿話に付き合ってる気分じゃあないんだ」
――ゴンッ!
「いったぁ!何すんだいっ!?」
「馬鹿はお前だよ、この極楽トンボ。『種族とか力量差とか何もかも放り投げて殴りかかってくるやつが忘れられなかった!』とか言ってた割には自分の周りのことはすっかり忘れちゃってるんだもんね、そりゃあの天狗娘も怒るってもんさ」
酔った萃香の話をまともに取り合おうとしない勇儀の後頭部に萃香の分銅が直撃する。勇儀が振り返ると先ほどまでの酔いどれ幼女は何処にもおらず、勇儀の内面までをも見透かさんと冷たい眼光を放つ一人の鬼がそこにいた。
「あの娘の面子の為にこれ以上は教えないけどね、勇儀…お前は今あの娘に対して全然真っ直ぐじゃない。嘘が大嫌いな鬼が聞いて呆れるよ。よっく考えてきっちりあの娘に答えてやりな…」
それだけ言い放つと萃香は再び密度を操り、霞のように消えてしまった。
「……忘れてる、だと…?」
あの方は何の前触れもなく私の前から姿を消した。御山を駆け回りいくら探しても影も形も見つからなかった。仲間達に尋ねてみても御山の将来を心配することばかりで要領を得ない。
あの方を探す内、私は御山の中だけでなく幻想郷中に足を伸ばすようになった。お祭り好きなあの方のことだ、何か騒ぎがあればきっとその近くに出没するに違いないと考えた。
西で喧嘩があれば飛んで行き、東で祭りがあれば早朝から張り込んでみたりもした。結果は、毎回項垂れて御山へ帰る回数が増えただけだった。
あの方が消えて数ヵ月後、噂好きな仲間内で嫌な話が飛び交い始める。
『鬼神さま方は、我々を見捨てて地底に隠居なさったらしい』
『外れ者を集めて隠れ住んでいるらしい』
知りたくなかった…認めたくなかった。あの方が私達を見捨てた?昔に比べれば平和になったもののいまだ人間との血なまぐさい衝突が続いてるこんな時に?ありえない…あってはならない!
それからというもの、私は少し前から興味を持っていた新聞記者の仕事を始める。他の鬼たちのことは知らないがきっとあの方は御山の平和に飽いてぶらぶらと旅をしているだけなのだ。ならばこちらからあの方の退屈を紛らわせて差し上げなければならない。御山の中の閉鎖的な情報だけでは駄目だ。もっと広く、西の端から東の端へもっとも新鮮な話をお伝えせねばならない。
私は書いた、あの方にお伝えするための新聞を。仲間内からはつまらないと揶揄されながら、毎日のように東奔西走しありとあらゆるネタを詰め込んだあの方へのメッセージを。
そんな先の見えない努力を続けて数十年後、是非曲直庁から最も聞きたくなかった情報が発表される。
『諸般ノ事情ニヨリ地底ヲ鬼族ニ譲渡ス。尚、鬼族ト妖怪ノ賢者ノ盟約ニヨリ地底ト地上ノ行キ来ヲ禁止スルト共ニ地上ト地底ヲ結ブ洞穴ヲ完全二封印ス。是非曲直庁代表-四季映姫 妖怪ノ賢者代表-八雲紫 鬼族代表-星熊勇儀』
足元の大地がすべて無くなってしまった気がした。そして否応無しに理解させられた。
アノ方ハ私ヲ見捨テテ手ノ届カナイ場所ニ行ッテシマッタ。
「くどいわねぇ…何で私があんたの面倒見なきゃいけないのよ?」
「そんな冷たいこといわないでくださいよぅ!私と霊夢さんの仲じゃないですかぁ~、ねっ?私ちょっと今御山に帰るとやばいんですって!ほら、この通り!」
元上司である鬼に楯突いただけでなく散々いいたい放題した挙句に叩きのめしてしまった文は流石に御山に帰るわけにもいかず博麗神社に転がり込んでいた。
「いっつもどっか見下してるあんたが頭下げるなんてよっぽどのことをしでかしたのねぇ…ご愁傷様。骨は拾わないけどがんばってね!ここ以外で」
「そんな殺生なぁ…後生ですからぁっ!ほらっ!取れたてほやほやの霊夢さんの入浴写真のネガもつけウボォッ!」
――ゴンッ!
やらかした事の重大さに気が動転しているのか明らかに交渉には向いていない材料を提示して懇願する文の脳天に霊夢愛用の大幣が容赦なくめり込む。
「まぁ、これは頂いとくわ。それじゃ元気でね、私は境内のお掃除で忙しいからもういくわよ」
――チャリン!カラコロコン…
文から写真のネガを没収した霊夢は挨拶もそこそこにすたすたと境内へ戻ろうとする。が、とある素敵な賽銭箱から奏でられる素敵な音にピタリと足を止める。
「仕方ないわねぇ、話だけは聞いてあげるわ」
「いつもながら恐ろしく現金ですね…でもそんな霊夢さんも嫌いじゃないです」
少女説明中…
「…というわけでして」
「ふぅん…あの地底の鬼ぶっ飛ばしちゃって下手すると妖怪の山では指名手配がかかってるも…ねぇ…」
ずずず…とお茶をすすりながら霊夢は文の言葉に耳を傾けていた。
「しかし、何だってそんなことしでかしたのよ?あんたは割りとそういうところ分別つけるタイプかと思ってたけど?」
「いやぁ…ほらっ!あれですよ乙女の事情とかそんな感じ?」
花の異変や妖怪の山の騒動、そして地底の異変と文の行動を見てきた霊夢にとってどうしても今回の文の行動は短慮に映るらしく、文の説明にもいまいち納得できていないようだ。
「しかも、あの鬼から求婚されたんでしょ?そして断った。その辺はぐらかしてたけど何か思うところでもあるの?」
「ぐ…いつもは頭が春めいてる癖して鋭いですね…」
――ごちぃっ!
「あいたぁっ!」
「誰が頭が春よ。真面目に話をする気がないならもう帰って良いわよ?」
旨くごまかして説明したつもりだったが、どうにも今日は勘が働いているようで痛いところばかりをついてくる。ためしに茶化してみたら容赦のない拳骨が唸りを上げて襲ってきた。巫女怖い…。
「あっ!言います話します!だから見捨てないでぇっ!」
またもやすたすたと境内に戻ろうとする霊夢に縋りついて懇願する。妖怪の山では中堅とは言え実力では大妖怪にも匹敵する妖怪の姿はもう何処にも見られなかった。
「約束…とでも言いますか…。私、とある方と大事な約束をしているのです…」
「ふぅん…?」
自分の気持ちを確かめるようにポツリポツリと話し始める文。
「その方にとっては…取るに足らない軽口だったのかもしれません…でもっ!未熟だった私にとっては何よりその方の言葉が大きいもので…その方に認めて欲しくてここまでやってきたと言うか…がんばったというか…」
「そう…」
いつも他人の秘密を暴くことに躍起になっている文でも自分の内面を語るのはやはり恥ずかしいのか、両手の人差し指をつんつんとつき合わせて顔を真っ赤にしながら語っていく。
「それなのにあの方ときたら…勝手に消えちゃうし…久々に会えたと思ったら声だけならまだしも顔を合わせてもちっとも思い出してくれないし…あの状態じゃ、あの時の事なんて……」
「……好きなんだ?あの鬼のこと」
自分で語っているうちにどんどん深みにはまっていく文に霊夢が尋ねる。
「あやっ!?あやややややや!何を言うのですか霊夢さん!わたっ!私はとある方との思い出を語っているだけで勇儀さんとのことだなんて一言も言っていませんし、ましてや元上司であるあの方に思いを寄せているだなんて恐れ多くて言葉に…」
「私も『あの鬼』って言っただけで『勇儀』とは一言も言っていないけどね」
春のうららかな日差しが差し込む境内に鶯の声がホケキョと響き渡る。
「大好きだからこそちゃんと約束を思い出して、その上で好きだといって欲しい…ね……割と女の子してるじゃない?」
「う…ぐぅ…」
今日の霊夢の勘は冴えに冴えているのか、文自身さえもまだ認められていない文の内面をずばりと言い当ててしまう。きっと春だから力を増しているに違いない、頭が春だから…。
――ゴシィッ!
「いっっったぁ!」
「あんた今失礼なこと考えてたでしょ、殴るわよ?」
そういうことは殴る前に言ってください!と文が抗議する寸前。
「ま、そういうことならしばらくうちに置いて上げてもいいわ。妖怪のとは言え難しい恋を実らせたとあればうちの神社の株も上がるってものだしね」
「あ…ありがとうございま…」
「見つけたぞ!」
霊夢の承諾が得られて歓喜の表情を浮かべる文の下に幾つもの影が舞い降りる。黒髪に修験者の服装を身にまとう鴉天狗の少女達であった。
「あ…あやぁ?皆さんお揃いでどうなさったんです?そんな怖いお顔をなさってぇ…うぎゃっ!」
「射命丸文!貴様には御山に対する反逆の嫌疑がかかっている。大人しく我々に動向してもらおう」
後ろ暗いところが有りすぎる文はとりあえず白を切って場を和ませようとするが、天狗の少女は取り合わずに手にした錫杖で文を叩き伏せる。
「ちょっと、あんたらここを何処だと思ってんの?神社の境内で何かするときゃ私を通しなさい。因みに素敵な賽銭箱はあっち!」
「博麗の巫女、騒がせてすまないがこの件は御山の一大事ゆえ何卒目こぼしを願いたい」
見かねて霊夢がちゃっかり営業もかねて間に入るがそれすらも取り合おうとしない。
「それに…これ以上深入りするなら博麗の巫女といえども妖怪の山に楯突いたと見なさなくてはなりませぬ」
「ああん?妖怪の山が何だってのよ。寄って集って一人を攻撃するような妖怪風情が偉そうに…神域で粗相するような奴には今代の巫女のルールって物を物理的に叩き込んで…」
「霊夢さん!」
妖怪の山に楯突く気かと威圧する天狗にぶち切れモードに突入しそうになる霊夢を文の一声が留める。
「良いのです…元はといえば私がまいた種ですし。博麗の巫女の傍なら御山もそう簡単には手出ししないだろうなんて甘い考えでいた私の失策です。これ以上は迷惑をかけられません…」
「文…」
「ふん!殊勝な心がけだな。では連行する!」
「待ったぁああああああああああああああ!」
文を取り囲んで天狗の少女達が跳び立たんとしたそのとき、神社の境内に金色の獣が飛び込んできた。
あの方と二度と会うことができないことを知った後、私はあの方が恨めしくて仕方がなかった。何故、何も言わずにいってしまったのか。何故、手の届かない場所に行ってしまったのか。何故、私を見捨てたのか。そんな考えが脳裏に渦巻き、次第にあの方を憎いとさえ思うようになった。私をこんな気持ちにさせて置いて、自分はのうのうと地底で気楽に過ごしているであろうことが堪らなく許せなかった。
いつの日か必ず再び合間見えてぶっ飛ばしてやる。
そう思うことで自分の中の寂しさや遣る瀬無さを原動力に変換していた。それ以降、私は今まで以上に新聞作りにのめり込む。目的は沢山の妖怪や人間と邂逅して腕を磨くこと。その為には多少強引な取材もしたし、自分から事件を炊き付ける事さえした。そして、幾百年を過ごすうち私は誰も追いつくことができない無二の速さを手に入れた。
そんな折、御山にもたびたび変動があった。一つは御山の中に新たな勢力である守矢神社が現れたこと。もう一つは、その騒動に付随して私が御山から人間に対しての窓口のように認知されたこと。この二つが私とあの方を再び合間見えさせる切欠となった。
ある日、博麗神社の裏手から温泉と共に地霊が飛び出してきた。守矢神社と河童達の動向からこの事態をいち早く察知した私は、巫女の異変解決の補佐の名の下に間接的にだが地底への侵入を成功させる。
そして…雪のちらつく旧地獄街道で私とあの方は再び出会うこととなった。通信玉を通して見るあの方はあの日から変わらず豪胆で楽しそうに笑っていて、それだけで胸が一杯になってしまった。同時に今までぶつけたかった気持ちさえも遥か彼方に飛び去ってしまった。だから、思わず『はじめまして』なんて言ってしまったけれど、あの方は気づいた様子もない。ほっとした気持ちと共に気づいてもらえなかったことが私の胸をちくりと刺す。
「へぇ、それで人間の振りして?私はそういう天狗の調子の良い嘘が大嫌いなんだよ」
私をこんな気持ちにさせて放って置いたくせにどっちが調子が良いんだか。
「ふふん。ま、盟友の事だし 許してやってもいいんだけど……条件がある。許せるのは強い奴と勇気のある奴だけだ!」
今は巫女を通してしか示せないけれど、近いうちに必ず嫌と言うほど私の弾幕をお見舞いして上げます。私は強くなりました。
そして、その時にはきっと…あなたの……。
神社の境内に飛び込んできた金色の獣は着地した姿勢から動かない。そこから発せられる膨大な妖気で私達の誰もが金縛りにあったかのように動けない。
「私にゃぁ嫌いなものが三つある」
金色の獣
「一つその場限りの調子の良い嘘。二つ抵抗できない奴を囲んで袋にする輩。三つ私の獲物を横取りする輩だ…」
「星熊の…大将さま…」
金色の獣の正体を見た天狗の少女の一人が唸る様に呟く。
「そこの娘ぁ私の獲物だ…そんなこってぇお前さんら…悪いが今日は大人しく山に帰っちゃくれないかい?」
「そっ…それはできませぬ!我等はそこの娘を召し取るよう御山より仰せつかっておりまする!星熊の大将様の命と言えども引けませぬ!」
今まで俯いていた勇儀がゆっくりと顔を上げる。そこには獲物を前にした野獣のような野蛮な笑みが浮かべられている。
「へぇ…それじゃぁお前さんら…私に喧嘩を売ったと受け取っていいんだね?」
「う……うぅっ…」
勇儀の内に秘める凶悪なものを隠そうともしない雰囲気に天狗の少女達は気圧されて言葉を発することもできない。
「勇儀さん!」
「おおっ!ハニーちっと待っていておくれよ。今、こいつらと話中なんでなぁ~。それが済んだらゆっくり話をしようじゃないか」
今にも少女達に襲い掛からんばかりの勇儀の前に文が飛び出す。
「何をしてるんです!御山と全面戦争でも始めるおつもりですか!」
「お~、かつての故郷相手に大喧嘩か!それも悪くはないじゃないか」
完全に喧嘩モードに入ってしまっている勇儀は文の危惧等意にも介していない。
「馬鹿ぁっ!」
「ぐっ!」
――スカンッ!
文の叫びと共に勇儀の眉間のど真ん中に木の葉手裏剣が突き刺さる。
「ぐ…ぬぅ…遠慮のない良い一撃じゃないかハニー…」
「射命丸ぅっ!貴様、星熊の大将様になんと言う粗相を!」
「馬鹿っ!これだから鬼は短慮だと言うのです!私の勝手な行動で鬼と御山の全面戦争が起きてしまったらそれこそ死んでも死に切れません。他の方にこれ以上迷惑をかけたくありません。自分のお尻は自分で拭います!」
そういうと文は天狗の少女達に向き直る。
「いや…、お前さんの尻ならむしろ私は喜んで拭うぞ?無論、物理的な話でだ」
「変態か…」「変態ね…」「変態よ…」「変態だなぁ…」「変態だ…」
勇儀の欲望駄々漏れな発言に天狗の少女達が若干引き気味に呟く。
――スカーンッ!スカカカンッ!
「ぐぬっ!…ぬぅ…ぐ…ぬふぅ…」
「ああ…あれは頭蓋骨の中まで行ったわね…」
勇儀の眉間に更なる追撃が連射された。それを見て今まで完全に蚊帳の外であった霊夢がいつの間に用意したのか温かいお茶を啜りつつ呟く。
「と、とにかく!これから私は貴方達に抵抗させていただきますが、あくまで私があなた達程度の輩に捕まりたくないからであって!勇儀さんにこれ以上迷惑をかけたくないとか!先ほどの戦闘後で万が一勇儀さんに何かあったらどうしようとか!そういうんじゃないんですからねっ!」
「ツンデレか…」「ツンデレね…」「ツンデレよ…」「ツンデレだなぁ…」「ツンデレだ…」
これまた本音駄々漏れの文の物言いに天狗少女達はおなか一杯と言った表情で呟いた。
「そこうるさい!さぁ、平和ボケしたそこらの鴉天狗との格の違いを存分に見せつけてあげます!手加減して上げるから本気でかかってきなさい!」
文の宣言とともに天狗少女達が一斉に文と距離を取って戦闘体制に入る。
「射命丸…抵抗しなければ御山の温情に与れたかも知れぬのに馬鹿な奴だ!」
「はん!恩赦が降りても良くて数百年の独房生活、私は孤高を愛する鴉天狗ですよ?そんな事態は死んでもお断りですねぇ!」
天狗少女の一人と文が一瞬交錯する。両者の団扇によるなぎ払いがぶつかり合い大きな突風が起こる。
「ぐぅ…!」
一瞬の交錯で手傷を負ったのは文の方であった。
「文っ!」
今まで事態を静観していた霊夢も若干腰を浮かせかけるが…。バッと上げられた文の手のひらに制止させられる。
「言ったでしょう?私はこれ以上誰にも迷惑をかけたくないのです。手を出さないでくださいね?勇儀さんも…ですからね…」
「ぬ…ぐぬ……ふっ…ううむ…」
「………あんたかっこ悪いわねぇ」
痛みに耐えながら気丈に振舞う文であったが、勇儀はまだ痛がっていた。霊夢は呆れ果てた。
「さぁ!どんどんかかってきなさい!私はここですよっ!」
「「ぃいいいいやぁああああああっ!!」」
文の一言に二人の天狗少女が怪鳥音を上げて左右から迫る。
――ガキィッ!
硬いものがぶつかり合う音が響き力と力のぶつかり合いで激しい閃光が巻き起こる。光が収まったそこには一方の攻撃を団扇で、そしてもう一方を一本下駄で押し留める文の姿があった。
「ふん、甘いですねぇ…」
「ならばこれならどうだ!」
膠着状態の文に更に他の天狗少女が突風をまとって突撃する。
――ドガッ!
「うぁっ!」
二人の天狗少女に釘付けにされて動けないまままともに攻撃を受けて吹き飛ぶ文。
「これでも食らえっ!」
――ガスンッ!
「うぁあああっ!」
吹き飛んだ先にはまた別の天狗少女が待ちうけ、文の体に強烈な蹴りを放つ。そしてまた吹き飛んだ先で殴りつけられ、吹き飛ばされ、蹴鞠のように空中を舞い続ける文。
「もう、見ていられない…これじゃまるで私刑そのものじゃないっ!」
凄惨な攻撃の嵐に、霊夢も溜まらず腰を上げる。だがそのとき…
「ちがぁうっ!」
神社の空気をビリビリと震わせる大音声が響き渡る。余りの大声に天狗少女達もビクリと動きを止める。解放された文は力なく大地に倒れ伏す。
「同程度の力に力でぶつかってどうする!お前さんは速いじゃないか!すばやく動いて隙を突け!長所を生かすんだ!」
大音声の元は先ほどまで痛みに蹲っていた勇儀であった。いつの間にやら眉間の木の葉手裏剣も抜けて何事もなかったかのように仁王立ちしている。
「どうした?立てっ!さっき私をぶっ飛ばしたガッツはどうしたんだい!お前さんは私に勝ったんだぞ!」
地面に倒れ伏していた文の指先がピクリと反応する。
「お前さんのけじめだ!ここはお前さんの踏ん張りどころだぞ!その後のことは心配するな!何があっても守ってやる!だから立て!お前さんの真価を見せてみろ!」
文の指先に次第に力がこもり強く強く握られていく。
「言われなく…ても、やってやります…よ。私を…私をっ!誰だと思っているんです!!」
ぶわりと文の周りに突風が渦巻き、その中心で文がバネのように飛び起きる。すでに満身創痍の体でありながら、しっかりと大地に一本下駄を食い込ませ己が首筋を団扇で扇ぐその姿は、幻想郷のなかでも最速を自負した者の余裕を満遍なく体現していた。
「毎度お馴染み、清く正しい射命丸文でございます!」
「く…ひるむな!相手は虫の息だ!一斉にかかれぇ!」
やっと硬直から脱した天狗少女達が文に向けて殺到する。
「一つ!刃傷沙汰から色恋沙汰まで私はどんな情報も最速でお届けします!そこのあなた!」
取材「射命丸文の圧迫取材」
「!?」
「あなた上司の鼻高天狗と不倫中だとお聞きしました!そのことについて何か一言お聞かせください!」
突然、一人の気の弱そうな天狗少女に逆に接近して撮影と詰問を始める文。
「ちょっ!そのことを何であなたが…」
「不倫が原因でお相手のご家庭が崩壊寸前まで追いやられているんです!あなた、天狗として恥ずかしくないんですか!?一言!何か言ったらどうなんです!!」
突然の事に面食らって動きを止める、文は更に畳み掛けるように言葉を重ね撮影を続ける。
「ご、ごめんなさいっ!こんな大事になるなんて思わなく…いやっ撮らないでっ!ごめんなさい~!」
今の状況にまったく関係ないのに自分の後ろ暗いところを穿り返されて天狗少女は蹲ってしまう。
「一つ!どんなに秘匿しようとも、私は誰よりも速く事件を究明します!そっちのあなた!」
望遠「キャンディッドショット」
「ふんっ!私はあいつと違って後ろ暗いところなどなにも…」
今度は別の硬派そうな天狗少女に迫る文。
「ほう…ピンクのふりふりショーツですか…。あなた、キャラに似合わずかわいらしい趣味してるじゃないですか」
「なぁっ!貴様ぁ!」
いつの間に盗み見たのか天狗少女の下着の色となりを正確に言い当てる文に激昂して迫る天狗少女。
「あらぁ~?いいんですかそんなに激しく動いて…見えてますよ?撮っちゃいますよ?いいんですか?」
「やっやめっ!いやぁああ!」
硬派っぽい天狗少女が攻撃してる最中もしきりとローアングルからシャッターを切り続ける文の前に、ついに羞恥が限界に達した天狗少女がスカートを抑えて蹲る。
「まだまだ行きますよぉ!一つ!私はいかなる勢力にも屈せず幻想郷の皆様にあらゆる角度から検証した情報をお届けします!あなたぁっ!あなたも例外じゃありませんよっ!」
速写「ファストショット」
「ひっ!」
「今日は、あなたの素顔をさらけ出していただきたく、心情的にも物理的にも丸裸になってもらおうと思います!」
――カシャ!カシャ!カシャシャシャシャッ!
先ほどの二人の末路を見てすっかりすくんでしまった天狗少女を容赦なく文のカメラが襲う。
「うーん、いいですねぇ…先ほどの気丈なお顔から一変して怯えを孕んだその瞳…これは熱くなってしまいます!さぁ!一枚脱いでみましょうか!さぁさぁっ!」
「やっ!やだぁーっ!お母さ~んっ…」
恐怖にすくんだところに更に文の尋常ではない熱視線と撮影に襲われ、あえなくべそをかき始める天狗少女その3。
「くっ!奴にこれ以上好き勝手させてたまるか!食らえっ!」
最後に残った天狗少女が果敢に文に対して弾幕を張る。
「そして最後にもう一つ、私の取材はあやふやな情報に頼りません。西へ東へどんな遠方でもこの足と翼で必ず誰よりも速く到達いたします!」
「幻想風靡」
文がもっとも得意とする飛び回りながらの弾幕が形成される。文は天狗少女の張った弾幕の小さな隙間をかいくぐり逆に自分の木の葉手裏剣をばら撒いていく。木の葉手裏剣は絶妙に加減されていて少女達にはけして直撃せず、衣服だけをがりがり切り裂いていく。
「「「「いっ…いやぁああああああああああ!」」」」
――カシャリッ!
「ふふん…私がその気になればざっとこんなものです」
「私が見てきた中でももっとも下世話な戦闘だったわ…」
天狗少女達を激写して『今、大人しく引かなければこの写真…どうなるか判りますね?』と誠心誠意説得した結果、天狗少女達は泣きながら妖怪の山へ帰っていった。天狗少女達の余りの惨状に霊夢はため息交じりの感想を述べる。
「流石だな!惚れ直しちまったよ!」
「うぇっ!あんた思い人があんなんでいいの?」
「なに言ってるんだ、相手にたいした怪我も負わせず真正面から言葉と写真で相手の心を折ったじゃないか!ああいうのもあるんだなぁ!感心した!」
「まぁ…あんたがそれでいいなら私は何も言わないわ…」
よくわからない判断基準でしきりと感心する勇儀に霊夢は何も言えなくなる。しかし、今の状況は打破したがまだ問題はある。
「で?あんたらこの先どうするつもりなのよ?追っ手を返り討ちにしちゃってますます文は重罪って事なんじゃないの?」
『そのことなら心配ないよっ!』
霊夢の心配に何もないところから声がかかる。
――ポンッ!
「よっとぉ~!やーやー諸君っ!元気にヤってたみたいだねぇ~。若い奴はお盛んでうらやましいねぇ~うっひゃっひゃっひゃっ」
「萃香っ!」
何もないところから突如現れた小さな影は萃香であった。
「ところで萃香さん、心配ないとはいったいどういうことで?」
「おーあやっちのことな~、いまさっき天魔に掛け合って今回のことは不問に帰すって約束させてきたんだぁよ」
ふらふらゆらゆらとご機嫌な調子でとんでもないことをサラリと言ってのける萃香。
「うぇっ!?天魔さまにですか?」
「お~、わたしも飲み仲間が減ったら寂しいしな~!なにより勇儀がぶっ飛ばされた貴重な一瞬を見せてくれたお礼だよ~。天魔の奴は助平だからなぁ、わたしがちょっと擦り寄ってやったらイッパツOKだったさ~」
若干聞きたくない天魔の性癖の情報が舞い込んできたがこれでほとんどの問題は片付いた。因みに文は今聞いたこともちゃっかり文花帖に書き込んでいる。
「へぇ…それじゃ、文ははれて妖怪の山に大手を振って帰れるってわけね」
「はい!霊夢さんに萃香さん…いろいろありがとうございます!」
そして…
「それで…えっと勇儀さん…あなたもありがとうございます…。あなたの声で危ないところも何とかこらえることができました…。それで…あの…お、お嫁さんの件です…が…」
「ああ、すまんその事なんだが。アレ無しにしてくれないか?」
――サラリ
文が、若干照れくさそうに勇儀に礼を言い、今回の問題の核心に迫ろうとしたとき。勇儀があっさりと撤回を申し出た。
「「「は?」」」
あまりの急展開に文や霊夢どころか萃香までもがあんぐりと口を開けて呆けてしまう。
「いや~、すまん!お前さんを応援している内にちっと思い出したことがあってねぇ…」
「そ…それは、どういうことですか?わっ…私の他に誰か大事な方でも…?」
自分が過去の勇儀との約束に拘って断ったことなど遥か彼方に追いやって文が勇儀に迫る。
「あ~、その…昔、山でよく面倒を見てた天狗がいてなぁ…そいつに私を超えたら嫁にしてやるって言ってあるんだよ。あれからちっと経っているがまだまだあいつも伸び盛りだろうし。待っていてやらなきゃいけない…」
「勇儀さ…」
勇儀が忘れていたとは言え自分との約束を覚えていてくれたことに胸を詰まらせる文。
「あいつ大きくなったかなぁ…あのくらいの年代にしては小柄だし力も弱かったからなぁ。思えばあれを最後に地獄に引きこもっちまって寂しい思いをさせちまったかもしれないねぇ…」
ひざ位の高さで手のひらを振りその者の小ささをアピールする勇儀に霊夢と萃香は顔を見合わせる。
「な?コイツ馬鹿だろ~?」
「ええ…脳筋もここまで来ると酷いわ…苦労するわね、文も…」
そんな二人のため息も知らず、文は勇儀に問いかける。
「そ…その方のお名前は…『アヤ坊』と言いませんでしたか?」
「おぉっ!知っていたか!あいつは今何してる?元気でやってるのかい?」
いよいよ持ってすれ違っていたことが確信に変わり、文の瞳に歓喜の涙が浮かぶ。
「ええ、とても元気ですよ…いつも幻想郷を飛び回っています」
「そうかー!なら強くなったんだな!平和とは言え今の幻想郷は曲者ぞろいだと聞いたしな!今どの辺にいるんだい?会いに行ってあいつの成長を確かめたい」
さぁ…後一歩、後一歩で長い長い隔たりが一本の線でつながれる。
「強く…成りましたよ…あなたを超えたい一心で。そして、その方は今…あなたの目の前に居ます」
「そうか!そんなに近くに………?」
文の言葉にしきりと懐かしがりながら、勇儀は文の言葉通り目の前に居るはずの『アヤ坊』を探す。
「………ほんと馬鹿だな~」
「ええ…救いようがないわ…」
ため息をつきながら萃香と霊夢はスッと文を指差す。指の指し示す方向に従い勇儀の視線が文に固定する。
「『アヤ坊』は…小さいころの私、射命丸文の愛称です」
――ジ……3.2.1.チンッ!
――ガバッ!ぎゅうぅっ……
「結婚しよう…」
漸く勇儀の頭の中で『アヤ坊』と『射命丸文』が結びついた瞬間であった。二人を別っていた分厚い大地も時間も今はなく、物語は遂に大団円へと向かって…。
「嫌です」
「「「はぁっ!?」」」
行かなかった。
「いまさら思い出して『結婚しよう』ですって?都合がいいにも程があります。私がこの数百年間思っていたことは…勇儀さん!あなたを越えた上でけちょんけちょんに振ってやろうと心に決めていました!」
「おっ…おいっ!ここまで来てそりゃあないんじゃないか!?」
「ちょっ!文!あんた何をっ」
「お~!やったな勇儀!一日に二度も振られるとか表彰ものの恥ずかしさだぞ!うっひゃっひゃっひゃ!」
胸のわだかまりがすっかり抜けた晴れやかな表情で文は飛び立つ。
「私を手に入れたかったら、幻想郷最速である私を捕まえて御覧なさい!それでは!皆さんごきげんよー!」
「まっ!まっておくれぇ~!文ぁー!」
言いたいことを言って文は軽やかに幻想郷の空へと飛び立つ。その後を飛ぶことも忘れて一匹の鬼が追いすがっていく。
「あ~、なるほどね…待たされた分焦らしてやろうって腹なのね。文も結構いいタマねぇ…」
「あっひゃっひゃっ!、見ろ霊夢~!勇儀が階段でこけたぞ~!ばっかだ~っ!あっひゃっひゃっ!」
これより、しばらくの間一人の天狗少女後を必死で追い掛け回す鬼の姿が幻想郷各所で見受けられるようになったとか。
「さぁっ!手加減して上げるから本気で追いかけてきなさいっ!」
「待ってるから!」
********************************************
もうそろそろ引っ込みがつかなくなってきた悪乗り
「はぁ~っはぁ~っ、待て…文…嫁に………」
「あの勇儀さんがこんなに必死に…堪りません!」
(ぞくぞくっ!)
「げふっ…水ぅ~…」
「うふふ…水が欲しいですか?ならば私の元に跪いて懇願するのです!」
「ねぇ萃香…あの二人若干間違った方向に進んでない?」
「あ~?いいんじゃないか~?二人とも楽しそうじゃないか~」
「いいのかなぁ?」
「水ぅ~…嫁ぇ~」
「あっはははは!もっとです!もっと懇願するのです!」
とぅびぃこんてぃにゅーど?
二人に幸あれ!!
文が勇儀に対してバリバリ攻めてる感じが新鮮でした。
作者様の「こういうのが書きたいんだ!」って気持ちがビシビシ伝わってくるようです。
粋で鯔背な、だけどちょっと三枚目の勇儀姐さん。
いじらしくて乙女チックな、だけど少しヒネクレ者のアヤ坊さん。
この二人の鬼ごっこはイイ! 心の底から笑って、そして応援したくなる。
若干文章に硬さとまわりくどさを感じるのですが、これは読み手それぞれで印象が違ってくるのでしょうね。
でもそんな些細なことなんてぶっ飛ばすほど元気になれる物語でした。
ありがとう、作者様!
そのどれもが大変面白かったです。作者さんの良いところがこれでもかと詰まった作品なんじゃないでしょうか。
読んでて思わず唸ってしまいました。とても面白かったです!
頭に血が上ってるって意味じゃあ、間違いではないような、そうでないようなw
誤字がそこそこ、それ以外はテンポも良くて、主張も分かりやすいイイ作品だと想います。
なにより勇儀姐さんがカワイイところがいい。うん、そこがすばらしい。
ってのは冗談で萃香が美味しいとこもって行ってるな
これは良いすいかですね
誤字指摘があった場所について、修正しました。毎度毎度誤字が多くて指摘を下さる皆様には頭が上がりません;;毎度、お世話になっております><。
次回書くときはもっと誤字を減らそうと思うのに、チェックをすり抜ける誤字が憎い!というか僕が鈍いんでしょうが;;ほんとにノリだけで文章書いてると駄目ね(´・ω・`)
でも、今回は真に自分のやりたいことやった結果で皆さんに楽しんでいただけたのはうれしい限りです。
次回も投稿がいつになるかはわかりませんがお暇がありましたらよろしくお願いしますね~!
解かりやすく、爽快感がありました!
すばらしい作品をありがとう!