Coolier - 新生・東方創想話

半分の優しさ

2006/01/08 14:18:43
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「う~師匠~」

幻想郷のはずれ、深い竹林の奥に、その屋敷はあった。

「あらうどんげ、どうしたの?なんだか熱っぽいわよ」

その屋敷、永遠亭の一室で、一人の蓬莱人と一匹の月兎が話していた。

「風邪を引いたみたいで…お薬いただけますか?」
「珍しいわね、あなたが風邪をひくなんて…最近忙しかったからね、あなたにも苦労かけるわ」
「いえ、そんな…」

永遠亭ではここ最近、頻繁に宴会が催され、幻想郷中の人妖が大勢集まっての大騒ぎが連日繰り広げられていた。
もちろん主催者はこの屋敷の主にして稀代の引きこもりNEET姫であり、
実際に宴会の準備・実行・後片付けに奔走するのは、この場にいる一人と一匹をはじめとする配下のもの達である。

「とにかく今日一日ゆっくりお休みなさい。後のことはわたしに任せて、ね?」
「はい、ありがとうございます」

主君である姫と、屋敷で働く地上の兎達のパイプ役でもある彼女は、言わば永遠亭の中間管理職である。
様々な場面において、その肉体と精神には大きな負担がかかる。
今回の風邪も、そんな立場が彼女に与えたストレスが招いたものである可能性が高い。

「ふふ、可愛い弟子のピンチですもの、それぐらい当然」

そんな彼女の苦労をもっとも理解しているのが、彼女の師であるこの蓬莱人であった。
今はただ、その温かい言葉と笑顔が、心地よかった。

「でもちょうどよかったわ、風邪の引き始めによく効く座y」
「座薬はいりません」

月兎―鈴仙・優曇華院・イナバは師たる蓬莱人、八意永琳の言葉を強い口調で遮った。

「…」
「…」
「…風邪なんてツバでもつけてりゃ治るわよ」
「どこに!?」
「うっさいわねえ、とっとと働きなさいよ、このチョビヒゲ」
「ヒドス!さっきと態度が540度くらい違うような気がするんですけどねえ!!?」

そもそも自分にはチョビヒゲなどはえていない。鈴仙は熱でボーッとする頭で必死にツッコミの言葉を探す。

「あら、イナバ、風邪?」

鈴仙が「あんたそんなに座薬を挿したかったんですか」と永琳にツッコミを入れようとしたとき、
部屋の入り口から声がした。

「姫様…」
「てr…姫」
(てるよって言ってた!この薬師今絶対てるよ言うとこだった!!)

先ほどの座薬云々の件の代わりに、心の中で師にツッコミを入れる鈴仙。

「ふふ、あなたって風邪引くのね。ちょっと意外」

そういうと永遠亭の盟主、NEET姫改め蓬莱山輝夜は鈴仙の方を見て微笑む。
一体何が意外なのか、そもそもあんた今までわたしを何だと思ってたんですか。
それはアレか?
暗にナントカは風邪引かないなる都市伝説をわたしに適用してるってスンポーだねオホホですか?

「そういうことはどこぞの湖の氷精にでも言ってください。わたしだって風邪くらい引きますよ」
「何の話?わたしはいつも健康そうなあなたが体調を崩しているから少し驚いただけよ」

少し意地悪そうに笑う輝夜。

「ま、言うわよね?自分で⑨と思う人は⑨じゃないってね…だからあなたは⑨じゃないわよね…イナバ」
(くっ、初歩的な誘導尋問に引っかかってしまった…)

輝夜はこんな調子で、よく鈴仙をからかう。
輝夜にしてみれば、ペット(公式設定)である鈴仙とじゃれあっている程度の意識しかないだろうが、
これがしょっちゅうなのでたちが悪い。
先日の宴会でも、



『座薬を使う兎は、お酒を飲むと耳がへにょってなるのよ』
などとわけのわからない薀蓄を皆に披露し、不覚にも『えっ?』と自分の耳を抑えた鈴仙にむかって、

『もちろんガセビアよ。ただ…マヌケは見つかったようね』
とか言う始末。
もちろん鈴仙は大恥をかき、おまけに永琳はフォローをするどころか

『シブイ!まったくシブイです姫!』
などと輝夜の悪質なイタズラを絶賛していた。



それはともかく。
「風邪引いたんなら薬飲んで寝ることね。病人(人じゃないが)いじってもつまんないし」
「そんな理由で言われても嬉しくないです・・・それに師匠が意地悪して薬くれないんですよ」

少し恨めしげに永琳の方を見ながら鈴仙は言う。

「意地悪なんて心外ね。あなたが薬を選り好みするからいけないんでしょう?」
「選り好みも何も、そもそも選択肢が座薬しかなかったじゃないですか!!」
しれっと言う永琳。自分が悪いという意識、ゼロ。

「座薬は万病の薬よ。私の弟子ならどうしてそれがわからないの!!」
「わかるかああッ!!」
「ほらほら二人とも、ケンカしないの」

輝夜がと師弟の間に入った。

「イナバ、薬を嫌がっちゃ風邪は治らないわよ。言うでしょ?『良薬は尻に苦し』」
「言いませんよ…」
「永琳も、大人気ないわよ」
「ま、まあ、姫がそうおっしゃるのでしたら」

二人の間に漂っていた険悪な雰囲気はどうにかおさまったようだ。

「そこでお薬が苦手なおこちゃまイナバのために、ナイスなアイディアがあるのよ~」

自分は薬が苦手なのではなく、単に座薬関連の話でネタにされるのにうんざりしているだけなのだが。

「この方法を使えば、苦いお薬を飲むことなくグングン熱が下がるわ」
「はあ、それは一体どのような方法で…」
輝夜は自信満々だが、正直あまり期待できない。一体何をやらされることやら。

「ネギよ」
「ネギ?」
鈴仙の頭をよぎったのは、以前どこかで聞いた民間療法の話。
「えっと…たしか…ネギを首に巻いて熱を下げるっていう」

「「違うわね」」

「えっ?」
輝夜と永琳はきれいなユニゾンで鈴仙の言葉を否定した。

「まあ、当たらずとも遠からず、といったところかしら?」
「ウドンゲ…この程度のお約束も見抜けないようじゃ…まだまだね」
二人は鈴仙に向き直ると、再び綺麗なユニゾンで、

「「尻に挿すに決まってるじゃない」」

わかっていた。
なんかもう、姫が自信満々の笑顔で「ネギ」の単語を口にした時点で。
それでも、否定したかった。
「首に巻く」という手段の存在に、一縷の望みを賭け、敢えて話題をそらした。
いや、確かに間違っちゃいないけどさ…方法として。
解熱効果は実際あるらしいし。
けどよ。
結局あんたも師匠と同類なのかよ。
嬉しそうにしやがって。そんなに後ろの穴が好きか。
もしかして蓬莱人に特有の性癖?
不死身の肉体を得た副作用?
じゃあ何あれか。
あの鳳凰娘がハクタクと仲いいのもそこに理由があるの?

以上、鈴仙の心の声。

「というわけでイナバ…善は急げよ」
輝夜は懐から長ネギを取り出す。どうやら最初からこれをやる気で来ていた様だ。

「いやあの、せ、せっかくですけどちょっと今回は遠慮しようかな…なんて」
「だめよ。風邪は引き始めが肝心なんだから。ねえ永琳?」
「もちろんです。ウドンゲ、せっかくの姫の行為、もとい好意を断るわけないわよね?」

輝夜と永琳の顔にはどす黒い笑みが張り付いている。
一片のためらいも感じさせない、そんな凄味のある笑顔だった。
(や…犯られる!!)
毎度の事ながら、貞操の危機を感じる鈴仙。
だが時既に遅し、彼女の体はいつの間にか背後に回りこんだ永琳に羽交い絞めにされてしまっている。

「さあ姫!!今のうちにブスっと!それはもうブスっと!!」
「OKえーりん!SHIMONIDAスタンバイ、標的オン・ザ・ロック」
「あ、あんたたちは自分の弟子ないしペットに何をしようとしているかわかってんのかぁあ!!」

喚きながらなんとか永琳の腕を解こうとする鈴仙。しかし彼女の両腕は万力のような力でロックされている。

「風邪の治療よ」
「風邪の治療ですよね」
「も…もうだめやこの人ら…」
1%も悪びれる様子のない二人に、鈴仙は口からブクブクと泡を吹きながら絶望する。

「では姫、気を取り直して!!」
「よっしゃあ!!再び標的オン・ザ・ロック!」
後で聞いた話だが、どうやら輝夜は『ロックオン』と勘違いしていたらしい。
「ひいぃぃぃ!あっ、ちょ、師匠、なにスカートに手をかけてんですか、ってぎゃああああ!!
そのポーズは嫌ああああ!!」

現在鈴仙は後ろから永琳に両足を抱え込まれ、大股開きで持ち上げられている状態にある。
いわゆる「お○っこポーズ」だ。

「えーりん、ナイス畑中!!」

そう言う輝夜は、長ネギを刀に見立て、牙突零式の構えをとっている。
もちろんその切っ先が狙うのは、開かれた鈴仙の両足の中心――

「いや、まずいから!!それ以上やると完全にひぎぃ展開じゃないですかああ!!」
「ウドンゲ、あなたったらほんっっっとにわかってないのねえ」

先程から最強トーナメントで1回戦敗退した柔道家状態の鈴仙の耳元で、永琳が口を開く。

「『ひぎり』なくして風邪の治療はありえねぇ」
「んなわけあるかあああああ!!!!」
ああ…師匠の背中に鬼の顔が見える…この状態で永琳の姿が見えるはずはないのだが、
鈴仙はなぜだかそう思った。

「さてさて、イナバの覚悟も決まったところで」
決まってない。
「突k…治療の時間といきますか!!」
「いやてめえ今明らかに突貫って言いかけたろニート!!うそですごめんなさいゆるしてひめさま」

輝夜はネギの先端に鈴仙を捉え、じりじりと間合いを詰めてくる。
あと2メートル。

「ちょっと二人とも、マジでシャレになんないから!!このままだとガチでネチョSSですよ!!?」
「永琳、このコ何の話をしているのかしら」
「さあ、兎の言語はよくわかりませんので」

あと1メートル。

「わ~んもうホントに許して下さい~!!もう風邪は自分でなんとかしますから~!!」
「なによ、あんたわたしの座薬が呑めないっていうんでしょ!?そんな子ウチの子じゃありません!!」
「やっぱそこかよ!さっき『座薬』というこのわたしにとってヴォルデモート卿の名前並に不吉な単語を
あんたが言う前に湘北高校バスケ部級の断固たる意志で拒絶したことがそんなに噴飯ものだったのかよ!」

あと30センチ。

「フンパンマン?」
「いや誰だよそれ某顔面非常食ヒーローの新たなる仲間かよだったらそいつの中にはアンコのかわり
に何が入っているんだやはり名前から判断するに思いつく限りで最も嫌な一文字違いのってわたしは
句読点も打たずになんの話をそもそも風邪を引いた頭でこんなこと考えてる時点で悪化の一途をたど
るだけ、ああこんなことならおとなしく座薬を挿されていればって」
「あ・・・あぶなかった・・・あやうく師匠の狡猾な誘導尋問に・・・」
「してないわよ」
「熱のせいで妙な妄想が暴走しちゃってるのね。やっぱり治療が必要。うん、ぐや再確認」

あと5センチ。
ああ、哀れな月兎の後ろの貞操は最高級下ニダネギに奪われてしまうのか!?

「このまま!長ネギを!こいつの!尻の穴に!突っk」
「あっ、窓の外に火の鳥が」
「MOKOTAAAAAAAAANN!!(はぁと」

今まさに長ネギをインサートしようとしていた輝夜は、どこかから聞こえた声が耳に入るや否や窓の格子をぶち破って外に飛び出して行った。

「……」
「……」
「…師匠、放してくれます?」
「…ええ、そうね」

永琳は弟子の体を床にゆっくりと下ろすと、部屋の入り口に立っている人影に声をかける。

「てゐ、あなたね?」
「当然。あのまま掘っといたら、もとい放っといたら完全にネチョwiki行きでしょ?」

言いながら肩をすくめるのは、永遠亭の兎を束ねるリーダーにして幻想郷きっての詐欺師、因幡てゐ。
先程の「火の鳥」発言はもちろん、彼女が発したものである。

「ふふ、大げさね。わたしもあの時点で止めるつもりだったわよ?」

永琳に悪びれる様子は全くない。
(うそだ…絶対にあのままやるつもりだった…)
改めて自らの師に対する恐怖を確認しつつ、鈴仙はとりあえず自分を救った同僚に謝辞を述べる。

「ありがとうね、てゐ。何はともあれ助かったわ」
「いえいえ礼には及ばずよ。人参6本ね」

無料で人助けはしない、まして相手が鈴仙ならばなおさら。それがてゐクォリティ。
もっともこの場合、鈴仙にしてみれば人参6本で貞操が守れるなら安いものである。

「で、なんだっけ?鈴仙風邪引いてるんだよね?」
「ええ、そうよ…って聞いてたの?」
「まあね」
「どこからよ?」
「う~んとね、『う~師匠~』のあたりから」
「1行目からじゃねえかよ!!もっとはよ助けんかい!!」
「いや、心温まる師弟のコミュニケーションに割って入るのにはさすがに気が引けてさぁ」

そんなことより、と言っててゐはいつのまにか右手に持っていたものを差し出す。
「これ…卵?」
「そ。風邪ん時にはやっぱり玉子酒っしょ」
「え…もしかして、てゐが作ってくれるの?」
「…他に誰がいるのよ」

てゐは少し照れたような表情で目をそらす。

「いらないなら無理にとは言わないけど?」
「あ、そ、そんなことないよ。いるいる」

あわてて鈴仙は取り繕う。
正直、意外であった。
てゐは普段から鈴仙をいじったり、だましたり、とにかく輝夜と並んで彼女のため息の原因となっている存在である。
先程も、助けに入るより、輝夜と永琳に混じってネギを突っ込みに来るほうが本来ならば自然な展開である。
そんなてゐが自分の為に玉子酒をつくってきたというのだから、鈴仙は驚きと、同時に――

「ありがとう、てゐ」

喜びを感じた。

「ふ、ふん、別にお礼なんて期待してないんだから。言っとくけどうつさないでよね?」
「うん…がんばってすぐに治すね」
頬を赤くしながらそっぽを向くてゐを見ていると、鈴仙は自然に笑顔になれた。
「~~~~~~~~~~~」
自分に向けられた嬉しそうな笑みに気付き、てゐの顔がますます赤くなる。
「ほ、ほら、今すぐ作るから!!その卵持ってなさいよ!!」
「うん…あれ?」

ところがここにきて問題が生じる。
てゐが鈴仙にわたした卵が妙に大きいのである。
明らかに鶏卵とは違うし、殻の色もなんだかどす黒い。

「何これ?…ダチョウ?」
「知らないわよ」

続いててゐは大きなジョッキに入った液体を取り出す。

「はい、じゃあ卵割るから、こっちに向けて持って」
「え…?えっと、こうかな?」

鈴仙はとりあえず、両手で持った卵を顔の高さまで持ち上げる。

「じゃ、いくよ」
てゐは卵の表面に右拳を当てると、気を鎮めるように押し黙る。
(てゐ…?)
不審に思った鈴仙がてゐに話しかけようとしたその時、


ゴキャァァアッ!!


という音とともに、卵の殻が弾けとんだ。
「え?え?」
鈴仙には何が起こったのかわからない。
おそらくてゐの右拳が割ったのであろう卵は、しかし中身を周囲にぶちまけることなく、
殻の一部―てゐの拳が触れていた部分―に穴が開いているだけである。

「てゐ・・・?」
「20ヵ所余りの間接を駆動させる正拳突きの型―そこから3ヵ所の動きだけ差し引いたもの」
「あ、あの、てゐちゃん?」

てゐはなぜか目を細めながら語りだす。

「20ヵ所の動きから…肩・肘・手首の3ヵ所の動きを引く」
そこまで言っててゐは言葉を切ると、


「17ヵ所も動かせるなら十分に刺さる」


「寸勁かよ!!」

鈴仙は穴の開いた卵を持ったままツッコミを入れる。さっきまでの温かいムードが台無しである。
寸勁で卵がそんな割れ方するか?ということはこの際気にしない。

「あらあらてゐ、とっておきの技をそんなことでばらしちゃっていいの?」
「ヤゴコロ・エイリンと立ち合うときは…寸勁なんてお優しい技は使いません」
にこやかに尋ねた永琳に、不敵な笑顔で答えるてゐ。

「あ、あの…それで、玉子酒…」

鈴仙は先ほどまでの壊れたやりとりのせいか、熱がさらに上がったような気がした。
もう寸勁でもなんでもいいから玉子酒を飲んで寝てしまいたい。

「あ、そうだったわね。じゃ卵の中身、これに入れて」
手に持っていたジョッキの液体を差し出すてゐ。
「…これ何?」
「お酒」
「なんか黄色くて泡立ってるんだけど」
「うん、そりゃビールだし」
「ビール!?」
鈴仙は当然のごとく驚く。そりゃそうだ、ビールで玉子酒を作るなんて聞いた事もない。

「玉子酒って温めたビールにダチョウの卵を入れて作るのよ。鈴仙しらないの?」
「知らないというか…それ、絶対ウソだから…」
「えーっ、そんなことないよ。ちゃんと本で読んだんだから」
「なんの本よ…」
「とにかく早く飲みなさいよ、効くんだから」

鈴仙の手から奪った卵の中身をジョッキに入れ、ビールとかき混ぜ始める。
「ぐ~るぐ~る、と。ハイコレ、あったかいうちに」
「う、うん…」
ジョッキの中の液体はどろりと濁っている上に不気味に泡立っており、しかも生温かい。
(い、嫌過ぎる…)
これを飲んで風邪が快方に向かうとは鈴仙には考えられなかった。むしろ悪化しそうな気がする。

「イヤ?」
(う…)
玉子酒を作った張本人たるてゐは、少し不安げに鈴仙を見つめている。
さらに鈴仙の心の中を見透かしたような発言が、彼女に否定を躊躇わせる。

いつも鈴仙をバカにしているてゐ。
立場上は格下なのに、全く彼女を敬わないてゐ。
そんな彼女が、風邪をひいた鈴仙を気遣って作ってくれた、玉子酒。
普段は本などめったに読まないてゐが、自分の為に作り方を調べてまで作ってくれた、玉子酒。
見た目はともかく、温かく湯気を立てている、玉子酒。
ジョッキ越しに伝わってくるぬくもりは、てゐの真心の温度――そんな考えが頭をよぎった。

「…っ」

鈴仙は覚悟を決め、ジョッキに口をつけると一気に傾ける。

(まずくない!てゐの気持ちが…わたしの可愛い妹分の愛情がいっぱいつまった玉子酒が、
まずいはずがあろうか、いや、ない!!)

ゴクゴク、というよりはドクドクと豪快(?)な音を立て、ジョッキの液体を気合いで飲み干していく鈴仙。

(舌で味わうな!心で味わえ!心!こころ!ココロ!!)

飲み干した。
「ごぷっ…ごちそうさま…」
「鈴仙…」
「ごちそうさま…てゐ、おいしかったわよ…」
「ホントに?」
「うん。もう風邪なんてすぐにでも治っちゃいそう」
必死で笑顔を浮かべ、てゐに礼を述べる。
「えへへ…よかった!感謝しなさいよ、鈴仙!」
「うん。どうもありがとう」
心底嬉しそうなてゐの顔。
これが見れただけでも、苦労してあのステキドリンクを飲み干したかいがあったというものだ。
未だに舌がしびれ、喉の奥に何かが絡んでいる感触がしているのは気のせいだ。うんきっとそうだ。

「じゃあ鈴仙、はやく元気になんなさいよ!」
「そうね、がんばって治すね」
てゐは空になったジョッキを持って部屋を出ていった。

再び師弟二人きりの部屋。
「いいとこあるじゃない、あの娘も」
「そうですね…」
「玉子酒なんてねえ」
「そうですね…」
「…」
「…」
「うどんげ」
「はい」
「もう、我慢しなくていいのよ」
「…本当ですか?」
「ええ。ここにはもう、わたし達しかいないから」
「本当ですよね?わたし、もうゴールしていいんですね?」
「いいのようどんげ。あなたはやりきったんだから」
「そう…ですよね。もう…いいんですね」
鈴仙はそう言うと、大きく息を吸い込んだ。


「ま――ず――い――ぞ――!!!!!!!」


部屋中に響き渡る大声。
「あんなもん飲めるわけねえだろーが!常識で考えろよあのバカ兎!!」
「ホットビールにダチョウの卵だぁ!?どこのモルモル王国の王女様だてめーは!!」
「名状しがたき冒涜的な色をしてる上に卵とビールがそれはもう嫌な感じにブクブク泡立って
外宇宙の邪神を目覚めさせそうな状態だったわ!」
「さらにそれを口に入れたら最後、喉に絡みつく卵の白身と生温かいビールの苦味の間に生じる
不協和音の圧倒的味覚破壊はまさに逆流的胃液の小宇宙!!てゐのやさしさにけっこう感動
してたわたしも、視界が一瞬反転して見えるほどの喉越し不快感にはビビった!!」

決して風邪のせいだけではない青ざめた顔で、一気にまくし立てる鈴仙。
ああ、今のシャウトで確実に2度は上がったな、熱…。

「まあ、あれをほとんど躊躇わず一気にいっちゃうあなたもあなたよねえ」
「そう思うんなら止めてくださいよ…」
「できないわよ。あの娘、今回ばかりはホントに何の裏もなかったのよ?」
そう、てゐは本心から鈴仙のことを心配して玉子酒を作ろうとしていたのだ。

「寸勁まで繰り出して作った玉子酒を、しかも不安げに『イヤ?』とかいいながら差し出してるところに
『それはカダスの蕃神ですらビビる殺人兵器よ』なんて言える?」
「う…それは」
「だからあなたも、あんなに無理して飲んだんでしょう?」
「はい…」
結果はどうあれ、てゐのやさしさが素直に嬉しかったのは事実。
その笑顔を曇らせないためにとった自分の行動に、後悔はないはずだった。

「それにしても、風邪引いてるくせにツッコミが冴え渡ってるわねえ。仮病?」
「そんなわけないですよ…さっきから師匠たちの行動がいつになくツッコミどころ満載だからじゃないですか」
「わたしたちはあなたの心配をしてるだけよ。風邪のせいで疑心暗鬼になっちゃうなんて…かわいそうに…」
「どこが心配してたんですか」
「あら、やっぱり疑ってる?思い出してご覧なさいな、さっきまでわたしたちがやってきたことを」
「えーと、師匠に座薬でcaved!!!!されそうになって、拒否したら冷たくされて、こんどは姫と二人がかりで
やっぱりネギでcaved!!!!されそうになって、なんとか助かったと思ったらこんどはてゐに謎の遊星からの
液体Xを飲まされ…」
「はあ…うどんげ。あなた今までわたしから何を学んできたの?」
永琳はため息をつきながら鈴仙を呆れた目で眺める。

「物事に接するときは常にその本質をよく見なさいって言ってるでしょ」
「本質?」
「そうよ。いい?座薬は外の世界でも使われているれっきとした風の治療薬よ。
お尻にネギも古くから伝わる民間療法で、解熱効果もちゃんとある」
「まあ…そうですけど」
「てゐだって、作り方を間違ってはいたけど、ちゃんと玉子酒(?)を持ってきてくれたでしょう?」
「はあ」
「わかった?わたしたちはみんな、可愛いペットの体を心配して、いろいろ考えてあげてたんだから」
鈴仙の頭に、やさしく手を置く永琳。
「師匠…」
「ふふ、ようやくわかってくれたかしら?」

永琳は優しく弟子の髪を撫でる。

こうされると鈴仙は弱い。今日これまでのこと全てが、自分の被害妄想だったような気さえしてくる。
自分が、体温の急激な上昇を伴うツッコミを強いられてきたこと。
ネギを突っ込もうとしていた輝夜と永琳は、明らかに風邪の治療以外の目的に目を輝かせていたこと。
先ほどの言い方は、輝夜はともかく永琳やてゐにとっても鈴仙はペットであるように聞こえること。
てゐの寸勁は、ハネ上がる本物だったということ。
今の小学生とかは、モルモル王国なんて聞いてもわかんないんだろうなあということ。
鈴仙はもう、師の手が温かいこと、そしていいかげん倒れそうなくらい熱が上がってきていること、
ていうかいいかげんツッコミ疲れたことなどの理由で、これらのことに言及する気が失せていた。

「はい、とりあえずこの錠剤を飲んで寝てることね。ま、明日にはそれなりに良くなるでしょ」
そう言うと永琳は、側にあった机の引き出しから錠剤の入った瓶を取り出す。
「あ・・・ありがとうございます」
それを受け取りながら、とりあえず頭の冷えた鈴仙は改めて永琳に礼を言った。

「すみません師匠・・・なんだかわたし一人で色々と取り乱してしまって・・・」
「ふふ、いいのよ。わたしも病人をからかったりして悪かったわ」
永琳は鈴仙の頭をもう一度軽くなでると、やさしく微笑みかける。
やっぱりからかってたんかい、というツッコミはとりあえず無しで。
「じゃあ、さっき言ったとおり仕事のことは心配しなくていいから。速くその風邪(?)治しなさい」
「はい。それじゃ・・・よろしくお願いします」

ああ、やっぱり師匠は優しいな――鈴仙は心からそう思った。
先ほどの永琳の言葉で、自分の病名の後に(?)がついていたように感じたが、気のせいだろう。
永琳の心遣いに応えるためにも、速く元気になって仕事に戻ろう。
貰った薬の瓶を握り締め、鈴仙は自室へ向かっていった。
ああ、ちょっと優しくされるだけで、ダチョウビール(あったか~い)も一気飲みできれば、
明らかに詭弁もいいとこの永琳の屁理屈にうなずいてしまう。
この純粋すぎる月兎、せめて彼女が部屋に戻り、寝床の中で見る夢が、素晴らしいものであることを祈る限りである。
願わくば、彼女の風邪が一日も早く直りますように。



それから数刻後、彼女の部屋の近くで

「あ…あんの腹黒薬師…やっぱり…座薬のこと…根に持ってやがったな…く、くそ、
おのれ八意永琳…永琳…え…えい…お…お…オクレ兄さん!」

という呻きを、因幡てゐを初めとする数匹の兎が聞いたという。





みすちー、そんな長い爪は危ないよ。
周りの子も危ないし、どこかにぶつかったらはがれちゃうかもしれない。
ちょうど今、爪切りを持ってるんだ。
切ってあげようね。

うん、可愛く切れた。
ああそうだ、ついでに足の爪も切ってあげようか。
うん、そうしよう。
じゃあ、靴下を脱いで。
え?恥ずかしい?
ハハハ、みすちーは可愛いな。



みすちーの爪、長っ!!最近気付きました。
どうも、2回目の投稿、ぐい井戸・御簾田です。
今回はうどんげをいじり倒してみました。ファンの方、そして彼女本人に、土下寝して謝罪。
同じいじられキャラでも、えぐえぐ涙目が似合う美鈴や妖夢と違い、うどんげはひたすらツッコんでいる姿が
しっくり来ます。
ごめんなさい蹴らないで斬らないで挿さないで。
それでは今回も、楽しんでいただけたら幸いです。

ぐい井戸・御簾田
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コメント



0.1890簡易評価
2.70翔菜削除
笑ったので負けです、はい。
っていうかこのてゐってツンd(ry
6.80名前が無い程度の能力削除
>あの鳳凰娘がハクタクと仲いいのもそこに理由があるの?
がツボに入った。この説いいね。

っておやけーねさん、どうしてこんなところにってなんか角が生えt(caved!!
12.90まっぴー削除
座薬、ねぎで一瞬無縁塚どころかえーきさんとラブ裁判しちまったじゃねぇか
(特に『あと1メートル』から先)

マジで殺す気かあんた。
15.100ARB削除
風邪になるとツッコミが冴え渡る・・・と(ぇ
まさか最後でツヨシスペシャルが来るとは思いませんでした
カタストロフ卵ビールを飲んだ鈴仙に幸あれー
16.80名前が無い程度の能力削除
ちょww蓬莱人はケツが命ですかwww


イギリスのエッグスタウトですね。>卵ビール
黒ビールに卵の黄身を落とし、かき混ぜてグイっといったり、好みで蜂蜜などを加えたり。
好き嫌いは分かれますが、普通に作ればそんなゲテモノではなかったり。

・・・いや、もちろん並みの卵の25倍とからしいダチョウのタマゴを、白身ごと丸々ブチ込んでできるのはカオスでしょうけれどおえっぷ。
18.80名前が無い程度の能力削除
下仁田葱は葱の中でも太い部類の根深葱です・・・なんて凶悪な
しばらくは‘しもにた’ねぎを‘しもねた’ねぎと認識しそうです・・・群馬県下仁田の方々、ゴメンナサイ

それ以外にも要所要所でぶっ飛んだネタが・・・お見事でした
26.90A削除
何を飲ませるだァーッ!
今年の風邪は熱が引かないので座薬を処方してくれませんか。
いえ、結構です。自分で入れますので。
いや、ちょ、待っ…自分で入れるって言ってひぎぃ!