『炬燵』
それはわが国における最もポピュラーな暖房器具である。
熱源の上に炬燵机を組み、その上に炬燵布団や場合によって天板を置いたもので床を掘り下げ直接設置する掘り炬燵と、持ち運び可能な置炬燵の二つに大きく分けることができる。
どちらもその温かさや居住性の高さを愛され、古来より現在に至るまで多くの人々を魅了し続けているものである。
だがしかし、光あるところには闇もまた存在することを我々は知っている。
冬の風物詩ともてはやされる一方で、数多の悲劇を生み出してきたことを我々は知っている。
炬燵とはただ温かいだけのものではない。
『あれ』は、魔性の道具である。
そして、ここにも炬燵の魔力に取り付かれた者たちがいた――――――
「で、みんなで仲良く部屋に入ったはいいが、この状況はどうするんだ?」
誰に向けてでもなく魔理沙が呟いた。
「そうね、私としたことがこの運命は予測できなかったわ」
レミリアが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どうする霊夢? 誰か一人仲間はずれができちゃうねぇ」
のんびりとした物言いの萃香だが、その声には困惑の色が見える。
「そんなの知らないよ! 早い者勝ちでいいじゃないのさ!」
この寒さが相当堪えているらしい。お燐が痺れを切らしたように叫んだ。
冬の博麗神社。
外は激しい雪だというのにもかかわらず、ここに霊夢以外の人気が絶える事は無かった。
この日も魔理沙、レミリア、萃香、お燐という常連メンバーが顔を出していた。
普段ならば境内や縁側でお茶でも飲みながら楽しいお喋りに興じるところなのだが、いくら百戦錬磨の彼女達とはいえこの寒さと喧嘩して勝てる道理など無い。
彼女達は神社に遊びに来たのであって、風邪を引きに来たのではないのだ。
「みんなで中の炬燵にでも入りましょう」という霊夢の鶴の一声で、どやどやと家の中に入ったまではよかったが、よもやそこにとてつもない難題が待ち構えているなど誰も想像していなかった。
そう、彼女達はうっかり失念していたのである。
博麗神社には、炬燵は一つしか無いのだ。
決して広いとはいえない和室の中央に、これまた決して大きいとはいえない四角い置炬燵が一つ。
炬燵が四角いということは、座れる面が四つしかないということなのだ。
それに対する人数は全部で五人である。
面が四つに人数が五人。
誰かが一人、余ってしまうのである。
ならばお燐の言うように早い者勝ちでいいじゃないかというような気もするが、いくら勝手気侭な彼女達でもわざわざ人の家に遊びに来てまで喧嘩をするような無粋な真似はしたくない。
炬燵には入りたいがギスギスするのも嫌だ。ジレンマが彼女達を苦しめていた。
「もう我慢できない!あたいは炬燵に潜るよ!!」
「こいつっ、抜け駆けはずるいぞ!」
辛抱たまらず炬燵に飛び込んだお燐に対し、魔理沙がやらせるものかと組み付いた。
お燐は悲痛とも呼べる声を出し必死の抵抗を試みたが、無慈悲にも炬燵の中から引きずり出されてしまった。
みんな炬燵の中で温まりたかっただけだというのに、ついに恐れていたことが、諍いが起こってしまったのだ。
お燐の叫びは彼女一人のものではない。炬燵に入りたいと願う彼女達全員のものだった。
「炬燵が五角形だったなら、こんなことにはならなかったのに…」
悄然とした萃香の言葉をうけて、室内が沈黙に包まれた。
このままではいけない。
部屋の中に冷たい空気が流れていると感じるのは、きっと外が寒いせいだけではないだろう。
この状況を打開するにはどうするべきか?
霊夢は考えた。
策はある。しかしあれは全員が幸せになれるようなものではない。
だが他に方法も思い浮かばない。
やるしか、ないのか……。
「みんな聞いて。私にいい考えがあるの」
意を決した声で霊夢が言った。その声に救いを求めるかのように、一斉に四人が注目する。
「炬燵に入る権利を賭けて、みんなで決闘をしましょう」
決闘だって? 弾幕ごっこでもやるのか? 途端に室内が騒がしくなった。
「炬燵に入りたいけれど、全員入る事は不可能。でも、私もみんなも黙って席を譲るのは嫌。 だから残念だけど決闘で決
着をつけましょう。」
一拍置いて、霊夢は高らかに宣言した。
「名付けて、炬燵取りゲームよ!!」
「炬燵取りゲーム!?」
レミリアが素っ頓狂な声をあげたのも無理はない。
それもそのはず、彼女達にとって決闘といえば弾幕ごっこか弾幕格闘ごっこであって、炬燵取りゲームなど見たことも聞いたこともないのだ。
「ルールについては順番に説明するわ。 まず炬燵取りゲームには絶対に必要な物が一つあるの。それがあれよ」
そう言って霊夢が指差したのは、一台の見るからにボロボロの蓄音機だった。
「何に使うか知らないけど随分とボロッちいね。ちゃんと動くのかい?」
訝しげな萃香の声。霊夢の真意を測りかねているようだ。
「実はこのボロさこそがミソなのよ。無縁塚で拾ったのはいいけれど、針が飛んだり勝手に止まったり酷くてね。 やっぱり
捨てようかと思ってたんだけど、まさか本当にこんな使い方をする事になるとは思わなかったわ」
「あんまりもったいぶるなよ。それでそのオンボロを使ってどうするんだ?」
なかなか本題に入らない霊夢に対し、魔理沙が噛み付いた。
「そうね、ごめんなさい。じゃあここからが本題。ルールはとっても簡単よ。 まず私があの蓄音機で音楽をかけるわ。そうし
たら音楽が掛かっている間、五人で炬燵の周りをぐるぐる回るの。 そのうち勝手に蓄音機が止まるから、止まったら素
早く炬燵の中に入るのよ。炬燵に入れたら勝ちで、入れなかったら負けっていうわけ。勝者は四人で敗者は一人。文句
なしの一回勝負よ。どう? 降りるなら今のうちよ?」
霊夢は皆を見回す。
全員がこの勝負を受ければ誰か一人が寒い思いをすることになるだろう。
かといって戦わずして敗北を認めるなど、彼女達の流儀ではなかった。
「あたいは……、あたいは炬燵に入れるならなんだってやるよ。皆だってそうでしょ?」
覚悟を決めたお燐の言葉に三人が頷いた。その顔はもはや少女のそれではなく、一流の戦士と呼ぶに相応しいものだ。
「みんな異論は無いわね。それじゃあ、始めるわよ……」
寒さか緊張のためか、細い指先を震わせながら霊夢はそっと蓄音機に手をかける。
オンボロの蓄音機から、まるでこの場の空気に似合わない明るくゆったりとした異国の民謡、オクラホマミキサーが流れ始めた。
――――決闘が始まった。
それは静かな戦いだった。
弾幕ごっこのように派手さもなければ、爆音が轟いたりすることも無い。
そこにあるのは蓄音機から聞こえる音楽と、炬燵の周りをぐるりぐるりと回る少女達の姿だけである。
口で言うだけならば非常に間の抜けた光景に見えるかもしれない。
だがしかし、耳を澄ませ、神経を尖らせ、真剣そのものの彼女達の姿を見たならば、笑おうなどという気はすぐにでも失せるだろう。
ぐるり。決着は一瞬。
ぐるり。ぐるり。身を切るような緊張が場を支配する。
ぐるり。ぐるり。ぐるり。
――音楽が、止まった。
/
四つの耳がピクリと動いた。
瞬時に状況を把握する。どうらや真っ先の反応できたのは自分のようだ。
これならいけるとお燐は己の勝利を確信した。
親友のお空がキラキラ光る物を宝箱にしまっているように、さとり様が妹のこいし様を大切にしているように、火車であるお燐にとって、炬燵はかけがえのないもののひとつである。
あの温かさ、あの心地よさは、何事にも変えがたいとお燐は思っている。
しかしペットの多い地霊殿では、炬燵の場所取りは常に戦争そのものだった。
生きることは戦いである。
お燐は今まで数々の戦いに勝利してきた。炬燵の場所取りはもちろんのこと、さとり様の膝の上や昼寝の場所、今の死体運びの仕事だって、就職戦争という名の戦いを勝利して得たものだ。
勝者は栄光を手にし、敗者は涙を飲む。
それがこの世の理。
残酷に見えてもこれが現実なのだ。
(勝つのはあたいさ。勝ってあたいは楽園を手にするんだ)
周りが反応を始める。あの温もりを誰かに渡すわけにはいかない。急がなければ。
(炬燵は猫の領土なのさ。道をあけてもらうよ!!)
お燐はしなやかな肉体を弓のように引き絞る。そこから放たれたのは獣ならではの跳躍であった。
細められた三日月のような瞳は、まさに狩猟者の物だった。
/
レミリアには幻想郷に来て驚いたことがいくつかあったが、中でも炬燵の存在は群を抜いていた。
かつて住んでいた所には炬燵なんて無かった。あれはすごい。
始めって炬燵に入った時、心地よさのあまりトイレに行くことすら億劫になってしまい、危うく炬燵の中で大洪水を引き起こすところだった。
もしもあのまま悲劇が起こっていたらどうなっていただろうか。
新聞の一面にでも載った日には、自分も地下室で五百年ほど引きこもってしまったかもしれない。
「この私をここまで魅了するとは、炬燵とはさぞ高名な悪魔が生み出したに違いない」
そう考えて知識人のパチュリーに話したことがあったが、まさか「炬燵を作ったのは人間よ」と帰ってくるとは思ってもみなかった。
炬燵を生み出したのは人間。
この事実はレミリアを恐怖させた。
手ごわい人間、尊敬に値する人間なら知っているが、人間という種を恐ろしいと感じたのはこれが初めてだったのだ。
だが同時にレミリアはこうも考えた。
「炬燵という悪魔めいた道具は人間の手に余るのではないか」と。
人間は自ら生み出した道具の魔力に溺れ、堕落した生活を送りがちになってしまった。
悪魔として、吸血鬼として、恐るべき炬燵を我が手の内に入れたいと考えるのは当然のことであろう。
ニッと笑い、レミリアはコウモリのような翼を大きく広げた。
(まさかこの私の上をいく奴がいるなんてね。猫め、やるじゃないか)
見ればお燐が今まさに床を蹴る瞬間だった。
面白い。戦いはこうでなきゃいけない。
(悦楽と堕落の象徴である炬燵。この永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットにこそ相応しい――)
/
(思った以上に反応が早い! やれるの……!?)
霊夢は内心焦っていた。もちろん顔は平静を装ったままである。
実を言うと、巫女としての勘が今日の日を、炬燵をめぐって争う日が来ることを予見していたのだ。
「自分の家で炬燵に入れないなんて冗談じゃないわ」
霊夢は来る日に向けて対策を練った。
まず無縁塚に行って、いい具合に壊れかけた蓄音機を拾ってきた。
音の飛び具合、止まり具合も丁度いい。本当に時が来たならこれで勝負を挑んでやろう。
後は練習あるのみである。
自分以外に誰もいない時間を見計らい、何度も何度も一人で炬燵取りゲームの練習をした。
炬燵に潜る角度や速度、最も効率のよいフォームを姿見を用意してまで研究したし、蓄音機の止まるタイミングさえ完璧に覚えていた。
これで自分が負ける要素などどこにもない。はずだった。
(一筋縄では勝たせてもらえない……。そういうことなのね)
流石に妖怪たちの反応速度は人間と比べて段違いだ。あれだけ練習してもこの通りである。
(落ち着くのよ私。こういう勝負は焦ったほうが負けなんだから……)
そうだ、落ち着くんだ。
この炬燵取りゲームは勝者が四人に敗者が一人。四人の内に入ることができればよいのだ。
そう考えると霊夢は気が楽になった。それに、最後に勝利するのはいつも博麗の巫女と決まっているのだから。
/
その昔、人間に騙され打ち倒された日も、こんな寒い雪の日だったと思う。
鬼を退治しに来た人間達は、彼等を油断させるため、二つの土産を手に宴会を開こうと持ちかけたのだ。
人間が持ってきた土産。一つは大量の銘酒、もう一つはそう、炬燵である。
「人間も意外と話せる奴らじゃないか」
炬燵に入り人間と共に酒を酌み交わす。それは楽しい時間だった。
しかしやけに仲間達の酔い潰れるのが速い。普段ならばいつまでも平気で呑み続けるような連中だというのに。
そう、酒は毒酒だったのだ。
白刃が閃き、酔い潰れた仲間達はたいした抵抗もできずに次々と倒されていった。
「まさか……、私達を騙したのか!」
ならば人間と一戦交えるのみ。だが萃香は炬燵から出ることができなかった。毒酒のせいなどではなく、全ては炬燵の魔力である。
鬼斬りの太刀を持った人間が、いざ萃香を打ち倒さんとにじり寄る。
「おのれぇぇぇぇ!! 鬼に横道無きものをぉぉぉぉぉ!!!!」
たしかこんな感じだった気がする。
正直ずいぶん昔のことであるうえ、しこたま呑んでいたのでよく覚えていないというのが本当のところなのだが。
それにしても苦い思い出のある(はず)の炬燵をめぐって争うことになるとは、我ながら業の深い話である。
しかしそれでも萃香は戦うのである。決闘を挑まれてしり込みするほど鬼は落ちぶれていないのだ。
/
魔理沙は完全に出遅れていた。
人間と妖怪の間には、確かに越えられない壁というものが存在する。
白玉楼で開かれた大食い大会や、アリスと行った縁日での型抜き勝負など、力の差を痛感したことは数限りない。
しかし、だからどうしたと魔理沙は思う。
人間は知恵を使い、努力する生き物なのだ。
もしかしたら自分には魔法の才能なんてないかもしれない。けれども知恵と努力で今までやってこれたじゃないか。
妖怪の強大な力にも憧れるが、今はまだ、このままでいい。
(そうさ、そう簡単に負けやしないぜ)
妖怪相手に反射神経で勝てないことぐらい初めから分かっている。
だから策を用意した。
ぐるりぐるりと回っている間、全身に魔力を溜め込んでいたのだ。
この魔力を一気に解放すれば瞬間的に天狗をも上回るスピードが出せるはずだ。
だがここは室内。下手をすれば自滅ではすまないことになるかも知れない。
(勇気を出せ女の子! 炬燵はお前の物だ!!)
心の中で自分を叱咤する。
どんな勝負でも全力を尽くす。それが相手への礼儀でもあるし、自分の誇りでもある。
決意を胸に、溜め込んだ魔力を完全に開放する。魔理沙は頭から炬燵に飛び込んでいった。
/
刹那の瞬間、五人の思いが交錯する。
それぞれの思いを抱いた五人はほぼ同時に炬燵へと到達し、炬燵は――――
――――もはや炬燵の形をしていなかった。
彼女達の炬燵に懸ける執念という名のエネルギーが、当の炬燵の中で行き場を失い大爆発を引き起こしたのだ。
その爆発によって引き裂かれた炬燵布団は綿を撒き散らしながら雪のように降り注ぎ、炬燵机は四散して、さながら霊夢の陰陽玉のように室内を跳ね回った。
天板にいたっては壁を突き破って境内まで飛んでいってしまったという有様である。
それは惨劇と呼ぶにふさわしいものだった。
この炬燵取りゲームに参加していたのは妖怪と、妖怪に匹敵する人間である。
並の人間をはるかに凌駕する彼女達が、決して大きいとはいえない炬燵に一斉に飛び掛ったらどうなるのか普段の彼女達なら想像できたのかもしれない。
しかし炬燵を求めて止まない彼女達の心には、そんなことを考える余裕などなかったのである。
「魔理沙ぁ!! いきなり頭から突っ込むから炬燵が壊れちゃったじゃないか!」
「なんだと! お前のばか力がいけないんだろうが! 私のせいにするなよ!!」
萃香と魔理沙が罵り合いをはじめた。
吹き込む寒風がさらに二人の心を荒ませる。こんな現実、認めたくなかった。
「これが、運命…………」
喧嘩の声を背景に、レミリアは茫然と呟いた。
本当は今頃、みんなで楽しく炬燵に入っているはずだったじゃないか。
それがあれよという間に決闘をすることになって、炬燵は壊れてしまって……。
どうしてこうなった。
畳はめくれ上がり、障子もふすまも穴だらけ。天板が突き抜けた跡など人ひとり楽に通れるほどだ。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったのに。
誰もが後悔していた。
「寒い……。寒いよ霊夢……」
お燐が震えながら霊夢にすがりついた。
霊夢には、そんなお燐をただ抱きしめてやることしかできなかった。
/
荒れ果てた博麗神社。
あちこちに応急処置として貼り付けられた文々。新聞が、戦いの激しさを物語っている。
結局、あの荒みきった場を救ったのはオンボロの蓄音機だった。
再び動き出した蓄音機から流れ出る、オクラホマミキサーのどこか気の抜けたメロディーがギスギスした空気を完全に吹き飛ばしたのだ。
ゆるんだ空気の中、霊夢が突然笑い出した。
ついに気でも違ったかと四人がギョッとして霊夢を見たがそうではなかった。
霊夢は泣いていた。泣きながらこれでよかったと笑っていたのだ。
誰もがすぐにその意味を悟った。
もしかしたら、再びオクラホマミキサーが流れなければ、自分達は炬燵よりもっと大切な物を失っていたかもしれない。
五人で笑った。声の限り笑った。
失ったのが炬燵だけで済んでよかった。本当によかった。
「ねー魔理沙ー、これもう煮えたー?」
鍋の中でぐつぐつと踊る鴨団子を指してレミリアが尋ねる。
今、少女達は仲直りの意味も込め、車座になって鍋を囲んでいた。
隙間風は容赦なく入ってくるが、あまり寒いと感じないのは立ち上る湯気のせいだけではないだろう。
「あー、これはもう少しだな。こっちはいけるぞ。ほら、皿かしな」
魔理沙がいっぱい食って大きくなれよといわんばかりの量をレミリアの皿に取り寄せる。
身体が温まってきたせいだろうか、いつもより優しくなれている気がした。
「いいなー、あたいにも取っておくれよぅ~」
お燐が甘えた声を出した。
萃香から借りた伊吹瓢を大事そうに抱え、幸せな顔をしている。
「萃香、あんまり飲ませすぎるなよ。お燐の奴もうべろんべろんだぞ」
「何、宴会の席なんだからいいじゃないか。少し火、強めるよ」
鍋に下に敷いたミニ八卦路の火をいじりつつ、萃香は無礼講、無礼講と笑った。
そんな四人を眺めて霊夢は思ったのだ。
自分達は炬燵の魔力に囚えられてしまった。
もう二度とあんな悲劇を繰り返さないよう、強い力を持つ道具とは付き合い方を考えなければいけない。
炬燵を憎むのではない。程よい距離感を保つことで炬燵は自分達の良きパートナーになるだろう。
大切な友人と炬燵とでこの冬を過ごしていけたなら、それはきっと素敵な時間になるに違いない。
「どうしたの霊夢、ボーっとして。食欲無いなら私が全部食べちゃうよ?」
大きく身体を乗り出しながら、レミリアは霊夢を覗き込んだ。
「ちゃんと私の分も残しときなさいよ。まったく、ずいぶん箸の扱いが上手になったと思えばこれなんだから……」
霊夢が苦笑する。言葉とは裏腹に、その響きは優しかった。
宴会はもうしばらく続きそうだ。
後ろでは、あの蓄音機が途切れ途切れに音楽を奏でていた。
それはわが国における最もポピュラーな暖房器具である。
熱源の上に炬燵机を組み、その上に炬燵布団や場合によって天板を置いたもので床を掘り下げ直接設置する掘り炬燵と、持ち運び可能な置炬燵の二つに大きく分けることができる。
どちらもその温かさや居住性の高さを愛され、古来より現在に至るまで多くの人々を魅了し続けているものである。
だがしかし、光あるところには闇もまた存在することを我々は知っている。
冬の風物詩ともてはやされる一方で、数多の悲劇を生み出してきたことを我々は知っている。
炬燵とはただ温かいだけのものではない。
『あれ』は、魔性の道具である。
そして、ここにも炬燵の魔力に取り付かれた者たちがいた――――――
「で、みんなで仲良く部屋に入ったはいいが、この状況はどうするんだ?」
誰に向けてでもなく魔理沙が呟いた。
「そうね、私としたことがこの運命は予測できなかったわ」
レミリアが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「どうする霊夢? 誰か一人仲間はずれができちゃうねぇ」
のんびりとした物言いの萃香だが、その声には困惑の色が見える。
「そんなの知らないよ! 早い者勝ちでいいじゃないのさ!」
この寒さが相当堪えているらしい。お燐が痺れを切らしたように叫んだ。
冬の博麗神社。
外は激しい雪だというのにもかかわらず、ここに霊夢以外の人気が絶える事は無かった。
この日も魔理沙、レミリア、萃香、お燐という常連メンバーが顔を出していた。
普段ならば境内や縁側でお茶でも飲みながら楽しいお喋りに興じるところなのだが、いくら百戦錬磨の彼女達とはいえこの寒さと喧嘩して勝てる道理など無い。
彼女達は神社に遊びに来たのであって、風邪を引きに来たのではないのだ。
「みんなで中の炬燵にでも入りましょう」という霊夢の鶴の一声で、どやどやと家の中に入ったまではよかったが、よもやそこにとてつもない難題が待ち構えているなど誰も想像していなかった。
そう、彼女達はうっかり失念していたのである。
博麗神社には、炬燵は一つしか無いのだ。
決して広いとはいえない和室の中央に、これまた決して大きいとはいえない四角い置炬燵が一つ。
炬燵が四角いということは、座れる面が四つしかないということなのだ。
それに対する人数は全部で五人である。
面が四つに人数が五人。
誰かが一人、余ってしまうのである。
ならばお燐の言うように早い者勝ちでいいじゃないかというような気もするが、いくら勝手気侭な彼女達でもわざわざ人の家に遊びに来てまで喧嘩をするような無粋な真似はしたくない。
炬燵には入りたいがギスギスするのも嫌だ。ジレンマが彼女達を苦しめていた。
「もう我慢できない!あたいは炬燵に潜るよ!!」
「こいつっ、抜け駆けはずるいぞ!」
辛抱たまらず炬燵に飛び込んだお燐に対し、魔理沙がやらせるものかと組み付いた。
お燐は悲痛とも呼べる声を出し必死の抵抗を試みたが、無慈悲にも炬燵の中から引きずり出されてしまった。
みんな炬燵の中で温まりたかっただけだというのに、ついに恐れていたことが、諍いが起こってしまったのだ。
お燐の叫びは彼女一人のものではない。炬燵に入りたいと願う彼女達全員のものだった。
「炬燵が五角形だったなら、こんなことにはならなかったのに…」
悄然とした萃香の言葉をうけて、室内が沈黙に包まれた。
このままではいけない。
部屋の中に冷たい空気が流れていると感じるのは、きっと外が寒いせいだけではないだろう。
この状況を打開するにはどうするべきか?
霊夢は考えた。
策はある。しかしあれは全員が幸せになれるようなものではない。
だが他に方法も思い浮かばない。
やるしか、ないのか……。
「みんな聞いて。私にいい考えがあるの」
意を決した声で霊夢が言った。その声に救いを求めるかのように、一斉に四人が注目する。
「炬燵に入る権利を賭けて、みんなで決闘をしましょう」
決闘だって? 弾幕ごっこでもやるのか? 途端に室内が騒がしくなった。
「炬燵に入りたいけれど、全員入る事は不可能。でも、私もみんなも黙って席を譲るのは嫌。 だから残念だけど決闘で決
着をつけましょう。」
一拍置いて、霊夢は高らかに宣言した。
「名付けて、炬燵取りゲームよ!!」
「炬燵取りゲーム!?」
レミリアが素っ頓狂な声をあげたのも無理はない。
それもそのはず、彼女達にとって決闘といえば弾幕ごっこか弾幕格闘ごっこであって、炬燵取りゲームなど見たことも聞いたこともないのだ。
「ルールについては順番に説明するわ。 まず炬燵取りゲームには絶対に必要な物が一つあるの。それがあれよ」
そう言って霊夢が指差したのは、一台の見るからにボロボロの蓄音機だった。
「何に使うか知らないけど随分とボロッちいね。ちゃんと動くのかい?」
訝しげな萃香の声。霊夢の真意を測りかねているようだ。
「実はこのボロさこそがミソなのよ。無縁塚で拾ったのはいいけれど、針が飛んだり勝手に止まったり酷くてね。 やっぱり
捨てようかと思ってたんだけど、まさか本当にこんな使い方をする事になるとは思わなかったわ」
「あんまりもったいぶるなよ。それでそのオンボロを使ってどうするんだ?」
なかなか本題に入らない霊夢に対し、魔理沙が噛み付いた。
「そうね、ごめんなさい。じゃあここからが本題。ルールはとっても簡単よ。 まず私があの蓄音機で音楽をかけるわ。そうし
たら音楽が掛かっている間、五人で炬燵の周りをぐるぐる回るの。 そのうち勝手に蓄音機が止まるから、止まったら素
早く炬燵の中に入るのよ。炬燵に入れたら勝ちで、入れなかったら負けっていうわけ。勝者は四人で敗者は一人。文句
なしの一回勝負よ。どう? 降りるなら今のうちよ?」
霊夢は皆を見回す。
全員がこの勝負を受ければ誰か一人が寒い思いをすることになるだろう。
かといって戦わずして敗北を認めるなど、彼女達の流儀ではなかった。
「あたいは……、あたいは炬燵に入れるならなんだってやるよ。皆だってそうでしょ?」
覚悟を決めたお燐の言葉に三人が頷いた。その顔はもはや少女のそれではなく、一流の戦士と呼ぶに相応しいものだ。
「みんな異論は無いわね。それじゃあ、始めるわよ……」
寒さか緊張のためか、細い指先を震わせながら霊夢はそっと蓄音機に手をかける。
オンボロの蓄音機から、まるでこの場の空気に似合わない明るくゆったりとした異国の民謡、オクラホマミキサーが流れ始めた。
――――決闘が始まった。
それは静かな戦いだった。
弾幕ごっこのように派手さもなければ、爆音が轟いたりすることも無い。
そこにあるのは蓄音機から聞こえる音楽と、炬燵の周りをぐるりぐるりと回る少女達の姿だけである。
口で言うだけならば非常に間の抜けた光景に見えるかもしれない。
だがしかし、耳を澄ませ、神経を尖らせ、真剣そのものの彼女達の姿を見たならば、笑おうなどという気はすぐにでも失せるだろう。
ぐるり。決着は一瞬。
ぐるり。ぐるり。身を切るような緊張が場を支配する。
ぐるり。ぐるり。ぐるり。
――音楽が、止まった。
/
四つの耳がピクリと動いた。
瞬時に状況を把握する。どうらや真っ先の反応できたのは自分のようだ。
これならいけるとお燐は己の勝利を確信した。
親友のお空がキラキラ光る物を宝箱にしまっているように、さとり様が妹のこいし様を大切にしているように、火車であるお燐にとって、炬燵はかけがえのないもののひとつである。
あの温かさ、あの心地よさは、何事にも変えがたいとお燐は思っている。
しかしペットの多い地霊殿では、炬燵の場所取りは常に戦争そのものだった。
生きることは戦いである。
お燐は今まで数々の戦いに勝利してきた。炬燵の場所取りはもちろんのこと、さとり様の膝の上や昼寝の場所、今の死体運びの仕事だって、就職戦争という名の戦いを勝利して得たものだ。
勝者は栄光を手にし、敗者は涙を飲む。
それがこの世の理。
残酷に見えてもこれが現実なのだ。
(勝つのはあたいさ。勝ってあたいは楽園を手にするんだ)
周りが反応を始める。あの温もりを誰かに渡すわけにはいかない。急がなければ。
(炬燵は猫の領土なのさ。道をあけてもらうよ!!)
お燐はしなやかな肉体を弓のように引き絞る。そこから放たれたのは獣ならではの跳躍であった。
細められた三日月のような瞳は、まさに狩猟者の物だった。
/
レミリアには幻想郷に来て驚いたことがいくつかあったが、中でも炬燵の存在は群を抜いていた。
かつて住んでいた所には炬燵なんて無かった。あれはすごい。
始めって炬燵に入った時、心地よさのあまりトイレに行くことすら億劫になってしまい、危うく炬燵の中で大洪水を引き起こすところだった。
もしもあのまま悲劇が起こっていたらどうなっていただろうか。
新聞の一面にでも載った日には、自分も地下室で五百年ほど引きこもってしまったかもしれない。
「この私をここまで魅了するとは、炬燵とはさぞ高名な悪魔が生み出したに違いない」
そう考えて知識人のパチュリーに話したことがあったが、まさか「炬燵を作ったのは人間よ」と帰ってくるとは思ってもみなかった。
炬燵を生み出したのは人間。
この事実はレミリアを恐怖させた。
手ごわい人間、尊敬に値する人間なら知っているが、人間という種を恐ろしいと感じたのはこれが初めてだったのだ。
だが同時にレミリアはこうも考えた。
「炬燵という悪魔めいた道具は人間の手に余るのではないか」と。
人間は自ら生み出した道具の魔力に溺れ、堕落した生活を送りがちになってしまった。
悪魔として、吸血鬼として、恐るべき炬燵を我が手の内に入れたいと考えるのは当然のことであろう。
ニッと笑い、レミリアはコウモリのような翼を大きく広げた。
(まさかこの私の上をいく奴がいるなんてね。猫め、やるじゃないか)
見ればお燐が今まさに床を蹴る瞬間だった。
面白い。戦いはこうでなきゃいけない。
(悦楽と堕落の象徴である炬燵。この永遠に紅い幼き月、レミリア・スカーレットにこそ相応しい――)
/
(思った以上に反応が早い! やれるの……!?)
霊夢は内心焦っていた。もちろん顔は平静を装ったままである。
実を言うと、巫女としての勘が今日の日を、炬燵をめぐって争う日が来ることを予見していたのだ。
「自分の家で炬燵に入れないなんて冗談じゃないわ」
霊夢は来る日に向けて対策を練った。
まず無縁塚に行って、いい具合に壊れかけた蓄音機を拾ってきた。
音の飛び具合、止まり具合も丁度いい。本当に時が来たならこれで勝負を挑んでやろう。
後は練習あるのみである。
自分以外に誰もいない時間を見計らい、何度も何度も一人で炬燵取りゲームの練習をした。
炬燵に潜る角度や速度、最も効率のよいフォームを姿見を用意してまで研究したし、蓄音機の止まるタイミングさえ完璧に覚えていた。
これで自分が負ける要素などどこにもない。はずだった。
(一筋縄では勝たせてもらえない……。そういうことなのね)
流石に妖怪たちの反応速度は人間と比べて段違いだ。あれだけ練習してもこの通りである。
(落ち着くのよ私。こういう勝負は焦ったほうが負けなんだから……)
そうだ、落ち着くんだ。
この炬燵取りゲームは勝者が四人に敗者が一人。四人の内に入ることができればよいのだ。
そう考えると霊夢は気が楽になった。それに、最後に勝利するのはいつも博麗の巫女と決まっているのだから。
/
その昔、人間に騙され打ち倒された日も、こんな寒い雪の日だったと思う。
鬼を退治しに来た人間達は、彼等を油断させるため、二つの土産を手に宴会を開こうと持ちかけたのだ。
人間が持ってきた土産。一つは大量の銘酒、もう一つはそう、炬燵である。
「人間も意外と話せる奴らじゃないか」
炬燵に入り人間と共に酒を酌み交わす。それは楽しい時間だった。
しかしやけに仲間達の酔い潰れるのが速い。普段ならばいつまでも平気で呑み続けるような連中だというのに。
そう、酒は毒酒だったのだ。
白刃が閃き、酔い潰れた仲間達はたいした抵抗もできずに次々と倒されていった。
「まさか……、私達を騙したのか!」
ならば人間と一戦交えるのみ。だが萃香は炬燵から出ることができなかった。毒酒のせいなどではなく、全ては炬燵の魔力である。
鬼斬りの太刀を持った人間が、いざ萃香を打ち倒さんとにじり寄る。
「おのれぇぇぇぇ!! 鬼に横道無きものをぉぉぉぉぉ!!!!」
たしかこんな感じだった気がする。
正直ずいぶん昔のことであるうえ、しこたま呑んでいたのでよく覚えていないというのが本当のところなのだが。
それにしても苦い思い出のある(はず)の炬燵をめぐって争うことになるとは、我ながら業の深い話である。
しかしそれでも萃香は戦うのである。決闘を挑まれてしり込みするほど鬼は落ちぶれていないのだ。
/
魔理沙は完全に出遅れていた。
人間と妖怪の間には、確かに越えられない壁というものが存在する。
白玉楼で開かれた大食い大会や、アリスと行った縁日での型抜き勝負など、力の差を痛感したことは数限りない。
しかし、だからどうしたと魔理沙は思う。
人間は知恵を使い、努力する生き物なのだ。
もしかしたら自分には魔法の才能なんてないかもしれない。けれども知恵と努力で今までやってこれたじゃないか。
妖怪の強大な力にも憧れるが、今はまだ、このままでいい。
(そうさ、そう簡単に負けやしないぜ)
妖怪相手に反射神経で勝てないことぐらい初めから分かっている。
だから策を用意した。
ぐるりぐるりと回っている間、全身に魔力を溜め込んでいたのだ。
この魔力を一気に解放すれば瞬間的に天狗をも上回るスピードが出せるはずだ。
だがここは室内。下手をすれば自滅ではすまないことになるかも知れない。
(勇気を出せ女の子! 炬燵はお前の物だ!!)
心の中で自分を叱咤する。
どんな勝負でも全力を尽くす。それが相手への礼儀でもあるし、自分の誇りでもある。
決意を胸に、溜め込んだ魔力を完全に開放する。魔理沙は頭から炬燵に飛び込んでいった。
/
刹那の瞬間、五人の思いが交錯する。
それぞれの思いを抱いた五人はほぼ同時に炬燵へと到達し、炬燵は――――
――――もはや炬燵の形をしていなかった。
彼女達の炬燵に懸ける執念という名のエネルギーが、当の炬燵の中で行き場を失い大爆発を引き起こしたのだ。
その爆発によって引き裂かれた炬燵布団は綿を撒き散らしながら雪のように降り注ぎ、炬燵机は四散して、さながら霊夢の陰陽玉のように室内を跳ね回った。
天板にいたっては壁を突き破って境内まで飛んでいってしまったという有様である。
それは惨劇と呼ぶにふさわしいものだった。
この炬燵取りゲームに参加していたのは妖怪と、妖怪に匹敵する人間である。
並の人間をはるかに凌駕する彼女達が、決して大きいとはいえない炬燵に一斉に飛び掛ったらどうなるのか普段の彼女達なら想像できたのかもしれない。
しかし炬燵を求めて止まない彼女達の心には、そんなことを考える余裕などなかったのである。
「魔理沙ぁ!! いきなり頭から突っ込むから炬燵が壊れちゃったじゃないか!」
「なんだと! お前のばか力がいけないんだろうが! 私のせいにするなよ!!」
萃香と魔理沙が罵り合いをはじめた。
吹き込む寒風がさらに二人の心を荒ませる。こんな現実、認めたくなかった。
「これが、運命…………」
喧嘩の声を背景に、レミリアは茫然と呟いた。
本当は今頃、みんなで楽しく炬燵に入っているはずだったじゃないか。
それがあれよという間に決闘をすることになって、炬燵は壊れてしまって……。
どうしてこうなった。
畳はめくれ上がり、障子もふすまも穴だらけ。天板が突き抜けた跡など人ひとり楽に通れるほどだ。
こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったのに。
誰もが後悔していた。
「寒い……。寒いよ霊夢……」
お燐が震えながら霊夢にすがりついた。
霊夢には、そんなお燐をただ抱きしめてやることしかできなかった。
/
荒れ果てた博麗神社。
あちこちに応急処置として貼り付けられた文々。新聞が、戦いの激しさを物語っている。
結局、あの荒みきった場を救ったのはオンボロの蓄音機だった。
再び動き出した蓄音機から流れ出る、オクラホマミキサーのどこか気の抜けたメロディーがギスギスした空気を完全に吹き飛ばしたのだ。
ゆるんだ空気の中、霊夢が突然笑い出した。
ついに気でも違ったかと四人がギョッとして霊夢を見たがそうではなかった。
霊夢は泣いていた。泣きながらこれでよかったと笑っていたのだ。
誰もがすぐにその意味を悟った。
もしかしたら、再びオクラホマミキサーが流れなければ、自分達は炬燵よりもっと大切な物を失っていたかもしれない。
五人で笑った。声の限り笑った。
失ったのが炬燵だけで済んでよかった。本当によかった。
「ねー魔理沙ー、これもう煮えたー?」
鍋の中でぐつぐつと踊る鴨団子を指してレミリアが尋ねる。
今、少女達は仲直りの意味も込め、車座になって鍋を囲んでいた。
隙間風は容赦なく入ってくるが、あまり寒いと感じないのは立ち上る湯気のせいだけではないだろう。
「あー、これはもう少しだな。こっちはいけるぞ。ほら、皿かしな」
魔理沙がいっぱい食って大きくなれよといわんばかりの量をレミリアの皿に取り寄せる。
身体が温まってきたせいだろうか、いつもより優しくなれている気がした。
「いいなー、あたいにも取っておくれよぅ~」
お燐が甘えた声を出した。
萃香から借りた伊吹瓢を大事そうに抱え、幸せな顔をしている。
「萃香、あんまり飲ませすぎるなよ。お燐の奴もうべろんべろんだぞ」
「何、宴会の席なんだからいいじゃないか。少し火、強めるよ」
鍋に下に敷いたミニ八卦路の火をいじりつつ、萃香は無礼講、無礼講と笑った。
そんな四人を眺めて霊夢は思ったのだ。
自分達は炬燵の魔力に囚えられてしまった。
もう二度とあんな悲劇を繰り返さないよう、強い力を持つ道具とは付き合い方を考えなければいけない。
炬燵を憎むのではない。程よい距離感を保つことで炬燵は自分達の良きパートナーになるだろう。
大切な友人と炬燵とでこの冬を過ごしていけたなら、それはきっと素敵な時間になるに違いない。
「どうしたの霊夢、ボーっとして。食欲無いなら私が全部食べちゃうよ?」
大きく身体を乗り出しながら、レミリアは霊夢を覗き込んだ。
「ちゃんと私の分も残しときなさいよ。まったく、ずいぶん箸の扱いが上手になったと思えばこれなんだから……」
霊夢が苦笑する。言葉とは裏腹に、その響きは優しかった。
宴会はもうしばらく続きそうだ。
後ろでは、あの蓄音機が途切れ途切れに音楽を奏でていた。
なんかそんな言葉が思い浮かびました。体は寒くても心が暖かければいい。
斜め方向からの一斉のスライディングにより炬燵の足に全員足の小指をぶつけて阿鼻叫喚なオチを想像してましたのに……
なんて素敵なオチなんだ。そこに至るまではアホすぎるのに……
ていうかお燐が猫型になって炬燵の中に潜ればよかったんじゃないのか……?
|,'^⌒^ヽ
ノ( 从从i)
/ ノi゚∀゚ノ) <萃香を膝の上に乗せるのもアリよね…
//\ ̄ ̄ ̄\
// ※.\___\
\\※ ※ ※ ※ ※ヽ
\`ー──────ヽ
和んだわー
可愛すぎる
しかし、たかだか数分の勝負に、このクオリティ。
炬燵のことで人間に畏怖する、レミリアや萃香がすごく可愛く思えた。
「おのれぇぇぇぇ!! 鬼に横道無きものをぉぉぉぉぉ!!!!」
そしてこの台詞が自分のなかでMVPを取った。
何故か分からないけど、すごく心に残ってしまい、そこだけ何度も読み直しました。
ん~、この萃香はもって返りたいw