―――― そろり、そろり。
私はゆっくりと歩いていく。音を立てないように、こっそりと…
大丈夫。あの人はこっちを見ていない。
もう少し、もう少しで辿り着ける。
アレを手に入れるまであと三歩。
イケル!私なら絶対に出来ル!!
なんだ、難しいっていうから心配してたけど思ったよりも簡単そうじゃな―――
「駄目よ。ぬえちゃん」
「い゛っ?!」
目的のブツまでもう少しという所で、気付いていないと思っていたその人、聖 白蓮が振り返る。
顔には「またですか」という呆れた表情が浮かんでいた。まあ、ようするに最初からバレてたということだ。
「何度も言っていますが、つまみ食いはいけません」
「ゴ、ゴメンなさい。白蓮」
「……もう、すぐに晩御飯も出来ますから居間でみんなと待っていて下さいな」
「は、はい! じゃあ後でね、白蓮」
ここは命蓮寺の台所。私は料理をしている白蓮の目を盗んでつまみ食い作戦を決行していたのだった。でも、さっきまでの自信がどこかに行ってしまったかのように今はビクビクと後ずさることしか出来ない。
アハハ…と笑いながら一歩ずつ下がっていく私を白蓮が呼び止めた。
「あ、そういえば今日は和食にしようと思うのだけど大丈夫? 好き嫌いはあるかしら?」
「ううん、私は和食も好きだよ。とくに嫌いなものもないわ」
できるだけ明るく返事を返す。戸口までもう少し、早くここから逃げ出したかった……。
「あら、いいお返事ね。好き嫌いがないのは良いことです。ああ、食の世界に光が満ちる。そうよね―――フランちゃん」
「ええ、そうよ! 私は好き嫌いなんて……えっ!?」
白蓮が私の名前を呼んだ。いや、ちょっと待って、今の私はぬえになっているはずなのに……なんでバレたの? どうして? 冷や汗が止まらない。
「ば、ばか!! そこで釣られないでよ」
その時、私の背後から声が聞こえた。
「ふーん、本物はそこにいるのね。出てきなさい、ぬえちゃん」
「げっ!? しまった!!」
ちょうど戸から死角になっている場所から本物のぬえが気まずそうに出てくる。
今の白蓮には目の前にぬえが二人並んでいるように見えるのかな?
「ちぇっ、なんで気付いたのさ? 正体不明の種で完璧にフランは私の姿に変身していたはず。ずっと前からつまみ食いは私がやっていると思い込ませていたはずなのに…どうして、聖?」
そう、これはぬえの作戦。以前からつまみ食いの常習犯として何度も台所に侵入しては失敗に終わっていたらしいのだが、今回はその失敗を逆手にとるという大胆な作戦を思いついたようで、私に協力をお願いしてきたのだ。
私なら白蓮とは知り合って間もないから正体不明の種が効きやすいとの理由で囮役に抜擢された。
そして、その作戦内容とは、
1.まず始めに姿を変えた私が台所に乗り込む。
2.きっとバレるからその時は大人しく戻るフリをする。
3.それを見た白蓮は安心して料理を再開。
4.そうやって油断した隙を突いて本人(ぬえ)が攻める。
という手筈だった。
よくもまあこんな変ないたずらを思い付くもんだと感心する。そんな作戦に乗った私も大概だけどね。だって面白そうだったんだもん。
そんなことよりも今はなぜ白蓮は私に気付いたのかが興味ある。
「ねえ、私も知りたいな。なんで私だって分かったの? 最初はぬえって呼んだよね。それは私がぬえに見えていたってこと?」
「ええそうです。さっきまでは本当にぬえちゃんだと思っていたわ。こんなことするのはぬえちゃんしかいないと思い込んでいたのよ」
今は違うけどね。と付け加えて私に視線を向ける。うわ~、恥ずかしいなぁ。私もつまみ食いの常習犯だと思われちゃったかもしれない……
今更になっていたずらを手伝ったことを後悔した。家ではこんなことしないよ。ホントだよ!
「ほら、やっぱり作戦は成功していたんだ! あともう少しだったのに、だからなんで気付いたのよ?」
「ふふっ、なんでって? 簡単な話よ。私がぬえちゃんに気が付かないはずないじゃない」
「えっ?」
「ぬえちゃんもこの命蓮寺の大切な家族ですもの。家族のことが分からないほど聖 白蓮は愚かではないのです」
「ひ、ひじりぃ……ゴメンね! もういたずらなんてしないよ!!」
ニコッと優しく微笑む白蓮にぬえが泣きながら抱きついた。ううぅ、いい話だな~。私も二人を見て少し涙が出てきちゃった。
大切な家族かぁ…少し羨ましいな。私のお姉様は同じことをして私に気付いてくれるかしら? なんか自信が無い……。
それにしても白蓮は凄いわ。ぬえがいつも「聖が、聖がね!!」って自分のことのように自慢げに話しているから気になっていたけど、実際に会ってみて本当にいいヒトなんだって分かる。笑顔が素敵な大人の女性って感じね。
あーあ、ぬえも甘えちゃって、私がいること忘れてるんじゃないの? 白蓮に「ひじりぃ~」だってさ。あとでネタにしてからかっちゃおう!
―――ん? あれ、何か引っかかるわ。えーと、何だろう、こう決定的な違いが…………あっ!!
分かった。ぬえは白蓮のことを「聖」と呼んでいるのに私は「白蓮」って呼んでいたんだ。
答えに辿り着いたその時、ブルッと悪寒を感じた。顔を上げると、白蓮がぬえを抱きしめながら私を見ている。こっちが凍ってしまいそうな冷たい笑顔を浮かべながら、声を出さずに口を動かす。それは―――
『ヒ・ミ・ツ』
の三文字。
この瞬間から私の心奥深く、恋の迷路の隠し通路を通って誰も知らないEXゴールへ永遠に封印されることになった。うん、まだ死にたくないからね!
「理解してくれたのならいいのよ。さあ、もう少しで御飯も出来るから部屋に戻りなさい」
「はあ~い。じゃあ戻ろうか。…フラン大丈夫? 顔色悪いよ」
「ひっ! い、いや全然平気。私は何も気付いていない、何も知らない!! ささっ、速く行きましょう」
居間へ戻ろうとしたらまた呼び止められた。
「ああ、ちょっと待って、戻るならこの子も一緒にね」
白蓮がそんなことを言って何もない空間に手を伸ばし、何かを持ち上げるような仕草をみせる。私には白蓮が変なことをしているようにしか見えなかった。
でも、隣にいるぬえの顔が驚きの表情に変わっている。
「にゃっ」
何も無い筈の空間から声が聞こえてきた。とてもよく知っている声。これは―――
「つまみ食いは”めっ”ですよ。こいしちゃん」
古明地 こいし、晩御飯に招待されたもう一人の友達。実はさっきから姿が見えないから気にはなってたんだけど……こんなところに居たんだ。
こいしはお皿に手を伸ばしていた格好のまま持ち上げられているのに何食わぬ顔をしていた。
「ヤッホー、聖ちゃん」
「女の子がつまみ食いなんてしてはいけませんよ」
「チッチッチッ…残念ながら私は古明地 こいしではないのだ。私の名は、猫明地 ねこいし。今はネコだからつまみ食いも許されるのだ!!」
最後にとってつけたかのように「にゃーん」と鳴いた。何がしたいのかは全く解らないけど、こいしはいつもこんな感じ。
前だっていきなり、「今日の気分はタコね。蛸明地 たこいしだわ」なんて言い出した挙句、私とぬえに絡み付いてきた。妙にヌメヌメしていたのを覚えている。私もよく情緒不安定とか気が触れている等と言われるけどこいしほどじゃないわ。絶対。
「あらあら、こんなに大きなネコさんを見たのは…二人目ね。家にも居たわ。もっと大きいトラねこが。ふふ、さあ皆で部屋に行ってなさいな。それとぬえちゃんは後でお仕置きです」
「そ、そんな~、チクショー! 完璧にイケルと思ったのに…おぼえてろ~!!」
見事な捨て台詞を吐いて台所を後にする。
これは居間に戻りながら聞いた話だけど、こいしは最後の切り札だったらしい。私達が失敗するフリをして白蓮の気を逸らし、その隙を突いてこいしが能力を使い、姿を隠してつまみ食いをする算段だったというのがぬえの弁。正直本当に呆れたわ。私は囮の囮だったわけね。
ちょっとムカついたからとりあえず言ってやることにした。
「こいしにつまみ食いさせるって……ぬえが食べなきゃ本末転倒でしょ」
ぬえが今それに気付いたような顔をする。
静まり返った空気の中でこいしのにゃーんだけが空しく響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇
居間に戻ってから私達は女の子らしく可愛らしいお喋りに花を咲かせることにしました。
「やっぱり火力だと思うの。逆らうこともできないほどの絶対的な火力で殲滅するのよ。私がきゅっとしてドカーンすれば塵一つ残さないわ。何も無いただ破壊された空間、すごく素敵だと思わない?」
「そんなことないわ! 死体を残さないなんてダメダメ。こっそり近づいて背中から心臓を貫くの。相手が殺されたとも感じないように一瞬で。そうするとね、いい死体になるの。その死体で剥製を作ってお部屋に飾って楽しむのが本当のヨウシキビ? だってお燐が言ってた」
「二人ともまだまだ甘いね。自分から手を出すなんてナンセンス。人間が勝手に自滅していくのを遠くから眺めるのがいいんじゃない。まず正体不明の種を人間達に植え付けてね、そして、かるーく噂を流すの。この近くに化け物が隠れているってね。そうするとあら不思議! 他の人間が化け物に見えてしまう。それからは人間同士の滑稽な殺し合いがの始まり始まり~。それを肴にお酒を飲むのが一番よ!!」
「火力」、「暗殺~」、「殺人誘導!!」とお互いの価値観を押し付け合いながら甘く素敵な会話が続く。そんなときだった。
「貴方達、それのどこが楽しいお喋りなんですか?」
「なんだ、ムラサか。別にいいでしょ、可愛い女の子の話を盗み聞きしないでくれる!」
「あ・ん・たのどこが『可愛い』だって?」
額に青筋を浮かべながら笑顔でぬえの頭をグリグリしているヒト、いや、幽霊。村紗 水蜜。この命蓮寺に住むセーラー服っていうの? がトレードマークの元気なお姉さん。ぬえが地底にいたときからの知り合いでもあるらしい。ぬえ曰く、口うるさい奴とのこと。
やっぱりお寺で『ドキッ! 楽しい人間の殺し方(はぁと』って題材のトークはご法度だったかしら。水蜜が一つ溜息をついて私達を諭すように言葉を続ける。
「いいですか、よく聞いてください。人間を殺すのに一番良い方法。それは―――溺死です」
「へ?」
「水の中では全てが平等、人間も妖怪も。もちろん吸血鬼や覚、鵺だって同じなんです。誰も水の中では生きていけない。分かりますか? あの素晴らしい光景が……水に沈められたとき、呼吸が出来なくてもがき苦しむ様が!」
「ヒィィィィィ~~~!!!」
クスクス笑いながら水蜜がそれはもう楽しそうに語る。まるで昔を懐かしむかのように瞳の色を黒く濁して……。
「必死で手足をバタつかせながら水面へ向かうときの形相といったら、とっても笑えるんですよ。、美人もイケメンもみぃんな不細工な顔なんです。そんなこと気にしていられないくらい必死なんでしょうねぇ。クフフ、でも絶対に逃がさない。もう少しで水面というところで足を引っ張っちゃいます。そしたら更に恐怖でもがくんですよ。駄々をこねて手が付けられなくなった子供みたいにね…」
そこで何故か水蜜が私達三人を舐め回すように視線を送ってきた。それが怖くてぬえもこいしも泣きそうになっている。もちろん私も。
でも水蜜は話を続ける。実に楽しそうだ。
「こいしちゃん、散々暴れた後はどうなると思います? ―――ん? 解らない、知りたくも無いですか。クフフ、じゃあ特別に教えてあげましょう! 答えはねぇ、
『死』です。さっきまでの元気が嘘のようにピタッと動かなくなって、ダラ~ンと沈んでくるんです。こいしちゃん言ってたわよね?死体で剥製を作るって。それと同じなの。まるで人形のように美しい。私もコレクションしたかったわ。でも残念なことに死体ってね、水と相性が悪いんですよ。数日もしないうちに崩れてって、アイタッ!!!!?」
――― ゴンッ!!!
恐怖で互いを抱きしめ合うことしか出来なくなっていた私達に救いの手が差し伸べられた。
「何やってんの! 子供達が怖がってるでしょう」
「イタタタ……。雲山に拳骨させるのは止めてって言ったじゃない、一輪」
「ウルサイ! ――みんな大丈夫? 水蜜の悪乗りだから気にしないでね。後で姐さんにきつく言って貰うから」
私達を助けてくれたヒトは雲居 一輪とその相棒の雲山。
ううぅ…とってもいいヒトだよぅ。助けてくれてありがとう。と言おうとしたけど、震えが止まらなくて声が出せなかった。それでも、分かってくれたようにニッコリと微笑んでくれた。
「さあ、もう晩御飯も出来たから私達が準備している間に手…と顔洗ってきなさい」
そう言われて初めて自分達の顔が酷いことになっているのに気が付いた。無言で立ち上がりトボトボと手洗い場へ移動する。手を繋ぎながら。
その前に水蜜が申し訳なさそうに謝ってきた。
「三人ともごめんね。ちょっとやりすぎちゃったみたい。あ、それと――――水には気を付けてね、クフフ」
ゴンゴンッと音がした。水蜜が蹲っている。一輪に心の中で賞賛を送っておく。水蜜への恨みと一輪の優しさを感じながら私達は居間を後にした。ギュッと手を繋ぎながら。
◇ ◇ ◇ ◇
「オゥ! テンプラ~」
「なんでいきなりカタコトなのよ…それに台所で見たでしょう」
「一応外国人だからこうするのが礼儀だって小悪魔が言ってたんだよ」
手(と顔)を洗って戻ってくるとすでに料理が運ばれていた。メニューは天ぷらをメインとした豪勢なもの。まさしく純日本というべき和風で揃えられている。私の住む紅魔館では滅多に見られない光景だわ。
席に案内される。よく分からないけど上座と言うらしい。畳の部屋で御飯を食べるのはこれが初めて。そもそも他のヒトのお家で食べること自体が初めての経験なのでちょっとドキドキする。
そう、初めて。暴れ、破壊することしか出来なかった昔の私。いつも紅魔館から出ることを許されず、地下の部屋に閉じ込められていた頃。世界に興味はなく、実の姉でさえも他人のように思っていたときがあった。頭の中は憎悪で埋め尽くされ、全てを壊すことにだけ夢中になっていた。
ここまでまともでいられるようになったのも最近の話。霊夢や魔理沙に出会ってから世界の素晴らしさを知った。どんなに力を使っても破壊できない相手がいた。勝負で負けたのに心は清清しいくらいにスッキリしていた。あの日から私は新しく生まれ変わろうと思ったんだ。
いっぱい勉強したなぁ。幻想郷のこと、弾幕ごっこの楽しみ方、お酒を飲むこともね。……そして友達の作り方、紅魔館から出られなかったから霊夢と魔理沙しか知り合いがいなかった。でも、ある日、突然こいしが私の部屋に現れたんだ。「無意識で散歩していたらここに着いちゃった」って言ってたっけ。お姉様以外で初めて見た目が同じくらいの女の子に会えたから、私はどんな反応していいか分からなくて、それでもこのチャンスを逃したらいけないと思っておもいっきり大声で叫んだの。
「私、フランドール! どなたか存じませんが、よ、よろしければ私と付き合ってください!!!」
うん、てんぱってた。今考えると滅茶苦茶恥ずかしいことを言った気がする。それでもその時は必死だったの。でも、それが通じたのか、
「いいよ~。私、こいし。古明地 こいしだよ。よろしくね」
それはもう簡単にOKを出してくれた。私の一世一代の告白がなんでもないかのように。友達を作るのがこんなにあっけないものだなんて。いや、案外そんなものなのかな?
それからこいしがよく紅魔館に遊びに来るようになって、二人で遊んでいたわ。こいしは私と違って幻想郷中をふらふらと歩き回っていて、いろんな話を聞かせてくれたり、見たことがない物を持ってきてくれた。館の外の話を聞いて私も行きたくなったなぁ。その時はまだ外出許可は出ていなかったから想像することしか出来なかったから。
そんなある日、こいしが新しいペットを連れて来たの。そのペットは私達の数倍は大きくて猿の顔、狸の胴体、虎の手足、尻尾はヘビの姿をしていた。訳が分からなかったからとりあえず”きゅっ”としちゃったわ。ソレは見事に爆発してその中から黒こげの女の子、封獣 ぬえが出てきた。ぬえはこいしと同じ地底に住んでいた妖怪で最近地上に住処を移したらしい。
「こいしから聞いたけど、あなた、この館から出られないんでしょ? あんまりにも可哀想だから私が一緒に遊んであげるわ!!」
ボロボロの格好で偉そうに言い張ったぬえが可笑しかったなぁ。こいしなんてお腹を抱えて大笑いしていたし。
ぬえはいたずらが大好きで考えることが突拍子もないものばかりだから全然飽きない。まあ、紅魔館でいたずらをしては咲夜によく怒られていたけど。
そういった経緯あって、二人と仲良くなったの。
そして昨日のこと。ぬえが突然やって来て、
「明日、家に晩御飯食べに来ない? 聖がどうしてもフランとこいしを呼んで欲しいってうるさくてさ。全くこっちの都合も考えて欲しいんだけど! ……で、来てくれるよね? いや、私はフランは館から出られないって言ったんだよ。それでも聖が頼んでくるから仕方なくよ、仕方なーーーく誘いに来たわけ。ま、まあ無理にとは言わないけど。けどね、来てくれたら嬉しいなぁ。って聖が喜ぶわ!! あ、それにこいしはOKしたから、後はフランだけなの。ここまできたら空気読むしかないよね!!」
私の顔を見ずに視線をあっちこっち向けながら早口でまくし立てられた。何故か分からないけど顔を真っ赤にして。そして、それだけを伝えてすぐに飛んで行っちゃった。よく事情は飲み込めなかったけど、でも、初めて友達が誘ってくれたのが嬉しくて絶対に行きたいと思ったの。だから、お姉様に必死でお願いしたわ。最初はダメだって許して貰えなかった。「お前にはまだ早い」と取り合ってもくれず、話すら出来なかった。いつもならここで私がキレて地獄のような姉妹喧嘩が始まる。でも、我慢した。友達の誘いをつまらない喧嘩で台無しにしたくない。昔の私に戻りたくない。だから何度も何度も頭を下げて、しつこいくらいにアタックし続けた。お姉様も私が癇癪を起こさなかったから目を丸くして、とうとう終いには折れる形になって条件付で許可を出してくれたの。
夕食を食べたらすぐに帰って来ること。
吸血鬼として礼儀正しく振舞うこと。
そして、絶対に暴れないこと。
これを破ったら二度と友達と遊ばせないと言われた。多分、私は試されてると思う。壊すことしか出来なかった自分がこの幻想郷で生きていけるかを。
それでも私はその条件を飲んだ。私だって幻想郷が好きになりたいから………。
「貴方に出来るかしら?」
お姉様の挑発するかのような一言に無言で頷いてやったわ。絶対に見返してやるんだから。
そして、今日の夕暮れ時に、こいしと一緒に命蓮寺にお邪魔したのだ。
今、私の隣にこいしとぬえが座ってる。二人に会えたことが、友達になれたことが何より嬉しい。この気持ちは恥ずかしいし、絶対笑われるから内緒にしておくけどね。
「さあ、みんな席に着いたところで頂きましょうか。今日はぬえちゃんのお友達もいるから張り切っちゃいました。ああ、その前に改めて言います。フランちゃん、こいしちゃん―――」
白蓮がみんなの代表として言葉を続ける。
「ようこそ。命蓮寺へ」
◇ ◇ ◇ ◇
食事はとっても美味しかったわ。咲夜の料理しか知らなかったから、ヒトによって味が違うことも分かったし。天ぷらもいっぱい食べた。こいしが無意識で星の分も食べようとしたり、ぬえが横から盗み取ったりしてきて喧嘩しそうにもなったけど、大勢で食べる御飯は本当に美味しかった。
食事も終わり今は命蓮寺の人達とお茶を飲みながらお喋りをしている。
白蓮は私の話をちゃんと聞いてくれるし、一輪は私の知らないことをいっぱい教えてくれる。雲山は渋くてダンディ。
「ええっ!? 命蓮寺って空飛ぶ船だったの」
「そうです。聖輦船という名前、それで姐さんを魔界まで救いに行ったのよ」
「たまに遊覧船として運行しているわ。フランちゃんも乗りに来てね?」
「うわぁ~、乗りたい乗りたい! あ、でもお姉様が許してくれるかな? 私のお姉様は意地悪だから無理かも…」
それなら一緒に説得してあげますよ。と白蓮が言ってくれた。なんだか心強いなぁ。お姉様もこれくらい優しかったら良かったのに。
一方、ぬえは水蜜とおやつの煎餅の取り合いをしていた。
「これは私のものなの! ムラサは残ったカスでも舐めてればいいわ!!」
「うっさい! あんたは4枚も食べたでしょうが。 私はまだ3枚しか食べてないから必然的に私のものです」
あの二人も傍から見れば姉妹に見えなくも無い。可愛らしい姉妹喧嘩だ。殺るか殺られるかの私達とは違う。
こいしは星が気に入ったらしく、さっきからずっとじゃれついている。
「にゃんにゃん♪」
「あ、あの…こいしさん? 私は虎の妖怪であって猫ではないんですが……」
「にゃ~ん? にゃんにゃんにゃん」
「いや、ですから」
「にゃーーーん!」
「だから私は虎ですにゃん。………はっ! つ、つい無意識で言ってしまいました!!」
ナズーリンはその二人のやり取りを見ながら呆れ顔、
「こいし君、よくやった! 後で飴をあげよう。さあ次はネコ耳を着けさせる作業に戻るんだ!!!」
――でもないみたい。むしろかなり喜んでいるように見えるのはなんでだろう…。
始まりがあれば終わりもあると言う様に、初めてだらけの楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「ごめんくださーーい。こいし様を引き取りに来ましたーーー!」
玄関から声が聞こえてきた。こいしのペットである火焔猫 燐と霊烏路 空が迎えにやって来たみたいだ。いつもフラフラ遊び歩いているこいしを連れ戻す為によく紅魔館にも訪れているので顔見知りでもある。今日も遅くならないようにこうして地底から来たのだろう。
迎えの来訪で、今日はお開きの流れとなった。みんなで見送りの為に外に出る。とっても綺麗な満月が私達を明るく照らしてくれた。
「え~、お燐もお空も早いよ~。もっと寅ちゃんと遊びたかったのに」
「うにゅう…こいし様、わがままはダメですよぅ。さとり様だって一緒に来ているんですから」
「えっ、お姉ちゃんもいるの? どこに?」
地霊殿の当主で、こいしの姉、古明地 さとりも地上に来ていると知り、みんなできょろきょろ辺りを見渡したがさとりの姿は見えない。
お燐が苦笑いをしながら、あちらです。と指をさした。
指の先には何も無い。よく目を凝らす。でも数本の木が立っているだけにしか見え……いや、いた。命蓮寺から百メートルほど離れた木陰からちょこんと顔だけを出して、こっちをじ~と見ている人物がいた。あ、あれがこいしのお姉様……?
「あ、あの、なんであんなに離れているのですか?」
みんなの疑問を白蓮が代表して尋ねる。お燐が困ったように答えた。
「怒らないで下さいね? さとり様はとても恥ずかしがり屋なんです。こいし様を迎えに行くと張り切ってみたものの、途中で見知らぬヒトのお家にお邪魔することに気付き、恥ずかしさの余り、えと、あの木陰なんですけど、あちらから動けなくなりまして……唯でさえ人見知りが激しいのに、『こいしのお友達の家です。保護者として挨拶に伺うのは当然です!』と聞かなくて、あたい達も絶対無理だって言ったんですけどね。何やら地上との交流が再開されたから自分も人当たりを良くしたいそうで、あれでも頑張ってはいるんですよ」
もう一度、みんなでさとりに視線を送る。夜だというのにはっきりと分かるくらい顔を真っ赤にさせて木に隠れてしまった。やだ、ちょっと可愛い。
「それに、『―――ついでに私も相手の保護者の方とお、お、お友達に……』って幸せそうな顔していたよね」
「ちょっ、お空! それは内緒だって言われただろう!!」
あのさとりがそんなことを。地底のときと性格違うくね?などと地底に封印されていた者達がヒソヒソ話している。
でも、私には少しだけ気持ちが分かる。さとりも自分を変えたいんだろう。応援してあげようと思った。
「こいしちゃん、お姉さんに、今度一緒にお茶でも飲みましょう。と私が言っていたと伝えて下さいね」
「うんっ! 聖ちゃんのこと、お姉ちゃんに伝えておくわ」
「同士こいしよ。また遊びに来るといい。次はチョコも準備しておこう」
「ナズにゃん大佐……一時の別れであります! 寅ちゃんもお元気で! フッ、そのネコ耳、似合ってるぜ…」
「こ、こいしさん。ありがとうございますにゃん。この寅丸、今後ともネコ道を極めていきたい所存ですにゃん」
………………星に一体なにがあったんだろう? 吹っ切れたような顔をしている。まあ、気にしないでおくけど。
そして三人元気良く手を振りながら帰っていく。百メートル先のさとりがこっちに向かって何度も頭を下げている。合流したとき、こいしがさとりに抱きついたのが微笑ましく、羨ましかった。
「あの姉妹は本当に仲が良さそうね。いいな~、心配してくれるお姉様がいて。私のお姉様なんてプライドばかりで私の心配なんてこれっぽっちもしてくれてないのよ」
「フラン…」
「ぬえも幸せだよね。こんなに良い人達と一緒に暮らせて。私も命蓮寺の子になりたいな~。なんてね! 変なこと言っちゃったわ、忘れてちょうだい。さてと、私も早く帰らなくちゃ! 一応約束だからね。今日は本当に楽しかったわ。命蓮寺の皆様、ありがとうございました」
礼儀正しくお辞儀をする。これも約束だから。大丈夫。私は一人でも出来るんだから……。
ひとしきりお礼を述べ、いざ帰ろうとしたとき、白蓮が話しかけてきた。
「フランちゃん、お姉さんのことは好き?」
「え? う、うん。好きだよ! 大好き。お姉様はどうか分からないけどね。えへへ……」
急に何を言い出すんだろうと不思議に思ったけど、白蓮の目は真剣だった。だから私も真面目に答えなくてはいけないと思ったんだ。
私の答えに白蓮はとても嬉しそうに微笑んで、
「そうですか。きっとお姉さんも同じだと思いますよ。気になるなら聞いてみるのもいいでしょう」
そんなことを言い、空を見上げた。
私もつられて上を向く。
夜空には綺麗なまんまるお月様。
私はハッと目を見開いた。
その月の中に、影が見える。
私が見たことのあるシルエット。
その影がどんどん大きくなっていく。
月よりも綺麗な紅い瞳。
私が誰よりも愛しているヒト。
「―――お姉様」
私の姉、レミリア・スカーレットが空から降りてきた。
「な、なんで……」
突然の出来事に思考が追いつかない。お姉様が何をしに来たのか想像出来ない。
それでもお姉様は何でもないように私を見つめて答える。
「なんでって、貴方を迎えに来たんじゃない。家へ帰るわよ。フラン」
当たり前でしょうと言わんばかりに偉そうにしている。そこがムカつく。ムカつくのに……嬉しい。心臓がバクバク音を立てている。
「聖 白蓮といったわね。妹が世話になったわ」
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間を過ごさせていただきました。とても良い子でしたよ」
「知ってる、私の妹だもの。このお礼として明日、メイドに菓子折りでも送らせるわ」
「お構いなく。それよりレミリアさんもフランちゃんと一緒にぜひ遊びにいらして下さいな。紅魔館の方ともお話したいと思っていたんです」
「残念だけど、私は神も仏も興味ないの。宗教の勧誘はお断りよ」
「そうですか。それなら保護者会というのはどうでしょう? 子供達についてお話でもしませんか?」
クスッと笑い、「それは悪くないわね」と返して、お姉様が再び空へ舞う。迎えに来てくれたはずなのに一人で勝手に進んでいく。私も急いで後を追うために空を飛んだ。地上からぬえ達が手を振ってくれているのが見える。本当に楽しい一日だった。お姉様の気持ちも少しだけ解った気がしたしね。だから私もお姉様に気持ちを伝えようと思う。変わった自分を見てもらおう。まず始めに今日の出来事を話してみようかな。
こいしがさとりに抱きついたように、私もお姉様の背中に飛び込んだ。
「ねえ、お姉様! 命蓮寺ってね―――――」
◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ、一輪。あの二人落ちていったけど大丈夫なのかな?空飛んでるときに背中にしがみつくなんて……」
「大丈夫でしょ。吸血鬼なんだし……」
二つの影が重なり地上へと落ちていく様を眺めながら村紗と一輪が呟く。
「いや~、どちらの姉妹も素晴らしい姉妹愛で結ばれていましたね。不肖ながら感動してしまいました。私も妹が欲しくなりましたよ」
「星お姉ちゃん」
「ん、ナズーリン、今何か言いましたか? よく聞こえませんでした」
「い、いや! な、な、なんでもない!! 気にしないでくれ」
星の呆け顔にナズーリンが大きく溜息をついた。
そして、私こと、封獣 ぬえは聖に言わなくてはならないことがある。
「聖、その、あの、えっと、今日はありがとね。二人を招待する許可をくれて」
今日の晩餐会は私が提案したものだった。紅魔館から出たことの無いフランをどうにかして外へ連れて行ってあげたいと思ったからだ。
最初、こいしに相談したらどっちかの家に招待すればいいんじゃないかと言われて、遠い地底の地霊殿よりは私の住処、命蓮寺にしようと決まった。
次に、許可を貰うこと。聖ならきっとOKしてくれると思ってたが、本当にあっけなく二言返事で許可がでた。
最後は、もちろんフランを誘うこと。これでダメだったら元も子もない。緊張しながら紅魔館へ行って、なんとかフランに伝えた。まあ、恥ずかしくて聖が考えたってことにしたけど…バレてないよね? いや絶対大丈夫。私の演技は完璧だったし。
本当は来てくれないんじゃないかと思いもした。でもフランが外に興味を持っていたことは前から知っている。だからこそ、その想いを信じてこの計画を立てたんだ。
結果は大成功……なのかな?二人とも楽しそうにしていたし、私もすっごく楽しかった。最後はフランも姉ちゃんと分かり合えたような気がするしね。
………落ちたけど。
「ぬえちゃん、こちらこそ有り難うございました」
「なんで聖がお礼言うのよ?」
「フランちゃんやこいしちゃん。その家族の方達とも知り合うことが出来ました。私も幻想郷では新参者。知り合いが増えたのは喜ばしいことです。その切っ掛けをつくってくれたからお礼を言ったの。さあ、少し冷えてきましたね。家へ戻りましょう」
そう言うとみんなもぞろぞろと家へと向かう。私は呆気に取られて、ただ黙って立ち尽くす。
「ぬえちゃんも早くしなさいな」
玄関から聖が優しく手を差し伸べてきた。
フランやこいしみたいに姉ちゃんがいるわけじゃないけど、でも、真似するくらいはいいよね。
そう思った瞬間、私は駆け出し、聖の胸に飛び込でいった。
「えへへ! ただいま!!」
むしろあんたがお姉さんという感じ。お姉ちゃんでもなく姉さんでもなく
しかしなんでこの3人の組み合わせ多いんだろう。
ロリならケロちゃん入るし羽ならこいしが妹ならぬえが違う
にゃんにゃん星ちゃんマジ可愛い
保護者会に超期待せざるを得ない
保護者会にも激しく期待してます!!
フランドールとこいしとぬえの三人は本当に仲が良いと思ってます!
このほのぼの感本当に素晴らしかったです
ぬえの甘えた子供の感じもよかったです
いやあ、この三人娘は素晴らしい組み合わせですねー
おぜうさまは飛べなくなったのではなくて、きっと頭から煙を吹きながら墜落したんでしょう。 あと、星ちゃん一体何があったんだ……
保護者会……見たいです。いつかじゃなくて次回にでも!
おぜうさま、さとりん、ひじりん。三人そろうとひじりんだけ大人なので、交流を深めるために前作の流れで若返っての登場とか……!
作者様の文章も描写がとても丁寧で、読みやすくて面白かったです。
会話の所々で、思わず顔がにやけてしまいました。
三人娘物をまた書いていただける機会がありましたら、楽しみにしております。
良い作品を読ませていただき、ありがとうございました。
個人的にツボでした
保護者会も期待してます!
また書いてください!
三人娘増えてきてうれしいなぁ
中盤辺りのムラサの会話で、こいしがこししになってたんで報告を
あまりの綺麗さに逆に気恥ずかしいような気持ちがしたけど、これはきっと自分が穢れすぎてしまっていたせいだと思うw
命蓮寺一家最高!Ex三人娘最高!これからの作品も楽しみにしてます!
あと誤字発見しました こしし→こいし ムラサが話してるところです
「こししちゃん、散々暴れた後はどうなると思います? ――
保護者会の話、見てみたいなぁ。
しかしそんなに出番は無かった筈なのに一番印象に残ったのはナズ星という……俺はもうダメだ
初々しい感じがすきっす