「ここら辺でいいか」
紅魔館の中にある大図書館。
薬草、主に魔法薬関連の書物が多く並べられている区域の本棚へと足を運ぶ。
辺りを見回し、誰の気配もないことを確認し、適当に近くの本棚から本を一冊抜き取り、パラパラとページを捲って目を通す。
その本に書かれている文章は見たことのない言語で正直サッパリ理解は出来なかったが、ページの所々に載っている薬草やら茸類の挿絵や魔法薬のレシピに興味が沸いた。(どんな効果があるのかは全く分からないが)
あとでこの図書館の主に翻訳を頼んでおこう。
「ふむ、なかなか興味深い。とりあえずこのあたりを重点的に漁るか」
「もう、また忍び込んで」
「ちゃんと門は通ってきたぜ」
いつ来たのか目の前には顔馴染みのメイド長が腕組みをしながらこちらを見ていた。
近付いてくる気配が全く無かったということは時間でも止めてきたんだろう。
前に来たときに忍び込むなとコイツに言われたから正々堂々と正面から来たんだから文句を言われる筋合いはない。
とりあえず、本を読みながらではあるがメイド長との会話には応じてやる。
「ちゃんと正門から通ってきたとでも言いたいのかしら?」
「なら客として遊びに来たと言えば満足か?」
「質問を質問で返さないの」
「…てっ。痛いぜ、いきなり何するんだ」
「それと」
軽い衝撃を感じたと思ったら鼻を人差し指で突かれたらしく、思わず変な声が出た。
講義しようと顔を上げた瞬間、頭に軽い圧力がかかって目の前が暗くなる。
「室内に入ったら帽子くらい取りなさい」
「んが」
また変な声が出て、しかも帽子は取られてしまった。
まぁ帰る時には返してくれるんだろうが、もう少し穏便に対応できないんだろうか。
それに困った子を見るような目で此方を見ながら髪を撫でられるのはあまり好きじゃない。
髪が乱れたのはいきなり帽子を取られたからで、断じて私が身だしなみに無頓着だから乱れていた訳ではないのだ。
むしろ私は日々の身だしなみにはそれなりに気を遣っている。
自宅に篭っている時は別として外出するときは最低限身なりを整えているつもりだ。
そうするようになったのも周りがちゃんとしろと五月蝿かったので自主的にやる様になったというなんとも間抜けな話ではあるんだが。
まぁ、周りから口うるさく言われなくなったんだから結果的には良しとしている。
それとは対照的に口うるさかった連中がどことなく寂しそうな雰囲気を醸し出していたが一体なんだというんだ。
とりあえず私には関係ないので気にしてはいない。
そして今、目の前にいるメイド長はあの口うるさかった連中の1人な訳で。
帽子云々は世話焼きの延長なのだろうと今のところは好意的に捉えることにしている。
「ま、客として来たならお茶くらい出すわ」
「気が利くな。丁度飲み物が欲しいと思ってたところだ」
「大切なお客様ですもの。丁重に扱いますわ」
私の髪の乱れを整えた事で何やら満足したらしく、先程と打って変わってメイドらしい口調で対応し始めた。
相変わらず瀟洒な従者とやらをやってるんだろう。仕事熱心な事だ。
「その心掛けは流石だな。メイドの鏡と言ってもいい」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「ま、褒めたところで何も出さないが」
「お気遣いは結構ですわ。こちらこそ何か貰えるなんて微塵も思っていませんもの」
お互いそんなによそよそしい間柄でもないのに客とメイドを演じるのは一種のコミュニケーションってやつだ。
毎度毎度こんな茶番劇を繰り広げているわけではないがコイツと二人でいる時は雑談代わりに興じる事がある。
どうぞこちらへ、とテーブルがある場所まで案内された。
案内といっても図書館の中を多少移動した程度だ。
何度もここで茶を飲んだりしているが、今は茶番の真っ最中。
丁重に扱ってくれると言っているし、今はコイツに合わせて黙って付いていく。
「ああそうかい。ま、私は遠慮なく茶を頂くとするぜ」
「ええ、どうぞ」
「茶が出るなら勿論、茶請けの菓子もあるんだろうな?」
「ホント、図々しい客ねぇ」
「今は丁度ティータイムの時間じゃないか。それとも此処のメイドはティータイムに菓子も出ないのか?」
「丁度、ね。ティータイムの時間を狙って忍び込むあたり本当に抜け目がないんだから」
「あー?この時間に私が遊びに来るのはいつものことだろう?」
狙っているとは失礼だな。
本を借りるついでに茶が出ればいいとは思っているが。
「ま、そういう事にしといてあげる。それに」
「お」
「催促しなくても出すつもりでいたわ」
「そうそう。そうやって最初から素直に出せばいいんだよ」
「素直も何も、貴女が急かしたからでしょうに」
気がつくと目の前にはケーキが置いてあった。
クリームも何ものっていない、とてもシンプルな物。
どうせ時間でも止めて持ってきたとすぐに理解できたし、何度も見ているから別に驚きも何もない。
ただし毎回出されるケーキは咲夜お手製のものばかりでそのバリエーションも実に豊富だ。
同じ菓子を出されることがあまり無く、あるとすればこっちから要求した時のみ。
主に菓子を出す時は得体の知れないものを入れては味見改め毒見をさせていると聞いた。
その話を本人及びパチュリーから聞く度につくづく自分が不死身じゃなくて良かったと思っている。
「おお、これまた初めて見るケーキだな。こいつは美味そうだ」
「香霖堂でお菓子だけが載っている本を入手したから早速作ってみたのよ。試食も兼ねて貴女に食べてもらうわ」
つまり私は実験台ということか。
まぁ、菓子が美味いなら文句はないし一番最初に食べさせてくれるというのも悪い気はしない。
「へえ、外の世界のお菓子か。遠慮なくいただくぜ」
「と、言いたい所だけど」
「あ?」
私が振り下ろしたフォークはお菓子に当たることなく空を切った。
見上げると咲夜の手にお菓子が移動しているではないか。
「少しおあずけよ。食べたかったら私に付いてきて」
「なんだ、ここにきて取り上げるとか性質の悪い嫌がらせか?」
「違うわ。場所を移動するだけよ」
「私は本を読みながら食べたいんだが」
「本を汚すとパチュリー様がご立腹になるからよ。貴女だって何度も注意されているでしょうに」
「私は行儀が良いから本を汚したりしないぜ」
「果たして本を読みながら食べるのは行儀の良い行為と呼べるのかしらね」
「要は本を汚さなければいいんだろう?」
「もう、屁理屈が減らないんだから」
ここにきて取り上げられたら誰だってひねくれもするだろう。
私はここから動く気はない、と意思表示をすると咲夜は眉を寄せて溜息を吐いた。
勝った。これで向こうは折れたと勝利を確信し紅茶が注がれてるカップに手をかけた。
……。
「おお?」
「仕方がないから強行手段に出させてもらったわ」
…かけたと思ったのだが。
カップはテーブルの上に置かれたままだった。
自分が座っているのも椅子からソファーに変わっている。
それだけじゃない。
今、自分のいる場所が図書館から見慣れぬ客室へと一転しているではないか。
隣にはしてやったりな顔でこちらを見ている咲夜が座っていた。
「全く、強引な奴だな」
「貴女が素直に応じていれば態々こんな事をしなくて済んだのよ」
予想通り、咲夜が時間を止めて私ごと別の部屋に運んだという事で間違いはないようだ。
それにしたってもう少しやり方があったんじゃないだろうか。
「そいつはご苦労様なこった」
「はぁ、人間一人を抱えて移動するのは流石に疲れたわ」
「おかしいな、私は羽根のように軽い身体をしているから重くない筈なんだが」
「生憎、私は羽根すらも重く感じてしまうみたい。お陰で酷く疲れたわ」
大げさに溜息を吐きながら嗚呼疲れた疲れたとのたまうメイド。
ソファーに身を預けてだらしがなく、普段の瀟洒な様子は一切見受けられない。
今の咲夜は紅魔館の連中に見せられる姿じゃないな。
「おいおい、ここまで移動したんだから取り上げた菓子は返してもらうぜ」
「分かってるわ。だけど残念な事に私は疲れて動けないの。紅茶を一杯飲めば回復するんだけれど」
「それは大変だな。ティーセットは用意してあるんだから作って飲めばいいじゃないか」
「さらに残念な事に紅茶も入れられないほど疲れてるのよ」
こいつめ、白々しい物言いを。
分かりやすくいうならば私に紅茶を入れろと。
全く、回りくどい言い方をする奴だ。
ケーキが食べたかったら私に紅茶を淹れなさい、と交換条件を突きつけてきたのだ。
メイドの癖に。
「………」
「………」
柳に風、暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏、犬に論語、馬耳東風。
意味は同じなのにこれだけの言葉が頭に浮かんでは消えていった。
他にもまだあったと思うが今思い出せるのはこれだけだ。
ここで拒否したとしても私に利は全く無い。
つまり、私はここでイエスと頷くしか選択肢がない訳だ。
「…あー。分かった、分かったよ。私が紅茶を入れればいいんだろ」
「あら、疲れて動けない私に紅茶を入れてくれるなんて気が利くのね」
「等価交換ってことにしておくぜ。飲んだらさっさと持ってきてもらうからな」
「ええ、それは勿論」
「ったく、客を顎で使うとか従者としてどうなんだ」
「別に貴女に仕えてる訳じゃないもの。客と言っても余所余所しい間柄でもないし」
「さっきはあんなにメイドらしい振る舞いをしてたってのにすっかり本性を現したな」
「メイドらしい振る舞いがお望みなら今すぐにでも直しますわ、お客様」
「結構だ」
「あら、つれないわね」
「あー?今更だろ」
疲れているメイド長を労わる為…もとい、取り上げられた菓子を返して貰う為だ。
紅茶の淹れ方ってどんなんだったかなとおぼろげな記憶を辿りつつ、慣れない紅茶を淹れる準備をしていく。
その間に咲夜が何か言ってくるかとも思ったが、ソファにもたれながら此方を見つめているだけだった。
静かなのは悪くない。
悪くは無いのだがいつも口五月蝿い奴が喋らないというのはこうも違和感を感じるものなのかとぼんやり思いながらポットの中の茶を蒸らす。
視界の端には相変わらずだらしなく横になっているメイドの姿。
度々視線を感じはしたがからかうでも無くただジッと見ているだけの様だ。
「ほら、お前さん御所望の紅茶だ」
「ありがとう。ふぅん、香りと色は良いじゃない。さて、味はどうかしら」
「ちなみに苦情は受け付けないからな」
基本、緑茶派の私が自分で紅茶を淹れて飲む事はまず無い。
紅茶を飲む時はほぼ誰かに淹れてもらう時と決まっており、その場所も限定されている。
そんな奴に紅茶を淹れろだなんて物好きなメイドだと思う。
「……へぇ。魔理沙って紅茶を入れるの上手なのね」
「あー?煽てたって何も出てきやしないぜ」
「美味しいと思ったから本当の事を言ったのよ」
「私は緑茶を淹れる要領で紅茶を用意しただけだ」
「そう。渋味が多いのは蒸らす時間が少し長かった所為ね。それにしたってこの味はそうそう出せるものじゃないわ。」
「基本的に緑茶派だがここに来ればお前が紅茶を淹れるだろう。私はそれを見様見真似でやっただけだ」
「見様見真似でここまで出来たら大した物よ。」
「さっき渋いとか言ってた気がしたんだが」
「ええ、確かに言ったけどそれが悪いとは言ってないわ。私は好きよ、この味」
何の含みも無い、穏やかな笑顔。
私の紅茶を公平に評価した上で純粋に好きだと言っているのだ。
まさかド直球に返されるとは思わなかった私は不意打ちの称賛に面食らう。
笑顔が眩し過ぎて直視出来ず、思わず視線を逸らしてしまった。
その動作が変に見えないよう、咲夜に背を向けてお代わりの準備を始める。
顔が熱いのはきっと紅茶から立ち上がる湯気にあてられたからだ。
「……そうかい。お前の要求に応えたんだ、忘れてもらっちゃ困るぜ」
「分かってるわ。はい、どうぞ」
紅茶と引き換えに自分の元に現れたのはクリームと飴細工で装飾された洋菓子だった。
どうみても最初に取り上げられたものとは違う、別物のケーキ。
「どう見ても違うんだが。最初に出されたヤツはクリームなんか乗ってないシンプルなものだった筈だ」
「始めに出されたのが良かったの?別物に見えるかもしれないけれど実は同じ物なのよ」
「装飾したのか?」
「魔理沙の紅茶が気に入ったからデコレーションも力を入れてみたの」
「てっぺんに乗っかってるのは、私か。飴細工で作っちまうあたりは流石だな」
ケーキの上には私こと霧雨魔理沙の飴細工がちょこんと座っていた。
服は勿論、帽子から箒までしっかり作られているし、よく見るとドロワーズまで穿いている。
一体どこまで作り込んでいるのか。メイド、恐るべし。
「ふう。美味かった」
「あら、まだ残ってるみたいだけど?」
ケーキそのものは完食したが、自分の飴細工だけは食べずに残していた。
最後にとっておいた訳ではなく、食べる機会を逃してしまっただけなのだが。
「お前にやるよ。もう腹に入りそうもなくてな」
「それ位食べれると思うんだけど」
「自分で自分の飴細工を食べるっていうのも変な感じがしてな」
「私ならいいの?」
「あー?ここには咲夜しかいないだろ」
親指の第一関節くらいの大きさのそれをつまんで咲夜の口へ。
口の中に全て押し込んでやった。
「ん…っ」
「おお、一口で入るもんだな」
嫌がるかと思ったがそんなそぶりは特に見せずにすんなりと食べた事に少し驚く。
咽たらしい咲夜が軽く睨んでいたのは見なかったことにする。
「けほっ…。もう、強引ね」
「拒まなかったのはそっちだろう?」
してやったりな顔をしてベタついた親指を舐めた。
ふむ、甘いな。
「あら、サービスがいいのね」
それを見た咲夜がにやりと笑う。
「あー?何の事だ?」
「魔理沙を食べさせてくれた上に間接キスまで許すなんて」
正確には私の飴細工だ。紛らわしい言い方をしないでもらいたい。
それに間接キスなんていつしたというんだ、そんな口からでまかせ…。
ふと、先程舐めた自分の親指を見つめる。
何故舐めたのか。 ―飴を持ってベタついてたからだ。
何故そんな事になった? ―咲夜に持ってた飴を食わせたから。
その時指はどうなっていた? ―…指が唇に触れた。
本当にそれだけだったか? ―正確には口の中に入って舌にも触れた。感触も残っている。
「自画自賛になるけれど、美味しかったわ」
「そりゃあ私の姿をしてるんだ、不味い訳がないだろう」
「随分な自信ねぇ。ああ、魔理沙」
「…何だよ」
「紅茶のお代わり、お願いできる?」
「渋くていいならな」
「渋いのがいいのよ。だって、」
― 口の中が甘過ぎておかしくなりそうなんだもの。
「…砂糖の塊を食ったからだろ」
「あら、魔理沙が食べさせたんでしょう?」
貴女も口の中が甘いんじゃなくて?と言わんばかりの挑発的な視線。
こいつめ、仕返しとばかりに揚げ足をとりやがって。
きっと、私の顔は羞恥で赤くなっているんだろう。
今すぐにでもこの場から逃げだしたいが、どうせ敵わない。
「お望み通りの渋めの紅茶だ」
「ありがとう」
咲夜のお代わりを淹れるついでに自分のカップにも注ぐ。
見るからに渋そうな、濃い色の紅茶。
咲夜を見ないようそっぽを向いてカップに口をつけた。
口の中に広がるのは、濃くて渋い紅茶の味。
それでも、口に残る甘さは消えない。
甘いのはきっと、コイツがいるからだ。
「甘いな」
「そう?ちょうどいいと思うけど」
「濃くて渋いぜ」
「もう、どっちなのよ」
それはとある日の。
甘くて渋い、魔法使いと従者のティータイム。
紅魔館の中にある大図書館。
薬草、主に魔法薬関連の書物が多く並べられている区域の本棚へと足を運ぶ。
辺りを見回し、誰の気配もないことを確認し、適当に近くの本棚から本を一冊抜き取り、パラパラとページを捲って目を通す。
その本に書かれている文章は見たことのない言語で正直サッパリ理解は出来なかったが、ページの所々に載っている薬草やら茸類の挿絵や魔法薬のレシピに興味が沸いた。(どんな効果があるのかは全く分からないが)
あとでこの図書館の主に翻訳を頼んでおこう。
「ふむ、なかなか興味深い。とりあえずこのあたりを重点的に漁るか」
「もう、また忍び込んで」
「ちゃんと門は通ってきたぜ」
いつ来たのか目の前には顔馴染みのメイド長が腕組みをしながらこちらを見ていた。
近付いてくる気配が全く無かったということは時間でも止めてきたんだろう。
前に来たときに忍び込むなとコイツに言われたから正々堂々と正面から来たんだから文句を言われる筋合いはない。
とりあえず、本を読みながらではあるがメイド長との会話には応じてやる。
「ちゃんと正門から通ってきたとでも言いたいのかしら?」
「なら客として遊びに来たと言えば満足か?」
「質問を質問で返さないの」
「…てっ。痛いぜ、いきなり何するんだ」
「それと」
軽い衝撃を感じたと思ったら鼻を人差し指で突かれたらしく、思わず変な声が出た。
講義しようと顔を上げた瞬間、頭に軽い圧力がかかって目の前が暗くなる。
「室内に入ったら帽子くらい取りなさい」
「んが」
また変な声が出て、しかも帽子は取られてしまった。
まぁ帰る時には返してくれるんだろうが、もう少し穏便に対応できないんだろうか。
それに困った子を見るような目で此方を見ながら髪を撫でられるのはあまり好きじゃない。
髪が乱れたのはいきなり帽子を取られたからで、断じて私が身だしなみに無頓着だから乱れていた訳ではないのだ。
むしろ私は日々の身だしなみにはそれなりに気を遣っている。
自宅に篭っている時は別として外出するときは最低限身なりを整えているつもりだ。
そうするようになったのも周りがちゃんとしろと五月蝿かったので自主的にやる様になったというなんとも間抜けな話ではあるんだが。
まぁ、周りから口うるさく言われなくなったんだから結果的には良しとしている。
それとは対照的に口うるさかった連中がどことなく寂しそうな雰囲気を醸し出していたが一体なんだというんだ。
とりあえず私には関係ないので気にしてはいない。
そして今、目の前にいるメイド長はあの口うるさかった連中の1人な訳で。
帽子云々は世話焼きの延長なのだろうと今のところは好意的に捉えることにしている。
「ま、客として来たならお茶くらい出すわ」
「気が利くな。丁度飲み物が欲しいと思ってたところだ」
「大切なお客様ですもの。丁重に扱いますわ」
私の髪の乱れを整えた事で何やら満足したらしく、先程と打って変わってメイドらしい口調で対応し始めた。
相変わらず瀟洒な従者とやらをやってるんだろう。仕事熱心な事だ。
「その心掛けは流石だな。メイドの鏡と言ってもいい」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「ま、褒めたところで何も出さないが」
「お気遣いは結構ですわ。こちらこそ何か貰えるなんて微塵も思っていませんもの」
お互いそんなによそよそしい間柄でもないのに客とメイドを演じるのは一種のコミュニケーションってやつだ。
毎度毎度こんな茶番劇を繰り広げているわけではないがコイツと二人でいる時は雑談代わりに興じる事がある。
どうぞこちらへ、とテーブルがある場所まで案内された。
案内といっても図書館の中を多少移動した程度だ。
何度もここで茶を飲んだりしているが、今は茶番の真っ最中。
丁重に扱ってくれると言っているし、今はコイツに合わせて黙って付いていく。
「ああそうかい。ま、私は遠慮なく茶を頂くとするぜ」
「ええ、どうぞ」
「茶が出るなら勿論、茶請けの菓子もあるんだろうな?」
「ホント、図々しい客ねぇ」
「今は丁度ティータイムの時間じゃないか。それとも此処のメイドはティータイムに菓子も出ないのか?」
「丁度、ね。ティータイムの時間を狙って忍び込むあたり本当に抜け目がないんだから」
「あー?この時間に私が遊びに来るのはいつものことだろう?」
狙っているとは失礼だな。
本を借りるついでに茶が出ればいいとは思っているが。
「ま、そういう事にしといてあげる。それに」
「お」
「催促しなくても出すつもりでいたわ」
「そうそう。そうやって最初から素直に出せばいいんだよ」
「素直も何も、貴女が急かしたからでしょうに」
気がつくと目の前にはケーキが置いてあった。
クリームも何ものっていない、とてもシンプルな物。
どうせ時間でも止めて持ってきたとすぐに理解できたし、何度も見ているから別に驚きも何もない。
ただし毎回出されるケーキは咲夜お手製のものばかりでそのバリエーションも実に豊富だ。
同じ菓子を出されることがあまり無く、あるとすればこっちから要求した時のみ。
主に菓子を出す時は得体の知れないものを入れては味見改め毒見をさせていると聞いた。
その話を本人及びパチュリーから聞く度につくづく自分が不死身じゃなくて良かったと思っている。
「おお、これまた初めて見るケーキだな。こいつは美味そうだ」
「香霖堂でお菓子だけが載っている本を入手したから早速作ってみたのよ。試食も兼ねて貴女に食べてもらうわ」
つまり私は実験台ということか。
まぁ、菓子が美味いなら文句はないし一番最初に食べさせてくれるというのも悪い気はしない。
「へえ、外の世界のお菓子か。遠慮なくいただくぜ」
「と、言いたい所だけど」
「あ?」
私が振り下ろしたフォークはお菓子に当たることなく空を切った。
見上げると咲夜の手にお菓子が移動しているではないか。
「少しおあずけよ。食べたかったら私に付いてきて」
「なんだ、ここにきて取り上げるとか性質の悪い嫌がらせか?」
「違うわ。場所を移動するだけよ」
「私は本を読みながら食べたいんだが」
「本を汚すとパチュリー様がご立腹になるからよ。貴女だって何度も注意されているでしょうに」
「私は行儀が良いから本を汚したりしないぜ」
「果たして本を読みながら食べるのは行儀の良い行為と呼べるのかしらね」
「要は本を汚さなければいいんだろう?」
「もう、屁理屈が減らないんだから」
ここにきて取り上げられたら誰だってひねくれもするだろう。
私はここから動く気はない、と意思表示をすると咲夜は眉を寄せて溜息を吐いた。
勝った。これで向こうは折れたと勝利を確信し紅茶が注がれてるカップに手をかけた。
……。
「おお?」
「仕方がないから強行手段に出させてもらったわ」
…かけたと思ったのだが。
カップはテーブルの上に置かれたままだった。
自分が座っているのも椅子からソファーに変わっている。
それだけじゃない。
今、自分のいる場所が図書館から見慣れぬ客室へと一転しているではないか。
隣にはしてやったりな顔でこちらを見ている咲夜が座っていた。
「全く、強引な奴だな」
「貴女が素直に応じていれば態々こんな事をしなくて済んだのよ」
予想通り、咲夜が時間を止めて私ごと別の部屋に運んだという事で間違いはないようだ。
それにしたってもう少しやり方があったんじゃないだろうか。
「そいつはご苦労様なこった」
「はぁ、人間一人を抱えて移動するのは流石に疲れたわ」
「おかしいな、私は羽根のように軽い身体をしているから重くない筈なんだが」
「生憎、私は羽根すらも重く感じてしまうみたい。お陰で酷く疲れたわ」
大げさに溜息を吐きながら嗚呼疲れた疲れたとのたまうメイド。
ソファーに身を預けてだらしがなく、普段の瀟洒な様子は一切見受けられない。
今の咲夜は紅魔館の連中に見せられる姿じゃないな。
「おいおい、ここまで移動したんだから取り上げた菓子は返してもらうぜ」
「分かってるわ。だけど残念な事に私は疲れて動けないの。紅茶を一杯飲めば回復するんだけれど」
「それは大変だな。ティーセットは用意してあるんだから作って飲めばいいじゃないか」
「さらに残念な事に紅茶も入れられないほど疲れてるのよ」
こいつめ、白々しい物言いを。
分かりやすくいうならば私に紅茶を入れろと。
全く、回りくどい言い方をする奴だ。
ケーキが食べたかったら私に紅茶を淹れなさい、と交換条件を突きつけてきたのだ。
メイドの癖に。
「………」
「………」
柳に風、暖簾に腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏、犬に論語、馬耳東風。
意味は同じなのにこれだけの言葉が頭に浮かんでは消えていった。
他にもまだあったと思うが今思い出せるのはこれだけだ。
ここで拒否したとしても私に利は全く無い。
つまり、私はここでイエスと頷くしか選択肢がない訳だ。
「…あー。分かった、分かったよ。私が紅茶を入れればいいんだろ」
「あら、疲れて動けない私に紅茶を入れてくれるなんて気が利くのね」
「等価交換ってことにしておくぜ。飲んだらさっさと持ってきてもらうからな」
「ええ、それは勿論」
「ったく、客を顎で使うとか従者としてどうなんだ」
「別に貴女に仕えてる訳じゃないもの。客と言っても余所余所しい間柄でもないし」
「さっきはあんなにメイドらしい振る舞いをしてたってのにすっかり本性を現したな」
「メイドらしい振る舞いがお望みなら今すぐにでも直しますわ、お客様」
「結構だ」
「あら、つれないわね」
「あー?今更だろ」
疲れているメイド長を労わる為…もとい、取り上げられた菓子を返して貰う為だ。
紅茶の淹れ方ってどんなんだったかなとおぼろげな記憶を辿りつつ、慣れない紅茶を淹れる準備をしていく。
その間に咲夜が何か言ってくるかとも思ったが、ソファにもたれながら此方を見つめているだけだった。
静かなのは悪くない。
悪くは無いのだがいつも口五月蝿い奴が喋らないというのはこうも違和感を感じるものなのかとぼんやり思いながらポットの中の茶を蒸らす。
視界の端には相変わらずだらしなく横になっているメイドの姿。
度々視線を感じはしたがからかうでも無くただジッと見ているだけの様だ。
「ほら、お前さん御所望の紅茶だ」
「ありがとう。ふぅん、香りと色は良いじゃない。さて、味はどうかしら」
「ちなみに苦情は受け付けないからな」
基本、緑茶派の私が自分で紅茶を淹れて飲む事はまず無い。
紅茶を飲む時はほぼ誰かに淹れてもらう時と決まっており、その場所も限定されている。
そんな奴に紅茶を淹れろだなんて物好きなメイドだと思う。
「……へぇ。魔理沙って紅茶を入れるの上手なのね」
「あー?煽てたって何も出てきやしないぜ」
「美味しいと思ったから本当の事を言ったのよ」
「私は緑茶を淹れる要領で紅茶を用意しただけだ」
「そう。渋味が多いのは蒸らす時間が少し長かった所為ね。それにしたってこの味はそうそう出せるものじゃないわ。」
「基本的に緑茶派だがここに来ればお前が紅茶を淹れるだろう。私はそれを見様見真似でやっただけだ」
「見様見真似でここまで出来たら大した物よ。」
「さっき渋いとか言ってた気がしたんだが」
「ええ、確かに言ったけどそれが悪いとは言ってないわ。私は好きよ、この味」
何の含みも無い、穏やかな笑顔。
私の紅茶を公平に評価した上で純粋に好きだと言っているのだ。
まさかド直球に返されるとは思わなかった私は不意打ちの称賛に面食らう。
笑顔が眩し過ぎて直視出来ず、思わず視線を逸らしてしまった。
その動作が変に見えないよう、咲夜に背を向けてお代わりの準備を始める。
顔が熱いのはきっと紅茶から立ち上がる湯気にあてられたからだ。
「……そうかい。お前の要求に応えたんだ、忘れてもらっちゃ困るぜ」
「分かってるわ。はい、どうぞ」
紅茶と引き換えに自分の元に現れたのはクリームと飴細工で装飾された洋菓子だった。
どうみても最初に取り上げられたものとは違う、別物のケーキ。
「どう見ても違うんだが。最初に出されたヤツはクリームなんか乗ってないシンプルなものだった筈だ」
「始めに出されたのが良かったの?別物に見えるかもしれないけれど実は同じ物なのよ」
「装飾したのか?」
「魔理沙の紅茶が気に入ったからデコレーションも力を入れてみたの」
「てっぺんに乗っかってるのは、私か。飴細工で作っちまうあたりは流石だな」
ケーキの上には私こと霧雨魔理沙の飴細工がちょこんと座っていた。
服は勿論、帽子から箒までしっかり作られているし、よく見るとドロワーズまで穿いている。
一体どこまで作り込んでいるのか。メイド、恐るべし。
「ふう。美味かった」
「あら、まだ残ってるみたいだけど?」
ケーキそのものは完食したが、自分の飴細工だけは食べずに残していた。
最後にとっておいた訳ではなく、食べる機会を逃してしまっただけなのだが。
「お前にやるよ。もう腹に入りそうもなくてな」
「それ位食べれると思うんだけど」
「自分で自分の飴細工を食べるっていうのも変な感じがしてな」
「私ならいいの?」
「あー?ここには咲夜しかいないだろ」
親指の第一関節くらいの大きさのそれをつまんで咲夜の口へ。
口の中に全て押し込んでやった。
「ん…っ」
「おお、一口で入るもんだな」
嫌がるかと思ったがそんなそぶりは特に見せずにすんなりと食べた事に少し驚く。
咽たらしい咲夜が軽く睨んでいたのは見なかったことにする。
「けほっ…。もう、強引ね」
「拒まなかったのはそっちだろう?」
してやったりな顔をしてベタついた親指を舐めた。
ふむ、甘いな。
「あら、サービスがいいのね」
それを見た咲夜がにやりと笑う。
「あー?何の事だ?」
「魔理沙を食べさせてくれた上に間接キスまで許すなんて」
正確には私の飴細工だ。紛らわしい言い方をしないでもらいたい。
それに間接キスなんていつしたというんだ、そんな口からでまかせ…。
ふと、先程舐めた自分の親指を見つめる。
何故舐めたのか。 ―飴を持ってベタついてたからだ。
何故そんな事になった? ―咲夜に持ってた飴を食わせたから。
その時指はどうなっていた? ―…指が唇に触れた。
本当にそれだけだったか? ―正確には口の中に入って舌にも触れた。感触も残っている。
「自画自賛になるけれど、美味しかったわ」
「そりゃあ私の姿をしてるんだ、不味い訳がないだろう」
「随分な自信ねぇ。ああ、魔理沙」
「…何だよ」
「紅茶のお代わり、お願いできる?」
「渋くていいならな」
「渋いのがいいのよ。だって、」
― 口の中が甘過ぎておかしくなりそうなんだもの。
「…砂糖の塊を食ったからだろ」
「あら、魔理沙が食べさせたんでしょう?」
貴女も口の中が甘いんじゃなくて?と言わんばかりの挑発的な視線。
こいつめ、仕返しとばかりに揚げ足をとりやがって。
きっと、私の顔は羞恥で赤くなっているんだろう。
今すぐにでもこの場から逃げだしたいが、どうせ敵わない。
「お望み通りの渋めの紅茶だ」
「ありがとう」
咲夜のお代わりを淹れるついでに自分のカップにも注ぐ。
見るからに渋そうな、濃い色の紅茶。
咲夜を見ないようそっぽを向いてカップに口をつけた。
口の中に広がるのは、濃くて渋い紅茶の味。
それでも、口に残る甘さは消えない。
甘いのはきっと、コイツがいるからだ。
「甘いな」
「そう?ちょうどいいと思うけど」
「濃くて渋いぜ」
「もう、どっちなのよ」
それはとある日の。
甘くて渋い、魔法使いと従者のティータイム。
後書きに全力で同意せざるを得ない。
だがそれがいい
もっと流行れ
いいぞ、もっとやれw
もっとはやれはやれー
咲マリもいいなぁと思う今日この頃。
すばらしい響きだ。