妖怪の山の麓、霧の湖にある島の畔に建つ洋館「紅魔館」。
その中の一室で、何者かが何かを探していた。
「ふふふ…ようやく見つけたわ」
薄暗い物置の中から探し出したのは、見るからに怪しい機械。
その機械の名前は「カリスマブレイカー」
そうデカデカと書かれているからよく分かった。
そして、これを使ってとある病気を引き起こそう。
その病気にかかれば…
……
はっ、いけない。
とにかく、作動させないと。
それにしても、見れば見るほど奇妙な形だ。
鋭く光る鍵爪のような足。 それが4本、胴から四方に別れて全てを支えている。
足の中心部には螺旋状に伸びる胴体、その上部は薔薇の花を模したようなものが広がっていて
その花の上には平坦な板が置かれている。
まるで統一性がない組み合わせ。
禍々しい雰囲気を醸し出している下部に、不自然なほど端正な上部。
その板の真中には、赤く光る小さなボタンがひとつ。
ご丁寧に「これがスタートボタンだよ」と書いてあり
更に矢印で示してあるから間違いようがない。
これがスタートボタンだ。
ポチッとな。
その瞬間、私の目が眩むほどの光が機械から放たれた。
目を腕で庇い、光に慣れるのを待つ。
「…相変わらずね」
しばらくそうしながら瞬きを繰り返すと、眩しすぎる光源にようやく目が慣れたようだ。
目を開けると機械は消えていて、その場所に誰かが居るのが見えた。
それは、私がよく知っている人…いや、人ではないか。
「…また、これを使うのね」
その誰かが私に話しかけてきた。
「ええ」
そっけない返事をする。
長々と話をしたい相手ではない。
「…でも、どうして?」
「そんな事はいいから、早く始めなさい」
彼女を急かす。 特に急いでいるわけではないけど。
「…はい。では、今回はどちら様に致しますか?」
「……」
私は一呼吸置いてから、その者の名を口にする。
「十六夜咲夜」
これから始まるのは喜劇か。 それとも、惨劇か。
あなたは、どちらを選ぶのかしら?
―――――――――――――――――――――――――――――――
疾うの昔に陽は沈み、空には月と星が静かに大地を照らしているのみ。
夜に起きて昼間は眠る、この館の主。
その吸血鬼達… お嬢様と妹様は少々足が高めの椅子に座り
他愛のない雑談を交わしながら、足をプラプラさせていた。
「そろそろティータイムにしましょうか」
お嬢様が、ふと思いついたように言った。
「あら、いいですわね」
すると妹様がそれに同意した。
お二方共、ティータイムにすることにしたようだ。
「では、さっそく準備を致します」
まずカップにお湯だけを入れて温め、いつもの通りその準備をする。
今日はどの茶葉を使おうかと少し考えていると、不意に扉が開いた音がした。
全員の視線が一点に集まる。
「………」
入ってきたのは、この館の動かない大図書館。
パチュリー・ノーレッジ様だった。
「お邪魔するわよ」
「パチェはここにどうぞー」
「ええ、ありがとう」
「この場所に4名集まるなんて久しぶりな気がするわ」
「あんまり図書館から出てこないもんね」
「今日は気まぐれよ」
そう言いながら席に着くパチュリー様。
「でも、ほんと丁度いいタイミングね」
「今からお茶にしようって言っていたところなのよ」
「…シュークリーム」
それなら確か2つほど残っていましたね。
「了解です」
「それでね、パチェ…」
「なに?」
さて、お嬢様達が話しをしている間に紅茶を準備しないと。
そうだ。新しく作った紅茶をお出ししようかしら。
ここにはお嬢様と妹様、そしてパチュリー様も居られますし。
………………
「どうぞ」
お嬢様方のカップに、紅茶を注いでまわる。
「あら、今日の紅茶はやけに紅いのね」
お嬢様が私の淹れた紅茶を見た第一印象を言う。
「はい、新しく作ってみたんですよ」
「なんか血みたいね」
妹様がふと思いついたようにそんな事を言うと
「そうなの?」
パチュリー様が不安そうに、私に聞いてきた。
「今日のは違いますよ」
「だったら「そういえば、昨日の月の色もこんな色をしていたわね」
パチュリー様の言葉は、お嬢様の意味深そうな言葉で重ねられた。
どういう意味なのでしょうか?
「確かに昨日は月が紅かったですね」
「何かが起こりそう」
「レミィ、食事中にそんなこと言うものではないわ」
「そんな気にすることでも無いわよパチュリー」
「どーせいつものお姉様の戯言なんだから」
「戯言とは失礼ね」
カップを降ろし、反論するお嬢様。
「こんなにも月が紅い日だからね。本気で…たべちゃうぞー!」
私の耳がおかしいのかしら? 今なんと…?
そんな私のことなど知ってか知らずか、当の本人は立ち上がって妹様のほうへ歩いていく。
「お姉様? 一体どうし…あぁん!」
そして噛んだ。
「がうがう」
「あっ…ぃやっ…そんなとこっ……」
…………………
何が起きたのか、状況把握に時間がかかってしまった。
お嬢様が妹様の耳を…噛んでいる。
いつもはそのような事しないのに。
あぁそれにしても…可愛い……。
このままずっと時を止めたいぐらいです、お嬢様!
そしてそのまま…
「…鼻血を垂らしながら、何を考えているの?」
「あ」
ふと我に返るとパチュリー様があきれ顔でこちらを見ていた。
急いで鼻を押さえ、ハンカチで血を拭う。
鼻血まで出るなんて。
でも、仕方ないでしょう。
あんなに可愛いお嬢様を見て興奮しないメイド長はいません。
「あぁ、お嬢様…可愛い…」
このまま時が止まってしまえばいいのに。
お嬢様が覆いかぶさるように妹様に抱きついていて
耳の次は首を舐めている。
目に焼き付けておこう。
そして後で……ふふふ。
そんな事を考えていたら、また服が引っ張られているのに気がついた。
ふと下を見ると、パチュリー様が困り顔で私を見ている。
「私じゃ止められなかった」
そういえば何かしら言っていた気がします。
「咲夜 あとは頼んだわ」
どうやら今のお嬢様を止められるのは私しかいないみたいですね。
「…はい」
けど、正直なところもっとずっと見ていたかった。
でも、そろそろ止めないと色々とまずい。
主に私と妹様が。
「お嬢様、急にどうなされたのですか?」
そう言ってお嬢様を妹様を離そうとすると
「うー? あー!さくやー!」
お嬢様が私に飛びつき、抱きついてきた。
「っ…!」
「う~ さくや さくやー」
そう言いながら頭をスリスリしてくる。
あぁ、お嬢様がこんなに近くに…。
この感触、懐かしい…。
最近のお嬢様はいつも落ち着いていて、こんな風に抱きかかえるのも久しぶりです。
しかも、お嬢様の方からなんてっ!
私はもう………
いや、でも、この状態は危険。
血が一点、いや二点から次々と流れ出てくる。
「そんなに私を貧血にさせたいのですか?」
お嬢様を汚さないように気をつけながら言う。
「うー? さくや なんかへんだよ?」
「変でしょうか?」
「うん なんだかいつもとちがう…でもね でもね わたしはね」
「そんなさくやがだいすきなんだよっ」
満面の笑みでそう言ったお嬢様。
そんなことを言われるだなんて!
嬉しすぎて何も言えません。
それにしても、お嬢様は私を殺したいのでしょうか?
純粋な想いは時に凶器にもなるといいますし。
このままだと悶え死にそうです。
ならばいっそ、このまま部屋に……………
「咲夜。私達そろそろ行くわね」
パチュリー様の声で妄想から抜け出すことができた。
「あ、待って下さい。少し話したい事があるのですが」
「なに?」
しかし、お嬢様の耳に入ることは避けたい。
近くに行かないと。
「お嬢様、少し失礼します」
そう言って離れようとすると
「うー!うー! どこにもいっちゃやだぁ!」
更に力を入れてしがみついてくる。
駄々をこねている姿も可愛い。
もうずっとこのまま…
そんな欲望に負けそうになりながらも
「少しだけですから ね?」
そう言って頭を撫でる。
「うー… ほんと?」
「本当です」
「ほんとにほんと?」
「本当に、本当です」
出来る限り優しく笑みを浮かべながら、そう言うと
「うー…」
お嬢様は未練がましく手を離した。
ごめんなさい。お嬢様。
そして、お嬢様に聞こえないようにフラン様とパチュリー様に言う。
「フラン様とパチュリー様は図書館に行って下さい」
「私も後で行きます。その時に話し合いましょう」
何の話なのかは言わなくても分かるはず。
「ええ、分かったわ」
「それじゃあ、行きましょう」
妹様とパチュリー様が出て行き、この部屋にはお嬢様と私の二人だけになる
二人きりか…これから何をしようかしら。
そんな他愛のない幻想は
「わー! たまごがばくはつしたぁ!」
爆発音にかき消され、これからの事を考える暇もなく私はレンジの掃除をすることになった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
今後の事を話し合うため、私たちは図書館に集合した。
「このままだと私の血が足りません!」
そして高らかにそう宣言した。
図書館では静かにとパチュリー様に言われるような気がしたのですが、何も言われ無かったのは何故でしょう?
今が異常事態なのだということが分かっているのでしょうか。
「ところでメイド長、私は何故ここに連れてこられたのですか?」
分かっていない方も居ましたか。
「今は異常事態なのよ」
「すみませんがまだ意味が分かりません」
「分かりなさい」
「そんな無茶なぁ」
「とりあえず、こっちに来なさい。 め…め…」
「メロンよ」
「美鈴ですっ!」
「とにかく、ここ、この窓から覗いてみなさい」
「ここですかぁ? あぃたっ」
「見えるでしょ?」
「お嬢様じゃないですか」
その後ろから窓の外を見てみると、確かにお嬢様がいるのが見えた。
そしてお嬢様から少し離れた所には黒い何かが漂っている。
「あれはルーミアね」
「そうみたいですね。ところで…」
「なに?」
「何でここから外が見えるんですか?確かここは地下ですよね?」
「当然よ。 ここは、咲夜の能力で空間が歪んでいるんだから」
「あー 納得です」
「ねー そんなことより外の様子はどーなっているの?」
妹様は日光に当たる事ができないため、少し離れた場所に居る。
「お嬢様とルーミアが居るわね」
「それにしてもルーミア、何だかフラフラしていますね」
「あの子、あぁしていると自分も見えなくなるみたいよ」
「そ、そうなんですか…」
「このままだとぶつかりそうね」
「ええ、お嬢様はジッと立っているだけですし」
お嬢様は一体何を考えているのでしょうか?
降り注ぐ日光の中…日傘を差して。
「あ」
黒い何かと、お嬢様がぶつかり、ルーミアの姿が見えるようになった。
「なにを言っているのでしょう?」
確かに気にはなるけど、ここからでは聞こえるはずがない。
相変わらずうーうー言っているのでしょうか?
「咲夜」
「はい」
「この窓と、あの辺りの空間を繋いでくれるかしら?」
「それはできますけど、あっ…そういうことですか」
何故そのようなことを?と聞く前に理由は分かった。
「確かにそうすれば、お嬢様達が話していることが分かりますね」
「ええ」
「少し待って下さい」
精神を集中し、能力を使う。
「…できました」
これでこの窓は外と繋がっているはず。
耳を澄ますと、お嬢様とルーミアの話す声が聞こえた。
「うー…ごめんなさいです…」
「うー!うー!」
「うー…」
「どういうことなの?」
パチュリー様が窓の外を見たまま、そう呟いた。
「ルーミアもうーうー言っていますね」
「…まさか、あの言葉は感染していく?」
「そんな…」
「え? どういうことですか?」
「お嬢様が急にうーうー言うようになって、そしてルーミアと接触した」
「その結果ルーミアもうーうー言うようになったということね」
「これはまさにうーうー症候群ですね」
中国がそう言う。
なんとも可愛らしい名前だろう。
「それでは、私達も?」
私は抱きつかれて、妹様に至っては噛みつかれている。
しかし、今のところ予兆は無い。
「と…とにかく、これは由々しき事態よ。 感染しないようにしないと」
「でもそんなの、どーすればいいの?」
妹様が言う。
「確かにそうですね…」
「こんなこともあろうかとっ! 前もってマスクを買っておいたのですっ!」
美鈴がどこからかマスクを取りだした。
「そんなもの意味がないわよ」
「えー…せっかくお徳用タイプを買ってきたのに」
「……」
「ほら、ここ、ウイルスを99%カットすると書いてありますよっ!」
「風邪じゃあるまいし」
それにウイルスなんて…仮にもお嬢様は吸血鬼なのですから。
「メロン」
「美鈴です」
「どうでもいいわ とにかく聞いて」
「はい? なんでしょうか?」
「それで感染しない自身があるのね?」
「も…もちろんですよ」
「じゃあ、今からレミィの所に行ってきなさい」
「へ?」
「感染しない自身があるんでしょう?」
「だったらやりなさい」
「ここで私たちが見ててあげるわっ」
3人に囲まれた門番に、逃げ道は無かった。
……………
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「感染したら帰ってこないでね」
「これだけ付けたら感染なんてしませんよ…」
マスクを3重に付けて美鈴は出ていった。
「息苦しそうだわ」
「まぁ門番だしその辺りは大丈夫でしょう」
そんな根拠のない事を言っていたら扉が開き、中国が外に出るのが見えた。
「あ、出て来たわよ」
「早いわね」
「あの子は走るのだけは速いですからね」
そしてお嬢様と接触して――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
図書館の扉がこじ開けられようとしている。
外に居るのは声の質からして門番だろう。
「ここに入られるわけにはいかないわね」
「そうですね」
入られないように図書館の扉を抑えていても、うーうー言う声は聞こえる。
なおさら入られるわけにはいかなかった。
そこでふと、ある策を思いついた。
「ねぇ中国、よく聞きなさい」
それでも扉を叩く音や声は止まない。
「これ以上そんな真似をするなら…」
一呼吸置いて、こう言った。
「この扉ごとあなたを刺すから」
「……」
予想通り、ピタリと音が止んだ。
策と呼べるのかどうかなんて分からないけど、成功したのだから問題ないでしょう。
しばらく待ってからそっと扉を開けて中国が居ないことを確認した。
処理はあと。 とりあえず今は、とにかくお嬢様を…。
「これからどうするの?」
「…そうね あ」
「どうしたのですか?」
「レミィが踊ってる」
急いで窓へと向かい、外を見ると、確かにお嬢様がクルクル回っていた。
その表情はとても楽しそうだ。
「…可愛い」
「え?」
抱きしめたいですっ! お嬢様!
図書館の扉を開けて私は走りだした。
今すぐに駆け寄りたい、その一心で。
「え? ちょっと! 咲夜!」
そんな妹様の声を無視して走り続けた。
それこそ、時間が止まるぐらいの速さで。
むしろ本当に止めていますし。
一秒でも早くお嬢様のもとに行きたくて。
途中で中国を踏んだ気がするけど気にしない。
数秒後には私はお嬢様のいる庭に着いていた。
お嬢様は回るのに夢中で気が付いていないみたいです。
そんな姿を見ていると、ふとこちらを向き目が合った。
「うー? あー!さくやー!」
私の方へ駆けてくるお嬢様。
しっかり受け止めて、抱きしめる。
柔らかく、優しい香りを感じ
そして目を瞑った その瞬間―――――――
「あなたは、私を選んでくれなかったのね」
頭の中で、そんな声が聞こえた気がした。
終わり
その中の一室で、何者かが何かを探していた。
「ふふふ…ようやく見つけたわ」
薄暗い物置の中から探し出したのは、見るからに怪しい機械。
その機械の名前は「カリスマブレイカー」
そうデカデカと書かれているからよく分かった。
そして、これを使ってとある病気を引き起こそう。
その病気にかかれば…
……
はっ、いけない。
とにかく、作動させないと。
それにしても、見れば見るほど奇妙な形だ。
鋭く光る鍵爪のような足。 それが4本、胴から四方に別れて全てを支えている。
足の中心部には螺旋状に伸びる胴体、その上部は薔薇の花を模したようなものが広がっていて
その花の上には平坦な板が置かれている。
まるで統一性がない組み合わせ。
禍々しい雰囲気を醸し出している下部に、不自然なほど端正な上部。
その板の真中には、赤く光る小さなボタンがひとつ。
ご丁寧に「これがスタートボタンだよ」と書いてあり
更に矢印で示してあるから間違いようがない。
これがスタートボタンだ。
ポチッとな。
その瞬間、私の目が眩むほどの光が機械から放たれた。
目を腕で庇い、光に慣れるのを待つ。
「…相変わらずね」
しばらくそうしながら瞬きを繰り返すと、眩しすぎる光源にようやく目が慣れたようだ。
目を開けると機械は消えていて、その場所に誰かが居るのが見えた。
それは、私がよく知っている人…いや、人ではないか。
「…また、これを使うのね」
その誰かが私に話しかけてきた。
「ええ」
そっけない返事をする。
長々と話をしたい相手ではない。
「…でも、どうして?」
「そんな事はいいから、早く始めなさい」
彼女を急かす。 特に急いでいるわけではないけど。
「…はい。では、今回はどちら様に致しますか?」
「……」
私は一呼吸置いてから、その者の名を口にする。
「十六夜咲夜」
これから始まるのは喜劇か。 それとも、惨劇か。
あなたは、どちらを選ぶのかしら?
―――――――――――――――――――――――――――――――
疾うの昔に陽は沈み、空には月と星が静かに大地を照らしているのみ。
夜に起きて昼間は眠る、この館の主。
その吸血鬼達… お嬢様と妹様は少々足が高めの椅子に座り
他愛のない雑談を交わしながら、足をプラプラさせていた。
「そろそろティータイムにしましょうか」
お嬢様が、ふと思いついたように言った。
「あら、いいですわね」
すると妹様がそれに同意した。
お二方共、ティータイムにすることにしたようだ。
「では、さっそく準備を致します」
まずカップにお湯だけを入れて温め、いつもの通りその準備をする。
今日はどの茶葉を使おうかと少し考えていると、不意に扉が開いた音がした。
全員の視線が一点に集まる。
「………」
入ってきたのは、この館の動かない大図書館。
パチュリー・ノーレッジ様だった。
「お邪魔するわよ」
「パチェはここにどうぞー」
「ええ、ありがとう」
「この場所に4名集まるなんて久しぶりな気がするわ」
「あんまり図書館から出てこないもんね」
「今日は気まぐれよ」
そう言いながら席に着くパチュリー様。
「でも、ほんと丁度いいタイミングね」
「今からお茶にしようって言っていたところなのよ」
「…シュークリーム」
それなら確か2つほど残っていましたね。
「了解です」
「それでね、パチェ…」
「なに?」
さて、お嬢様達が話しをしている間に紅茶を準備しないと。
そうだ。新しく作った紅茶をお出ししようかしら。
ここにはお嬢様と妹様、そしてパチュリー様も居られますし。
………………
「どうぞ」
お嬢様方のカップに、紅茶を注いでまわる。
「あら、今日の紅茶はやけに紅いのね」
お嬢様が私の淹れた紅茶を見た第一印象を言う。
「はい、新しく作ってみたんですよ」
「なんか血みたいね」
妹様がふと思いついたようにそんな事を言うと
「そうなの?」
パチュリー様が不安そうに、私に聞いてきた。
「今日のは違いますよ」
「だったら「そういえば、昨日の月の色もこんな色をしていたわね」
パチュリー様の言葉は、お嬢様の意味深そうな言葉で重ねられた。
どういう意味なのでしょうか?
「確かに昨日は月が紅かったですね」
「何かが起こりそう」
「レミィ、食事中にそんなこと言うものではないわ」
「そんな気にすることでも無いわよパチュリー」
「どーせいつものお姉様の戯言なんだから」
「戯言とは失礼ね」
カップを降ろし、反論するお嬢様。
「こんなにも月が紅い日だからね。本気で…たべちゃうぞー!」
私の耳がおかしいのかしら? 今なんと…?
そんな私のことなど知ってか知らずか、当の本人は立ち上がって妹様のほうへ歩いていく。
「お姉様? 一体どうし…あぁん!」
そして噛んだ。
「がうがう」
「あっ…ぃやっ…そんなとこっ……」
…………………
何が起きたのか、状況把握に時間がかかってしまった。
お嬢様が妹様の耳を…噛んでいる。
いつもはそのような事しないのに。
あぁそれにしても…可愛い……。
このままずっと時を止めたいぐらいです、お嬢様!
そしてそのまま…
「…鼻血を垂らしながら、何を考えているの?」
「あ」
ふと我に返るとパチュリー様があきれ顔でこちらを見ていた。
急いで鼻を押さえ、ハンカチで血を拭う。
鼻血まで出るなんて。
でも、仕方ないでしょう。
あんなに可愛いお嬢様を見て興奮しないメイド長はいません。
「あぁ、お嬢様…可愛い…」
このまま時が止まってしまえばいいのに。
お嬢様が覆いかぶさるように妹様に抱きついていて
耳の次は首を舐めている。
目に焼き付けておこう。
そして後で……ふふふ。
そんな事を考えていたら、また服が引っ張られているのに気がついた。
ふと下を見ると、パチュリー様が困り顔で私を見ている。
「私じゃ止められなかった」
そういえば何かしら言っていた気がします。
「咲夜 あとは頼んだわ」
どうやら今のお嬢様を止められるのは私しかいないみたいですね。
「…はい」
けど、正直なところもっとずっと見ていたかった。
でも、そろそろ止めないと色々とまずい。
主に私と妹様が。
「お嬢様、急にどうなされたのですか?」
そう言ってお嬢様を妹様を離そうとすると
「うー? あー!さくやー!」
お嬢様が私に飛びつき、抱きついてきた。
「っ…!」
「う~ さくや さくやー」
そう言いながら頭をスリスリしてくる。
あぁ、お嬢様がこんなに近くに…。
この感触、懐かしい…。
最近のお嬢様はいつも落ち着いていて、こんな風に抱きかかえるのも久しぶりです。
しかも、お嬢様の方からなんてっ!
私はもう………
いや、でも、この状態は危険。
血が一点、いや二点から次々と流れ出てくる。
「そんなに私を貧血にさせたいのですか?」
お嬢様を汚さないように気をつけながら言う。
「うー? さくや なんかへんだよ?」
「変でしょうか?」
「うん なんだかいつもとちがう…でもね でもね わたしはね」
「そんなさくやがだいすきなんだよっ」
満面の笑みでそう言ったお嬢様。
そんなことを言われるだなんて!
嬉しすぎて何も言えません。
それにしても、お嬢様は私を殺したいのでしょうか?
純粋な想いは時に凶器にもなるといいますし。
このままだと悶え死にそうです。
ならばいっそ、このまま部屋に……………
「咲夜。私達そろそろ行くわね」
パチュリー様の声で妄想から抜け出すことができた。
「あ、待って下さい。少し話したい事があるのですが」
「なに?」
しかし、お嬢様の耳に入ることは避けたい。
近くに行かないと。
「お嬢様、少し失礼します」
そう言って離れようとすると
「うー!うー! どこにもいっちゃやだぁ!」
更に力を入れてしがみついてくる。
駄々をこねている姿も可愛い。
もうずっとこのまま…
そんな欲望に負けそうになりながらも
「少しだけですから ね?」
そう言って頭を撫でる。
「うー… ほんと?」
「本当です」
「ほんとにほんと?」
「本当に、本当です」
出来る限り優しく笑みを浮かべながら、そう言うと
「うー…」
お嬢様は未練がましく手を離した。
ごめんなさい。お嬢様。
そして、お嬢様に聞こえないようにフラン様とパチュリー様に言う。
「フラン様とパチュリー様は図書館に行って下さい」
「私も後で行きます。その時に話し合いましょう」
何の話なのかは言わなくても分かるはず。
「ええ、分かったわ」
「それじゃあ、行きましょう」
妹様とパチュリー様が出て行き、この部屋にはお嬢様と私の二人だけになる
二人きりか…これから何をしようかしら。
そんな他愛のない幻想は
「わー! たまごがばくはつしたぁ!」
爆発音にかき消され、これからの事を考える暇もなく私はレンジの掃除をすることになった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
今後の事を話し合うため、私たちは図書館に集合した。
「このままだと私の血が足りません!」
そして高らかにそう宣言した。
図書館では静かにとパチュリー様に言われるような気がしたのですが、何も言われ無かったのは何故でしょう?
今が異常事態なのだということが分かっているのでしょうか。
「ところでメイド長、私は何故ここに連れてこられたのですか?」
分かっていない方も居ましたか。
「今は異常事態なのよ」
「すみませんがまだ意味が分かりません」
「分かりなさい」
「そんな無茶なぁ」
「とりあえず、こっちに来なさい。 め…め…」
「メロンよ」
「美鈴ですっ!」
「とにかく、ここ、この窓から覗いてみなさい」
「ここですかぁ? あぃたっ」
「見えるでしょ?」
「お嬢様じゃないですか」
その後ろから窓の外を見てみると、確かにお嬢様がいるのが見えた。
そしてお嬢様から少し離れた所には黒い何かが漂っている。
「あれはルーミアね」
「そうみたいですね。ところで…」
「なに?」
「何でここから外が見えるんですか?確かここは地下ですよね?」
「当然よ。 ここは、咲夜の能力で空間が歪んでいるんだから」
「あー 納得です」
「ねー そんなことより外の様子はどーなっているの?」
妹様は日光に当たる事ができないため、少し離れた場所に居る。
「お嬢様とルーミアが居るわね」
「それにしてもルーミア、何だかフラフラしていますね」
「あの子、あぁしていると自分も見えなくなるみたいよ」
「そ、そうなんですか…」
「このままだとぶつかりそうね」
「ええ、お嬢様はジッと立っているだけですし」
お嬢様は一体何を考えているのでしょうか?
降り注ぐ日光の中…日傘を差して。
「あ」
黒い何かと、お嬢様がぶつかり、ルーミアの姿が見えるようになった。
「なにを言っているのでしょう?」
確かに気にはなるけど、ここからでは聞こえるはずがない。
相変わらずうーうー言っているのでしょうか?
「咲夜」
「はい」
「この窓と、あの辺りの空間を繋いでくれるかしら?」
「それはできますけど、あっ…そういうことですか」
何故そのようなことを?と聞く前に理由は分かった。
「確かにそうすれば、お嬢様達が話していることが分かりますね」
「ええ」
「少し待って下さい」
精神を集中し、能力を使う。
「…できました」
これでこの窓は外と繋がっているはず。
耳を澄ますと、お嬢様とルーミアの話す声が聞こえた。
「うー…ごめんなさいです…」
「うー!うー!」
「うー…」
「どういうことなの?」
パチュリー様が窓の外を見たまま、そう呟いた。
「ルーミアもうーうー言っていますね」
「…まさか、あの言葉は感染していく?」
「そんな…」
「え? どういうことですか?」
「お嬢様が急にうーうー言うようになって、そしてルーミアと接触した」
「その結果ルーミアもうーうー言うようになったということね」
「これはまさにうーうー症候群ですね」
中国がそう言う。
なんとも可愛らしい名前だろう。
「それでは、私達も?」
私は抱きつかれて、妹様に至っては噛みつかれている。
しかし、今のところ予兆は無い。
「と…とにかく、これは由々しき事態よ。 感染しないようにしないと」
「でもそんなの、どーすればいいの?」
妹様が言う。
「確かにそうですね…」
「こんなこともあろうかとっ! 前もってマスクを買っておいたのですっ!」
美鈴がどこからかマスクを取りだした。
「そんなもの意味がないわよ」
「えー…せっかくお徳用タイプを買ってきたのに」
「……」
「ほら、ここ、ウイルスを99%カットすると書いてありますよっ!」
「風邪じゃあるまいし」
それにウイルスなんて…仮にもお嬢様は吸血鬼なのですから。
「メロン」
「美鈴です」
「どうでもいいわ とにかく聞いて」
「はい? なんでしょうか?」
「それで感染しない自身があるのね?」
「も…もちろんですよ」
「じゃあ、今からレミィの所に行ってきなさい」
「へ?」
「感染しない自身があるんでしょう?」
「だったらやりなさい」
「ここで私たちが見ててあげるわっ」
3人に囲まれた門番に、逃げ道は無かった。
……………
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「感染したら帰ってこないでね」
「これだけ付けたら感染なんてしませんよ…」
マスクを3重に付けて美鈴は出ていった。
「息苦しそうだわ」
「まぁ門番だしその辺りは大丈夫でしょう」
そんな根拠のない事を言っていたら扉が開き、中国が外に出るのが見えた。
「あ、出て来たわよ」
「早いわね」
「あの子は走るのだけは速いですからね」
そしてお嬢様と接触して――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
図書館の扉がこじ開けられようとしている。
外に居るのは声の質からして門番だろう。
「ここに入られるわけにはいかないわね」
「そうですね」
入られないように図書館の扉を抑えていても、うーうー言う声は聞こえる。
なおさら入られるわけにはいかなかった。
そこでふと、ある策を思いついた。
「ねぇ中国、よく聞きなさい」
それでも扉を叩く音や声は止まない。
「これ以上そんな真似をするなら…」
一呼吸置いて、こう言った。
「この扉ごとあなたを刺すから」
「……」
予想通り、ピタリと音が止んだ。
策と呼べるのかどうかなんて分からないけど、成功したのだから問題ないでしょう。
しばらく待ってからそっと扉を開けて中国が居ないことを確認した。
処理はあと。 とりあえず今は、とにかくお嬢様を…。
「これからどうするの?」
「…そうね あ」
「どうしたのですか?」
「レミィが踊ってる」
急いで窓へと向かい、外を見ると、確かにお嬢様がクルクル回っていた。
その表情はとても楽しそうだ。
「…可愛い」
「え?」
抱きしめたいですっ! お嬢様!
図書館の扉を開けて私は走りだした。
今すぐに駆け寄りたい、その一心で。
「え? ちょっと! 咲夜!」
そんな妹様の声を無視して走り続けた。
それこそ、時間が止まるぐらいの速さで。
むしろ本当に止めていますし。
一秒でも早くお嬢様のもとに行きたくて。
途中で中国を踏んだ気がするけど気にしない。
数秒後には私はお嬢様のいる庭に着いていた。
お嬢様は回るのに夢中で気が付いていないみたいです。
そんな姿を見ていると、ふとこちらを向き目が合った。
「うー? あー!さくやー!」
私の方へ駆けてくるお嬢様。
しっかり受け止めて、抱きしめる。
柔らかく、優しい香りを感じ
そして目を瞑った その瞬間―――――――
「あなたは、私を選んでくれなかったのね」
頭の中で、そんな声が聞こえた気がした。
終わり
レミさんもなかなかに人が悪……いや、吸血鬼だからこれでいいのか?w