雨が降っている。
しとしとしとしとしとしと……
雨が降っていた。
穢れていて汚れていない雨が降っていた。
刻は夕方。
人間の里から森へ向かって半妖半人が歩いている。
その半妖半人は森近 霖之助。
霖之助は突然、立ち止まって空を見上げた。
「雨が降るな、急いで帰らないとびしょ濡れになる。いや、その前に里に行かないで家の中にいれば良かったのかな?」
彼はふぅ、と一つ溜め息をついてからまた足を進めた。
森が見えてきたなか、地面に落ちている物が出現し始めた。
「……さて、どうするかな?」
霖之助はそれらを眺めながら歩みを遅くする。
彼は、背後に食料などが中に入った大きな布袋を背負っていた。
背負っていて布で体に固定してある。だから両手が空いているわけだが、帰宅についている時に荷物が多くなる事態は面倒なことだった。
ちなみに落ちているものと言えば、外の世界と呼ばれるところから幻想郷と呼ばれるところに“幻想入り”したらしい物だ。
幻想入りとは外の世界で忘れられた、失われたものが幻想となったときに幻想郷に零れてくるために起きる現象だ。
霖之助は店主。香霖堂という名の店の主。
香霖堂はなんの店かといえば外の世界から来たものを売るらしい。玄関前には大きな狸像があるというチャームポイントを持っていたりする。要するにおかしな雑貨店というべきか。
その店の周りには珍しく外の世界で失われたものが集中して落ちてくる。他にもそのような場所は幾つかある。境界の間とか幻想郷の要とか。
香霖堂ではコンピューターと呼ばれる動かないサボリ屋の高機能性式神や、懐中電灯と呼ばれる蝋燭入らずの素晴らしい化物提灯など、幻想郷には珍しいものばかりが置かれていた。
帰り道で荷物がかさばるのは辛いのだが、森の入り口付近にある店もすぐそこなのでそこまで苦労するわけでもない。
それに最近入荷していないしな……
霖之助はそう呟いて、落ちているものを拾う。
番傘も落ちていた。
「おや……? 幻想郷では笠と同じように一般的になっているはずだが……ふむ、まだ生き残っているのか。しかし、他に二、三本も落ちているところを見ると滅び続けてもう忘れられそうになっている辺りか。使えるのに勿体無いことをするね、外の人間たちは」
彼は長々と愚痴を吐いてから落ちている実用的な番傘を優先に物を拾っていった。しかし番傘は小さくないため、すぐに持てなくなった霖之助は仕様がなく、持てない分は残した。
空はもう泣きそうなほどだった。今にも涙が溢れそうなところまできている。
暗くなってきたし、夜の雨の道中ほど恐いものはないと言った霖之助は足早に店へと帰った。
「ふぅ……慣れないことはするべきではなかったな」
香霖堂の中で寛いでいる霖之助は人との関わりが苦手なために人間の里にはめったに赴かない。
めったに赴かないために習慣的でなく、慣れないこととなっていく。
これには慣れないことはしたくないからさらにしなくなり、より慣れなくなる悪循環を含んでいる。
しとしとしとしとしとしと……
外で雨が降っている。
雨の日は空が泣いている様などとそう表現したのはどこの誰だったか。と霖之助はぶつぶつ口から言の葉を漏らしながらお茶を啜る。
お茶を啜りながら窓の外を眺める。
外を眺めながら安楽椅子に座っている。
座っていながら、
ぐすんぐすんぐすん……
音を聞いていた。
「ああ、確かに雨の日は空が泣いているみたいだな」
安楽椅子に座っている彼は空が泣いているという表現を認める。
ぐすん……ぐすんぐすんぐすん……
霖之助は更にお茶を啜る。
ぐすんぐすん……ぐすんぐすん。
霖之助は眉を顰める。
「自然の音ではないな……」
雨の音としてはあまりにも不自然、むしろ生き物の泣き声。人間とか人間とかその辺り。
そのことにやっと気づいた彼はお茶を啜るのを止めて、安楽椅子から立った。
そして店の戸の方へ向かった。
戸を開けてみる。
そこには何もなかった。
霖之助はしばらく思案して左、右、と視線を向けて、真っ直ぐ前へと。
原因発覚。
さっき彼が番傘などを拾っていた辺りに見えたのは、うずくまっていて泣いている様子の人影。
そこから雨の音に混じって泣き声が聴こえるのはほとんど有り得ないことだが、彼は半妖半人。半分は妖怪だ。人間よりは数倍もの肉体能力が優れていた。そのために聴こえたのかもしれない。
それに幻想郷に常識なんていらない。
まだ雨が降っているので霖之助は番傘を差して泣いている人影に近づいた。
「どうしたんだい?」
彼はやや面倒くさそうに、人影に声を掛ける。
声を掛けられた人影は持っていた傘を開いて霖之助に向けた。
霖之助は一歩下がり、首を傾げる。
と、唐突に傘紙――楮製で、美濃や紀伊などの産が有名だ。買うならその産がいいだろう――に大きな一つ目と大きな口が生じる。
目の中で黒く丸いものがぎょろぎょろと動き、口からは太く長い舌が飛び出す。
番傘が変身(←?)した後、その持ち主は番傘をずらし、姿を現した。
女性だった。左右違う色に、青い髪、癖のある髪型をしていた。
そして、舌を出した。
「うらめしやー」
「ええっと……何のつもりだい?」
霖之助は相手に聞いた。
脅かすつもりだったのだろう彼女はしばらく呆然した。
「うぅ~、あきちは多々良 小傘。でも驚かない……誰も驚いてくれない……」
霖之助は呆れた顔をして、何事もないなら僕は帰るよと言った。
小傘は彼の声が聞こえなかったのかぶつぶつと続ける。
「みんなみんな驚いてくれないし、傘は捨てていくし……もう嫌……」
霖之助はそれを聞いて、ああなるほどと納得した。
納得した彼は、
「傘をくれないか?」
驚いてくれないのはどうにもならないとして傘の件はなんとかなるとそう思考したのだろう。
「えっ……」
びっくりとした彼女に対して霖之助は、元々拾おうと思っていたものだしねと返した。
小傘は立ち上がり、霖之助は香霖堂に向かう。
彼女、多々良 小傘は付喪神(九十九神)。
そもそも付喪神とは長い間健在であり続けたものに精神が寄り、神格化としたものである。付喪神もまた森羅万象でありその寄り代は道具、創作物、建造物、そして動植物にまで至る。
しかし、粗末に扱う者もまた多い。
付喪神は福を齎すものだけではなく、禍を齎すものもいる。付喪神は古くから禍を齎す妖怪として語られることが多かった。それほどに物を粗末に扱う者が多かったのだろう。(ちなみに香霖堂には付喪神が憑いている物でありふれていたりする。)
そんな付喪神の一つが霖之助の目の前にいる彼女だ。
「でも……」
「落ちていたけど、拾いきれなくなったから持って帰らなかっただけなんだよ。帰ったら帰った、それで雨が降ってきたしね」
霖之助は苦笑した。
「えへへ~」
小傘は笑顔になる。
「それに、傘は実用的でみんなが買いにくるから多くても困るものではないんだよ。この店では置く場所にも困っていないし……」
二人は香霖堂に到着した。
霖之助は番傘をたたむ。
小傘は有り難うと言った。笑顔で霖之助を見上げ、番傘を明け渡す。彼は微笑で返し、受け取った。
彼女はそうして消えた。
精神体だったのだろうか、付喪神というのもあって本体は傘の方なのだろう。
雨が降っていた。優しい雨が降っていた。
失われたものを忘れられたものを留める世界、幻想郷に雨が降り続けていた。
穢れていて汚れていない雨が降っている。
しとしと、しとしとしとしとしとしと……しとしと……
雨が降っていた。
翌日、雨雲は去った。薄い青色が幻想郷の空にベタ塗りされていた。
「良い朝だ」
香霖堂で目覚めた霖之助は昨日拾いきれなかった物を拾いに行こうと、戸へ移動する。
ふと気づく。昨日拾っておいた番傘が一つなくなっていた。
霖之助はふっと口元を緩め、マイペースな傘は売り物にならないよと音の葉を舌にのせた。
いつしか紅白の巫女が霖之助に言っていた。
「あなたのところには付喪神が多すぎる。どきどき物がなくなるのはあの魔法使いじゃないわ。きっと勝手に散歩にでも行ってんでしょ。付喪神は大抵大人しくしていないから」
そのことを思い出しているのだろう彼は戸を開けて外に出た。
昨日、拾い損ねた物を拾いにいくため、ぬかるんだ地を踏んでいく。
朝の太陽が地上を照らしていた。
幻想郷のどこか、幻想郷の空のどこかでふよふよと番傘が漂っていた。
番傘を差している者は小傘だった。
朝早くに散歩にでも出かけたのだろう。
空を浮遊している彼女の表情はとても嬉しそうだった。
「それに……」
「それに、なんだい?」
「あいつなら死ぬまで返さないでしょ?」
この文章には少し首を傾げました。
「現象は~~~、現象だった」と、あるのですが、私は間違えだと割り切って、読ませてもらいました。
文章はしっかりできていますので、もう少し、面白みを持たせれば良かったと思います。
次のお話も期待しておりますので、頑張ってください。
あ、大学生活についてのアドバイスは出来ませんww
ただ、自炊ができるようであれば大変、食費が浮いて楽だと、友人から常々聞かされています。
まぁ、そんだけです。
ご指摘有り難うございます。すみません、ミスです。修正しました。
面白みですか。これは…はい、課題にします。
自炊ですか。家から通う予定なのでその点は大丈夫です。
あ、でも昼食は弁当の方が浮くのか。
課題とアドバイス有り難うございます。
分かりにくい装飾が多いので、最初はもう少し簡潔な文で書いてみたらどうでしょう。
あと、重なりをなくすことと、つながりを意識しながら。
一例ですが、
>森の入り口付近にある店もすぐそこ。すぐそこなのでそこまで苦労するわけでもない。
こういうところは区切らずつなげていいと思います。
一度、声に出して読んでみるというのはどうでしょうか? 不自然な文が分かると思います。
魅力は十分にあると思うので、今後に期待しています。
はい、すみません。
読者のことを意識して書く心が欠けていたと思いますので意識して書けるようにします。
一例のところを修正しました。
これからは黙読だけでなく音読もしてから完成させるよう気をつけます。
アドバイス有り難うございました。