※本SSは、作品集91収録「しんこうこわい」の続編となっております。
本SSのみでも楽しめますが、宜しければ過去作の方もご一読下さい。
しんこうこわい:http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1258236121&log=91
◇ ◆ ◇
前略、家出しました
◇ ◆ ◇
季節は春。
野原には草花が芽吹き、森では小動物達が冬眠から目覚める頃の事である。
場所は、妖怪の山の頂に位置する守矢神社より。
守矢神社の朝は早い。
と言うよりも、守矢神社の風祝・東風谷早苗の朝はとても早い。
働く気が無い二柱の代わりに家事の一式と境内の掃除。
その他、神社の運営に関する事務仕事の一切を引き受けているからである。
それに加えて、最近になって守矢神社の住人になってしまった付喪神の少女・多々良小傘の存在も、ほんの少しだけ早苗の忙しい日常に拍車を掛けていた。
最初は早苗を驚かせようと奮闘していた小傘だったのだが、そこに諏訪子の入れ知恵をされた事から事態は急転。
あれよあれよと言う間に小傘は早苗の自称「お嫁さん」になってしまい、早苗の困惑も何のそので居候をする事になってしまったのだ。
そんなこんなで今までよりも1/3くらい騒がしくなった守矢神社。
今日もまた、賑やかな一日が始まる予定。
なのだが――……
「ふぇーん! 早苗のアホンダラー!」
「にゃっ!? な、何を言いますか!
ああ、こらっ! まだ話は終わっていませんっ!」
朝の静寂を切裂いたのは、小傘の叫び声だった。
社務所の中からは、ドタドタと物音が響いている。
そして、
「こんな神社、出てってやるーっ!」
引き戸を蹴破りながら登場した小傘は、そのままの勢いで境内の敷石の中へと着地。
瞳には薄らを涙を浮かべ、発する声は怒りで震えていた。
そんな小傘は、その場で唐傘を開くと社務所から逃げる様にして走り出し、
「早苗のっ……バカー!」
そのまま、風のままに飛び去ってしまったのだ。
小傘の姿は見る見る間に小さくなり、やがて妖怪の山からずっと遠く、人里の方へと飛ばされてしまった。
どうやら、今日も今日とて平穏な一日とは行かないらしい――……
◇ ◆ ◇
事の始まりは、私――早苗が朝食の準備をしている時の事。
外の世界から持ち込んだガスコンロに火を点し、フライパンを熱していました。
テーブルの上には卵と油。
そして、幻想郷で得た物と外の世界から持ち込んだ物を合わせて調味料が何点か。
これから朝食に卵料理を作る予定なのです。
具体的には、出汁巻き卵を。
「んーっ……フライパンの熱はっと……」
ボウルの中で卵を混ぜながら、私はフライパンの様子を観察する。
薄く引いた油は徐々に熱を帯び、あと数十秒もすれば十分に加熱は完了と言う所でしょうか。
「うーん。もうちょっと、じっくり弱火で加熱して……うん。これくらいが丁度かな」
ガスコンロの火力を調節していると、そっと背後の扉が開く音が聞こえて来ました。
神奈子様と諏訪子様が台所に来るのは稀。と言うか、ほぼ確立にして0%。
となれば、
「おはよーっ!」
予想的中。
声の主は、最近になって我が家の一員になった付喪神です。
元気一杯で台所に入って来たのは、傘が化けた妖怪の小傘ちゃん。
薄水色のスカートを翻しつつ、彼女は私の元へと歩んで来ます。
自称・私のお嫁さんである小傘ちゃんは……何と言うか、何時も私にべったりくっ付いているのです。
小傘ちゃんがそんな事をしている理由は、諏訪子様に「そうすれば早苗が怖がるよ」と言われているからなのですが……
当然ながら、そんな情報は諏訪子様のデタラメ情報。
何時までそんな嘘を間に受けているのやら。
バカ正直過ぎるのも、どうかと思うのですけどね。
最近では私の部屋の漫画やらDVDやらを見て、外の世界の文化に興味を持っているみたいですし。
変な情報に影響されなければ良いのですが。
「ん、おはようございます」
「早苗早苗早苗ーっ! 今日も一日、怖がらせちゃうからね!」
「あーはいはい。了解了解」
小傘ちゃんの扱いは、大体分かっています。
基本的に、彼女の行動原則は「相手を驚かせる」と言う目的に沿っているのですから。
我が神社の信仰獲得に協力してくれるのもその為。
だから、私にベタベタくっ付いているのも、きっとその為。
……まあ、妖怪らしいと言えばらしいのかもしれません。
特定の目的の為に全力を尽くすと言うのは、何とも妖怪じみていますから。
「早苗は朝ごはんの準備? 何か手伝おうか?」
「大丈夫ですよ。小傘ちゃんは諏訪子様と神奈子様を起こしてきて下さいな。
恐らく、本殿の方におられますから」
「うむっ! 任せろなのだ!」
私に命じられるがままに、小傘ちゃんは台所を飛び出して本殿の方角へと走って行きました。
あんな風に元気の良い姿を見ていると、自然と私の表情にも、ほんの少しだけ笑みが浮かんでしまいます。
最初は、空でたまたま遭遇しただけの相手でした。
けれど、ひょんな事から神社の広報要員になり、気が付けば居候。
つくづく、奇妙な縁もある物です。
「……さて、四人分の朝ごはんを作らないと」
そろそろフライパンの加熱も十分な頃合。
溶き卵をアツアツのフライパンに注ぎ込むと、私は朝食の準備を再開するのでした。
◇ ◆ ◇
「諏訪子様ー、神奈子様ー。朝ごはんの支度が済んだので、そろそろおいでになって下さーい!」
食卓に全員分の朝ごはんを並べた後、私は本殿の方角へと声を掛けます。
声を掛けてから数十秒の後、廊下をぺたりぺたりと歩く足音が二つ。
足音の主は恐らく、この守矢神社に祀られている二柱の神――洩矢諏訪子様と八坂神奈子様でしょう。
かつては国と国で争いをしていた二人らしいのですが、今ではすっかり仲良しな友人。
……いいえ。友人ではなくて、家族です。
「おっはよー!」
「おはよう、早苗。今朝もご苦労様」
「おはようございます。今日は出汁巻き卵とお豆腐のお味噌汁ですよ」
朝の挨拶を手短に済ませると、お二人のお茶碗に白米を装います。
食べ盛りの諏訪子様にはやや多めに、ダイエット中の神奈子様にはやや少なめに。
最後に自分の茶碗に白米を装うと、私は卓袱台の上を一通り見回して全員分の朝食が揃っている事を確認。
「それでは、頂きましょうか」
「はーい。いただきまーっす」
「頂きます」
そして、手と手を合わせて食前の挨拶をしようとした瞬間――
「タンマタンマタンマ! どうしてわちきを放っておいて先に進めちゃうのさっ!?」
ドタドタと、廊下の方から騒がしい足音が聞こえて来ました。
声の主は、足音の勢いもそのままに障子を開けて食卓に乱入すると一言。
「よし! 間に合った!」
「間に合っていませんよ」
「そんなー!?」
とりあえず冷静にツッコミは済ませておきます。
小傘ちゃんは暴走しがちなので、適度にブレーキを掛けてあげないとダメですからね。
「どうして到着が遅いのかと思っていれば、着替えていたんですか?」
私が指摘した通り、小傘ちゃんの衣服は先程までと異なっていました。
先程まで身に纏っていたのは、緑と白、水色の衣服。
けれども今纏っているのは白や青を基調とした改造巫女服。
……私のお古の巫女服、ですね。
「うん!」
「はぁ……別に、服まで同じにしなくて良いのに」
「良いの良いの! わちきは早苗のお嫁さんなんだからさっ! ペアルックは家庭円満のコツだって諏訪子が言ってた!」
「認めた記憶はありませんけどね。小傘ちゃんが勝手に宣言しているだけですし」
「にゃぁっ!? いきなり婚約解消となっ!?」
正直、婚約とやらは解消したいのですけどね……
面倒ですし。女同士で結婚とか、ムリですし。そもそも種族が違いますし。
とりあえず、ジロリと横目で諏訪子様へ目配せをしておきました。
……まあ、どうでも良いか。それより今は朝ごはんの準備をしないと。
一人でショックを受けている小傘ちゃんを余所目に、私は最後のお茶碗にご飯を装って、
「はい。小傘ちゃんの分」
向かいに小傘ちゃんが座ったのを確認すると、そちらへ渡します。
先程までショックを受けていた様子だったのに、お茶碗を受け取るとすぐに笑顔になりました。
こんな風に表情がコロコロ変わるのは、見ていて退屈しません。
「うん! ありがとっ!」
小傘ちゃんの主食は人間の驚き。
何でも、「人間がビックリした時に出るエネルギー」との事です。
けれども、こうして普通にご飯だって食べるあたり、案外私と違いは無いのかもしれません。
はむはむと美味しそうにご飯を食べる小傘ちゃんを見ていると、作った甲斐があったと言う物です。
さてと、私も食事を始めましょうか。
「では、いただきます」
「わちきもっ! いっただっきまーす!」
「うむ。豊穣の神に感謝を。頂きます」
「食べるぞー!」
四者四様の挨拶で始まった朝食の時間。
家族の団欒も悪くは無い……ですよね?
まあ、小傘ちゃんはただの居候。
結婚も婚約も、した記憶は一切ありませんけれど。
◇ ◆ ◇
「ねぇねぇ早苗! 今日はさ、一緒に河童のバザーに行こうよ!」
食事を終えて片付をしていたら、小傘ちゃんが新聞を持ってやって来ました。
見出しに書かれているのは、妖怪の山の麓で河童たちが発明品の即売会をするとの情報。
面白そうなイベントなので興味を惹かれる要素はあるのですが、
「残念ですが、今日は神事が」
流石に、お仕事をさぼって行くと言うのはダメです。
「ふぇっ? そうだったの?
それじゃあ明日はどうかな?」
「明日は明日でお守りやおみくじの製作作業がありましてね。ほぼ一日仕事となります」
「じゃあ明後日! 明後日なら!」
「明後日は明後日で人間の里から信者さんをお招きしての神事があります。
と言うか、小傘ちゃんが案内役をする約束だったじゃないですか。人間の里で一番顔が知れているのは小傘ちゃんなんですし」
「う、うー……そうだっけ……」
「忘れないで下さいよ。守矢神社の宣伝要員なんだから」
新聞を持ったまま、しょぼくれている小傘ちゃん。
……こんな風にしょげられると、少しばかり罪悪感がありますね……
けれど、風祝としての本分を疎かにする訳にも行きません。
小傘ちゃんには悪いですが、今回は我慢をして貰うと言う事で――
「……さぼっちゃ、ダメなの?
一日くらい、遊んじゃダメなの?」
「ダメです」
「でもでもっ! 河童のバザーって明後日までしかやってないんだよ!」
小傘ちゃんが指差した場所には、確かにその旨が書かれていました。
今日から明後日までの三日間開催。次回開催の日時は不明。
「たまにはさ、夫婦なんだし一緒にお出かけとか」
「それでもダメです。って言うか、夫婦云々は認めていないと言っているでしょうに。
さて、それじゃあそろそろ神事の支度を――」
時間が迫っているので、会話は打ち切りです。
小傘ちゃんの横を抜けて、外へ出ようとしたら
「…………っ……早苗のばかーっ!」
「きゃっ!?」
いきなり小傘ちゃんに突き飛ばされました。
突き飛ばされた勢いでその場に尻餅をついてしまいます。
「い、いきなり何を!」
「わちきっ……えぐっ……バザー、行きたかった、のにっ!」
見上げた小傘ちゃんの表情は、前髪であまり見えませんでした。
けれども、小傘ちゃんの足元にはポツリポツリと水滴――涙が落ちているのが分かります。
声が上ずっていて……泣いている? のでしょうか。
バザーに行けないのがそんなに悔しい? あるいは悲しい?
けれど、それは小傘ちゃんの都合。
そんな都合で私の仕事の邪魔をされるのは、正直言って迷惑です。
「……たかだかバザーでしょうに。欲しい物があるのなら、勝手に行けば良いじゃないですか。
ああ、でも明後日は小傘ちゃんにも役目があるんですから、行くなら今日か明日――」
目を合わせず、吐き捨てる様にしてそう呟いていました。
小傘ちゃんがどれだけ河童のバザーに行きたかったのかは知りませんけれど、手を出されたから会話がしたくなかった。
捨て台詞、だったのかもしれません。
「――小傘ちゃん一人で行けば良いでしょうに」
「……早苗の…………っ…………」
「……何なんですか? 私がどうしたと?」
刺々しい口調で、小傘ちゃんに尋ねます。
小傘ちゃんの口元はきゅっと結ばれていて、何かを伝えたい様子です。
けれども、
「……居候の身分のクセに。
結婚だの婚約だの、正直言って非常識なんですよ。
大体、小傘ちゃんがウチに居るのは諏訪子様のせいで……私は、その……」
迷惑だ。
なんて言葉がふと浮かんでしまって――……
「ふぇーん! 早苗のアホンダラー!」
再び突き飛ばされました。
今度は後頭部を棚にぶつけてしまい、首の真上に痛みが走ります。
「にゃっ!? な、何を言いますか!
ああ、こらっ! まだ話は終わっていませんっ!」
小傘ちゃんを静止しようと声を掛けるけれど、私の声を無視して小傘ちゃんは逃げてしまって。
「こんな神社、出てってやるーっ!」
玄関口の方で、唐傘を掴む音が聞こえました。
傘立てに突っ込んでいたのを乱暴に引き抜いたせいで、他の傘が倒壊したのでしょうか。
何かが倒れる音が、嫌でも聞こえます。
そして、引き戸が蹴破られる音。
「早苗のっ……バカー!」
最後に聞こえた小傘ちゃんの叫び声は、時が経過するにつれて、徐々に小さくなって行きました。
「全く……何だって言うんですか……」
打ち付けた後頭部を擦りながら、私はそっと立ち上がります。
短い時間の間に二回も突き飛ばされ、玄関は荒らされるわ戸は蹴破られるわ……踏んだり蹴ったりとはこの事でしょうか。
けれど、小傘ちゃんの様子はほんの少しだけ変でした。
普段から感情の起伏は激しいタイプの子でしたが……
あんな風に泣き叫んだり突き飛ばしたりする子ではないと思っていたのですけれどね。
……まあ、これで面倒な居候が居なくなると思えばせいせいすると言う物。
諏訪子様の撒いた悩みの種も撤去された事ですし、これからまた平穏な日常になると言う物でしょう。
小傘ちゃんがしていた宣伝活動の穴を埋めるのが、少々ネックですけど。
「さて! お仕事お仕事っと……」
頭を切り替えてお仕事をしないといけない。
そう自分に言い聞かせながら、私は食卓を後にしました。
◇ ◆ ◇
「おーい? おーい! 小傘ちゃんやーい!」
神事を終えた後、境内を歩いていると諏訪子様が小傘ちゃんを探している現場に遭遇しました。
「おっ、早苗! 小傘ちゃん見なかった?」
「出て行きましたよ。今朝」
「そうか出て行った――って、うぉぃ!?
その口ぶりはお使いとかお買い物とかお散歩じゃなくて、家出とか蒸発とかそう言う類のイベントかい!?」
「ええ。そう言う類のイベントです」
淡々と、私は答えます。
正直、小傘ちゃんの事はあまり思い出したくはないから。
「そ、そう……?
まあ、何があったのかは知らないけどさ。ケンカしたのなら、仲直りするのも大事だよ?」
「ご忠告感謝します。ですが、もう会う事も無いかと」
「……うーん……そこまで言うか…………貴重な宣伝要員で可愛い居候だったのに」
神である諏訪子様にとって、信仰――そして、それを呼び寄せる宣伝は喉から手が出る程に欲しい物。
小傘ちゃんが居なくなったのは、諏訪子様にとって痛い出来事なのかもしれません。
まあ、どうだって良い事ですけれどね。
「では、私はこれで」
「あ、うん! 夕食の準備?」
「はい。そろそろ準備をしないと、間に合いませんから。
……今日からは、三人分で済むので助かりますけどね」
諏訪子様との会話を終了させると、私は社務所の方へと歩み始めます。
居なくなった付喪神の事は、もう忘れないと――
「……お小遣い、あげたんだけどなあ」
別れ際、最後に聞こえた諏訪子様の声が、何故か印象に残っていました。
◇ ◆ ◇
「……で、早苗は何があったんだ。あと、あの傘は何処に消えたんだ」
「知らないよ! 怖くて聞けないんだから!」
「ええい役に立たない祟り神めっ!」
「軍神だって役立たずの癖にっ!」
夕食後、障子の隙間から諏訪子様と神奈子様のひそひそ声が聞こえてきました。
話題になっているのは……まあ、大体予想は出来ます。
私と小傘ちゃんの事でしょうね。
……やはり、勝手に詮索されると言うのは気分が良い物ではありません。
「……お二方共、余計な詮索は無用ですよ」
とりあえず、障子の方向に向けて一声掛けておきました。
「……っ! やばっ!」
「お前の声が大きいから!」
「お二人とも声は十分に大きかったと思いますけどねぇ……
とにかく、小傘ちゃんはもう居ません。元々三人家族だったんですから、元に戻っただけです。
以上、説明終了」
さて、お二方への説明も終えた所で……
寝ようかな。
◇ ◆ ◇
翌日。
お守りとおみくじの製作作業をしていると、部屋の片隅から小傘ちゃんの普段着を発見しました。
ちょこんと綺麗に折りたたまれたシャツとスカート。そしてジャケット。
そう言えば、昨日朝食前に私の古い巫女服に着替えていたんでしたっけ。
……まあ、どうだって良い事ですけどね。
「……はぁ。中々進まない物ですね」
単純作業と言うのは、やはり疲れる物。
こんな時、話し相手でも居れば気分が紛れるのですけれど――……
「残念ながら、私一人しか居ないと」
諏訪子様と神奈子様は、現在外出中。
地獄鴉のメンテナンスで核融合の炉心へ参られたとの事。
……退屈、ですね。
「一人ぼっちってのも、案外退屈なんですねぇ。
……って、諏訪子様と神奈子様は基本的に本殿に引き篭もりだから、これが普通なのか」
こんな気持ちになるのは、昨日までもう一人の居候が居たから、でしょうか?
多々良小傘。
何故か私を慕ってくれた、付喪神。
自称、私のお嫁さん。
「……誰かが居なくなるのって、やっぱり寂しい物なんだなぁ……」
当然と言えば当然の事なのに、自然と呟きが漏れてしまいます。
一人ぼっちは退屈で……寂しい。
そう言えば、昨日は小傘ちゃんに「一人でバザーに行けば良い」なんて事を言ってしまいました。
……そんな事は言うべきじゃなかったかもしれません。
今となってはもう遅い事なのかもしれませんけれど。
「…………はぁっ……続き、頑張ろう」
今日のノルマから計算すると、まだ作業は三割も終了していません。
急がないと。
◇ ◆ ◇
「うぉーい! 早苗やーい! 帰ったぞー!」
日が地平線の向こうに沈みそうな頃、諏訪子様の声が石造りの階段の方から聞こえて来ました。
現在私はお掃除中。
境内に落ちているゴミやら葉っぱやらを纏めている最中です。
「お帰りなさい。神奈子様もお疲れ様です」
「ああ、東風谷早苗もお仕事ご苦労様だ」
「疲れたよねー。地獄鴉のメンテナンスって、結構面倒だよ」
「とは言え、さぼっていては幻想郷にキノコ雲が舞い上がってしまうからな。
私はまだ、世紀末救世主が必要な幻想郷を見たいとは思わないよ」
「同じく」
階段を上り終えたお二方は、境内をぐるりと見回すと一言。
「「で、小傘ちゃん(唐傘)は?」」
「……だから、出て行ったと言っているでしょうに」
いちいち説明するのも面倒なので、一言だけ答えると私はお掃除に復帰します。
……どうしてかは分かりませんが、神奈子様と諏訪子様の視線が、ほんの少しだけ心配そうに感じられました。
今の私は無理をしている。
自分に嘘を吐いている。
そう、言いたげな視線に感じられたのは気のせいだったのでしょうか。
◇ ◆ ◇
お茶碗三つが並ぶ夕食も終わり、片づけを行おうとしていた時。
窓の外から、雨音が聞こえて来ました。
「おぉ~。久々の雨だねぇ」
「ああ。風流な物だ」
蛙だけに諏訪子様は雨の訪れが嬉しい様子。
窓を半分くらい開けて外を覗いてみると、ぱらぱらと小雨が境内の砂利にぶつかり、音を立てているのが見えています。
「明日さ、人間の里から団体さんが参拝に来るんだっけ?
本降りにならなければ嬉しいんだけどねー」
「確かになあ。あまり雨が強いと、参拝よりも家に引きこもる方を選ぶ人も多いだろう」
「そうそう。天気が良いにこした事は無いってね」
確かに、人を招くからには天気が良い方がありがたいという物です。
雨のせいで信仰が集まらないなんて事態になるのは正直避けたい所ですから。
「……って、そう言えば明日は誰が里まで行くのさ?
小傘ちゃんが居ればあの子に頼んでいたけど、今は居ないんだし別の人がその仕事をしなきゃだよね?」
「私がやりますよ。神奈子様と諏訪子様は、神社の方でどっしり構えていて下されば結構です。
神自ら送迎ってのも面白そうですけど、やはり神様は居るべき場所に居ないと」
「大丈夫かな? 早苗ってば、ここ数日ずーっと働き詰めじゃん」
「心配には及びませんよ。送迎くらいお安い御用です」
小傘ちゃんが抜けた穴は、私が補わないといけません。
だから、これからは私一人で二人分の働きをしないと。
ただ、昔に戻るだけなんです。
今までが異常だった。
そう考えないと……
「……やっぱりさあ、小傘ちゃんに戻って貰った方が良いんじゃない?
最近の信仰増加はあの子のおかげって面もあるワケだし」
「確かになあ……なんだかんだで人懐っこい性格をしていたからな。
宣伝役としては、かなりの逸材だった様に私も思うよ」
「元はと言えば、私が妙な事を吹き込んだせい……だけどね」
「信仰を集めれば早苗が怖がる、だったか。
そんな言葉を信じるあの唐傘も唐傘だが、何だかんだで我が神社の恩人だったな……
きちんとした形でお礼が出来なかったのが、少々心残りか」
諏訪子様と神奈子様は、小傘ちゃんに戻って欲しい様です。
小傘ちゃんが居ないとこれからが不安だと言いたい様にも思えて――……
……これじゃあまるで、私が悪者みたいじゃないですか。
「お礼、ですか……」
「ああ。お礼だ。あの唐傘のおかげで、何かと楽しい日々だったからな」
「いっつもいつも、「早苗を驚かせるんだー!」って元気だったよね」
「驚かせるのに成功した事は、結局一度も無かったがな。家事手伝いはそれなりにやっていた様だが」
「ああ。それも私が「家事手伝いをすれば早苗が怖がる」って吹き込んだからだね」
「……全く、お前と言う奴は……嘘も大概にしておけよ」
「――ん……?」
神奈子様の言葉で、一瞬妙な違和感が。
「諏訪子様、そんな事まで吹き込んでいたんですか?」
「うん。そう言うね、小傘ちゃんはすっごく目を輝かせて「がんばるぞー!」って元気になってたんだ。
可愛いから、ついつい色々と吹き込んじゃった」
小傘ちゃんが信仰獲得の協力やら何やらをしていたのは、全て私を怖がらせる為?
そして、私達が小傘ちゃんを受け入れていたのは、信仰獲得の為。
だとすれば、私達は小傘ちゃんをただ利用していただけ?
信仰獲得の道具として、小傘ちゃんに嘘を吐いて利用していた……?
だとすれば……
「まあ、流石に騙し続けるのも罪悪感があったからねぇ……
ちょいと普段の働きを評価して、お小遣いとかもあげてたけどさ」
「ほう。お前がそんな事をするとは珍しい」
「働かざる者食うべからずなら、働いた子にはお小遣いをあげないとだよ」
「そう言えば、昨日諏訪子様はお小遣いがどうのこうのって仰っていましたよね。
小傘ちゃんにそんな物まであげていたんですか」
「ま、一応ね。
小傘ちゃんったら私にお小遣いを貰ったら、「これで早苗にプレゼントを買ってあげる!」って喜んでたっけ」
「……へぇ」
諏訪子様の言葉に、一瞬反応してしまいます。
あの小傘ちゃんがそんな事を……
まあどうせ、諏訪子様に「プレゼントをあげると私が怖がる」とでも吹き込まれたからなんだと――
「別に、「プレゼントをあげたら早苗が怖がる」なんて言ってないのにね。
自分の為に使えば良いのにそんな事に使うんだなあって、ちょっとだけ驚いたよ」
――えっ?
その、つまり……
小傘ちゃんは、純粋に私にプレゼントを……?
「……まあ、もう居ないけどさ」
「路銀にでも使うだろう。気にする事は無い」
「ちょ、ちょっとすわこしゃま!」
「早苗。噛んでる噛んでる」
そんな事はどうだって良い!
諏訪子様の突っ込みにも構わず、私はまくし立てます。
「小傘ちゃんが、本当にそんな事を?」
「うん。二日前の夜の事だったよ」
二日前に諏訪子様がお小遣いをあげて。
昨日の朝、小傘ちゃんが私をバザーに誘って……
なんだか、嫌な予感が……
「……おーい? 早苗やーい?」
「どうした? そんなに固まって」
「もしかして……私、小傘ちゃんに酷い事をしちゃったのかも……
いえ。今までずーっと酷い事をしていて……最後の最後に、とんでもない事をしてしまったんじゃないかなって……」
今までずっと、私は小傘ちゃんを信仰獲得の道具みたいな物だと思っていました。
あちらは、私を怖がらせる為に行動していて、私達はそれが都合の良い事だから受け入れていた。
たまたま、利害が一致したから。
けど、小傘ちゃんは本当に私の事を慕ってくれていて。
貰ったお小遣いも、私の為に使おうとしてくれていて……
その気持ちを、私は冷たい言葉で無下に扱ってしまった?
だとすれば、それは……
「……ちょ、ちょっと小傘ちゃんを探してきます!」
嫌な予感に突き動かされる様にして、私は立ち上がりました。
とにかくこの胸騒ぎは良くない予兆です!
だって……この予感が当たっているとすれば、私は小傘ちゃんに酷い事を――
「お、おい早苗!」
「こんな時間にか? 明日じゃあ駄目なのか?」
「今じゃなきゃダメですっ! って言うよりも、もっともっと早い方が良かったかもしれません!」
諏訪子様と神奈子様が驚いているのを横目に、窓を開けてサッシに足を掛けます。
何処に居るのかは分からないけど……それでも、とにかく探さないと!
「えっと、何時戻れるかは分かりませんけどなるべく早く戻ります!」
「ちょっと待てぇい! 早苗っ!」
「ふぁっ!?」
諏訪子様の叫び声一閃。
何か、小さな機械が私の方へと投げられていました。
顔にぶつかりそうになる所でキャッチしてみると……懐中時計?
「と、時計ですか?」
「上のツマミを三回押して! トリプルクリック!」
「へっ? え、えっと……」
とりあえず言われるままにカチカチカチと押してみると、
「う、うわっ!?」
ヴオン、と電子音が鳴ると共に懐中時計の盤面ががレーダー盤へと姿を変えていたのです。
十字のメモリと、時計回りに回転する光のライン。
どう見てもレーダーですよねこれ!?
「えっと……これは?」
「小傘ちゃんの着てる巫女服にはね、こっそり小型発信機を付けてるのさ!
ちなみに、今早苗が着ている巫女服にも小型発信機が仕込まれている!」
「どうしてそんな物が!? って言うか、初耳ですよそれ!」
「昔からねぇ……早苗が可愛かったから、誘拐犯に捕まる時の事を考えてこっそり仕込んでいたのさ!
あと、風祝の役職が嫌で逃げ出した時の事も考えていた!
まさかこんな所で役に立つとは思わなかったけど!」
「そう言えば、お前は昔からスパイ物の映画やアニメが好きだったか。自作するとは恐れ入る」
まさかの諏訪子様テクノロジー。
ですが、使える物はありがたく使わせて頂きますっ!
あと、騒ぎが終わったら巫女服は一度しっかりチェックしておきます!
「え、えっと……ありがとうございます、諏訪子様!」
「おう! がんばってね!」
レーダー盤を見てみると、小傘ちゃんは麓の方に居るみたいです。
あまり遠くない距離……一時間もあれば、会えるであろう距離。
「それでは、行って来ます!」
足を掛けていたサッシを勢い良く蹴ると、私は敷石の上に着地。
足袋のままになってしまったけれど、靴を履く時間が今は惜しい!
背後からお二方の声援を受けつつ、私は走り出しました。
なるべく、早く見つけないと!
◇ ◆ ◇
夜の妖怪の山を、私はひたすらに下っていました。
目的は、小傘ちゃんを見つける事。
見つけて――誤解していた事を謝る事。
諏訪子様がくれたレーダーのおかげで目的地が徐々に近付いているのが分かります。
もう少し。あと少し。
もうちょっと!
「はぁっ……はぁっ……!」
息が上がりそうになるのを必死に堪えながら、手の中のレーダー盤を頼りに山道を走ります。
途中で木の根に足を取られそうになったけれど、気合でカバー。
靴を履いていないせいで雨に濡れた小石が足の裏を傷付けるけれど、そんなのはどうだって良い!
とにかく、早く小傘ちゃんを――……
「居たっ!」
件の彼女は、レーダーを頼りにしていたおかげであっけなく見つかりました。
大きな木の下でぼうっと立っている小傘ちゃん。
私と同じ巫女服を着ているせいで、夜だと言うのに良く目立ちます。
唐傘も開かずに、木の下で雨宿りをしているのでしょうか……?
「小傘ちゃん!」
「んっ……? って、早苗!?」
「はぁっ……やっと、見つかった……!」
息を整えながら、小傘ちゃんの隣に歩み寄ります。
とにかく、会えて本当に良かった……
早く……謝って……
「早苗……どうしたの? 靴も履いてないし、傘も差してないし」
「えっと……小傘ちゃんに、どうしても言わないと、いけない事が……はぁっ…………はぁっ……」
「う、うん。とりあえず息を整えようか」
「い、いえ。そんな事よりも……」
私は小傘ちゃんの前で思い切り頭を下げて、
「ごめんなさい!」
とにかく、全身全霊で謝罪をしていました。
こんな事で許されるかどうかは分からないけど、それでもとにかく私に出来る事は謝る事しか無いから。
だから……とにかく今は、小傘ちゃんに許してもらえないとしても、謝らないと――
「……ふぇっ?
え、えっと……早苗、どうして謝ってるの?」
えっ?
「むしろ、その……
わちきの方が、謝らないといけないんじゃないかなって……えっと。ごめん……」
……へっ?
◇ ◆ ◇
私が謝りたかったのは、小傘ちゃんの気持ちも考えずに冷たく接してしまった事。
諏訪子様に頂いたお小遣いを、私の為に使おうとしてくれていたのに、その気持ちを無駄にしてしまった事。
どうしても、その事を謝りたかった。
だとすれば、小傘ちゃんが謝りたいと言っているのは?
「えっと……小傘ちゃんが謝りたいって言ってるのは一体」
「……昨日の朝、かてーないぼーりょくしちゃった事」
「家庭内暴力って……ああ、そう言えば突き飛ばされましたっけ」
「うん」
確かに……頭を打ったりしましたっけ。
大きな怪我はしなかったものの、確かに打ち所が悪ければ危なかったかもしれません。
「ごめん……わちき、お嫁さんなのに酷い事しちゃって……
そのまま逃げたりして、謝れなくて……冷静になった後、謝りたいと思ってて……
でも、もう守矢神社に戻れない気がして、ずーっとどうしたら良いか分からなかったの」
「それで、ずっとここに?」
「……うん。
守矢神社に帰りたいけど、帰れない。
だから、せめて妖怪の山の麓でずーっと待っていようかなって」
「待っていようってのは、私が通りかかるのを……ですか?」
「…………」
言葉は無くとも、コクリと頷いた小傘ちゃんの様子で肯定の意思は十分に伝わりました。
ずっと、ずっと……妖怪の山の中で、私が通りかかって出会えるチャンスを待っていた。
恐らく、昨日の朝から今までずっと。
「もう……本当に、バカなんだから。春先とは言え、夜は寒かったでしょう?
雨にも濡れていますし……私の服、びしょびしょじゃないですか」
「……ごめんなさい。借りてた服……なのに」
「……ううん。謝る必要なんてありません。
だって、小傘ちゃんはずーっと私を待っていてくれたんですから。
そんな小傘ちゃんに対して怒りの感情なんて沸きませんよ。
だって――」
一瞬、続ける言葉を言い掛けた所で淀ませてしまいました。
だって、私にはその言葉を言う資格があるのかと自問してしまったから。
……私は、卑怯な人間です。
信仰獲得の為に小傘ちゃんを都合の良い宣伝役にして、彼女の気持ちにも気付いてあげられなくて。
ずっと、小傘ちゃんは「私を怖がらせる」為に私のお嫁さんだの、結婚だのと言っていると思っていて。
でも、小傘ちゃんの気持ちは本物で。
私の為に、バザーに誘ってくれて……でも、その気持ちは私のせいで無駄にされてしまって……
そんな私に――
「だって――……」
そんな私に、小傘ちゃんの旦那様だなんて言葉を言う資格があるのでしょうか?
「……早苗……?」
固まってしまった私を前に、小傘ちゃんが心配そうな瞳で見上げてくれます。
紅と翠。二色の瞳は、優しい眼差しで不安げな私の表情を見つめてくれて――
「大丈夫だよ。わちき……早苗の事、大好きだもん。
早苗の事、大好き。イジワルで真面目で、あんまり驚いてくれないけれど……でも、誰よりも優しいのは知ってるもん。
だから、大好き。
……そんな大好きな相手に乱暴しちゃったのは、きっと悲しい事だと思うから……だから、何だか嫌な気分だった。
おかしいよね。早苗は悲鳴を上げたのに。
人間の悲鳴を聞けば、わちきは嬉しくなれるはずなのに。変だよね」
人間が驚くと、それが心を満たしてくれる。
それが、付喪神である小傘ちゃんの性質。
けれど、私を突き飛ばした時の悲鳴では、そんな気分にはなれなかった……
それはきっと、小傘ちゃんが「驚き」ではなく「悲しみ」を食べてしまったから。
あの時、私はわけも分からず小傘ちゃんに突き飛ばされて、ほんの少しだけ悲しい気持ちになっていました。
小傘ちゃんが我侭を言って、私を困らせているのだと思っていたから。
本当は、私の為にバザーに誘ってくれたと言うのに。
小傘ちゃんに悲しみを感じさせてしまった大元の原因は、私にあると言うのに。
「でも、早苗ともう一度会えて、お互い謝りあって……嫌な気分が、ちょっとだけ晴れたんだ。
もう一度早苗に会えて、本当に良かったと思う」
けれども、小傘ちゃんは私に向けて微笑んでくれる。
その気持ちが……私はたまらなく嬉しい。
「……はい。私も……小傘ちゃんの事、大好きですよ。
だって、私は小傘ちゃんの旦那様なんですから」
「……うん!」
だから、もう私は小傘ちゃんの気持ちを無駄にはしない。
信仰獲得だとか、妖怪だとか、そんな事はどうだって良い。
ただ、小傘ちゃんと一緒に居たいと思うから。
こんなに優しい付喪神を、もう悲しませたくないと思うから。
そして――私自身が、小傘ちゃんに惹かれているから。
「えへへっ。仲直り、だね」
「はい。仲直りです」
そっと差し出した手に、小傘ちゃんの手が重ねられて。
夜と雨の寒さで冷え切っていた指先に、じんわりと熱が戻るのが感じられました。
何時の間にか雨も晴れていて、夜の静寂に包まれた妖怪の山は、ほんの少しだけ幻想的な雰囲気に包まれています。
デートスポット……とでも言うべきなのでしょうか?
せっかく仲直りした所ですし、ちょっとだけ寄り道するのも悪くは……
「で、婚姻も復活?」
「それは……まあ、今後考えると言う事で」
「むぅー……さっきは旦那様だって言ってくれたのに!」
「あ、あれは言葉の勢いと言う物なんです! 比喩です、比喩!
言っておきますけど、書類とかで婚姻するつもりは今の所ありませんからね!」
「ほほー。今の所って事はつまり、いずれは正式な婚約も……」
「ああもう! それはそれ! これはこれ!
ほら、早く帰りますよ! 着替えとかしなきゃダメですから!」
「わわっ! 待っててばー!」
やっぱり、そうそうデートなんてのは無理みたいです。
まあ、私と小傘ちゃんならそれくらいが丁度良いのかもしれませんけどね。
妖怪と巫女。
基本は敵対しあう存在なのだから、そうそうイチャイチャする事もなく……
とりあえず、一緒に暮らす事から初めてみようかな。
そんな事を、小傘ちゃんが追いかけてくるのを感じつつ考えていました。
◇ ◆ ◇
「あー、早苗に小傘。そこに座って話を聞きなさい」
「はーい!」
「えっと、何事でしょうか……?」
守矢神社に戻ってみると、居間で神奈子様が神妙な面持ちで待ち構えていました。
流石は神のカリスマとでも言うべきでしょうか。
表情と語気のせいで、ついつい威圧されてしまいます。
神奈子様はその場にすっと立ち上がると、背後から威光をこれでもかと放ちながら一言、
「明日の事だがな……何となく、私と諏訪子で巫女服が着たくなった!」
「……はぁっ!?」
「と言う事で、明日は私と諏訪子で人間の里からの送迎やら何やらの一切合財を行う!
反論は認めん! と言うか、もう既に衣装作っちゃったし!」
「ちょ、ちょいタンマです神奈子様! お気を確かに!」
「私は正気だ!」
「むしろ瘴気に溢れています!」
突然、意味の分からない事を宣言しだした神奈子様。
何かの異変かと疑い始めた時、神奈子様は優しく微笑んで、
「だから、明日は小傘と二人で何処へでも遊びに行きなさい。
河童のバザー、明日までなんだろう?」
そう、言って下さいました。
満面の笑みで、顔をほころばせながら。
「ま、巫女服云々は冗談だけどね。
神奈子と私の二人だけでも、大体の神社の運営は最低限出来るしさ。
たまには休日って事で、遊んでおいでよ。
……日頃から、早苗には色々と迷惑や気苦労を掛けてた気もするし、たまにはそのお礼をね」
「おい諏訪子。私は冗談であの巫女服を着ると言った覚えは無いぞ」
「辞めた方が良いと思うけどなー。ミニスカで背中開いてる改造巫女服なんて、時代を先取りし過ぎてるし」
「そ、そうか……? コンセプトは一応ボディコン巫女服なのだが……ほら。バブル期に流行したアレだアレ」
「そのコンセプトはアグレッシブ過ぎる気がするよー?」
横から口を挟んできたのは諏訪子様。
どうやら……神奈子様も諏訪子様も、私と小傘ちゃんにお休みを下さったみたいです。
「ねぇ、早苗。もしかしてこれってさ」
「……ええ。そう言う事ですね。
神奈子様と諏訪子様が行っても良いと仰って下さいましたし、バザーに行きましょうか」
「やったー! 早苗大好きーっ!」
「ふぁっ!? あ、こらっ! まだ濡れてるんだから抱きつくな!」
「あー。早苗が出た後にお風呂沸かしたけどさ、もしアレなら一緒に入る?」
「うん! 夫婦だもんね!」
「ああもうっ! だから、まだ夫婦云々は正式に認めていないって言っているでしょうがぁ!」
「ふふふっ。お似合いカップルよ納……なぁ、神奈子」
「ん……? ああ。そうだな……で、諏訪子。私のボディコン巫女はそこまで酷いのか……?」
「うん。酷い」
「うっ…………ううっ…………うわぁぁぁぁんっ!」
そこから先は、てんやわんやの大騒ぎでした。
神奈子様は落ち込んで引き篭もっちゃうし。諏訪子様が「天岩戸作戦だ! 早苗、小傘ちゃん! そこで踊れ!」と命じるし。
何処で覚えたのか小傘ちゃんは小傘ちゃんで社交ダンスなんて出来ちゃうし。
私は小傘ちゃんにリードされっぱなしで踊りに付いて行くのが精一杯で……まあ、楽しかったですけど。
◇ ◆ ◇
そして、深夜。
騒動もとりあえず終了し、お風呂に入った私と小傘ちゃんは隣同士のお布団で寝る事に。
……別に、深い意味はありませんよ。
宴会場になった居間で神奈子様と諏訪子様が転がっているせいで、小傘ちゃんの布団を敷けるのが私の部屋しか無かっただけですから。
「ねーねー早苗っ」
「んっ? どうかしましたか?」
「えへへっ……わちき、早苗の事大好きだよ!
だから、明日からも覚悟しててよね! 大好きな早苗だからこそ、特別な方法で絶対怖がらせちゃうんだから!」
「ふふふっ。楽しみにしていますよ」
「うむっ! 乞うご期待なのだ!」
隣の布団に小傘ちゃんが入ったのを確認すると、私も掛け布団を羽織ります。
かくして本日は終了。
本当に、騒がしい一日だったと思います。
そう。守矢神社は騒がしい神社です。
気紛れで悪戯好きな祟り神に、流行の時代がやや古い軍神。
人懐っこくて真っ直ぐな付喪神が居たり、そんな彼女がちょっとだけ好きな私が居たり。
そんな、騒がしい神社です。
だからこそ……これからもこんな騒がしい日々が、家族"四人"で続きますように。
もう、誰かを一人ぼっちになんかさせたくないから。
そんな事を、自分用のお守りにこっそり祈っている私が居るのでした。
「それじゃあ早苗、お休みっ!」
「ええ。おやすみなさ」
「えいっ!」
瞬間、視界が一瞬紅と翠に染まって。
唇には、何かが吸い付いた感触があって。
小傘ちゃんが覆い被さってキスをして来たんだと理解したのは、小傘ちゃんが自分の布団で熟睡した後で。
理解してしまうと、私の鼓動はどんどん加速してしまって。
驚きやらドキドキやらで、目は冴える一方で――……
「ああもうっ……明日はバザーなのに、これじゃあ眠れないじゃないですか……!」
こうして、私の眠れない夜は更けて行くのでした。
……小傘ちゃんに驚かされたのは、これが初めてかもしれません……初の敗北、です。
神奈子様…無茶しやがって…
ああもう、最高です!大好きです!
ちょっと大人げない若者な早苗も、
乙女ちっく☆はーと全開な小傘も、
過保護なご両親、もといご両神も、
可愛くて可愛くて仕方がないです。
さな
にや
踊れと言われて社交ダンスをする小傘ちゃんww
でも足を踏んで「きゃっ!」とか言いながら小傘ちゃんに抱きついちゃったり、足がもつれて小傘ちゃんを押し倒しちゃったりしたら神奈子様が出てくるかもしれません。
って里の偉い人が言ってた気がする
必死なキャラ作りかわいい。夫婦生活編に期待。
一箇所だけ呼び捨てが
小傘にははじめから甘い早苗さんが多い中で氏の早苗さんはツンツン→デレデレで珍しいと思いました。
だがそれが(ry
何故、バザーでプレゼントでイチャイチャイベントまで書かない(血涙
そしてこの神奈子様は・・・イヤ、ウン、アリナンジャナイカナア
いやあ よいこがさなだった
さぁ早く続きを書く作業に戻るんだ
しんこん怖い○
後は早苗さんが正式にプロポーズするだけですなww
神奈子様のボディコン巫女、普通にいけると思ったのだが……
俺もこの作品には驚かされましたわv
あと神奈子様はもっともっとでしゃばるべき
してしまうではないですか………