境内の掃除を終え大きく伸びをする。
あー肩こった。そのうちばきんぼきんと鳴るんじゃないかしらね。
やっぱ真面目に掃除するなんて私の性に合わない。うん。明日からは掃除するふりに戻そう。
「んー……」
でもこっちの掃除はしとこうかなぁ。
境内の外。鎮守の森の周りを覆うようにわんさかと低級霊がたむろしている。
神社の中にまで入って来るような気合の入った奴は居ないが鬱陶しいことこの上ない。
幽々子クラスなら平気のへいさで入って来るからまだ気分がいいのだが。
風に乗ってざわざわと恨み言が耳に届く。
「ええいぶつぶつと繰り言を」
博麗弾幕結界でも出して追っ払おうかとも思うのだが顰め面が出るだけだ。
何度祓ってもすぐ戻っちゃうのがなー。そんなに居心地がいいのか周囲の森。
根本的に清めなきゃいけないんだろうけどめんどくさい。
清め続けなきゃいけないってのが何よりめんどくさい。
……ま、神社の中に入っちゃえば声も聞こえないしいいかな。
さーてお茶お茶。
風が強くなった。
木々のざわめく音に紛れて低級霊共は声を張り上げる。
痛い痛い憎い憎い苦しい苦しいなどなどなどなど。
うぜぇ。
やっぱ根こそぎ祓おう。
気分的にそろそろ使用期限切れるかなーって気がする作り置きのお札全部使っちゃおう。
破魔札に使用期限とかあるのか知らないけど。
ホーミングアミュレットもごっそり持ち出し風呂敷に包んで腰に縛り付ける。
両手に大麻。両袖はお札でぱんぱんだわ。
「――往くわよ」
博麗霊夢重装型、目標をせん滅する。
「って、あれ?」
風に乗って聞こえてくるのは低級霊の悲鳴だった。
恨み言じゃなく悲鳴。
きゃーきゃー神様だー逃げろ逃げろーわーわーと大騒ぎ。
なによこれ。まだ何もしてないんですけど。
……かみさま?
鳥居をくぐって石段を見に行く。
誰かが石段を上って来る――ってありゃ早苗だ。
早苗の姿を視認した頃にはもう低級霊の気配は消えていた。
歩きながら祓ったの? 器用な真似するわねあいつ。
「霊夢さーん。遊びにきましたー」
ぶんぶん手を振られ、反射的に手を振り返した。
なんか……納得がいかないというか、なんだろう。
早苗には気負った感じは欠片も見られない。一仕事終えたという感じでもない。
「あれ、霊夢さんお出かけですか?」
石段を上り切った早苗は私の姿を見て問いかけてきた。
「んー……」
そのつもりだったのだが出鼻を挫かれた。
「なにやら重装備……異変ですか? 腕が折れますねぇ」
「どこをどう間違えたらそうなるのか全然わからないんだけどそれはもしかして、
張り切ることを意味する「腕が鳴る」と疲れることを意味する「骨が折れる」が混ざったのかしら?」
「わかりません!」
アホの子だ。
満面の笑みで答えるなアホの子。
「あ、これお裾分けですー。肉じゃが作り過ぎちゃいまして」
「ありがと。あんたんとこの肉じゃが美味しいのよね」
今度料理習いに行こうかな。どうしてもこの味が再現出来ないのだ。
恐るべし神奈子。なんで嫁行ってないんだろうあいつ。
というかなんで巫女なのに神様に料理させてるんだろうこいつ。
「? なんですか?」
「ああ、いや……うん。なんとなく理解した」
じっと顔を見るまでもない。こんなアホの子に包丁持たせるなんて恐ろしい真似出来ないわ。
……苦労してるんだろうな神奈子。今度お酒でも持って行ってやろう。
縁側にもらった肉じゃがを置いて装備を外していく。
私の勘では当分低級霊は戻ってこないだろうから身構えるだけ無駄だ。
「それでどこにお出かけに?」
「いや用事もう済んじゃった」
「はい?」
顔に見事な疑問符が浮かんでいる。察しが悪いなぁ。
自分で祓ったんだから気付いてもよさそうなものなのに。
「神社の周りの低級霊が鬱陶しいから祓いに行こうと思ってたらあんたが祓っちゃったのよ」
言うと早苗はぽんと手を打った。
「ああ、またやっちゃいましたかー」
「また?」
「よくあるんです」
急に早苗の顔に影が差す。
「おかげで幽霊見たことありません」
いや別に見たことないならないでいいもんだと思うんだけど。
ぐっちょぐちょのでろんでろんとかはっきり言って見慣れるまで気持ち悪かったわよ?
「見たかったの?」
「とても」
センスなのか感覚なのかえらくずれてるわね。
その情熱欠片も理解出来ないわ。
「訊くも涙語るも涙の学生時代……」
語り始めた。
どこから出したのそのマイク。雰囲気重視なのは知ってるけど。
「私も女学生なぞをやっていた頃はごくふつーにオカルトに興味津々でして」
「興味津々って……あんたオカルト側の人間でしょーに」
「ふつーに憧れるお年頃だったのです」
「それでオカルトってどうなのよ」
「それがふつーだったのです」
話進まないから突っ込まないでくださいよと怒られた。
子供っぽい怒り方するなぁ。私より背高いくせに。いや大して変わんないけど。1cm何ミリかくらい。
「まぁ兎も角。よく友達とオカルトスポット巡りとかしてたんですよね。
廃病院とか曰くありげな廃屋とかなんかよくわからない洞窟とか」
アクティブだなぁ。当時友達じゃなくてよかったわ。連れ回されんのめんどいし。
「ところが私が行くと幽霊の類は自動的に祓われちゃうらしくて一回も見れた例がありませんでした。
神奈子様曰く、現人神の霊力ばりばり放出してるあんたが行けば当然でしょーとのことでした」
あーあれ無意識に祓ってたのね。道理で気負いもしてなかったわけだわ。
うーん歩く護摩壇とゆーか歩く破魔札とゆーか。便利な奴。
散歩させときゃ大概の霊障はどうにかなるなんてご町内で重宝されそうね。
「そんなわけで行く先々のオカルトスポット根こそぎ祓っちゃいまして」
とほほーいと泣かれても。
「難儀な……どんくらい廻ったの?」
「100ヶ所ほど」
「日本全国津々浦々か」
「いえ町内で」
「どーいう町内よ」
「ええまあ」
町内だけでオカルトスポット100選が作れる程度でした。と彼女は呟いた。
噂に聞く京の都に勝るとも劣らぬオカルト密集地ね。
こいつが荒らし回った後じゃさぞ住みやすい町になってそうだけど。
「んー。まあ当然じゃないの? あんたの守護霊神奈子と諏訪子でしょ?
ワケミタマか生霊か知らないけど、あいつらが憑いてるんじゃそこらの悪霊なんてねぇ」
おまけに神奈子の言う通り本人も神様みたいなもんだし。
対悪霊としてはオーバーキルクラスじゃないだろうか。
チルノ相手にマスタースパーク連射する魔理沙みたいなものだ。
「え?」
また顔に疑問符が浮かんでいる。
「なにが?」
「私の守護霊神奈子様たちなんですか?」
気づいてなかったんかい。
「姿が見えるわけじゃないけど……あんたの両肩に神奈子たちのオーラが乗っかってる」
「すごい!」
へ?
「霊夢さん霊能力者みたい!」
「……あんた今まで私のことどう見てたのよ」
霊能力者よ。ばりばり霊能力者の巫女さんよ。あんたと同業だよ。
空も飛べるしお札も飛ばせるわよ。妖怪退治なんて星の数ほどやってきたわ。
こいつどこまで天然なんだろう……神奈子、育て方間違えてるんじゃないの?
「じゃあ霊夢さん幽霊見たことあるんですか!?」
「……日常的に。つーかあんただって見たことあるでしょ。幽々子とか」
「幽々子さんはなんか明るくてぽやぽやしててほっこりしてていい匂いがして幽霊って気がしませんよー。
それにしても日常的にってどんなのですか!? やっぱ透けてたりするんですか!?」
「えー……人魂みたいなのが多いけど……4割くらいが透けてたり手足がもげてたり……」
「すごいすごい! こんな身近に霊能力者が居たなんて!」
だからあんたはどうなんだ。同業他社でしょうが。
大体話聞く限り私よりよっぽど凄い気がするんだけど。
歩いてるだけで祓えるってもう天才の域じゃないのかしら。
「霊夢さん! 今度いっしょに百物語しましょうよ!」
「え。怖い話とか知らないんだけど」
「え」
……浮かれまくってるけど、例え百物語しようとなんか寄ってくる前に祓われちゃって意味がない。
早苗が早苗である限りどんなメンツでなにやろうと幽霊には出会えないだろう。
幽々子クラスの怨霊なんてそうは居ないし。
「……わ、私怪談のストックなら1000話くらいありますから!」
「それは百物語じゃなくて東風谷早苗の怪談講談でしょうが」
しかもその流れじゃ客は私一人か。
別の意味で涼しくなれるわ。
「う……うぅ~」
しゃがみ込んで地面に落書き始めちゃった。突っ込み過ぎたかな。
相変わらず打たれ弱い……神奈子んとこ殴り込みに行った時も一回倒したらもう出てこなかったし。
「いいじゃないですか~。いっしょに遊びましょうよ霊夢さん~」
「子供かあんたは」
「霊夢さんの方が子供じゃないですかー!」
「一歳くらいしか違わないでしょ」
「それでも私の方がおねえさんなんですよ! さ、おねえさんが遊んであげます!」
「お断りします早苗おねえちゃん」
徹夜じゃ済みそうにないし、朝陽の中落胆する早苗とか見たくないし。祟られそうで。
ん? なんで蹲ってぷるぷるしてんの早苗。
「も、もういっかい」
「は?」
「わんもあ! もっかい「早苗おねえちゃん」って呼んでください!」
「早苗おねえちゃん」
「くわぁ! その無表情で淡々とした口調が!」
「あんたが遠くなった気がするわ早苗」
「妹欲しかったんですよー」
淡々と素に戻らないでよ怖い。
「どっちかっていうと早苗の方が妹じゃない? いつもいつも霊夢さーんってさ」
「ぬぐ、で、でもですね。私の方が背高いですし、年上ですし」
「妹に敬語な姉ってどうよおねえちゃん」
「はぅ」
あーからかうの面白い。
退屈しないなぁこいつと話してると。
くるくる表情変わって話が変な方にすっ飛んで。油断も隙もありゃしない。
「ま、二人百物語はなしね。あんたの一人舞台はカンベンよ」
「えー。一回ぐらいいじゃないですか~……お泊り会しましょうよ~」
「だから二人じゃそういうの成立しないっての。いつでも遊んであげるから我慢しなさいよ」
むくれてるむくれてる。
おねえさんぶるくせに子供っぽいんだもんなぁ。可愛い奴。
「もー、笑わないでくださいよぉ」
だってあんたが可愛いんだもん。
「あ。わかった!」
ん? いきなり早苗の顔に強気な笑みが浮かんでいる。
また根拠のない自信なんだろうけどなんだろう。
「霊夢さん実は怖がりなんですね! 私の百物語に耐えられそうもないから逃げてるんでしょ!」
…………まぁ、人並には怖がりだけどさ。
「正直言って早苗の怪談が怖いとは思えない」
「そこまではっきり言いますか!」
あ。つい本音が。
「霊夢さんのいじめっこー!」
あーあ。いじけちゃった。謝っといた方がいいかな。
これでも早苗は友達だし――――
「……?」
なんだろ。今なんか、ちくっとした。
? 棘。うん棘だわ。棘が刺さったような痛み。
なんだろこれ。体が痛いってわけじゃなくて……
「霊夢さん、あれなんですか?」
ちょっとびっくりする。
こいつの立ち直りの早さは知ってたけど、何故か声を掛けられただけで心臓がばくばくいってる。
「あ、ああ、あれ? ここらへん結界の境目だから外のがよく流れ込むのよね」
へーと頷く早苗に欲しいのあったら持ってっていいわよと声を掛ける。
……どうしたのよ私。なんの脈絡もなくお化け見たみたいに驚くなんて。
そりゃ幽霊だの百物語だのオカルトな話してたけど、怖い話になんてなってなかったのに。
積まれたガラクタを見てる早苗を眺める。
打たれ弱いくせに立ち直りの早い子供っぽい私の友人。
何故か、あいつを見てると――胸が、痛い。
なんなのよ、これ。なんか、色々と釈然としない。
なんなわけ? 早苗のくせに私を思い煩わせるなんて。
あーなんか無性にいらいらしてきた。
「溜まってきたからそろそろ霖之助さんのとこに売りに行こうかな」
早苗にはなんにもあげないで全部売っちゃおうかな、なんていじわるを考える。
「霖之助さんって、香霖堂さんですか?」
「そうよ」
ついつっけんどんな物言いになってしまう。
本当は、早苗は悪くないんだろうけど……ええい、いらいらする。
「霖之助さん、ですか」
あれ?
「どうかした?」
「いえ別に」
……頬膨らまして別にもないでしょ。
んー……
嫉妬。
されたのかな、もしかして。
あー、んー。そりゃ発想が飛躍しすぎね。うん。
早苗が、霖之助さんに嫉妬しただなんて。
「……ん?」
逆じゃないの?
普通、霖之助さんと親しくしてそうな私に嫉妬してるって考えるもんじゃないの?
なんで私と親しくしてそうな霖之助さんに嫉妬してるだなんて考えたんだろう。
まるでそれを望んでいるみたいにすんなりと考えてしまって……?
「――ふぅ」
そろそろ、駄目だわ。
わからないふりとか、もう無理。
勘の良さには定評がある私がいつまでも気付かないとかあり得ない。
たぶん、ずっと前から気付いてた。
ただ素直になれなくて、気付かないふりを続けていただけ。
「ねー早苗」
「はい?」
私を見る早苗はもうむくれた顔をしていない。
いつもどおりのキレイな顔。
「あのさ」
彼女の顔を見つめたまま口を開く。
この勢いを逃さじと、言ってしまえと己の背を押す。
「あー……」
言って、しまえれば――いいんだけど。
「……居間に、オカルト関係の本だけど拾っといたのがあるから、読んでいいわよ」
「え、いいんですか!? わーい! 久しぶりの外の怪談本!」
私の横を駆け抜けて早苗は本を読み耽る。
脱ぎ散らかした靴を拾って揃えて、苦笑する。
よもや、この私が、ね――
大きく溜息を吐く。どうにも肩の力が抜けない。
だって、こいつといっしょに居られるだけで楽しくて和んで癒されるだなんて――
言いたいけど、言えない。しかもその理由が情けない。
秘めた恋なんて儚げで綺麗なモノだったらどんなによかったか。
私としては、さっさと伝えたい気持ちもあるんだけど……
「早苗じゃあ、ねぇ」
このアホに知られたら三日以内に魔理沙やらブンヤやらに知れ渡るのが目に見えている。
早苗だって羞恥心とか世間体とかあるし、無暗に言いふらさないでこっそりとしようとするだろう。
しかし隠そうとしたら空回りしまくって全てを漏らすのが目に浮かぶ。そうなったらなんかもう破滅だ。
私のプライベートなんて消えてなくなる。
それに、まだ問題は山積みだ。
早苗は私に好意を抱いてくれているのはわかるけど、それが私と同じ種類のものかまではわからない。
これに関しては私の直感もさっぱり働きやしない。肝心な時に役立たずな勘め。
さっきの霖之助さんの件を見るに……脈なし、ってほどではなさそうだけど……
いざびびってしまうと悪い方悪い方に考えてしまう。断られ方なんて数パターン想像してしまった。
足が竦んで動けんわ。
……断られるくらいならいいけど、もし、嫌われたらなんて思うと。
いやそれ以前の問題として相手が早苗って時点で色々と困ってて……
ああもう、本当に――
「――――おそろしくて言えない」
そして、凄い激甘でした。
と、思ったら既に天井まで逝っちゃっていた。
こんな感じが私は好き。
まぁなんだ。さっさと素直になれよ二人とも!
アホの子の早苗さんだと…
大麻とゆー字を見ると、どうしても(おおぬさ)ではなく(たいま)が先に浮かんでしまう。
・・・霊夢さん、じつは密かに大麻を売り捌いてて両袖が札束でぱんぱんだとか・・・
ああっ、これ以上はおそろしくて言えない。
そして後書きに全面的に同意である。
天然な早苗さんもちょっと弱気な霊夢さんも可愛くて仕方がありません!
アリだーーー!
続いてくれーーーーー!
是非続きを!
ラブコメはあんまり読まないのだけれど、素直に感心してしまった
レイサナは素晴らしい。
・・・爆笑ww
この早苗さんツボ過ぎです
思わず応援してしまいました。
素敵なレイサナをありがとうございました。
何ですかこれは俺のために書かれた作品なんじゃないかってぐらいドツボじゃありませんか。
どうなってんの? わっちの理想の守矢霊夢関係がどうしてここにあんの? おぉ、こわいこわい
レイサナおいしいです
この一言が秀逸でした。
次のもわくわく。
同じように、実力はかなりあるだろうにド天然なあほのこの早苗さんもすごくしっくりきました。
あなたの作品は、いつもいつも見慣れたキャラの新しい解釈を提示してくれる。
ところで、料理上手な神奈子様に惚れたので俺が嫁にもらって良いですか?