玄関に魔女が立っていた。
よく見ると頭の帽子の月が門松に変わっていた。
見た目がメタリックで光沢でギラギラと光っている月。
それが、門松に変わっていた。
竹に松の葉に梅の花だろうか。
松の葉があちこちに広がっていて、何本か頭に刺さっていた。
魔女がこほんと堰をする度に、門松は揺れた。松が頭に刺さるのだろう。その度に魔女はちょっと痛そうに顔をしかめていた。
イメチェンでもしたのだろうか。
しかし、イメチェンというにはあまりに純日本的である。こいつは生粋の西洋魔女。
どうして門松なのだろうか。魔力が篭っていたりするのだろうか。
それにしたって下の服がネグリジェなのに、上が門松なのはあまりにアンバランスすぎる。
せめて上が門松ならば下は和服にすべきではないだろうか。
ちょっと注意してあげたいのだが、こういう場合、どう言えばいいかわからない。
仮にも女の子であるこいつに向かって、センスが台無しなんて事は言えるはずもない。
「あけましておめでとう」
門松、いや、魔女が言葉を発した。
あまりに門松に視線が行き過ぎていて、一瞬気が付かなかった。
「ハッピーニューイヤーとでも言うべきだったかもしれなかったわね」
門松が揺れた。
松の枝が頭に刺さっているのが気に入らないのか、魔女はほんの少し顔をしかめた。
「今年もいい年になるといいわね、アリス」
白い息を吐きながら、微笑みながら言う魔女に、なんとなく寒気がするアリスであった。
「ところでアリス、寒いんだけど」
しかし一番の問題は頭の門松ではないことに、アリスはようやく気が付きつつあった。
すなわち、何故元旦のしかも日が明ける前に、こいつが自分の家にいるのかということである。
毎年紅魔館ではニューイヤーパーティーと称されたビンゴゲームが行われているらしく、紅魔館からカウントダウンと同時に盛大な花火が上がるのを魔法の森から見ている。
こいつは普通、毎年紅魔館で年を越している筈であって。
だから、紅魔館から3時間かかる魔法の森の端っこに居るなんてことは前代未聞のことで。
「アリス、寒いんだけど」
どうするべきだろうか。
一番の問題はそれだった。
ここでこいつを家に上げれば、朝まで、いや三が日まで居座られることは間違いない。
1年ぐらい前初めて自分の家にこの魔女がやって来た時から、彼女が家に来る頻度は高くなっていた。
来るたびに冷蔵庫を開け、牛乳をパクられ、ブランデーを飲み漁られ、ワインをぶっかけられ、食糧を勝手に食べられた。
しかも二言目には安っぽい味だの、口に合わないだの、散々な言い様であった。
その度に追い出そうとしたものだったが、奴は中々動かなかった。
押しても駄目だったし引いても駄目だった。家の中なので魔法で攻撃することもできなかった。
どうにも私の留守中にこの家に魔法をかけ、動かないように仕組んだらしい。
そこまでやるこの魔女に私は心底呆れたものだったが、その術式を解除することは未だに叶っていない。
意外と高度な魔法で、図書館でそれに関する本を探さなければならず、おまけにそれを奴が隠し持っているという最悪のパターンなのである。
ともかく去年という年は、この魔女にひたすら迷惑を被った年だった。
「アリス、寒いんだけど」
今年はどんな年になるだろうか。
ここで奴の侵入を許せば、奴は付け上がり、行動が更にエスカレートするに違いない。
何事もスタートが肝心である。
そういった意味で、新年早々こいつを家に上げて良いものだろうか、と思う。
友人ならまだいい。しかし私にとってこいつは迷惑極まりない人物である。
追い返したいのに追い返せない、とても迷惑な人物である。
ここで追い返せなかったら、今年一年は絶対にこいつを追い返せないような気がする。
アリスは拳を握った。
「パチュリー、悪いけど」
「ふえっくしゅ!!!」
壮大なくしゃみであった。
門松に刺さっていた梅がはらりと落ちた。
少しびっくりするアリスであった。
魔女は、腰を折りながら、ごほっ、ごほっ、と堰をしている。
その度に門松が揺れて、奴の頭に松が刺さった。けれど、痛そうにしているか、表情が見えないのでわからない。
そういえば、夜には少し雪が降ったらしく、新雪が辺りをうっすらと覆っていた。
今は星が出ているが、ほんの少し雲も出ていた。
薄着で玄関まで出てきたせいなのか、段々と寒く感じてきた。
「ごほっ、ごほっ」
「パチュリー」
「ごほっ、ごほっ」
「パチュリー、上がって」
「ごほっ、……いいの?」
魔女が上目遣いでこちらを見る。
アリスは視線を逸らした。
「いいわよ、寒かったんでしょ。そんな所にいつまでもいると風邪引くじゃない。体が弱いアンタなら余計」
「グッド!!」
魔女が親指を突きたてた。
その瞬間、かじかんだ手の先の青白い親指だけが、アリスの目に映った。
アリスは魔女の胸倉を掴んだ。
「パチュリー、いい、パチュリー、アンタはね、もうちょっと礼儀ってものを覚えたほうがいいと思うの。私いつも言っているでしょ。礼儀がなってないって。人の家の冷蔵庫は開けないとか、人の家の人形は勝手に盗まないとか。それにね、人の家に上がるときにはまず第一にお邪魔しますでしょ。私いつも言っているでしょ、図書館に来たときに。そういうのってね、お互いが気持ちよく過ごす為にすごく大事なことだと思うの。端的に言ってしまえばあんたのその態度はすごく苛々するのね。何がグッドよ、確かにアンタを追い返せない私が悪いんだけどね、そういうのにつけこむのってなんだかすっごい苛々するのよ」
「む、むきゅうっ、苦しいむきゅうっ」
「私がどんな思いでアンタに向かって言っていると思っているのか全然わかっていないでしょ。心配しているの。確かに心配するのは私だけど、それにつけこむのって人としてどうかと思うのよね。わかるかしら。今度やったら本当に追い返すわよ。本気だからね私」
「む、むきゅう……」
ちょっぴりしゅんとする魔女であった。
その様子を見て、アリスは胸倉から手を離した。
「まあいいわ、ここで話すのもアレだし。どうせ上がるんだったら早いほうがいいでしょ。とっとと中に入りなさいよ」
「げほっ、げほっ、あ、アリス……」
「なによ」
「ありがとう」
「……別に、いつものことでしょ」
かと言って、急にいお礼を言われると、どうすればいいかわからなくなってしまうアリスであった。
あまり顔を見られたくなかったので、足早に家の中に入って行った。
あとで玄関を振り返り、上海人形の髪の毛を頭上でパイナップル姿に結んでいる魔女を見て、またこいつを家に上げてしまったと、ちょぴり後悔してしまったのはまた別の話である。
魔女の家で謹賀新年
リビングでは魔女が座っていた。淡々と本を読んでいた。
アリスはお茶を淹れ、彼女の目の前に座っていた。
いつものことだった。だから、特別に何かをするというわけではない。
最初の頃は、家に来て何をするわけでもなく本を読み続ける彼女に対して居心地の悪さを感じたものであった。
しかし、それが彼女にとっては普通であるということを知ったし、アリスにとっても普通になっていったので、最近ではあまり気にしないでいる。
もっとも、何故彼女が家に来るのかという理由については、全くわからないでいるが。
しかし今回はただ単にやってきて、いつものように本を読んでいる、というだけではない。
いつもと微妙に違っているのだ。
原因は頭の門松である。
どうにもアリスはあの門松が気になって仕方がない。
一体どういった経緯であの門松を手に入れたのだろうか。誰が作ったのだろうか。そして何のために作ったものなのだろうか。
竹は竹林から切ってきたものだとするならば、松はどこから取ってきたものなのだろうか。魔法の森や紅魔館周辺に松なんてものは見た事がない。
これを作ったのはやはりパチュリー本人なのだろうか。それ以外に考えられないのだが。もしかしたら小悪魔に作らせたのかもしれない。
そして、何故門松なのだろうか。それが一番重大な問題である。
縁起が良いことは知っていた。麓の神社でも門松は飾ってあったし、里の民家にも飾ってあった。
縁起が良いということは何らかの魔力を持っているということと同義なのかもしれない。
パチュリーのアクセサリーには何らかの魔力が籠められているという事実は、知った人からすれば有名な話である。
パチュリー様に勝ちたければまず衣服を剥ぐことです、なんてどっかの馬鹿悪魔は言っていたが、そういう趣味はありませんときっぱり断った、なんてこともあった。
とにかくあれはアクセサリーの類なのだろう。端から見ればとてもミスマッチで、逆に魔力が吸収されそうな気がするのだが。
せめて洋服ではなくて着物を着て欲しい。長い髪も持っていることだし、結構似合うと思うんだけどな。
頭がお正月なのに下が普段どおりでは、こっちは噴出すのを我慢するのに必死だ。
「なによ」
パチュリーが本から顔を上げてぎろりとこちらを睨んだ。
門松が揺れた。
アリスはまずいと思った。
「別になにも」
「そう」
ならいいんだけど、と言って、魔女は再び本に目を落とした。
紅茶を持つ、アリスの手が震えていた。
(こらえて……!こらえるのよアリス……!別に門松なんていつものことじゃない……!)
いつものことではないことぐらい自明であったが、嘘でもいいから自分に言い聞かせるぐらいしか方法はなかった。
思えば前にも頭のアクセサリーが怖い顔付きの太陽だとか、バナナだとかに変わっていたことがあったが、なかなか訳を聞けずにいた。
おそらく本人からすれば、ただのファッションの一部なのだろうけれど。
「ね、ねえパチュリー」
「なによ」
「ええと」
駄目もとで聞いてみるべきだとアリスは思った。
「頭のそれ、なんで変わっているの」
「頭って」
「帽子のアクセサリーのことよ」
「ああこれね」
パチュリーは門松を指差して、笑いながら、
「かわいいでしょ」
と言った。
「え、ええ。すごく似合っていると思うわ。縁起もいいし」
「そうなのよ。お正月ぐらい気分を変えてみようと思って。なのにレミィったら私の姿を見て大声上げて笑うものだから、賢者の石を投げつけてやったわ。まったく失礼しちゃうんだから」
「そうね。とても似合っていると思うわ」
「アリスならわかってくれるって信じていたわ」
笑いながら言う魔女に、アリスはどうしていいかわからなくなってしまった。
ここで私が笑えば彼女は賢者の石どころではないだろう。やはり女の子にセンスが台無しだなんてことは決して口にしてはいけないのだ。
ある意味センス抜群だけれども。
そんな風にアリスが暗中模索しているときだった。
ゴーンと遠くで音がした。
神社の方向だった。
除夜の鐘がずっと鳴り続いていたことに、二人はようやく気が付いた。
「除夜の鐘ね」
「あら知っているの」
「知っているわよ。本で見たわ。あと毎年レミィが神社に行っているもの」
私は家にいて本を読んでいるけれど、と魔女は付け加えた。
「毎年毎年よく行くわねって思っていたのよね。外は寒いし、雪が降っているし。私たちの文化にそういうのはないから余計。でもよく考えれば、毎年神社で宴会があるのよね。それのために行っているのかも知れないわ」
「そういえば、毎年来ていた気がするわ。あの吸血鬼」
「やっぱりね。いつもこの時期は寒いから私はあまり出かけないんだけど」
毎年毎年よくやるわよね。そう言って魔女は再び本に視線を落とした。
もうひとつ重大な疑問があった。
なんで一月一日の夜に、こいつは私の家にいるのだろう、ということだ。
何か用でもあったんじゃないのだろうか。まさかハッピーニューイヤーを言うためだけにここへ来たわけではないだろう。
何か理由があるはずだ。この魔女のことだ。決して顔には出さないが、何か企んでいることがあるに違いない。
去年は何か事がある度に、この家に来ていたような気がするが。
「アリスは神社に行くの?」
「え、ええ。行くけれど」
「そう」
そう言って、魔女はまた本に目を落とした。
もしかしたら、彼女も神社に行きたいのだろうか。
それで私を誘おうとしたのだろうか。
しかし、私は割と神社に行っているということも知っている筈であるし、もしも行きたければレミリアと一緒に行く筈だ。
私を誘う理由がない。
じゃあこいつがここに来た目的は一体何だというのだろうか。
「神社の宴会は楽しいの?」
「え、ええまあいつもどおりよ」
「そうなの」
「ええ、まあ」
やはり、行きたいのだろうか。私としては一緒に行くのは全然構わないのだが。
「行ってみる?」
思い切って聞いてみる。
魔女の門松がちょっとだけ揺れた。
「行くって」
「神社よ。宴会に行くのよ」
「レミィがいるわよ。また頭のアクセサリーを馬鹿にされるわ」
「大丈夫よ。あの吸血鬼はきっと霊夢にしか興味ないわ。貴方のか……門松なんて目にしないわよ」
門松という単語を口にした瞬間、噴出しそうになるのを必死でこらえたアリスであった。
「そう、それなら一緒に行ってあげてもいいわよ」
本を読みながら魔女は言った。
どうしてこういちいち上から目線の発言なのか、ちょっとイラっとするアリスであったが、それもすぐに消えた。
要は単なる照れ隠しなだけだと知ったからだ。
そこそこ付き合っていくうちに、実はお祭り好きだとか、でも決して表には出さないようにクールに振舞っているところとかがわかってきた。ぶすっとした物言いも、そういったことの一部なのだ。
特にこう言った場合、本人は結構楽しみにしていたりする。面倒であるがそういう奴なのである。
しかしである。
行くのはいいが、このパチュリーの姿を見たら、レミリアを含め、他の皆はどう思うであろうか。
特に魔理沙なんかに見せた日には、大声で笑い出し、結果ロイヤルフレアが確実であることは目に見えている。
しかし、本人に今更アクセサリーを変えろ、なんてことは言えない。
見たところ、本人は相当気に入っているみたいだからだ。
一度こうと決めたことは死んでも曲げないのがこの魔女……というか自分の知り合いに共通する厄介な性格である。
もっとも、弾幕ごっこなんてやっている以上、そういう奴らばかりであることは自明なのだが。
それに先ほども言ったが、女の子にセンスが台無しなんて言うことは、結構本人を傷つけることになる。それが彼女が私を攻撃する理由になってはかなわない。
そうなるとやはり、自宅待機が一番堅実な選択になるのだろうけれど。
「おみくじなんてまじないもあるんでしょ」
「まじないっていうか占いよ」
「そう。タロットみたいなものかしら」
「それとはちょっと違うみたいだけど……霊夢は年末から奥の部屋に引き篭もって何か書いていたみたいだし」
「ふうん」
絶対行きたいんだろうな、と本に目をやりながらもぞもぞと足を動かす魔女の姿を見て、アリスは直感した。
決して口にはしないのも、この魔女の性格だった。
そのかわり、興味のない振りをして聞きまくったり、体のどこかを無意識に動かしたり。
長年の付き合いでもないのにわかってしまう自分がなんだか嫌だったが、あえて考えないことにした。
それよりも、この状況である。
このままでは、頭に門松をつけたままの魔女と一緒に初詣に行くことになる。
ある意味縁起がいいのかも知れないが、災いの元になる可能性の方が大きい気がする。
さて、どうするべきだろうか。
「ああそうだ、パチュリー」
「なによ」
神社に行き、門松もつける。それならばこれしか方法はない。
「着物って知ってる?」
アリスは思い切って聞いてみることにした。
上を変えられないのであれば下を変える。
アリスが悩んだ末に思いついたことだった。
「着物って、よく紅いのとかが着ているやつ?」
「それとはちょっと違うんだけど……ほら里とかでみたことないかしら」
「外にはあまり出ないのよ。ましてや人里なんて」
「そうだったわね」
「でも形ぐらいなら知っているわ。図書館の東洋書の棚にそんな本があった気がするわ」
下が着物であれば、上の門松も少し大きめな髪飾りとしてみることが出来る。
そうアリスは考えた。
幸いにして、母が魔界から持ってきたものや、人形に着せていた着物が数点、家の奥に眠っている。
パチュリーは小柄なので、子供用でも十分間に合うだろう。
「ねえ、私の家にそれがあるんだけど、着てみない?」
駄目もとでの提案だった。
着物というものは着るのにも一苦労であるし、それを着て動くのもまた一苦労だ。
ましてや相手は動かないと豪語する大図書館。おそらくは面倒だと一蹴されることだろう。
「嫌よ、面倒くさい」
思った通りの返答だった。
ちょっと目を吊り上げながら、嫌そうに彼女は答えた。
「でも、折角綺麗な髪の毛持っているんだし、とても似合うと思うんだけどな」
「誰が着せるのよ。それにすごく動き辛いって書いてあったわ」
「大丈夫よ。いざとなったら私が連れて行くわ」
「あなたにできるの、そんなこと」
「できるわよ。それに貴方が着物着ているところ、見てみたいんだけどな」
「べ、べつにそんなこと言われたって着ようだなんて気が起きないわ」
「頭の門松によく似合うと思うんだけどな。ね、ちょっとだけでいいから。駄目?」
「だ、駄目ってわけじゃないけど」
「正月ぐらいいいでしょう。頭だってお正月なんだし」
「なにか言ったかしら」
「い、いいえなにも」
若干本音が出てしまい、ちょっと慌てるアリスであった。
「と、とにかくそうと決まれば着替えましょ。日が出る前に神社行きたいでしょ。上海、蓬莱、準備して」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
「ちょ、ちょっとアリス、私はまだ何にも」
「着替えるのには時間かかるのよ。一応防寒の魔法も掛けておかなきゃいけないし。ね、上海」
「シャンハーイ」
「なんでこの人形嬉しそうなのよ」
「さあ、楽しいからじゃない」
「ま、まってアリス、私もうちょっと本を読みた……むきゅうっ」
腕の中で暴れるパチュリーの腕を上海人形が糸でしばった。上海人形はとてもいい笑顔をしていた。
「折角家に来たんだし、ちょっとぐらいおめかしさせなさいよ。本なんてあとからいくらでも読めるでしょ」
「あ、アリスあんた……!」
「上海、その魔女奥の部屋に連れて行って。私は着物探してくるから」
「シャンハーイ」
「あ、アリス……!」
いつのまにか糸でがんじがらめにされていたパチュリーは身動きがとれなかった。
もがいているパチュリーを見て、ちょっとした優越感というか、妙な気分になるアリスであった。
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「むっ、むきゅうっ」
「ちょ、ちょっと動かないでよ、着られないでしょ」
「だ、だってアリスがっ、むきゅうっ」
「あんたが動くから悪いんでしょ!じっとしてなさい!」
「むきゅうっ、くすぐったいむきゅうっ」
「変な声上げないでよ妙な気分になるでしょ」
「アリスが大胆なのがいけないんでしょむきゅうっ」
更衣室 おわり
「ちょっと……すごく重いんだけど」
「気のせいよ、気のせい」
「それに動きにくいし」
「いざとなったら担いでいくわよ。あんた軽いし」
「む、むきゅう……」
着替えは無事終了した。ネグリジェ姿は薄いピンクの着物姿にすっかり変わっていた。
長い髪の毛は後ろに束ねてあり、門松によって留められている。リボンもそのために一役買ってもらった。
「……」
「なによ」
「い、いや」
あまりに似合っているものだから、つい、と言いそうになってやめるアリスであった。
前々からこの魔女に着せてみたいというのはアリスの心の中にあった。いっつもジト目でにらんでくるが、普通にしていれば可愛らしい女の子だし、じっとしていれば人形みたいだし、長い髪の毛に絶対似合うと思っていたのだ。
それにしても。
思わず見つめていたくなるぐらい似合っているとは思いもしなかった。
ジト目は相変わらずだが、それがなくなればもっといいのに、とも思った。
「アリス、これすごく動きにくいんだけど」
「ああちょっと、ゆっくり歩かなきゃ駄目よ」
「わかっているわよ、すごく動きにくいし。普段からそんなに動かないし」
「それもそうね」
そして何よりも。
あの帽子につけてあった門松が異様なほどにマッチしている。
やはりあれは、洋服には絶対似合わないアクセサリーなのだろう。
薄い桃色に緑の竹が、大きな梅の花とあいまってよくなじんでいる。
髪の後ろで結っているので、先ほどの帽子にあった門松よりも目立っていない。
我ながら上出来である、とアリスは思った。
「ねえ、アリスは着替えないの?」
「わ、私?」
とっさのことで、間抜けな声を出してしまうアリスであった。
「私だけだと、その」
「自分じゃ着替えられないのよ。人のは着せてあげられるけど。人形に着せるみたいなものだし」
「そ、そう」
ちょっと赤くなる魔女に、なんだか妙な気分になるアリスであった。
「と、とにかく初詣に行きましょう。早くしないと日が明けちゃうわ」
「早くって、そんなに早く動けないんだけど」
「わかっているわよ。私が連れて行くから」
「連れて行くってどうやって……むきゅうっ!」
アリスは魔女を目の前に持ち上げた。
肩と腰の下に手を置いて、俗に言うお姫様だっこというやつであった。
アリスはそのまま玄関まで歩いていった。
「ちょっとアリス降ろしなさいよ」
「折角連れて行ってあげるって言っているのに文句言う気?」
「苦しいのよこの体制……むきゅうっ!と、飛ばないでよ!」
「ちょっと暴れないでよ!着崩れしちゃうでしょ!」
「一人で飛べるわよ!むきゅう!」
「あ、そう」
そういえば、そのほうが着崩れしないかもしれないと、ようやく気が付くアリスであった。
「まったくもう、酷い目にあったわ」
「最初からそう言ってよね」
「貴方の抱き方が悪いんじゃない」
「私のせいにする気?折角好意でここまで運んだのに」
「望んだわけじゃないわ。まったくこれだから未熟者は……くしゅんっ!」
空にずっといるせいで、くしゃみが出てしまう魔女であった。
「……」
「……」
「行きましょうか」
「ええ」
ここでじっとしているほうが体に悪いということに、ようやく気が付く二人であった。
東の空が少しずつ明るくなってきた。
もうすぐ日が出るだろう。
ふえっくしょんと壮大なくしゃみをしながら、着物を着た魔女と普通の格好の人形遣いは、元旦の空を飛んでいった。
「あけましておめでとう、霊夢」
「あけましておめでとう、アリス」
「おー、アリス、来たのか。もう酒はないぜ」
「魔理沙、やっぱりあんたここにいたのね。大掃除の途中で出て行ったかと思ったら。アンタの部屋、今すごいことになっているわよ」
「そうなの?魔理沙」
「う、そ、それは言わない約束なのだぜ」
博麗神社・境内。
そこには沢山の妖怪が来ていた。
日はまだ出ていないというのに、えらい賑わいだった。
八目うなぎ屋や焼き鳥屋が露店に出しているし、鬼たちはべろべろに酔っているし、気分が悪くなったか何か知らないが、月の兎や庭師はげえげえと井戸端でうずくまっている。
空いたとっくりがあちこちに転がっている。割れた皿があちこちに転がっている。
ここがどういう状況だったか、容易に想像できた。
「あ、アリスこそ遅かったんじゃないのか」
「私はあんたと違ってちゃんと掃除してきたもの。それとまあ、ちょと野暮用ができちゃって」
「へえ、何があったんだ?面白いことか?」
「まあ、面白いといえば面白いかもしれないわね。……そこに隠れていないで出てきなさいよ。折角着付けてあげたんだから」
「?」
「なんだ?」
「誰?」
神社の柱に隠れていた人物が、ちょっとだけ姿を見せた。そうしてまた柱に隠れた。一瞬の出来事であった。
「出てきなさいよ」
「……」
「折角可愛い格好しているのに」
「……!」
「みんな待っているわよ」
にやにやしながら言うアリスに、二人は首を傾げる。
「一体何よ」
「誰なのぜ、そこにいるのは」
「ほら、出てきなさいって」
しばらくじっと見つめられて耐え切れなくなったのか、柱の向こう側の人物は、おずおずと顔を出した。
「……」
「……」
「……」
「……」
「「……誰?」」
思ったとおりの反応だと、アリスは思った。
「あはははは!!」
「ちょっと魔理沙、笑いすぎ」
「い、いやだって、まさかパチュリーだとは……ははは!ひいひいハラが痛いぜ」
「あんたが笑うからパチュリー逃げちゃったでしょ!向こうのほうに!」
「まあ平気なんじゃない?咲夜も笑ってたし」
「た、確かに」
あれから柱の側でずっこけたパチュリーは、魔理沙や霊夢どころではなく、そこに集まった妖怪中の注目を浴びていた。
もちろんその中には、レミリアや咲夜など、紅魔館勢もいた。
一緒にここへ来たことがばれたらちょっぴり恥ずかしいなと思うアリスであった。
まあそれ以前に、魔女はそさくさと柱の奥に隠れてしまっていたのだが。
「れーいむー!」
「わわっ!!」
おみくじの箱を持っていた霊夢の背後から、小さな影が抱きつく。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットだった。
「ちょっとあんた!今仕事中なのよ!」
「正月ぐらいいいでしょ。ね、霊夢」
「あっついのよあんたは!って血を吸おうとするな!」
「えー、霊夢のけち」
「けちじゃないっ」
「なあ、あいつは気が付いていないのか」
「さあ……」
「お嬢様はきっとお酒が回っているのですよ」
「うわっ」
「うわっ」
「それに今日はパチュリー様はずっと図書館にいると信じていますから。……なによその顔は」
「お前はいきなり出てくるなよ!びっくりするだろ!」
柱の間からひょっこり出てきたのは、紅魔館のメイド長、咲夜だった。
慌てふためく魔理沙であった。
「あらいいじゃない、いつものことでしょ」
「あけましておめでとう、咲夜」
「あら、あけましておめでとう、アリス」
「そうでなくって、なんでこう、て、手を握ってくるんだよ」
「あら、いつものことでしょ」
「そ、そんなわけあるか、ばか!」
空気がピンク色になっていくのを、竜宮の使いでもないのに察知するアリスであった。
「じゃあ私パチュリーを探してくるから」
「お願いします」
「ちょ、おい咲夜!手を放せって!」
「じゃあね、ごゆっくり」
「そっちこそ」
メイド長にセクハラされて涙目になっている近所の魔法使いを放っておいて、着物を着た図書館の主を探しに行くアリスであった。
魔法使いは何かを言ってたが、気にしないことにしておいた。
メイド長はとてもいい笑顔をしていた。
お幸せにと、心の中でつぶやいた。
ふと東の空を見れば、暗い空から段々と赤くなっていっているのがわかった。
雲が赤く光っていた。少しずつ輝きを増していた。
おーい、もうすぐ日が明けるぞー、とどこかの鬼の声がした。
柱の奥に引っ込んだ魔女を探さなきゃな、とアリスは思った。
「……なんでそんなところにいるのよ」
「べ、べつにいいじゃない」
「寒くないの?」
「魔法があるわよ」
「あ、そう」
魔女は、神社の裏手にいた。
神社の裏には林が広がっており、その一角に魔女は着物姿でうずくまって本を読んでいた。
着物姿なのでちょっぴり動き辛そうに。
折角外に出たのにこの魔女ときたら、と呆れるアリスであった。
「まったく、やっぱりとんだ格好じゃないわ、これ。本は読みにくいし、動き辛いし、魔理沙には笑われるし」
「笑ったのは、貴方が珍しい格好をしていたからよ。私はすごくかわいいと思うんだけど」
「べっ、べつに貴方に言われたってうれしくないわよ」
「知ってるわよ」
「む、むきゅう」
「もうすぐ日が明けるわよ。いっつも家で本ばっかり読んでいるんでしょ。見ないと損よ」
「むきゅう……」
林から神社を見たほうに、ちょっとだけ開けた場所がある。
アリスはそこへ歩いていった。
魔女はしばらく本を読んでいたが、なんとなく耐え切れなくなったのか、その場所へ歩いていった。
「あー、ほら、日があけるわよ」
東の空がどんどん明るくなり。
山が逆光で見えなくなり。
雲が赤からオレンジに変わり。
一筋の光がここまで届く。
初日の出。
冬の空は澄んでいるとよく聞くけれど。
今年はよく晴れたみたいだ。とても縁起がいい。
「綺麗でしょ」
「……」
「そう思わない?」
「ロイヤルフレアの方がきれいよ」
「あ、そう」
ここまできて魔法か、とちょっと呆れるアリスであったが、それもこの魔女らしいな、と思った。
それよりも、日の出が綺麗だ。
吐く息が白いことも忘れるほどに。隣にいる人物も、じっと空を見ているようだった。
そうだ、初めてここで見たときも、綺麗だなって思ってずっと見ていたのだ。
今年は何を願おうか。
アリスはぺこりと二回お礼をし、ぱん、ぱんと二つ手を叩く。
手をあわせたまま目をつむる。
しばらくの間そうしていると、横から声が掛かる。
「なにそれ」
「知らないの?」
「貴方に言われるとすごくむかつくわ、その台詞」
「でも知らないんでしょ」
「……」
「ちょっと、何本で殴ろうとしているのよ」
「むきゅー!」
本を片手に手を振り上げる魔女をなだめるのに必死なアリスであった。
「ああもう、ちょっと髪の毛が乱れちゃったじゃない」
「未熟者に未熟者扱いされたくないわ」
「わかったから、私が悪かったわよ」
「むきゅー!」
「悪かったって!」
この魔女に、未熟者扱いは禁物だ、とアリスは思った。
色々めんどい。
「えっとね、この二回おじぎして二回叩いてっていうのはね」
二礼二拍。
そうしてその後に今年の願いを初日の出に向かって唱える。
終わったら一礼する。
いつだったか、初めてここに訪れたときに、霊夢が教えてくれた東洋のまじないの儀式だった。
本当は神社の前でお賽銭を入れながらやるのが一番効果があるというが、初日の出もなんか縁起が良さそうじゃない、と彼女は言っていた。
もちろんその後に、お賽銭入れなきゃ願いなんて叶わないわよ、とか言っていたが。
「二礼二拍……」
「そ、そのあと今年のお願いごと」
「なんでもいいのかしら」
「なんでもいいんじゃないの」
「ふうん」
つまらなそうな顔をして、魔女は朝日に向かって二回お辞儀をし、手を二回叩いて目をつむった。
なんだ、てっきり信じないと思ったのに。
アリスはちょっとびっくりした。
「……」
「なによ」
「いや別に。何を願ったのかなって」
「そ、そんなこと言うわけないでしょ」
何故顔を赤くするんだ、とアリスは突っ込みたかったが、あえて何も言わないことにした。
「アリスこそ、何願ったのよ」
「さあ、何かしら。言っちゃったら叶わないって知ってた?」
「それぐらい常識じゃない。叶わないからこそ聞いているのよ」
「あんたって本当性格悪いわね」
「魔女だもの。当然でしょ」
少し笑いながら言う魔女に、やっぱりこいつ性格悪いと思うアリスであった。
「で、アンタは何願ったの」
「アリスの願いが叶いませんように」
「本当?それ」
「さあどうかしら」
「アンタのことだしありえるわね。いっつも迷惑ばっかり掛けられているし」
「あら、私がいつ迷惑かけたのかしら。至って礼儀正しいじゃない」
真顔で言う魔女に対し、昨年の色々なことがフラッシュバックし、こめかみの辺りがピクピク言うアリスであった。
「……まあいいわ。もう一回向こうでお願いするから。アンタにこれ以上迷惑掛けられませんようにって」
「私がいつ迷惑掛けたっていうのよ」
「存在が」
「あ、そう」
つまらなそうにそっぽを向く魔女であった。
本当にこいつは自覚がないのか、とアリスはあきれた。
「ともかく、ここは寒いし、もう日も大分上がっているわ。ねえ、中のほうに」
「ふえっくしゅん!」
盛大なくしゃみであった。
後ろの門松の松が揺れた。梅も傾いた。
ちょっぴり噴出しそうになるアリスであった。
「だ、大丈夫?」
「平気よ、べつに……ふえっくしゅん!」
「中に入ったほうがいいんじゃない?」
「だ、だめよだってレミィいるじゃない。魔理沙も、咲夜も。絶対笑われ……ぶえっくしゅん!」
「平気よ、可愛いって思ってくれるわ。普段と違う格好しているから、珍しいって思われただけよ」
「むきゅう……」
神社の方を見れば、やれ酒だの、鏡餅だの御節だの鯛だの八目うなぎだの焼き鳥だの、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎの声がする。
中は囲炉裏をたいているだろうから、きっと暖かい。
「ひとまず中で休みましょ」
「むきゅう……」
下駄を履いて動き辛そうに歩く魔女にあわせて、アリスは神社の表の方に歩いていった。
「あ、そうだ。言い忘れた」
「なによ」
「アンタにいうのはちょっと癪だけど。まあいっか」
「一体何よ」
「別に。ただ言ってなかったなって」
「何だかわからないけれど、どうでもいいわ」
「あ、そう。じゃあ一応言うわ。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「……」
「どうしたの」
「別に」
「あ、そう」
無表情で先を行こうとして、石畳につまづくパチュリー。
その様子がおかしくて、思わず吹いてしまった。
ギロリと睨まれたが、見なかったことにしておいた。
「むきゅー!」
「ほ、ほら手を貸してあげるから」
「いらないわよむきゅー!」
「あ、そう」
「ま、まってアリス」
「やっぱり必要なんじゃない」
「う、うるさいわよむきゅー!」
顔を赤くしてじたばたする魔女。
それがさらにみんなの注目を集めているということに、二人は気が付かなかった。
「むきゅー!むきゅー!」
「ああもううるさい!いいから手を出しなさい!」
「むきゅー!」
「じたばたしても着崩れるだけよ!」
今年もまたこいつに迷惑かけられるんだろうな。
家にも上がられるし、食べ物も食べられるだろう。
まあいいか、今年最初の戦いは、どうやらこちらの勝ちみたいだし。
たまにこうしてからかう側になれば面白い。
向こうはどう思っているか知らないけれど。あとで仕返しされるだろうけれど。
そしたらまた仕返ししてやればいいのだから。
手を振り払う魔女と格闘しつつ、そんなことを思うアリスであった。
しかし頭に門松ってパチュリーなにやってんの、アリス本当にお疲れ様です。次は節分かひな祭りかな
着物のパチュリーさんとか、想像したことなかったです。着物姿想像……素晴らしい!
乱用しては美味しさ半減ですよ?
それはどっちの意味でwww?
初っ端からパチュリーがぶっ飛びすぎてて笑ったwwwwww
二次創作するなら原作くらいやりましょう。
門松オプション、想像してふいたw でもかわいいな。
着物姿のパチュリーさん、いいですね!
……と思ったら、今回はすっかりアリスのペースじゃありませんか!
ほっこりほっこり
想像して吹いt(ロイヤルフレア)