博麗神社の縁側にて。
霊夢と魔理沙は何をするでもなく、ふたり、横に並んで佇んでいた。
それは昨日までと何一つ変わらぬ、いつもどおりの日常。
「平和だなー」
「そうねぇ」
「…………」
「…………」
……の、はずだったのだが。
「……なあ、霊夢」
「ん?」
魔理沙の次の一言で、この日常は一変する。
「……膝枕してくれ」
「……は?」
霊夢が聞き返したのと同時。
魔理沙はごろりと横になり、霊夢の膝の上に頭を乗せた。
「ちょ、ちょっと、何やってんのよ」
「だから、膝枕だぜ」
「え、いや、ちょ……」
霊夢はいつになく狼狽した。
どうやら今日は、昨日までとは違う日常が待ち受けていたらしい。
「ま、まだ、私は、いいともどうとも……」
しどろもどろになりながら、必死に口を動かす霊夢。
一方の魔理沙は、余裕綽々の表情で言う。
「いいじゃないか。別に減るもんでもなし」
「あ、あんたねぇ……」
魔理沙が子どものように甘えてくることは間々ある。
が、ここまで突飛な行動は初めてのことだった。
(そりゃ、ちょっとくらい甘えてくるのはいいけど……)
―――いくらなんでも、膝枕は恥ずかしい。
それが、霊夢の率直な感想だった。
仮に魔理沙を膝枕している姿を某天狗にでも見られようものなら。
あるいは神出鬼没の某隙間妖怪にでも見られようものなら。
(…………羞恥心で死ねるわ)
霊夢はそう思い、魔理沙を引き離すべく、その肩にぐっと手を掛けた。
「ほら、魔理沙ってば」
「にゃう」
「!?」
猫のように目を細め、甘ったるい猫なで声……というか猫声そのものを発する魔理沙。
霊夢は一瞬、三途の川が見えたような気がした。
だがすぐに我に返り、魔理沙を睨みつけて言う。
「……ね、ねこみたいに見せかけても、だめなもんはだめよ」
「まあそう細かいこと言うなって。にゃんにゃん」
「ぐっ……」
なんじゃこの殺傷力。
霊夢は見えない弾幕にグレイズしたような気分になった。
得点稼げてラッキー!
……なんて冗談はさておき、霊夢はなんとか魔理沙を引き剥がそうと試みる。
「もう、起きなさいって」
「んむぅ」
魔理沙は、霊夢の太ももに顔を埋めたまま、心底気持ちよさそうに目を細めている。
そんな魔理沙に対し、霊夢がこれ以上の実力行使に出れるはずもなく、彼女の手は中空で行き場を失った。
それに味を占めたのか、魔理沙はさらに幼子のような声で言った。
「霊夢の膝あったかい」
「あ、あほなこと言ってないで……」
魔理沙は本当に猫みたいに、ごろごろと霊夢の太ももに顔を摺り寄せてくる。
衣越しとはいえそれは妙にくすぐったく、霊夢は思わず大きな声で言った。
「い、いい加減にしないと怒るわよ」
「そう固いこと言うなよ。ちょっと膝を借りてるだけ……ふわ~ぁ」
「な、何よ。わざとらしく欠伸なんか」
「ふむぅ……」
さっきまでのテンションが嘘みたいに、魔理沙は急にうとうとし始めた。
霊夢は怪訝そうな表情で尋ねる。
「あんたまさか、本当に眠いの?」
「……うん。最近、ちょっと寝不足気味でな」
「だったら、こんなとこじゃなくて、もっとちゃんと……」
「……やだ。霊夢の膝がいい」
「…………」
魔理沙が眠いというのは嘘ではないらしく、必死に瞼を開けたり閉じたりしている。
なんだかんだ言って、本気で無理やり押し切る気はないらしく、霊夢の了承を待っているようだ。
(……こういう変なところで真面目なのよね、こいつは)
霊夢は深く嘆息した。
つくづく甘いなあ、私は……、と思いながらも、仕方なしに言う。
「……わかったわよ、もう。……好きにしなさい」
「! 本当か?」
瞳を輝かせて問う魔理沙に、霊夢は無言で首肯する。
すかさず、にかっと笑みを浮かべる魔理沙。
「だから好きだぜ、霊夢」
「ったく……調子いいんだから」
「えへへ」
魔理沙は安心したように笑うと、そっと目を閉じた。
そして殆ど間を置かずに、すうすうと寝息を立て始める。
「……もう。本当に、勝手なヤツ……」
そう零し、はあ、と溜め息を吐く霊夢。
なんだかんだで、結局毎回、こうして魔理沙のペースに呑まれてしまう。
「………くー」
片や、霊夢のそんな心情など知る由もなく、健やかに眠る魔理沙。
無垢な赤子のようなその寝顔に、霊夢は自然と魅入ってしまう。
(……か、かわ……)
そのとき、霊夢の中で、衝動にも似た感情が息づいた。
しかし、それを安易に認められるほど、少女は大人になりきれてはいない。
(……いい、とか……お、思ってないんだからねっ……)
自分で自分に言い聞かせるように、心の中で呟く霊夢。
しかし、そんな心の声とは裏腹に、霊夢の腕は少女の頭部へと伸びる。
霊夢は不服そうな面持ちを浮かべながらも、ゆっくりとした動作で魔理沙の髪を撫で始めた。
「…………ぅん」
髪を撫でられるのが気持ちいいのか、微かに声を漏らす魔理沙。
その小さな口は少しだけ開いており、柔らかそうなほっぺたが誘うように上下している。
(…………)
霊夢は魔理沙の髪から手を離すと、誘われるがままに、今度はそのほっぺたの方へと伸ばした。
おもちのようなその肌を、つんつんとつっついてみる。
「おお……」
指先に伝わる、ぷにぷにとした感触。
霊夢は思わず顔を綻ばせた。
(……気持ちいい……)
ぷにぷに。
ぷにぷに。
「…………うにゃぅ」
「!」
そんな中、突然発せられた魔理沙の声。
それに反応して、霊夢は思わず手を止めた。
しかし。
「…………うみゅ」
魔理沙は少しくすぐったそうにしたものの、特に起きそうな気配はない。
相変わらずの猫のような表情で、気持ちよさそうに霊夢の膝の上に顔を埋めている。
(……ほっ)
霊夢はやれやれと安堵して、魔理沙のほっぺたをつっつく作業を再開した。
ぷにぷに。
ぷにぷに。
(…………ん?)
霊夢はふと、魔理沙のほっぺたに朱が差してきたことに気付いた。
心なしか熱を帯びてきたような気もする。
(寝ている子供は、体温が高くなるって言うけど……)
わかりやすいやつ。
そう思って、霊夢はくっくっと笑った。
(……それにしても)
すやすやと眠る魔理沙の表情は、あどけない少女そのもの。
普段の傍若無人な振る舞いとはかけ離れた、その寝顔。
それをじっと見つめているうち、霊夢は、不思議な安堵感が自身の中に充ちてくるのを感じた。
(……なんか、私も眠くなってきた……)
それが、霊夢の最後の意識だった。
「……ぉが?」
次に目を開けたときには、あたりは既に暗く。
ここはどこだっけ、なんてことを考えたのと同時。
「……つっ」
足が痺れている。
というか、重い。
「……あ……」
そこでようやく、霊夢は現状を認識した。
霊夢の膝の上には、すやすやと気持ちよさそうに眠る少女が一人。
なるほど、魔理沙に膝枕をしてやっているうちに、自分もうとうとしてしまったということか。
しかし、周囲の暮れようからするに、優に二時間弱は経っているはずだ。
その間、ずっとこの体勢で眠っていたというのは、我ながら、なかなか大したものだと霊夢は思った。
「うがっ」
と思っていた矢先に腰が痛んだ。
ああ、ですよね。そりゃずっとこんな体勢でいたらね。
しかも、膝の上には。
「…………すぅ」
未だ気持ちよさそうに眠っている、あどけない寝顔の少女。
しかし、流石にこれ以上は霊夢の膝も限界だった。
「魔理沙」
霊夢はその小さな肩を揺すり、起こそうと試みる。
だが、反応はない。
よほど深く寝入っているようだ。
「ほら、起きなさいって」
今度は少し強めに揺する。
すると、ようやく魔理沙の目が開いた。
「ん……」
「もう夜よ、ほら」
「あ……ほんとだ」
まだ寝ぼけているような口調で言うと、魔理沙はむっくりと上体を起こした。
下になっていた方のほっぺたに、くっきりと跡がついている。
「……ちょっと寝すぎちゃったぜ……」
ぺたんとその場に座り込んだまま、両手で目をごしごしとこする魔理沙。
(……か、かわい……)
そんな魔理沙の、幼さの残る仕草を見ていると、またもや霊夢の中で何かが滾り始めた。
なんとも名状しがたき感情が、己が内に萌え始めているのを自覚する。
それを必死に誤魔化すように、霊夢は早口でまくし立てた。
「ま、まったく、もう。あ、足が痺れちゃったじゃないの」
「ん……ごめん」
しぱしぱと目を瞬かせながら言う魔理沙。
基本的に寝起きの魔理沙は素直で大人しい。
「ま、まあ、いいけど」
「……なあ、霊夢」
「な、何?」
「……もうちょっと」
「えっ!?」
ふら~っと、再び霊夢の方へともたれ掛かってくる魔理沙。
霊夢は慌てて、倒れてきた魔理沙の肩を両手で押し止めた。
「だ、だだ駄目だって! もう遅いし!」
「むにゅぅ……あと五分……」
「だ、か、ら……」
やばい。
このままだと、なんかしらんがやばい。
博麗の勘がそう告げている。
霊夢は必死の思いで魔理沙の体勢を立て直させ、なんとか自分から距離を取らせることに成功した。
「うぅ……ねむいよぅ」
「そ、そんなに眠いなら自分の家に帰って寝なさいよ。私だってほら、晩御飯の支度とかあるし」
「むぅ……」
魔理沙はまだ寝ぼけ眼といった面持ちだが、なんとか此方の意思は伝わったらしい。
ふああと欠伸をした後、仕方なさそうに呟いた。
「……じゃあ、早苗のところにでも行くかな」
「そうそう。早苗の……って、え?」
「ん?」
……早苗?
早苗って、あの。
「……東風谷早苗のこと?」
「当たり前だろ。他に誰がいるんだ」
ですよねー。
いや、じゃなくて。
「な、なんで、早苗が出てくんのよ」
「何でって……だって、霊夢はもう、膝枕してくれないんだろ」
「え?」
「だったら、早苗にしてもらおうと思って」
「……!」
そのとき、霊夢は確かに、自分の中にもやっとしたものが渦巻いたのを感じ取った。
その正体が何であるかは分からないが。
「あ、あんた……早苗にも……膝枕してもらってるんだ?」
「うん」
「うんって……よ、よくしてもらってるの?」
「そうだなあ……遊びに行ったときは大体かなあ」
「……!」
なんだ。
なんだ、この気持ちは。
霊夢は、自身の中で確実に育っていく、もやもやとした想いを自覚しつつ、質問を続けた。
「そ、それって……あんたから頼んで、してもらうの?」
「まあ、そういうときもあるし……逆に、早苗からしてくれることもあるぜ」
「早苗、から……?」
「うん。『魔理沙さん、膝枕してあげましょうか?』って」
「…………」
霊夢は思考する。
よくよく考えてみれば、早苗はああ見えて、結構お姉さん気質っぽいところがある。
他方、目の前にいるこの霧雨魔理沙という少女は、見たまんま、ちっちゃい妹そのものだ。
そして、そんな二人が、一堂に会したら―――。
霊夢は夢想する。
―――守矢神社の縁側。
東風谷早苗が、気品溢れる微笑で魔理沙に話しかける。
『魔理沙さん』
『ん?』
『膝枕してあげましょうか?』
『え、いいの? 早苗』
『ええ。はい、どうぞ』
『わあい』
勢いよく、早苗の膝に顔を埋める魔理沙。
『早苗の膝あったかい』
『ふふっ。魔理沙さんはちっちゃくて可愛いですね。なんだかねこみたい』
『むー。ねこはともかく、ちっちゃいって言うな』
『あらあら、ごめんなさい』
―――そんな穏やかで耽美な雰囲気―――。
「―――!」
その瞬間、ドゴッ、と音を立てて、霊夢の拳が縁側にめり込んだ。
「……え?」
目の前の巫女が突然縁側を拳打したため、目をぱちくりとさせる魔理沙。
霊夢はそれに構うことなく、ぎろりと魔理沙を睨みつけた。
「……魔理沙」
「な、なんだよ」
明らかに引いている魔理沙。
だが、霊夢は引かなかった。
「…………ちょっとだけ、なら」
「え?」
「ちょっとだけなら、いい、わよ」
「………何が?」
きょとんと首を傾げる魔理沙。
霊夢は再び溜め息を吐く。
(なんでこう、肝心なときに限って鈍いのよ……こいつは)
だが、ここで止めるわけにはいかない。
霊夢は魔理沙を見据え……るのは難しかったので、天井のあたりに視線を泳がせながら、言った。
「ひ……膝枕よ、膝枕!」
「えっ」
「あ、あんたまだ、寝足りないんでしょ?」
「!」
その言葉を聞いた魔理沙は、またも猫のように瞳を輝かせた。
さっきまで若干(あるいは、かなり)引いていたというのに、猫とは実に現金な生き物である。
「で、でも……いいのか?」
「ちょ、ちょっとだけよ。ちょっとだけ!」
「……霊夢っ!」
「わっ」
倒れ込むように、霊夢の太ももに顔を埋める魔理沙。
そのまま、すんすんと鼻を動かして、言った。
「霊夢いいにおい」
「……バカ」
思わず霊夢は、魔理沙の頭をこつんと小突いた。
すると魔理沙はぺろっと舌を出し、悪戯っぽく笑った。
なんとも確信犯的な猫である。
「じゃあそういうわけで……お言葉に甘えて、ねこまりさは眠りに就くぜ」
「ほ、ほんとにちょっとだけだからね! 一時間過ぎたら、叩き起こしてやるんだから」
「おお、霊夢は一時間も寝かせてくれるのか」
「あ……」
「えへへ。だから好きだぜ、霊夢……ふぁ」
魔理沙はそう言い残すと、またもや、あっという間に寝息を立て始めた。
「ったく……」
ちまっと丸まった魔理沙を見ながら、霊夢は、今日何度目か分からない溜め息を吐く。
「……何やってんだろ、私……」
再び赤く染まり始めた魔理沙のほっぺたをぷにぷにしながら、一人呟く霊夢であった。
了
もっとやれ。いやもっとやってください。
魔理沙が色んなキャラから愛でられる描写(ハーレムではない)は私大好きです。
次回作も期待しています!
今からちょっとお寺行って来る。誠心誠意お願いをしたらきっとしてくれると思うんだ。もちろん寝返りをうった振りしてうつぶせで。
ひじマリはありだと思うのよね
霊夢可愛い
イィヤッホオオォゥゥ!
あぁ妬ましい
れーむさんカワイソス…
こんなレイマリもありだな…
魔理沙と霊夢がかわいすぎて久々に悶えました。
魔理沙の甘え方、霊夢の優しさなどがつぼにはまりかわいすぎます!!