そもそも私がどうして人と触れるのが嫌いかというと、人は大抵人形にも鈴蘭にも似たようなイメージを持っているらしくてそれを大概押付けられるからだ。
曰く、それらは鑑賞するもの。曰く、それは人間が作ったもの。まあそういえばそうなんだけど。でも自生している鈴蘭もあるし、人形だって時間が経てばひとりでに動き出す。それを勝手に囲って動き出した瞬間気味悪がる、そんな人の考え方が嫌いなんだ。別に鈴蘭に囲まれて育って人見知りしているとか、そんなことは断じてない。絶対ない。
ただ、たまに思う。そんな考え方をしているのは、私が捨てられた人形だからなんじゃないかって。人形の地位向上! なんて叫んでみても、他の人形が満足しているなら、たとえ人を全て倒して見せたって、自己満足もいいところなんじゃないだろうか。
でも私は絶対人形は解放されるべきだし、それがいいと思うの。確かに人は人形を作るけど、だからってその考えを自分が作ったものに押付けるのは許されることじゃない。そう思う。だけど……
***
「そうやって、ループしてこんがらがってよく分からなくなっちゃったからここに来たの」
「なんでここにくるの……ああ、毒臭い」
「だってアリスの家人形一杯いるもの。相談ごとには向いてると思って。それに毒を出すのだって最近は結構それなりに調節できるようになってきたんだから」
「それはまた凄い進歩ね。そうやく人里に下りる勇気が出たとか?」
「ううん。裁判長とか薬師とか、あと花の妖怪とかと戦ったりしてたら自然に出来るようになったの」
「ああまあその面子相手にしてればそりゃそれくらい出来るようになるわね……」
「ところで毒臭いとか言うのになんで平気なの」
「そりゃ魔女ですもの」
そう言ってテーブルに肘をついて椅子に腰掛けている私の目の前に、アリスはティーセットを片手に席に着いた。黙ったまま自分の手を使ってカップにポットから暖かい液体を注ぎこんでいる。
アリスと知り合ったのはつい最近。例の事件が落ち着いた後も何度か薬師とかとあったんだけど「人形について話したいなら彼女と話してみたら?」と薦められたのがきっかけで、それから私はちょくちょくアリス亭に足を運ぶようになっていた。
目的は勿論、人形の地位向上のため。そのためにはまず人形使いから落とすのが早い、とスーさんたちのアドバイス。確かに人形を爆発させたりしちゃうような人形使いと話をつければ、人形の地位向上も早くなるってもの。別に友達がいないから暇しているわけじゃない。
二つのカップのうち一つを、私の前に差し出した。透明に近い湯気を立てた液体がカップの中で波打っている。訝しげにカップを見る私に、アリスは自分のカップを先に傾けながら呆れ顔で言った。
「変なものは入ってないわよ。ただのミントティー。頭がすっきりするから飲みなさい」
「前科者の言うことはあまり聞かないようにしているの」
前科者、というのは一度アリスが私に毒を盛ろうとしたことがあるのだ。当然私には毒なんて効かないから飲み干しちゃって、それから自分のカップにも注いでいたアリスに何故飲まないのか尋ねたら白状した、というお話。どうやら自分の人形の完成のためにやったとか。やっぱり人は勝手だ。
いや、魔女だったっけ。同じことだけど。
「う……でもそれからはきちんとしているじゃない」
「じゃあいいか。いただきまーす」
アリスが溜息をつくのを尻目に、私はカップに口をつけた。白湯を飲んだだけのような感じなのに、後に残る不思議な清涼感。飲んでいくごとに何かがすっきりしていくような気分になって、飲み干す頃には知恵熱寸前だった頭もどこか爽快な感じになっていた。植物を使っているのがどことなく気に入らないけど、まあすっきりしたからいい。
ぐびぐび飲むのはよしなさい、と言いつつアリスが空になって置いたカップに再びミントティーを注いでくれる。カップから香る湯気にも軽い清涼感。
「でも、お茶準備してくれてるなんてタイミングがいいね。私が来るのが分かったの?」
「そんなわけないでしょ」呆れ顔で言うアリス。「人形作りに詰まったから、ちょっと頭を休めるのに入れたらあんたが来た。それだけよ」
そう言ってしらっとした顔でミントティーを傾けるアリスに、しかし私はちょっとした驚きに襲われていた。その驚きが顔にも出ていたのか、アリスはこちらを見て妙な顔をすると眉をひそませる。
「何その顔」
「何って……アリスみたいな人形使いでも人形作るのに困ることがあるんだなぁって。私は毒を作るのに困ったことはないから」
「まあ別に人形を作る程度の能力ってわけでもないから、私は。悩むこともあるわよ。あんただって、今日は悩みがあったからここに来たんでしょう?」
「まあそうだったんけど……実はお邪魔だったのかしら」
「ううん、別に。人形作りのいい気分転換よ。助かるわ」
うーん、人形の話をしにきたのに感謝されるとは。なんだか変な気分。アリスはそ知らぬ顔でお茶を飲んでいるだけだった。
なんだか落ち着かない気分を誤魔化すように、私は口を開く。
「でも、アリスが人形作りに詰まるなんて、これは人形使いも廃業かしら」
「ちょっとしたスランプなんていつものことだから。この程度で人形使い廃業にはならないわ、残念ながら」
「ちぇー」口を尖らせて言う。「……そういえばさ、一度聞いてみたかったんだけど」
「何?」
「アリスは人形作る時どういう気持ちで作ってるの? なんで人形作るの?」
「同時に二つ質問しないでよね、口は一つしかないんだから。そうね……」
カップを置いて、顎に手を置いて考える素振りをするアリス。アリスの姿は魔女の効果もあるのかちょっとした人形のような綺麗さで、そういう絵になるような格好をすると絵になってしまうのが少し悔しい。ついでにそういう素振りをするとたまに怒涛のように回答が返って来るのが恐怖。
私がミントティーを半分くらい飲んだところで、アリスがようやく終えた黙考から帰って来て口を開き始めた。
「……人形を作る時の気持ちだけど、どう作ろうか考えてる時は時それぞれで、例えば人形劇用のを作ってる時には配役に合わせて作るにはどうしようかなとか考えてるけど、基本的には無心ね」
「無心?」
「そ、無心。何も考えてない。むしろ、人形の方から「こう作って!」って言われるがまま手が動いてるような感じかな」
「人形使いが人形に使われてるの?」
「まあそういう言い方をすればそうなるのかしら」
微笑んで、アリスは答えた。アリスのそんな様子からして、そんなに大事なことには思ってない、ただ単純に感想を述べたような、そんな素振りだ。
ただ、それは私にとって凄い大事なこと。
「人形の地位向上! って言ってるメディに言うのもちょっと悪いかもしれないけど、人形使いも人形を持っている人も、そういうところは多少はあると思うわよ?」
「なんで? 人形使ってる人なんて勝手に自分の都合のいいようにしてるだけじゃない! 最初買った時には大事にしてる癖に、いらなくなったらすぐにぽい! なのになんでそういうこと言える訳?」
「怒らない怒らない」
苦笑しながらアリスがカップを差し出してくるから、不承不承私はカップに口付ける。でも今度ばかりはミントの力で誤魔化されたりはされないわ。
「まあ理由はいろいろあるけど、その半分くらいはさっきメディが言ったのよ?」
「え?」
「『最初買った時は大事にしてる癖に』のとこ」
「どういう意味よ」
「察しがわるいわね」かりかりと軽く頭をかいて、アリスが説明する。「買った人形をね、遊ぶ時だけ遊んでいつも投げっぱなし、なんて人間ほとんどいないと思うのよ。箱の中に飾ったり、服を綺麗にしたり、大事に抱いて眠ったり……。それって、人形に人間が使われてることにならないかしら」
「それ良い様に言ってるだけで、実際は人形で遊んでるだけじゃない。馬鹿らしい」
「まあ確かにそうね」意外と素直にアリスは頷いた。「だけど、人形作ってる時にもあるのよ。材質をいつもので作ろうとしてた時に、何故か柔らかい布で作った方がいい気がしたり、丁寧に縫ったほうがいいような気がしたり。そういう人形が巡り巡って小さい女の子の手に渡った時、なんとなく「ああ人形がそうなるから先に準備させたのね」って思うの」
「…………」
「そういうのって、人形が人を使ってることにならないかしら?」
むう。確かにそういうことになるかもしれない。しかしそれでもそんな人形のけなげな気持ちを無視して捨てる人はとんでもない種族だという気持ちには変わりないが。
どう、と首を傾げるアリスに、私はまだ答えられていない質問について聞いた。
ついでに核心を突くような聞き方をしてやろう。
「じゃあなんで人形に作らされてるのにアリスは人形を作るのよ」
「そこに人形がいるから、ね」
堂々と答えられた。
「そこに人形がいるからって、人形を作る時にはそこに人形なんてないじゃない!」
「まあ確かにそうなんだけどね……でも人形作り始めたら大体どんな人形になるか予想してるし、誰かが人形を必要としているから作るから、誰かが必要としている人形が、まだいないけれどそこには既にいて、私はそれに形をつけているだけなのよ、実際」
「……訳わかんない」
「うん、私も自分で訳がわからない」アリスは笑った。「でも誰かに必要とされているものを作っている人は大概そんなものなんじゃないかしら。まあ勘違いだったりもするんだけどね、現実には。こんな人形がほしかったんじゃない、なんて言われた事もなくはないし」
悪戯めいてそういうアリスに、私はなんかここに来る前よりこんがらがった気がする頭をすっきりするためにミントティーを飲み干した。すぐに次を継ぎ足してくれるアリス。気遣いが出来ているのか出来てないのか微妙なところだ。
今きっと私は相当気難しい顔をしているだろう。そんな私にアリスはふっと微笑んで、独り言のように言葉を紡いだ。
「でも、メディもそうなんでしょう?」
「え? どういうことよ?」
「だって、自分は自立できてて別に人に操られてるわけでもないし。なのに人形のことを思って人形解放って言ってるのは、別に何か目的があるとか、そういうわけじゃないんでしょう?」
「そりゃ、確かにそうだけど……」
「きっと誰かが必要としているから、誰かのためにそうしようとする。まあ今日みたいにたまに自分で何してるんだろうとか、思ったりしなくもないだろうけど」
そこでアリスは気を抜いたようにふっと笑みを浮かべた。
「失敗しながらでもいい、ずっとそうやって誰かのために頑張っていたらどうしたらいいかそのうち分かるわよ。本当に人形のためなのかとか、自己満足かもしれないとか、今日メディがずっと悩んでたこともきっとね。」
ただやり方は考えないといけないかもしれないけどね。そう言ってアリスはカップを再び手に取った。冷めきったお茶を一口すすって、顔をしかめると一息に飲んで、新しいのをポットから注いでいる。人にはぐびぐび飲むなと言っておいて勝手な魔女だ。
私も同じようにミントティーを少し飲みながら、ちょっと考えた。でも、アリスの家には無数の人形がある。そのうちのほとんどは家事とか弾幕勝負とかいろんな場面で使われているから、確かにそこに「そういう人形がほしいアリスがいたから」作らされた人形なんだろう。そういう言い方をすれば人形がある意味人間を操っているのかもしれない。でも、逆にそんな風にしかアリスが人形を作っていなかったら? 他人のためなんて考えずに、自分の便利だけ考えて人形を作っているとしたら? それに私は知っている。アリスが作ったはいいけれど、どうにも使う当てがなくて眠らせている人形も無数にあることを。
それってただの自己満足なんじゃない?
でも同じことは私にも言える。人形解放って自分がやりたいだけじゃないの? そういう自己満足をしたいだけじゃないの? 考えるだけで堪らなくなるような、そんな自己矛盾みたいな思考。
だから、堪らなくなって聞いた。
「でも! もしその時自己満足だって気付いちゃったらどうするの! それに、アリスだって自分で作ってお蔵入りにしてる人形だって一杯あるじゃない! それをどう説明するのよ!」
「じゃあ逆にメディに聞くけど、なんで自己満足だったらダメだって思うの?」
「それは……」口よどむ。なんとなく駄目な感じがするからダメだって思っているだけだからだ。なんとか言葉を作ろうと、私は知恵熱ギリギリで考える。「だって、自己満足だったら誰のためにもならないのよ? そんなのむなしいじゃない! なんのために人形解放なんて言ってるのか意味わかんなくなるじゃない!」
「もうそこまで考えられるんだったら、メディの人形解放も近いのかもしれないわね」笑って、少し涙で視界の滲んで来た私の頭を撫でてからアリスは続けた。「じゃあ、考えればいいの。自分のやってることが自己満足で終わらないように。やり終わってから自分でむなしくなってしまわないように。どうしたらいいか考えて、間違いながらやっていくしかない、って私は思うわ。そういたらきっとそのうち、人が喜んでくれるような自己満足に変わるはず、ってね。
ちなみに、あそこに並んでる人形たちだって意味がないわけじゃないのよ? ただ用途がピンポイント過ぎて使わないだけなの」
考えること。そういえば、裁判長にも視野が狭いとかなんとか言われてたっけ。うぬぬと私が頭をねじって考えていたら、アリスがそんな感じね、と一言言って席を立った。
会話を終えたとばかりに席を立つアリスに、私は慌てて声をかけた。
「ちょっと!」
「何よ、気分転換もすんだし人形作りに戻ろうかと思ったんだけど」
「ちょっと……今日は人形作り、どんな感じなのか見て帰ってもいいかな?」
ただでさえ小さい私の体は、きっとその時なおさら小さく見えていたに違いない。
アリスは微笑んで、小さくいいわよ、とだけ言った。
二人の人形についての話は夜が更けるまで続いた。
***
それからしばらくしてだった。メディがついに人里に降り立ったのは。
しかしアリス亭の郵便受けに突き刺さっていた文文。新聞を見る限り、あまり良いデビューではなかったようだ。いわく、「人形で遊んでいた村人に『人形を苛めるなー!』と毒で攻撃、博麗霊夢に撃退される」とのことだった。だからやり方は考えなきゃいけないって言ったのに。
仕方ないなぁと思いつつ、きっとこの後泣き顔で来るであろう小さな人形のために、アリスはミントティーを沸かす準備をしに駆け足で家の中へ戻るのだった。
曰く、それらは鑑賞するもの。曰く、それは人間が作ったもの。まあそういえばそうなんだけど。でも自生している鈴蘭もあるし、人形だって時間が経てばひとりでに動き出す。それを勝手に囲って動き出した瞬間気味悪がる、そんな人の考え方が嫌いなんだ。別に鈴蘭に囲まれて育って人見知りしているとか、そんなことは断じてない。絶対ない。
ただ、たまに思う。そんな考え方をしているのは、私が捨てられた人形だからなんじゃないかって。人形の地位向上! なんて叫んでみても、他の人形が満足しているなら、たとえ人を全て倒して見せたって、自己満足もいいところなんじゃないだろうか。
でも私は絶対人形は解放されるべきだし、それがいいと思うの。確かに人は人形を作るけど、だからってその考えを自分が作ったものに押付けるのは許されることじゃない。そう思う。だけど……
***
「そうやって、ループしてこんがらがってよく分からなくなっちゃったからここに来たの」
「なんでここにくるの……ああ、毒臭い」
「だってアリスの家人形一杯いるもの。相談ごとには向いてると思って。それに毒を出すのだって最近は結構それなりに調節できるようになってきたんだから」
「それはまた凄い進歩ね。そうやく人里に下りる勇気が出たとか?」
「ううん。裁判長とか薬師とか、あと花の妖怪とかと戦ったりしてたら自然に出来るようになったの」
「ああまあその面子相手にしてればそりゃそれくらい出来るようになるわね……」
「ところで毒臭いとか言うのになんで平気なの」
「そりゃ魔女ですもの」
そう言ってテーブルに肘をついて椅子に腰掛けている私の目の前に、アリスはティーセットを片手に席に着いた。黙ったまま自分の手を使ってカップにポットから暖かい液体を注ぎこんでいる。
アリスと知り合ったのはつい最近。例の事件が落ち着いた後も何度か薬師とかとあったんだけど「人形について話したいなら彼女と話してみたら?」と薦められたのがきっかけで、それから私はちょくちょくアリス亭に足を運ぶようになっていた。
目的は勿論、人形の地位向上のため。そのためにはまず人形使いから落とすのが早い、とスーさんたちのアドバイス。確かに人形を爆発させたりしちゃうような人形使いと話をつければ、人形の地位向上も早くなるってもの。別に友達がいないから暇しているわけじゃない。
二つのカップのうち一つを、私の前に差し出した。透明に近い湯気を立てた液体がカップの中で波打っている。訝しげにカップを見る私に、アリスは自分のカップを先に傾けながら呆れ顔で言った。
「変なものは入ってないわよ。ただのミントティー。頭がすっきりするから飲みなさい」
「前科者の言うことはあまり聞かないようにしているの」
前科者、というのは一度アリスが私に毒を盛ろうとしたことがあるのだ。当然私には毒なんて効かないから飲み干しちゃって、それから自分のカップにも注いでいたアリスに何故飲まないのか尋ねたら白状した、というお話。どうやら自分の人形の完成のためにやったとか。やっぱり人は勝手だ。
いや、魔女だったっけ。同じことだけど。
「う……でもそれからはきちんとしているじゃない」
「じゃあいいか。いただきまーす」
アリスが溜息をつくのを尻目に、私はカップに口をつけた。白湯を飲んだだけのような感じなのに、後に残る不思議な清涼感。飲んでいくごとに何かがすっきりしていくような気分になって、飲み干す頃には知恵熱寸前だった頭もどこか爽快な感じになっていた。植物を使っているのがどことなく気に入らないけど、まあすっきりしたからいい。
ぐびぐび飲むのはよしなさい、と言いつつアリスが空になって置いたカップに再びミントティーを注いでくれる。カップから香る湯気にも軽い清涼感。
「でも、お茶準備してくれてるなんてタイミングがいいね。私が来るのが分かったの?」
「そんなわけないでしょ」呆れ顔で言うアリス。「人形作りに詰まったから、ちょっと頭を休めるのに入れたらあんたが来た。それだけよ」
そう言ってしらっとした顔でミントティーを傾けるアリスに、しかし私はちょっとした驚きに襲われていた。その驚きが顔にも出ていたのか、アリスはこちらを見て妙な顔をすると眉をひそませる。
「何その顔」
「何って……アリスみたいな人形使いでも人形作るのに困ることがあるんだなぁって。私は毒を作るのに困ったことはないから」
「まあ別に人形を作る程度の能力ってわけでもないから、私は。悩むこともあるわよ。あんただって、今日は悩みがあったからここに来たんでしょう?」
「まあそうだったんけど……実はお邪魔だったのかしら」
「ううん、別に。人形作りのいい気分転換よ。助かるわ」
うーん、人形の話をしにきたのに感謝されるとは。なんだか変な気分。アリスはそ知らぬ顔でお茶を飲んでいるだけだった。
なんだか落ち着かない気分を誤魔化すように、私は口を開く。
「でも、アリスが人形作りに詰まるなんて、これは人形使いも廃業かしら」
「ちょっとしたスランプなんていつものことだから。この程度で人形使い廃業にはならないわ、残念ながら」
「ちぇー」口を尖らせて言う。「……そういえばさ、一度聞いてみたかったんだけど」
「何?」
「アリスは人形作る時どういう気持ちで作ってるの? なんで人形作るの?」
「同時に二つ質問しないでよね、口は一つしかないんだから。そうね……」
カップを置いて、顎に手を置いて考える素振りをするアリス。アリスの姿は魔女の効果もあるのかちょっとした人形のような綺麗さで、そういう絵になるような格好をすると絵になってしまうのが少し悔しい。ついでにそういう素振りをするとたまに怒涛のように回答が返って来るのが恐怖。
私がミントティーを半分くらい飲んだところで、アリスがようやく終えた黙考から帰って来て口を開き始めた。
「……人形を作る時の気持ちだけど、どう作ろうか考えてる時は時それぞれで、例えば人形劇用のを作ってる時には配役に合わせて作るにはどうしようかなとか考えてるけど、基本的には無心ね」
「無心?」
「そ、無心。何も考えてない。むしろ、人形の方から「こう作って!」って言われるがまま手が動いてるような感じかな」
「人形使いが人形に使われてるの?」
「まあそういう言い方をすればそうなるのかしら」
微笑んで、アリスは答えた。アリスのそんな様子からして、そんなに大事なことには思ってない、ただ単純に感想を述べたような、そんな素振りだ。
ただ、それは私にとって凄い大事なこと。
「人形の地位向上! って言ってるメディに言うのもちょっと悪いかもしれないけど、人形使いも人形を持っている人も、そういうところは多少はあると思うわよ?」
「なんで? 人形使ってる人なんて勝手に自分の都合のいいようにしてるだけじゃない! 最初買った時には大事にしてる癖に、いらなくなったらすぐにぽい! なのになんでそういうこと言える訳?」
「怒らない怒らない」
苦笑しながらアリスがカップを差し出してくるから、不承不承私はカップに口付ける。でも今度ばかりはミントの力で誤魔化されたりはされないわ。
「まあ理由はいろいろあるけど、その半分くらいはさっきメディが言ったのよ?」
「え?」
「『最初買った時は大事にしてる癖に』のとこ」
「どういう意味よ」
「察しがわるいわね」かりかりと軽く頭をかいて、アリスが説明する。「買った人形をね、遊ぶ時だけ遊んでいつも投げっぱなし、なんて人間ほとんどいないと思うのよ。箱の中に飾ったり、服を綺麗にしたり、大事に抱いて眠ったり……。それって、人形に人間が使われてることにならないかしら」
「それ良い様に言ってるだけで、実際は人形で遊んでるだけじゃない。馬鹿らしい」
「まあ確かにそうね」意外と素直にアリスは頷いた。「だけど、人形作ってる時にもあるのよ。材質をいつもので作ろうとしてた時に、何故か柔らかい布で作った方がいい気がしたり、丁寧に縫ったほうがいいような気がしたり。そういう人形が巡り巡って小さい女の子の手に渡った時、なんとなく「ああ人形がそうなるから先に準備させたのね」って思うの」
「…………」
「そういうのって、人形が人を使ってることにならないかしら?」
むう。確かにそういうことになるかもしれない。しかしそれでもそんな人形のけなげな気持ちを無視して捨てる人はとんでもない種族だという気持ちには変わりないが。
どう、と首を傾げるアリスに、私はまだ答えられていない質問について聞いた。
ついでに核心を突くような聞き方をしてやろう。
「じゃあなんで人形に作らされてるのにアリスは人形を作るのよ」
「そこに人形がいるから、ね」
堂々と答えられた。
「そこに人形がいるからって、人形を作る時にはそこに人形なんてないじゃない!」
「まあ確かにそうなんだけどね……でも人形作り始めたら大体どんな人形になるか予想してるし、誰かが人形を必要としているから作るから、誰かが必要としている人形が、まだいないけれどそこには既にいて、私はそれに形をつけているだけなのよ、実際」
「……訳わかんない」
「うん、私も自分で訳がわからない」アリスは笑った。「でも誰かに必要とされているものを作っている人は大概そんなものなんじゃないかしら。まあ勘違いだったりもするんだけどね、現実には。こんな人形がほしかったんじゃない、なんて言われた事もなくはないし」
悪戯めいてそういうアリスに、私はなんかここに来る前よりこんがらがった気がする頭をすっきりするためにミントティーを飲み干した。すぐに次を継ぎ足してくれるアリス。気遣いが出来ているのか出来てないのか微妙なところだ。
今きっと私は相当気難しい顔をしているだろう。そんな私にアリスはふっと微笑んで、独り言のように言葉を紡いだ。
「でも、メディもそうなんでしょう?」
「え? どういうことよ?」
「だって、自分は自立できてて別に人に操られてるわけでもないし。なのに人形のことを思って人形解放って言ってるのは、別に何か目的があるとか、そういうわけじゃないんでしょう?」
「そりゃ、確かにそうだけど……」
「きっと誰かが必要としているから、誰かのためにそうしようとする。まあ今日みたいにたまに自分で何してるんだろうとか、思ったりしなくもないだろうけど」
そこでアリスは気を抜いたようにふっと笑みを浮かべた。
「失敗しながらでもいい、ずっとそうやって誰かのために頑張っていたらどうしたらいいかそのうち分かるわよ。本当に人形のためなのかとか、自己満足かもしれないとか、今日メディがずっと悩んでたこともきっとね。」
ただやり方は考えないといけないかもしれないけどね。そう言ってアリスはカップを再び手に取った。冷めきったお茶を一口すすって、顔をしかめると一息に飲んで、新しいのをポットから注いでいる。人にはぐびぐび飲むなと言っておいて勝手な魔女だ。
私も同じようにミントティーを少し飲みながら、ちょっと考えた。でも、アリスの家には無数の人形がある。そのうちのほとんどは家事とか弾幕勝負とかいろんな場面で使われているから、確かにそこに「そういう人形がほしいアリスがいたから」作らされた人形なんだろう。そういう言い方をすれば人形がある意味人間を操っているのかもしれない。でも、逆にそんな風にしかアリスが人形を作っていなかったら? 他人のためなんて考えずに、自分の便利だけ考えて人形を作っているとしたら? それに私は知っている。アリスが作ったはいいけれど、どうにも使う当てがなくて眠らせている人形も無数にあることを。
それってただの自己満足なんじゃない?
でも同じことは私にも言える。人形解放って自分がやりたいだけじゃないの? そういう自己満足をしたいだけじゃないの? 考えるだけで堪らなくなるような、そんな自己矛盾みたいな思考。
だから、堪らなくなって聞いた。
「でも! もしその時自己満足だって気付いちゃったらどうするの! それに、アリスだって自分で作ってお蔵入りにしてる人形だって一杯あるじゃない! それをどう説明するのよ!」
「じゃあ逆にメディに聞くけど、なんで自己満足だったらダメだって思うの?」
「それは……」口よどむ。なんとなく駄目な感じがするからダメだって思っているだけだからだ。なんとか言葉を作ろうと、私は知恵熱ギリギリで考える。「だって、自己満足だったら誰のためにもならないのよ? そんなのむなしいじゃない! なんのために人形解放なんて言ってるのか意味わかんなくなるじゃない!」
「もうそこまで考えられるんだったら、メディの人形解放も近いのかもしれないわね」笑って、少し涙で視界の滲んで来た私の頭を撫でてからアリスは続けた。「じゃあ、考えればいいの。自分のやってることが自己満足で終わらないように。やり終わってから自分でむなしくなってしまわないように。どうしたらいいか考えて、間違いながらやっていくしかない、って私は思うわ。そういたらきっとそのうち、人が喜んでくれるような自己満足に変わるはず、ってね。
ちなみに、あそこに並んでる人形たちだって意味がないわけじゃないのよ? ただ用途がピンポイント過ぎて使わないだけなの」
考えること。そういえば、裁判長にも視野が狭いとかなんとか言われてたっけ。うぬぬと私が頭をねじって考えていたら、アリスがそんな感じね、と一言言って席を立った。
会話を終えたとばかりに席を立つアリスに、私は慌てて声をかけた。
「ちょっと!」
「何よ、気分転換もすんだし人形作りに戻ろうかと思ったんだけど」
「ちょっと……今日は人形作り、どんな感じなのか見て帰ってもいいかな?」
ただでさえ小さい私の体は、きっとその時なおさら小さく見えていたに違いない。
アリスは微笑んで、小さくいいわよ、とだけ言った。
二人の人形についての話は夜が更けるまで続いた。
***
それからしばらくしてだった。メディがついに人里に降り立ったのは。
しかしアリス亭の郵便受けに突き刺さっていた文文。新聞を見る限り、あまり良いデビューではなかったようだ。いわく、「人形で遊んでいた村人に『人形を苛めるなー!』と毒で攻撃、博麗霊夢に撃退される」とのことだった。だからやり方は考えなきゃいけないって言ったのに。
仕方ないなぁと思いつつ、きっとこの後泣き顔で来るであろう小さな人形のために、アリスはミントティーを沸かす準備をしに駆け足で家の中へ戻るのだった。
歳の離れた近所のお姉さんみたいなアリスもいい。