ねえ、アリス。
おぼえているかな、はじめて君に会えたときのこと。
私はもちろんおぼえているよ。
小さな魔法石と、布と糸。
君は、少しずつ集めたそんな材料で、私を作ってくれたんだ。
「おはよう、上海」
はじめて私が目を覚ましたとき、君はそう言って笑っていたね。
笑うにはどうしたらいいか、泣くのにはどうしたらいいか。
君はいろんなことを教えてくれたよね。
私は、言われたとおりにするしかできなかったけど、それでも君は笑ってくれた。
だから、私もいっしょうけんめい。
言われたとおり、飛んだり、はねたり。
人が笑ってくれたら喜びなさいって、君は言ってたよね。
どんなときにうれしいのか。
どんなときに楽しいのか。
私がわからなかったことは、みんな君が教えてくれた。
喜びも、悲しみも。
ぜんぶ、君が教えてくれたんだ。
君の夢は、命のある人形を作ることだったね。
いつも遅くまで、ぶあつい本を読んでいたっけ。
むずかしいことはわからなかったけど、私は君を応援していたよ。
夢がかなったとき、君はきっとすごく喜ぶんだろうな。
だから、私は何か助けができないかなって、ずっと考えてた。
それで、魂とか、心とか、君の使う言葉の意味を知りたくなって。
少しずつ、君の言葉を覚えていった。
魂っていうのは、なんとなくわかったよ。
それは、私の魔法石のようなもの。
すべての生き物に魂があって、それが無くなるとただのモノになる。
それが、君の言っていた言葉。
それなら私も同じ。
魔法石がないと、動けなくなっちゃう。
ただの布と糸に元通り。
心っていうのは、君もよくわからないみたい。
「それがわかれば苦労はしないわね」って、よく困った顔をしてた。
私は君の困った顔を見たくなかったから。
そんなときは、そっとお茶をいれて君の机においていたよね。
「ありがとう」
君にそう言ってもらい、頭をなでてもらうのが、私のなによりの楽しみだった。
いつしか私は、いろんなことができるようになって。
そして君は、いろんなところに私を連れていってくれて。
私は、君といっしょじゃないと外にいけないから。
君が連れ出してくれるの、とっても好きだった。
どこまでも続く青空を、風を切って飛んだ。
森の奥で雨に降られて、木陰で雨宿りしたこともあった。
人間の里では、たくさんの人間が私を不思議そうに見ていたっけ。
ちょっと怖かったの、おぼえているよ。
神社で人形劇もやったよね。
酔っぱらっていじわるしてくる人間は苦手だったけど、劇は好きだった。
君の言葉にあわせて練習したとおりに動くと、みんなが喜んでくれたね。
そうそう、忘れられないのが満月が続いたときのこと。
君と私と、君の友達のマリサとで、たくさん冒険したっけ。
危ないこともあったけど、いっしょに戦った。
相手を倒して、みんなで笑いあって。
夜空にはじけたたくさんの弾、きれいだったな。
マリサといえば、悲しいこともあったよね。
あれは、つい先日のこと。
君は帰ってくると、とっても不機嫌そうに声をはりあげた。
「『人形と一人芝居している、友達もいない寂しい奴』って、そんなこと言うのよ!」
君は、お茶をいれた私を膝の上に座らせて、その日起きたことを教えてくれた。
私は、いつものけんかだと思って、なかよくしなきゃって、おぼえたての言葉で伝えたんだ。
でも。
そしたら君、もっともっと怒っちゃって。
「一人芝居なんて言われて、悔しくないの!?
私は一人じゃない、あなたたちと生きてきたつもりなのに!
もう、上海なんて『大嫌い』!!」
ベッドにもぐりこんだ君を見送って。
私は、どうしていいのかわからなかった。
君に嫌いだなんて言われたのは初めてだったから。
だから、その夜ずっと考えたんだ。
私は、君に言われたことを守るだけのあやつり人形。
私がすることは、ぜんぶ君に教わったこと。
だから、私がなんで君に嫌われたのかわからなかった。
だってそれは、自分自身を嫌うようなものだもの。
それでも、そこに理由があるとしたら。
それはきっと、私が君と違うからだと思う。
私と君との違い。
それは、もう知っていたよ。
魂と心があるかどうか。
魂の代わりはあるよ。
私の魔法石。
にせものかもしれないけど、君がくれた大切なもの。
だったら、違うのは心。
きっと、心は変わるものなんだ。
君は私のことを嫌いになった。
でも、私は心がないから、ずっと変わらない。
ずっとずっと、君のことが好き。
たとえ君が私を嫌いでも、私は君のことが好き。
いつの間にか、夜が明けていた。
思えば、簡単なことだった。
君はいつも、自分自身で何をするか決めていた。
それは私にとって、新しいことばかり。
心が変わらなきゃ、同じことしかできないよね?
私には、教えられたことしかできない。
君がいないと、新しいことはできない。
それから数日がたって。
今日の朝、私たちの家にマリサが訪ねてきた。
マリサは君に謝りにきたって言うから。
私は、君とマリサがまた仲直りできると思って、喜んだよ。
でも、君はまだ、怒ってるみたいで。
マリサもむきになっちゃって。
私は仲良くしてって言おうとしたけど、また君に嫌われるのが怖くて何もいえなかった。
それで結局、弾幕で勝負をつけようってことになった。
君とマリサは、どっちが強いということもなく、勝ったり負けたりだったね。
でも今日は、君のほうが調子がよかったみたい。
私はいつものように君といっしょに、きれいな弾の中、少しずつマリサを追いつめていった。
他の人形たちと、マリサの四方を囲んで。
魔法の糸を通して、君の声が聞こえてくる。
『これで勝ち』・・・?
だめだよ、まだ安心しちゃ。
マリサは、追いつめてからが強いんだから。
ながれ星のような魔法がきらめき、人形たちが落ちる。
なんとか避けた私を使い、君はマリサに攻撃。
魔法を使った後のマリサは無防備だったから、これで私たちの勝ち。
でも君は、思わぬ反撃に動揺していたんだと思う。
人形たちは魔法石が無事なら大丈夫だし、石は弾くらいで壊れたりしないけど、それでも。
いつもなら危なくないよう加減されるはずの弾は、マリサの頭に当たり。
マリサは気を失って、空から落ちていった。
人間は、すぐに死ぬ。
マリサだって、こんな高いところから落ちたら、助からない。
君はひどく動揺して、私に声は届かない。
だから私は、自分で行動したんだ。
マリサが死なないように。
君とマリサが、また仲直りできるように。
心が変わるものであるなら、また君たちは仲直りできるよね?
君の友達を助ければ、また君は私を好きになってくれるよね?
私は飛ぶ。
いつも君を守っていたように、今のマリサを守るように。
マリサに追いつき、マリサより早く飛ぶ。
マリサはどんどん落ちていくけど、私は負けない。
君に飛び方を教わったから。
重力と魔力とに身をまかせ、地面に向かって飛んでいく。
そうして、マリサを受け止めるように、私は墜落した。
目が覚めた私を、君とマリサが覗きこんでいる。
よかった、仲直りできたんだね。
マリサは無事だったんだね。
でも、どうして泣いてるの?
私はマリサを助けられたのに。
私は、泣かないでって言おうとしたけど、できなかった。
そうして、やっと気がついた。
石が壊れたんだ。
君がくれた、私の魂。
魔法の力が消えていくのがわかる。
私はもうすぐ、ただのモノに戻るんだ。
ねえ、アリス。
伝えたいことがあるんだ。
君と飛んだ魔法の森のこと。
みんなでやった、人形劇のこと。
マリサと君と、三人で笑いあった、満月の下の思い出。
それはぜんぶ、君にもらったんだ。
君が私のことを嫌いでも。
私は、ずっと君のことが好きだよ。
ずっと君といっしょにいたかった。
ずっと、ずっと。
最後の力をふりしぼって、何を伝えようか考えた。
でも、君は泣いているばかりで。
私は、君が泣いているのが嫌いだったから。
最初に言おうとしていたことを言うよ。
「ナカナイデ。
ワタシハアリスガスキ。
アリスガワラッテルノガスキ」
君は泣きやまない。
くやしいな。
私はこんなにも楽しかったのに。
こんなにも幸せだったのに。
最後に、君の泣いてる顔しか見れないなんて。
でも、もうお別れみたい。
さよなら、大好きなアリス。
私はずっと、君のことを応援しているよ…………
▽
上海が壊れて、もう一週間がたつ。
あの子は、私にとって特別だった。
幻想郷に来て、はじめて作った人形。
ずっと共にあった、私の大切な相棒。
色々なことを教えて、色々なことができるようになった。
最初に教えたことは、「人が笑うように行動しなさい」、だったかな。
最後に上海は、「笑って」って言っていた。
それは、私が教えたとおりの行動。
上海は、私の命令があれば自分で考えて行動できる。
でもそれは、魂とか心とかとは無縁な、決められた行動。
私は、上海をただの人形だと考えていたはずだった。
だけど魔理沙に「人形と一人芝居をしてる」と言われたとき、どうしても許せなかった。
きっと、心の底では、上海をただの人形と思っていなかったのだろう。
それほどに、あの子は生き生きとしていて。
まるで、本当に生きているようだった。
私は、とても後悔していることがある。
魔理沙と喧嘩したあの日、上海に「嫌い」と言ってしまった。
上海は、私の言葉を絶対と受け取る。
自分自身を否定された場合、どのような行動をとるのか解らない。
そのようなことを想定していなかったし、私は彼女を肯定していたから想定する必要もなかった。
もしかすると、あのとき魔理沙を助けにいったのも、そのあたりのロジックが壊れたからなのかもしれない。
私は敵を助けろなどというロジックを組んだことはないので、普通なら起こり得ない行動だったように思う。
もちろん、そのおかげで魔理沙が助かったのも事実ではあるが。
ただ、私が後悔しているのは、なにもロジックに支障をきたすようなことを言ったからではない。
もしも上海に心があったら、それを傷つけてしまっただろうからだ。
上海にとって、最後に聞いた私の言葉は、「嫌い」ということなのだろう。
どうして私はあんなことを言ってしまったのだろう。
上海がいなくなってわかる。
私が、あの子をどれほどまでに好きだったか。
私は上海のことを考えながら一週間を過ごした。
彼女が私の家を訪ねてきたのは、そんなときだった。
▽
「あら、珍しいお客さまね。
どうしたの、こんなところまで」
久しぶりの客は、まさに珍客だった。
しかしまあ、珍客だろうと賓客だろうと似たようなものだ。
私はいつもどおり客を通すと、紅茶をいれた。
「いやあ、ちょっとした仕事でね。
でもまあ、せっかくだからお茶はいただこうかな」
彼女は屈託の無い表情で笑う。
こんなところは魔理沙に似ているな、と私は思った。
「仕事?
あなたが仕事だなんて、珍しい」
彼女の前にカップを置く。
彼女は「どうもー」と軽い口調で言い、ずずっとそれをすすった。
「たまには仕事しろって、上司に言われちゃってさ。
それで、ここまでやってきたってわけ」
「ふぅん……
で、仕事って何なの?
魔法の森で、何かおかしなことでもあったのかしら」
「うんにゃ、たいしたことはないよ。
よくある話さ。
迷ってる魂があるから、連れて来いとさ。
四季様も人使いが荒いよな」
彼女は、いつも担いでいる歪な鎌を隣に置くと、世間話をするように愚痴をこぼす。
私の心に細波が立った。
死神が迎えに来たと言う魂に、私は心当たりがあった。
「どうにも弱い魂で、放っておくと消滅するだろう、ってことだ。
まあ、ここまで来て納得したよ。
確かに変な魂だ。
赤ん坊か、ペットか何かに似てるけど、ちょっと見たことが無い感じだなあ」
「…っ!
それは、ここにいるの!?
何か言ってない!?」
テーブルから乗り出し、死神に詰め寄る。
私は取り乱していた。
「とと、まずは落ち着きな。
お前さんがそんなに興奮するところ、はじめて見たよ」
「いいから!
様子を教えてよ、早く!!」
「……弱い魂だから、何を言ってるかまではわからないな。
ただ、お前さんのそばを離れたくないようだ。
お前さんから、説得してもらえないか?
このままじゃ、こいつは弱って消えちまう」
「上海なのね!?
上海がそこにいるのね!」
「だからそう興奮するなって!
こいつも驚いてるぞ」
私は急いで立ち上がる。
「ちょっと待ってて!」と言い捨てると、居間を後にする。
寝室に入り、棚を開ける。
お金は足りるだろうか。
里で買い物をするために最小限の蓄えはあるけれど、私の手持ちはそんなに多くない。
三途の川を渡るためには、どれくらいのお金が必要なのか。
わからなかった私は、とにかくありったけのお金を掴むと、鏡の前に立つ。
夢が実現したときには、笑うか泣くかどっちだろうと考えていた。
泣くにしても、きっと嬉しい涙なのだと思っていた。
今の私の顔は、まるで苛められた少女のよう。
あの子の最後の言葉を思い出し、鏡に向かって笑顔を作る。
うまく作れない。
それでも、がんばってみる。
私は、上海に伝えないといけないことがあるんだ。
死神にお金を渡すと、魂がいる場所を聞いた。
死神が指差した所は、私のすぐ目の前。
私には、白玉楼の住人のような霊力はない。
そこに何が見えるわけでもない。
だけど、それでもあの子に伝わるように、見えない魂に向かって、深呼吸した。
「上海」
上海の名を呼ぶ。
上海と過ごした日々を思い出す。
ぼろぼろと涙がこぼれる。
「あなたは、私の笑顔が好きと言ってくれたね。
私のことを好きだとも言ってくれた。
だけど、私は馬鹿で。
あなたに心があることも知らず、傷つけるばかりだった」
泣きそうになる自分を押さえ、笑顔を作った。
うまく笑えているだろうか。
うまくなくても、歪でも、それでも笑顔を作ろう。
あの子は、私の笑顔を好きと言ってくれたんだから。
「あなたと過ごした日々、すごく楽しかった。
私は、あなたのことが好きだった。
嫌いだなんて嘘。
ずっとずっと、あなたのことが大好きだった」
伝えたかったこと、ちゃんと伝わっただろうか。
それを知る術はない。
それが歯がゆくて仕方ない。
「……最後の命令よ。
上海、この人についていきなさい」
死神のほうを見やる。
死神は神妙な顔をして、私を見ている。
私はもう一度、上海の方を向いて。
「このままここにいたら、あなたは消えてしまう。
だから、ここでお別れよ。
あなたが幸せになれること、ずっと祈ってる」
死神が席を立った。
「魂は落ち着いたみたいだ。
お前さんの言葉、伝わったようだね。
心配しなくていい。
必ず、こいつは四季様の下に連れて行くよ」
「頼んだわよ」
私はそう言うのが精一杯。
気をぬくと、笑顔が壊れてしまいそう。
死神は扉を開く。
暖かな日差しがまぶしい。
「それから、最後に声が聞こえたよ。
お前さんにどうしても伝えたいことがあるってさ」
私は耳をそば立てる。
あの子の最後の言葉、絶対に聞き漏らさないように。
「お前さんに出会えて、
お前さんと一緒に過ごせて、
ずっと、幸せだったってさ」
簡単な一言。
でも、私はもう耐えられなかった。
死神が閉じた扉に向かい、頭を伏して泣いた。
ねえ、上海。
魔法使いと人形、うまく言葉を使えなくても、伝わるものってあるんだね。
私も幸せだったよ。
あなたと過ごした日々。
一人じゃない、共に歩んだ時間。
あなたの心、伝わったよ。
了
しかし、今日は人形的に考えて何かある日なのかw…?
最近は無駄にオチつけたり冗長にハッピーエンドにするのが流行ってる中、
これは最初から最後まで綺麗で新鮮でした!
綺麗でした
仕事してる小町は
いい仕事しますよね
きっと自律人形って、コミュニケーションや毎日の時間を一緒に過ごすことから生まれてくるんでしょうね。
シンプルな語り口調も、作品のテーマに合っていたと思います。
とっても綺麗なお話をありがとう。
最後に一言叫ばしてください。
うあああ、シャンハァアアアーーーーーイッ!!
物には魂が宿ってないと分かっていても、つい感情移入してしまうことってありますよね。それで本当に魂が宿ったら素敵です。
素敵なお話でした。
凄くいいお話をありがとうございます。
最後の最後でもう、我慢できませんでした。
いいお話をありがとうございます。
アリスは上海二世とか作るんだろうかね?
それとも蓬莱が上海の位置に移るのか?
……所でアリスって霊視能力高いんじゃなかったっけ?
ちょ、この作品集おかしいだろ!?こんなに良い話がたくさんあるなんてっ
くそぅ、持ってけ満点!