それは不思議なものだった。
今日は年末結局宴会に行って行えなかった年始繰り上げ大掃除をしていた。
もちろん私一人で。
ウサギたちが言う事を聞く筈もなく、だからと言って、師匠や姫に手伝ってもらう訳にもいかないし。
そんな大掃除をしていると、押し入れの中から封筒が出てきた。
封筒の状態からすると、年数がそれなりに経っている。
と言っても、十年も経っていないのは確かだろう。
封筒の中身を確認してみると、紙切れが一枚。二回折り畳まれた紙の状態では、よくわからないが隙間から文字らしきものが書いてあるのが見える。
開いて読むと、文は一行だけ。
『何をしていますか?』
?一体何なのだろう。
この質問に答えるなら、私は今大掃除をしています。となる。
何かの悪戯だろうか。
「ウドンゲ。掃除は終わったの?」
「師匠」
大掃除をサボっていた私を叱りに来た訳ではないらしく、押し入れの中に入っていたものを物色する師匠。
「何か探しものですか?」
「いえ、そう言う訳ではないのだけれど。輝夜が暇だと言うから何か暇つぶしになるものをと思って」
「でも、ここに入っているのは殆ど衣類ですから」
「みたいね。仕方ない。私とのおしゃべりで我慢してもらいましょう」
師匠はやれやれと言った感じで部屋を出て行ってしまった。
どうせなら、少しくらい手伝ってくれてもいいのにと思うのは、私がまだまだ自分の立場を弁えていない証明なのだろう。
「兎に角、一日でも早く掃除を終わらせないと」
永遠亭は広い。部屋の数など数えるも億劫になるほどに。だけど、師匠からの言いつけで、半月以内に終わらせないといけない。一人で。
封筒を胸ポケットにしまい、掃除を再開した。
次の日も封筒が出てきた。
この封筒も、昨日と同じで古びている。
中身を確認すると、また意味の分からない文が一行。
『隣に居ますか?』
隣にいますか?一体誰が?幽霊か?でも幻想郷では幽霊など珍しくもない。
そもそも隣に誰かいるなんておかしな話。
一体何なのだろう。
次の日も封筒が出てきた。
やはり文は一行だけ。
違うのは何故だろう。封筒の中から懐かしい香りがした。
そして文を確認した瞬間、心臓が大きく鳴った。
『後悔していますか?』
後悔という言葉が、私の嫌な記憶を思い出させようとする。
私は封筒を元の場所に戻した。
息が少し苦しかった。
そして次の日も、封筒が出てきた。
何が書いてあるかは分からないが、見たくないと思った。
でも、同じ位見たいと思う気持ちが、私を動かす。
文は一行だけ。
『月に帰りたいですか?』
私は封筒がぐしゃぐしゃになるのも構わずに、無理やり元の場所に押し込んだ。
月に帰りたい?
そんなの考えたくもない。
私は折角出した筈の押し入れの荷物を、力任せに放り込んで部屋へと戻った。
次の日は師匠にお願いして、休ませてもらった。
頭からあの文が離れない。
月に帰りたいなどと思っていい筈がないのだ。
私は故郷を捨ててきた裏切り者。
そんな私に帰りたいなどと言う資格はない。
それなのに……。
次の日は順番通りに掃除していた部屋を、飛ばして掃除をした。
でも、結局意味がなかった。
また封筒が出てきた。
『会いたいですか?』
会いたい?会いたいに決まっている。
でも、自分にはその資格はない。
次の日も飛ばして掃除をしたのに封筒が出てくる。
いっそ見なかった事にしようかと思ったが、それができない。
何て弱いのだろう。
一度決めた事を貫き通せない。
『望みは叶いましたか?』
望み?
ええ、望みは叶った。
仲間を裏切って、自分だけ安全な所に逃げる事に成功した。
自分で望んだ事。
それなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのだろう。
次の日も封筒は出てくる。
出てこなければ、こんな思いをしないのに。
『幸せになれるのですか?』
なれる訳がない。私の心には、今も月へと置いてきた仲間たちへの後悔が残っている。
それを全て忘れて幸せになどなれない。
私は自分勝手で臆病だけど、だから自分だけ幸せになりたいなんて図々しい事を、臆病だからできない。
何て身勝手なのだろう。こんな自分が情けない。
どうしてあの時、自分も戦って死のうと思わなかったのだろう。
そうすれば、こんな思いはしなかった。
今からでも、赦されるなら仲間と共に闘うのに。
次の日の封筒には昨日の私の心をあざ笑うかのような一文。
『本当に?』
そう昨日の事は結局一時的な感情。
私は幻想郷にいる。
仮に赦されたとしても、私は結局また逃げ出すのだ。
何時までも変わらない。
私は何も変えられない。
『探し物は何ですか?』
ふざけた文だ。
探し物はない。そもそも何を私は探しているのか。分からない。
贖罪の方法?それとも、別の何か?幸せになる方法とでも?
バカバカしい。そんなものはない。あるが筈がない。
あっていい訳がない。私にあるのは罪の証だけ。目に見える事のない永遠に赦されない罪の。
『見つからないですか?』
分かったような事を書く。
一体誰が書いたのだろう。こんな短い文だけの手紙。
そもそもこれは、手紙と呼べるのだろうか?
だとするなら、一体何なのだろう。
これは罪の証?それなら納得だ。
閻魔も言っていたではないか。
私は結局何の贖罪をしていないのだ。
これは私に罰を購えと言う催促。
実際私はこの封筒を見るまで、月の事など忘れていたではないか。
ただ笑って暮らしていたではないか。
罪を償わなくては。
罰を受けなくては。
一晩考えた。答えは出ない。
だけど封筒は出てくる。きっと、この封筒が私の答えを知っている。
中に書かれている事に従えばいい。
それが私に出来る唯一の贖罪。
『すぐ傍にあります』
傍にある?どういう事だろう。
答えは傍にあると言う事か。
一体どこに。
ゴトンと音がした。
音がした場所を確認すると、それは月では珍しくもない短銃。
それが答えなんだ。
短銃を手にすると、妙にしっくりきた。
まるで自分の手の様に。
トリガーに指を掛け、銃口を頭に充てる。
引き金を引けば、裏切りの罪への贖罪となる。
この封筒は、仲間達が早く来いと言って私に寄こした物。
だから、これでいいんだ。
もっと早くこうすればよかった。
そうすれば、もっと早くみんなに会えたのに。
「今行くね」
ゆっくり指に力を込め、引き金を引いた。
筈だった。
「ウドンゲ!」
大きな声と、衝撃によって銃口は天上に向けられ、一部に穴が開いていた。
「し…しょう?」
馬鹿でも分かるほど、師匠の顔は怒りを露わにしている。
「何を一体しているの!?」
なんでそんなに怒るんですか?
私は償いをしないといけないんです。
そう言いたいのに、口は動かない。
「ウドンゲ!!」
師匠は私を怒鳴るけど、声はやっぱり出ない。
「どうしたの?」
師匠の怒鳴り声で、姫がやってきた。
だけど師匠は姫を見ることなく私を睨む。
「永琳?それにイナバ。その銃、どうしたの?」
銃?そうだ。早くしないと。
「イナバ!?」
銃口を頭に向けて引き金を引くと、先程と同じよう衝撃が私を襲った。
「いいけげんにしなさい!!」
師匠に殴られたと分かったのは、銃を取り上げられてからだった。
「さっきから何を考えているの!?」
師匠が怒鳴るその隣で、姫が私を見下ろしている。
静かな瞳。
まるで私の心の奥まで覗き込むような視線。
私はその瞳から視線が逸らせない。
「イナバが本当に死にたいのなら好きにしなさい」
冷たい声。温度なんてないかもしれない。ただ無機質な声。
ただ音を発しているだけ。
「でも、イナバは本当に死にたいの?」
それなのに、どうしてこんなに暖かいと思うのだろう。
私は姫の足元に縋ってただ泣いた。
わんわん泣き続けた。
言いたいことを言っているはずなのに、何を言っているのかが自分でも分からなかった。
ただ、心の中身を姫にぶつけ続けた。
私が泣きやんだ頃には師匠の怒りも消え、姫もいつものよくわからない雰囲気を醸し出し始めて居た。
姫たちに、ここ数日にあった事を話した。
掃除の時に封筒を見つけた事。その中身について。
そして、自分の心境。
「なるほど、それで貴方はあんな行動をとったのね」
師匠は事情が分かりほっとした顔をする。
「申し訳ありません」
「いいのよ。貴方の様子が変だったのは気付いていたのに、早く対処しなかった私の責任ね」
師匠が私の頭を撫でながら、謝罪する。
「それにしても、そんな封筒一体誰が用意したのかしら?」
師匠が首を傾げるその隣で、姫が何かを考えこんでいる。
「てゐの悪戯にしては、それなりに年季が込んでいる封筒だし」
師匠同様、私もてゐとは考え難いと思う。
確かに悪戯好きの困ったウサギだが、こんな性質の悪い事はしない。
多少悪質な程度の悪戯だ。
「中身を調べさせてもらうわね」
師匠は封筒の中身を取り出して確認する。
内容を見たとたん、師匠の動きが止まる。
「永琳」
姫が師匠の隣に正座して、頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうしてって、聞いていいかしら?」
いきなりの事で私は状況が理解できない。
「別にイナバをこんな目に合わせる為に、書いた訳ではないの」
「ええ、それは分かっているわ。でも、だからこそ分からないの」
師匠は姫の手を握り、瞳を覗き込むように見つめる。
「それは私にも分からないわ。だって、千年も昔の事だもの」
姫はばつが悪そうな顔をして、師匠の手を握り返した。
「……嘘ね。でもいいわ」
師匠は姫に苦笑を向けた後、私に向き直り姿勢を正した。
「兎に角、今後二度とこんな事がないように。一人で思いつめないで。私達はもう、一緒に暮らす地上の民なのだから」
師匠はもう一度私の頭を撫でると、部屋から出て行った。
「本当にごめんなさい。イナバ」
「あの、あれは本当に姫が書いたのですか?」
会話から間違いなく姫が書いたのだろうけど。
「ええ、本当に昔に書いたのよ?まさかイナバが見つけるとは思わなかったけど」
「すいません」
何となくだが、謝ってしまう。
「いいのよ。私のせいでイナバを随分苦しませてしまったみたいだし」
「いえ、私がそもそも最初から姫たちに確認をすれば良かったのです」
そうすれば、姫は直ぐに自分だと名乗ってくれたはずだ。
「もし良かったら、どうしてこんなモノを?」
私は今までの封筒を握りしめて聞いた。
先程姫は忘れたと言っていたけど、師匠は嘘だと言った。
姫の事で師匠が間違う事なんてありえない。
だけど、師匠は聞かなかった。
本来なら私もそれに倣うべきなのだが、どうしてもできなかった。
この封筒の文はきっと姫の心。
師匠に言う事の出来なかった言葉。
姫も昔は私と同じように悩んだのだろうか。
それだけでも聞かせてもらえれば、私は楽になれる。
そう思った。
だけど、返って来たのは予想していた答えではなかった。
「永琳には内緒よ?あれはね、自分宛てだったの」
「え?」
自分宛て?一体どういう事だろう。
「今の自分に宛てた手紙だったの」
だから一言でよかったのよと、姫は言った。
「どうしてそんな事を?」
やっぱり月に姫は未練があるんじゃ。
「秘密よ。私が答えを教えなくたって、イナバなら自力で見つけるはずよ」
その手紙は全部イナバにあげるわ。姫はそう言って、師匠と同じよう部屋を出て行った。
残された私は、銃によって空いた穴を修繕して床に就いた。
眠りに就く中で、私は姫の手紙の内容を思い出していた。
姫の様子から、決してあの手紙が自分を追い詰める為に書いたとは思えない。
だったら一体何のために書いたのだろう。
随分昔に書いた手紙。
なのに今の自分に宛てたものだと言った。未来の自分と言う事だろうか?
分からない。結局答えの分からぬまま眠りの淵へと堕ちて行った。
次の日、私はまた大掃除に取り組んでいた。
あんな事があったからと言って師匠は、掃除はしなくていいなどと言ってくれるほど優しくはないのだ。
今まで気分が乗らず予定よりだいぶ遅れている。
その遅れ分を取り戻さないといけない。
押し入れの中身を取り出すと、やっぱり封筒が出てきた。
私は心のどこかで確信していた。
まだ手紙があると。
たった一行の短い文。
『大切な人と笑っていますか?』
大切な人。それはきっと師匠の事。
師匠も姫も互いの隣で笑っている。
それは、姫が未来の自分に聞きたかった事なのだろうか。
押し入れの奥に、もう一つ封筒を見つけた。
それは今までの封筒とは少しだけ違った。
封筒には紙は入っていなかった。
それでも一行だけ文はちゃんとある。
封筒に中に直接書いてあった。
『私は今、幸せです』
未来に宛てた筈の姫の手紙。
その手紙を胸ポケットしまいこんだ。
封筒と便箋を買った。
月とウサギの模様と言うのはどうかと思ったが、自分自身と字を考えるととても合っている気がする。
下手に飾る必要はない。
これは、自分への手紙なのだから。
姫がどうして未来の自分へ手紙を書いたのかは、やっぱり私には分からない。
だけど、最後の手紙を見て思ったから。
未来の自分に伝えたいと。
ただ一言だけでも、そう思えた。
だから、今一番伝えたい事を書こう。
たった一言を。
『忘れないで』
なにか閃きを隠しているかのような感覚を受けました
しかしまさか鈴仙が取り乱すことになるとはねw
でもおかげでこれからもっと楽しく暮らせますよね。
自分の家で大掃除したところで出てくるのは黒歴史だけだろうなぁ。