Coolier - 新生・東方創想話

キリングタイム

2010/01/17 00:32:39
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 「咲夜ーひまー」

 紅魔館。その奥にある、豪奢な広間。そこに私の主であるレミリア・スカーレットは偉そうに退屈そうに座っていた。

 「では、手品なんてのはいかがでしょうか?」
 「それはもう見飽きた」
 「そうですか…新しい手品を考えたのですが…」
 「それはフランにでも見せれば?はあ…面白くないわねえ怪獣でも襲ってこないかしら?」
 「妹様にですか?お気に召されるでしょうか…」
 「さあ?そんなこと私に聞かれても」

 この紅魔館の当主であるお嬢様は普段、特にすることはないのでいつも暇していた。メイド長である私からすれば、仕える主人が暇なのは光栄ではあるけど、その暇つぶしに付き合わされるのは少々、いや、かなり疲れる。

 「何かないかしら異変とか異変とか異変とか。もけーれむ…なんだったかしら?もけーれなんとかが襲ってきたー」

 ぎゃおー
 とか言っているお嬢様は見た目幼いが、もう500年以上も生きている吸血鬼だ。しかし、精神は見た目同じく幼い。少しは大人になってもらえれば助かるのだけど。

 「お嬢様。もう季節は秋ですよ。芸術の秋なんて世間一般では言われています。これを機に何か始めたらいかがでしょう?」

 言うだけ無駄。私は溜息代わりに上に視線をやった。月光を取り入れる為の天窓には色付いた落ち葉が積もっている。また妖精メイドが掃除を怠っている証拠だ。夜までには掃除しておかないと…

 「んーなんていうかガラじゃないのよねーそういうの。そうそうパチェにも暇だって言ったら、なら読書の秋だから少しは読書なさいとかなんとか言って何冊も押し付けてきたわ」

 パチェ、とはパチュリー様のこと。お嬢様の友人で、紅魔館の地下にある図書館に住んでいる魔女。お嬢様とパチュリー様はお互いをレミィ、パチェと呼び合うほどの仲ではあるが、いつ、何処でどのように知りあったかは私は知らない。

 「…暇しているところを見るともう読破なさったのですね。さすがです」
 「え?…も、もちろんよ。あんなもん一時間あればちゃちゃーっと…」

 おそらく一時間ほど読んで飽きたのだろう。どうにも好きな物にしか集中できないお嬢様である。

 「では絵画、なんてのはどうですか?」
 「却下」

 一瞬で不機嫌そうになったお嬢様。
 そういえばお嬢様には絶望的なほど絵心がなかったのを忘れていた。一度姉妹仲良くお絵かきをしていたの見ていた事があるけど、それはそれは…。

 「困りましたね…後はスポーツの秋か食欲の秋ぐらいしか思い浮かびませんわ」
 「スポーツなんて今更やったって面白くないわ。どうせなんでもできるし」
 「それに小食ですしねお嬢様は」

 普段からあまり食べられないお嬢様に食欲の秋というのは意味をなさかった。
 となると、お料理なども興味ないだろうし…

 「はあ…暇すぎるわ…」
 「困りましたね…」

 二人して困り果てていた。
 と、その時。

 「あ、咲夜さーんこないだ頼んだ肥料の件ですけど…って取り込み中でしたか!?」

 丁度、美鈴が広間に入ってきた。入ってきたはいいが、この微妙な空気に物怖じしたか、少し引きつった笑顔をしていた。美鈴はこの紅魔館の門番兼庭師をしている妖怪である。妖怪といっても、拳法着とチャイナドレスを合わせたような服を着ている、人間の女性と変わらないような見た目だ。どうも土弄りしていたらしく、膝や服に泥がついていた。

 「美鈴。館に入る時は泥を落としてからきなさい。掃除するのは私なんだから」
 「へ?ああすみません!気付きませんでした!」

 そういって泥を落とす美鈴だが、ここで落としては意味はない。
 仕事を増やさないで欲しい。

 「ねえ美鈴。何か暇つぶしはない?めちゃむちゃ暇よ」

 お嬢様の問いかけ。もしかしたら美鈴なら何か妙案を思い浮かべ…

 「暇つぶしですか?…じゃあ芸術の秋なん…」
 「それはもう私が言った」

 駄目だった。

 「あ、そうですか…うーんうーん…」

 期待するだけ無駄だったみたいだ。しかし、何か思いついたらしく、悩んでいた美鈴が顔をあげた。

 「あ、そういえばさっきまで話してた天狗が、今ちょうど紅葉が見頃って言ってましたよ」
 「なるほど紅葉の秋ね…」
 「なんでも九天の滝って場所が凄くいいとかなんとか言ってました」
 「滝?私を殺す気?まあ死なないけどさ」

 吸血鬼であるお嬢様は流水を渡れない。
 流れる水は苦手なのだ。

 「あ、いえ別に滝に入るんじゃなくて滝自体がすごく綺麗らしいですよ」
 「ふーん滝、ねえ…」

 九天の滝は妖怪の山の中腹にある、滝というより瀑布と言っていいほどの滝だ。一度見たことはあるが、確かに紅葉が映える場所ではある。しかし。場所が場所である。どうやら美鈴もそれは分かっているらしい。

 「あ、でも、お嬢様が行くにはマズイかもしれないです!」
 「あら?滝なんて怖くないわよ?」
 「いえいえそういう意味じゃないですよ」
 「じゃあ何よ?」
 「なんでも、山は鬼が地下から帰ってくるとかこないとかでぴりぴりしているらしいです」
 「ふーん…それで?」

 ああ…お嬢様がそれはそれは楽しそうに笑っている…私は沈黙のまま美鈴を見つめた。これ以上余計な事をいうな、と。

 「えーとだから、そこにお嬢様が行くと天狗達を刺激してしまうからという意味です」

 美鈴。素直なのはいいがこういう時ぐらい機転を利かせて欲しい…そんなことを言えば余計行きたがるのに…

 「ふーん刺激…ねえ…面白そうじゃない?咲夜。準備しなさい」

 その言葉に私は反論する余地はない。したい気持ちでいっぱいだけど。

 「貴女はもう少し頭を使ったほうがいいわ。でないと小さい脳が余計小さくなるわよ?」

 冷たい声。安い挑発。

 お嬢様の前の空間が歪み、二つに割れた。そこから、怪しい派手な服を着た、日傘を持った女性が現れた。それも上半身だけ。空間のそう、隙間から乗りだしているのは、八雲紫。この幻想郷の古株の妖怪である。そこからお嬢様に負けず劣らず偉そうに言い放った。もうこの登場には慣れっこである我々は驚くことはなかった。

 「紫。人の家に入る時は玄関からって習わなかったのかしら?」
 「あら、棺桶に玄関があるなんて知らなかったわ」
 「あんたが使わないだけよ」

 お嬢様とは因縁深い妖怪である彼女とお嬢様は軽くお互いを牽制。

 「それで?なんの用かしら?」
 「今妖怪の山に入るのは止めたほうがいいわね」
 「それだけ?ならそうとうな暇人ねあんた」
 「天狗達は地下にある旧都の鬼達に怯えている。もしかしたら鬼達は地上に戻ってくるのではないか、と」
 「それが私になんの関係があるのかしら?」
 「仮にも鬼である貴女が山に入るのを天狗達が許すはずがない」
 「で?天狗の許可を得ようなんて始めから思ってないわ。それに私は地下の鬼とは一切関係がないわ」
 「そんな事はどうでもいいのよ。鬼である貴女の侵入を一度でも許してしまえば、それは他の鬼達の侵入を許してしまうことに繋がるからよ」
 「だから?」
 「分かってないわね。幻想郷のパワーバランスの一角を担っている貴女に軽々しく境界線を踏んで欲しくないのよ」
 「あんたが?」
 「天狗…いや妖怪の山が、よ」
 「…あんた本当に何しに来たのかしら?」
 「これは忠告よ私からの」
 「ありがたく聞いとくわ。聞くだけ、だけどね」

 きっと八雲紫も分かっている。こんなことを言ったところでお嬢様が止まるはずがないと。どちらかといえば、余計行きたがる。
 むしろ私には八雲紫がお嬢様をけしかけているようにさえ感じた。

 「そう。なら好きになさい」
 「言われなくても好きにするわ」
 「で、玄関は何処かしら?」
 「あんたに出口なんてないわ。八方塞がりなんて無様ね紫」
 「閉ざされているからこその楽園よ。もう少し貴女も考えなさい」

 この楽園についてね。
 そう言って、八雲紫は隙間の奥に消えた。

 「それで、お嬢様どういたしましょう?」
 「あら咲夜、私は同じことは二度も言いたくないわ」



 「既に準備は整っています。いつでも」
 「当然ね」
 「美鈴」

 ずっとあっけに取られていた美鈴が私は呼びかけた。
 跳ね上がるように反応する美鈴。

 「は、はい!」
 「留守番、頼むわよ?」
 「も、もちろんです!」

 美鈴は多少問題はあるが、それでも優秀な門番だ。任せても大丈夫だろう。

 「それでは行きますか?」

 私に答えるように、お嬢様は椅子から立つと今までたたんでいた、その漆黒の翼を広げた。

 「ええ。久しぶりに羽を広げられそうね。天狗狩り…じゃなくて紅葉狩りに行くわよ!」


           …


「物言えば唇寒し秋の風…犬走椛、今の貴女にぴったりの言葉ね」

 白狼天狗自警隊である私、犬走椛が山を離れることは滅多になかった。しかし最近、天魔様が新事業として、郵便業を始めたのだ。これに駆りだされたのが下っ端である白狼天狗だった。天狗の上層部は去年の冬に発覚した地下の鬼達について今だにもめているというのに。しかし、幻想郷に紙が普及し始めたおかげか、これが意外に好評だった。なので、私達自警隊は、山を警備しつつ郵便業もこなすという、今まで比べてかなり多忙な生活を送っていた。

 その日も幻想郷を飛び回り、配達から帰ってきたとき。私を待っていたのは烏天狗であり自ら出版している“文々。新聞”の記者である射命丸文さんだった。

 「紅魔館の吸血鬼が攻め入って来るとの情報を入手したわ。しかもどうやら貴女のせいらしいわね」
 「あ、文さんお疲れさ…へ?」

 どうやら私が紅魔館の門番に余計な事を言ってしまったせいで、吸血鬼が山に興味を持ったらしい。上が鬼達のせいでもめているが、私は文さんから鬼達が戻ってくることはないという事を教えてもらった。そのせいで、少し他人事になってしまい、話してしまったのだが…

 「とりあえず、まだ上には報告していないから。この事実を知っているのは私と貴女だけ」
 「あ、ありがとうございます!」

 ばれたらどうなるかわかったもんじゃない。去年の夏も件もある。

 「…しかし吸血鬼の侵入を許す事はできない。今ただでさえ山は混乱しているというのに」
 「は、はいすみません…しかしなぜ上は今だにもめているのでしょう?文さんは報告したんですよね?」
 
 去年の冬。文さんは麓の巫女に協力し、地下へと行ったらしい。その時に鬼の都市を発見し、上に報告をしたのだ。

 「世の中100%はないわ。去年の冬まで、私達は鬼が戻ってくることはないと思っていた」
 「今でもないんですよね?」
 「ないはず。彼女達はそう言ってた。そしてその通りだと私は思う」
 「ならなぜ?」
 「今までは私達は鬼達が何処にいるかわからなかった。まあ知りたくなかったってのが正解ね」
 「でも知ってしまったって訳ですか?」
 「そう。しかもすぐ足の下に」
 
 私は一瞬足元を確認してしまった。この地面の奥深くで鬼達が住んでいるかと思うとぞっとする。

 「…でも」
 「知ってしまった以上、私達は無視できないのよね。例え戻ってくることがゼロに近い確立でも。そこに1%の確立がある限り、この問題は解決しないわ」
 「一体何をもめてるのですか?」
 「怯え臆し鬼達の下に再び戻ろうという派閥。いやこれを機に独立すべきだという派閥。静観する派閥」
 「めんどくさいですね…」
 「なるようにしかならないわ」

 そう言って文さんは足を組みなおす。

 「とにかく、これ以上揉め事を山に持ち込みたくないわ」
 「すみません」
 「…行楽気分か知らないけど吸血鬼に今、山に入らせる訳にはいかない」
 「はい!」
 「なので私と貴女のみで彼女達を迎撃します」
 「二人でだけですか?大丈夫でしょうか…」
 「言ったでしょう?この事実を知っているのは私達二人だけ。」
 「…確か吸血鬼ですよね?勝てるのでしょうか?」
 「敵は吸血鬼とその部下、おそらくあのメイド長だけでしょう」
 「はあ…じゃあ実質、吸血鬼だけですね」
 「椛、貴女はもう少し勉強すべきね。この幻想郷には妖怪よりたちの悪い人間がいる事を」
 「あの巫女とか魔法使いのことですか?」
 「そう。そしてあの紅い館のメイド長もよ」
 「なるほど、それは用心してかからないと」
 「先に貴女が彼女らに接触、排除なさい」
 「はい!」
 「でもまあ多分あの吸血鬼なら部下を置いて先に行きそうね…」
 「文さんはどうします?」
 「そうね…私は滝付近で待機しているわ。万が一貴女が突破された場合私が出る」

 飛びながら足を組んでいる文さんが不敵に笑った。非戦闘員である烏天狗の文だが、その強さは吸血鬼にも引けを取らないはず。
 そして、私には文さんが少しこの状況を楽しんでいるようにみえた。
 私は気を引き締め、腰に差した刀に手を伸ばした。

 「そろそろ着いてもいい頃ね、行きなさい椛。」
 「は、はい!」

 麓へと向かう。



         …


 「咲夜」
 「はい」
 「多分、天狗が妨害してくるわ」
 「そうでしょうね。どういたしましょう?」
 「ザコはあんたにあげる」
 「かしこまりました」

 天気は曇天。
 お嬢様が出かけるにはちょうどいい天気だった。
 私とお嬢様は山の麓辺りを歩いていた。

 「しかしお嬢様。なぜ飛ばないのですか?」
 「山歩きよ山歩き。いつも飛んでばかりで足を使っていないもの。スポーツの秋なんだから運動しないと」
 「飛ぶのも十分運動な気がしますが」
 「それだと山歩きにならないじゃない」

 迷いもなく前へと歩くお嬢様。

 「そういえばお嬢様。目的地はご存知ですか?」
 「知らない」
 「…これはどちらへと向かっているのでしょうか」
 「知らないわよ。咲夜、あんた知ってるんでしょ場所」
 「知っているといっても、遠目でちらりと見たぐらいですから…飛べばわかりますけど」
 「駄目。今日は飛んじゃいけない日なの」
 「はあ…」
 「まあそのうち雑魚敵が出てくるだろうしそいつに案内させればいいわ」

 少し道に勾配が出てきた。そろそろ山に差し掛かったか?

 「ほら、噂をすれば、よ」

 そうお嬢様が言い、上を見上げた途端、風が吹いた。

 「これ以上先の侵入は許しませんよ!」

 頭上から人影が降ってきた。
 私達の前に現れたのは確かに天狗だが、私達がよく知っている天狗ではなかった。

 「あんた誰?」

 お嬢様のがっかりな表情。声にやる気が感じられない。

 「私は白狼天狗の犬走椛!貴女達を排…」
 「咲夜」
 「はい」
 「じゃあここは任せるから先に行ってるわ」

 そう言ってテクテク森の中へと歩くお嬢様。

 「させません!」

 椛と名乗った天狗は腰に差した刀を抜いた。
 横を通りすぎようとするお嬢様に一閃。

 「それは私のセリフ、よ」

 腕に仕込んでいたナイフを取りだし刀を受け止める。
 ガギンと金属音。
 火花の向こう側に驚いたような顔。

 「な、一瞬で!?」
 「あらご存知ないのかしら?」

 ギリギリとナイフが鳴り、押し負けている。
 お嬢様が過ぎるのを待って、後ろに下がる。
 鍔迫り合いをしていても分が悪い。いくら雑魚とはいえ天狗。力は人間よりはるかに強い。
 それでも。
 さっさとこいつを倒してお嬢様に追いつかないと。
 主君を待たせるようなメイドをしているつもりはない。


      …


 「さて。紹介が遅れましたね、紅魔館のメイド長を勤めております十六夜咲夜です。以後お見知りおきを。そしてさようなら。貴女に構っている暇はありませんわ」

 優雅にお辞儀をしながらそう言った目の前のメイド服の女がナイフを構える。
 先ほどの彼女の動き。
 一瞬で私の前に回りこみ、刀を受け、そして吸血鬼がいなくなった途端また元の位置に戻った。
 刀を構える。
 何処から何が来ても不思議ではない。

 「仕方ない…吸血鬼は文さんに任せて…貴女だけでも止めてみせます!」
 「…なんか私達が悪者みたいじゃない」
 「自覚ないんですか?」
 「ないけど」
 「山を荒らす者はメイドだろうが吸血鬼だろうが許しません!」

 敵の能力の正体が分からない以上、待っていても仕方がない。
 真正面から斬り込む。
 私の刀が唸りをあげ振り下ろされる。
 メイドまで後数センチという所でメイドが目の前から消えた。


 「パーフェクトメイド」


 目の前からその存在が消えた代わりに、無数のナイフが浮いていた。

 「く、!」

 もう振り下ろす動作に入っている為、左手に装備している盾が間に合わない。
 刀を振り下ろすと共に前に前転。
 ナイフが頭上を通りすぎるのを肌で感じた。
 カカカッ!と背後でナイフが木に突き刺さる音。
 服の所々をナイフで切り裂かれていた。
 いつの間にか後ろに移動したメイド。
 すぐに立ち、後ろを振り向く。
 いつ追撃が来てもおかしくない。
 メイドはナイフを何本も両手に持ち、こちらを窺っていた。
 刺さった音はしたのに、その背後の木々には一本もナイフが刺さっておらず、
 しかし、刺さった跡であろう細長い傷だけが残っていた。
 回収したにしては早すぎる。
 あのナイフはおそらく質量を持った幻か何かか?。
 しかしそれでも瞬間移動の説明にはならない。

 「どうも知らないみたいね。私の手品にタネも仕掛けも…ないわ!」

 メイドがそう叫んだ瞬間。


 幻世「ザ・ワールド」


 私を中心に空間がナイフで埋め尽くされた。
 刹那。
 ナイフが風を切り私に殺到。
 逃げ場はナイフの弾幕が薄い前方。
 迷わず目の前のナイフを盾で払い、メイドに向かって駆ける。
 後ろでナイフ同士がぶつかりあう金属音。
 メイドに向かい、刀を真横を払うもやはり手応えはなく、空振り。
 すぐに後ろを振り向…


 傷魂「ソウルスカルプチュア」


 真後ろに立っていたメイドのナイフから無数の斬撃。
 反射的に盾で防ぐも、間に合わず、体中を切り裂かれる。
 斬撃の余波で後ろに吹っ飛ぶ。
 木に激突。
 頭を打ったせいか視界が定まらない。

 かろうじて見えたのはメイドが目の前に立ち、ナイフを突きつけている姿。

 「勝負あったわね」
 「く!まだまだ…イタタタ…」

 斬撃自体は盾で防いだ為軽い傷だけど、これ以上戦っても無駄そうだ。

 「…強い。私の負けです。通って結構ですよ…」
 「そうさせて貰うわ。それでは失礼」

 そう言ってメイドが目の前から消えた。
 メイドの代わりに今度はナイフではなく、無数のカードが宙を舞っていた。一枚のカードが目の前に落ちる。カードには笑みを浮かべた道化師が大きな懐中時計にもたれ掛かっている姿が描かれていた。
 
 どことなくその道化師は先ほどのメイドに似ていた。

 「…時計…そうか…」

 それじゃあ勝てないわけだ。

 「まったく…確かに文さんの言うとおりだ」

 妖怪なんかよりよっぽどたちが悪い。


          …


 山の中をあてもなく進む。しかし、滝の音が聞こえる。意外と近くまで来てしまったのか?まあしかし滝があろうとなかろうと最早関係がなかった。目的と手段が入れ替えるなんて簡単なことだ。もうそれは山に侵入した時点で達成されている。

 闘争、蹂躙、破壊、搾取。

 吸血鬼であり夜の女王である自分にとって闘争は習慣であり破壊は悪癖だ。ここ幻想郷に住みだしてから随分と平和な性格になったなあと我ながら関心する。

 しかし、それでも。

 退屈で平和な毎日は自分の心の何かを蝕んでいた。ここ最近、異変も少なく、暇だった。戦うことなく、無意味で無意義な遊戯で心を鎮めた。

 でももう駄目。

 体が思考が精神が、疼く。

 戦いを。
 破壊を。


 上を見上げる。

 「あんたもそうなんでしょ?天狗!」

 紅く染まる木々のさらに上で天狗が偉そうに足組んで見下ろしている。

 「いやはや困ったね。こう勝手に山に入られるとこっちの面子が立たないよ。できればこのまま帰って欲しいんだけど」

 うわべだけの言葉。その後ろに潜むのは戦いへの本能。

 「私は非好戦的でね。戦わずに終わるならありがたいのだけど」

 私は羽を広げる。

 「見下ろされるのは好かないわね。特に普段ヘコヘコしている癖にこういう時だけ偉そうにしているあんたにとか」

 飛ぶ。いつもの感覚。
 すぐに木々を追い越し、空へ。
 正面に天狗。

 「ふーん適当に来た割りには結構いい線いっていたのね私」

 天狗の向こうに轟々と流れる瀑布。
 なるほど、確かにいい眺めだ。

 「九天の滝を紅葉が流れ染め、それはもう絶景。本当は貴女に見せるつもりはなかったけど、仕方がない」


 魔獣「鎌鼬ベーリング」


 天狗が手に持つ団扇を凪いだ。
 不自然な風が後ろから吹き、それを天狗が纏った。
 視認できるほどの風が天狗の周りだけ吹き荒ぶ。

 「さあ手加減してあげるから本気でかかってきな!」

 結局こいつも私と一緒だ。普段は新聞記者なんてのをやっているが、所詮は天狗、所詮は妖怪。

 争いを。
 破壊。
 否定しない。

 「ああ久しぶりで手加減できないからって簡単に死なないでよ?」

 言うと同時に自らの背後と右手に魔方陣を形成。
 魔方陣から紅いエネルギー状の蝙蝠を大量に射出すると同時に槍を召喚。
 紅い蝙蝠が独特の軌跡を描いて天狗に殺到。蝙蝠と共に槍を片手に距離をつめる。
 蝙蝠は天狗が纏う風の鎧の前で四散。私は突撃する勢いのまま刺突。
 風に触れた蝙蝠と同じく槍が散る。すぐに後退。
 やはりあの風の鎧はやっかいか。
 風は相変わらず、天狗の周りを頑なに廻り続けている。

「それが本気だったら吸血鬼を名乗るのはやめたほうがいいね」
「ふん、そんなわけないじゃない」
「さてそろそろ攻撃に移るよ?」


 風符「天狗道の開風」


 簡単に当たるなよ!
 天狗がそう叫ぶと、団扇をこちらに向かって凪いだ。
 天狗が纏っていた風が横向きの竜巻となってこちらに迫る。

 一瞬で判断、上に逃げる。
 横向きの竜巻は通り過ぎた辺りで消滅。
 

 旋符「紅葉扇風」


 その瞬間下からの風。すぐに風は螺旋を描き、竜巻に。
 その前に前方に逃げる。
 まず一本真下から来る竜巻を避ける。
 すぐにまた竜巻が現れ、蛇のように私に食らいついてくる。
 今度は直立した竜巻が三本。

 間を縫うように避け、天狗へと前進。
 最初に上に回避しなかったら当たっていただろう。
 竜巻は紅葉を巻き込みながら私を追うが、すぐに消滅。
 反撃が来ないうちに攻撃に移る。


 運命「ミゼラブルフェイト」


 魔方陣を形成。魔方陣から先に得物がついた紅い鎖を三本発射。
 鎖は唸りをあげ、天狗を襲う。

 「遅い!」

 しかしそれらを全て見切って、天狗が避ける。
 でも甘い。

 鎖は避けられると同時に反転。
 再び天狗に猛襲。

 「追尾式、ねえ」

 言いつつも鎖を避け続ける天狗。
 その素早い身のこなしは目を見張るものがある。
 さすがは烏天狗といったところか。
 だがまだ終わらない。
 再び蝙蝠を射出。


 鎖は一定距離を過ぎると消えてしまう。
 そのタイミングで蝙蝠の群れが天狗に牙を剥く。


 風神「天狗颪」


 瞬間、天狗に辺りから風が殺到。
 その風は蝙蝠を消滅させつつ紅葉を周りから吸い込む。
 天狗のいた位置には一瞬で紅葉を巻き込んで赤くなった風が渦巻く。
 膨大な量の赤い風が天狗を中心に一周。
 そのまま全方位に向け、風が薙ぐ。

 赤い風の波が押し寄せる。

 「逃げ場がないなら突破するまでよ」


 神槍「スピア・ザ・グングニル」


 先ほどとは比べ物のならないほど巨大な槍を召喚。
 紅く発光する槍はその物全てが破壊のエネルギー。
 触れた空気がバチバチと鳴る。
 それを振りかぶり、投擲。
 迫っていた風と激突、爆音。
 エネルギーを失いつつも槍は風を貫通し、霧散させる。
 そのまま後ろにある瀑布に激突。一瞬瀑布の水を止めるほどの衝撃。
 しかし次の瞬間には水はまた元の流れを取り戻した。

 「あーあ当たらなかったわね。まあ即興の割りにいい破壊力だけど」
 「ってちょっと山を破壊しないで!」

 まったく無傷の天狗が慌てている。

 「知らないわよそんなん」
 「いやいや破壊は駄目です、もっと清く正しく決闘…って危ない!」

 小さめの槍を五本、暢気に喋っている天狗に向け発射。

 「やっぱり当たらないか…」
 「人が喋ってる途中で…ってまた!」

 蝙蝠と槍を混ぜあわせても、すばしっこい天狗には当たらない。


 「殴るしかないか」
 「まったく…まあ幻想郷最速は伊達ではないんでね…」

 すぐ目の前まで距離を詰める。
 魔力で伸ばした爪で切り裂く。
 やはり当たらず、天狗が上空へと逃げる。

 
 突符「天狗のマクロバースト」


 天狗の足元に風が幾重に絡まりはじめ、それを天狗が踏む。
 風が爆散。
 風の刃が何重にも重なり下方に、つまりこちらに向かって飛んでくる。

 「対地用スペルカードって訳ね!」

 だから上へと逃げたのか。
 回避するも間に合わず、服の端を切り裂かれる。
 上か…仕損じたけどこれはいい位置にいってくれた。
 まだ残っている直撃コースの風の刃を無視。


 紅符「不夜城レッド」


 私の体を中心とした十字を紅いエネルギーを放出。
 風もろとも焼き払うそれは紅い十字架。


 「幻想風靡」


 手応えがない。
 エネルギーを放出し終わった瞬間。
 弾丸のようなスピードで物体が風を纏いこちらに突撃してくる。
 それがなんなのか視認すらできず、とりあえず、回避。
 直撃は避けたが、その物体が通った後の余波が凄まじく、吹っ飛ばされる。
 5メートルほど飛ばされすぐに体勢を立て直した。
 なんといういう速度。
 いくつものその物体が辺りを交差、衝撃波が無軌道に舞う。
 だがそれは直接私を狙う気配はない。

 「まさかただの体当たり?」

 正解の代わりに、その物体はまたこちらに向かって飛来してくる。
 間一髪避けるも衝撃波に体が軋む。

 今度は見えた。
 やはりあれは天狗自身が風を纏い、超々高速度で体当たりをかますだけ。
 そのあまりの速さに目が追いつかず、まるで、それがいくつもあるかのように錯覚してしまったのだ。
 そしてその速度によって生じる衝撃波はどう足掻いても避けられない。
 弱点はある。あまりの速さに精密なコントロールはできないらしく、すぐにこちらを狙ってこない。
 やがて天狗の動きが止まる。

 「あややや?二回も避けられるとは予想外」
 「完全に避けきってはいないけどね」

 天狗の服の端が焦げている。さきほどのスペルカードはどうやらかすりはしたらしい。

 「まったく速いにも程があるわ…」

 速さでは勝てない。ならば。

 「力で砕くまでよ!」
 「ならばこちらはそれを上回るまで!」


 「無双風神」


 天狗が消える。
 どうやらこれが本気の速度のようだ。
 まったく視認できない。ただ、通った後の爆撃波が幾重にも重なり、迫る。
 避けられないのなら避けなければいい。
 最早疾風となった天狗の動きは読めない。
 ならば勘に頼って発動するまで。
 背筋に悪寒。その瞬間を待っていた。


 紅魔「スカーレットデビル」


 全身からエネルギーを放出。
 紅い柱となった私が円筒上に空間を切り取った。


    …


 上空での人外の戦いを私はのんびりと観賞していた。下っ端天狗を倒し、すぐに追いついたのだが、もうすでに戦いは始まっていた。ならば私の出る幕じゃない。手を出せばきっとお嬢様に怒られる。

 「にしても、天狗もお穣様も…」

 本当に楽しそうに戦っている。平和である幻想郷で平和である為の戦い。最近は特にお穣様はイライラしていたから。これは良い機会だろう。

 何処かで力を使わないと。それは内側を蝕んでしまう。
 そういう意味で妹様は…

 「どうもお互い本気みたいですね」

 後ろを振り向くと、先ほど倒した白狼天狗がこちらにやってきた。どうやらもう回復したらしい。だが、闘志は感じられない。

 「みたいね。まあいい羽伸ばしにはなったんじゃないかしら?」
 「毎回こんな事やってるんですか…大変そうですね」

 そう言って笑うと白狼天狗は私の横に座る。私にも戦う意志はない。先ほどの戦闘だってあくまで儀礼的なもの。

 私達は丁度滝の見える崖にいた。お穣様と天狗の戦闘がよく見える。

 そのうち天狗が訳のわからない速度で飛び回り、それをかろうじてお嬢様が避けた。

 「次で最後そうね。にしてもノリノリね二人共」
 「はあ。相変わらず文さんは速いですね…」


 瞬間、赤光が辺りを包む。
 無音、そして風

 顔を庇い、ふたたび青さを取り戻した景色に目を戻す。
 ここまで伝わってくるという事は渾身の一撃だったのだろう。

 景色には誰もいない。ただ轟々と滝が流れているだけだった。


 「これは…相打ちかしら?」
 「うーん文さんがやられるとは信じがたいですけど」

 私は崖から飛んでお穣様が戦っていた辺りを探す。もし万が一川にでも落ちたら大変だ。と探し回ると、下のほうでじたばたする物体が。

 「何をなさっているのですか?」

 木の枝に引っ掛かったお嬢様がもがいている。相当ギリギリだったらしく服のあちこちが破れていた。

 「見てわかるでしょ?助けなさいよ!」
 「はあしかし今日は飛んではいけないとお嬢様が」
 「もう飛んでるじゃない!力使い果たして疲れてるから早く助けなさい!」

 まあ少しぐらいの意地悪は大目に見てもらえるだろう。引っ掛かっている木の枝をナイフで切断、お穣様をかかえ、降りる。

 「ああもうあの天狗本気で突っ込んでくるんだもん」
 「どうやらあの天狗も無事ではなさそうですね」

 そう言って見上げると上で白狼天狗がお穣様と戦った天狗の肩を支えていた。

 「はっ!ボロボロじゃないあんた」
 「貴女も人の事言える状態じゃないけどね…」

 どうやらまだ口は両方元気なようだ。

 「文さん大丈夫ですか?とりあえず、今日は帰りましょ?」

 白狼天狗が肩を支えつつ、こちらを促す。
 分かっている。
 私はお穣様を背におぶった。相変わらず軽い。

 「ほら帰りますよお嬢様」
 「ちょっと咲夜!まだ終わってないわ」
 「もう少ししたらお夕飯の準備を始めないと駄目ですから」
 「そんなんあんたの能力で…」
 「いいから行きますよ」

 背中でぎゃあぎゃあ喚いているが無視して下山。天狗達もこちらが帰るのを見届けた後、山の奥へと消えていた。結局、暴れるだけ暴れて。まあお穣様の暇が潰れたからよしとしよう。さて今日はいつもより多めに血を入れないと…そういえば紫に補給を頼まないと…
 
 いつの間にか、背中が静かに。スースーと規則正しく寝息を立てているお穣様を起こさないように、歩く。どうやら日が傾いてきたらしい。夕日を受け、私達の館が真っ赤に燃えている。私は片手で折りたたみ式の日傘を取り出した。
 
 さて帰ってする事は山ほどある。掃除に洗濯、ああお嬢様の服も縫い直さないと。天狗も紫もお嬢様も暇なのかどうか知らないけど、
 
 少なくとも私は忙しかった。そしてそれに満足している。

 「仕事のある我が家が一番、ですわ」

 

         …


 「うーん紫様の予想が外れましたね」
 「もう少し天狗が粘ると思ったんだけどね」
 「しかしどうして天狗と吸血鬼を争わせたんですか?」
 「いつまた暴走しだすか分からない吸血鬼のガス抜き」
 「はあ…それだけですか?」
 「藍。少しは自分で考えなさい。それが全てではないしそれに正解が一つとは限らない」
 「うーん…じゃあ吸血鬼の力を見極める為?」
 「まあ五十点ってとこね」
 「厳しい…」
 「式神はどうも答えに生産性というか独創性がないわね」
 「精進します…じゃあなぜ、わざわざ吸血鬼の所にまで言って警告したんですか?」
 「そう言えば余計行きたがるから」
 「はあ…じゃあ別に行かなくても良かったんじゃあ」
 「もし、あの時点で吸血鬼が山の情報を知らなければ、私が教えていた」
 「どうしても行かせたかったんですね。でも、あれって一歩間違うと大変な事になりませんか?」
 「山を不必要に刺激してしまうから?確かにそうだけど、それはあの烏天狗に事前に情報を与えておくことで解決する」
 「ああそういえば吸血鬼の館に行ったその足で山に行きましたからね」
 「山登りにはならなかったけどね。そこで吸血鬼が来ると言っておけば…後は分かるでしょ?」
 「山に波風立てたくないあの天狗の性格ですから自ら収めようとするでしょう」
 「そういう事。後はのんびり観戦するだけよ」
 「天狗はいい迷惑じゃないですか?」
 「そんな事ないわ」
 「…?」
 「自分で考えなさい」
 「じゃあこういうのはどうですか?天狗に吸血鬼を撃退させることで、天狗にも鬼を退ける力があると解らせる為。そうする事によって山の結束を強める…っていうのは?」
 「五十点ね」
 「むう…何点中の五十点なのかは聞きたくないですね…」
 「さてそろそろまた外へ行こうかしら。餌が不足しているわ」
 「で、結局紫様は何がしたかったんですか?」

 



 「決まってるじゃない…」



 「ただの暇潰しよ」













おわり。
 同時に私の暇潰しでもあったりするSSでした。

 今回は珍しくアクション多め。
 アクションの描き方ってのは本当に難しいですなあ。
 コンビニとかに売ってないかなあ。描き方。
 てか緋想・非想天則やってるのバレバレですね。

 P・S
 季節はもう冬だって?
 滝と秋をかけたかっただけなんだすまない。
不夜城レッド
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コメント



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16.90ずわいがに削除
ぬっふぅ、レミリアと文が互角……俺としてはレミリアを応援してたんだけどな、惜しいぜ。