「う~、寒む寒むっ」
年も明けた元日早々、霊夢は台所に居た。
おせち料理の準備である。
料理自体は昨年の内にしておいた。四段重ねの本格的なものだ。しっかりと彩りも考えた。ちょっとつまみ食いした時には結構美味しかった。
と言う訳で、今日その成果をいよいよ食すのである。
重箱を持って炬燵のある居間の方へと戻る。
こちらの部屋は火鉢も炊いてあるのでほんわかと暖かかった。
「っと、お箸とお皿!」
温んだのもつかの間、用意し忘れたものがあるのに気づいて台所に逆戻り。新年早々慌ただしい。
「よしっ、これで大丈夫ね」
そう口に出して、炬燵の中に潜り込む。
「あ~、やっぱり炬燵はぬくいわ~」
ホニャっとした顔で暫し冷えた体を温める。
この時間がなんとも言えず気持ちが良い。
ちょっとウトウトしてきたところで、慌てて頭を振って眠気を振り払う。
「危ない危ない……危うく炬燵の魔力に囚われるところだったわね……」
それよりおせち料理である。頑張って作ったのだからとても楽しみだ。
蓋を開けて、お箸を持って、いざいただきます……をしようと思った時、いきなり障子が開いて元気な声が部屋中に響きわたった。
「新年明けましておめでとうございますだぜ、霊夢!」
魔理沙だった。相変わらず白黒だったが厚手の服にマフラーを巻いて、満面の笑みを浮かべながら部屋の入口に立っている。
「ああ……やかましいのが来たわね……」
箸を持ったまま、ガックリと肩を落とす霊夢。
そして、明けましておめでとうございますと魔理沙に返す。
そんな霊夢の呟きなど気にするべくもない魔理沙は、障子を閉めるとズカズカと部屋の中に入ってくる。
「いや~、寒い寒い。うっかり手袋を忘れてしまってなぁ。空を飛んでいるときに手が冷たいこと冷たいこと」
そう言いつつ、コタツに潜り込む。
「お! おせち料理か。私は準備しなかったからまだ今年は食べてないんだよな」
等と言って、重箱から伊達巻をつまもうとする魔理沙。
「こらっ、直に食べるんじゃないの!」
霊夢がその手をパチンと叩く。
「ちぇ~……」
口を尖らせる魔理沙。
「全く良い時に来るんだから……」
「せっかくだし良いじゃないか。私にもおせち料理くれよ~」
「はいはい、わかったわよ。今用意してあげるからちょっと待ってなさい」
ため息をついて応える霊夢。そして、まあ、一人じゃ食べきれないしね……等と呟きつつ、台所に消えて行く。
そして戻ってきた時には、箸と皿の他にお酒の瓶がその手に有った。
「お神酒を下ろしてきたわ。ついでだから飲みましょ」
「お、いいねぇ。体も暖まるってもんだ」
ホクホク顔の魔理沙。そして、勝手知ったるとばかりにコップを二つ持ってくる。
そして、二人揃って手を合わせていただきます。おせち料理に箸を伸ばす。
「ん、中々美味いな」
「そうね、結構良い味に仕上がったわ」
一口一口、噛み締めるように食べる霊夢。
一方魔理沙はパクパクと思うままに食べている。
「もう……おせち料理にはひとつひとつ意味があるんだから、もっとありがたみを感じながら食べなさい」
呆れたように言う霊夢。
「ん? 意味って何だ?」
モグモグゴックンと飲み込んで、魔理沙が訊ねる。
「まずはこの一の重」
そう言って指をさす。
「ここには、祝い肴と言って、黒豆、数の子、ごまめ等を入れるのよ。そして二の重。ここは口取りと言ってかまぼこやきんとんなど甘いものを中心に。それから三の重には焼き物。四番目の与の重には煮物ってきちんと決まっているわ」
「ほほ~、なるほど」
「それぞれの料理一つ一つにもちゃんと意味があるのよ。黒豆は無病息災。数の子は子孫繁栄。ごまめは豊年豊作祈願って感じにね。昆布は喜び事。伊達巻は文化発展を願う縁起物。きんとんはお金が貯まるようにって言う意味があるわ」
「おお、それならば霊夢はきんとんを沢山食べなくてはいけないな」
「何言ってるの。何回も言うけど、ウチはお賽銭は火の車だけど別に生活自体は貧乏ってわけじゃないわよ。全く……」
プクっと頬を膨らませる霊夢。魔理沙は笑って、話題のきんとんを一口食べる。
「あはは、まあそれはそれとしてこのきんとんも程よい甘さで良い感じだな」
そして更に、鯛とかまぼこを皿に取る魔理沙。
「お、これなら私にもわかるぜ。鯛はめでたいの語呂合わせだろ」
「そうね、その通りよ」
「かまぼこは……何だ?」
箸で紅白のかまぼこを突っついて首を傾げる魔理沙。
「赤は邪気。白は清らかな心の意味ね。ちなみに形は初日の出を表しているわ」
「なるほど、良く考えられているもんだ」
パクリとかまぼこを一口で食べる。
「だから、何も考えずにパクパク食べるんじゃなくて、ひとつひとつありがたみを噛み締めながら食べなさい」
「へいへい。ま、美味しければ何でも良いぜ」
分かっているんだかいないんだか、生返事をしながらおせち料理を更に取る魔理沙。
その時、魔理沙が取ろうとした伊達巻がフッと重箱の中から消える。
「あれ? 霊夢今伊達巻とったか?」
「私はとってないわよ」
「そうか? おかしいなぁ……」
そう言いながら再び重箱を見ると、中に小さなスキマが開いて、そこから出てきた指がヒョイっとかまぼこをつまんだかと思うとあっという間に消える。
「おい、霊夢。今のは……」
「ええ、そうね。――紫! つまみ食いなんかしないでよ!」
霊夢が叫ぶ。すると、空中にスッと線が引かれたかと思うとそれが開き、そこから扇子で口元を隠しながらクスクスと笑うスキマ妖怪の上半身が姿を表した。
「明けましておめでとう、霊夢に魔理沙」
そう言いながら、更にスキマを広げてこちら側に出てくる紫。
更にその後ろから、なにやら荷物を持った藍と橙も姿を表す。
そして、明けましておめでとうと二人揃って頭を下げた。
「はいはい、明けましておめでとう。なんでアンタがこの時期に起きているのよ。普段だったら冬眠中のはずでしょ」
「あら、私だってお正月くらいは特別に目を覚ましますわ。一年の最初のおめでたい日ですもの」
すましてそんな事を言う紫。
「よく言うぜ。毎年グーグー寝こけている癖に。今年はたまたま目を覚ましただけだろ?」
魔理沙がジト目で返す。
「紫のねぼすけは筋金入りだものね」
霊夢も相づちを打つ。
「あらあら、ひどいのねぇ。悲しくなっちゃうわ」
ヨヨヨと泣き真似をする紫。それを冷たい目で見る霊夢と魔理沙。
「……まあいいわ。それにしても――」
紫は部屋を見回すと、再び扇子で口元を隠す。
「この部屋は寒いわねぇ。暖かくしましょ。それっ」
そういうと、ヒラリと扇子を振る。
「え? 別に火鉢もついているし寒くはないと思うけど……って、暑っ!」
そのとたん、いきなり部屋の気温があがる。まるで春を通り越して初夏かと思うほどの陽気だった。
「寒さと暑さの境界をいじってみたわ。これなら寒くないし私も冬眠しなくて済むわね。フフ……」
ニヤニヤと笑う紫。
「嫌がらせにも程があるだろう! 暖かいを通り越して暑いの域だぞ、これは」
着ていた上着を脱ぎながら文句をいう魔理沙。
霊夢もはんてんを脱ぎ捨てて紫を睨んでいる。
「もう……大人げ無いですよ、紫様」
藍がたしなめる。
「だってぇ……]
口を尖らせてフリフリと体を捻る紫。はっきり言って似合ってない。
「暑いですぅ……]
橙も、額に汗を掻いている。
その汗をハンカチで拭ってあげる藍。甲斐甲斐しい。
「ともかく! 早いところ元に戻してよ。正月早々こんなんじゃ風情がないし、体の調子だって狂っちゃうわ」
霊夢が拳を振り上げながら言う。事と次第によっては実力行使さえ辞さない構えだ。
「んもう……しょうがないわね。はいはい、分かったわよ」
紫が再び扇子をヒラリと舞わせると、部屋の気温が元に戻る。
「やれやれ、これでやっと落ち着くぜ……]
魔理沙がため息をつく。
そして、再び服を着込みながらおせち料理を突っつき始める二人。
「まったく、紫はろくな事をしないんだから……」
「まあ、お詫びと言うわけではないけど、このお酒をあげるから許して頂戴。結構良いものよ?」
そういうと、スキマから一升瓶を取り出してコタツの上に置く。
「なによ、ずいぶん用意がいいわね。またなにか企んでいるんじゃないでしょうね?」
「あらあら、疑り深いのね。そんな事はありませんわ。ただ、今日の宴会の会場主さんにちょっとした手土産をね」
「はぁ!? 宴会ってそんなの聞いてないわよ、私は!」
いきなり言われた言葉に、ガタンと音を立てて立ち上がりかける霊夢。
「何だ霊夢聞いていなかったのか。私はてっきり知っているものとばかり」
魔理沙までそんな事を言い出す。
「いつ決まったのよ、そんな事!」
「ええとたしか、去年のクリスマスパーティー兼忘年会の時だぜ。終わり際に新年会は霊夢のところでやりたいなって。確か、霊夢もその時居たはずだが」
「しかも、快く了解していたわよ」
紫の言葉に、ガクンと腰を落とす霊夢。
「い、いつの間に……]
「あの時の霊夢、ベロベロに酔っていたからなぁ。だから憶えていないんじゃないか?」
魔理沙がきんとんを食べつつ、早速紫から貰ったお酒を開けながら言う。
「そ、そんな事になっていたなんて……不覚」
「まあ、良いじゃないか。新年早々賑やかなのも楽しいものだぜ」
「私は新年くらいは静かに暮らしたかったのよ!」
憂さを晴らすように、かまぼこと伊達巻をまとめて数枚取って口の中に放り込む霊夢。有難味を噛み締めながら食べると言う話はどうなったのやら。
「まあ、そんな訳で私たちは一足先に境内で始めさせてもらうわ。気が向いたら来なさいな」
行きましょう藍、橙、と式達を促して部屋から出て行く紫。
あの二人が持っている荷物は、きっと宴会用の料理なのだろう。
そして、静けさに包まれる室内。
「まあ、何だ。ここまで来たら諦めてだな……]
「分かってるわよ! こうなったら人がまだ集まらない内はここでこうしておせち料理を食べ続けてやるわ。他の奴らに食べさせるのはなんだか悔しいし」
紫の酒を魔理沙からひったくるように取って、コップに注ぐ。
「やれやれ、だぜ」
そんな霊夢を見て溜息をつく魔理沙なのだった。
魔理沙と歓談しながら時が経つこと暫し。
「霊夢、来たわよー」
スパーンと障子を開け放って、今度はレミリアが現れた。
その後ろには咲夜が控えている他、パチュリーや美鈴、フランドールや小悪魔の姿まであった。
「また、喧しい連中が来たわね……」
「しかも、ぞろぞろとフルメンバーだぜ」
霊夢と魔理沙は顔を見合わせて溜息をつく。
「わ、お姉様。なんか変なテーブルがあるよ。なにこれ?」
フランドールが炬燵を興味津々に見つめている。
「これは『コタツ』と言って、炭火などの熱源の上にテーブルを置いてから、布をかぶせて暖をとるものよ」
レミリアが得意げに説明する。合っているような合ってないような微妙なものだったが。
「へぇ~、そうなんだぁ。ねえねえ、お姉様。私も入ってみたい。良いでしょ?」
「紅魔館にはないものだから珍しいのね。ええ、良いわよ。存分に体験しなさい」
「わーい」
喜ぶフランドール。そして滑り込むような勢いで炬燵に入ってくる。
「わぁ、あったかい! 暖かいよお姉様!」
はしゃぐフランドール。
レミリアも微笑みながら、その隣に潜り込む。
博麗神社の炬燵はそこまで大きなものではないが、小柄なレミリアとフランドールが並んで入る分には問題ないようだ。
一応家主である私に断りなさいよと思わないでもない霊夢だったが、特に目くじらをたてる事でもないかと思い直す。
見れば、咲夜やパチュリー達もなんだか微笑まし気な表情をしているし。
「それで、アンタたちも宴会に来たわけ?」
「ええ、そうよ。新年会って言うんでしょう? 何でもめでたい席らしいから、特別に紅魔館の主だったメンバー全員で参加してみたわ」
得意げに胸をそらしながら、レミリアが言う。なぜ得意げなのかは分からないが。
「今日は特別だって言って私も外に出して貰ったんだよ、魔理沙」
嬉しそうに言うフランドール。
「おお、良かったな」
その頭を、わしわしと魔理沙が撫でてあげる。
「えへへ~」
そして魔理沙は、パチュリーに視線を移す。
「お前も図書館から出てきたんだな」
「何よ、悪い?」
「いや、そんな事はないぜ。せっかくの正月だからな。パチュリーの顔が見れるのは良い事だ」
魔理沙がそう言うと、少しだけ照れたような顔で視線をそらすパチュリーだった。
「ねえねえ、お姉様。これは何?」
大きな目をぱちくりと瞬かせるフランドールが、今度はおせち料理に目を付けたようだ。
「それはおせちと言って、正月に作る料理よ」
今度は霊夢が答える。
色とりどりのおせち料理はフランドールの目を引いたようで、ジッと食い入るように見つめている。
「お姉様……」
フランドールがレミリアの方を見る。
「霊夢に聞いてご覧なさい」
「うん……ねえ、霊夢。食べてみても、良い?」
興味津々な様子を含んだ微妙な上目遣いで、見つめてくるフランドールに、霊夢はん~と唸る。
「まあ、良いわよ。せっかくだし。好きなのを取って食べなさいな」
パァッとフランドールの顔が明るくなる。
「食べていいって! お姉様」
「フフ……良かったわね」
そして、咲夜、と後ろに控えた従者の名を呼ぶ。
「はい、お嬢様」
時を止めて用意したのだろう。瞬く間にレミリアとフランドールの前に豪華なお皿が用意される。
そして、適当な料理を見繕って皿に盛る咲夜。
「あれ、ナイフとフォークはないの?」
フランドールが不思議な顔をする。
「フランお嬢様。食べるときにはこのお箸と言うのを使うのですよ」
「ふぅん、こんな棒二つで食べるなんて変なの」
咲夜に渡された箸を持って使い始める。
「あれ……あれっ?」
どうやら悪戦苦闘している様子。
「もう……えいっ」
終いにはグサッと箸を刺して使い始める始末。
「フランお嬢様、お行儀がよろしくないですよ」
「だって……このお箸ってやつ、うまく使えないんだもの」
そう言って、むぅっと膨れた顔をする。
「こうやって持って、こう挟んで使うのよ。見ていなさいフラン」
一方レミリアはよく神社に来る所為か、慣れたものだった。
器用に箸を操ってごまめを摘んでみせる。
「わあ、お姉様すごいすごい」
はしゃぐフランドールに、得意げな顔で箸を口に運ぶレミリア。
「やれやれ、なんとも賑やかなものだな」
「そうね……はぁ……」
そして、そんな光景を見ながら酒を酌み交わす魔理沙と霊夢なのだった。
しばらく経ち、紅魔館勢も外に出て行くと、また静かな時間が戻ってくる。
「あ~、お茶美味し」
「そうだな。……これ、いつものお茶と違ってたりするか?」
「ええ、お正月だからちょっと良いものをね」
「なるほど。どうりでいつもと味が少し違うと思ったぜ」
レミリア達も食べたせいで、おせち料理はもう空になってしまっている。今はそれを片付けてゆっくりとお茶を飲んでいるというわけだ。
「それにしても、流石にあれだけの人数で食べるにはちょっとおせちが足りなかったわね。少し食べたりないわ」
「だな。腹六分目と言うところだぜ」
そんな会話をしていると、
「お邪魔するわ~」
「お邪魔します」
障子を静かに開けて、幽々子と妖夢の二人がやってきた。
「あら、今度はあなた達なのね……」
「お邪魔されるぜ」
霊夢と魔理沙が手をフリフリと振って迎える。
「やっぱり部屋の中は暖かいわね~」
幽々子と妖夢はいつもの格好と違って豪奢な着物を着ていた。
幽々子は梅の花をあしらった真っ白な着物に桜色の羽織。妖夢は南天をあしらった薄水色の着物。
「へぇ……」
「ほぉ……」
思わず目を奪われてしまう霊夢と魔理沙。
「年も改まったことだし、せっかくだから晴れ着にしてみたのよ」
「私はいいと言ったのですが……」
ニコニコと機嫌の良さそうな幽々子に、渋い顔の妖夢。
「あらあら、妖夢もたまにはお洒落してみるべきよ。女の子なんだから。特にこんな時くらいはね」
紅を引いた唇を緩ませて、妖夢の背中をポンっと叩く。
「それにしたって、楼観剣と白楼剣まで取り上げてしまわれるなんて……。これじゃ幽々子様を守れないじゃないですか」
「大丈夫よぉ。妖夢は心配性なんだから」
「幽々子様が呑気すぎるんです」
そんな会話を交わす二人。
「……と、そんな事より」
幽々子は思い出したように言うと、妖夢も促して畳の上に正座する。
そして、深々と頭を下げる。
『新年、明けましておめでとうございます』
今までにない丁寧な挨拶だった。
思わず霊夢と魔理沙も頭を下げて挨拶してしまう。
「やっぱり年の初めはこの挨拶からよね」
少し足を崩して微笑む幽々子。
「そんなに律儀にやることないのに」
「そうそう、適当におめでと~とかやっておけばいいんだよ」
つられて笑いながら、お茶を飲む二人。
「それでは風情がないわ。季節の挨拶は大切よ~」
幽々子の言葉に、妖夢も頷いている。
「まあ、それはそれとして。妖夢」
「はい、幽々子様」
妖夢が、傍らに持っていた荷物を炬燵の上に置く。
「ん? なにこれ」
「こちらで用意したおせち料理です。沢山作ったのでおすそ分けしようと思いまして」
妖夢が包みを解くと、一つ一つは小さめだが豪華な五段の重箱が現れた。
「おぉ~、これはいいぜ。さっき食べた分だけじゃ腹に物足りないところだったんだ」
魔理沙が顔を輝かせる。
「私と妖夢で一緒に作ったのよ。味は保証出来ると思うわ」
幽々子の言葉に、へぇと感心顔の霊夢。
「てっきり食べる専門だと思ったけど、意外と料理もできたのね」
「あらひどい。人を食いしんぼみたいに言って。そんな事ないわよねぇ、妖夢」
「……幽々子様は美食家でいらっしゃいますから」
微妙に目を逸らし気味に答える妖夢。
「はははっ、妖夢も食いしんぼだって言っているじゃないか」
魔理沙が快活な声で笑う。
「い、いえっ、決してそのようなことはっ」
「ふふ……妖夢ったらもう……」
幽々子もそれほど気にしてはいないようで、口元を押さえて朗らかに笑っている。
「まあまあ、それよりおせちだぜ」
お重を丁寧に並べていく魔理沙。
炬燵の上に、霊夢のものと比べても上等に見えるおせち料理が姿を表す。
「中々のものねぇ」
「おぉ~、これなんか煮豆の上に金箔が乗ってるぞ。豪華だな」
目を見張る霊夢と魔理沙。小さいながらも材料から上品なものが使われており、食べ物以外の装飾も凝っていてとても美味しそうだった。
「白玉楼特製のおせちですから。自信作ですよ」
妖夢が自慢げに言う。
「重箱は私たちが帰るときに渡してくればいいから、ゆっくり味わいなさいな」
「おう、早速いただかせてもらうぜ」
魔理沙が箸を伸ばして一品取り口に運ぶ。
「むぐ……霊夢みたいな素朴な味のものも好きだが、こんなふうな凝ったのも普段中々食べられない分だけ珍しくていいな」
霊夢も料理を食べながら、コクコクと頷いている。
「うふふ……お口に合ったようでよかったわ。さて、妖夢。私たちもそろそろ外の宴会に参加しようかしら」
嬉しそうに微笑んだ幽々子が、妖夢を促して立ち上がる。
「はい、幽々子様、それでは失礼しますね」
頭を下げて、幽々子と二人退室していく。
「ゆっくりしていきなさいよ~」
おせち料理を貰って機嫌が良いのか、その背中にそんな声を掛ける霊夢なのだった。
小さな重箱とは言え流石に五段重ね。
食べ終わる頃には二人ともお腹いっぱいになっていた。
再び食休みにお茶を飲んで、ふぅ~っと一息ついていると、
「あらあら、ずいぶんとのんびりしているのね」
輝夜達、永遠亭の面々が姿を表した。
「お正月だからのんびりしてても良いのよ」
「腹もいっぱいだしな」
クタッと体の力を抜いた状態で、霊夢と魔理沙が手をあげる。
「あらあら、それじゃこの餅はお腹に入らないかしら?」
輝夜が、手に持った風呂敷包みを掲げて見せる。
「む、餅かぁ……」
魔理沙が体を向ける。
「確かに腹はいっぱいだが……まだ少し入らなくもない」
少し考えた末、そんな事を言い出す。
「私もまだちょっと余裕があるかしら……」
霊夢までそう言う。
「あらあら、二人とも意外と食いしん坊なのね。太っても知らないわよ?」
永琳が可笑しそうに笑いながら、餅を輝夜から受け取って炬燵の上に置いた。
「こればっかりは、医者の言うことも聞けないぜ。せっかくの正月だからな、しっかり食いだめしておかないと」
ポンポンとお腹を叩きながら、笑う魔理沙。
「腹八分目が健康にも良いんだけどねぇ」
「それでも食べたくなるのが人情ってものでしょ。さてさて、どんなお餅かなぁっと」
てゐの言葉にそう返すと、霊夢は風呂敷の結びを解き始める。
現れた純白の餅に目を輝かせる霊夢と魔理沙。
それぞれ、丁寧に長方形に切り分けられており、見た目からして美味しそうだ。
「早速火鉢に網を敷いて焼いてみましょ。ええと、何処にやったかな……」
炬燵から出て、台所に探しに行く霊夢。
その間、魔理沙は餅をひっくり返したりして色々と眺めている。
「餅を焼いて食べるのも、冬ぐらいだよなぁ。久しぶりだぜ」
「あらそう? うちでは毎月例月祭でついて食べているけどね。だから特に珍しいものではないわよ」
「ほう、そうなのか。その時にお邪魔してみるのも良いかもな」
「ふふ……まあ良いんじゃないかしら。毎回沢山お餅も用意するし」
輝夜とそんな事を話していると、霊夢が網を見つけて戻ってくる。
「あったあった。早速焼くわよ~」
炭をいじって火力の調整をすると、網を敷いて餅をその上に乗っける。
そしてしばらくすると、香ばしい良い香りが部屋中に漂うようになってきた。
「そろそろ良いかしらね」
人数分の小皿を用意する霊夢。そして一つ一つ取り分ける。
「それじゃ、いただいてみましょう」
醤油をシュッとかけて、パリっと良い音をたてる餅を口に運ぶ。
「うわっ、結構伸びるな、この餅」
熱いやら伸びるやらで、噛み切れずに悪戦苦闘している魔理沙。
「喉に詰まらせないようにしなさいな」
永琳の言葉にもむもむと意味不明の言葉を返す。
「柔らかいしよく伸びるし、結構美味しいわねこのお餅」
モグモグゴックンと飲み込んで、霊夢が感想を言う。
「うちのウサギ達がついた自慢の餅だからね。味はいつも食べている私たちが保証するわよ」
魔理沙の様子を見て、クスクスと袖で口元を隠しながら笑っている輝夜が答える。
「そう言えば、今日はお雑煮を作っていなかったわね。よし、明日はこのお餅を使ってお雑煮を作りましょう」
霊夢が思いついたように言うと、
「おお、それは良いな。明日もご相伴に預りに来るとするか」
魔理沙が悪びれない顔でそんな事を言う。
「また魔理沙は……。アンタのところでも自分でおせちとかお雑煮作りなさいよね」
「材料がないぜ」
「全くもう……」
そしてしばらく、永琳の健康の注意やら鈴仙がてゐにされた悪戯やらの話題で歓談する。
「さて、そろそろ私たちも外の新年会とやらに出てくることにするわ」
輝夜がそう言って立ち上がる。
続く永遠亭の面々。
「そろそろ宴もたけなわになってきたみたいだから、あなた達も顔を出してみなさいな。みんな待っているわよ」
そんな言葉を残して、部屋を後にしていく輝夜達。
耳を済ませてみれば、だいぶ外も賑やかになってきたようだった。
「そろそろ頃合かね」
魔理沙がお茶を一口飲んで言う。
「そうね……」
霊夢が障子の向こうを見るように顔を向ける。
「それじゃ、いっちょ行くとしますか」
「やれやれ、新年から今調子じゃ今年もやっぱり異変やら宴会で騒がしい一年になるのかしら」
腰を上げる魔理沙と霊夢。
「まあ、それも楽しくて良いじゃないか。退屈すぎるよりはよっぽど良いぜ」
魔理沙が障子を開け放つ。
一気に大きくなる喧騒。
博麗神社の境内には、様々な人妖が姿を見せていた。
中心には、今まで挨拶に来た人々の他、チルノにレティやリグル、ルーミア、ミスティア等。
少し隅の方には地底の面々も顔をみせている。
鳥居近くには、命蓮寺のメンバーも居るようだ。
霊夢たちが出てきたのに気づいたアリスが、チョイチョイと手招きをする。
そして二人は顔を見合わせて楽しげにため息をつくと、宴の中に混じって行く。
今年も、賑やかになりそうな幻想郷だった。
年も明けた元日早々、霊夢は台所に居た。
おせち料理の準備である。
料理自体は昨年の内にしておいた。四段重ねの本格的なものだ。しっかりと彩りも考えた。ちょっとつまみ食いした時には結構美味しかった。
と言う訳で、今日その成果をいよいよ食すのである。
重箱を持って炬燵のある居間の方へと戻る。
こちらの部屋は火鉢も炊いてあるのでほんわかと暖かかった。
「っと、お箸とお皿!」
温んだのもつかの間、用意し忘れたものがあるのに気づいて台所に逆戻り。新年早々慌ただしい。
「よしっ、これで大丈夫ね」
そう口に出して、炬燵の中に潜り込む。
「あ~、やっぱり炬燵はぬくいわ~」
ホニャっとした顔で暫し冷えた体を温める。
この時間がなんとも言えず気持ちが良い。
ちょっとウトウトしてきたところで、慌てて頭を振って眠気を振り払う。
「危ない危ない……危うく炬燵の魔力に囚われるところだったわね……」
それよりおせち料理である。頑張って作ったのだからとても楽しみだ。
蓋を開けて、お箸を持って、いざいただきます……をしようと思った時、いきなり障子が開いて元気な声が部屋中に響きわたった。
「新年明けましておめでとうございますだぜ、霊夢!」
魔理沙だった。相変わらず白黒だったが厚手の服にマフラーを巻いて、満面の笑みを浮かべながら部屋の入口に立っている。
「ああ……やかましいのが来たわね……」
箸を持ったまま、ガックリと肩を落とす霊夢。
そして、明けましておめでとうございますと魔理沙に返す。
そんな霊夢の呟きなど気にするべくもない魔理沙は、障子を閉めるとズカズカと部屋の中に入ってくる。
「いや~、寒い寒い。うっかり手袋を忘れてしまってなぁ。空を飛んでいるときに手が冷たいこと冷たいこと」
そう言いつつ、コタツに潜り込む。
「お! おせち料理か。私は準備しなかったからまだ今年は食べてないんだよな」
等と言って、重箱から伊達巻をつまもうとする魔理沙。
「こらっ、直に食べるんじゃないの!」
霊夢がその手をパチンと叩く。
「ちぇ~……」
口を尖らせる魔理沙。
「全く良い時に来るんだから……」
「せっかくだし良いじゃないか。私にもおせち料理くれよ~」
「はいはい、わかったわよ。今用意してあげるからちょっと待ってなさい」
ため息をついて応える霊夢。そして、まあ、一人じゃ食べきれないしね……等と呟きつつ、台所に消えて行く。
そして戻ってきた時には、箸と皿の他にお酒の瓶がその手に有った。
「お神酒を下ろしてきたわ。ついでだから飲みましょ」
「お、いいねぇ。体も暖まるってもんだ」
ホクホク顔の魔理沙。そして、勝手知ったるとばかりにコップを二つ持ってくる。
そして、二人揃って手を合わせていただきます。おせち料理に箸を伸ばす。
「ん、中々美味いな」
「そうね、結構良い味に仕上がったわ」
一口一口、噛み締めるように食べる霊夢。
一方魔理沙はパクパクと思うままに食べている。
「もう……おせち料理にはひとつひとつ意味があるんだから、もっとありがたみを感じながら食べなさい」
呆れたように言う霊夢。
「ん? 意味って何だ?」
モグモグゴックンと飲み込んで、魔理沙が訊ねる。
「まずはこの一の重」
そう言って指をさす。
「ここには、祝い肴と言って、黒豆、数の子、ごまめ等を入れるのよ。そして二の重。ここは口取りと言ってかまぼこやきんとんなど甘いものを中心に。それから三の重には焼き物。四番目の与の重には煮物ってきちんと決まっているわ」
「ほほ~、なるほど」
「それぞれの料理一つ一つにもちゃんと意味があるのよ。黒豆は無病息災。数の子は子孫繁栄。ごまめは豊年豊作祈願って感じにね。昆布は喜び事。伊達巻は文化発展を願う縁起物。きんとんはお金が貯まるようにって言う意味があるわ」
「おお、それならば霊夢はきんとんを沢山食べなくてはいけないな」
「何言ってるの。何回も言うけど、ウチはお賽銭は火の車だけど別に生活自体は貧乏ってわけじゃないわよ。全く……」
プクっと頬を膨らませる霊夢。魔理沙は笑って、話題のきんとんを一口食べる。
「あはは、まあそれはそれとしてこのきんとんも程よい甘さで良い感じだな」
そして更に、鯛とかまぼこを皿に取る魔理沙。
「お、これなら私にもわかるぜ。鯛はめでたいの語呂合わせだろ」
「そうね、その通りよ」
「かまぼこは……何だ?」
箸で紅白のかまぼこを突っついて首を傾げる魔理沙。
「赤は邪気。白は清らかな心の意味ね。ちなみに形は初日の出を表しているわ」
「なるほど、良く考えられているもんだ」
パクリとかまぼこを一口で食べる。
「だから、何も考えずにパクパク食べるんじゃなくて、ひとつひとつありがたみを噛み締めながら食べなさい」
「へいへい。ま、美味しければ何でも良いぜ」
分かっているんだかいないんだか、生返事をしながらおせち料理を更に取る魔理沙。
その時、魔理沙が取ろうとした伊達巻がフッと重箱の中から消える。
「あれ? 霊夢今伊達巻とったか?」
「私はとってないわよ」
「そうか? おかしいなぁ……」
そう言いながら再び重箱を見ると、中に小さなスキマが開いて、そこから出てきた指がヒョイっとかまぼこをつまんだかと思うとあっという間に消える。
「おい、霊夢。今のは……」
「ええ、そうね。――紫! つまみ食いなんかしないでよ!」
霊夢が叫ぶ。すると、空中にスッと線が引かれたかと思うとそれが開き、そこから扇子で口元を隠しながらクスクスと笑うスキマ妖怪の上半身が姿を表した。
「明けましておめでとう、霊夢に魔理沙」
そう言いながら、更にスキマを広げてこちら側に出てくる紫。
更にその後ろから、なにやら荷物を持った藍と橙も姿を表す。
そして、明けましておめでとうと二人揃って頭を下げた。
「はいはい、明けましておめでとう。なんでアンタがこの時期に起きているのよ。普段だったら冬眠中のはずでしょ」
「あら、私だってお正月くらいは特別に目を覚ましますわ。一年の最初のおめでたい日ですもの」
すましてそんな事を言う紫。
「よく言うぜ。毎年グーグー寝こけている癖に。今年はたまたま目を覚ましただけだろ?」
魔理沙がジト目で返す。
「紫のねぼすけは筋金入りだものね」
霊夢も相づちを打つ。
「あらあら、ひどいのねぇ。悲しくなっちゃうわ」
ヨヨヨと泣き真似をする紫。それを冷たい目で見る霊夢と魔理沙。
「……まあいいわ。それにしても――」
紫は部屋を見回すと、再び扇子で口元を隠す。
「この部屋は寒いわねぇ。暖かくしましょ。それっ」
そういうと、ヒラリと扇子を振る。
「え? 別に火鉢もついているし寒くはないと思うけど……って、暑っ!」
そのとたん、いきなり部屋の気温があがる。まるで春を通り越して初夏かと思うほどの陽気だった。
「寒さと暑さの境界をいじってみたわ。これなら寒くないし私も冬眠しなくて済むわね。フフ……」
ニヤニヤと笑う紫。
「嫌がらせにも程があるだろう! 暖かいを通り越して暑いの域だぞ、これは」
着ていた上着を脱ぎながら文句をいう魔理沙。
霊夢もはんてんを脱ぎ捨てて紫を睨んでいる。
「もう……大人げ無いですよ、紫様」
藍がたしなめる。
「だってぇ……]
口を尖らせてフリフリと体を捻る紫。はっきり言って似合ってない。
「暑いですぅ……]
橙も、額に汗を掻いている。
その汗をハンカチで拭ってあげる藍。甲斐甲斐しい。
「ともかく! 早いところ元に戻してよ。正月早々こんなんじゃ風情がないし、体の調子だって狂っちゃうわ」
霊夢が拳を振り上げながら言う。事と次第によっては実力行使さえ辞さない構えだ。
「んもう……しょうがないわね。はいはい、分かったわよ」
紫が再び扇子をヒラリと舞わせると、部屋の気温が元に戻る。
「やれやれ、これでやっと落ち着くぜ……]
魔理沙がため息をつく。
そして、再び服を着込みながらおせち料理を突っつき始める二人。
「まったく、紫はろくな事をしないんだから……」
「まあ、お詫びと言うわけではないけど、このお酒をあげるから許して頂戴。結構良いものよ?」
そういうと、スキマから一升瓶を取り出してコタツの上に置く。
「なによ、ずいぶん用意がいいわね。またなにか企んでいるんじゃないでしょうね?」
「あらあら、疑り深いのね。そんな事はありませんわ。ただ、今日の宴会の会場主さんにちょっとした手土産をね」
「はぁ!? 宴会ってそんなの聞いてないわよ、私は!」
いきなり言われた言葉に、ガタンと音を立てて立ち上がりかける霊夢。
「何だ霊夢聞いていなかったのか。私はてっきり知っているものとばかり」
魔理沙までそんな事を言い出す。
「いつ決まったのよ、そんな事!」
「ええとたしか、去年のクリスマスパーティー兼忘年会の時だぜ。終わり際に新年会は霊夢のところでやりたいなって。確か、霊夢もその時居たはずだが」
「しかも、快く了解していたわよ」
紫の言葉に、ガクンと腰を落とす霊夢。
「い、いつの間に……]
「あの時の霊夢、ベロベロに酔っていたからなぁ。だから憶えていないんじゃないか?」
魔理沙がきんとんを食べつつ、早速紫から貰ったお酒を開けながら言う。
「そ、そんな事になっていたなんて……不覚」
「まあ、良いじゃないか。新年早々賑やかなのも楽しいものだぜ」
「私は新年くらいは静かに暮らしたかったのよ!」
憂さを晴らすように、かまぼこと伊達巻をまとめて数枚取って口の中に放り込む霊夢。有難味を噛み締めながら食べると言う話はどうなったのやら。
「まあ、そんな訳で私たちは一足先に境内で始めさせてもらうわ。気が向いたら来なさいな」
行きましょう藍、橙、と式達を促して部屋から出て行く紫。
あの二人が持っている荷物は、きっと宴会用の料理なのだろう。
そして、静けさに包まれる室内。
「まあ、何だ。ここまで来たら諦めてだな……]
「分かってるわよ! こうなったら人がまだ集まらない内はここでこうしておせち料理を食べ続けてやるわ。他の奴らに食べさせるのはなんだか悔しいし」
紫の酒を魔理沙からひったくるように取って、コップに注ぐ。
「やれやれ、だぜ」
そんな霊夢を見て溜息をつく魔理沙なのだった。
魔理沙と歓談しながら時が経つこと暫し。
「霊夢、来たわよー」
スパーンと障子を開け放って、今度はレミリアが現れた。
その後ろには咲夜が控えている他、パチュリーや美鈴、フランドールや小悪魔の姿まであった。
「また、喧しい連中が来たわね……」
「しかも、ぞろぞろとフルメンバーだぜ」
霊夢と魔理沙は顔を見合わせて溜息をつく。
「わ、お姉様。なんか変なテーブルがあるよ。なにこれ?」
フランドールが炬燵を興味津々に見つめている。
「これは『コタツ』と言って、炭火などの熱源の上にテーブルを置いてから、布をかぶせて暖をとるものよ」
レミリアが得意げに説明する。合っているような合ってないような微妙なものだったが。
「へぇ~、そうなんだぁ。ねえねえ、お姉様。私も入ってみたい。良いでしょ?」
「紅魔館にはないものだから珍しいのね。ええ、良いわよ。存分に体験しなさい」
「わーい」
喜ぶフランドール。そして滑り込むような勢いで炬燵に入ってくる。
「わぁ、あったかい! 暖かいよお姉様!」
はしゃぐフランドール。
レミリアも微笑みながら、その隣に潜り込む。
博麗神社の炬燵はそこまで大きなものではないが、小柄なレミリアとフランドールが並んで入る分には問題ないようだ。
一応家主である私に断りなさいよと思わないでもない霊夢だったが、特に目くじらをたてる事でもないかと思い直す。
見れば、咲夜やパチュリー達もなんだか微笑まし気な表情をしているし。
「それで、アンタたちも宴会に来たわけ?」
「ええ、そうよ。新年会って言うんでしょう? 何でもめでたい席らしいから、特別に紅魔館の主だったメンバー全員で参加してみたわ」
得意げに胸をそらしながら、レミリアが言う。なぜ得意げなのかは分からないが。
「今日は特別だって言って私も外に出して貰ったんだよ、魔理沙」
嬉しそうに言うフランドール。
「おお、良かったな」
その頭を、わしわしと魔理沙が撫でてあげる。
「えへへ~」
そして魔理沙は、パチュリーに視線を移す。
「お前も図書館から出てきたんだな」
「何よ、悪い?」
「いや、そんな事はないぜ。せっかくの正月だからな。パチュリーの顔が見れるのは良い事だ」
魔理沙がそう言うと、少しだけ照れたような顔で視線をそらすパチュリーだった。
「ねえねえ、お姉様。これは何?」
大きな目をぱちくりと瞬かせるフランドールが、今度はおせち料理に目を付けたようだ。
「それはおせちと言って、正月に作る料理よ」
今度は霊夢が答える。
色とりどりのおせち料理はフランドールの目を引いたようで、ジッと食い入るように見つめている。
「お姉様……」
フランドールがレミリアの方を見る。
「霊夢に聞いてご覧なさい」
「うん……ねえ、霊夢。食べてみても、良い?」
興味津々な様子を含んだ微妙な上目遣いで、見つめてくるフランドールに、霊夢はん~と唸る。
「まあ、良いわよ。せっかくだし。好きなのを取って食べなさいな」
パァッとフランドールの顔が明るくなる。
「食べていいって! お姉様」
「フフ……良かったわね」
そして、咲夜、と後ろに控えた従者の名を呼ぶ。
「はい、お嬢様」
時を止めて用意したのだろう。瞬く間にレミリアとフランドールの前に豪華なお皿が用意される。
そして、適当な料理を見繕って皿に盛る咲夜。
「あれ、ナイフとフォークはないの?」
フランドールが不思議な顔をする。
「フランお嬢様。食べるときにはこのお箸と言うのを使うのですよ」
「ふぅん、こんな棒二つで食べるなんて変なの」
咲夜に渡された箸を持って使い始める。
「あれ……あれっ?」
どうやら悪戦苦闘している様子。
「もう……えいっ」
終いにはグサッと箸を刺して使い始める始末。
「フランお嬢様、お行儀がよろしくないですよ」
「だって……このお箸ってやつ、うまく使えないんだもの」
そう言って、むぅっと膨れた顔をする。
「こうやって持って、こう挟んで使うのよ。見ていなさいフラン」
一方レミリアはよく神社に来る所為か、慣れたものだった。
器用に箸を操ってごまめを摘んでみせる。
「わあ、お姉様すごいすごい」
はしゃぐフランドールに、得意げな顔で箸を口に運ぶレミリア。
「やれやれ、なんとも賑やかなものだな」
「そうね……はぁ……」
そして、そんな光景を見ながら酒を酌み交わす魔理沙と霊夢なのだった。
しばらく経ち、紅魔館勢も外に出て行くと、また静かな時間が戻ってくる。
「あ~、お茶美味し」
「そうだな。……これ、いつものお茶と違ってたりするか?」
「ええ、お正月だからちょっと良いものをね」
「なるほど。どうりでいつもと味が少し違うと思ったぜ」
レミリア達も食べたせいで、おせち料理はもう空になってしまっている。今はそれを片付けてゆっくりとお茶を飲んでいるというわけだ。
「それにしても、流石にあれだけの人数で食べるにはちょっとおせちが足りなかったわね。少し食べたりないわ」
「だな。腹六分目と言うところだぜ」
そんな会話をしていると、
「お邪魔するわ~」
「お邪魔します」
障子を静かに開けて、幽々子と妖夢の二人がやってきた。
「あら、今度はあなた達なのね……」
「お邪魔されるぜ」
霊夢と魔理沙が手をフリフリと振って迎える。
「やっぱり部屋の中は暖かいわね~」
幽々子と妖夢はいつもの格好と違って豪奢な着物を着ていた。
幽々子は梅の花をあしらった真っ白な着物に桜色の羽織。妖夢は南天をあしらった薄水色の着物。
「へぇ……」
「ほぉ……」
思わず目を奪われてしまう霊夢と魔理沙。
「年も改まったことだし、せっかくだから晴れ着にしてみたのよ」
「私はいいと言ったのですが……」
ニコニコと機嫌の良さそうな幽々子に、渋い顔の妖夢。
「あらあら、妖夢もたまにはお洒落してみるべきよ。女の子なんだから。特にこんな時くらいはね」
紅を引いた唇を緩ませて、妖夢の背中をポンっと叩く。
「それにしたって、楼観剣と白楼剣まで取り上げてしまわれるなんて……。これじゃ幽々子様を守れないじゃないですか」
「大丈夫よぉ。妖夢は心配性なんだから」
「幽々子様が呑気すぎるんです」
そんな会話を交わす二人。
「……と、そんな事より」
幽々子は思い出したように言うと、妖夢も促して畳の上に正座する。
そして、深々と頭を下げる。
『新年、明けましておめでとうございます』
今までにない丁寧な挨拶だった。
思わず霊夢と魔理沙も頭を下げて挨拶してしまう。
「やっぱり年の初めはこの挨拶からよね」
少し足を崩して微笑む幽々子。
「そんなに律儀にやることないのに」
「そうそう、適当におめでと~とかやっておけばいいんだよ」
つられて笑いながら、お茶を飲む二人。
「それでは風情がないわ。季節の挨拶は大切よ~」
幽々子の言葉に、妖夢も頷いている。
「まあ、それはそれとして。妖夢」
「はい、幽々子様」
妖夢が、傍らに持っていた荷物を炬燵の上に置く。
「ん? なにこれ」
「こちらで用意したおせち料理です。沢山作ったのでおすそ分けしようと思いまして」
妖夢が包みを解くと、一つ一つは小さめだが豪華な五段の重箱が現れた。
「おぉ~、これはいいぜ。さっき食べた分だけじゃ腹に物足りないところだったんだ」
魔理沙が顔を輝かせる。
「私と妖夢で一緒に作ったのよ。味は保証出来ると思うわ」
幽々子の言葉に、へぇと感心顔の霊夢。
「てっきり食べる専門だと思ったけど、意外と料理もできたのね」
「あらひどい。人を食いしんぼみたいに言って。そんな事ないわよねぇ、妖夢」
「……幽々子様は美食家でいらっしゃいますから」
微妙に目を逸らし気味に答える妖夢。
「はははっ、妖夢も食いしんぼだって言っているじゃないか」
魔理沙が快活な声で笑う。
「い、いえっ、決してそのようなことはっ」
「ふふ……妖夢ったらもう……」
幽々子もそれほど気にしてはいないようで、口元を押さえて朗らかに笑っている。
「まあまあ、それよりおせちだぜ」
お重を丁寧に並べていく魔理沙。
炬燵の上に、霊夢のものと比べても上等に見えるおせち料理が姿を表す。
「中々のものねぇ」
「おぉ~、これなんか煮豆の上に金箔が乗ってるぞ。豪華だな」
目を見張る霊夢と魔理沙。小さいながらも材料から上品なものが使われており、食べ物以外の装飾も凝っていてとても美味しそうだった。
「白玉楼特製のおせちですから。自信作ですよ」
妖夢が自慢げに言う。
「重箱は私たちが帰るときに渡してくればいいから、ゆっくり味わいなさいな」
「おう、早速いただかせてもらうぜ」
魔理沙が箸を伸ばして一品取り口に運ぶ。
「むぐ……霊夢みたいな素朴な味のものも好きだが、こんなふうな凝ったのも普段中々食べられない分だけ珍しくていいな」
霊夢も料理を食べながら、コクコクと頷いている。
「うふふ……お口に合ったようでよかったわ。さて、妖夢。私たちもそろそろ外の宴会に参加しようかしら」
嬉しそうに微笑んだ幽々子が、妖夢を促して立ち上がる。
「はい、幽々子様、それでは失礼しますね」
頭を下げて、幽々子と二人退室していく。
「ゆっくりしていきなさいよ~」
おせち料理を貰って機嫌が良いのか、その背中にそんな声を掛ける霊夢なのだった。
小さな重箱とは言え流石に五段重ね。
食べ終わる頃には二人ともお腹いっぱいになっていた。
再び食休みにお茶を飲んで、ふぅ~っと一息ついていると、
「あらあら、ずいぶんとのんびりしているのね」
輝夜達、永遠亭の面々が姿を表した。
「お正月だからのんびりしてても良いのよ」
「腹もいっぱいだしな」
クタッと体の力を抜いた状態で、霊夢と魔理沙が手をあげる。
「あらあら、それじゃこの餅はお腹に入らないかしら?」
輝夜が、手に持った風呂敷包みを掲げて見せる。
「む、餅かぁ……」
魔理沙が体を向ける。
「確かに腹はいっぱいだが……まだ少し入らなくもない」
少し考えた末、そんな事を言い出す。
「私もまだちょっと余裕があるかしら……」
霊夢までそう言う。
「あらあら、二人とも意外と食いしん坊なのね。太っても知らないわよ?」
永琳が可笑しそうに笑いながら、餅を輝夜から受け取って炬燵の上に置いた。
「こればっかりは、医者の言うことも聞けないぜ。せっかくの正月だからな、しっかり食いだめしておかないと」
ポンポンとお腹を叩きながら、笑う魔理沙。
「腹八分目が健康にも良いんだけどねぇ」
「それでも食べたくなるのが人情ってものでしょ。さてさて、どんなお餅かなぁっと」
てゐの言葉にそう返すと、霊夢は風呂敷の結びを解き始める。
現れた純白の餅に目を輝かせる霊夢と魔理沙。
それぞれ、丁寧に長方形に切り分けられており、見た目からして美味しそうだ。
「早速火鉢に網を敷いて焼いてみましょ。ええと、何処にやったかな……」
炬燵から出て、台所に探しに行く霊夢。
その間、魔理沙は餅をひっくり返したりして色々と眺めている。
「餅を焼いて食べるのも、冬ぐらいだよなぁ。久しぶりだぜ」
「あらそう? うちでは毎月例月祭でついて食べているけどね。だから特に珍しいものではないわよ」
「ほう、そうなのか。その時にお邪魔してみるのも良いかもな」
「ふふ……まあ良いんじゃないかしら。毎回沢山お餅も用意するし」
輝夜とそんな事を話していると、霊夢が網を見つけて戻ってくる。
「あったあった。早速焼くわよ~」
炭をいじって火力の調整をすると、網を敷いて餅をその上に乗っける。
そしてしばらくすると、香ばしい良い香りが部屋中に漂うようになってきた。
「そろそろ良いかしらね」
人数分の小皿を用意する霊夢。そして一つ一つ取り分ける。
「それじゃ、いただいてみましょう」
醤油をシュッとかけて、パリっと良い音をたてる餅を口に運ぶ。
「うわっ、結構伸びるな、この餅」
熱いやら伸びるやらで、噛み切れずに悪戦苦闘している魔理沙。
「喉に詰まらせないようにしなさいな」
永琳の言葉にもむもむと意味不明の言葉を返す。
「柔らかいしよく伸びるし、結構美味しいわねこのお餅」
モグモグゴックンと飲み込んで、霊夢が感想を言う。
「うちのウサギ達がついた自慢の餅だからね。味はいつも食べている私たちが保証するわよ」
魔理沙の様子を見て、クスクスと袖で口元を隠しながら笑っている輝夜が答える。
「そう言えば、今日はお雑煮を作っていなかったわね。よし、明日はこのお餅を使ってお雑煮を作りましょう」
霊夢が思いついたように言うと、
「おお、それは良いな。明日もご相伴に預りに来るとするか」
魔理沙が悪びれない顔でそんな事を言う。
「また魔理沙は……。アンタのところでも自分でおせちとかお雑煮作りなさいよね」
「材料がないぜ」
「全くもう……」
そしてしばらく、永琳の健康の注意やら鈴仙がてゐにされた悪戯やらの話題で歓談する。
「さて、そろそろ私たちも外の新年会とやらに出てくることにするわ」
輝夜がそう言って立ち上がる。
続く永遠亭の面々。
「そろそろ宴もたけなわになってきたみたいだから、あなた達も顔を出してみなさいな。みんな待っているわよ」
そんな言葉を残して、部屋を後にしていく輝夜達。
耳を済ませてみれば、だいぶ外も賑やかになってきたようだった。
「そろそろ頃合かね」
魔理沙がお茶を一口飲んで言う。
「そうね……」
霊夢が障子の向こうを見るように顔を向ける。
「それじゃ、いっちょ行くとしますか」
「やれやれ、新年から今調子じゃ今年もやっぱり異変やら宴会で騒がしい一年になるのかしら」
腰を上げる魔理沙と霊夢。
「まあ、それも楽しくて良いじゃないか。退屈すぎるよりはよっぽど良いぜ」
魔理沙が障子を開け放つ。
一気に大きくなる喧騒。
博麗神社の境内には、様々な人妖が姿を見せていた。
中心には、今まで挨拶に来た人々の他、チルノにレティやリグル、ルーミア、ミスティア等。
少し隅の方には地底の面々も顔をみせている。
鳥居近くには、命蓮寺のメンバーも居るようだ。
霊夢たちが出てきたのに気づいたアリスが、チョイチョイと手招きをする。
そして二人は顔を見合わせて楽しげにため息をつくと、宴の中に混じって行く。
今年も、賑やかになりそうな幻想郷だった。
でも、こういうのは好き。
正月だったら満点だったかな
でも正月の気分で読ませて頂きましたよ。