※ 一部キャラクターについて著しくキャラ崩壊しております。
そういったものが苦手な方はご注意ください。
↓のライン以降が本文となります。
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※ 山川純一先生の作品とは一切関係が無いはずです。
「ふんどしテクニック」
勝ち猫亭
地響きがする――と思って頂きたい。
地に響く、と書いて地響きである。
ここは屋内であるので、正確には地響きとは言えないのかもしれない。
しかし、これはあくまで表現上の瑣末な問題に過ぎないので、皆様には書いてある通りに想像して頂きたいと思う。
地響きがする――と思って頂きたい。
未だ化学の発達していない幻想峡では、街中でもすっかり闇に包まれる午前零時。
棚はがたがたと震え、詰まれた様々な道具たちがその硬い体を摺り合わせてかちかちと音を立てている。
板張りの床はきしきしと悲鳴を上げながら、それが終わるのをひたすらに待ち続けている。
そんな物音のなかに一つ、他の音とはどう頑張っても合いそうにない、ひどく生々しい音が混ざっている。
はあはあ。
その音は断続的に、しかし一定の間隔を保って発せられている。
ふうふう。
これが始まったのは何時の頃からだったか。
それは毎夜必ず行われ、始められてからは一夜たりとも欠かされたことはない。
はあはあ。
一度始まれば必ず一時間は続き、その間は床から天井に至るまで建物中が悲鳴を上げ続ける。
表面だけを見れば何とも不気味な話である。
ふうふう。
だがしかし、これは怪談であるとか、或いは都市伝説であるとか、そういった類の話では決して無い。
この音の中心には人が、一人の男がいるのである。
「――今日はこれぐらいにしておくか」
そう鏡を見ながら呟く。
それはなんとも大きな鏡で、そこには男の全身が余す所無く映し出されていた。
全身の筋肉が逞しく膨れ上がっており、それはもう立派な肉体である。腕などはまるで丸太のような太さを保っており、胸板は銃弾ですら貫けないのではないかと思う程にブ厚い。
「ああ、美しいな……」
ポージングをしながら呟く――否、鏡に映る自分へと語りかける。
男の居る部屋には様々な道具が置かれていた。
トレーニングベンチ、パワーラックにプロラットマシン、それにダンベルやパワーアンクルもある。そのどれもが筋力トレーニング用の道具である。
先程の音は男がトレーニングをしていた音だったのだ。
勿論、普通はその位のことでは床は揺れないし、棚も震えはしない。しかし、長年のトレーニングによって鍛えられた彼の体は想像を絶する程のパワーを身に付けていた。そして、その長年に渡るトレーニングに晒されてきたこの建物は、すっかりガタガタになっていたのだ。既にこの建物では男の力を受け切れなくなっていた。
それ故に、男が運動をすれば天井はぐらぐらとぐらつき、床はぎしぎしと軋みを上げる。
しかしそんな事は一切気にかけず、男は自分の体に見惚れている。
美しい。
こんなにも美しいものが他にあるだろうか。
星の輝きも、香り豊かな花々も、七色の宝石も、果てなく澄んだ青空だって決してこの美しさには及ばない。
男はそう思っていた。
馬鹿である。
もう一度、男は自分の肉体を見た。
やはり美しい。
男は満足していた。
自分の肉体に。
その美しさに。
だが、一つだけ。
そう一つだけ未だに叶える事が出来ずにいる願望があった。
それは男にとっては重要な事とも言えたし、またまったく意味の無いことでもあった――普通の人からしてみれば間違いなく不要なことであるのだが。
何度も諦めようと思ったし、そんな必要はないと自分に言い聞かせてもきた。
しかし、それでも沸きあがる欲求を男は感じていた。
それは止めようも無く、肉体の内で煮えたぎっている。
――ああ。
「やっぱり、誰かにこの肉体を見てもらいたいッ!」
男は、その切実な願いを叫んだ。
――矢張り馬鹿である。
◇◇◇
「さあ、こーりん出発するぜ!」
古道具屋「香厘堂」に入るなり少女は叫んだ。
「――一体何の用だい、魔理砂?」
魔理砂――そう呼ばれた黒い服を来た少女はそれに構わず続ける。
「いいから、さっさと出発しようぜ!」
はあとため息をつき、読んでいた本をぱたんと閉じる。
「君が突然変なことを言い出すことについては今更驚いたりはしないけどね。それにしたって用件ぐらい話したっていいだろう」
「ったく、わかったぜ」
そう言って近くにあった適当な箱に腰掛ける。
「おい魔理砂――」
「商品を壊すなって言うんだろ?わかってるぜ」
そう言いながらも箱の上からまったく動こうとはしない。
「……それで、今日はどうしたんだい」
「その前に茶をくれないか。急いで来たから喉がからからだぜ」
突然押しかけた上に、少女はさらに茶の要求をした。
図々しいにも程があるが、そこはこの男も慣れたもので、黙って麦茶を用意する。
少女はそれを受け取り、ぐいっと一気に飲み干した。いい飲みっぷりである。
「ぷはーっ、やっぱり冷えた麦茶は最高だぜ!ついでに茶請けもあるとより最高なんだが」
「そんなものありはしないよ」
そう言うとこーりんは近くにあった椅子を引き寄せて座った。
「で、結局どういう用件なんだい」
「なにが?」
さっぱりわからないといった表情で魔理砂が聞き返す。
「自分で言っていたんじゃないか。出発するぞ、とか」
こーりんが飽きれて言う。
「そうだった。こうしちゃいられないぜ!」
「だから、いい加減話を進めてくれないかな。僕はこう見えて忙しいんだよ」
「嘘付け、いつ来たって客なんか居やしないじゃないか」
「客の相手をするだけが仕事じゃないだろう。道具の手入れ、調査だってあるんだよ」
そう言って店内を見渡す。古いものから新しいもの、生活用品から用途の良くわからないような道具まで、様々な物が所狭しと陳列されている。
「調査って言っても拾い物のガラクタで遊ぶだけだろ?それに、能力を使えば大体はわかるじゃないか」
「僕の能力で解るのは、道具の名前と用途だけさ――肝心の使い方は自分で調べるしかないって知ってるだろう?」
そうだったっけ、そう言って魔理砂は惚ける。この二人は魔理砂が子供の頃からの付き合いであり、勿論そのことを魔理砂が知らない筈はない。
この古道具屋の主人には不思議な能力がある。それは本人が言った通り道具の名前と用途が解るというものだったが、使い方自体はさっぱり解らない。なんとも中途半端な能力である。
「さ、そんな事より話を進めようぜ」
「話を止めていたのは君だと思うのだけれどね」
「最近さ、出るって噂になっているんだよ」
主人の言葉をさらっと流し、魔理砂は語り始めた。
「村外れに公園があるだろ。そこにさ、夕暮れ時になると現れるらしいんだよ」
「何がさ」
「――変質者が」
「……そこは、妖怪とか、お化けとかが出るって言う所だと思うよ」
「実際に出るのは変質者なんだから仕方ないだろ。それに妖怪やらお化けが出たって、そんなの幻想峡では日常茶飯事じゃないか。全然面白くないぜ」
確かにこの幻想峡でそれは別段珍しいものでない。現に魔理砂の知り合いには妖怪もお化けもいるし、彼女自身が魔法使いでもある。この道具屋の主人だって立派な半妖である。
「変質者だったら面白いのかい?」
「それはそれで面白いのかもしれないな――でも、今回はそれが目当てじゃないんだ」
「……ほう?」
「聞いたところに拠るとさ、その変質者はどうも外界から来た奴だっていう話なんだ。どうやら外の世界の技術者みたいでな、不思議な道具を沢山持っているらしいんだ」
「なるほど、それで僕に声をかけたってわけかい」
「そういうことだぜ」
「しかし、その話が本当だったとしてだよ。大人しく道具を譲ってくれるとは僕には思えないな」
その話が真実ならば、その変質者にとって道具は大事な商売道具であるはずだ。そんな物を簡単に譲ってくれるわけが無い。そもそも変質者相手に交渉をする機会があるだろうか。
「別に誰も取り引きをしようなんて思ってないぜ。ただ近頃里中で噂になっている変質者を私がお縄にして、そこに残った道具をこーりんに『拾って』貰おうと思っているだけだぜ」
「――そういうことか、なんだか火事場泥棒みたいだなぁ」
「いやですわ、泥棒なんて。私はただ変質者を退治して、里に平和を取り戻したいだけですもの」
――さて、どうしたものか。
外界の道具は勿論魅力的だ。喉から手が出るほどに欲しい。触ってみたい、使ってみたい。
しかし、それと同じ位に厄介ごとも御免なのだ。
ただでさえ最近は変な客が増えて困っているのだ。吸血鬼のお嬢様に、そのメイド。そして極めつけはスキマ妖怪だ。
これ以上面倒ごとが増えるのは好ましくない。
だが――
「わかった。僕も付いていくことにするよ」
結局、好奇心には勝てなかった。
「そうこなくっちゃな――それじゃあ、早速向かおうぜ」
◇◇◇
そんなわけで、二人は村外れの公園にやってきたのだ。
外界の公園と違って遊具などは一切ない。
あるものと言えば、遊ぶスペースとなる広場、休憩用の長椅子、そして厠くらいのものだ。
「それで、その変質者とやらはどこにいるんだい?」
「何でも少し奥にある長椅子に現れるらしい――ほら、あそこだぜ」
魔理砂の視線の先には長椅子が一つ備え付けてあった。
そこに男が一人、腰掛けている。
「もしかして、彼が――?」
「へへっ、そうに違いないぜ」
「僕はどうすればいい?」
「――ん?ああ、私があの男を捕まえるから、こーりんはその後に悠々と仕事をしてくれればいいぜ」
少女に変質者の相手を任せて自分は見物というのは若干情けないようにも思う。しかし本人はやる気のようだし、何より魔理砂が負ける事も考えられない。
「……わかった」
魔理砂の言葉に頷き、一歩下がる。
「さて、始めるとしよう」
少女が一歩一歩長椅子に近づいていく。
男は上下が繋がった、二人が見たことの無い青い服を着ていた。魔理砂達は知らないことだが、男が着ている服は作業時に使用するもので、所謂「ツナギ」という物だ。正面にホックが付いており、胸元を少しはだけている。そこからは男らしい肌の張った立派な胸板が覗いている。
「――お嬢さん、俺に何か用かい?」
「ああ、その通り――いや、違う。あんたに用はないぜ」
びしっと男を指差し、魔理砂は言った。
「命が惜しければ、身包み置いてとっとと失せな!」
「魔理砂!?」
まるっきり強盗の台詞である。
「ふふ、面白いお嬢さんだなぁ」
「ふふ、それほどでもありませんわ」
「おい、何をやっているんだ魔理沙――」
不穏な空気を察知したこーりんが駆けてくる。
「まったく、何を考えているんだ。それじゃあ、盗賊そのものじゃないか」
「ん~?」
男の目がこーりんを捉える。
全身を舐めるように、男の視線がこーりんの体に纏わりつく。
「な、なんだい?」
「あんた――いい肉体をしているな」
男は言った。
「な、何を言っているんだ!」
「おお!やっぱり変質者だったか!」
「確信はなかったのか!」
「当たり前じゃないか。話に聞いただけなんだから顔なんて知ってる筈がないぜ」
二人が話している間も男の視線はこーりんから離れない。
「なあ、あんたさ」
「ぼ、ぼくのことかッ」
「そう、お前だよ。お前、窮屈じゃないかい?」
「なんだって?」
「そんなに立派な肉体をしているっていうのに、そんな窮屈な服に押し込めて――それでいいのかい?」
「い、言っている意味がわからないな――魔理砂、悪いけど僕は先に帰っているよ。やはり、こういった輩に絡むとろくなことが無いね」
そう言ってこーりんがと振り返った瞬間。
じぃーーーっ、という音が響いた。
音に反応して振り返る。
振り返った先では――
「お、おいッ、何をしているんだッ!」
男が、服のホックに手をかけて、それをゆっくりと下ろし始めていた。
隣では魔理砂が、うわこいつ本物の変態だと叫んで手で顔を覆っているが、隙間から覗いているのがバレバレである。
「お、おい君、やめるんだッ!」
そんなこーりんの制止の声を無視して、ゆっくりとホックが下がっていく。
しかし何故か、それ以上止めようとする事も、目を逸らす事もこーりんには出来なかった。
「あ、ああ……」
そして、とうとうホックが下半身――股間まで刺しかかった。
しかし、ホックを下ろす手は止まる事無くそのまま一気に下り切った。
そこにあったのは。
「赤い……ふんどし?」
魔理砂が呟く。
やはり確りと覗いていたらしい。
「あ、赤フンだッ!」
こーりんが叫ぶ。
フンッと声を上げて男が服を脱ぎ捨てた。
そこには、赤い褌一丁で、誇らしげに腕を組んで立つ男の姿が在った。
「――どうだい?これが俺の自慢の肉体さ」
「どうもこうもあるか!花も恥らう乙女にそんなものを見せるな……って、こーりん?」
魔理砂の隣には先程と変わらずこーりんが立っていたが、どうにも様子がおかしい。
はあはあと息は荒く、褌一丁の男を凝視している。
「お、おい、どうしたんだよこーりん」
「ふふ、羨ましいかい。そうだろう?」
はあはあとこーりんの荒い息だけが聞こえる。
「そ、そんなことは、ないッ!」
「素直じゃないな――じゃあ、こいつはどうだい?」
そういって、男は脱ぎ捨てたツナギから白い布を引っ張り出した。
「そ、それは――」
「こいつが何かわかるのかい?」
「ぼ、僕には物の『名前』と『用途』を知る能力があるんだッ!それ位の事は直ぐに解る」
「じゃあ、当ててみな。こいつが何なのか」
「て、手ぬぐいだ。何処にでもある、ごく普通の手ぬぐいじゃないかッ!」
「そいつは違うな――」
男が、こーりんに一歩近づく。
「あんただって本当はわかっているんだろ。これはそんな物じゃないって」
「そんな事は――」
「ほら」
白い布をぐっとこーりんに押し付ける。
「さあ、何を躊躇うことがあるんだ。あんたにはもう解っている筈だ」
ぬうう、とこーりんが唸る。
「ど、どうしたんだよこーりん。お前おかしいぞ?」
心配そうな顔で魔理砂がこーりんの顔を覗き込む。
しかし、こーりんの視界からそれはすっかり追い出され、目に映っているのは手に握った白い布だけだ。
「もう一度聞くぜ。お前が今握っているそいつは何なんだ?」
「こッ、これは――」
ウホッ!いいふんどし……。
こーりんは、そう呟いた。
「――は?こーりん、お前まで何を言ってるんだよ」
「ふふ、それが解ったなら、次どうすればいいかも解るよな?さあ、褌を――」
し め な い か。
男が長椅子に座って、褌を見せ付けるように言った――。
「こ、こーりん、まさか!?」
魔理砂がこーりんを止めようとした刹那、服を残してこーりんの姿が掻き消えた。冗談でもなく、目の前から突然居なくなったのだ。少なくとも魔理砂にはそのようにしか見えなかった。
そして、その瞬間。
――キャストオフ。
そんな言葉が魔理砂には聞こえたような気がした。
「ふぅぅぅぅ……」
「ふふ、どうだいすっきりしただろう」
何時の間にか、長椅子にはもう一人、褌一丁の男が立っていた。赤フンに対して、こちらはオーソドックスな白い褌だ。
「だ、誰だお前」
「ふふ、いやだなぁ、僕さ。こーりんだよ」
「こ、こーりん!?」
魔理砂の知るこーりんという男は、銀髪に眼鏡をかけた細身の華奢な男だ。それに対して目の前のこの男は――
「で、でも、ものすごくマッチョじゃないか!」
「ふふ、僕はね――着痩せする性質なのさ」
「着痩せ!?」
着痩せとは、もっと色気のある、ときめきを感じるような言葉ではなかっただろうか。少なくとも、こんなマッチョで筋肉隆々とした男に相応しい言葉では無いように思う。
そもそも、
「着痩せするってレベルじゃないだろ!?」
前述のように、こーりんとは華奢な男である。それが今はどうだろう。腕は丸太のように太いし足はそれよりも更に太い。腹筋は割れ、全身の筋肉がはちきれんばかりに肌を圧迫している。
最早別人である。
「ふふ、よかったのか、ホイホイ褌しめちまって。俺はブリーフ派にも平気で褌をしめちまうような人間なんだぜ?」
「いいんです……僕、あなたのような褌好きですから……」
「嬉しい事言ってくれるじゃないの。それじゃあ、とことん見せ付けてやらないとな」
そう言って男は立ち上がる。
そうして、ふんと息を吐きポーズをとった。
「そ、それはッ!」
こーりんが叫ぶ。
「ダブルバイセップス・フロント!」
「なんだそれ!?」
「そんなことも知らないのかい、魔理砂。あれはポージングさ――見たまえ、あの鍛え上げられた上腕二頭筋を。実に美しい……」
男のポーズは両腕を上に挙げ、全身の筋肉を強調するかのようなポーズである。言われてみると確かに上腕二頭筋を強調しているようにも見える。
「いや、見たまえとか言われてもな……」
正直言って気持ち悪い。
所々筋肉がピクピクと動いている様など、とても直視してはいられない。
「あんたも見ているだけじゃ詰まらないだろう。さあ、一緒にどうだい?」
「ふふ、いいでしょう。僕だって、毎夜のトレーニングを欠かしたことはないんだ。鍛え上げられた僕の肉体をとくと見るがいい!」
フンッと息を吐き、こーりんがポーズをとる。
「サイドチェストか。ああ、実に素晴らしい胸板だな……」
「あなたの方こそ――」
男たちは互いの肉体を称え合い、次々と様々なポーズをとっていく。既に魔理砂のことなど眼中に無いようである。
目の前では、褌一丁の男達がひたすらにポージングを続けている。そんなおぞましい光景を前にして、少女に出来る事など何も無い。
「そ、それじゃあ、私はもう帰るな――」
その言葉すら、もうこーりんには届かない。
「……じゃあな」
友人が何処か遠くへ行ってしまったような、そんな寂寥感に包まれながら、霧雨魔理砂は帰路に着いた。
――と、こんなわけで、魔理砂達の目論見は、ふんどしな結果に終わったのでした……。
<終>
「何が、ふんどしな結果だっ!」
そう叫んで、少女は読んでいた雑誌をテーブルへと叩き付けた。
「おい魔理沙、あまり商品を乱暴に扱わないでくれよ?一応売り物なんだからね」
「そうは言ってもな香霖、これはどう考えても私は悪くないはずだぜ」
「どういうことだい?」
わからない、といった表情で香霖が尋ねる。
「香霖、自分の店の商品ぐらいちゃんと目を通しておくべきだぜ」
そう言って、魔理沙は先程まで読んでいた雑誌を香霖へと渡す。
「――『季刊・実録褌』?」
雑誌の表紙には、でかでかと趣味の悪い蛍光色でそう書かれている。
「まったく酷い本だぜ。香霖は読んでないのか?」
「ああ、これはまだ読んでないな――どれどれ」
さっと本に目を通す。
「……ふむ」
「な、酷いだろう?初めはまだマシな方なんだが、後半が本当に酷い」
「――魔理『砂』か」
「ああ、これはどう考えても私だよな」
「すると、この『こーりん』って言うキャラクターは僕になるのかな」
「そうに違いないぜ」
ここは古道具屋「香霖堂」の店内である。
ここでは様々な道具を扱っており、幻想郷では手に入ることのない外界の品物を扱っている事もある。何でも扱っているので、商品の中には書物なども混ざっており、魔理沙が読んでいたのはその内の一冊である。
その雑誌に掲載されていた小説に登場する人物、これは明らかに魔理沙と香霖――森近霖之助をモデルにしたキャラクターである。
喋り方、特徴などもそっくりだ。何より「こーりん」は魔理沙が普段から霖之助を呼ぶ時に使う「香霖」を平仮名にしただけであるし、魔理沙に至っては一文字漢字を変えただけである。
知らない人が読めば何とも思わないかもしれないが、知っている人間が読めば一目で解るだろう。
「それだけならまだいいさ。内容が酷いんだ」
「まあ、確かに……」
「とりあえず、この本は焼却処分をするぜ」
そう言って魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出す。
「おいおい、まさかここでやるつもりかい」
渋面を作ってそう言った。
「勿論だぜ。善は急げって言うだろ?」
「危ないから止めてくれよ。それに、これはうちの商品だよ。燃やすなら買い取ってからにしてくれないかな」
「誰がこんなふざけた本を買うか!」
憤然と魔理沙が叫ぶ。
そんな魔理沙の様子を見て、静かに霖之助が言う。
「それにね、これだけを燃やしたって意味が無いと思うよ」
そう言って手に持った雑誌を魔理沙に示す。
「どういうことだ?」
「よく見てみなよ。これは魔道書なんかとは違って、ちゃんとした印刷機で刷られたものさ。何処かに原本があるはずだよ。こいつだけ処分したって意味がないさ」
「一体それは何処に在るんだ!」
必死である。
「多分、印刷元か――さもなければ書いた本人の手元にあるんだろうね。まあ、幻想郷に本を出版できる印刷屋なんて無いから、印刷機は自前なんだろうな――つまり、何れにせよ作者の手元ってことになるね」
「くそう、誰がこんなふざけた話を書いたんだ」
「内容から考えると、僕たちの知り合いとしか考えられないな」
登場人物の性格や関係、それらは普段から近くで彼らを見ていなければ、あそこまで再現するのは難しいだろう。
「絶対見つけ出してやるぜ!」
「随分張り切ってるね」
「当たり前だ!香霖はこんな事を書かれて平気なのか。どう見ても扱いは私より酷いと思うぞ」
魔理沙と思われる少女に比べると、確かに霖之助をモデルとしたと思われる「こーりん」というキャラクターの扱いは酷かった。華奢な古道具屋からふんどしマッチョに早変わりだ。
「まあ、それはその通りだけどね」
「それじゃあ――」
「だからこそ、さ。僕達のことを知らない人からしてみれば、これはそういう名前のキャラクターにしか過ぎないし、知っている人が読めば書いてあることが嘘だって直ぐに解るはずさ。僕は見ての通りの細い体だしね」
小説の中で香霖――こーりんは華奢な体から突然マッチョな筋肉質な男に変貌をしたが、実際にそんな事は有り得ない。
だから、たとえそのキャラクターの名前から本人を連想したとしても、小説の内容を現実に起こった事だと考えることは決して無いのである。
結びつけて考えるには、この小説のストーリーはふざけ過ぎている。
「そうかも知れないけど――」
「けど?」
「何となく腹が立つじゃないか!」
「気持ちはわかるけどね。作者が誰か何てわからないだろう?」
「ああ、その通りだぜ。だから――」
魔理沙の視線が霖之助の手元に移る。
「とりあえずはその本を燃やしてストレス解消だ!」
少女はそう叫んだ。
ただの八つ当たりである。
「おい、ちょっと落ち着くんだ魔理沙――」
魔理沙が霖之助に掴みかかろうとしたその時、
「霖之助さんいるかしら?――あら、魔理沙じゃない」
店の入り口に、赤い巫女服を着た小柄な少女が立っていた。
「なんだ霊夢か。今ちょっと取り込み中だぜ。用があっても後にしてくれ」
「誰もあんたに用があるなんて言ってないでしょ。私が用があるのは霖之助さんよ――って、その変な本は何?」
そう言って妖しい装丁の雑誌を指で指す。
「あ、それは――」
「頂きっ!」
魔理沙が止めるよりも早く、霊夢の手が雑誌を掴んだ。
「ふむふむ、実録褌?随分ふざけた名前の雑誌ね。どれどれ――」
「ちょ、ちょっと待つんだ霊夢!」
「そう言われて待つ馬鹿は居ないわよ。じゃあね、霖之助さん。また後で来るわ」
そう言って霊夢は店を飛び出していった。
「ああもう、大人しく返せ!」
それに続いて魔理沙も店から出て行った。
残されたのは道具屋の店主だけである。
「――やれやれ」
そう一人呟いて、手近にあった椅子に座って茶を啜る。
「今日も平和で何よりだ」
まったくである。
さて、その日の夜のこと。
古道具屋「香霖堂」でのことである。
地響きがする――と思って頂きたい。
店の奥、様々な道具が仕舞ってある倉庫、そのさらに奥で大きな機械が唸りを上げてがしこんがしこんと動いていた。
その動きは激しく、周りの道具ばかりか、床から天井にまで振動は伝わり、ぎしぎしと悲鳴を上げている。まるで店内にだけ地震が起きているようだ。
やがて、その動きが止まり一冊の本が機械から排出された。
表紙にはけばけばしい装丁で「実録褌」と書かれていた――。
>これはそういう名前のキャラクターにしか過ぎない
二次創作の産物なんて最終的にはこういうもんだよね。
一々痛いコメ残すよりこう考えたほうが煮えくり返った腹の中も早く治まる。
こーりんというだけで(つーか前半読んだだけで)見なかったことにしようと思いましたが
中々面白い切り口ですね。
この題材は、それだけで低評価&コメ荒れに繋がりかねませんが、これからも頑張ってください。
できれば、奇妙な話、不思議な話は原作準拠の霖之助で読んでみたいです。
考えてみれば東方のキャラの中で否定派がいるのなんて彼ぐらいなもんですよね。
あれか。やっぱり少女じゃないからなのか。そうなのか。
原作準拠で書けばいい味が出るキャラなんですけどね。
この話は賛否両論あるだろうが、これからもあなたには自分が書きたい物を書いていただきたい
とか言ってみる私の脳内では田丸浩史の絵で再生されてました
ホント、笑わせたあなたの勝ちです
強いて言えば落ちをもっと強くいっても…もっとはっちゃけさせちゃぇ。
これから楽しみにしてます。
印刷機なんて電気のない「香霖堂」で使えるはずないし。
最後までパロディで良かったのでは。
それ以外はとても面白かったです。
くそみそで変態な香霖も斬新ね
印刷機云々は河童の技術とか魔法で問題ないように思えた。
こーりんが嫌われてるのはそれを一次の香霖と混同してる奴がいるからだろう。
この作者は霖之助のことを分かってるから問題なし。
これ霖之助さんじゃない。
一か八かで読んでみて外れに泣いた人も居るだろうし
オチをちょっとひねったところなんか結構私の好みにはあっていたw
しかし、今の東方界隈は「りんのすけ(携帯からなので漢字変換出来ない、失礼)」と「こーりん」分けないと駄目なのか……
東方は昔から二次創作が異常に大きくて、書く人によってはキャラクターの性格が180度違ったりするのも当たり前だと考えるのが普通だと思っていたが……いちいちそんな配慮までしなくちゃいけない空気になってしまっているのは、寂しく感じるなぁ。
住み分けるという意識も無い様では話にならんな
必死に変態ネタ押し付けて叩き潰してきたんだろ?