一般的に、お正月というのはおめでたい日だ。年の始まりというのは何故かはわからないが、希望に満ちている。今年こそは、という人が皆やる気を出すからだろうか。
さて、お正月と聞いたらまず何を思い浮かべるだろう? 人によって答えは変わるだろうが、中には初詣が頭に浮かぶ人もいるはずだ。その初詣が行われる場所は? そう、神社だ。
そういう訳で、お正月に神社が盛況するのはごく自然な流れである。その世界に存在する神社が二つしかないのであれば尚更だ。
その二つしかない神社の一つ、博麗神社もご多分に漏れず盛況が訪れている。その神社の巫女も、これまたご多分に漏れずやる気を出していた。
「何でお正月って三日しかないのかしら」
声のトーンに合わない満面の笑顔を振りまきながら、博麗神社の巫女がぼやく。
一般の人々にとってはあまりイベントが無い幻想郷ではこのようなお祭り事は貴重であり、必然的に人が集まってくるのだ。
なので、昼頃には初詣と屋台が目当てで参拝している人によって溢れかえっており、いつもは見る事が出来ない賑やかさに包まれていた。
しかし、夕暮れ時にはすっかりいつもの清閑さを取り戻していた。この神社は妖怪がよく出るという噂が立っているので、日が沈む前にみんな帰ってしまうのだ。……本当の事なのでしかたないのだが。
そんなこんなで一仕事終えた霊夢は、縁側でゆっくりとくつろいでいた。
「毎日毎日お正月なら、お賽銭だってもっとしっかり集まるのに……」
真剣に考えているのか、やや難しい顔になる。あくまでもお賽銭ありきなあたり、実に霊夢らしいと言える。
「毎日お正月だと有り難みが無くなりそうだな」
「そこが問題よね……って、いつから居たのよ」
霊夢の前には、いつのまにか魔理沙の姿があった。スキマ妖怪に負けず劣らず神出鬼没である。
魔理沙の姿を見て露骨に嫌そうな顔をする霊夢だが、端々に嬉しそうな表情が見え隠れしているように思えるのは気のせいだろうか。
「さっきからいたぜ。相変わらずお賽銭の事ばっかり考えてるんだな」
「ほっとけ。素敵なお賽銭箱はあちらよ。お帰りはこっち」
「まあまあ、そう急ぐなよ。ちょっとはゆっくりしようぜ」
よっこいしょ、と少女らしからぬ掛け声を出しながら霊夢の隣に腰掛ける魔理沙。家主関係無くゆっくりする気満々だ。
「あんたねぇ……まあ、良いけど」
「霊夢にしては物分かりが良いじゃないか。物分かりが良いついでだ、お茶」
「何がついでよ。新年早々吹っ飛ばされたいの?」
「とか何とか言いつつ、二つ湯飲みを準備してくれてるあたり流石霊夢だな」
確かに、お盆の上には二つの湯飲みが置いてある。
一つは霊夢が既に使っているが、もう一つは明らかに誰かの為に用意した物だ。
「ここ最近いきなり押しかけて来るし、どうせ今日も来るだろうと思って置いてただけよ。あんたが来てから一々湯飲みを取りに行くの、面倒くさいんだから」
「それはありがたい。じゃあ勝手に入れさせていただくぜ」
「駄目って言っても入れるんでしょ。勝手にどうぞ」
「やりー」
まだ熱が残っているお茶が急須から湯飲みへ、静かに注がれていく。外との温度差でもくもくと湯気の上がる湯飲みは、それを見る者に何となく風情を感じさせる。
「お、茶柱がたったぜ。新年早々縁起がいいな、こりゃ」
「良かったわね。お賽銭を入れてくれたら、もっと縁起が良くなると思うんだけど、どう?」
「遠慮しとくぜ。そんな事より、霊夢。お正月と言えばなんだ?」
「そんな事って、私に取ったら死活問題……」
言いかけ、先に続ける予定だったのであろう言葉を掻き消すようにため息をついた。魔理沙には言い返すだけ無駄だと諦めたようだ。
「まあいいわ。お正月といえば? とりあえずぱっと思いつくのは初詣ね。これのおかげで色々と助かってるもの」
「なにやら動機は不純だが、いかにも巫女って感じの回答だな」
「しょうがないでしょ、巫女なんだから。そういう魔理沙はお正月で何を連想するのよ」
「私か? ……決まってるじゃないか」
魔理沙はそう言うと、いきなり縁側から降り霊夢の前に立った。どことなく、その顔には真剣さが漂っている。
「な、なによ」
狼狽する霊夢を尻目に、魔理沙は表情を変えずに言葉を続けて行く。
「言葉に出せば余計に欲しくなるかも知れんが……覚悟は出来てるか?」
「……私は別に、いつでも、だ……大丈夫よ」
「そうか、なら言わせて貰うぜ。私がお正月で思い浮かべるやつはだな……」
「お年だ「明珠暗投!」ぐはぁ」
言い終わる前に、とてつもなく大きな陰陽玉が霊夢によって振り下ろされた。その玉はスペルを唱えた本人より明らかに大きく、魔理沙を完全に下敷きにしていた。
「これが……ほんとの……落とし玉、か……」
「……今日は冷え込むわね」
霊夢は二度目のため息をついた後、目の前で埋まっている友人に聞こえないようにぽつりとつぶやいた。
「ちょっと……期待してたのに」
「まったく、新年早々酷いぜ」
結局、いつまでたっても霊夢が助けるそぶりを見せなかったので、魔理沙は一人で這い出ることになった。しかし、霊夢の最後の良心が働いたのだろうか、大きさの割りにはあまり重量が無かったようで、案外すんなりと抜け出してきた。
「さてと……そろそろ御暇するかな」
体全体で伸びをしながら、帰り支度を整えて行く。支度と言ってもその辺にほうりっぱなしあだった箒をとりに行くだけなのだが。
「あら、今日は早いのね」
「ああ、もともとちょっと顔見せだけするつもりだったからな。お茶をもらってしまうのは誤算だったぜ」
「あんたがくれって言ったんでしょうが。まあ……騒がしいお正月をありがとうね」
「お気に召していただけてなによりだ。それじゃあな」
「ええ、またね……ちょっと待って」
いまにも空に向かって飛んで行く体勢だった魔理沙を、霊夢が静かに呼び止めた。
「とっと……どうした?」
「えーと……」
「……今年もよろしくね」
「ああ、よろしく」
対照的な笑みを浮かべて、二人で言い合った。
まだまだ春には長そうだ。
大きい陰陽玉って鬼神玉とかいうのなかったっけか…
小説を投稿するのなら、関連した知識を備えておくのは当たり前の事ですよね(´・ω・`)
その分を差し引いても霊夢と魔理沙の駆け引きが面白かったので、この点数です。
次回作を期待しております。