「ここか」
霧雨魔理沙は被っている帽子をつまんで上を見上げる。目の前には3階建ての幻想郷では存在しない作りで出来ている建物。森の中なので全てを把握する事はできないが、所々窓が割られていた。
そもそも、なぜこんなところにやって来たのか、話は一日前に遡る。
一日前。
博麗神社の居間で魔理沙と博麗霊夢が談笑していた時に、その話題はあがった。
「最近、森の中に廃墟ができたみたいなのよね」
「廃墟?」
「ええ、薄暗くて気味が悪いみたいで誰も近づかないのだけれど」
誰も近づかない、と聞くとどうしても行きたくなる。もしかしたら、誰も見たことがない物が眠っているかもしれないと、蒐集の血が騒ぐ。飲んでいた湯飲みを放り出し、魔理沙はすぐに箒にまたがって自宅に戻る。
家に帰ってからはありったけの魔法具をかき集め(中には全く必要なさそうな物もあるが)、リュックサックに詰め込む。リュックが通常の3倍ほどの大きさになってから、漸くそれを背負って魔理沙は家を出る事にした。
が、しかし入り口に巨大なリュックが引っかかり、一向に前に進めない。
「……うーん、扉が狭いぜ」
仕方なく、魔理沙は家の中に戻り、必要最低限の道具だけを詰め込み、家を出る事にした。
ちなみになぜこれが一日前の出来事かといえば、この道具の選別に時間がかかったからである。
次の日になりようやく魔理沙は家を出られるようになり、廃墟へとたどり着く。
廃墟の入り口には木製の看板が立てかけられていたが擦り切れてもはや字は読めなくなっていた。
恐らく玄関であろう扉から中に入ると、埃と蜘蛛の巣だらけで少々かび臭い。こんなところで靴は脱げないので、そのまま玄関を上がり、奥の扉へ進む。
今度はひらけた場所に出た。目の前には赤い絨毯のしかれた巨大な階段、左右にはまた長い廊下が続いている。部屋の中心には太陽の模様替えがかれているが、タイルがはがれて欠けてしまっている。
魔理沙は上左右を交互に見つめてから、手を叩く。
「迷ったら右の法則だぜ」
それほど迷っている様子は見られなかったが、とにかく魔理沙は右の廊下を進む事にした。
廊下は石や木片が転がっており、足元に注意しながら進まなければならなかった。時々、どうやって入れたんだと思う程の大きな石が、壁に穴をあけていた。そして廊下の奥は瓦礫で埋め尽くされている。
魔理沙は、右側の廊下にある一番端の部屋にたどり着く。慎重にドアノブを握り、ゆっくりとまわす。すると、バキンという音と共に、ドアノブが取れてしまった。
「ありゃ……結構古い作りなんだな、メモっておこう」
魔理沙は胸ポケットにしまってあるメモ帳とペンを取り出して、空いているページに起きた事を書いていく。使う魔法が魔法なだけに豪快で単純な性格だと思われがちだが、案外マメなようだ。
扉に蹴りを入れて中に入ってみると、中は教室のようだった。机や椅子は全て乱暴に端に寄せられている。黒板にはスプレーで不思議なロゴが描かれており、空いたスペースには下品な言葉や謎の数字が書かれていたりしていた。
「このマークは何かの魔法か?」
ロゴに近づいてまじまじと見つめてみるが、特に魔力を感じない。
そんな時、ふと天井から何かを落としたような音が響いた。魔理沙が驚いて見上げてみると、埃が顔におもいきりかかってしまった。うえで何かが落ちた表紙に天井に積もっていた埃が落ちてきたのだろう。
「うげっ、ぺっ、ぺっ……なんだぁ?」
他に誰かいるのだろうか、魔理沙は服に付いた埃を払いながら部屋を出る。口の中に入った嫌な感触を吐き捨て、魔理沙は上を見ながらもと来た道を戻る。先程の教室の隣にある部屋の前に立ち、上を気にしながらも扉を開いた。
また似たような構造をした部屋だったが、今度は机や椅子などは一切置かれておらず、代わりに部屋の真ん中に白いペンキでよく見る魔法陣が描かれていた。ただ、それは所詮真似事のようで、やはり魔力の欠片すら感じる事はできない。
「なんかあったのかここは」
もしかしたら何か強大な魔法の実験に失敗して幻想郷まで飛ばされたのかもしれない。そう思うと魔理沙の探究心もメラメラと燃え上がる。部屋の奥にはガラス戸があって、底から外に出られるようになっていた。地盤の所為か中々開かない扉を力任せに動かし、外へと出る。振り返ってもう一度廃墟を見上げてみると、蔦が3階まで生い茂り、元の壁が見えないほどになっていた。
「人がいなくなってから結構時間が経っているのか、なるほど」
魔理沙は再びメモに今の状況を書き記す。
部屋に戻ってからは特に調べる事も無く、また廊下へと出る。ロビーへと戻る途中にも部屋はあったが最初に見た部屋と同じような状況にあったため、魔理沙はため息をついて最初に来た所へと戻った。
「うーん、これだと左に行っても同じかな」
ぽりぽりと、頭を掻いて魔理沙は目の前の廊下を見つめる。丁度その通路は外の木の所為で光を遮られており、奥の方はまったくの闇となっている。
なんとなく、怖い、という感情が頭の中をよぎる。誰もいない廃墟で、一人ぼっち。そして、目の前に広がっている暗闇。もしかしたらあの奥には何かとてつもなく恐ろしい物がいるのかもしれない。普段妖怪の山にある洞窟や間欠泉から通る地下世界の暗闇など、好奇心のお陰で全く恐怖など感じなかったのに、今この廃墟の中では、目の前の闇がとても恐ろしいものに見えてくる。
ふと、通路の奥で何かが動いたような気がして、魔理沙は目を凝らした。よく見てみると、やはり小さな何かが闇の中を歩き回っている。魔理沙は箒とポケットにしまってある八卦炉を取り出して、じりじりと廊下へと歩む。
「……よーし、よし。女は度胸だ」
八卦炉を持った手の人差し指を闇の中に向けて、何かを唱える。すると、星の形をした弾がくるくると回転しながら闇の中へと吸い込まれていった。魔力のおかげで発光している弾は、辺りを照らしながら飛んでいく。しかし、先程見たような動くものの影一つ見つけることができない。
「気のせいかな? なんか損したぜ……」
ここまで慎重に行動した自分が馬鹿みたいだと肩を落とし、魔理沙は八卦炉の出力を最低にした状態でそれをランタン代わりにする。
ゆっくりと奥に進んでいくと、右に曲がる通路があり、そこには何十にも鎖と南京錠が掛けられた扉があった。扉には白いペンキで「開けるな」と乱暴に書かれている。
魔理沙はバッグの中から蝋燭を取り出して、八卦炉から火を移す。蝋をたらして地面に固定させた後、扉に向かって炉を構えた。青白い光が鎖と南京錠を吹き飛ばす。しかしいささか近すぎたためか爆風に巻き込まれた。お陰で扉も吹き飛んだが、魔理沙も尻餅をつき再び埃を被る羽目になった。
「いててて……」
部屋は窓も無いらしく真っ暗で、廊下からでは何も見えない。蝋燭を手にとろうとするが、先程の爆風の所為で蝋燭は倒れぱっきりと折れてしまっていた。
しかたなく再び八卦炉をランプ代わりにして、中に入る。若干炉の出力を上げて、部屋を明るくすると、赤いレンガが詰まれた部屋だという事が視認できた。鉄製の棚がいくつも置かれており、黄ばんだ書類が乱雑にされている。床を見てみると手帳のような物が落ちてあったので、魔理沙は拾って埃を払った。
「名前が擦り切れて見えないな、中も酷そうだ」
ボタンを外して手帳をめくって見ると、薬品がどうとかマウスがなんだとか、他に意味のわからない英語が羅列されており、魔理沙は首をかしげた。それでも、その手帳をバッグの中に放り込み、代わりに自分の手帳を取り出す。
「えっと、推測では、この廃墟は恐らく学校か何かで、えーと……」
魔理沙はバッグから掌サイズのコンパスを取り出す。コンパスは魔理沙から見て前方をNと指していた。
「私が入ってきたのが南からだとすれば……ここは左側だから西か。西側に赤いレンガで造られた開かずの間がある、と」
書き終えた魔理沙は立ち上がって他に何か無いかを探す。八卦炉をかざしながら部屋を物色していると、今度は古ぼけたノートが棚に置かれていた。頁をめくって見ると、何も書かれていない。次のページも、その次の頁も。がっかりした様子でぱらぱらと捲って棚に戻そうとした時、数ページだけ真っ黒になっている部分を見つけた。
「?」
またノートを開いて先程の真っ黒な頁があるところまで捲っていく。すると、鉛筆で「助けて」という文章が殴り書きされていた。それも文字を書きやすいように印刷されているラインを無視してみっちりと。
慌てて魔理沙はそれを閉じて八卦炉を持って踵を返す。
「うぉあっ!」
今度は目の前にホルマリン漬けにされた蛙やら蛇やらが入っている瓶があって、魔理沙は思わず飛び上がった。なんだか不味いところにきてしまったと、魔理沙は慌てて部屋を出て扉を閉める。
まだ心臓が胸の中を飛び回っている。体が落ち着くまで魔理沙は開かずの間が視界に入らないように座り込んだ。
「何してるの」
「うぃっ!?」
素っ頓狂な声をあげて、魔理沙は再び飛び上がる。慌てて振り返ってみると、訝しげな目で魔理沙を見下ろしているアリス・マーガトロイドがいた。
その姿を見て、魔理沙は安堵して立ち上がる。
「なんだよおどかしやがって……」
「なんだよとはなによ、勝手に飛び上がってたくせに」
「いや、なんでもない。所でなんでお前はこんな所に来たんだ」
「あんたに教える義理はない」
そう言ってアリスは先ほど魔理沙が入った部屋の扉を一瞥する。
「ああ、あの部屋入ったの。何かあった?」
「いんや、なんにも」
「そう、信じておくわ」
アリスは踵を返して歩き出す。その後を、魔理沙は急ぎ足で追った。彼女の足音に気が付いたアリスは歩く速度をあげる。すると魔理沙も同じくらいに速度をあげた。
そのままロビーにたどり着いたところで、アリスは振り返って苛立ちながら口を開く。
「なんでついてくるのよ」
「いや、この先一方通行だし」
「……じゃあここからは別行動ね、私は上、あんたは外」
面倒くさそうに頭を書きながらアリスは指で玄関を指した。それを聞いて魔理沙は露骨に嫌そうな顔をして不満を漏らす。
「いやいや、なんで私が外にでにゃならん」
「邪魔だからよ」
「なんの」
「答える義理はないってば」
アリスは魔理沙を残して階段を上がっている。踊り場にでて、ふたたび階段が左右に広がっていた所までやってくると、槍を持った人形をその場に何体か配置した。どうやらここから先に来るなということらしい。
魔理沙はむっとしながらポケットに手を突っ込む。が、八卦炉がない。あの開かずの間で落としてしまったようだ。そんな事をしているうちに、アリスの姿はなくなっていた。どっち方面に上がっていったのか分からない。
「にゃろー、何か隠してるな。絶対見つけてやるぜ」
意気込みながら魔理沙は先程の部屋に戻り、おっかなびっくり八卦炉を回収した。
まずは目の前にいる槍人形を片付けなければならない。魔理沙は何も持たずに人形達に突っ込んだ。機械的に反応して、人形は槍を構えて魔理沙からの攻撃に備える。しかし。
「悪いな、付き合ってる暇はないぜ」
ジャンプしたかと思えば、持っている箒をすばやく尻の下に置いて地面を蹴る。そのまま箒から星を撒き散らしながら魔理沙は二階の東側方面の階段に下りて、追いかけてくる人形達に星型弾を見舞って走り出した。
二階東側の廊下に出ると、光の反射で分かりやすいくらいに糸が張り巡らされていた。恐らく踏むか引っ掛ければ人形がどこかに隠された人形が爆発するか糸自体が発熱する。魔理沙は箒があると先に進めないと考えて、床に放り投げる。そしてゆっくりと足を伸ばして、足元にある糸を一本通り越した。
「……ふぅ」
目を凝らして先にある糸を見てみると、今よりももっと通りにくいようになっていて、魔理沙は仕方なくバッグも箒と共に置く。持っているのは八卦炉のみで、さらにもう一歩進めて糸を飛び越えた。
糸の中には相当アクロバティックな動きをしないと通れない物もあり、魔理沙は初めて年齢にしては若干小さい体に感謝した。
「せ、えぃっ」
ようやく最後の糸を通り抜けて東側廊下の一番端へとたどり着く。錆びたプレートに非常階段と書かれた扉が目の前にはあったが、鍵は壊れていた。恐らく上の廊下と先程瓦礫で埋まっていた下の廊下と繋がっているのだろう。
一回の廊下と構造が同じため、やはり魔理沙から見て左側には部屋があった。しかし、その扉には一体の人形が首をつっていた。そしてその手にはなにか紙を持っている。魔理沙はそれを奪って開いてみると、ただ一文、「ハズレだから帰れ」とだけ。
「ぬぐぐ……あいつ……!」
罠を張ってあったのはアタリの廊下だけではないということで、まんまとしてやられた魔理沙はポケットから八卦炉を取り出した。そしてスペルカードを取り出し、宣言する。
「魔砲ッ! マスタァースッパァーーック!」
巨大な青白い光が瓦礫や木材、そして罠の糸もろとも吹き飛ばし、西側の廊下に配備されていた人形達も破壊してしまう。そして、撃ち終えてから魔理沙は思った。
(やばい、荷物もふっとばしちまった……)
なんとしてでもアリスを見つけなければ廃墟探検に来た意味がないと、魔理沙はぎりぎり焼けずに済んだ箒を持って西側通路へと向かった。
もうアリスが配置していた人形達は姿も無く、皆消し飛んでしまっている。中には誘爆したのか壁を抉りその付近に煤が溜まっている箇所があった。
非常階段に出て、魔理沙は三階へと登る。廊下に出ると、アリスが呆れた顔をしながら瓦礫に座って待っていた。
「あんたは建物がもし壊れたらとか考えなさいよ」
「じゃあハズレなんて作るなよ」
「はぁ……あんたには見せたくなかったんだけどね」
アリスは立ち上がって魔理沙に手招きをする。西側廊下の奥に一つだけ存在する部屋、その扉を開けた。すると、そこは今までとは違って大きなホールのようなつくりになっていた。真ん中には、丸くて黒い球体のような物体が置かれている。
その球体にはいたるところに突出した部分があり、そこにレンズがつけられている。
「カーテン閉めて」
「? わかった」
ボロ布のようなカーテンを閉めて、部屋の中は薄暗くなる。アリスはそれを確認した後に、球体にあるスイッチを押した。すると、突出した部分から光が発せられ、天井に星空を作った。
「おー、すげー!」
魔理沙は子供のようにその星空を眺める。外の光が漏れてうっすらとしているが、確かに天井に星が瞬いていた。
「ふん……」
アリスは近くに置いてあった椅子に座って、同じく上を向いて星を眺める。しばらくしていると、球体に付いていたスピーカーからは幻想的な音楽が流れ始めた。もう随分と古いために、所々飛び飛びになってはいるが。
「アリスはいつこれを知ったんだ?」
「年始に宴会に行ったとき、ここの噂を聞いたのよ。興味がてら見に行ったらこれを見つけたの」
「へぇ、じゃあ今日もアリスはこれを見に?」
「ええ、さすがに立って見るのも疲れるし、今日は椅子を探していたのだけれどね。そしたらなんか爆音がするし、行ってみればあんたがいるし、よ」
魔理沙はふと、星空の中にぽっかりと開いている空白の部分を発見した。球体を見てみると、その部分だけレンズが割れている。
「ああ、そこは割れちゃっているのよね。そこだけ見れないのよ」
「ふぅん、じゃあ作ればいいさ」
魔理沙は指を空白の部分に向ける。発光した緑色の光の粒が飛んで天井にくっつき、光を放つ。
「色が……」
「ああ、それは我慢してくれ、私の力不足だ」
「別に、期待してないわ。それに、綺麗だし」
魔理沙は驚いてアリスを見た。まさかアリスからそんな感想をもらえるとは思いもしなかったのだ。しかし、彼女は顔色一つ変えずに天井を見つめていた。
しばらくして、日が沈みかけた頃。二人は一緒に廃墟を出る。
「そういやお前、少し鍛えたらどうだ」
「なによいきなり」
「あんな小さな椅子くらい落とすことも無かったろ」
「何のこと?」
「とぼけるなよ、東側の二階で椅子を探していたんだろ?」
その言葉に、アリスは立ち止まって首をかしげた。
「いえ、私は東なんていってないわ」
そして、魔理沙も立ち止まる。
「え?」
「西にも同じような教室があったじゃないの、そこから椅子を持ってきたのよ」
「じゃあ、私が東の一階で聞いた二階の音はなんだったんだ……?」
振り返って、廃墟を見上げてみる。その窓の一つに、人影が見えたような気がした。
実際許可を取ったのかどうかは知らんが、それらを臭わせるような文は書かん方がいいお
未成年が興味本位で真似してトラブルに巻き込まれたらいかんだろ
話は好きなだけに後書きが残念
そう私は思ってます。
廃墟とは、忘れ去られたところ。
不気味さを感じたことはないのですが、きっと幻想にも近いのですね。
ラストで話にふくらみを持たせても、それ以前に興味を引いてないから読み終えて「だから何?」としか感じられない
廃屋そのものが巨大な妖怪と化したとか、ありがちだけどホラー映画チックな展開だとまた違った面白味があったと思うんだけど
これぞ廃墟
まあ曰くありげな所なら何か欲しいかもしれないが
もの足りなさがあったもののすいすい読めました
誤字報告>表紙→拍子
もっとその人影とかについての話が欲しいけど、
ヘタに描写するよりは怖さが引き立ってるかな
メインはほのぼの
そこにぞくっとスパイスを
ホラーっぽさをもう少し出して欲しかったです。