【注意】
この話では、霊夢がぽけぽけした巫女さんではありません。
あなたの霊夢像にそぐわない場合がございます。
それでも良ければどうぞー。
●月△日 晴れ
本日より、人間の観察日記を開始する。
これは、妖怪の賢者からの直々の依頼だ。
報酬は魔導書5冊。
全てが、滅多にお目にかかれない貴重な代物だ。
私は迷うことなく取引を承諾した。
この依頼で順守することは二点。
一つ・観察の対象は、博麗の巫女であること。
一つ・二週間行うこと。
この二つだ。
詳しくは説明されなかったが、どうやら巫女としての適性検査のようなものでもあるらしい。
報告を見て、巫女として問題があるかないかを見定めるそうだ。
問題があったらどうなるか・・・
そんなのは、私の知ったことではない。
どういう状態が問題なのかもわからない。
私はただ、ありのままを記録するだけだ。
早速、書き込んでいこうと思う。
本日の巫女は、午前7時に起床。
起きてすぐに井戸から水を汲み、軽い水浴びをする。
夏とはいえ、流石に浴室で行っていた。
8時35分より食事を作り始め、9時10分より食べ始める。
献立は、白米にワカメのお味噌汁、漬物、数種類の山菜の和え物だ。
なんとも質素な食事である。
これが、精進料理というものだろうか?
食事と後片付けが終わると、しばらくは縁側でお茶をすすってのんびりとする。
何を考えているのだろうか。
何も考えていないのだろうか。
只々無言で、座布団に座っている。
まるで仏像のようだ。
昼は食べなかった。
13時過ぎからは湯呑を片づけ、おもむろに外に出た。
離れた場所にある蔵から一本の竹ぼうきを持ち出し、掃き掃除を始める。
この季節だと葉よりも、蝉の死骸の片づけといった感じである。
境内から母屋、周囲の木々の根元、そして蔵の周りに井戸の周り・・・
敷地内を一回りすると、すでに時間は15時を過ぎていた。
始めた時と何も変わらない様子で、巫女は箒を片づけた。
そのあとは再びお茶をすする。
今度は茶菓子として、饅頭が4つほど出てきた。
ゆっくりとすすり、ゆっくりと食べる。
まるで、周囲の時間が止まってしまったかのような錯覚を覚えた。
周りの蝉の鳴き声が、やけに早く感じる。
夏の日差しも強く暑い中、巫女は熱い茶をすすり続けた。
18時ごろになると、巫女は夕食を作り始めた。
夕食は素麺のようだ。
この巫女は本当に肉を食べないのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。宴会などではよく肉や魚も出されている。
今日がたまたま精進料理のような献立になったに違いない。
一人分の素麺を、巫女はずるずるとすする。
物音は、それ以外には蝉の声しかないようだ。
ただただ、淡い明かりの中で、ずるずると
一人で、すすっていた。
巫女の夜は早い。
どうやら、彼女が遅くまで起きているのは宴会のときくらいらしい。
今日は、20時ごろには床についた。
毎日この時間に寝て、毎朝7時に起きているのだとしたら、相当健康的な生活を送っていることになる。
なぜ出るところが出ないのかが不思議でならない。
いや、個人差なので深くは考えないことにする。
巫女は明かりを消してから、すぐに横になった。
今日の観察はここまでとする。
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●月□△日、曇り
観察を始めて1週間が経過した。
読んできたならわかると思うが、ここまでのほとんどすべてが同じ内容であり、違いが出たのは夕食の献立くらいであった。
なので、違いがあった場合のみ、違いについて記述しようと思う。
早速だが、今日は普段とは違う一日だった。
詳細について書き込んでいくことにする。
日課の掃き掃除も折り返し地点に差し掛かった、14時02分。
普通の魔法使い、霧雨魔理沙が境内に降り立った。
降り立ったときに生じた旋風で、撮影のために設置しておいた人形のうちの2体が吹き飛ばされてしまった。
なんというはた迷惑なやつだろう。
魔理沙を確認した巫女は、掃除を中断して母屋の中へと戻って行った。
魔理沙はそれを見て、母屋の縁側へと腰をかける。
そのまま、3分ほどが経過した。
足をぶらぶらとさせて手持無沙汰にしていた魔理沙の隣に、二人分のお茶と煎餅をもって巫女が現れた。
待ってましたと言わんばかりに魔理沙は煎餅の入った木製の器をひったくる。
いつものことなのか、巫女は気にした様子もなく湯呑を置く。
そのまま二人は会話を始めた。
この日記は、私自身が観察をして書いているわけではない。
人形を十数体忍ばせ、そのときの光景を記憶させ、のちに回収しているのである。
あまり近くには配置できない。
巫女に感づかれる恐れがあるし、回収にも手間取るからだ。
部屋の内部は魔法によってのぞき見ることができるが、音声はそうはいかない。
初日の素麺の音も、かすかに聞こえてきただけなので、確実にその音だけだったとは断言できない。
そして、このときの会話の記録も不鮮明で、内容を把握することはできなかった。
声のトーンから察するに、異常に盛り上がる魔理沙と、淡々と声色を変えない巫女といった感じである。
身を乗り出して、身振り手振りで会話をする魔理沙。
動きはなく、相手の顔だけ見てそれを受ける巫女。
喜怒哀楽がすぐに出る、表情豊かな魔理沙。
表情が変わらない、まるで能面のような巫女。
およそ1時間ほどで魔理沙は帰って行った。
霊夢は見送った後、何事もなかったかのようにすっくと立ち上がり、片づけを始めた。
結局、掃除が1時間遅れただけで、他の日とまるで変わらない様子だった。
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●月□×日、曇りのち雨
この日も、2人の来客があった。
紅魔館の主である吸血鬼、レミリア・スカーレット。
そしてその従者、十六夜咲夜である。
2人は11時ごろに神社に訪れた。
巫女はやはり、魔理沙のときと寸分違わない動きを行う。
違うのは、湯呑が3つで茶菓子の量も増えていたことくらいだろうか。
基本的に話すのはレミリアのみ。
霊夢はそれに相槌をうち、咲夜はそれを見守る。
恐ろしい吸血鬼といえどもまだ年若いからか、コロコロと表情を変えるレミリア。
それを、微笑ましそうに見つめる咲夜。
一人能面のような霊夢。
見守っている咲夜が無表情なら理解できる。
だが、話している当人が表情を変えないというのはどうだろうかと思う。
まぁ、いつもどおりなのだろう。
三人はなにも気にすることなく、話をつづけていた。
小一時間すると、レミリアは咲夜を引き連れて帰って行った。
この間と同じように、片づけをする霊夢。
宴会のときはもう少し表情豊かだったと思うが。
こんなだったのだろうか?それとも、私の記憶違いだろうか?
30分ほどしたら、急に雨が降り始めた。
おそらくレミリアは、これを見越して切り上げたのだろう。
霊夢はそれを見て、やはりなにも表情に出さなかった。
他に変わったことと言えば、境内の掃除が無かったことくらいだった。
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●月△◎日、晴れのち曇り
この日は、朝早くから巫女は出かけた。
この日記を書いている最中に知ったことだが、どうやらなにか異変が起こったようだ。
結局帰ってきたのは19時30分ごろだった。
それ以外はやはり変わらぬ一日だった。
最終日がこのような内容になってしまったが、これで観察日記は終了である。
賢者様のお役に立ててもらえれば幸いだ。
アリス・マーガトロイド
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さて、この本は、博霊の巫女である博麗霊夢の観察日記である。
同じものを八雲紫との取引で書き留めたが、これは提出するものではない。
個人的に霊夢に興味が湧いてきたので、私個人で続けることにする。
この中書きより前の部分は、紫に渡したものと同一の内容が書いてある。
ここから先が、紫に提出する必要のない・・・言わば、自己満足の観察だ。
ここで、なぜ興味が湧いたのかを書こうかと思ったのだが・・・
どうにもはっきりしない。
あの人形のような素顔と表情に、人形遣いとして惹かれたのか。
宴会の時と普段とのギャップが気になって、好奇心が疼いたのか。
ともかく、かけるところまで書こうと思う。
はっきりと理由がわかった時には、それも書き込むことにしよう。
特に変化のなかった日は、特になしの一言で済まそうと思う。
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●月□■日、曇り
個人的に観察を始めて1週間目のこの日、烏天狗の射命丸文が神社を訪れた。
新聞を配りに来ただけというわけでもないらしく、しきりに何かを話している。
霊夢は興味なさげに、しっしと手を振って追い払いにかかっているが、文もしつこく食い下がっている。
やがて霊夢は大きくため息をつき、コクリと頷いた。
それを確認した文はガッツポーズを決め、文字通り飛び上がり、あっという間に飛び去って行ってしまった。
もう一度大きく肩を落とすと、霊夢は自分の前に置いてあった湯呑を片づけた。
そして軽く身支度を整えると、飛び去ってしまった。
3~4時間ほどたってから、霊夢は両手に袋を抱えて帰ってきた。
それを縁側に置くと、唐突に叫びだす。
「・・・お~い!萃香!いるなら出てきなさい!!」
流石に大声だったせいか、人形にもしっかりと録音されていた。
その一言から10秒もしないうちに、霊夢の眼前に霧が立ち込める。
その超局所的な霧は、少しづつ密度を増していき・・・いつの間にか、そこには少女が現れた。
伊吹萃香。密と疎を操る、鬼の四天王の一角だ。
霊夢から二言三言何かを聞かされた萃香は、一度だけドンと胸を叩いてから再び霧に戻った。
ここで私はなにが起こるのかを把握する。
霊夢が萃香をあてにするなど、宴会しか考えられない。
恐らくその能力を使って、参加者を萃めるのだろう。
翌日知ったことだが。
文は、妖怪の山に新たに住み着いた二人の神。
八坂神奈子と、洩矢諏訪子の二人から頼まれて、博麗神社の宴会をセッティングしてもらったらしい。
なにが狙いかは知ったことではない。恐らく、信仰がどうとかという話だろう。
当の霊夢は断り切れずに、宴会を開くことを承諾したようだ。
それも、開催は三日後。かなり急なことであった。
だが、この幻想郷の住人の中に時間に関係することを順守する輩なんていうものは、従者くらいしかいない。
みな、自己中なのだ。
宴会の買い出しから帰った霊夢は、この日もいつもどおりだった。
違うことと言えば、作れるだけの宴会料理を作り始めたことぐらいだろう。
帰宅した私の家には、文の新聞が放り込まれていた。
その中には珍しく、チラシが一枚。
内容は、只の一言。
『博麗神社にて、明日宴会を開催。参加者募集!』
こんなものを用意しなくても、萃香の能力で人は集まるだろうに。
そう思わずにはいられなかった。
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●月□◎日、晴れ
この日は、神社にて宴会が催された。
私自身も参加したので、その詳細も記しておく。
私は宴会が始まるより5時間ほど早くに神社に到着した。
見ると、霊夢がせっせと準備に奔走しているようだった。萃香はいないらしい。
結局一人ですべてを行う霊夢を見かねて、私は台所に突撃した。
一瞬、ぽかんと呆けた顔をされたが、すぐにあの無表情に変わった。
珍しい人物が、珍しい時間に来て、しかも手伝いを申し出たことに驚いたらしい。
一言、「失礼しちゃうわ」とだけ言ってから、私は手伝いを始めた。
必要以上の会話はなかったが、不思議と居心地は悪くなかった。
なんというか、安心する。
あの、全てを来るもの拒まずな態度のせいだろうか。
・・・いや、なんだろうか。違和感を感じる。
安心感に包まれている心に、ひっそりと潜む違和感。
来るもの拒まずなのは確かにそうなのだが、どことなく心に引っかかる。
何と言えばいいのかはわからない。
わからないまま、時は過ぎた。
予定の時間よりもだいぶ早く準備が終わった。
霊夢は「ありがとう」と言って、ニコリと笑顔になった。
いや、笑顔を作った。
ここ数週間にわたって観察してきた私にはわかった。
これは、笑顔になったのではない。
笑顔を作ったのだ。
偽物なのだ。
どことなく、拒絶されているように感じた。
本当に感謝しているのか、私にはわからない。
その作られた顔が、内面を覆い隠してしまっている。
その笑顔自体もすぐにかき消え、もとの能面に戻ってしまった。
・・・いや、そこには笑顔なんてなくて、ずっとずっと能面のままだったのかもしれない。
本心を推し量ることができないまま、宴会の参加者が集まってきたため、霊夢は私の相手をしていられなくなってしまった。
幻想郷において、知らぬ者はないメンバーがそろった。
紅魔館の吸血鬼、冥界の死霊嬢、竹林の姫、妖怪の賢者。
そして今回の主賓である、山の神が2人。
それ以外にも、大勢の妖怪、人間、妖精が集まってきていた。
私ももちろん、その中の一人。
しばらくしてから、霊夢は杯を片手に挨拶を述べる。
一応神を迎えたからだろう、普段にはないくらいに形式ばっていた。
堅苦しい言葉を羅列し、最後に一言。
「・・・とまぁ、ガチガチに色々と言ったけれど、ともかく今日は楽しんでいってちょうだい。乾杯!」
『乾杯!!』
音頭に合わせて、静かだった場が騒音で埋め尽くされる。
プリズムリバー三姉妹の演奏とともに、宴会は盛大に開催された。
私はというと、何人かの顔見知りに混じって飲みながら、やはり霊夢を観察していた。
魔理沙やレミリアや萃香といった名の通ったやつらから、里の人間や近所の妖精まで、あらゆる種族の有象無象が霊夢に群がっている。
そのすべてを、霊夢はわけ隔てなく、全く同じように接していた。
魔理沙に対する態度も、近所の妖精に対する態度も、はたから見ると全く変わりがない。
人形遣いの私から見れば、まるで私の人形と瓜二つだった。
命令を忠実に遂行するだけの、己の意思のない空虚なヒトガタ。
違うのは、それが木製なのか、生身なのか。
ただそれだけ。
感情の無い人間などいない。
意思があるということは、人間という種の一番の特徴であり、ここまで繁栄してきたもっとも大きな理由である。
博麗霊夢の感情は、本心は、どこにあるのだろうか。
そんなことを大真面目に考えていると、気がつけば時間は大きく過ぎ去っていた。
ボーっと杯を眺めていると、突如、耳をつんざくほどの喧騒が響き渡った。
驚いてそちらを見やると、そこでは今まさに、魔理沙が霊夢に背負い投げをされる瞬間だった。
あまり大きくはないが、かなり鈍い音と共に地に倒れ伏す魔理沙。
しばらくはピクピクと体を震わせていたが、そのうち動かなくなってしまった。
投げ飛ばした当人はというと、今度はレミリアに何やらガンをつけていた。
レミリアも負けじと対抗しているのだが、心なしか腰が引けている。
しばらく二人はにらみ合っていたが、突然レミリアが鼻を押さえて顔をそむけた。
同時に、「臭い!どれだけ飲んでいるのよ!」という非難の声があがる。
よく見ると、こちらからは死角になっている霊夢の右手には、特大の杯が乗っかっており、その存在感を誇示していた。
なんだ、そういうことか。
どうやら霊夢は絡み酒らしい。
私は、普段はここまで残らない。
宴会というものにはそこまでの興味はなかったし、することと言えば他の魔法使いとの交流くらいのものだったからだ。
霊夢に気を取られてしまっていたが、それ以外の場所も相当ひどいことになっていた。
一言で言い表せば、『死屍累々』
主賓は酔いつぶれ、幽霊嬢も酔いつぶれ、月の民はすでにその場におらず、八雲の者たちは今まさに帰ろうとしているところだった。
『宴もたけなわ』という言葉が脳によぎった。正しい使い方ではないが、もう終わりに近づいていることは確かなので気にしない。
こんな時間まで我を忘れて考え込んでいたとは、猛省せねばなるまい。
悪癖として、今後直していく努力をしたいと思う。
再び霊夢を見ると、楽しそうにケラケラと笑っていた。
それを見て、ものすごい衝撃を受けた。
それは、今までに見たこともないくらいに感情的で、少女らしい、心からの笑顔に見えた。
先ほど見た作りものではなく、正真正銘の笑顔。
今までの私の中の『博麗霊夢』を壊すのに、十分すぎるインパクトがあった。
そしてなにより、まぶしかった。
こんな笑顔ができるのか、あの能面女は。
目を離せなくなった。
なぜか見てると、嬉しさがこみ上げてきた。
こちらまで笑顔になってしまった。
観察し続けた成果を得たからだと思う。
思うことにしておいた。
最終的に、霊夢が酔いつぶれたところで宴会は終了ということになった。
夢の世界に旅立った主人を、従者がせっせと連れ帰る。
そんな光景を見送ってから、私は萃香のもとへと歩いて行った。
私が霊夢を寝所に運んでおくことを告げると、萃香は一度ぽかんと呆けてから、言った。
「・・・あ、ああ。そいつは助かる。私はゴミを萃めて処分しておくから、他の細かいところは頼むよ」
どうやら、萃香は・・・というか、鬼は細かい仕事が苦手らしい。
霊夢を寝かしつける時も、座布団を縦に並べてその上に放っておいたというのだから、そのアバウトさが伺える。
その話を聞いてから苦笑すると、萃香は顔を真っ赤にして怒りだした。
ごめんなさいと一言謝ってから、人形に霊夢を担がせる。
能力を使い始めた萃香の隣を通り過ぎ、私は霊夢を寝所へと運んだ。
布団を敷き、霊夢の体を横たえる。
安心しきった寝顔は、この巫女には最も似つかわしくないものだった。
まぁ、似つかわしくないというだけだ。
この顔を見ていると、やはり霊夢も年頃の少女なんだと感じる。
なにかあった時に対応できるように、人形を一体だけ枕元に残して、私は食器類の後片付けに入った。
目眩がしてきたころだった。
・・・ああ、なぜ目眩がしたかというと、単にその膨大な後始末に疲労困憊だったというだけなのだが。
ともかくそのころに、人形になにか異常が現れたということが分かった。
埋め込んでおいた魔法の糸が、直接私に伝えてきた。
人形の身に何かが起こっていることを。
侵入者かもしれない。
私は聞いたことはないが、博麗の巫女に恨みを持つ者かもしれない。
私は慎重に、寝室の入り口に移動した。
中から、何か音が聞こえる。
物音なのか、話声かはわからない。
異常を知らせている人形のスイッチを遠隔操作して、音声を記録・伝達するように設定した。
音の正体を正確に知ってからのほうが動きやすいだろう。
くぐもった音が聞こえてきた。
もそもそとハッキリしない人間の声と、何かをすする音。
これだけではよくわからなかった。
魔力を大幅に消費することは避けたかったのだが、しかたなしに透視の魔法を使用することにした。
戦闘を仕掛けるにしても、相手の正体を知っていたほうがいい。
魔法使いなら特に、だ。
結論から言うと、侵入者はいなかった。
そこでは、先ほどまで寝ていたはずの霊夢が、上半身だけを布団から起こしていた。
両手で私の人形を抱いて、頭を埋めている。
聞こえてきた音声は、霊夢の声なのだろう。
ならばこの時折聞こえてくる、何かをずるずるとすする音は何なのだろうか。
聞き取れないくぐもった音を、とりあえず人形に録音しておくことにする。
雑音処理をすれば、聞き取れるくらいにはクリアな音になるだろう。
とりあえず、まだまだ片づけは終わりそうにない。
続きは明日の朝に、霊夢と行うことにしようと思う。
今日の分だけ、かなり長くなってしまった。
多くのことが起こりすぎた。
私の主観やら、反省も書いてしまった。
研究者の観察日記としてはあり得ないことだ。
これは普通の日記ではないというのに。
これらの部分は、後日修正を加
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「・・・えようと・・・思う・・・っと」
博麗神社の居間。
そこで、人形遣いのアリス・マーガトロイドはノートになにやら書き込んでいた。
右手で文字を書きつつ、左手は人形を持っている。
左耳に人形の口の部分をあてがっていた。
なにかぼそぼそと人形が喋っている。
いや、これは人形から音が出ているだけなのだろう。
口までが精巧に動くから、見たものは勘違いを起こすことは間違いない。
一通り書き終えたのか、アリスは手からペンを離した。
ノートを閉じ、うつむく。
うつむいたまま、動かない。
どうやら、人形が語る音声に聞き入っているようだ。
しばらくすると、ノートに雨が降った。
降ったというほどに大層な降水量というわけではなかったのだが、確かに降った。
そこに空は無く、雲は無い。
只、二つの眼があった。
雨がやんだ後、アリスは立ち上がった。
結局夜通し書いてしまった。
そろそろあの巫女が起きる時間だ。
彼女の起床時間は、私が一番よく知っている。
ノートをその場に残し、アリスは立ち上がった。
左手には、いまだに人形が握られていた。
わかった。
全てわかった。
霊夢から受ける安心感の、そのうちに潜む違和感も、
私がここまで霊夢に興味をもった理由も、
霊夢の笑顔に嬉しさを感じたわけも。
私は鏡を見ていたのだ。
そう悟り、力強く歩を進めた。
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「ほら、起きなさいよ。もう普段の起床時間を10分も過ぎているわよ」
霊夢の眼がゆっくりと開いていく。
焦点は定まっていない。
30秒ほどそのまま、天井を見上げ続けていた。
「起きなさいってば・・・片づけが残っているでしょう」
アリスが、ぼやけた眼の前に顔を出した。
ふらついていた焦点が、だんだんと、しかし確実にこちらを捉える。
「・・・・・・アリス?」
「何よ」
なんてことなく返事をする。
いつ気づくのか、少し楽しみだ。
「・・・・・・?・・・・・・・・・?・・・・・・!?」
しばらく呆けていた霊夢だが、気づいたとたんに跳ね起きた。
目にもとまらぬスピードで、両手と尻で後退する。
「な・・・な!?」
驚きで口を大きく開けて、こちらを指さす霊夢。
すでに下がるスペースはなく、壁を背負った状態だ。
ここまで過剰に反応されると、その、なんだ、流石に傷つく。
私は化け物かなにかか。
いや、そういえば化け物だったか。
「なんっ・・・あんたっ・・・!?」
「寝所まで運んでもらっておいて、その反応は心外だわ。まぁ、いいものが見られたから別にいいけど」
「・・・!!」
自分自身の言動に気がついたのか、顔を茹でタコのように真っ赤に染める。
なんだ、存外可愛いじゃないかこの娘。
ニヤケ顔を見せてみると、さらに顔が茹であがる。
どうやら声も出せない様子なので、私のほうから動くことにした。
「気分はどうなのよ。随分と飲んでいたみたいだけど」
「・・・・・・あ゛ー・・・結構酷いわ。頭痛い」
「ならもう少し横になっていなさい」
「・・・そうするわ」
素直に従い、布団に戻る霊夢。
まだ恥ずかしがっているのか、顔は赤いままだ。
布団に入ってから、霊夢は当然の疑問を口にする。
「・・・で、なんであんたがいるのよ」
「さっき言ったわ。酔いつぶれたあなたを寝かしつけてあげたんでしょう?」
「だから、なんであんたなのよ」
納得できないという風だった。
どうやら私が介抱することは、赤ん坊が二次方程式を解くかのような・・・
チルノがレミリアに勝つかのような・・・
そんな、あり得ないことだと思われているようだ。
「失礼しちゃうわね。そんなに薄情なやつだと思われているの?」
「実際そうじゃないの。魔法にしか興味の無い妖怪でしょうあんたは」
「まぁ、間違っていないけれどね。今はあなたにも興味があるわよ」
「・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
三度、霊夢の顔が朱に染まる。
反射的に上半身まで起こす始末だ。
はて、これは意味がわからない。
今の会話のどこに、恥ずかしがる要素があっただろうか。
「きょっ、きょきょきょうみって、興味ってなによ!」
「何って・・・」
ここで観察日記について話してもよいが、イメージは間違いなく悪くなるだろう。
博麗の巫女との交流というものは、この幻想郷において大きなアドバンテージになる。
ここは言わないことにしよう。
そう決めて、話をそらしにかかった。
「・・・そういえば、今日はやけに饒舌ね。表情もコロコロ変わるし、可愛いわ」
「なっ・・・!?」
再びの絶句。
いつもの能面顔からは想像できない顔だ。
怒りからなのか、恥ずかしさからなのか、口をパクパクと動かしている。
嬉しさを持って、それを眺めることにする。
だがしばらくすると、私の言葉の意味をハッキリと飲み込んだのだろう。
紅かった顔は白くなり、表情は消え、目は細まる。
1分程度で、もとの無表情な巫女に姿を変えていた。
それを見て、ついつい呆れのため息を漏らしてしまう。
「はぁ・・・私のポリシーって知ってるかしら?」
「・・・本気を出さないこと?」
「そうよ、本気を出さないこと。あなたのポリシーは、本性を表さないことかしら」
「・・・・・・何がよ」
もうそこに、先ほどまでの可愛らしい少女はいない。
いるのは、肉でできた生身のヒトガタ。
感情を出さない人形。
「私としてはね、年頃の娘がこうも流されているとね、ついついすくい上げたくなるのよ」
「わけがわからないわ」
「わかるでしょう?自分という殻に閉じこもったまま、時間という波に流されている哀れな亀よ、あなたは」
能面は、私の顔から目をそらす。
目をそらすのは、一種の防衛反応らしい。
己の心に踏み込ませぬための、苦肉の策なのだ。
「もっと、喜怒哀楽を出してもいいじゃないのよ。特に、知り合いの前では」
「・・・私はもとからこういう人間よ」
「それは嘘。さっきまでのあなたは、あんなに可愛いらしい子だったのに・・・今はまるで、そう、人形のようよ」
「人形遣い様にそう言われるとは光栄ね」
こちらを見もしない。
どうやら、このままやり過ごすつもりのようだ。
だが、そうはいかない。
私が許せない。
「ねぇ・・・何をそんなに怖がっているの?」
「!?」
そらされていた目が、再び向かい合う。
なんとも形容し難い、無表情。
今にも感情があふれ出しそうな、きわどい無表情で、霊夢はこちらを見た。
「付き合い方がわからない?『自分』を壊して近づくのが怖い?」
「・・・・・・」
「自分を演じて疲れない?つかず離れずがもどかしくはない?」
「・・・・・・」
何も答えは帰ってこない。
能面は反応をせず、ただ視線のみが交錯する。
沈黙が場を支配し始めた。
霊夢にとっては、さぞかし嫌な空気だろう。
その空気をも利用して、私は霊夢を追い詰める。
ただ、本心を知りたいがために。
ようやく、霊夢の口は開いた。
重々しく、若干震えて。
「・・・あんたに・・・・・・なにが・・・」
「わかるわ」
ハッキリとした返事に、霊夢は目を見開いた。
その瞳はうるんでいるが、やはり顔は崩さない。
「わかるわよ。少なくとも私は、今の『自分』を壊せないクチだからね」
霊夢が聞き入ったのを見て、私は語ることにした。
長いようで短い、自身の話を。
・・・実際のところ、そこまで中身の詰まった話ではなかったし。
「私はね、あなたたちに魔界を荒されて・・・その時に何もできなかった自分が悔しくて、力をつけるために魔法の修業にのめり込んだわ」
今思えば、あの頃の自分はなんて子供だったのだろうか。
『悔しい』『見返したい』『復讐したい』
そんな想いにたやすくとらわれ、それを日々の原動力としていた。
「来る日も来る日も修業に研究・・・そんなことをしているうちに、自分というものがわからなくなってしまった」
「・・・どういうこと?」
恐る恐るといった感じに、霊夢が訪ねてきた。
それを聞いて、私の口は動きが早まる。
「それまでの私を、母は天真爛漫だと言っていた。だけど、魔法に取りつかれた私を見て、母は恐れを顔に出して言ったわ。『人が変わってしまったようだ』と」
「・・・・・・」
「私は変わったつもりはなかった。気付かないうちに変えられてしまっただけ。魔法という復讐の道具に、ね」
そう、道具だったのだ。
私を変えてくれる、強くしてくれる、輝かせてくれる。
そんな、素敵な道具。そう思っていた。
母にそう言われるまでは。
「母の怯えた顔を見て、私は自分が嫌いになった。『復讐』にとらわれた自分が大嫌いになった。そしてその時には、昔の自分もすでに失ってしまっていた」
「・・・・・・」
「だから、私はここに来たの。ぐちゃぐちゃになってしまった『自分』を忘れたくて、三つ目の『自分』という仮面をつけて」
一人、故郷を捨ててきた。
後悔は、ある。
愛を注いでくれた母や、生まれ育った世界への愛情は、今も薄れることはない。
「今の、三つめの『自分』を失うのが怖い。これ以上、自分が自分で無くなることが耐えられない。だから、何事にも無関心な・・・魔法にだけ執着する『アリス』という仮面にこだわり続けているの」
「・・・・・・」
「だからかしらね。まるで能面のようなあなたを見ていると、自分のことのようで放っておけないのよ」
「・・・私は、謝るべきなのよね。あんたの人生を変えてしまったらしいし・・・・・・」
こんなときまで無表情を通す、その頑固さには感服せざるを得なかった。
苦笑で返しながら、少々おどけて言う。
「それはもういいの。もう、気にしちゃしないわ。今の私が気にしているのは、あなたよ」
「・・・・・・余計なお世話よ。・・・それに・・・」
霊夢は相変わらずの表情のまま、うつむいて口ごもった。
顔は見えなくなったが、私は先を促す。
「それに?」
「・・・・・・・・・あんたの理由と、私の理由は少し違うわ」
どうやら、私が考えていたよりも根が深い問題のようだ。
だが、そんなことは―――
「―――関係ないわよ。理由が同じとか、違うとかじゃない。あなたは本当はどうしたいかが重要なのよ」
そう、要はそこなのだ。
自分の本心は、どうなのか。
本心が、仮面で見えなくなってはいないか。
もし見えるのなら、それを表に出すつもりはないのか。
見えないなら、探すつもりはないのか。
話を聞き終わり、私は黙った。
私の話はおしまい。
今度は、霊夢が吐き出す番だ。
そう、目で語る。
霊夢は一度だけ顔をあげて・・・目が合ったとたんに、再びうつむいた。
私の意図を理解しているのか、していないのかはわからない。
だが、霊夢はゆっくりと語りだした。
「・・・私は、博麗の巫女として生きてきた。巫女の霊夢としてここにいるわ。だから、巫女としての接し方以外は知らないわ」
「・・・巫女としての?」
「そうよ、この感情の無い『私』は、博麗の巫女としてあるべき形なの」
「・・・わからないわ」
「わかる必要はないわ。『全てに平等であれ』・・・これを実行するには、今の私が一番都合がいいだけなのよ」
理由の意味がわからなかった。
理解もできなかった。
唯一理解できたことと言えば、一つしかない。
霊夢も仮面に苦しんでいる。
それだけだ。
「・・・やっぱり苦しいんじゃいの」
「苦しくなんかない」
「じゃあ、つらい?」
「つらくもないわ」
「悲しい?」
「それもないわよ」
「でも、あなたの本心は、そうは言っていないわ」
「・・・さっきも言ったけど・・・あんたになにがわかるのよ!!」
激昂し、霊夢は叫んだ。
その声が、木の壁で反射し、私の耳を裂く。
壊れかけた仮面の奥から怒りをあらわにして、肩を上下に揺らしながら息をついていた。
そんなに認めたくないのだろうか。
そんなに押し殺したいのだろうか。
その奥は、こんなにも煮えたぎっているというのに。
ならば、そうだ。
壊してしまおう。
その、ヒビの入った仮面を。
「・・・あなたに、聞かせたいものがあるわ」
一言だけ前置きをして、私は懐から人形を取り出した。
いまだに怒りに身を震わせる霊夢に、人形の顔を向ける。
そして一言、魔法の呪文を唱えた。
人形が、動き出す。
人形の口が、動き出す。
『・・・・・・ぃよぅ・・・』
「・・・?」
聞こえ始めた音声に、霊夢の表情に疑問の色が浮かび始める。
これはなんの音だろうか。
『・・・・・・さみしいよぉ・・・』
「!?」
それは、間違いなく博麗の巫女の声だった。
か細く、弱弱しい声で呟いている。
『・・・だれも・・・ぐすっ・・・いなくなっちゃ・・・た』
同時に、水音も聞こえてきた。
鼻をすする音とともに。
『・・・ちが・・・う・・・・・・はじめから・・・だ・・・』
若干くぐもった、悲しみを湛えた少女の泣き声が、鼓膜を振動させ続ける。
『だれも・・・いない・・・・・・近づけない・・・・・・ぐすっ』
『くるしい・・・いやぁ・・・つめたい・・・』
『ひとりは・・・いやなのにぃ・・・・・・』
ここまでだった。
これ以上の音声は、記録されていない。
いや、ノイズを取ろうと思考錯誤したのだが、他の部分は聞き取れるまでにはいかなかったのだ。
だがこれで、十分だ。
「・・・これは・・・何?」
顔面を蒼白にして、巫女は頭を振りながら尋ねた。
まるで、己の声で紡がれた言葉が信じられないかのように。
そんな霊夢に向かい、人形を懐にしまいながら、淡々と事実を答える。
「あなたは、あなた自身の口から、今の言葉を言ったのよ」
「う・・・嘘・・・よ・・・」
「嘘じゃないわ。今の人形は、魔法で音声を記録できる代物なの。なんなら、調べてもらっても構わないわ」
「嘘・・・うそ・・・・・・」
亀裂が入る。
「嘘・・・嘘!嘘嘘嘘嘘嘘うそうそうそうそうそウソウソウソウソウソ!!!全部ウソよッッ!!!!」
頭を抱えながら、ブンブンと左右に振る。
何物をも拒絶するような、全てを耐えようとするような、そんな顔で懸命に否定する。
言葉だけで。
「違う!私は・・・私はそんなこと言わない!!!」
「言うわ。酔いか眠気か、あるいは両方かはわからないけど・・・あなたの本心が、無意識に顔を出したのよ」
「違うッ!!違うわ・・・違うの!!!」
亀裂は広がり、瓦解していく。
壊れた仮面は、もう元には戻せない。
いつしか両目から涙をあふれさせ、ただただ否定をつづけていた。
「違う!嘘・・・違うの・・・嘘なのよ・・・なにかの間違い・・・ちがうぅぅ・・・」
自分をさらけ出し、感情に流され、それでも認めようとしない。
その頑なな姿を見て、私もいつの間にか泣いていた。
だってそれは、どう見ても自分の写し鏡。
いつかの私。
今の私。
これからの私。
私が、目の前で泣いていた。
それを見て、悲しくならない私はいない。
「・・・違くなんか・・・ないわ・・・今だけでいいから、認めてしまいなさい。一瞬でいいから認めるの。それだけで、いいの」
それが、自分を救う方法だと知っているから。
いつか己を失ったときに、したように。
本心を、本心として認めさせる。
今だけだ。
次の瞬間からは、本心じゃなくてもいい。
仮面で覆い隠してもいい。
一瞬でいいから、表に出して・・・
そして・・・
「吐き出してしまいなさい・・・全部」
「あ・・・・・・うあ"ぁ・・・ぁあ!あぁあ"ああ!うわあああ"あ"あぁぁぁぁああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
そこでは、一人の少女が泣いていた。
大きな声で、辛くて、悲しくて、寂しくて、苦しいと、吐き出して泣いていた。
それを受け止める少女も、泣いていた。
小さな声で、辛さも、悲しさも、寂しさも、苦しさも、受け止めて泣いていた。
夏の終わり
秋の始まり
その日の朝
二人の少女は、泣いていた
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△月●日、晴れ
今日も、博麗神社に足を運んだ。
掃除が終わってのんびりとしていた霊夢に、声をかける。
相変わらずの能面のような無表情で応対された。
いつものことだ。
今日のお茶菓子は、私が買ってきた羊羹だ。
持ってきた羊羹を見せると、霊夢が笑顔を作って礼を言う。
これも、いつも通りのこと。
他愛もない世間話をする。
傍から見ると、このときの私たちはどのように見えているのだろう。
さしずめ、『二枚の能面』だろうか。
今度、人形に記録して確認してみることにする。
最後の羊羹を霊夢が食べ終えてから、私は合図を送った。
簡単な、しかし確実な合図。
私自身の仮面を取って、とびきりの笑顔で霊夢を見た。
この場にふさわしい、笑顔。
友人に向ける笑顔。
心からの、笑顔。
それを見た霊夢は、同じく笑顔で返してきた。
それは、これまでの能面ではない。
仮面の奥に眠らせていた、本心の笑顔だ。
その、ほんの一回の笑顔を見てから、私は帰ることにした。
帰ることを告げると、霊夢は見送りに鳥居までついてきた。
その顔には、すでに仮面が張り付いている。
「じゃあ、またね」と言って、飛び立とうとした時に、霊夢は私の肩を掴んで、耳元で囁いた。
「いつも、ありがとう。待ってるわ」
驚いて振り返ると、待っていたのは無表情。
だから私も、すぐに驚きを仮面の下に隠す。
そして、飛び立った。
振り返ると、霊夢はずっと立っていた。
鳥居のそばで、ただただ立ち続けていた。
何度も振り返るが、霊夢はその場を動かない。
何度も何度も振り返る。
そこには変わらず、鳥居と霊夢が見えた。
結局、見えなくなるまで霊夢はそこにいた。
私には、霊夢の事情はわからない。
いつか聞き直したら、こう返された。
「博麗の巫女としてふさわしくあらねばならない。だから、私は私を殺すのよ」
その真意はわからない。
多分、一生教えてはくれないのだろう。
わかっていることは一つだけ。
霊夢はこれからも仮面を外さない。
でも、私は知っている。
この仮面は、毎日つけ続けるには重すぎる。
だから、私が外す機会をあげることにした。
一週間に一度だけ、私は霊夢と仮面を外す。
ほんの一瞬だけ。
そのひと時だけ。
それでいい。
それでいいのだ。
それで私たちの心は救われる。
その一瞬を、心待ちにできる。
その一瞬で、全てを吐き出せる。
私も、同じ穴の狢。
だからわかっている。
だから、来週も霊夢に会いに行こうと思う。
FIN
幻想郷に生きる者なら、弱い霊夢は見たくないですよね……難しい。
心の底から全てに平等に、なんて出来ないか…
いつかアリス以外にも気付いてくれる人は見つかるだろうか
これを見越して紫はアリスに調査を依頼したのだろうかと妄想が……やっぱりレイアリはイイね!
長編も期待しています。
霊夢とアリスの組み合わせは本当に良すぎる!レイアリ万歳!!!!!
もっと広がれレイアリの輪!
素晴らしいの一言につきますね。
もっともっと広がれ、レイアリの輪!!
オリジナル設定を入れる場合、可能ならその理由が描かれていれば感情移入しやすかったと思います。
部分からちょっとご都合主義過ぎる感が鼻についた。
てかぶっちゃけアリス、ストーカーと同じなんだよなw
まあアリスなら俺も大歓迎なんだが。
あと今のままだと紫が何のために日記を依頼したのか謎過ぎるから
紫がこうなる事を見越してアリスに依頼してたとか適当な理由を付けといた
方が良かったんじゃないかな。
コメント返しのようなものを少々・・・
>>64様と>>78様のご指摘は、ありがたい限りです。
特に>>78様の『紫が何のために日記を依頼したのか』の部分は、語るべきだったと後悔をしております。いまさらですが。
そこを語っていないがゆえに、『似た者同士のアリスがいい影響を与えることを見越して、紫はアリスに調査を依頼したのだろうか』と解釈した方が
大勢いらっしゃり、そのようなことを全く意図していなかった私としては目から鱗でございました。
いまさら私の考えを出すというのもあれなのですが・・・
紫には悪役になってほしかったんですよね。「四六時中見張っている。だから巫女としてしっかりやれ」みたいな感じの。
霊夢にしたって、見張られていたことに気付かなかったのかというのは、我々にはわからないわけで。
自分の考えを文章を通して相手に伝える・・・そのことのむずかしさを痛感しております。
次回作にこの反省を生かせればと思います。
思うところがあって、次回作はレイアリではないかもしれません。
自分がどこまでやれるのか、試してみたいと思います。
それらを認めた上で、己の殻を破っちまえばいいんですよね
まぁ、俺は開き直ってるだけなんですけどねww
ところでアリスこれやっぱり普通にストーk(ry
やはり、こういった場では一人一人の持つ幻想郷のイメージが異なる点、これがまた面白いと思います。
良い作品をありがとうございます。
そんな私もアリスさんの来訪を心待ちにしております。
しかし、何年も被り続けてきた仮面が、説教されたぐらいで崩れるかなぁと思ったのでこの点数で
やはり時間の流れのせいか