『IPS細胞というので同性間でも子供が作れるらしい』と何かの本で読んだらしいアリスは、
『ならば人形間で子供が作れたって何ら不思議ではない』と言い、研究のためか自宅にひきこもった。
そして三日後に様子を見にいくと、ひどくがっかりした様子のアリスがいる。
「ああメディ、いらっしゃい」
声にも覇気がない。
「なんだってそんなに打ちひしがれているの」
「実は、前に言った研究、あれが成功したのよ」
IPS細胞が云々、というやつだろうか。にしては、これっぽちも嬉しそうじゃない。
「ほら、これなんだけど」そう言って、アリスは机の上に置かれた人形を指差した。
何の変哲もない人形だった。
「知ってた?メディ、人形というのは布やら綿やらで出来ているの。これに関しては」
「まあ、そうよね」
「……はあ」
この人形を、アリスは自分で作ったらしい。
つまり、新しく人形を作り、設定上、人形同士の子供だということにしてしまえば事足りるのだ。
そのことに気付いたアリスは、落胆しながらも惰性でこの人形を作り上げたのだろう。
「やはり科学の力には勝てないのかしらね」
「いや、科学は関係ないと思う」そう言って慰めてやるのが精一杯だ。
「まあせっかくだから、この子の両親を決めてしまいましょうか」
「まだ決めてなかったのね」
アリスは立ち上がり、飾られた人形達を物色する。生まれた後で親が決められるなんて、なかなか複雑な家庭環境にある奴だ。私は机に一人置かれた人形に同情した。
「決まったわ」アリスが人形を片手に戻ってきた。
「はい、かたや期待の新星、大江戸爆薬からくり人形」
よりによってそいつか。私は机に一人置かれた人形に深く同情した。
「そしてもう一方は」
大江戸を不憫な人形の脇に置き、ビシッ、と効果音付きで私を指差す。
「メディ、貴女よ」
私はひたすら不憫な名も無き人形にも、特に意味もなく選ばれたであろう大江戸人形にも、私自身にも深く、深く同情し、そして言った。
「人を勝手に子持ちにしないでください!」思わず敬語になった。
言いながらバン、と机を叩く。この人形遣い、何を言ってやがる。
机が揺れ、バランスを崩した大江戸が倒れる。
そして、爆発した。まさかこれだけの衝撃で、と思う間もなく、隣の人形に誘爆した。たっぷり火薬を詰めていたらしい。
机が吹き飛び、火の粉が舞い、窓ガラスが割れ、家中で人形が散っていく。
隣を見ると、アリスがいない。玄関の扉が開いている。逃げ出しやがった。私も後を追った。
そして、瓦礫の山が出来上がった。耳を刺す爆音の群れが、いつまでも頭の中に残って気持ち悪い。
私は、ひとまず、他人からは予想もつかない生まれ方をし、望まぬ親を与えられた挙句にその片親の無理心中に巻き込まれ短い生涯を終えた哀れな人形の事は忘れ、アリスを元気づけてやることにした。
明日があるさ、とか、幻想郷ではよくあることよ、とか、心のこもらぬセリフを乱発していたが、一向に反応が返ってこないので、それきり二人とも黙ってしまった。
そう時間が経たない内に、ふう、と溜息を吐いてから、アリスが口を開いた。
「やれやれ、だわ」
それだけ言って、アリスは森の奥へと歩き、やがて見えなくなった。仕方がないので、私は鈴蘭畑へ帰ることにした。
次にアリスを見かけたとき、私は酷く憂鬱だった。名前の通りにメランコリックな気分だった。私がメランコなのにこれといった理由はなかった、が、そんな憂鬱は即座に吹き飛んだ。
「あらメディ、久しぶりね」前に会ったと時から三日しか経っていなかったが、そう言ったアリスの顔が妙に晴れやかだったので、突っ込みを入れる事は出来なかった。
何しているの、と聞くと、見たまんまよ、と答えた。アリスは釣りをしていた。
「何のために?」「それは魚を釣る為よ」
「何のために魚を釣るの?」「魚を釣るのは食べるためよ」
「そもそも、どうしてこんな所で魚を釣っていいるのよ」「だって、家が無くなってしまったんですもの」
その爽やかな笑顔は、家が無くなってしまった者が作れるものなのだろうか。家が爆発して塞ぎこんでいないかしら、と心配した私が馬鹿みたいだ。
「大体アリス、なんでそんな恰好してるの」突っ込み所はいろいろあるが、首が回らなくなりそうなので一つ一つ潰していく事にした。
「そんな恰好、と言われても」釣り竿を持ったまま、首を回す。「似合わないかしら?」
「いや、似合ってはいるけど」白のワンピースに麦わら帽子。それだけ。そんな服装で川辺の大きな岩に腰かけて釣り糸をたれていた。
「そんな恰好してるなんて、珍しいなと思って。いつもはもっと、こう…ごちゃごちゃしてるじゃない」私も、人の事は言えないのだが。
「ふふ、アウトドア仕様なのよ」
「…ああ、そう」
服装の謎は解決したので、二つ目。
「じゃあ、アリス…今、どこに住んでるの?」さっき家が無くなった、といっていたので、直ったわけじゃなさそうだけど。
「そこだけど」
「………?」
アリスが視線を向けた先には、木々の間に隠れるようにして、大きなテントがあった。
「……あれに?」
「そうだけど」
えらい生活の変わりようである。住居までアウトドア仕様。
「いやあ、新しい事に挑戦するのは、何であれ新鮮でいいわねえ」
魚も新鮮なのが一番だわ、と言いながら、釣り上げたばかりの魚から針を外し、大岩の横に置いてあるバケツに投げ入れた。
すっかりアウトドア生活者の貫録が出ている。
「魔法使いがそんなことでいいの?」
世の魔法使いに憧れている少年少女達が見たらグレそうな光景を見かねて、言ってやる。
「いいのよ、科学にも勝てない魔法なんて……」
まだ、引きずっていたらしい。
「そんなことより、魚、そんなにいっぱい釣っちゃって大丈夫なの?」
かなり大きめのバケツも、大量の魚で一杯だ。とても食べ切れる量じゃないと思う。そもそも、アリスって、食事いらないんじゃなかったっけ?
「あー、それなら大丈夫よ。………それっ」
パッ、と光ったかと思うと、バケツの中身が、魚ごと氷漬けになっていた。なるほど、保存も効きそうだ。
「うーん、やっぱり魔法って便利ねえ」
さっきと、言ってる事が違う。
とにかく、住居の謎も解決したので、三つ目。
「いったいなんで、こんな所で釣りをしてるの」
「だって、いい魚が釣れそうだったから」
私たちがいるのは、妖怪の山の中腹、その川岸。私がここにいた理由は、私がメランコリックだったのと同様に、特に無い。
アリスがここにいるのは、いい魚が釣れそうだから、らしい。そんな理由で山を登って、怒られないのかしら。
「弘法、筆を選ばず。私は、釣り竿を選ばないのよ」
今、私は、場所の話をしているのだ。そう言ってやろうとしたところ、別の声に邪魔された。
「ああっ、アリスさん、またですか!昨日、あれほど言ったのに!」
いったい誰だ。何処かで見たことがある。天狗だ。しこたま弾幕の写真を撮られたのだ。名前は、なんだっけ?
「ええと…ナントカ丸、ナントカ丸…そうだ、エビス丸!」
「射命丸 文よ!」
間違えたらしい。怒られた。このあたりで、ようやくアリスがこちらを向いた。
「……それで、その文々丸 文さんが、何の御用かしら」
「そっちは名前じゃない!射命丸です、シャメイマル!」
「ええー?…面倒ね、今日から新聞のほうも射命。新聞と改めなさい」
「何勝手な事を!」
「…じゃあ、名前のほうを文々丸に」
「ええい、埒があかないわ!…とにかく、昨日あれほど平身低頭懇切丁寧にここでは釣りも野宿もしないでください、と言ったのに、なぜ今日もここにいるのか説明してもらおうかしら?」
ほら、やっぱり怒られてる。しかし、アリスはここで引かなかった。
「別に、釣りをしているわけじゃないわ」
「じゃー、その手に持ってる物は何なんですか!?」
「これは、ただ『棒状の物に括りつけた針と糸をを水に垂らす遊び』に使う道具に過ぎないわ。餌を付けてないから魚の釣れる見込みが全く無いもの、これじゃ釣りとは呼べないわ」
いったい何だってそんな不毛な事をしてるのか、と聞くと、
「だってバケツが氷漬けになっちゃったし」と答えた。なるほど、これでは新しく魚を釣るわけにもいかない。キャッチアンドリリースなんてしたって、釣り針を引っかけられた魚の痛みはリリースされないのだ。
「あーもー、とにかく、早く荷物をまとめて山を下りなさい!……おとなしく従わないなら、実力行使も厭わないわよ……?」
ああ、堪忍袋がプッチン寸前だ。このままでは私も巻き込まれてしまうかもしれない。
「アリス、アリス。怒られてるわよ、早く言うとおりにしたほうがいいんじゃない?」
「………そもそも、一体何で私は怒られているのかしら」
はあ?と毒気を抜かれたように言ったのは天狗の方だ。
「それは、妖怪の山に勝手に入っているからでしょう!」
「変な話ね、わたしも妖怪だわ」
「…妖怪の山ってのは、我々天狗が管理しているのですよ。そこに無断で入ってくるって事は、妖怪だろうが何だろうが侵入者って事です」
へえ、つまり、私も危なかったのか。
「でも、貴方達天狗は、それこそ幻想郷中どこにでも現れるじゃない。
…自分は良くて他は駄目、ってのは、気に入らないわね」
「良いとか悪いとか、そういう問題じゃないのよ。…私も、上司に言われてしぶしぶ来たんだから。別にちょっとくらい鼠が入り込んだって私は構わないけど、怒られたくはないから」
「ふーん、どこの組織もそんなものなのかしらね」
傍から聞いてる私には、何が何やらわからない。
「……まあ、私は武力衝突はなるべく避けたい都会派なので、和平交渉には応じるつもりよ」
「…やっとわかっていただけましたか。それじゃ、山を下りてくれるんですね?」
やれやれ、と溜息を吐いて天狗が言った、が。
「それとこれとは話が別よ」
「ええ!?さっきのは何の意味があったの!?」
「…だって、あのテント張るのって、結構疲れるんですもの。もう二、三日は滞在しないと割に合わないわ」
「まだ住むつもり!…そもそも、何でこんなとこでテント張ってるのよ!?貴方には森に、立派な家があるでしょう!」
「……ああ、それは……」
アリスが口を開きかけたとき、ぐいん、と、釣り竿が揺れた。
「アリス、引いてるよ!」
「え、嘘?餌は付いてないはずなのに」
「水草にでも引っかかったんじゃあないですか?」
「…そうね、じゃ、釣れた物を貴方にあげるから、この場は見逃してくれる、っていうのは……」
「私、今、水草かもしれないって言ったばかりなんですけど!」
アリスはそんなことを言いながらも、ガリガリとリールを巻き続ける。そして、ようやく獲物が姿を現した。
「……」
「……」
「……」
「……どーも、河城にとりです」
人語を解す魚だった。おまけに自己紹介までした。
「…約束だからね」
「いや、いらないですって」
さっきの冗談は、本気だったのか。
「いやあ、助かったよ」
「…にとり、何があったのよ」
どうやら、アリスと謎の人面魚は知り合いらしい。ボロボロの服に引っかかった針を外して、にとりは言う。
「実は、新しいマシンの実験が、どうやら失敗してねー」
「ああ、それでそんなぼろぼろ河童の川流れに」
「ものすごい大爆発でさ、もう死ぬかと!」
「生きてて何よりだわ」
「うーん、アリスの釣り針のおかげかね。…で、何でこんなとこにいるの?」
「今日だけで何度目かしら。…端的に言うと、家が爆発してしまったのよ」
「ひゃあ、生きててよかったなあ!しかし、よくもまあ爆発に縁があること…そうだ、今のお礼も兼ねて、昼飯でもごちそうするよ、どう?」
「うん、ありがたく頂くわ。…そうね、これを材料にお願いできる?」
「おー、こりゃまた釣りまくったね!うん、久しぶりに腕がなるよ!」
バケツと釣り竿を持ったアリスは、人面魚と共に山を登って行った。
すっかりおいてけぼりにされた私と、文とかいう天狗が後に残された。
「……一緒に魚料理でも食べます?」
「……遠慮しとく」
私は、山を降りることにした。
次にアリスと会ったのは、妖怪の山で会った時からさらに一週間後だった。
「……何してるの?」
「あら、メディ。見たとおりよ」
見たとおり、アリスはまたも釣りをしていた。そう遠くない場所に、あの時見かけたテントがある。
アリスの服装もそのままだ。が、汚れているようには見えない。清潔なアウトドア生活を満喫しているらしい。
「今度はこんな所で?」
霧が深くて視界もまともじゃないのに、よくやるものだ。それとも、見つからなければ怒られない、とでも思ったのか。
この辺りには吸血鬼が住んでいるらしいけど。
「弘法、筆を選ばず。私は釣り場を選ばないのよ」
似たような言葉を、何処かで聞いた気がする。まあ確かに、アリスの横のバケツは相変わらずぎゅうぎゅうのすし詰め状態だ。
「…でも。まだ野宿を続けてるとは思わなかった」
さっき見に行ったばかりだったが、アリスの家は、相変わらずの瓦礫の山だった。まあ、当たり前か。
「それが、なんだか楽しくなってきちゃって。…メディ。私は最近、捨食、捨虫の法は、元々サバイバル生活を極める者が後世にこの自由な生きざまを伝えるために編み出したんじゃないかと思っているのよ」
とんでもない事を言い出した。
「本職の魔法使いの人が聞いたら、間違いなく怒るから、あんまり言わない方がいいよ、アリス」
「…む、失礼ね。わたしだって本職の魔法使いよ…きっと」
自分でも、自信が無くなってきてるんじゃないか。
「あら、もうこんな時間なのね」
アリスが振り向き、私もつられて視線を向けると、妖精の子供たちがこちらに飛んでくるのが見えた。
「やっほー、アリス」
青い服を着た妖精が言った。…どこかで見たことがある。
そうだ、、いつぞやの氷精!
あいつめ、いつか鈴蘭畑でスーさんを遊びで凍らせていやがったのだ。その時は自慢の毒で懲らしめてやったけど、また会う事になるとは!
「あー?アンタ誰?」
しかし、すっかり忘れられていた。悔しいので、私も忘れてやることにした。
「…さあ、どこかで会ったような」
「ふーん?まあいいや。アリス、今日は何が釣れた?」
そう言って、氷精(確か、チルノって名前だっけ?)はバケツの中を覗き込む。「うわ、今日も多いなあ」と驚きの声を上げた。もう、アリスは釣りで生計を立てればいいんじゃないかと思う。少なくとも、魔法使いよりは向いてるに違いない。
「さてチルノ、今日は何を持ってきてくれているのかしら?」
アリスが聞くと、チルノはポケットに手を突っ込み、何かを握りアリスの前に差し出す。手をポケットから抜いた拍子に何かが落ちた。見れば、木の実だ。
「ほら、みんなも早く」
チルノが後ろの妖精たちに向かってそう言うと、揃ってごそごそやりはじめた。みんな持てるだけの木の実を集めてきたらしく、全部でかなりの量になった。
「へえ、これだけあればこの人数でも十分でしょう。ああメディ、これはね、この子たちにいろんな材料を持ってきてもらう代わりに、私の釣った魚を合わせた料理をごちそうする約束なのよ」
何か問いたげな私の視線に気付いたのか、そう付け加える。木の実と魚でどんな料理を作るというのか。
数分後、これだけ釣ればもういいかしらね、と釣り竿を引き上げたアリスに、緑色の髪をした妖精が声をかけた。
「あの、ところでアリスさん…次の人形劇はいつやるんですか?」
「あ、それ、アタイも聞こうと思ってたんだ。いい仕事したよ、大ちゃん」
そういえば私も、と便乗する声が他にも聞こえた。アリスの人形劇は、どうやら妖精にも人気があるらしい。
「ああ、そういえば…そうね、やりたいのは山々なんだけれど」
人形全部焼けちゃったし、とつぶやく声が聞こえた。言われてみれば、いつも周りでふよふよ浮いている人形を、あれから一人も見ていない。
「そうだわ…人形劇は出来ないけれど、新しい事を試してみるのもいいかもしれない」
ちょっと待っててね、と皆に告げ、アリスはテントへと歩いて行った。妖精たちの期待の眼。
今のアリスは普段の三割増しで頭のネジがゆるんでいるので、何をやらかすのかすこぶる心配だ。
「さて、じゃあ始めましょうか」
アリスは持ってきた小さな椅子に腰かけ、観客達の顔を眺めた。
何が始まるのか、と皆期待の眼を向けている。私もアリスに出会う前は、こんな純粋な目をしていたかもしれない。昔の話だ。
アリスは横に置いてあった釣り竿に手を伸ばす。アリスは口を開けないまま声を出す。
腹話術のようだった。他にもっといいキャストがいそうなものなのに、なんと釣り竿が主人公である。
話の内容はよく覚えていない。ひどくシュールで、ジャンル分けのできそうもないことは記憶に焼きつけられている。
ネジがゆるむどころの話はではなく飛んでいた。しかし他の観客は、一様に満足そうな表情を浮かべ、隣とあれこれ語ってみたりアリスに何事か聞いていたりしていた。
私が話についていけないのは、私だけがまともかつ正常な精神の持ち主であるからだと信じている。
メルヘンで残酷なおとぎ話のような世界観は、アリスか妖精くらいにしか理解出来ないのだ。私は現実を堅実に見据える人形である。だって毒人形だし。
「ううん、愉快ツーカイ逆境無頼でソーカイだったね!…あれ、なんで泣いてんの大ちゃん」
「え…?だって、とっても悲しいお話だったよ…」
どうやら周りの妖精たちの感想は、一人一人違うものらしい。なんだか恐ろしい。聞き流していて良かった、実によかった。
「それじゃみんな、そろそろご飯にしましょう?その後また別のお話も考えてみるから」
はーい、と揃った声がして、一行は立ち上がった。
これ以上ここにいたら私まで汚染されてしまう、毒人形なのに。
私はそっとその場を離れた。
次にアリスと会ったのはそれからまた一週間、妖怪の山の麓での事だった。
「あら、久しぶりねメディ」
「精確には一週間だね」
「月日が経つのは早いものね」
「今度は何をしようとしているの」
「例によって例のごとく、また釣りに行くのよ。メディも来る?」
「ふーむ。釣れないわね…」
「…そりゃ、釣れないよ…ここ、三途の川だよ……?」
アリスはやっぱり馬鹿なのだろうか。それとも馬鹿になってしまったのだろうか。それともやっぱり馬鹿だったのだろうか。
ここにいるのはもう絶滅して幽霊になった魚ばかりだ。
「幽霊だろうがなんだろうが、魚を釣るのが釣り竿の仕事でしょうに…」
「釣り竿に無茶振りしないでよ…」
「………まあ、弘法も竿の誤りって言うし…」
「竿……?弘法さんがまるで釣り人だったみたいに言わないでよ…」
「やれやれ、得物を変えてみましょうか…」
そう言って糸を引き上げると、どこからか別の釣り竿を取り出した。
「うわあ、何本釣り竿を持ってるの」
「ふふ、にとりに作ってもらったのよ。最近ようやく完成した新製品よ」
人面魚産の釣り竿は、やはり人面魚が釣れたりするのだろうか。まさか…
「アリス、竿を変えた程度で幽霊魚が釣れるとは思えないわ」
「これは只の釣り竿ではないわ。ここを見なさい」
アリスが指差した先には、魚を模した人形が。
「これは、ルアーってやつ?」
「そう、そして当然、只のルアーでもない…
水中に入ると自動で熱源の検索を開始、高速で自動追尾し、追いついたのち…爆発。確実に獲物を仕留める、まさに次世代ルアー!
都会派の私にこそふさわしいわね」
「熱く語ってもらってから悪いんだけど…そんなの、釣りじゃないでしょう!
爆発で魚焼いてどうすんのよ!?」
「……ああ…」
「そもそも、幽霊魚もそれじゃあ釣れない!」
「うーん、にとりからアイデアを聞いた時は悪くないと思ったのに…」
「…どうせ、『爆発』の一言に釣られたんでしょ…?」
「魚でもないのに釣り竿に釣られるとは、私もまだまだね……仕方ない、正攻法で行くとしますか」
アリスはさっき引き上げたばかりの釣り竿を、またも振りかぶる。
「って、まだやるつもりなの!」
「…だって、せっかくここまで来たんだし…」
「ああ、もう…」
私とアリスが言い争っている時、またも第三者から声が。このパターン多いなあ。
「へえ、三途の川で釣りをするような酔狂な奴が、まだいたとはね」
「…誰?」
「あ、死神」
大鎌を肩に引っかけて歩いてくる物騒な奴は、どうやら死神らしい。そういえば、私もどこかで会った事あるような。
えっと、こいつの名前はなんだっけ……?
「ええっと、そうだ、小野妹子!」
「……せめて、小野小町と言ってほしかったね…小野塚小町だ、改めてヨロシク、人形遣いに毒人形」
小野ナントカは、アリスとの間に私を挟んで腰かけた。
「どうやら、また仕事をさぼっているようね」
「さぼりとは人聞きの悪い!休憩を挟んだほうが仕事の能率もあがるんだよ」
「ふん、私の人形は一分一秒の休み無くとも歯車のようにキリキリ働いてくれるわよ」
「やれやれ、こんな上司は持ちたくないね」
人形の私に対する挑戦かしら、アリス?
「ところで、こんなところで何か釣れるのかい」
「見事に何も釣れないわね」
「だからアリス、さっきから私は言ってるじゃない」
いつまでこんな無駄なことを続けるつもりだろう。死神が仕事をサボってるって、アリスも人の事言えないじゃないか。
「貴方ずっとここで働いてるんでしょう?何か幽霊魚を釣るコツとか知らないの」
「そんな方法があれば、いい暇潰しの道具になるんだがねぇ」
「ふう、蜘蛛の糸を垂らしてあげる情けもないとは…死神ってのは冷たいのね」
「ええ、なんだか私が冷血漢みたいじゃないか……そんな事は閻魔様に言っておくれ」
「私、あの人苦手なのよねえ」
ああ、なんだか完全にダベりムードだ。こいつら、もっと他にやることは無いのだろうか。
しかし、私も実は強く言えないのだ。あれ、そもそも幻想郷にいるのってそんなのばかりじゃないだろうか。なんだ、なら私も大丈夫だ、ははは。
「メディ、どうやら失礼な事を考えているみたいだけど、私ほど生産的な妖怪は他にいないわよ」
なんてったって都会派ですから、と得意げに言う。
「人形使いってのは職業なのかい?」
「人形は趣味の一環みたいなものよ…職業は、……えーっと……、メディ、私の職業って何かしら…?」
そんな事を私に振られても困るのだが。
「…アリス、もう認めなよ。実際、今のアリスって、遊びまわってるだけじゃない」
「そんなあ……まあ、趣味が仕事みたいなものよ、うん…いや、仕事が趣味、かしら」
「はー、羨ましいねえ」
死神が手に持った鎌を見ながら言う。
「案外、そういう奴が渡し賃をがっぽり持ってたりするんだな、これが…」
「へえ、良かったねアリス。いつでも死ねるみたいで」
「死んでも死にきれないわ…せめてこの三途の川で魚を釣るまでは」
そこは、自立人形を完成させるまで、とか、もっといいセリフがあったろうに。その飽くなき魚への執念は一体どこから湧いてくるのか。
「そうだ、そんなにここで魚を釣ってみたいならいい方法がある」
「なんですって?」
ああ、死神、そんなアリスの暴走を助長するような事を。ほら、見事に食いついてるじゃないか。
「何も、魚を釣るのに釣り竿を使う必要は絶対じゃない。同じ土俵に立って、真剣勝負したっていいはずだ…つまり、川に飛び込み、素手で捕まえる。それくらいなら、あんたの魔力で何とかなるだろう」
「なるほど……」
「まあ、惜しむらくはこの作戦を実行したが最後、二度と日の目を拝めなくなるってことかな、ははは」
最悪じゃないか。
「ううん…まあ、最終手段としては悪くないわね」
ええっ、それでいいのか。ほら、死神も驚いたような顔してる。
「いや、冗談だ、冗談……本気にしないでくれよ、ホントに飛び込まれたりでもしたら、私まで大目玉だ」
「えっ……?」
「え……」
「ええっ」
その後、閻魔様が死神を引っ叩いて連れ戻すまで、『どうすれば三途の川の魚が釣れるのか』という光の見えない議題は続いた。
日が暮れる頃になってようやく諦めたアリスは、釣り竿を仕舞うと立ち上がった。
「あーあ、今日は結局お昼抜きね…もうすぐ夜だし……」
「………」
「メディ?」
私はアリスの顔を見つめる。
「アリス、これからどうするつもりなの?」
「え?…そうね、妖怪の山でにとりに新しい釣り竿の製作を依頼するか…あ、その前に白玉楼に行ってみようかしら。幽々子なら何か知ってるかも」
やはり、まだ諦めていないのだ。
「どうしたの……?」
「アリス…もう帰ろうよ。おかしいよ、こんなの…アリスじゃない」
「メディ……」
「最近なんだか落ち着かないような気がしてたんだけど…その理由、やっとわかったんだ」
「勝手な事言われても困るだろうけどさ…私、アリスの家がまるで自分の家みたいに思ってたんだ。人形は私の家族みたいなものだし………そこにアリスを加えてあげても、いい」
「………」
「いや、そうじゃなくてつまり、こんな事してるのはアリスらしくないというか……自分でもよくわからなくなっちゃったわ…何を言ってるんだろう」
しどろもどろになっていると、アリスの手が伸びて、私の頭を撫でた。なんだかくすぐったい……
「ありがとう、メディ…」
「…うん」
「帰りましょうか、私たちの家へ?」
「……うん!」
夜の帳の迫る中、私たちは手を繋いで魔法の森へと歩いてゆく。
そして私達二人とも、大事な事をすっかり忘れていたのだった。
「あ」
「あっ…」
私たちは瓦礫の山に迎えられた。
「………」
「………」
あまりにも気まずくて、私は目を合わせる事が出来なかった。
繋いだ手を離し、アリスが言う。
「まあ、……こうなっちゃあ仕方がないわよね、うん。やむを得ないのよね、うん」
アリスは今まで歩いてきた道を戻ってゆく。なにやら嬉しそうだ。
また釣りにでも行ったのだろう。
私は瓦礫の山を見上げ、一人途方に暮れた。
こういうの見たかった。
夢中のアリスはネジが吹っ飛んでましたが、現実のアリスはさてどうなのか
最高でした
釣竿とアリスの話がやたら気になる
誤字報告:×川城にとり ○河城にとり
釣りをしながら幻想郷を練り歩いてみたいもんだ
でもかわいい
ツッコミメディも新鮮で良いなぁ
アリスの頭のネジが程よく抜けてて面白かったです!!!
なんかアリス仙人みたいwww
アリス爆発してから2週間以上ずっと釣りしかしてないよ!
ダベりムードとか空気感が好きです、あとことわざにいちいち笑うw
メディ、苦労人だなぁ・・・
ただ釣りしてだべってるだけなのに、世界に引き込まれちゃう。
自由すぎるアリスと突っ込みまくるメディが良いコンビw
本来ずっとお姉さんでなきゃいけない立場なのに、ダメなアリスという構図がなんかいい。
あの、その、えーと、どうしよう、何故か感想が、言葉が浮かんでこない……あれ?なんで?;
と、とにかく、これは凄く良い作品です!マジで
爆発ネタはまだまだ続くなぁw
波に乗れないとおいてけぼり
大好きです、こういうの。
それだけでもメディスン・メランコリーという毒人形少女の器の大きさが知れるというもの。
頑張れメディ、負けるなメランコ。
敵は呆れるほどに強大、現時点では弱点も窺い知れない。
雨垂れ石をも穿つの格言通り、小さなツッコミからこつこつと積み上げていくのだ、自分を信じてね。
面白かったです