冬。
年も明けて、まだ、さほど日が経っていない頃。
博麗霊夢は、博麗神社の裏山にある小さな池を訪れていた。
普段は、食用の鯉を獲る為に訪れることの多い場所。
しかし、今日に限りは、霊夢は、違う目的の為に池を訪れている。
「うん。今年も上々ね。チルノやレティの世話にならなくても良さそうだわ」
霊夢は、池を見渡し、“うんうん”と満足そうに頷いてみせる。
冬の寒さの為だろう。
池は、分厚い氷に覆われていた。
鏡の様に凍り付いた水面へと、霊夢は足を踏み出す。
凍り付いた池はびくともせず、霊夢の体重を受け止めた。
「ふむ」
“とん”“とん”と、その場で何度か跳ねてみる。
最早、地面と何ら変わらず、氷は、霊夢の跳躍の衝撃を受け止めた。
「皹も無しっと。うん。十分だわ。今年も、問題なく開催できそうね」
霊夢は嬉しそうに言い、背後へと振り返る。
「文。問題ないわよ。この厚さなら、たとえ百人のっても、大丈夫でしょう」
「承知しました」
背後で霊夢の様子を見守っていた烏天狗、射命丸文が、笑顔で返す。
「では、皆さんにお伝えしてきましょう」
「ええ、お願いね。今年も――」
霊夢は、手にした、靴底に厚い刃の付いたブーツ状の靴――スケート靴を、勢い良く麗らかな冬の日差しに翳して見せる。
「正月恒例。博麗神社、スケート大会を開催するわ!」
霊夢の笑顔は、冬の日差しにも負けないくらい澄み渡っていた。
一刻後。
博麗神社の裏山にある池は、時ならぬ盛り上がりを見せていた。
毎年、この時期に分厚い氷に覆われる、博麗神社の裏山の池。
そこに集まって、皆でスケートをして遊ぶのが、何時の頃からか、幻想郷の少女たちの恒例の催しとなっていた。
池の畔には、何処からか用意した緋毛氈に腰をかけて、優雅に酒宴を楽しむ少女たちの姿もある。
「空気は澄み渡り清涼」
この日に限り、冬眠から目覚めた八雲紫が、杯を手に“ぽつり”と呟く。
「日差しは麗らかで小春」
西行寺幽々子が、黄粉の塗された餅を手に、後を続ける。
「水面は凍て付き鏡面」
八意永琳が、“くっ”と杯に唇を付け、呟いた。
「凍れる池には、氷遊びに興じる少女たちと。雅ですね」
古明地さとりが、冬の風に吹かれ、杯の表面を乱す波紋を眺めながら、締め括った。
酒宴を楽しむ少女たちの前には、思い思いに、凍れる水面を滑る少女たちの、楽しげな姿がある。
耳を澄ませば、風に乗り、少女たちのはしゃぐ声までもが明瞭に聞き取れた。
「見たかしら、咲夜? 私のカリスマ溢れる三回転半ジャンプを……」
「わー、咲夜さん凄いですねー! 四回転半ジャンプを軽々と。私でも難しいのに」
「これぐらい、紅魔館のメイド長なら当たり前よ。あれ? どうしました、お嬢様?」
「うー! うー!」
「い、痛いです、お嬢様っ……!」
「ああっ、お嬢様がご乱心なされたっ!?」
「ねぇ、パチュリー様。折角のスケートなんですから、集中しましょうよ。と言うか、よく本を読みながら滑れますね」
「本を読むことが私の存在意義よ。たとえ何処であれ、何であれ、片手間に本を読みながら出来ないようでは、一人前とは言えないわ」
「あ、そうなんですか……」
紅魔館の面子は、年が明けても変わらず、何時も通りといった様子だった。
他にも、氷の其処彼処で、スケート遊びに興じている少女たちの、楽しげな様子が見て取れる。
「あら?」
ふと紫が目をやると、池の畔で、スケート靴を持ったまま不安そうにしている妖怪の山の巫女と、彼女の傍らにいる博麗の巫女の、二人の姿を見つけた。
二人の様子を微笑ましげに見やり、紫は“くい”と杯を煽った。
「あの……霊夢さん。絶対ですよ? 絶対に、手を離さないで下さいね?」
東風谷早苗は、不安そうに霊夢を見上げ、言った。
「はいはい。分かっているわよ。でも、まさかあんたが、スケートを滑れないとはね」
「うう……外の世界に住んでいた時は、近くにスケート場なんか無かったんですよ」
「ふーん。早苗、ひょっとしてスケート自体初めてとか?」
「はい。初めても初めてです。完全な、スケート処女ですよ」
「あ、そう。じゃ、今日、喪失しときなさい」
「えーん。こけたら、やっぱり痛いですよね?」
「処女喪失は痛いものらしいわよ?」
「らしいって……霊夢さん、経験は?」
早苗の問いに、霊夢は僅かに頬を染め、答える。
「無いわよ! 神に仕える身である私が、そんな、いやらしい経験があるわけ無いでしょっ! 何よっ! あんたは、経験があるっていうのっ!?」
「えっ……いや、その……スケートで、こけた事があるかどうかを聞いたんですが……いやらしいんですか?」
「えっ……あっ!?」
完全に墓穴だった。
「ふふ。あらあら。初心で可愛いわね」
二人の話を盗み聞きしていた紫が、“くすり”と意味深な笑みを浮かべる。
「五月蝿いっ!」
足元の雪を掬い上げ、丸めて紫へと投げつける霊夢。
正確に顔へと向かい飛んできた雪球を、紫は日傘を広げ、難無く防いで見せる。
「ほらほら。私なんかに構ってないで。その娘の処女喪失に、協力してあげたらどうかしら?」
「くっ……いくわよ、早苗!」
「あー、ちょっと!? 待ってくださいよ、霊夢さーん!」
“すたすた”と、危うげ無く氷の上へと向う霊夢の後を、おっかな吃驚といった様子で、早苗がついて行く。
「こら、袖を掴まないの!」
「えーん。だって、馴れるまでずっと手を繋いでてくれるって約束したじゃないですかー!」
「ああ、もう。本当にしょうがないわね!」
霊夢が、“よたよた”と覚束ない足取りの早苗へと、ぶっきらぼうに手を伸ばす。
早苗は、しっかりと霊夢の手を取った。
「ほ、本当に離しちゃ駄目ですよ?」
涙目で、霊夢を見上げる早苗。
「はいはい。分かっているわよ」
「絶対ですよ?」
「そんなに念を押さなくても大丈夫よ。あんた、自分から滑れるようになりたいって言ってきたんでしょ? 少しは努力しなさいよ」
「そうですけど……そうですけどぉ……! いざとなると怖いというか、霊夢さんだけが頼りというか。霊夢さんに見捨てられたら、私、どうしたらいいか分からないというか……」
「気持ち悪いこと言わないの」
「ああっ! 今、手を離そうとしましたっ! 離そうとしましたよっ!?」
「あー、五月蝿い」
「離したら、大声で霊夢さんが処女だって叫んでやりますよ?」
「その時は、思いっきり痛い処女喪失を経験させてやるわよ」
「ひーん」
現状、氷の上では、どうにも立場が弱い早苗だった。
「ねえ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、離れたところから見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らにいる黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、冬だと言うのにリリーホワイトの姿が見えるのだけど」
霧雨魔理沙は、魔女の三角帽子を“くいっ”と指で直し、アリスの疑問に答える。
「そいつは奇遇だな。私にも、百合の花が見えるぜ」
「そうそう、そんな感じ。スケートは、根本的に歩く動作とは違うんだから。氷を縦に蹴るんじゃなくて、足の側面で踏ん張って蹴る感じよ。あんた、意外と飲み込み早いじゃない」
後ろ向きに滑りながら、、早苗の両手を取って、滑り方の指導をする霊夢。
早苗は、相も変わらず上体は“ふらふら”としているが、それでも転倒する事も無く、基本的な姿勢は会得しつつあった。
「そ、そうですか? それなら嬉しいですけど……」
「ま、コーチの腕がいいからね」
「……自分で言わなければ、素直に尊敬したのに」
「手、離そうかしら?」
「ああっ!? 嘘っ、嘘ですっ! 尊敬しています!」
「よろしい」
基本的な姿勢を会得しつつあるとは言え、まだ霊夢の手を離すことには、不安が残る早苗だった。
「ねぇ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、離れたところから見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らにいる黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、こけそうになったら空を飛べばいいだけの話に思えるのだけど」
霧雨魔理沙は、首を横に振り、アリスの疑問を否定する。
「そいつは、言うだけ野暮ってもんさ」
「どう? 大体、コツは掴めたかしら?」
霊夢の問いに、早苗は引きつった笑みで答える。
「な、何とか……」
「そう。じゃあ、そろそろ手を離してみましょうか?」
「ええっ!? そんな、私、死んじゃいますよ!?」
「死にはしないわよ」
霊夢が、握り締めた早苗の手から、徐々に力を抜いていく。
「やだー! 霊夢さんに捨てられるー! 私、そんな事になったら死んじゃいますー!」
「こら、人聞きの悪い事言うんじゃないの!」
「だって、そうじゃないですか! 絶対に離さないって約束したのに! 自分の都合で女の子を“ぽいっ”ですか! 鬼畜です!」
「誤解されるような事言うな! あんた、ずっと私の手を握り締めてるつもり!?」
「やだー! 捨てないでー! 私には霊夢さんしかいないのー!!」
泣き喚く早苗の声が、寒空の下に響き渡った。
「ねぇ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、離れたところから見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らにいる黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、さっきよりもはっきりと、リリーホワイトの姿が見えるのだけれど」
霧雨魔理沙は、“はぁ”と溜息を一つ吐き、アリスの疑問に答える。
「そいつは奇遇だな。私にも、大輪の百合の花が見えるぜ」
「きやぁっ!?」
「ちょっ……きゃぁっ!?」
“どすん”と鈍い音を上げて、霊夢と早苗が、二人して、縺れ合うように転倒する。
手を離す、離さないで揉めたすえに、結局お互いの足が絡まりあって、二人とも転んでしまったという、無様なことこの上ない結果だった。
「痛た……もう……!」
思いっきり打ったお尻を擦りながら、身体に圧し掛かってくる早苗の重みを受け止める霊夢。
不幸中の幸いと言うべきか。
霊夢にもたれかかる様にして倒れこんだ為に、丁度、霊夢の身体がクッションの代わりとなり、早苗自身は、大した被害は被ってはいなかった。
「だ、大丈夫ですか、霊夢さんっ!?」
早苗が、心配そうに霊夢を見つめる。
「大丈夫じゃないわよ、もう。久しぶりに、この痛みを経験したわ」
「うう……ごめんなさい。それと、有難うございます」
「うん?」
謝罪と、感謝の言葉を同時に言われ、霊夢が不思議そうな顔をする。
「えっと……ほら、処女喪失。霊夢さんのおかげで、全然、痛くなかったですから」
恥ずかしそうに頬を染め、微笑む早苗の額を、霊夢は、“つん”と指で押すようにつついた。
「にゅんっ?」
「もう。馬鹿なこと言ってないで、早く立ち上がって頂戴。お尻が冷たくて敵わないわ」
霊夢の頬もまた、恥じらいに、僅かに朱に染まっていた。
「ねぇ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、離れたところから見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らにいる黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、リリーホワイトの――もう、やめましょうか。馬鹿らしくなってきたわ」
霧雨魔理沙は、アリスの言葉に頷き、諦めたように言い放った。
「そうだな。私達も、滑ろうぜ」
是非も無いと、アリスが頷く。
「ええ、そうしましょうか」
早苗の上達振りには、目を見張るものがあった。
元々、運動神経は良い娘だ。
一度転んだことにより、転倒に対する恐怖心が薄れると、後は早かった。
基本的な姿勢、技術は一通り会得し、霊夢と並んで滑れるまでに上達した。
「どう、早苗。楽しんでる?」
「はい。楽しいです! これも、霊夢さんのおかげです!」
「どう致しまして」
“すいっ”と、霊夢の、スケート靴のエッジが氷を削る。
僅かにスピードを上げ、霊夢が、早苗の前へと出る。
早苗も負けじと氷を削り、霊夢へと追いつく。
「ふふ、楽しいですねー」
「そうね」
二人、氷上を、空を飛ぶかのように、優雅に滑っていく。
紅白の蝶と、青緑の蝶が、池の上を睦みあうよう飛んでいく。
見るものに、そんな錯覚さえ抱かせた。
「ねぇ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、滑りながら見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らを滑る黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、あの二人の周囲だけ、別の世界になっているように思えるのだけれど」
霧雨魔理沙は、アリスの言葉に、氷を蹴りながら答えた。
「そいつは奇遇だな。私にも、あの二人の周りだけが、春になっているのが見えているぜ」
レミリア・スカーレットは、“ふっ”と笑みを浮かべ、手櫛で髪を掻き揚げながら言い放った。
「咲夜。いい? 良く見ておきなさい。エレガントでブリリアントでゴージャスでスタイリッシュでパーフェクトでビューティーでセクシィな、カリスマ溢れる私の必殺技をね!」
主の命に答え、完璧で瀟洒な従者、十六夜咲夜は、恭しく礼をする。
「はい、お嬢様。お嬢様のえれがんとでぶりりあんとでごーじゃすですたいりっしゅでぱーふぇくとでびゅーてぃーでせくしぃな必殺技を、良く見させていただきます」
「……今、表記がおかしくなかった?」
「いいえ、決してそのような事は」
レミリアの疑惑の視線を“さらり”と受け流し。咲夜が、澄ました顔で言い放つ
「そう? それならいいのだけれど」
レミリアは、力強く翼を羽ばたかせ、“きっ”と前方の空間を睨みすえた。
「さぁ、恐れおののきなさい! 四回転半など足元にも及ばない、この私の空前絶後の必殺技――」
レミリアは頭上に一枚の札を掲げ、高らかに宣言する。
――神滑「スピン・ザ・グングニル」
レミリアの身体は、一閃の紅い神槍と化して、分厚い氷の上に突き立った。
その様子を間近で見ていた咲夜の脳裏には、
「ぎゃおー、回っちゃうぞー」
と、逆ベクトルのカリスマを漲らせ、両手を上げているレミリアの姿が確かによぎった。
しかし咲夜は、鋼鉄の精神力で、思わず綻びそうになる表情を“きっ”と引き締める。
内心の動揺を容易く面へと出すようでは、紅魔館のメイド長は務まらない。
「あれ? 咲夜さん、鼻血が――ぐふぅっ!?」
とりあえず美鈴には、延髄ナイフで黙ってもらった。
「ねぇ、魔理沙?」
霊夢と早苗の様子を、滑りながら見ていたアリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らを滑る黒白の魔法使いに声をかけた。
「何だ?」
「気のせいかしらね。私には、分厚い氷に皹がはいる、“びきびき”という鈍い音が聞こえるのだけれど」
霧雨魔理沙は、アリスの言葉に、凄まじい勢いで亀裂が入っていく、足元の氷を見ながら答えた。
「そいつは奇遇だな。私にも聞こえているし、見えているぜ」
「逃げたほうがいいかしら?」
「ああ。一刻も早くな」
言うや否や、二人は力強く氷を蹴り、岸へと向かい滑り出した。
その変化に先に気付いたのは、霊夢の方だった。
早苗は、ようやく思いのままに滑れるようになった事に浮かれていたのだろう。
丁度、岸に生えている雪化粧を纏った木々が、夕日の朱い光を透かして“きらきら”と光っている光景に見惚れている所だった。
その所為もあり、足元に対する注意が疎かとなっていたのだろう。
霊夢が気付いた時、早苗の足元には、破滅を予感させる鋭い亀裂が一条に走り、そこから池の水が僅かに溢れていた。
「早苗、飛んでっ!!」
「えっ?」
咄嗟に霊夢に言われた言葉の意味が理解できず、呆けた様な表情で問い返す早苗。
一刻を争う切羽詰った事態において、それが致命的な隙となった。
早苗の、後の運命を決定づけた。
「ああ、もう! 本当に、世話が焼けるわね――!」
“だん”と、足元の氷が割れることさえ意に介さず、霊夢が、亀裂の入った氷を強く蹴る。
氷上を迅雷の如く滑り、そのまま、勢い良く早苗を突き飛ばした。
岸辺の方へと。
「――えっ?」
早苗が見たのは、急に、勢い良く自分を突き飛ばした霊夢の姿と、“ばきり”と鈍い音を立てて割れる池の氷。
そして、そこから溢れ出した極寒の池の水に巻かれ、割れた氷の狭間へと没していく霊夢の姿だった。
「――霊夢っ!?」
それが誰の声であったか、確かめる余裕さえも無い。
魔理沙の声であったのかも知れないし、或いは他の誰か、否、自分の声であったのかも知れない。
――霊夢さんが、落ちた――!?
何処へ?
池へ。
割れた氷の下へ。
真冬の、極低温の水の中へ。
自分を庇って。
瞬間、世界が灰色に染め上げられる。
正確には、早苗の体感する世界の流れが。
限り無く遅滞に、限り無い高速へと、引き伸ばされ、縮小される。
幻想郷最速の烏天狗より速く。
悪魔の犬が時を止めるよりも先に。
境界の妖怪が、己の式に命じる暇も無く。
早苗は、氷を蹴り上げ、迅雷にも勝る神風の速度で、割れた氷の狭間へと飛び込んでいた。
極寒の池に、少女が勢い良く飛び込んだが故の、激しい水しぶきが上がる。
運が悪いとしか、言いようが無い。
早苗を助けることに夢中で、その後の事を何も考えていなかった所為もあるだろう。
池に落ちた時、割れた氷の塊で、勢い良く頭を打った。
出血はしていないし、頭の骨にも異常は無いのだろうが、打った角度が悪かった。
脳が揺らされ、意識が朦朧としていくのが分かる。
一瞬の内に全身を急速に冷やされると、感覚が麻痺して、冷たいとも、寒いとも思えなくなるのだと知った。
知ったところで、どうにかなるものでも無かったが。
思った程、苦しくも、痛くも無いのが、救いだった。
――ああ。私、ここで死ぬんだ。
変に穏やかな気持ちで、そう思った。
「ここの山は私と私の神様が頂くわ。そして貴方の神社を頂けば……幻想郷の信仰心は、全て私達の物……」
「私は風祝の早苗。外の世界では絶え果てた現人神の末裔。神を祀る人間が祀られる事もある。巫女が神になる事もある。貴方にはそのぐらいの覚悟が出来て巫女をしているの?」
「私の神様の分社を置いておくだけでも、信仰心は大分回復すると思うんだけど」
「えっ……いや、その……スケートで、こけた事があるかどうかを聞いたんですが……いやらしいんですか?」
「あの……霊夢さん。絶対ですよ? 絶対に、手を離さないで下さいね?」
「ああっ!? 嘘っ、嘘ですっ! 尊敬しています!」
「えっと……ほら、処女喪失。霊夢さんのおかげで、全然、痛くなかったですから」
朦朧とする意識の中、脳裏に、何故か早苗の姿が浮かんだ。
――変ね。何でこんな時に、あいつの顔が浮かぶのかしら?
自問するも、答えは出ない。
――まぁ、あいつ、元々は家の神社を乗っ取りに来たんだし。実力もそれなりだし。じゃあ、私がいなくなっても、大丈夫か。博麗の巫女の役割は、あいつが何とかするでしょ。
そう考えると、不思議と、思い残す事さえ無い様な気がした。
もとより、他人と深く関わらず、人間も妖怪も、平等に興味を持たなかった霊夢だ。
最も仲の良い友人であるはずの魔理沙さえ、本当の意味で友人なのかと問われれば、首を傾げるしかない。
――我ながら、短い上に、淋しい人生ね。ま、いいか。こんな私でも最後に……
「はい。楽しいです! これも、霊夢さんのおかげです!」
あの、屈託のない笑顔を護れたのだ。
ならば、それで良しとするべきだろう。
……霊夢さんっ!!
ふと、誰かに呼ばれたような気がして、閉ざしかけた目蓋を、うっすらと開く。
極寒の水を掻き分け、こちらへと近付いてくる、一人の少女の姿が見えた。
思わず、“くすり”と笑ってしまう。
“こぽり”と、空気が泡となって唇から漏れ、入れ替わりに大量の水が入り込んでくる。
薄れゆく意識の中。
――馬鹿ね。そんなに頑張って。冷たいでしょうに……
少女を見て、そんな場違いな事を考える自分が、酷くおかしかった。
沈んでいく身体を寸前の所で掴まれ、その唇に、極寒の水の中でも、なお熱く感じる他人の唇の感触を感じた時。
吹き込まれる吐息と共に、霊夢の意識は闇へと落ちた。
霊夢を助け、何とか水面へと浮上した早苗だが、予断は一向に許されぬ状況だった。
冷水に濡れ、身体に張り付く服が鬱陶しい。
冷え切った腕で、意識を無くした霊夢の身体を必死に抱きかかえ、岸へと上がる。
其処には、心配そうに二人を見守る多くの者たちの視線と、医療道具を手に、近付いてくる月の医師の姿があった。
八意永琳は急ぎ、霊夢の身体を見渡し、目だった外傷が無いか確認する。
「これなら、大丈夫ね。少し頭を打っているだけだわ。多少、水を飲んでいるようだけど、呼吸はしっかりしているし。精密検査は無論の事必要だけど……今は何よりもまず、身体を温めないと」
安堵したような永琳の言葉に、早苗が、“ほっ”と息を吐く。
「私が、魔法で火を熾しましょうか? 家の――」
パチュリーが、頭に大きなたんこぶを作った、涙目のレミリアを横目で見ながら言う。
「――あの、考え足らずのお嬢様の所為だしね」
「うー……」
返す言葉も無いようで、レミリアは口をつぐんだ。
「いえ、それよりも、どこか外気を凌げる場所を。誰かの家がいいわ。身体を拭いて、まずはそれからよ。貴女も――」
早苗を見やり、永琳が言う。
「誰かの家で、身体を拭いて、温めればいいんですね? 分かりました!」
永琳の言葉を聞き、早苗は霊夢を抱きかかえると、一も二も無く、飛び出した。
「あっ、ちょっと、何処へ――?」
「博麗神社です! そこが、一番近いですから――!」
瞬きの内に、彼方へと消えた二人の姿を、その場にいる者達が呆然と見送った。
「私の隙間なら、手っ取りばやいのに」
紫が“ぽつり”と呟き、永琳を見やる。
「それで? 霊夢は、本当に大丈夫なの?」
「まぁ、大丈夫でしょ。池の水が低温だった事が、逆に幸いだったわね。ちゃんと身体を拭いて温めれば、まぁ、悪くとも風邪を引くぐらいですむわよ」
永琳の言葉に、全員が安堵の表情を見せる。
「じゃあ、早苗に任せて大丈夫か。後から、様子を見に行くかな。でも、温めるって……霊夢、さすがに風呂は沸かして無いだろうし。やっぱり、こっちから火種を差し入れにいくか?」
魔理沙の提案に、紫は、ふと思いついたように告げた。
「こういう時、身体を温める古典的な方法を思い出しました」
「一体、どういうのだ?」
「雪山で遭難した時は、服を脱いで、人肌の温もりを分け合うのが、お約束らしいですよ?」
紫の言葉に、アリス・マーガトロイドは、“ぽつり”と、傍らに佇む黒白の魔法使いに声をかけた。
「ねえ、魔理沙?」
「何だ?」
「こういう場合、どうしたらいいのかしら。心配して、様子を見に行くべき? それとも気を利かせて、二人っきりにしてあげるべきかしら」
魔理沙は、疲れたように溜息を一つ吐き、そして、アリスの疑問に答えた。
「私に聞くなよ」
果たして、紫が思いついた古典的な方法を実行に移す程に、早苗もまた古典的な人間だった。
霊夢が眼を覚ましたのは、夜半過ぎ。
博麗神社の居間、自分の愛用している蒲団の中だった。
「……んっ……ここは……?」
“もぞり”と身体を動かそうとして、不意に気がついた。
自分の身体が、何者かに抱きしめられているという事態に。
「えっ……? ちょっ……なんで私、裸で……早苗っ!?」
動こうとするたびに、“ふにゃん”とした柔らかな感触を、温もりと共に感じる。
「えっ? えっ!? 私、確かあの時……」
そこで、思い出す。
意識を失う前、自分の身に起こった顛末を。
「……ああ、そっか。あんたが、助けてくれたのね。ご苦労なこと」
そう考えれば、今の状況にも得心がいった。
恐らく、冷え切った身体を温める為の、早苗なりの苦肉の策だろう。
「馬鹿ね。今時こんな方法思いついて実践するやつなんか、あんたくらいのものよ」
言いながらも、顔が綻ぶのを止められそうに無い。
「んー、霊夢さん……大丈夫ですよ……すぐに、私が温めて……」
寝言だろう。
規則正しい吐息と共に、夢でも自分の身を案じている早苗の寝顔を見て、霊夢は、“くすり”と笑う。
「はいはい。温まりました。おかげさまで、身も心も、ぽかぽかです。ありがとうね、早苗」
“つん”と、早苗の額を指でつついてやる。
「んー……」
早苗が、一際強い力で、霊夢の身体を抱きしめてきた。
「……ま、今夜くらいはいいか。命の恩人の眠りを妨げるのも忍びないしね」
霊夢は頬を染め、“ぎゅう”と、早苗の身体を抱き締めた。
「……そう言えば」
ふと、思い出す。
意識を失う前、極寒の水の中で、早苗にされた口づけを。
「……初めてだったのに」
“ぽつり”と呟くも、早苗からは相変わらず、規則正しい寝息しか返ってこない。
「だから、お返しよ」
そっと、眠ったままの早苗の唇に、自分の唇を重ねた。
ややあって、唇を離し、羞恥に真っ赤になる。
全く。
自分は一体、何をしているのだろうか。
「ふんだ。これで、お返しは終わりよ。あれは緊急事態だったし。ま、これぐらいで勘弁してやるわ」
何を言っているか自分でも分からないが、とにかく、これで全部返した。
自分の中で、そう結論づけた。
眠ろうと思い、ゆっくりと眼を閉ざした。
さて、明日には何食わぬ顔で、何時もの博麗霊夢として、東風谷早苗に接しないと。
今晩中に、気持ちの整理がつけられるか否か。
難しいところだった。
目蓋を閉ざした霊夢の唇に、不意に、柔らかな、暖かい感触が押し当てられる。
「――えっ?」
思わず、呆けたような声をあげ、眼を開いた。
うっすらと頬を染めた早苗が、こちらを見ていた。
「緊急時の救助活動をカウントに入れないで下さい。寝ている乙女の唇を奪ったんだから、これで、本当にお相子ですよ。あ、でも霊夢さんには、私の処女を散らされた分が残っているんでしたっけ?」
気恥ずかしさに言葉を失いながら、ようやくの事で、
「あ、あんたが自分から無くしたんでしょ? 第一、私は痛くないように奪って上げたじゃない」
それだけを返した。
「じゃあ、私は、お礼をするべきでしょうか?」
「あんたがしたいなら、どうぞ。私は、お礼は遠慮なく受け取る主義よ」
「そうですか」
「そうよ」
しばし、沈黙の時が流れる。
「……早苗」
「はい?」
「何時から、起きてたの?」
「最初からです」
「……卑怯者」
「どっちがでしょうね? あーあ、私も初めてだったのに」
「……五月蝿いわね。あんた、私に処女を捧げたでしょうが。今更、口づけの一つや二つで、ごちゃごちゃ言うんじゃ無いわよ」
「じゃあ――」
早苗は、花のように笑い、霊夢を見据えた。
「霊夢さんは、処女を捧げた私を前に、口づけだけで済ませますか?」
「……知らないっ!」
霊夢は顔を真っ赤に染め上げて、早苗に背を向ける。
「あ、照れました? あはは。いえ、私もかなり恥ずかしいんですけどね」
「だから、知らないっ!」
「もー、怒らないで下さいよー!」
「五月蝿い! 喧しい! 喋るな、顔を覗き込むなー!」
「じゃあ……うりゃっ!」
「にゃっー!? 胸を揉むなーっ! そんな所を触るなぁっ……!!」
結局、日が昇り、朝が来るまで。
二人の騒がしい遣り取りは、途絶える事は無かったと言う。
「――霊夢」
「呼び捨てに……しないでよ」
「ふぅ……」
「あんっ……耳に……息を……吹きかけるなぁ……」
氷の上では、めっぽう強かった霊夢も、蒲団の中ではすっかり弱まり、終始、早苗に主導権を握られる結果に終ったのだった。
これが・・・糖分過多か・・・!!
空きっ腹なのに血糖値が高まってきたwww だからお前らもう結っk(略
「そういえばあんた着替えないでしょ? 明日までこうしてるの?」
「このままじゃ寒いから霊夢さんの服貸してくださいよー」
「箪笥に入ってるから適当に持ってきなさい。あ、私の分もね」
…………
「はーい霊夢さん具合のほうはどうですか? 診察いたしますねー」
「ちょ、そのナース服こないだ魔理沙が置いていった! ていうか私のそれは何? スクール水着とエプロンと猫耳って?!」
「駄目ですよー患者さんは安静にしてないとー」
シリアス部分で誤字が。「頭の骨にも以上は無い」
甘くなった……如何してくれるw
誤字>「はいはい。温まりました。おかげさまで、見も心も、
「身も心も」では?
甘すぎて舌がヒリヒリするよっ!
レイサナ、おいしゅうございました。
アリだ!!すばらしい!!
海が割れる日で助けてもかっこよかったやも~。
誤字報告「神に使える → 神に仕える」かと。
なんなの、この、くそっ!
なんかもう部屋中ごろごろころがりてぇえええ!!
もっとやれww
タイトルさっさと変えろよ
いいぞもっとやれ
予想の斜め上をいかれたがなwww
アリス達の天丼で早々にピチュってそのままニヤニヤしながら読んだ
ブラックガムが甘くてしょうがないぜ
そろそろ砂糖吐いてもいいよね?答えは聞いてないけど
嘘じゃないしね、付け方上手いなー。
春度の高さに糖尿病になりそうですw
レミリアと咲夜のやりとりとか、アリスと魔理沙のやりとりも好き。
アリスと魔理沙の淡々とした会話、好きだw
んなことよりなんという甘々なレイサナ…
いいぞ、もっとやれ
いつのまにかワインとショコラになっているぞ…!?
さておき、極甘の噺、ご馳走様でした
浮けばいいじゃねーかって思ってたらアリスに言われたwww
いいぞぉーもっとやれぇー(山の中からの声
とっとと然るべき場所に行けばいいのに
でも、もっと欲しい!
いいぞもっとやれ
砂糖菓子のような甘い話をごちそうさま。