「ふんふふーん♪」
橋姫、水橋パルスィはコタツに入りながら、鼻歌交じりに買ってきたお菓子の包みを解いていた。
嫉妬を司る橋姫といえど、やっぱり女の子なのである。
「じゃーん、アイス大福。寒いときに冷たいもの食べるのもいいものよね」
アイスクリームと大福を組み合わせた、まったく新しいお菓子である。
地上と地底とが繋がってから生み出されたもので、噂に聞いてこっそりと買いに行った次第なのだ。
「上と下が繋がるなんて面倒ばっかかと思ってたけど、いいこともあるものね。ん、つめたくてやわらかい♪」
四個入りのうちの一つにはむっとかぶりつき、味わった後にほうっ、と白い吐息をはく。
小さな幸せをしみじみと感じていた彼女だったが、にわかに家の外が騒がしくなった。
「何事かしら?」
パルスィは後ろ髪を引かれる思いだったが、外の様子を見にいくことにし、上着を羽織って扉を開ける。
「ウワァー! 大福だー! 大福が来るぞー!」
「何事よマジで!?」
騒いでいた何人かの中に知った顔を見つけて、パルスィはそれをつかまえる。土蜘蛛の妖怪、黒谷ヤマメだ。
「ヤマメ、一体何があったの?」
「あ、水橋さん。それがね、地上で大福を溜め込んでおく大福ダムが決壊したらしくて……」
「大福ダム!? 何それ!?」
「ともかく大福が流れ込んで、うわああきたあああ!」
パルスィが振り向くとそこには縦穴を舐めるように流れ降りてくる白い奔流があった。
「なにこの量!? 一体誰が!? 目的は何!? うわあああああああ!」
なす術もなく彼女たちは大福に呑まれた。
なんでこんなことになってしまったのだろう。それは冷たくて、でもやわらかくて。
そして彼女は――
「ぶはっ! 夢かっ!」
パルスィは覚醒した。
しかし、視界は真っ黒いし、なんだかやわらかい感触を顔に感じる。そして冷やっこい。
「? 何に突っ込んでるのかしら。よっと」
そうして顔をずいっと後ろにのけぞるように退けると、そこにはにこにこ笑っている氷精の顔が。
ぴしりとパルスィの動きが固まる。
「えへへ、来ちゃった」
ええと、ちょっと上に彼女の顔があるということはつまり、自分を包んでいた冷たくて柔らかい感触は。
「ひょああー!」
謎の奇声がパルスィ宅に響き渡った。
「うー、暇だ暇だ」
今特に意味もなく全力疾走している彼女はごく普通の鬼。強いて違うところをあげるとすれば四天王ってことかな。
名前は星熊勇儀。
そんなわけでいつものように旧都へと繰り出してきたのだ。
「む?」
ふと見ると、一際目を引く少女が一人でたたずんでいた。
「うおっ、いい女……」
透き通るように輝く白い肌。幻想的な蒼さをたたえながらやわらかく靡く、長き髪。
氷のような羽がきらきらと美しい輝きを宿す。
すらりとした長身であるものの出るところも出ており、どこか凛々しさを感じさせる顔立ちもあいまって、大人な雰囲気を感じさせる。
いかにも少女と形容すべき外見の者が多いこの世界だからこそ、それは勇儀にとって強烈な印象だった。
そして勇儀はホイホイと声をかける。
「君、見ない顔だね。どうだい一緒に日本酒でも」
「うい?」
その少女が何事かと首をかしげた瞬間。
「ハイパーイカロスウイングー!」
「モガガル!?」
側頭部に見事な飛び蹴りが炸裂! 勇儀は倒れた。
「あいたたたた……、なんなんだいまったく……」
頭をさすりながら勇儀が身を起こすと、そこには緑色の眼光で自身を見下ろす妖怪がいた。
「なんだパルスィか。久しいな」
「久しいなじゃないわよ。久しぶりに会ったと思えば口説きシーンなんて、アホらしくて
妬む気も起きないわ。しかもお茶とかじゃなくて酒とか何なのよ」
「私はそう口説かれるとうれしいぞ」
「うるさい」
そう言いながら勇儀が身を起こしていると、首をかしげたままでいた蒼髪の少女が不意に合点がいったようにポンと手を打つ。
「誰かと思えばニンジンヘッドじゃない。久しぶりね」
「ニンジンヘッドだと!? その名を知る君は!?」
額の一本角をニンジンに見立てた、恐れ知らずのそのあだ名。そう、思い出す。それを言ったのは、こともあろうか妖精であったと。
「そうよ、間欠泉の件のときに会った妖精。諸事情あって体だけレベルアップしたの」
「あたいはチルノである」
「それ気に入ったの?」
何かお決まりになった感のある自己紹介をするチルノを、勇儀は立ち上がってしげしげと眺める。
「へー、ほー、あのときのちっちゃな妖精がねえ。いやうん、立派になったもんだ」
「どこを見て言っとるか」
「全体的に褒めたつもりだったんだがね」
嫉妬の気を滲ませるパルスィに、勇儀は苦笑いを浮かべた。
そんな彼女に、チルノが爪先立ちしながら頭の高さをあわせる。
「しかしあんた背高いわね。あたいも結構背が伸びたのに、爪先立ちでやっとだわ」
「はっは、これでも恐れの象徴たる鬼の四天王さ。でかいのは単純な恐れだからね」
「そうか、だから胸もでかいのね」
「胸は関係ないでしょ!?」
「ふっ、ご明察恐れ入る」
「関係あるんだ!?」
確かに恐ろしいけど! とパルスィは思った。
しかし同じ四天王の萃香とかは色々と小ささの極みではないのだろうか。まぁ全体的にでかくもなれるし、司っている恐れがまた別のものなのかもしれないが。
「しかしアレか。見た目はこんなだけど、中身はあれなのか」
「まぁうん、そうなんだけど」
「ふむ、そうなのか、うん……」
勇儀はちろりとチルノの方を見ると、こそっとパルスィに耳を寄せてきた。
「……犯罪じゃないか?」
「……は?」
パルスィは心から聞き返す。
すると勇儀はグッと拳を握り、喉の奥から搾り出すように言葉を吐く。
「体は成熟していながらも心は子供というアンバランスさ自体もさることながら、そこから導き出されるのはそんな無垢な少女が実に無防備に佇んでいるという事だ。けしからんね! 実にけしからん!」
「あんたが犯罪だこのばか!」
「ごぇふ」
勇儀の腹部に強烈な肉弾的ツッコミが入った。
腹を押さえている隙にパルスィは勇儀の脇をすり抜け、チルノに走り寄ってその手をきゅっと握る。
「うい?」
「チルノは私の友達なんだから、変な事したらいくら勇儀でもただじゃ済まさないからね!」
そうやって、小動物のようにがぁっと威嚇するパルスィを見て、勇儀はほう、と唸った。
誰かと話していてもどこかで一線を引いていたあの橋姫が、こうも胸を張って宣言するのだ。
「いや結構。水橋殿も隅に置けんな」
「へんな言い方しないでよ」
顎に手を当てて笑う勇儀に、パルスィはジトッとした視線をぶつける。
「そういえばお酒飲みに行くんじゃないの?」
やや勇儀とパルスィの会話に置いてかれ気味だったチルノが、口を挟む。
「いや、あれは別に……」
「いや行こう、すぐ行こう」
パルスィが言うのを制して、勇儀がやたらいい笑顔で二人の肩をぎゅっと持つ。
「いい店を知ってるんだ。そしてあわよくば二人を酔わせてあんなことやこんなことを」
「めちゃくちゃのっぴきならない言葉が聞こえるんだけど!?」
戦慄するパルスィの隣で、チルノが得心したように手を打つ。
「つまり赤毛にされるってことね!」
「アンなこと!? あんた実は頭いいでしょ!?」
と、結局勇儀に連れられるままに、旧都の居酒屋へとやってきたのだ。
「お、勇儀さんじゃねーですかい。っと、珍しいお客さんを連れてますなぁ」
「ははは、どうだかわいいだろううらやましいだろう。座敷いいかい?」
「あいよ、空いてますよ。ささどうぞどうぞ」
まだ時間的には昼だというのに普通に店は開いているし、普通に客もいる。さすが鬼といったところか。そもそも旧都はいつも薄暗いので、時刻などはあまり関係ないのかもしれない。
まぁそんなこんなで、通された座敷に座る。チルノとパルスィが隣同士で、向かいに勇儀が座っている格好だ。
「おおー、畳だー」
なぜか畳にじゃれ始めるチルノを横目にしてふっと息を吐きつつ、パルスィはやれやれと話し始める。
「まったく、あんな開け広げに……連れられてるこっちが恥ずかしいわ」
「何を恥じることがある。かわいいは正義は全世界共通認識だ。君もまさか否定は出来るまい?」
「むぅ……」
確かになぜか畳の上で転がり始めるチルノを見ていると何も言い返せない。
ふとチルノと目が合うと、なぜか神妙な顔でVサインを送ってくる。
「タタミネーター3」
「何言ってんの!?」
本当にわからなかった。
そうこうしているうちにがっちゃがっちゃと酒が運ばれてくる。
すごい量だった。さすが鬼。戦いは数だよ鬼ィ。
「さぁ飲みねえ飲みねえ! 私のおごりだよ!」
「ひゃっはー! 酒だー!」
「おつまみもたっぷり運んできやがったぜぇー!」
「なにこの世紀末」
勇儀の大盤振る舞いにチルノがテンションを上げる。
まぁ鬼と比べればチルノたちの飲む量などたかが知れているだろうけど。
ともかく酔いつぶれぬよう控えめに飲んでいかなければ、とパルスィが思った瞬間に。
「さぁ、酒も揃ったことだし飲み比べでもしようか!」
「よーし、あたいの最強さを見せてやるわ!」
「なら判定はこの古明地こいしが!」
「待て待て待てい!」
いきなり最初からクライマックスではないか。それに勇儀の一人勝ちだし、このメンバーでは……。この……メンバーでは……?
違和感に気づき、パルスィはばっとお誕生日席を見る。
「なぜいる古明地こいし!?」
「そこに山があるから」
「ないよ! もろくそ室内だよ!」
いつの間にかちょこんと座っているのは閉じた瞳を持つ少女。地霊殿の妹様こと、古明地こいしである。
かつてチルノと知り合った後、地霊殿の主の依頼を受けて、妖怪の山に彼女を捜索しに行ったことから知り合った少女だ。
「いつからいたの!?」
「じゃじゃーん! 『おつまみもたっぷり運んできやがったぜぇー!』って言ったのは私」
「そーだったのかー」
チルノも感心する。さすがは気配をさとられぬ無意識の住人。
「なんだ、知り合いなのか?」
既に杯で酒をあおりながら、勇儀が首をかしげる。
「まぁ、ちょっと色々あって」
パルスィが苦笑する。
「地霊殿の妹妖怪だろ? 何回か見たことがある」
怪訝な目つきになる勇儀に、こいしは微笑んで返した。
「改めましてこんにちは、四天王の勇儀さん。何かパルスィのかわいいとこ見れるって聞いて歩いてきました」
「おおう、いける口だね」
「歩いて帰れ!」
何でここに来てややこしいのが増えるんだろう。パルスィは眉間を押さえた。
それに微笑みながら、こいしはチルノに向かってよっ、と手をあげる。
「やぁチルノ。しばらく見ないうちに大きくなっちゃってぇ。最近の子は成長が早いねえ」
「なんで親戚のおばちゃんみたいになってんのよ」
パルスィのツッコミが後を追う。
「こいしも久しぶりね。懐かしいわ、あんたとパルスィと椛の四人で賽銭泥棒を繰り返したあの日々が……」
「私知らんよそんな過去!?」
透き通るような蒼い髪を無駄にきらめかせながらセンチメンタリズムあふれる事実無根の回想を述べるチルノに、パルスィが慌てる。
「本当になつかしいね……」
「肯定するの!?」
こいしも懐かしげに涙をぬぐう。
「巫女に見つかったときのパルスィ、かっこよかったよね。『ここは私に任せて先に行け』って……」
「始める前も『私、この賽銭泥棒が終わったら、結婚するんだ……』って気合十分だったよね」
「なんで私そんな死亡フラグ乱発してんの!?」
「何、結婚だと!? 相手は誰だ!?」
「この話に食いつくなよ四天王!」
「うー、妬ましいわー、妬ましいわ~」
「ちょ、パルスィ?」
結局、呑んだ。
そして、我らが常識人が、潰れた。
顔を赤く染めながら、力なく氷精にしなだれかかっている。
「いっつもいっつも妹キャラと私の理解の及ばない固有結界作り上げてぇぇ……。妹なの!? 私に足りないのは妹なの!?」
ガクガクと激しくチルノを揺らす。
「うわわわ」
「ちくしょー! 妬ましいよぉ! アパーム! ロザリオ持ってこーい!」
喚き散らすパルスィを、鬼と覚り妖怪が食い入るように見ていた。
「やばいな」
「ええ、まったく。こっちが妬ましくなってきちゃう」
「こんなパルスィを見る日が来るとは思っていなかったな」
「ところで地上に行ったときにカメラという便利なものを手に入れまして」
「でかした」
いろんな意味で貴重な写真を取りまくった後、ふぅと勇儀は額をぬぐう。
「ふむ、しかしツッコミ役が潰れてしまっては会話にハリがなくなるな」
「じゃあ私がツッコミ役やるわ!」
こいしがどんっと胸をたたく。
「……できるのか?」
「できるます。うったりかったり、どせいさんです」
「既にだめじゃねーか」
「くっ……無意識にボケてしまう自分が憎いッ……!」
勇儀とこいしがそんなやりとりをしている間に、パルスィがチルノに与える振動が強くなっていく。それに伴い、胸もすごいことになっている。
「あわわわわ」
「わかんないのよー! わけわかんないのよー! いっつもチルノったらハイスピードだもん! 置いて、いかれ、そうでっ!」
「置いていかないよ! 置いていかないから!」
「置いてかない!? ホントのホントに!?」
「ホントのホントに!」
「ホントならこれができるハズです。ジョージ・ジョースター卿のものまね~」
「逆に考えるんだ。ついていってやるさ、と考えるんだ」
「今ついていけた……? 私ついていけた……!?」
「うん、ついてきて、パルスィ。そしたら、あたいもうれしいから」
「ち、ちるの~……あふぅ」
燃え尽きたかのごとく、パルスィはチルノの太腿に倒れこむ。
「んふふ~、かわいいじゃない」
言いながらパルスィの髪を撫でさするチルノを見て、あの氷精もなかなかやるなと勇儀は微笑む。
「まったく、実にわけがわからんな、君たちは」
「何よ、あんたたちに言われたくはないわ」
チルノが反射的に言い返す。勇儀のことをほとんど何もわかっていないのに。
いや、故にわけがわからないのかもしれないが。
「ふふ、本人は力不足を感じているようだけど、パルスィも結構わけのわからん奴だよ」
勇儀は矛先をずらして返す。
「ふぅん……?」
「妖怪であり鬼であり神であり、人の心なんていう最もわけのわからん分野の能力なんて持っていやがる」
「わけがわからないわ」
「そうだろう?」
チルノの答えを聞いて満足そうに、勇儀は今一度杯をあおる。
「受け止めてやってくれ。君にならそれが出来るだろう」
「ふん、言われなくても。最強のあたいにできないことなんてないわ!」
「うむ、いい返事だ」
にこりと笑む勇儀に、おずおずとこいしが声をかける。
「ええと、それって私も結構わけのわからない部類に入る気が……」
「心配するな、君はパーフェクトだ」
「まじかー、ぱーふぇくとかー……」
こいししょんぼり。
「パーフェクトと聞いて」
「フリーズさせちゃダメだからな?」
構えに入ったチルノに、勇儀が釘を指した。
「ふむ、だが、落ち込むことはない。何から何までわけのわかる奴に、誰かが魅力を感じたりするもんか」
それは星熊勇儀の言葉であった。
怪力乱神の力――すなわちわけのわからない力を持つ彼女だからこその言葉であった。
「どういうこと?」
チルノが首をかしげる。
「そうさ、わけのわからないままでいるがいい。そうすれば君の世界は不安と好奇と魅力でいっぱいだ!」
星熊勇儀はにぃ、と笑った。
「さぁて呑もうか、パルスィも潰れたことだし、今度は私の家で嫌になるほどね!」
「イヤッホォーウ! 星熊最高ーーー!」
「……私はどこ? ここはだれ? ……っと」
水橋パルスィはのっそりと身を起こした。
旧都の居酒屋で呑んでいたところまでは覚えているが、それからどうなっていたのか。
あたりを見渡すと畳の部屋ではあるが明らかにあの座敷ではない。というか自分布団に寝……
そこで唖然とした。
「右にチルノ……左に古明地こいし……」
「合体! 無意識馬鹿、古明地チルノ!」
「うわびっくりした! 何してんの勇儀!?」
両脇に少女が寝ていてびっくりしたところに、いきなり壁が回転し、忍者のごとく鬼が出てきてまたびっくりした。
「やっとお目覚めか、二日酔いにはなってないかな?」
「二日酔い……?」
首をかしげるパルスィに、勇儀はにやりと笑う。
「なんだ、覚えてないのかい。こんなことまでしたというのに」
言って、勇儀は一枚の写真を投げてよこす。
怪訝そうにパルスィがそれを受け取ると、そこにはチルノにしなだれかかるパルスィが!
「ななななな何よこれ!」
「わはは、わけのわからないままでいるがいい。そうすれば君の世界は不安と好奇と魅力d」
「馬鹿にしとんのかぁー!」
いい蹴りが、星熊勇儀に炸裂した。
~続く!~
橋姫、水橋パルスィはコタツに入りながら、鼻歌交じりに買ってきたお菓子の包みを解いていた。
嫉妬を司る橋姫といえど、やっぱり女の子なのである。
「じゃーん、アイス大福。寒いときに冷たいもの食べるのもいいものよね」
アイスクリームと大福を組み合わせた、まったく新しいお菓子である。
地上と地底とが繋がってから生み出されたもので、噂に聞いてこっそりと買いに行った次第なのだ。
「上と下が繋がるなんて面倒ばっかかと思ってたけど、いいこともあるものね。ん、つめたくてやわらかい♪」
四個入りのうちの一つにはむっとかぶりつき、味わった後にほうっ、と白い吐息をはく。
小さな幸せをしみじみと感じていた彼女だったが、にわかに家の外が騒がしくなった。
「何事かしら?」
パルスィは後ろ髪を引かれる思いだったが、外の様子を見にいくことにし、上着を羽織って扉を開ける。
「ウワァー! 大福だー! 大福が来るぞー!」
「何事よマジで!?」
騒いでいた何人かの中に知った顔を見つけて、パルスィはそれをつかまえる。土蜘蛛の妖怪、黒谷ヤマメだ。
「ヤマメ、一体何があったの?」
「あ、水橋さん。それがね、地上で大福を溜め込んでおく大福ダムが決壊したらしくて……」
「大福ダム!? 何それ!?」
「ともかく大福が流れ込んで、うわああきたあああ!」
パルスィが振り向くとそこには縦穴を舐めるように流れ降りてくる白い奔流があった。
「なにこの量!? 一体誰が!? 目的は何!? うわあああああああ!」
なす術もなく彼女たちは大福に呑まれた。
なんでこんなことになってしまったのだろう。それは冷たくて、でもやわらかくて。
そして彼女は――
「ぶはっ! 夢かっ!」
パルスィは覚醒した。
しかし、視界は真っ黒いし、なんだかやわらかい感触を顔に感じる。そして冷やっこい。
「? 何に突っ込んでるのかしら。よっと」
そうして顔をずいっと後ろにのけぞるように退けると、そこにはにこにこ笑っている氷精の顔が。
ぴしりとパルスィの動きが固まる。
「えへへ、来ちゃった」
ええと、ちょっと上に彼女の顔があるということはつまり、自分を包んでいた冷たくて柔らかい感触は。
「ひょああー!」
謎の奇声がパルスィ宅に響き渡った。
『ちるのさんLv.99』
やっつめ
やっつめ
「うー、暇だ暇だ」
今特に意味もなく全力疾走している彼女はごく普通の鬼。強いて違うところをあげるとすれば四天王ってことかな。
名前は星熊勇儀。
そんなわけでいつものように旧都へと繰り出してきたのだ。
「む?」
ふと見ると、一際目を引く少女が一人でたたずんでいた。
「うおっ、いい女……」
透き通るように輝く白い肌。幻想的な蒼さをたたえながらやわらかく靡く、長き髪。
氷のような羽がきらきらと美しい輝きを宿す。
すらりとした長身であるものの出るところも出ており、どこか凛々しさを感じさせる顔立ちもあいまって、大人な雰囲気を感じさせる。
いかにも少女と形容すべき外見の者が多いこの世界だからこそ、それは勇儀にとって強烈な印象だった。
そして勇儀はホイホイと声をかける。
「君、見ない顔だね。どうだい一緒に日本酒でも」
「うい?」
その少女が何事かと首をかしげた瞬間。
「ハイパーイカロスウイングー!」
「モガガル!?」
側頭部に見事な飛び蹴りが炸裂! 勇儀は倒れた。
「あいたたたた……、なんなんだいまったく……」
頭をさすりながら勇儀が身を起こすと、そこには緑色の眼光で自身を見下ろす妖怪がいた。
「なんだパルスィか。久しいな」
「久しいなじゃないわよ。久しぶりに会ったと思えば口説きシーンなんて、アホらしくて
妬む気も起きないわ。しかもお茶とかじゃなくて酒とか何なのよ」
「私はそう口説かれるとうれしいぞ」
「うるさい」
そう言いながら勇儀が身を起こしていると、首をかしげたままでいた蒼髪の少女が不意に合点がいったようにポンと手を打つ。
「誰かと思えばニンジンヘッドじゃない。久しぶりね」
「ニンジンヘッドだと!? その名を知る君は!?」
額の一本角をニンジンに見立てた、恐れ知らずのそのあだ名。そう、思い出す。それを言ったのは、こともあろうか妖精であったと。
「そうよ、間欠泉の件のときに会った妖精。諸事情あって体だけレベルアップしたの」
「あたいはチルノである」
「それ気に入ったの?」
何かお決まりになった感のある自己紹介をするチルノを、勇儀は立ち上がってしげしげと眺める。
「へー、ほー、あのときのちっちゃな妖精がねえ。いやうん、立派になったもんだ」
「どこを見て言っとるか」
「全体的に褒めたつもりだったんだがね」
嫉妬の気を滲ませるパルスィに、勇儀は苦笑いを浮かべた。
そんな彼女に、チルノが爪先立ちしながら頭の高さをあわせる。
「しかしあんた背高いわね。あたいも結構背が伸びたのに、爪先立ちでやっとだわ」
「はっは、これでも恐れの象徴たる鬼の四天王さ。でかいのは単純な恐れだからね」
「そうか、だから胸もでかいのね」
「胸は関係ないでしょ!?」
「ふっ、ご明察恐れ入る」
「関係あるんだ!?」
確かに恐ろしいけど! とパルスィは思った。
しかし同じ四天王の萃香とかは色々と小ささの極みではないのだろうか。まぁ全体的にでかくもなれるし、司っている恐れがまた別のものなのかもしれないが。
「しかしアレか。見た目はこんなだけど、中身はあれなのか」
「まぁうん、そうなんだけど」
「ふむ、そうなのか、うん……」
勇儀はちろりとチルノの方を見ると、こそっとパルスィに耳を寄せてきた。
「……犯罪じゃないか?」
「……は?」
パルスィは心から聞き返す。
すると勇儀はグッと拳を握り、喉の奥から搾り出すように言葉を吐く。
「体は成熟していながらも心は子供というアンバランスさ自体もさることながら、そこから導き出されるのはそんな無垢な少女が実に無防備に佇んでいるという事だ。けしからんね! 実にけしからん!」
「あんたが犯罪だこのばか!」
「ごぇふ」
勇儀の腹部に強烈な肉弾的ツッコミが入った。
腹を押さえている隙にパルスィは勇儀の脇をすり抜け、チルノに走り寄ってその手をきゅっと握る。
「うい?」
「チルノは私の友達なんだから、変な事したらいくら勇儀でもただじゃ済まさないからね!」
そうやって、小動物のようにがぁっと威嚇するパルスィを見て、勇儀はほう、と唸った。
誰かと話していてもどこかで一線を引いていたあの橋姫が、こうも胸を張って宣言するのだ。
「いや結構。水橋殿も隅に置けんな」
「へんな言い方しないでよ」
顎に手を当てて笑う勇儀に、パルスィはジトッとした視線をぶつける。
「そういえばお酒飲みに行くんじゃないの?」
やや勇儀とパルスィの会話に置いてかれ気味だったチルノが、口を挟む。
「いや、あれは別に……」
「いや行こう、すぐ行こう」
パルスィが言うのを制して、勇儀がやたらいい笑顔で二人の肩をぎゅっと持つ。
「いい店を知ってるんだ。そしてあわよくば二人を酔わせてあんなことやこんなことを」
「めちゃくちゃのっぴきならない言葉が聞こえるんだけど!?」
戦慄するパルスィの隣で、チルノが得心したように手を打つ。
「つまり赤毛にされるってことね!」
「アンなこと!? あんた実は頭いいでしょ!?」
と、結局勇儀に連れられるままに、旧都の居酒屋へとやってきたのだ。
「お、勇儀さんじゃねーですかい。っと、珍しいお客さんを連れてますなぁ」
「ははは、どうだかわいいだろううらやましいだろう。座敷いいかい?」
「あいよ、空いてますよ。ささどうぞどうぞ」
まだ時間的には昼だというのに普通に店は開いているし、普通に客もいる。さすが鬼といったところか。そもそも旧都はいつも薄暗いので、時刻などはあまり関係ないのかもしれない。
まぁそんなこんなで、通された座敷に座る。チルノとパルスィが隣同士で、向かいに勇儀が座っている格好だ。
「おおー、畳だー」
なぜか畳にじゃれ始めるチルノを横目にしてふっと息を吐きつつ、パルスィはやれやれと話し始める。
「まったく、あんな開け広げに……連れられてるこっちが恥ずかしいわ」
「何を恥じることがある。かわいいは正義は全世界共通認識だ。君もまさか否定は出来るまい?」
「むぅ……」
確かになぜか畳の上で転がり始めるチルノを見ていると何も言い返せない。
ふとチルノと目が合うと、なぜか神妙な顔でVサインを送ってくる。
「タタミネーター3」
「何言ってんの!?」
本当にわからなかった。
そうこうしているうちにがっちゃがっちゃと酒が運ばれてくる。
すごい量だった。さすが鬼。戦いは数だよ鬼ィ。
「さぁ飲みねえ飲みねえ! 私のおごりだよ!」
「ひゃっはー! 酒だー!」
「おつまみもたっぷり運んできやがったぜぇー!」
「なにこの世紀末」
勇儀の大盤振る舞いにチルノがテンションを上げる。
まぁ鬼と比べればチルノたちの飲む量などたかが知れているだろうけど。
ともかく酔いつぶれぬよう控えめに飲んでいかなければ、とパルスィが思った瞬間に。
「さぁ、酒も揃ったことだし飲み比べでもしようか!」
「よーし、あたいの最強さを見せてやるわ!」
「なら判定はこの古明地こいしが!」
「待て待て待てい!」
いきなり最初からクライマックスではないか。それに勇儀の一人勝ちだし、このメンバーでは……。この……メンバーでは……?
違和感に気づき、パルスィはばっとお誕生日席を見る。
「なぜいる古明地こいし!?」
「そこに山があるから」
「ないよ! もろくそ室内だよ!」
いつの間にかちょこんと座っているのは閉じた瞳を持つ少女。地霊殿の妹様こと、古明地こいしである。
かつてチルノと知り合った後、地霊殿の主の依頼を受けて、妖怪の山に彼女を捜索しに行ったことから知り合った少女だ。
「いつからいたの!?」
「じゃじゃーん! 『おつまみもたっぷり運んできやがったぜぇー!』って言ったのは私」
「そーだったのかー」
チルノも感心する。さすがは気配をさとられぬ無意識の住人。
「なんだ、知り合いなのか?」
既に杯で酒をあおりながら、勇儀が首をかしげる。
「まぁ、ちょっと色々あって」
パルスィが苦笑する。
「地霊殿の妹妖怪だろ? 何回か見たことがある」
怪訝な目つきになる勇儀に、こいしは微笑んで返した。
「改めましてこんにちは、四天王の勇儀さん。何かパルスィのかわいいとこ見れるって聞いて歩いてきました」
「おおう、いける口だね」
「歩いて帰れ!」
何でここに来てややこしいのが増えるんだろう。パルスィは眉間を押さえた。
それに微笑みながら、こいしはチルノに向かってよっ、と手をあげる。
「やぁチルノ。しばらく見ないうちに大きくなっちゃってぇ。最近の子は成長が早いねえ」
「なんで親戚のおばちゃんみたいになってんのよ」
パルスィのツッコミが後を追う。
「こいしも久しぶりね。懐かしいわ、あんたとパルスィと椛の四人で賽銭泥棒を繰り返したあの日々が……」
「私知らんよそんな過去!?」
透き通るような蒼い髪を無駄にきらめかせながらセンチメンタリズムあふれる事実無根の回想を述べるチルノに、パルスィが慌てる。
「本当になつかしいね……」
「肯定するの!?」
こいしも懐かしげに涙をぬぐう。
「巫女に見つかったときのパルスィ、かっこよかったよね。『ここは私に任せて先に行け』って……」
「始める前も『私、この賽銭泥棒が終わったら、結婚するんだ……』って気合十分だったよね」
「なんで私そんな死亡フラグ乱発してんの!?」
「何、結婚だと!? 相手は誰だ!?」
「この話に食いつくなよ四天王!」
*
「うー、妬ましいわー、妬ましいわ~」
「ちょ、パルスィ?」
結局、呑んだ。
そして、我らが常識人が、潰れた。
顔を赤く染めながら、力なく氷精にしなだれかかっている。
「いっつもいっつも妹キャラと私の理解の及ばない固有結界作り上げてぇぇ……。妹なの!? 私に足りないのは妹なの!?」
ガクガクと激しくチルノを揺らす。
「うわわわ」
「ちくしょー! 妬ましいよぉ! アパーム! ロザリオ持ってこーい!」
喚き散らすパルスィを、鬼と覚り妖怪が食い入るように見ていた。
「やばいな」
「ええ、まったく。こっちが妬ましくなってきちゃう」
「こんなパルスィを見る日が来るとは思っていなかったな」
「ところで地上に行ったときにカメラという便利なものを手に入れまして」
「でかした」
いろんな意味で貴重な写真を取りまくった後、ふぅと勇儀は額をぬぐう。
「ふむ、しかしツッコミ役が潰れてしまっては会話にハリがなくなるな」
「じゃあ私がツッコミ役やるわ!」
こいしがどんっと胸をたたく。
「……できるのか?」
「できるます。うったりかったり、どせいさんです」
「既にだめじゃねーか」
「くっ……無意識にボケてしまう自分が憎いッ……!」
勇儀とこいしがそんなやりとりをしている間に、パルスィがチルノに与える振動が強くなっていく。それに伴い、胸もすごいことになっている。
「あわわわわ」
「わかんないのよー! わけわかんないのよー! いっつもチルノったらハイスピードだもん! 置いて、いかれ、そうでっ!」
「置いていかないよ! 置いていかないから!」
「置いてかない!? ホントのホントに!?」
「ホントのホントに!」
「ホントならこれができるハズです。ジョージ・ジョースター卿のものまね~」
「逆に考えるんだ。ついていってやるさ、と考えるんだ」
「今ついていけた……? 私ついていけた……!?」
「うん、ついてきて、パルスィ。そしたら、あたいもうれしいから」
「ち、ちるの~……あふぅ」
燃え尽きたかのごとく、パルスィはチルノの太腿に倒れこむ。
「んふふ~、かわいいじゃない」
言いながらパルスィの髪を撫でさするチルノを見て、あの氷精もなかなかやるなと勇儀は微笑む。
「まったく、実にわけがわからんな、君たちは」
「何よ、あんたたちに言われたくはないわ」
チルノが反射的に言い返す。勇儀のことをほとんど何もわかっていないのに。
いや、故にわけがわからないのかもしれないが。
「ふふ、本人は力不足を感じているようだけど、パルスィも結構わけのわからん奴だよ」
勇儀は矛先をずらして返す。
「ふぅん……?」
「妖怪であり鬼であり神であり、人の心なんていう最もわけのわからん分野の能力なんて持っていやがる」
「わけがわからないわ」
「そうだろう?」
チルノの答えを聞いて満足そうに、勇儀は今一度杯をあおる。
「受け止めてやってくれ。君にならそれが出来るだろう」
「ふん、言われなくても。最強のあたいにできないことなんてないわ!」
「うむ、いい返事だ」
にこりと笑む勇儀に、おずおずとこいしが声をかける。
「ええと、それって私も結構わけのわからない部類に入る気が……」
「心配するな、君はパーフェクトだ」
「まじかー、ぱーふぇくとかー……」
こいししょんぼり。
「パーフェクトと聞いて」
「フリーズさせちゃダメだからな?」
構えに入ったチルノに、勇儀が釘を指した。
「ふむ、だが、落ち込むことはない。何から何までわけのわかる奴に、誰かが魅力を感じたりするもんか」
それは星熊勇儀の言葉であった。
怪力乱神の力――すなわちわけのわからない力を持つ彼女だからこその言葉であった。
「どういうこと?」
チルノが首をかしげる。
「そうさ、わけのわからないままでいるがいい。そうすれば君の世界は不安と好奇と魅力でいっぱいだ!」
星熊勇儀はにぃ、と笑った。
「さぁて呑もうか、パルスィも潰れたことだし、今度は私の家で嫌になるほどね!」
「イヤッホォーウ! 星熊最高ーーー!」
*
「……私はどこ? ここはだれ? ……っと」
水橋パルスィはのっそりと身を起こした。
旧都の居酒屋で呑んでいたところまでは覚えているが、それからどうなっていたのか。
あたりを見渡すと畳の部屋ではあるが明らかにあの座敷ではない。というか自分布団に寝……
そこで唖然とした。
「右にチルノ……左に古明地こいし……」
「合体! 無意識馬鹿、古明地チルノ!」
「うわびっくりした! 何してんの勇儀!?」
両脇に少女が寝ていてびっくりしたところに、いきなり壁が回転し、忍者のごとく鬼が出てきてまたびっくりした。
「やっとお目覚めか、二日酔いにはなってないかな?」
「二日酔い……?」
首をかしげるパルスィに、勇儀はにやりと笑う。
「なんだ、覚えてないのかい。こんなことまでしたというのに」
言って、勇儀は一枚の写真を投げてよこす。
怪訝そうにパルスィがそれを受け取ると、そこにはチルノにしなだれかかるパルスィが!
「ななななな何よこれ!」
「わはは、わけのわからないままでいるがいい。そうすれば君の世界は不安と好奇と魅力d」
「馬鹿にしとんのかぁー!」
いい蹴りが、星熊勇儀に炸裂した。
~続く!~
というか可愛ければなんでも構わず食っちゃうタイプ?
あとパルパルさんはもっとチーちゃんに顔を埋めやがれー。
そしてこいしさん乙ー。
久々に萌えたよ……
・・・いや実際真意は付けるし、知識もあるから間違ってはないな