十二月二十四日。
本来の記念日とは違う記念日として人々の心にあたたかなものを運んでくれるこの日、外界の行事とは無縁の幻想郷でもその賑わいをみせようとしていた。
外界暦、十二月二十四日、辰の刻。
「メリークルシミマスー♪」
幻想郷にある永遠亭、その家主である蓬莱山輝夜の一言から始まった。
「…………」
「なにそれ……」
笑顔で奇怪な呪文を唱える輝夜になにがなんやらといった様子の妖怪兎、因幡てゐと鈴仙・優曇華院・イナバ。
「いきなりどうしたんですか? 姫様」
これには月の頭脳の二つ名を持つ八意永琳も苦笑いを浮かべるばかりだった。
「クリスマスよ、クリスマス。外の世界じゃ、メリークルシミマスーってパーティーするみたいなのよ」
「「「…………」」」
「……?」
一同の沈黙。
「……姫様。それはメリークリスマスじゃ……」
それを破ったのは突拍子もない輝夜に固まっていた鈴仙だった。
「あれ? そうだっけ?」
「多分そうですよ……」
デジャブすら浮かんでしまうのか、重いため息を吐き出す鈴仙。
そんな彼女に続いてか、
「ま、なんでもいいわ。メリークルシミマスー♪」
「「…………」」
なにも考えずに笑顔で唱える輝夜の『クルシミマス』に、永琳もてゐも同じように重いため息をこぼしていた。
「……それで、なんでまた急に外の世界のパーティーなんかやりたくなったんですか?」
「だって、赤い服を着た『さんた』ってのが夜にこっそりプレゼントを置いてってくれるのよ? これはやるしかないでしょ。ね? イナバ」
「はあ……」
毎度の脊髄反射的な思考にうなだれる鈴仙の後ろでは、
「夜にこっそりって、思いっきり泥ぼ――もがっ」
「てゐ? それは言っちゃダメよ」
にっこりと作った笑顔でてゐの口をふさぐ永琳の姿があった。
「さ。こうしちゃいられないわ。イナバ、準備しなさい」
「え?」
「永遠亭でもするわよ、クルシミマスパーティー」
「「…………」」
「だから、クリスマスだってば……」
かくして、永遠亭でクルシミマス……もとい、クリスマスパーティーが開かれることになった。
外界暦、十二月二十四日、巳の刻。
「……」
「………………」
「…………」
面倒の一言で輝夜が部屋に戻ってからおよそ四半刻。クリスマスパーティーの準備は話し合いの段階から一向に進んでいなかった。
「……ところで、準備ってなにをすればいいんですか?」
「「…………」」
沈黙に痺れを切らした鈴仙に返ってきたのは永琳・てゐの苛立ちを含んだ無言だった。
「あ、あの……」
「はぁ……。それがわからないからさっきから考えてるんでしょ」
「まったく。もうちょっと空気読んでよね、鈴仙」
「ご、ごめんなさい……」
「だから鈴仙は脱ぎ役なのよ……」
「脱ぎ役ってなによっ」
「そうね。いじりやすいし」
「し、師匠~」
顔を赤くして反論する鈴仙に、彼女に目も向けずに言葉をやるてゐと永琳。
もはやいじられ放題である。
「それで、鈴仙はなにを準備すればいいと思う?」
「え?」
「まさか考えてなかったとか言わないよね?」
「ぅっ……そ、それは……」
「それは?」
「…………」
「…………」
目は泳ぎ、言葉は詰まる。
「……ごめん、なにも……」
その先は言うまでもなかった。
「…………」
「…………」
「ねえ、鈴仙」
「はい……」
ニコリと微笑んだ笑顔に反して、
「役立たず♪」
「…………」
言うことにはかなりひどいものがあった。
そんなやりとりからさらに半刻。
「あの……なにやってるんですか?」
妖怪兎に連れられて部屋にやってきたのは守矢神社の巫女、東風谷早苗だった。
「あなたは……?」
「あ、申し遅れました。私は東風谷早苗。守矢神社で風祝をしています」
「かぜ、はふり?」
「それでその風祝のあなたが、いったいどうしたの?」
ぺこりと丁寧にお辞儀をする早苗に小首をかしげる鈴仙。
そんな彼女をよそに永琳は話を進める。
「実は……羽目をはずしすぎる神様を大人しくさせる薬はないかな……って、思いまして」
「羽目をはずしすぎる神様を、ねえ……」
「それって、つまりバカに――もがっ」
「?」
「なんでもないわ。気にしないで」
「はあ……」
ポカンと口を開ける早苗をよそに、横槍をはさもうとしたてゐは案の定、永琳によって制されることになった。
「それで薬のことだけど、残念だけどそういう薬はないわね」
「そうですか……」
「まあ、睡眠薬で眠らせば大人しくはなるけど、根本的な解決にはならないわね」
「そうですよね……はぁ……」
「まあ、バカにつける薬はないって言いますからね」
「「「…………」」」
鈴仙の苦笑いに全員の表情が凍りついたように固まっていた。
「ウドンゲ、あなた……」
「まさか鈴仙が言うとは……」
「え? え? なに? 私変なこと言った?」
「…………」
「空気読めないのもある種の才能だよね……」
いまだに状況を理解していない鈴仙に二人はため息を吐き、
「気になさらないでください。本当のことですし……。御柱では遊ぶし、寝てる間に人の服は脱がすし……今朝だって……ぶつぶつ……」
早苗は一人、独り言のように愚痴をこぼしていた。
外界暦、十二月二十四日、申の刻。
「………………」
「……」
日は傾き始め、亭内を夕焼け色に染め上げつつあるも、
「け、結局、時間だけが経っちゃいましたね。あはは……」
「…………」
「もう怒る気にもなれないわ……」
準備のほうはまったく進んでいなかった。
「ねえ、お師匠様ー。もうテキトーでいいんじゃないですかー?」
「ちょっ、え……」
「そうね、さすがに私も疲れたわ……」
「し、師匠までっ」
「てゐ、うさぎたちに料理をお願い。あと、ウドンゲは部屋の飾り付けをお願いね。私は姫様のプレゼントの用意をするから……」
「あ~い」
と、力なき返事でとぼとぼと部屋を後にするてゐ。
「ちょ、ちょっと師匠っ」
「本にも載ってなかったのだし、仕方ないでしょ」
「で、でも……」
「なにもしないより、パーティーの準備だけでもしたほうが姫様の機嫌を損ねなくて済むと思うけど?」
「それはそうですけど……」
「さ、早くしないと姫様が痺れを切らすわよ」
「……わかりました」
しかし、鈴仙のほうはいまひとつ納得のいかない様子だった。
ギシッ、ギシッと木の軋む音が静音の亭内を抜けていく。
「師匠はああ言ってたけど、どうすれば……」
会場の飾り付けを任された鈴仙はそのレイアウトに頭を悩ましていた。
「やっぱりクリスマスってつくぐらいだし、なにか特別なものがあるのかな……? それとも逆に普通なのかな……? う~ん……」
あれやこれやと考えるものの、やはり考えがまとまることはなく、ただ時間と会場までの距離だけがいたずらに減っていった。
「あら、イナバじゃないの」
「あ、姫様」
「どう? 準備は順調?」
「は、はい。全然大丈夫ですよ」
思わずこぼれてしまった嘘。
(あ……)
そこで素直に謝っていればよかったものの、
「本当に?」
「ええ。任せてくださいよ」
さらにそれを嘘で塗り固めてしまう鈴仙。
「よかった。それじゃ、準備ができたら教えてね。期待してるわよ~」
「はい。楽しみにしててくださいね」
ギシッ、ギシッ……。
「…………」
嬉々として部屋に戻っていく輝夜を見送るなか、
(ど、どどど、どうしよ……! 姫様にあんなこと言っちゃった……!)
もう後には退けない鈴仙だった。
外界暦、十二月二十四日、酉の刻。
日はすっかり沈み、冬の寒さが一層身にしみる夜の時間がやってきた。
「と、とりあえず、こんな感じになりました~……」
折り紙で作られたチェーン状のモール。テーブルには折られた鶴や白鳥が箸置きとして並べられ、『メリークリスマス』と書かれたボードまで準備されていた。
「「…………」」
「あはは……」
「ねえ、鈴仙……」
が、二人の視線を釘付けにしたのは、
「これは……なにかしら?」
パーティー会場の中央に置かれた、大きな竹だった。
「あ、あったほうがいいかな~って思って……」
「七夕じゃないんだから……」
「い、一応飾りつけもちゃんとしたのよ」
しかし、いくら飾りつけをしたといっても竹は竹。やはりクリスマスツリーには程遠いものがあった。
「ま、まあ……いいんじゃないかしら。てゐ、姫様を呼んできて」
「はーい」
こうして、永遠亭のクリスマスパーティーは開かれることになった。
数々の料理にうさぎたちは笑顔をみせ、
笑顔の声はみなの心をあたため、さらなる笑顔を生み出す。
そこに立場の上下はなく――
「あっ、この箸置き折り紙でできてるんだ――」
箸置きの白鳥を眺める輝夜も、
「ふふっ――」
そんな輝夜を眺める永琳も、
「ちょっと、待ちなさいよてゐ~」
逃げ回るてゐを追いかける鈴仙も、
「くすくす♪」
追いかけてくる鈴仙から逃げ回るてゐも、
「輝夜様たち、喜んでますね」
そしてそんな彼女たちの笑顔を嬉しく思う妖怪兎たちも、みな同じように心からの喜びをその顔に表していた。
「どうですか輝夜様。今夜のクリスマスパーティーは」
「とてもいいわ。ありがとね」
「い、いえ、そんな」
輝夜に褒められ、あわわと照れ笑いをみせる妖怪兎。その笑顔も普段ではあまり見ることのできない、このパーティーだからこそ見れるものだろう。
「あなたもどう? ちゃんと楽しんでる?」
「は、はいっ。もちろんですっ」
「そう。よかった」
「…………」
輝夜の笑顔に顔を赤くする妖怪兎。普段から主らしからぬ一面をみせる彼女がこうして永遠亭の主としていれるのはこういった魅力が多いからなのかもしれない。
「? どうかした?」
「あ、いえ……なんでもないです」
「そう。今夜は存分に楽しんでね」
「は、はいっ」
「ふふっ――」
外界暦、十二月二十四日。
この聖なる夜に誰もが心を躍らせ、
人々も、そして妖怪たちも、
寒々としたを冬の夜空を笑顔の輝きで彩っていった。
外界暦、十二月二十四日、子の刻。
日付が変わり、楽しかったパーティーもその会場をそれぞれの夢のなかへと移し、静かに幕を閉じた。
「ふふっ……♪」
夜月を肴にパーティーの二次会を現で一人始める輝夜。
「お月見ですか?」
そんな彼女の隣にそっと腰を下ろしたのは永琳だった。
「あら、まだ起きてたの?」
「私が寝たら姫様にプレゼントを渡せなくなってしまいますからね」
「プレゼント?」
「姫様が言ったんですよ? 『さんた』が夜にこっそり、プレゼントを置いていってくれるって」
クスリと小さな微笑を浮かべ、輝夜の膝元に小箱を置く永琳。
「永琳、いいのよ」
しかし、その箱は開けられることなく、永琳の手元へと返された。
「姫様……?」
「私はもう、もらったから……」
永琳の驚きに輝夜は小さく首を振る。
「え……?」
「ふふっ♪」
夜空の月――月の民に向かって輝夜は微笑む。
(そう。たしかにもらったわ――)
彼女の両の手にはおさまりきらないほどの、
『幸せ』という大きなプレゼントを――
そう、クリスマスとは本来こうあるべきなんだ!