「何とも酷い有様ね」
博麗神社を訪れたレミリア・スカーレットは、それを見るなり呆れたような声を上げた。
「仕方ないわ。これが時代というものよ」
非難をするような声に、悪びれもせずに答えるのは博麗神社の巫女。
そんな二人の前に広がっているものは、電飾によってクリスマスイルミネーションが施された博麗神社と電飾でショーアップされた神社を拝む里の人間や妖怪達だ。
「ありがたやー、ありがたやー」
「ああ、まるで観音様が降りて来たようじゃ」
「そーなのかー」
日も沈んで久しいのにもかかわらず、普段の閑散とした雰囲気などどこ吹く風と参拝客であふれかえる神社を、吸血鬼と巫女は遠巻きに眺めている。
「ねえ、霊夢」
「なに?」
「貴女は知らないかもしれないけど、クリスマスってキリスト教の祭りよ」
「らしいわね」
「神社でやるものじゃないわ」
苦虫を噛み潰したような表情でレミリアは言った。
「でも、良いんじゃないの。おかげでこんなに人が来ているんだから」
しかし博麗の巫女は馬耳東風とばかりにレミリアの問いかけを受け流す。
「むー 霊夢は神社を似非予言者に明け渡すっていうの? バチカンの狗になったの?」
気にした風でもない霊夢にレミリアは不満の声を上げた。
どうやらお気に入りの場所である神社が、クリスマスに乗っ取られたのが気に入らないようだ。
仮にも彼女は紅い悪魔と呼ばれた吸血鬼、夜族の長である。キリスト教の祭とは、相性が良いはずはない。
「神社には神が八百万いるからね。今更一人増やしたところで問題ないわ」
「その神が、他の神全てを否定する者でも?」
「そんなのよくある話よ。神様なんて我が儘なモノだからね」
パタパタと霊夢は手を振る。
そんな霊夢の様子を見て、レミリアは不満げに溜息を付く。しかし博麗神社は霊夢の神社、その霊夢が良いと言っている以上、話はそれで終わりとなった。
電飾で飾り付けられた拝殿や鳥居、境内には首を振るトナカイや何処からから持ってきた巨大なクリスマスツリーが飾られている。
そして、どういうわけか境内の真ん中に置かれたツリーに対し、人々は所望するクリスマスプレゼントを書いた短冊を飾り付けていた。
「ここに飾っておけば、サンタさんが願いを叶えてくれるのよ!」
「そーなのかー!」
正しくクリスマスを理解しているレミリアは、それを見て苦悩の色を示す。
「……何か変な話になっているわよ」
しかし、霊夢はどこ吹く風とばかりにのんびりと神社の様子を見ていた。
相も変わらずひっきりなしの参拝客は、電飾鳥居をくぐって、クリスマスツリーに短冊を飾りつけ、イルミネーションを見物してから賽銭を入れて帰っていく。
「しかし、こんなに沢山の電飾。どこから仕入れてきたの? あと、電球を点灯する電気も」
「ああ、それは紫がね……」
霊夢が説明しようとした瞬間、空中にスキマが開き、紫の物体がにょろりとそこから這い出てきた。
「呼んだかしら?」
「呼んでない」
「あら、つれない」
呼ばれて飛び出て出現したのは、幻想郷でも知る人ぞ知る大妖怪、八雲紫その人である。
そんな紫に対し、霊夢は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「久しぶり」
「あら? 貴方も久しぶりね」
そうして霊夢とじゃれ合う紫に、レミリアがやや硬い表情で挨拶をし、紫もそれを返した。
「随分と余計な事をしてくれたじゃない」
吸血鬼は、挨拶もそこそこに妖怪に対して不満を述べる。
不機嫌な吸血鬼に紫は少し面を喰らったような顔をしたが、即座に理解し、いつもの胡散臭い笑みを取り戻して、
「余計な事とは?」
と、ちょっかいをかけた。
「クリスマスという行事、そして神社の有様」
「クリスマスは私の仕業じゃないわよ。自然と幻想郷に伝わり、定着をしてしまっただけ。私はただ、神社を盛りたてる為に動いただけね」
「その行いが余計だ」
僅かにレミリアの声に物騒なものが混じり始める。
「西洋文化はお嫌い?」
「少なくとも似非予言者の生誕祭は嫌いだね」
「なるほどなるほど。そこまで言うなら、貴方はクリスマスの起源を御存じかしら?」
そして、胡散臭い笑みを浮かべたまま、紫はレミリアに問いかけた。
「そんなのさっき言った通りでしょ?」
「なるほど。つまり、貴方はその程度の見識で私に意見をしたという事ね」
僅かに、レミリア・スカーレットは訝しげな表情を浮かべるが、紫は構わずに続ける。
「たかが五百歳程度のお子様は知らないかもしれないけど、実はクリスマスはキリストの生誕祭では無いわ。そもそも彼が生まれた日など、彼と同じ時代を生きた者でなければ知る由もない」
「な、なんですって!」
レミリア・スカーレットは驚愕の表情を浮かべた。
彼女は、ずっとクリスマスはイエス・キリストの誕生日と信じて、それは唾棄すべき存在と嫌っていたのだ。それが違うとなれば、レミリアは見識を改める必要があるだろう。
そんなレミリアを見て、紫は笑うと更に続けた。
「本来、この祭りはキリスト教とは関係ない冬至の祭。クリスマスツリーに常葉樹を使うのも、太陽崇拝に由来するからよ。つまり、クリスマスとは、元来はキリストの生誕祭などではなく太陽神信仰の祭なのよ!」
「だったら、余計に祝えんわ!」
刹那、レミリア・スカーレットの突っ込みが紫の胸元に直撃した。
直撃。
衝撃。
回転。
転倒。
気絶。
次の瞬間、吸血鬼の突っ込みを受けた紫は目をまわして神社の境内に崩れ落ちる。
「……帰るわ」
疲れ切った顔でレミリアは、帰宅を宣言した。
博麗神社がイルミネーションで飾り付けられてからしばらく経って、幻想郷はにわかにイルミネーションブームが起きていた。
「神社のけばけばしさに比べればマシかしら」
「確かにこぢんまりとして可愛いですね」
そんな、折り紙や提灯などでいじらしく飾り付けられた人間の里を歩くのは、十六夜咲夜とレミリアの主従コンビ。
二人は、年末の買い出しにと人間の里にやってきたのであった。
「あと、何を買うのかしら?」
正月用の餅を背負い、箱に入ったみかんを片手担ぎ、日傘を差しながらレミリアは尋ねる。
「あとは、妹様が二十四日にケーキが食べたいと言う事なので、卵を買い足す程度ですか」
小麦粉を肩で担ぎ、買い物袋を持った咲夜が答えた。
「ケーキって、スカーレット家はクリスマス禁止だというのに」
レミリアは声を荒げた。
「あら、違いますわ。妹様はあくまで二十四日にケーキが食べたいとしか言っていません。ちゃんとクリスマス禁止の掟は守っています」
「詭弁ね」
「そうですか?」
不思議そうに見る咲夜を見返して、レミリアは軽いため息を付いた。
「まったく、里の人間といい、紫といい、霊夢といい、フランといい、クリスマスの何がそんなに楽しいんだか」
「結局はお祭りですからね。やはりお祭りは楽しいものです」
「お祭りねぇ……」
祭りとは、すなわち祀りである。
それは祭祀に通じ、祭祀は信仰に繋がる。
幻想郷において、キリスト教の勢力は限りなく弱い。在るか無いか分からない程だ。
それは、キリスト教の大敵である吸血鬼のレミリアにとって喜ばしい出来事だった。
そんなキリスト教の祭祀が徐々に幻想郷に侵入している。その事実は、紅い悪魔と呼ばれるレミリアにとって極めて不快な出来事に違いない。
「幻想郷はすべてを受け入れます。それはとても残酷な事ですわ」
かつて、八雲紫はそう言った。
ならば、こうしてクリスマスが幻想郷に馴染んでいく事も仕方がない事なのだろうか。
「気に食わない話だけど」
日本の神とは意外と上手くやっている。
仏との付き合いも慣れれば悪くないし、宇宙人も話してみれば面白い奴らだ。
しかし、リベラルな吸血鬼を自任するレミリアも、キリスト教に対しては思わず構えてしまう。
互いに不倶戴天の敵同士、ずっと殺し合いをしてきた間柄なのだから。
だからこそ、幻想郷が何も考えずにキリスト教の祭祀を受け入れる事が、レミリアにとっては極めて不快なのだ。
「あら、可愛い」
そうしてレミリアが考え事をしていると咲夜が声を上げた。
見れば、寺小屋の子供たちが、何処からか仕入れてきたモミの木に一生懸命飾り付けをしている。
「よし。それじゃあ、頂上の星を飾るのは誰だ?」
寺小屋の主である慧音が、おおよその飾りつけが終わったモミの木を見て、星を掲げた。
「あたいやる!」
一番に、子供たちに混ざっていた氷の妖精が声をあげる。
「ず、ずるい」
「俺が、俺が!」
「あ、私もやってみたい……」
それに続いて人間の子らも、声を上げた。
にぎにぎしくクリスマスの準備をする子らをレミリアは足をとめたまま、じっと見ている。
紅魔館の当主は目を静かに伏せ、ぽつりと、
「……俗物が」
と、冷たく吐き捨てる。
「……お嬢様?」
「何でもない。帰るぞ」
「はい、分かりました」
気遣う咲夜を見止めるとmレミリアは踵を返し、従者もそれに付き従った。
「やっほー、フランちゃーん!」
紅魔館の来客は唐突だ。
本日のお客様は地霊殿の妖怪でフランのお友達、古明地こいしだった。
「おー、こいしちゃん。ささ、上がってー」
そんな典型的な友達同士のやりとりの後、こいしはフランの部屋に上がり、お茶をしながら他愛もないお喋りを始める。
「でね、地霊殿でもイルミネーションをすることになったんだよ」
話題の中心は、幻想郷でにわかにブームとなっているクリスマスイルミネーションだった。
「へー、どんなの? やっぱり建物全体を飾り付けているの?」
「うん。それ以外にもサンタクロースの人形とか、流れ星とか色々と飾ってるの」
「へー、良いなぁ」
楽しそうに語るこいしの話にフランはうっとりと声を上げる。
他にも、守矢の神社が誇るオンバシライルミネーションや永遠亭の青色発光ダイオードを使った青のイルミネーション、白玉楼の霊魂を飾り付けたユウレイイルミネーションに命蓮寺のカラフルなUFOイルミネーションと、幻想郷でも名のある勢力は、その威信にかけて建物をイルミネーションで飾り付けている。
「ところで、フランちゃんの所はいつ飾り付けるの? なんだったら、私も手伝うよ。地霊殿の飾りつけをしたから、割と手慣れたと思うんだ」
「う、うん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね。うちは、その、クリスマスって、駄目なの」
「えっ」
少し困ったような表情を見せるフランに、こいしは戸惑ってしまう。
「ほら、ウチって吸血鬼でしょ? だからキリストの誕生を祝うクリスマスなんてとんでもないって、クリスマスは禁止なのよね。だから、クリスマスイルミネーションも駄目なの」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよー、別にいつもの事だしねー。それよりもっとこいしの話を聞かせて欲しいな。聞いていて楽しいから」
「う、うん! 分かったよ!」
気合を入れて語り始めるこいしにそれを楽しそうに聞くフラン、そんな二人の預かり知らぬところで、恐ろしい自体が進んでいる事を二人はまだ知らなかった。
名誉とは、栄光とは、形のないモノである。
しかし、ある種の条件下で名誉栄光名声の類は実体を持ってしまう事がある。
例えば、中世ヨーロッパでは、街の威信はどれだけ高い塔を建てるかにかかっていた。
この場合、実際に良き行いをする事によって発生する名誉よりも、高い塔を建てることによって得られる名誉の方が多くなり、塔を建てる事が何よりも重要視され、街はひたすらに高い塔が乱立する事となった。
戦国期の日本では、名物というモノが持て囃された。
それは名のある刀であったり、茶器であったりと、道具自体が名声を持つ優れた逸品である。
名物は戦国大名に好まれ、多くの大名は名物を持つ事を競った。
そうして、本来であれば、偉大なる功績を建てた者であるから名物を持っているハズが、偉大なる存在になる為に人々は名物を求めるようになってしまった。
幻想郷でもそれは起こってしまった。
Aのイルミネーションは、Bのイルミネーションよりも素晴らしい。だから、AはBよりも勝っている。
本来、それはイルミネーションの優劣のみを決める事であったはずだ。だが、いつのまにかイルミネーションが素晴らしいという事は、そのイルミネーションの所有者も素晴らしいという事にすり替わってしまった。
楽しむためのイルミネーションは、少しずつ、しかし着実に名声を得る為の道具へと変異し、かのような状況に至って、幻想郷に名を轟かせる吸血鬼はついに動き出した。
「呼んだかしら?」
紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジは灯りの付いていない、昏い部屋に入った。
そこは紅魔館当主レミリア・スカーレットの部屋であり、パチュリーは彼女に呼ばれて来た。
「賢者の石すら練成せしめた魔法使いに一つ尋ねたい」
暗闇の中で声がする。
それは、紅魔館当主であり幻想郷でも恐怖の代名詞となる吸血鬼、レミリア・スカーレットの声であった。
その声色は果てしなく冷たく、そして威厳に満ち溢れ、聞くものすべてに畏怖の感情を覚えさせる。
「我が紅魔館を、幻想郷で最も輝かせる事は可能なりや?」
そのような闇の盟主が、腹心の友である魔法使いに尋ねた。
強大なる闇の声の問い、しかし魔法使いはさしたる緊張もなく彼女の意図をくみ取り、呑気な表情でしばし考え込んで、良い考えが浮かんだのか、薄く笑って首肯して見せた。
「行けるの!?」
次の瞬間、部屋の明かりがパッと付いてレミリアが姿を現す。
それまでの重々しい雰囲気など欠けらもなく、明るい笑顔でパチュリーに詰め寄った。
「まあ、行けるとは思うわ。クリスマスイルミネーションだけなら大した事無いわよ」
「そっか、それは何よりね」
レミリアは安心したように何度も頷いた。
「しかし、今まではクリスマス中止とか言っていたのに、どういう風の吹きまわし?」
パチュリーが尋ねるとレミリアは、
「いやさぁ、最近のイルミネーションブームが凄いじゃない? 本当にここまでブームが浸透しちゃうとさ。屋敷を光らせてないと『えー、うそー! イルミネーション無しで許されるのって小学生までだよね! キモーイ!』とか思われるのよねぇ。こないだも寄合に行ったらさ、何とアリスまでも『紅魔館はイルミネーションで飾らないの?』とか言ってくるのよ。で、聞いてみたら魔法の森の自宅を光らせているって話じゃない。他にも魔理沙も、ちっちゃい妖怪達までやってるのよ。こうなってくると、クリスマス中止とか言っていられないわよね」
と、一気に答えた。
「要するにみんなやってるから、ってわけね」
「今まではクリスマスなんて、一部の酔狂者がやるだけだったけど、今年は幻想郷全体だからねぇ」
しみじみとレミリアは呟く。
「……俗物」
パチュリーはそんなレミリアを見て、聞こえないようにボソリと呟く。
「なんか言った?」
「なんにも。で、どうせやるなら幻想郷でも一番目立とうってわけね」
「そう! どうせやるなら一番が良いじゃない? 紅魔館こそ幻想郷最強である事を彼女らに思い出させて上げないとね」
かくして紅魔館も『クリスマス禁止』というポリシーをあっさりかなぐり捨てて、屋敷をイルミネーションで包む事となった。
「そこは、もう電飾を巻き付けてー」
「時計台は紅魔館のシンボルだから、出来る限り重点的に攻めるのよ!」
「すいませーん! このサンタは何処に置くんですか?」
「壁に釣り下げるのよ! 連続して配置し、順繰りに点灯する事によって登っているように見せるの!」
紅魔館はにわかに慌ただしくなった。
屋敷の飾りつけは紅魔館総出で行う事となり、妖精メイドにメイド長、小悪魔に門番だけではなく、スカーレット姉妹まで頭に手拭いを巻いて日よけの帽子をかぶり、日光対策をして作業に駆りだされた。
「はーい、そこは赤の電球で飾って! 紅魔館なんだから赤を基本色にして他の色は補助にする!」
全体の指揮をするのはパチュリー・ノーレッジ。
彼女の指示に従って、紅魔館の面々は屋敷を飾りたてて行く。
「ちーっす。水妖重機でーす! 発電機をお届けにあがりました―」
「さくやー! 印鑑どこだっけー?」
クリスマスまであと僅か、そんな修羅場の中、イルミネーションは着実に仕上がっていった。
「レミィ」
「何かしら」
「ちょっと紅魔館を笑わせてくれない?」
渋い表情で屋敷を俯瞰しながら、パチュリーはレミリアに問いかける。
「いや、意味分かんないから」
「じゃあ、時計台のバックにある妖怪の山を動かして」
「あんたは、世界のクロサワか!」
そんな多少の無茶振りはあったものの、おおよそつつがなく作業は進み、ついに夜が来た。
「それじゃー、スイッチを入れるわよ!」
「はやくはやく!」
全工程が終了し、点灯式に臨むレミリアをフランが急かす。
我が家にもイルミネーションが来た事が、相当嬉しいらしい。
「お疲れさまです。パチュリー様」
「正直、燃え尽きたわ……」
真っ白になっているパチュリーに咲夜が労いの言葉をかける。
「どんな感じなんですかね」
「パチュリー様のお仕事ですから、凄い綺麗に決まっています!」
興味津津の美鈴に小悪魔がなぜか胸を張って答えた。
それを聞いて、パチュリーはむくりと置きだして朗々と解説を始める。
「七つの首を持つトナカイを庭に配置し、巨人族もかくやというほど巨大なサンタを時計台に登らせて、その外壁の全ては七色の電飾に三重に巻き付かせてある! 更にその上には流星や滝などの動きのある仕掛けも完備! もちろんただ光らせるだけではなく『メリークリスマス』や『ハッピークリスマス』などの文字が散りばめられ、サンタのイルミネーションアートはなんと驚愕の666体と獣の数字を入れて魔族的に演技が良い! ついでにどこかのディ○ニー・ランドのキャラクター達も加えて、紅魔館をにぎやかに飾り立てていr」
次の瞬間、パチュリーは頭に吹き矢のようなものを受けて倒れた。
繁みの蔭から、頭に丸い円を二つ付けた黒ずくめが、素早く逃げていく。
それは、かの高名な○ッキーマウスに似たシルエットを持っていた。
それはデ○ズニーの違法な著作物を狩るディズ○ー後方処理科の仕事である。
例え、幻想郷という隔絶した場所であろうともディズ○ーに触れた者はただでは済まないのだ(このSSはフィクションです。登場人物、団体等、実在のモノとは一切関係ありません)。
「パチュリー様!」
「ま、まだ半分も解説が終わっていなのに……」
小悪魔がパチュリーの手を取るが、既にデ○ズニーの魔の手にかかった魔法使いの目はうつろである。恐らく吹き矢の麻酔薬のせいだろう。
「それじゃ、そろそろ点灯させるわよー」
そんなパチュリーを放置して、レミリアは点灯準備に入る。
「小悪魔、私の屍を越えて行け……」
「パチュリーさまぁ!!」
小悪魔の悲痛な叫びが響く中、点灯式は滞りなく進んでいった。
「お嬢様、発電機起動しました」
「配線ケーブルその他、オールグリーン!」
「ふふふ、それでは幻想郷最強のイルミネーション、点灯!」
レミリア・スカーレットがスイッチを入れた瞬間、紅魔館は一気に光に包まれる。
それは光の装飾と呼ぶにふさわしい光景。
色とりどりの光が、霧の湖の真ん中に光の芸術を形作っており、まさに絶景の一言である。。
「……綺麗」
時計台によじ登る巨大なサンタを見上げながら、フランはうっとりと呟いた。
「……でも、少しケバい気もしま」
裏拳。
衝撃。
気絶。
転倒。
うっとりと見上げるフランの裏拳を受けて、イルミネーションに疑問の声を上げようとした美鈴の意識は脳内から彷徨い出て、紅魔館の庭に倒れた。
流石は悪魔の妹、容赦というモノを知らない。
「これで、我が紅魔館が幻想郷随一のイルミネーションを手にしたという事ね! 我が紅魔館イルミネーションの完成によって、既存のイルミネーションはすべて陳腐化した!」
「さすがです、お嬢様」
紅魔館を眺めながらレミリアが倒れそうなほどふんぞり返り、それを咲夜が背後で支えていた。
そうして彼女らが外でイルミネーションに見惚れている間、幻想郷最高のイルミネーションに電力を供給している発電機は、出力一二〇%でフル稼働しているのだった。
電力とは、すなわち力である。
それが強くなる時、電気は電力の他に熱も発生させる。いわゆる電熱である。
賢明なる読者諸君であれば容易に想像が付く事であるだろうが、現在の紅魔館には大量の電飾が絡みついている。そして、これらの一つ一つは、電気を光に変換しているが、同様に熱にも変換させている。
更に、そうした電飾は複雑に絡み合い、重なり合い、場所によっては相当な高温を発生させていた。
そして、今は冬で酷く乾燥をしていて火事が発生しやすい。
つまり――
乾いた音が辺りに響き渡り、紅魔館を覆っていたイルミネーションが一気に消えた。
「な、何事?」
「う、うろたえるんじゃない! 吸血鬼は決してうろたえない!」
「落ち着いてください、お嬢様!」
乾いた音は熱によって断線が起き、それによって生じたスパークの音だった。
更に、その衝撃で負荷の異様にかかっていた発電機にも影響し、紅魔館イルミネーションに電力を供給していたそれも、炎を撒き散らしながら爆発する。
「大変です、お嬢様! なんか火が出てます!」
「――! パチェ! ウンディーネを呼んで消火を!」
「駄目です! 昏倒していて意識が戻りません!」
「メディーック! メディーーック!!」
「火が凄い勢いで燃え広がっています!! 消火が間に会いません!」
冬の火事は恐ろしい。
悪魔が住むと恐れられた紅魔館は凄い勢いで火に包まれていく。
それをフランドール・スカーレットは、ぼぅと眺めながら、
「……綺麗」
と、恍惚の表情で呟いた。
「綺麗じゃないわよ!」
そんな妹の頭をレミリアはしばき倒す。
「お嬢様、このままでは!」
咲夜が珍しく焦りの表情を見せる。
それを見て、レミリア・スカーレットは決断をしなければならない事を悟る。
溜息。
後悔。
思案。
苦渋の表情を露わにし、レミリア・スカーレットは燃える紅魔館を見て、もう一度、深いため息を付いた。
爆風による消火、それは幻想郷で最もポピュラーな消火法だ。
レミリアは腰を落とし、火の中心地を睨み据える。
拳を固めて息を吐き、そして静かに吸う。
次の瞬間、彼女は飛び、火の中で、全身全霊を込めた突きを虚空に見舞った。
人間ですら、理合を極めればその力を何十倍にも高められる。
ならば吸血鬼の理合ならば、その力は想像を超える領域に到達するだろう。
その速度は音速を容易く超え、光速度に迫り、尋常ならざる衝撃波を発生させる。
――崩。
レミリア・スカーレットの一撃によって発生した衝撃波は、燃え盛る火を吹き飛ばし、それに止まらず紅魔館の半分と周りを取り巻くイルミネーションすべてを吹き飛ばした。
「バチが当たったのね」
神社の境内でイルミネーションを眺めながらみかんを食べつつ、レミリア・スカーレットはぽつりと呟いた。
「バチって何の?」
「明星のよ。闇の眷属がクリスマスにうつつを抜かしたから、きっとルシファーが怒ったんだわ」
「嫉妬深いのね」
「そりゃ、嫉妬深い神のライバルだもん。同じくらい嫉妬深いわよ」
半壊した紅魔館は現在修繕中だ。
おかげで、昼も夜も工事の音がうるさいので、レミリアはこうしてイルミネーションの綺麗な博麗神社に入り浸っている。
「それは災難。けど、だったらなんであんたはイルミネーションなんて始めたの?」
「それは……」
霊夢の質問にレミリアは口ごもる。
「それは、妹様がイルミネーションをしたいと仰っていたからですわ」
咲夜の助け船にレミリアは慌てて頷いた。
「フランがねぇ、意外と姉馬鹿ね」
「余計なお世話よ」
レミリアは顔を横に反らす。
すると、神社の境内でフランが楽しそうに他の妖怪達と、願いのかなうクリスマスツリーの前で遊んでいるのが目に入る。
「このクリスマスツリーに短冊をかけると願いがかなうんだよ!」
「へー」
楽しげにフランドールはツリーを見上げている。
そして、リグルから短冊を渡されたフランは、一文書いてそれをツリーの一番上に吊るす。
そんなフランドール・スカーレットの短冊には、こう書かれていた。
『もっと、綺麗なものが見たい』
了。
博麗神社を訪れたレミリア・スカーレットは、それを見るなり呆れたような声を上げた。
「仕方ないわ。これが時代というものよ」
非難をするような声に、悪びれもせずに答えるのは博麗神社の巫女。
そんな二人の前に広がっているものは、電飾によってクリスマスイルミネーションが施された博麗神社と電飾でショーアップされた神社を拝む里の人間や妖怪達だ。
「ありがたやー、ありがたやー」
「ああ、まるで観音様が降りて来たようじゃ」
「そーなのかー」
日も沈んで久しいのにもかかわらず、普段の閑散とした雰囲気などどこ吹く風と参拝客であふれかえる神社を、吸血鬼と巫女は遠巻きに眺めている。
「ねえ、霊夢」
「なに?」
「貴女は知らないかもしれないけど、クリスマスってキリスト教の祭りよ」
「らしいわね」
「神社でやるものじゃないわ」
苦虫を噛み潰したような表情でレミリアは言った。
「でも、良いんじゃないの。おかげでこんなに人が来ているんだから」
しかし博麗の巫女は馬耳東風とばかりにレミリアの問いかけを受け流す。
「むー 霊夢は神社を似非予言者に明け渡すっていうの? バチカンの狗になったの?」
気にした風でもない霊夢にレミリアは不満の声を上げた。
どうやらお気に入りの場所である神社が、クリスマスに乗っ取られたのが気に入らないようだ。
仮にも彼女は紅い悪魔と呼ばれた吸血鬼、夜族の長である。キリスト教の祭とは、相性が良いはずはない。
「神社には神が八百万いるからね。今更一人増やしたところで問題ないわ」
「その神が、他の神全てを否定する者でも?」
「そんなのよくある話よ。神様なんて我が儘なモノだからね」
パタパタと霊夢は手を振る。
そんな霊夢の様子を見て、レミリアは不満げに溜息を付く。しかし博麗神社は霊夢の神社、その霊夢が良いと言っている以上、話はそれで終わりとなった。
電飾で飾り付けられた拝殿や鳥居、境内には首を振るトナカイや何処からから持ってきた巨大なクリスマスツリーが飾られている。
そして、どういうわけか境内の真ん中に置かれたツリーに対し、人々は所望するクリスマスプレゼントを書いた短冊を飾り付けていた。
「ここに飾っておけば、サンタさんが願いを叶えてくれるのよ!」
「そーなのかー!」
正しくクリスマスを理解しているレミリアは、それを見て苦悩の色を示す。
「……何か変な話になっているわよ」
しかし、霊夢はどこ吹く風とばかりにのんびりと神社の様子を見ていた。
相も変わらずひっきりなしの参拝客は、電飾鳥居をくぐって、クリスマスツリーに短冊を飾りつけ、イルミネーションを見物してから賽銭を入れて帰っていく。
「しかし、こんなに沢山の電飾。どこから仕入れてきたの? あと、電球を点灯する電気も」
「ああ、それは紫がね……」
霊夢が説明しようとした瞬間、空中にスキマが開き、紫の物体がにょろりとそこから這い出てきた。
「呼んだかしら?」
「呼んでない」
「あら、つれない」
呼ばれて飛び出て出現したのは、幻想郷でも知る人ぞ知る大妖怪、八雲紫その人である。
そんな紫に対し、霊夢は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「久しぶり」
「あら? 貴方も久しぶりね」
そうして霊夢とじゃれ合う紫に、レミリアがやや硬い表情で挨拶をし、紫もそれを返した。
「随分と余計な事をしてくれたじゃない」
吸血鬼は、挨拶もそこそこに妖怪に対して不満を述べる。
不機嫌な吸血鬼に紫は少し面を喰らったような顔をしたが、即座に理解し、いつもの胡散臭い笑みを取り戻して、
「余計な事とは?」
と、ちょっかいをかけた。
「クリスマスという行事、そして神社の有様」
「クリスマスは私の仕業じゃないわよ。自然と幻想郷に伝わり、定着をしてしまっただけ。私はただ、神社を盛りたてる為に動いただけね」
「その行いが余計だ」
僅かにレミリアの声に物騒なものが混じり始める。
「西洋文化はお嫌い?」
「少なくとも似非予言者の生誕祭は嫌いだね」
「なるほどなるほど。そこまで言うなら、貴方はクリスマスの起源を御存じかしら?」
そして、胡散臭い笑みを浮かべたまま、紫はレミリアに問いかけた。
「そんなのさっき言った通りでしょ?」
「なるほど。つまり、貴方はその程度の見識で私に意見をしたという事ね」
僅かに、レミリア・スカーレットは訝しげな表情を浮かべるが、紫は構わずに続ける。
「たかが五百歳程度のお子様は知らないかもしれないけど、実はクリスマスはキリストの生誕祭では無いわ。そもそも彼が生まれた日など、彼と同じ時代を生きた者でなければ知る由もない」
「な、なんですって!」
レミリア・スカーレットは驚愕の表情を浮かべた。
彼女は、ずっとクリスマスはイエス・キリストの誕生日と信じて、それは唾棄すべき存在と嫌っていたのだ。それが違うとなれば、レミリアは見識を改める必要があるだろう。
そんなレミリアを見て、紫は笑うと更に続けた。
「本来、この祭りはキリスト教とは関係ない冬至の祭。クリスマスツリーに常葉樹を使うのも、太陽崇拝に由来するからよ。つまり、クリスマスとは、元来はキリストの生誕祭などではなく太陽神信仰の祭なのよ!」
「だったら、余計に祝えんわ!」
刹那、レミリア・スカーレットの突っ込みが紫の胸元に直撃した。
直撃。
衝撃。
回転。
転倒。
気絶。
次の瞬間、吸血鬼の突っ込みを受けた紫は目をまわして神社の境内に崩れ落ちる。
「……帰るわ」
疲れ切った顔でレミリアは、帰宅を宣言した。
博麗神社がイルミネーションで飾り付けられてからしばらく経って、幻想郷はにわかにイルミネーションブームが起きていた。
「神社のけばけばしさに比べればマシかしら」
「確かにこぢんまりとして可愛いですね」
そんな、折り紙や提灯などでいじらしく飾り付けられた人間の里を歩くのは、十六夜咲夜とレミリアの主従コンビ。
二人は、年末の買い出しにと人間の里にやってきたのであった。
「あと、何を買うのかしら?」
正月用の餅を背負い、箱に入ったみかんを片手担ぎ、日傘を差しながらレミリアは尋ねる。
「あとは、妹様が二十四日にケーキが食べたいと言う事なので、卵を買い足す程度ですか」
小麦粉を肩で担ぎ、買い物袋を持った咲夜が答えた。
「ケーキって、スカーレット家はクリスマス禁止だというのに」
レミリアは声を荒げた。
「あら、違いますわ。妹様はあくまで二十四日にケーキが食べたいとしか言っていません。ちゃんとクリスマス禁止の掟は守っています」
「詭弁ね」
「そうですか?」
不思議そうに見る咲夜を見返して、レミリアは軽いため息を付いた。
「まったく、里の人間といい、紫といい、霊夢といい、フランといい、クリスマスの何がそんなに楽しいんだか」
「結局はお祭りですからね。やはりお祭りは楽しいものです」
「お祭りねぇ……」
祭りとは、すなわち祀りである。
それは祭祀に通じ、祭祀は信仰に繋がる。
幻想郷において、キリスト教の勢力は限りなく弱い。在るか無いか分からない程だ。
それは、キリスト教の大敵である吸血鬼のレミリアにとって喜ばしい出来事だった。
そんなキリスト教の祭祀が徐々に幻想郷に侵入している。その事実は、紅い悪魔と呼ばれるレミリアにとって極めて不快な出来事に違いない。
「幻想郷はすべてを受け入れます。それはとても残酷な事ですわ」
かつて、八雲紫はそう言った。
ならば、こうしてクリスマスが幻想郷に馴染んでいく事も仕方がない事なのだろうか。
「気に食わない話だけど」
日本の神とは意外と上手くやっている。
仏との付き合いも慣れれば悪くないし、宇宙人も話してみれば面白い奴らだ。
しかし、リベラルな吸血鬼を自任するレミリアも、キリスト教に対しては思わず構えてしまう。
互いに不倶戴天の敵同士、ずっと殺し合いをしてきた間柄なのだから。
だからこそ、幻想郷が何も考えずにキリスト教の祭祀を受け入れる事が、レミリアにとっては極めて不快なのだ。
「あら、可愛い」
そうしてレミリアが考え事をしていると咲夜が声を上げた。
見れば、寺小屋の子供たちが、何処からか仕入れてきたモミの木に一生懸命飾り付けをしている。
「よし。それじゃあ、頂上の星を飾るのは誰だ?」
寺小屋の主である慧音が、おおよその飾りつけが終わったモミの木を見て、星を掲げた。
「あたいやる!」
一番に、子供たちに混ざっていた氷の妖精が声をあげる。
「ず、ずるい」
「俺が、俺が!」
「あ、私もやってみたい……」
それに続いて人間の子らも、声を上げた。
にぎにぎしくクリスマスの準備をする子らをレミリアは足をとめたまま、じっと見ている。
紅魔館の当主は目を静かに伏せ、ぽつりと、
「……俗物が」
と、冷たく吐き捨てる。
「……お嬢様?」
「何でもない。帰るぞ」
「はい、分かりました」
気遣う咲夜を見止めるとmレミリアは踵を返し、従者もそれに付き従った。
「やっほー、フランちゃーん!」
紅魔館の来客は唐突だ。
本日のお客様は地霊殿の妖怪でフランのお友達、古明地こいしだった。
「おー、こいしちゃん。ささ、上がってー」
そんな典型的な友達同士のやりとりの後、こいしはフランの部屋に上がり、お茶をしながら他愛もないお喋りを始める。
「でね、地霊殿でもイルミネーションをすることになったんだよ」
話題の中心は、幻想郷でにわかにブームとなっているクリスマスイルミネーションだった。
「へー、どんなの? やっぱり建物全体を飾り付けているの?」
「うん。それ以外にもサンタクロースの人形とか、流れ星とか色々と飾ってるの」
「へー、良いなぁ」
楽しそうに語るこいしの話にフランはうっとりと声を上げる。
他にも、守矢の神社が誇るオンバシライルミネーションや永遠亭の青色発光ダイオードを使った青のイルミネーション、白玉楼の霊魂を飾り付けたユウレイイルミネーションに命蓮寺のカラフルなUFOイルミネーションと、幻想郷でも名のある勢力は、その威信にかけて建物をイルミネーションで飾り付けている。
「ところで、フランちゃんの所はいつ飾り付けるの? なんだったら、私も手伝うよ。地霊殿の飾りつけをしたから、割と手慣れたと思うんだ」
「う、うん……そう言ってくれるのは嬉しいんだけどね。うちは、その、クリスマスって、駄目なの」
「えっ」
少し困ったような表情を見せるフランに、こいしは戸惑ってしまう。
「ほら、ウチって吸血鬼でしょ? だからキリストの誕生を祝うクリスマスなんてとんでもないって、クリスマスは禁止なのよね。だから、クリスマスイルミネーションも駄目なの」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよー、別にいつもの事だしねー。それよりもっとこいしの話を聞かせて欲しいな。聞いていて楽しいから」
「う、うん! 分かったよ!」
気合を入れて語り始めるこいしにそれを楽しそうに聞くフラン、そんな二人の預かり知らぬところで、恐ろしい自体が進んでいる事を二人はまだ知らなかった。
名誉とは、栄光とは、形のないモノである。
しかし、ある種の条件下で名誉栄光名声の類は実体を持ってしまう事がある。
例えば、中世ヨーロッパでは、街の威信はどれだけ高い塔を建てるかにかかっていた。
この場合、実際に良き行いをする事によって発生する名誉よりも、高い塔を建てることによって得られる名誉の方が多くなり、塔を建てる事が何よりも重要視され、街はひたすらに高い塔が乱立する事となった。
戦国期の日本では、名物というモノが持て囃された。
それは名のある刀であったり、茶器であったりと、道具自体が名声を持つ優れた逸品である。
名物は戦国大名に好まれ、多くの大名は名物を持つ事を競った。
そうして、本来であれば、偉大なる功績を建てた者であるから名物を持っているハズが、偉大なる存在になる為に人々は名物を求めるようになってしまった。
幻想郷でもそれは起こってしまった。
Aのイルミネーションは、Bのイルミネーションよりも素晴らしい。だから、AはBよりも勝っている。
本来、それはイルミネーションの優劣のみを決める事であったはずだ。だが、いつのまにかイルミネーションが素晴らしいという事は、そのイルミネーションの所有者も素晴らしいという事にすり替わってしまった。
楽しむためのイルミネーションは、少しずつ、しかし着実に名声を得る為の道具へと変異し、かのような状況に至って、幻想郷に名を轟かせる吸血鬼はついに動き出した。
「呼んだかしら?」
紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジは灯りの付いていない、昏い部屋に入った。
そこは紅魔館当主レミリア・スカーレットの部屋であり、パチュリーは彼女に呼ばれて来た。
「賢者の石すら練成せしめた魔法使いに一つ尋ねたい」
暗闇の中で声がする。
それは、紅魔館当主であり幻想郷でも恐怖の代名詞となる吸血鬼、レミリア・スカーレットの声であった。
その声色は果てしなく冷たく、そして威厳に満ち溢れ、聞くものすべてに畏怖の感情を覚えさせる。
「我が紅魔館を、幻想郷で最も輝かせる事は可能なりや?」
そのような闇の盟主が、腹心の友である魔法使いに尋ねた。
強大なる闇の声の問い、しかし魔法使いはさしたる緊張もなく彼女の意図をくみ取り、呑気な表情でしばし考え込んで、良い考えが浮かんだのか、薄く笑って首肯して見せた。
「行けるの!?」
次の瞬間、部屋の明かりがパッと付いてレミリアが姿を現す。
それまでの重々しい雰囲気など欠けらもなく、明るい笑顔でパチュリーに詰め寄った。
「まあ、行けるとは思うわ。クリスマスイルミネーションだけなら大した事無いわよ」
「そっか、それは何よりね」
レミリアは安心したように何度も頷いた。
「しかし、今まではクリスマス中止とか言っていたのに、どういう風の吹きまわし?」
パチュリーが尋ねるとレミリアは、
「いやさぁ、最近のイルミネーションブームが凄いじゃない? 本当にここまでブームが浸透しちゃうとさ。屋敷を光らせてないと『えー、うそー! イルミネーション無しで許されるのって小学生までだよね! キモーイ!』とか思われるのよねぇ。こないだも寄合に行ったらさ、何とアリスまでも『紅魔館はイルミネーションで飾らないの?』とか言ってくるのよ。で、聞いてみたら魔法の森の自宅を光らせているって話じゃない。他にも魔理沙も、ちっちゃい妖怪達までやってるのよ。こうなってくると、クリスマス中止とか言っていられないわよね」
と、一気に答えた。
「要するにみんなやってるから、ってわけね」
「今まではクリスマスなんて、一部の酔狂者がやるだけだったけど、今年は幻想郷全体だからねぇ」
しみじみとレミリアは呟く。
「……俗物」
パチュリーはそんなレミリアを見て、聞こえないようにボソリと呟く。
「なんか言った?」
「なんにも。で、どうせやるなら幻想郷でも一番目立とうってわけね」
「そう! どうせやるなら一番が良いじゃない? 紅魔館こそ幻想郷最強である事を彼女らに思い出させて上げないとね」
かくして紅魔館も『クリスマス禁止』というポリシーをあっさりかなぐり捨てて、屋敷をイルミネーションで包む事となった。
「そこは、もう電飾を巻き付けてー」
「時計台は紅魔館のシンボルだから、出来る限り重点的に攻めるのよ!」
「すいませーん! このサンタは何処に置くんですか?」
「壁に釣り下げるのよ! 連続して配置し、順繰りに点灯する事によって登っているように見せるの!」
紅魔館はにわかに慌ただしくなった。
屋敷の飾りつけは紅魔館総出で行う事となり、妖精メイドにメイド長、小悪魔に門番だけではなく、スカーレット姉妹まで頭に手拭いを巻いて日よけの帽子をかぶり、日光対策をして作業に駆りだされた。
「はーい、そこは赤の電球で飾って! 紅魔館なんだから赤を基本色にして他の色は補助にする!」
全体の指揮をするのはパチュリー・ノーレッジ。
彼女の指示に従って、紅魔館の面々は屋敷を飾りたてて行く。
「ちーっす。水妖重機でーす! 発電機をお届けにあがりました―」
「さくやー! 印鑑どこだっけー?」
クリスマスまであと僅か、そんな修羅場の中、イルミネーションは着実に仕上がっていった。
「レミィ」
「何かしら」
「ちょっと紅魔館を笑わせてくれない?」
渋い表情で屋敷を俯瞰しながら、パチュリーはレミリアに問いかける。
「いや、意味分かんないから」
「じゃあ、時計台のバックにある妖怪の山を動かして」
「あんたは、世界のクロサワか!」
そんな多少の無茶振りはあったものの、おおよそつつがなく作業は進み、ついに夜が来た。
「それじゃー、スイッチを入れるわよ!」
「はやくはやく!」
全工程が終了し、点灯式に臨むレミリアをフランが急かす。
我が家にもイルミネーションが来た事が、相当嬉しいらしい。
「お疲れさまです。パチュリー様」
「正直、燃え尽きたわ……」
真っ白になっているパチュリーに咲夜が労いの言葉をかける。
「どんな感じなんですかね」
「パチュリー様のお仕事ですから、凄い綺麗に決まっています!」
興味津津の美鈴に小悪魔がなぜか胸を張って答えた。
それを聞いて、パチュリーはむくりと置きだして朗々と解説を始める。
「七つの首を持つトナカイを庭に配置し、巨人族もかくやというほど巨大なサンタを時計台に登らせて、その外壁の全ては七色の電飾に三重に巻き付かせてある! 更にその上には流星や滝などの動きのある仕掛けも完備! もちろんただ光らせるだけではなく『メリークリスマス』や『ハッピークリスマス』などの文字が散りばめられ、サンタのイルミネーションアートはなんと驚愕の666体と獣の数字を入れて魔族的に演技が良い! ついでにどこかのディ○ニー・ランドのキャラクター達も加えて、紅魔館をにぎやかに飾り立てていr」
次の瞬間、パチュリーは頭に吹き矢のようなものを受けて倒れた。
繁みの蔭から、頭に丸い円を二つ付けた黒ずくめが、素早く逃げていく。
それは、かの高名な○ッキーマウスに似たシルエットを持っていた。
それはデ○ズニーの違法な著作物を狩るディズ○ー後方処理科の仕事である。
例え、幻想郷という隔絶した場所であろうともディズ○ーに触れた者はただでは済まないのだ(このSSはフィクションです。登場人物、団体等、実在のモノとは一切関係ありません)。
「パチュリー様!」
「ま、まだ半分も解説が終わっていなのに……」
小悪魔がパチュリーの手を取るが、既にデ○ズニーの魔の手にかかった魔法使いの目はうつろである。恐らく吹き矢の麻酔薬のせいだろう。
「それじゃ、そろそろ点灯させるわよー」
そんなパチュリーを放置して、レミリアは点灯準備に入る。
「小悪魔、私の屍を越えて行け……」
「パチュリーさまぁ!!」
小悪魔の悲痛な叫びが響く中、点灯式は滞りなく進んでいった。
「お嬢様、発電機起動しました」
「配線ケーブルその他、オールグリーン!」
「ふふふ、それでは幻想郷最強のイルミネーション、点灯!」
レミリア・スカーレットがスイッチを入れた瞬間、紅魔館は一気に光に包まれる。
それは光の装飾と呼ぶにふさわしい光景。
色とりどりの光が、霧の湖の真ん中に光の芸術を形作っており、まさに絶景の一言である。。
「……綺麗」
時計台によじ登る巨大なサンタを見上げながら、フランはうっとりと呟いた。
「……でも、少しケバい気もしま」
裏拳。
衝撃。
気絶。
転倒。
うっとりと見上げるフランの裏拳を受けて、イルミネーションに疑問の声を上げようとした美鈴の意識は脳内から彷徨い出て、紅魔館の庭に倒れた。
流石は悪魔の妹、容赦というモノを知らない。
「これで、我が紅魔館が幻想郷随一のイルミネーションを手にしたという事ね! 我が紅魔館イルミネーションの完成によって、既存のイルミネーションはすべて陳腐化した!」
「さすがです、お嬢様」
紅魔館を眺めながらレミリアが倒れそうなほどふんぞり返り、それを咲夜が背後で支えていた。
そうして彼女らが外でイルミネーションに見惚れている間、幻想郷最高のイルミネーションに電力を供給している発電機は、出力一二〇%でフル稼働しているのだった。
電力とは、すなわち力である。
それが強くなる時、電気は電力の他に熱も発生させる。いわゆる電熱である。
賢明なる読者諸君であれば容易に想像が付く事であるだろうが、現在の紅魔館には大量の電飾が絡みついている。そして、これらの一つ一つは、電気を光に変換しているが、同様に熱にも変換させている。
更に、そうした電飾は複雑に絡み合い、重なり合い、場所によっては相当な高温を発生させていた。
そして、今は冬で酷く乾燥をしていて火事が発生しやすい。
つまり――
乾いた音が辺りに響き渡り、紅魔館を覆っていたイルミネーションが一気に消えた。
「な、何事?」
「う、うろたえるんじゃない! 吸血鬼は決してうろたえない!」
「落ち着いてください、お嬢様!」
乾いた音は熱によって断線が起き、それによって生じたスパークの音だった。
更に、その衝撃で負荷の異様にかかっていた発電機にも影響し、紅魔館イルミネーションに電力を供給していたそれも、炎を撒き散らしながら爆発する。
「大変です、お嬢様! なんか火が出てます!」
「――! パチェ! ウンディーネを呼んで消火を!」
「駄目です! 昏倒していて意識が戻りません!」
「メディーック! メディーーック!!」
「火が凄い勢いで燃え広がっています!! 消火が間に会いません!」
冬の火事は恐ろしい。
悪魔が住むと恐れられた紅魔館は凄い勢いで火に包まれていく。
それをフランドール・スカーレットは、ぼぅと眺めながら、
「……綺麗」
と、恍惚の表情で呟いた。
「綺麗じゃないわよ!」
そんな妹の頭をレミリアはしばき倒す。
「お嬢様、このままでは!」
咲夜が珍しく焦りの表情を見せる。
それを見て、レミリア・スカーレットは決断をしなければならない事を悟る。
溜息。
後悔。
思案。
苦渋の表情を露わにし、レミリア・スカーレットは燃える紅魔館を見て、もう一度、深いため息を付いた。
爆風による消火、それは幻想郷で最もポピュラーな消火法だ。
レミリアは腰を落とし、火の中心地を睨み据える。
拳を固めて息を吐き、そして静かに吸う。
次の瞬間、彼女は飛び、火の中で、全身全霊を込めた突きを虚空に見舞った。
人間ですら、理合を極めればその力を何十倍にも高められる。
ならば吸血鬼の理合ならば、その力は想像を超える領域に到達するだろう。
その速度は音速を容易く超え、光速度に迫り、尋常ならざる衝撃波を発生させる。
――崩。
レミリア・スカーレットの一撃によって発生した衝撃波は、燃え盛る火を吹き飛ばし、それに止まらず紅魔館の半分と周りを取り巻くイルミネーションすべてを吹き飛ばした。
「バチが当たったのね」
神社の境内でイルミネーションを眺めながらみかんを食べつつ、レミリア・スカーレットはぽつりと呟いた。
「バチって何の?」
「明星のよ。闇の眷属がクリスマスにうつつを抜かしたから、きっとルシファーが怒ったんだわ」
「嫉妬深いのね」
「そりゃ、嫉妬深い神のライバルだもん。同じくらい嫉妬深いわよ」
半壊した紅魔館は現在修繕中だ。
おかげで、昼も夜も工事の音がうるさいので、レミリアはこうしてイルミネーションの綺麗な博麗神社に入り浸っている。
「それは災難。けど、だったらなんであんたはイルミネーションなんて始めたの?」
「それは……」
霊夢の質問にレミリアは口ごもる。
「それは、妹様がイルミネーションをしたいと仰っていたからですわ」
咲夜の助け船にレミリアは慌てて頷いた。
「フランがねぇ、意外と姉馬鹿ね」
「余計なお世話よ」
レミリアは顔を横に反らす。
すると、神社の境内でフランが楽しそうに他の妖怪達と、願いのかなうクリスマスツリーの前で遊んでいるのが目に入る。
「このクリスマスツリーに短冊をかけると願いがかなうんだよ!」
「へー」
楽しげにフランドールはツリーを見上げている。
そして、リグルから短冊を渡されたフランは、一文書いてそれをツリーの一番上に吊るす。
そんなフランドール・スカーレットの短冊には、こう書かれていた。
『もっと、綺麗なものが見たい』
了。
素敵なクリスマス話でした。
さすが幻想郷といった感じでした
レミィはやはり単純なのですね
フランがとてもかわいいです
しかしフランちゃんの願いは……博霊神社逃げてー
実際にクリスマスが伝わるとしたらこんな感じになるのでしょうね。
ほのぼの?とした話でした。
>気遣う咲夜を見止めるとmレミリアは踵を返し、従者もそれに付き従った。
恐らく誤字です。
またはMick……(ここで途切れている。