「雪だねぇ」
「そうだなぁ」
「そうねぇ」
神社の居間で、コタツなんぞを出して、三人で雪を眺めていた。
今年の冬はやたらと雪が降る。
正直、対面に座る萃香がいなければ色々面倒なことになっていただろう。
冷め始めているお茶を一口含む。
深々と降る雪は、私らしくない感慨を起こさせる。
……手はみかんの皮をむいている辺り、私も現金だ。
「霊夢、お茶」
「お茶ぁー」
「自分で持ってきなさい、暖房泥棒」
萃香と一緒に、ケチーと唱和した。
まあ、コタツの魔力ってのは強力だ。動物系の妖怪ならまず抜け出せないだろう。
かく言う私も、解除魔法の手立てもなく、のんべんだらりとする所存。
そのまま会話もなく、ただまったりと雪を眺める時間が続く。
静寂が崩れたのは、霊夢自身のお茶がなくなったときだった。
「魔理沙。萃香。お茶いる?」
「お願いね、霊夢ー」
湯飲みを渡すため、萃香の足がコタツから出る。
半立ちになった萃香の手から盆に湯飲みを。霊夢は半纏を肩にかけながら、台所の方へと歩いていく。
たまには手伝うくらいの気概を見せて欲しいわねー、なんてわざとらしい独り言が聞こえてきたが、萃香と一緒に無視する。
「よっこいしょー」
ジジくさい掛け声で、萃香はコタツの中に入ってくる。
「魔理沙も屈伸くらいした方がいいかもよ? コタツ気持ちいいけどさ」
「ああ、霊夢が帰ってきたら考えるぜ。……んむ」
視線は再度雪へ行く。
視界の端で、萃香もみかんを食べ始めているのが見えた。
「これ、紫が持っひぇきたんだっけ?」
「食ってからひゃべれよ、萃香」
「ひょめん。美味しいんだもの、コレ」
萃香は、小さな口で丸呑みするように食っている。
流石に半分づつではあるが、もったいないほどの高速ペースだ。
気づけば、コタツに入ったときには山ほどあったみかんがもうほとんど残っていない。
「……む」
ぐわしと三つ同時に掴んで、一気に食べていく。
「……ぬ」
萃香が体格に比して長い腕で(鬼の特徴だったか)確保したみかんを持っていった。
「……ふん」
一口で、みかんの四分の三ほどを一気に含む。
かみ締めると口の中がみかんで満杯になり、溢れた汁が危うく口の端から……あ、こぼれた。
「……ぷ」
萃香の笑みが見えた。
軽く腹が立ったので、大口の中に皮付きのみかんを押し込んだ。
萃香は悶えた。
萃香はとても悶えた。
それを横目に見ながら、みかんを食っていく。
「…………!」
悶絶する萃香を無視して次のみかんに。
残るは二個。
げほげほと皮を吐き出す萃香を横目に、クゥ――ルに皮をむいていく。
ひと房づつ食べていると、復活した萃香がさっき奪ったみかんを消費し、残った二つのうち手近な方を握る。
それを萃香は一気に二つ割りし、むしゃぶりつくように喰らう。
そして、最後の一つには同時に手を伸ばすことになった。
「「…………!」」
わずかに、そう、わずかに――私の方が早かった。
萃香の指先は、私の手の甲の数ミリ前で止まっていた。
「…………フフン」
●
と、振動。
「!?」
危ういところでバランスを取って、なんとかお盆をひっくり返さずにすんだ。
ふぅ、とため息を吐いて、……原因に思い至って、再度、今度は深くため息を吐いた。
「まったく、あいつらは……」
●
灰色の空が見えた。
同時に、背に激しい痛みが走っている。
「か、は……!」
どうしたのか、と思う前に、本能が手を伸ばしていた。
来い、と願うだけで、神社の居間、その障子の外に置いていた箒が来る。
掌握、同時に加速。ベクトルは空へ。投げ飛ばされた――そう、萃香に投げ飛ばされたその勢いを殺さぬよう、掬い上げるような機動で姿勢を安定させる。
「……は、っ、やってくれるじゃないか、萃香ッ!!」
箒の上に立って、奇跡的に落としも握りつぶしもしなかったみかんを誇示する。
「さぁ、最後のみかんはここだぜ!? 鬼さんこちら、手のなる方へってなぁっ!」
言葉と同時、障子が粉々になって飛んだ。
木々の破片を踏んで現れたのは、半纏姿の鬼だ。
……いやまあ、鬼、の前には、賽銭の、とかそんな感じの枕詞が付くが。
前髪の陰になって、髪は見えない。
だが、辛うじて、口元は見えた。
ま、り、さ、と。不吉な感じで動く唇が。
「……じゃ、邪魔したな! 萃香、みかんはやるよっ!!」
みかんを投げ出して、箒に跨る。
いつもはページをめくるように自然な動きであるはずの箒の操縦がやけにもどかしくて不自然にしか行えない。
「魔理沙ぁー」
……と、萃香ののんきな声が聞こえた。
「私はコタツでのんびり観戦してるからねー」
投げ飛ばした本人が何を言うのか、と思った瞬間、箒の先端に札が突き刺さった。……あれ、お札っていつから鉄製になったんだろうか。
とりあえず逃げよう。
誰に対してか。自分でも良く分からないまま頷くのと同時に、札が乱射と言うべき精度と速度と頻度で飛んできた。
「弁償しろぉ――っ!!!!」
「そりゃないぜ――っ!!!」
そのまま雪の中を、二人で二時間ほど駆けた。
勿論と言うか、二人とも風邪をひいて、色々萃香にさせることになって――頭がしばらく上がらなくなったのは、また別の話だ。
●
そして、最後のみかんは――
/ /
と、スキマに呑まれて、消えた。
そして、どこからかくすくすと笑い声――。
終。
どちらさま……橙、オレンジ……っ!
しかし我が部屋は片付けないとこたつがだせん…
あれはもう魔力と言って差し支えない。
テンポが良くて面白かった。