「振り返るに、
七日まえから首をかしげるようなことは、何度となくありました。誰によるでもなく開かれている襖や、雨風に動物、そのどちらでもない物音など。
これくらいならまだ、見逃してもなんら差し障りはありませんが、四日前から、ひどく騒ぎ出しましてね。
あっちの廊下でひたひた足音。
こっちの部屋でぼそぼそ人声。
かと、思えば、玄関戸を滅法叩き鳴らすしまつで、寒いなんてものじゃありません。そしてねえ、いちばん肝をつぶされたのが、布団をしまおうと押入れを開けたら、中に女性がいたんです。乱れた着物に腰まで垂れ尽した黒髪で、かがみこんで、ちょうど押入れを開けた私を見上げるような具合でした。
眼がねえ。燃え切らないで残っている蝋燭の薄い光が、それが映りこんだようなおぼろで、もう、眼があったとたんにぞっとなりました。
ここで私が幸運だったのは、そのまま一目散に家を飛び出したことですかね。追いかけられたりはしませんでした。あそこで腰を抜かしていたらと思うと、臓器の一つや二つ晒されるがままだったかもしれません。
怖いですが、さすがに祖父以来から譲り受けている家なので放っておくのもいけない。なんとかならないでしょうか」
神社へ遊びにきた魔理沙は先客がいたことに驚き、しかもそれが霊夢へ依頼事を運んできた、というので二度驚いた。
上の話はそこで聞かされた。
魔理沙は、霊夢が弾幕による圧政で、異変のことごとくを席捲していく様ばかり見ていた。しかし彼女が博麗の血筋である以上、こういった奇怪ごとの相談を受けるのは当然だろうし、もともと、彼女の役目はそういうものだった。
きらめき富んだ弾幕ごっこに埋もれがちな、巫女としての一面である。
依頼主の男性が帰ったあとに、魔理沙は話の内容を反芻した。物音や勝手な障子の開閉などは、西洋におけるいわゆるポルターガイストとの類似がある。女性の出現をのぞけば、純和風とはいかないようだった。
「霊夢、この話はまゆつばだと思うぜ」
人里の男連中には、東奔西走、飛翔する霊夢に惚れている者も少なくない。これは依頼を口実に、霊夢が「家に入ってくれた」事実をつくろうとしている、と魔理沙は言いたかったのだ。
「玄関口にあるお札によれば、あの男性に邪念はないそうよ」
「札なんてあてになるか」
「失礼ね、これでも神社の娘よ」
それにしても、紙切れ一枚で人の胸中を読み取ってしまうのも恐ろしい。
霊夢が言うには、幼少からの修行と、説法の授業をそれなりに怠らなかったところに、今の自分があるのだと。
魔理沙はこれこそまゆつばだと思っていた。小さい頃から、霊夢は弾幕に強かった。手慣れていた。あるとき魔理沙が飴を奪った。すると二つの陰陽玉で追いかけ回された記憶がある。現在その陰陽玉は霊夢の周囲で、衛兵のごとく、回転しながら支援をつとめている。
「お前は修行なんてしなくても、だんぜん平気な方じゃあないのか」
「弾幕と仏法の力は別よ。母は弾幕を、それこそ一発すらもろくに撃てなかった人だけれど、幻術、秘術、その類において彼女ほどの強力者はいない。印を結んだだけで空の桶を水で満たした。火事を消し去るに溜息も必要なかった。その気になれば、祈りで人を殺めさえできたはずよ。私は、決して母にはかなわないわ」
いささか飛躍しているかもしれないが、巫女というより、神を背中に背負いこんだ者はどの世界でも侮れない。まして、ここは幻想郷である。
後日。二人は男性の家に飛んだ。
人里の外周よりな場所に落ち着いていた。立地的に孤立しているわけではなく、外観も他の家と変わりないので、怪異が起きているようには見えなかった。
家前に降り立つと、霊夢がその風貌を眺めながら、うろうろと一向に戸を開けようとしない。半ば「ついてきただけ」の身である魔理沙としては、勝手に一人で踏みこむわけにもいかず、そんな霊夢を眺めることになった。
そろそろもどかしくなってきたところで、向こうの空に人影が現れた。
しだいに輪郭がはっきりしてくると、妖夢だった。地面に足をつけると、スカートのしわを直し、二人に深い礼をやった。
「どうして妖夢を呼んだんだ」
「相手が術だけで討てるのならばよいけれど、もし私の力がきかないならば、直接のさないと。だから呼んだの」
「弾幕すりゃあいいじゃんか」
魔理沙にとってそれが目的だった。
「魑魅魍魎を伏せるには剣が有効だと、昔から決まってる相場よ。名剣には破魔の力が宿っていて、悪しき者を滅ぼすと言われていた。説話で鬼の腕を斬り落としているのは、すべからく名剣だもの」
魔理沙はいまいち理解できなかったが、妖夢はうなづいていた。説話なんて魔理沙は読まない。魔法を学んでいくうちに、邦文学より西洋文学のほうが重要になってきたので、鬼と聞いたところで萃香しか思い出せなかった。
霊夢はようやく玄関戸を引き開け中へ入った。他の二人も続いた。
内装は典型的な日本家屋で、書院造りが一間に和室が三間、うち一つは土間と繋がっている。
三人は書院造りの部屋に腰を下ろした。
たんすが二棹と見下ろしていて、顔を上げると神棚も見える。そのそばにはなぜか慧音の肖像画が飾られていた。筆を使用していながらも、どこか西洋画めいたタッチで構成されていた。ここで魔理沙は思いだした。
「そうだ。やっぱりこの依頼はおかしいぜ。そもそも人里で悪行をするような妖怪はいられないはずだ。慧音の眼があるんだからな。やっぱりこれは、嘘くさいぜ」
「だれが妖怪なんて言ったのよ」
魔理沙は口ごもった。
「妖怪だとしても、慧音の眼をかいくぐって悪さ企むやつはいるわ」
すると、魔理沙は霊夢からお札の束を渡された。お札の表面を流れる文字は到底読めそうになかった。
「なんだこれ」
「阿弥陀如来のありがたいお言葉が書かれています。これをそうね、家の柱という柱、外から侵入できそうな部分とかに貼って回ってちょうだい」
「外? だって、押入れに出てきたんだろ、女がさ」
「そういう問題じゃあないのよ」
魔理沙は文句の一つも投げてやりたかったが、霊夢は妖夢と「ぜあみ」だかなんだかを話しはじめたので、ついていけず不承不承に従った。
まずはすぐ横の柱へ近づいた。
どうやって張るのだろうか、という疑問はすぐに解消された。
試しに一枚を柱に添わせてみると、それだけでお札は離れなくなった。爪をたててはがそうとしても、容易にいきそうになく、魔理沙は関心からしばらく凝視していた。
この部屋の四辺に貼ると、他の部屋にも同じ施しをした。言われたとおりに、玄関口や土間のあたり、くれ縁にはありったけ張っておいた。
わざと数枚は手元に残しておいて、ポケットに忍ばせておいた。持ちかえって接着の秘密を探るつもりだった。お札の効力も気になるところである。
何らかの結界を発生させる仕組みに違いないが、それを仕掛けた当人の魔理沙には、いっさい感じるものがなかった。
後学のためにもこれは調べておきたかったのだ。
落日を待ち構えていたように風は咆哮を強め、隙間からひゅうひゅうと入りこむ調子などは、まこと、逢魔が時とばかり来訪してきた悪魔が口笛を鳴らしている、そんな不気味さがあった。いずれ迫る、もうそこまできている暗闇に、戸口や雨戸はふるえきっていた。
特に、雨戸を閉じておいてよかったと、魔理沙は胸をなでおろしていた。
八卦炉で火をおこし、水をためた小さな鍋をあぶった。水泡が沸きあがりそうな頃合いになると、柄杓でその湯をすくって急須にそそいだ。茶葉は霊夢が持参していた。三つの湯のみへ渡すと、それぞれ三人のもとへ。急須と湯のみは、いずれもこの家にあった品を拝借した。
一服。
霊夢が喋り出した。
「相手方がいつ訪れるかわからないから、長期戦も覚悟してね。丑三つ時がいちばん危険な時刻に変わりはないけど、それ以外のときにも気を緩めないように。永い夜にならないよう努力しましょう」
と、演説されているあいだにも、妖夢の首がおおきく傾いた。
「ああ、……すみません。あまり眠ってないもので」
たしかに眠たそうな様子ではあった。
これ以前から、魔理沙の視線の片隅では赤べこと化している妖夢がいた。魔理沙までうとうとさせられる。
「そうだ、私も眠たいぜ。ここはどうだ、仮眠でもとるってのは。大体、お札をそこらじゅうに貼ったんだから幽霊だって現れるに苦労するだろうよ。少しくらいなら」
「だれが幽霊なんて言ったのよ」
霊夢は部屋の四隅の柱を見た。
「お札はあれよ、あれ、牽制ってやつよ。スペルカード発動の合間々々に、即興でばら撒く弾幕。あれみたいなもんよ。もちろん、それに怯えて逃げ出すやつだっているけど」
話しているあいだにも、くずれ落ちそうな妖夢がいる。霊夢はその模様を観察でもしているかのように見ていた。
「……じゃあ、私が起きとくから、あんたらは寝てなさい」
霊夢から許しが出ると、恐縮しながら妖夢が横になり、数分と経たぬうちに寝息をたてはじめた。
いつもは頑ななほどに姿勢を正し続ける彼女だが、沈降すれば、猫のように丸まってしまった。
これは意外だなあと思いながら、魔理沙も体を投げうつことにした。
のち、
額を貫く鈍痛によって魔理沙は目覚めさせられた。拳骨をつくった霊夢が原因らしかった。
「なんだよ、もう、なんか来たのか」
「次はあんたの番よ」
そう言うと霊夢は横になった。つまり、次は魔理沙が起きておかなければならなかった。
起き上がるとひとまず屈伸した。部屋の中央には霊夢のお札が一枚あり、ランプのように照れていた。
魔理沙は座ると、幸せそうな寝顔の妖夢を見、噛み砕けないせんべいと格闘しているような渋面の霊夢を見た。
どれくらい経ってから二人を起こそうか、とぼんやり考えながら、八卦炉を転がしていた。
家のきしむ音ばかりがすべてに思えた。もう陽は落ちているらしい。
するとその中に、調子の違う音がひそんでいることに、ほどなく魔理沙は気づいた。風のいたずらだけが、戸のことごとくを揺らしているのだと思っていたが、それにしては乱暴で規則的な、ありていに言えば不自然に鳴っている音が玄関から聞こえてくる。
もしや、と魔理沙は身構えると、八卦炉で明かりをつくり、くれ縁を渡って玄関近くまで行くと様子をうかがった。
磨りガラスを隔てた外側には、間違いなく人の姿がある。戸はその人によって叩かれている。しかもそこにおいて、誰か、誰か、と切迫して助けを求める声もある。
折からの暴風に振り回された人が、ほうほう、この家に辿り着いた。という事態かもしれなかったが、これこそが人になりすまし魔理沙を陽動せんとする罠とも判断できる。
ただ、魔理沙はこういった駆け引きについて得意ではなく、
「出会って、幽霊かなんかだったら八卦炉をかませばいい」
と、玄関戸を開けることにした。
一目散に駆け入る風に眼をそばめながらも魔理沙が見たのは、いたって普通な女性だった。
幻想郷では極めて主流な服装である、日本の着物に大陸色が混合されたものをはためかせて、色白な顔は控えめな雰囲気を生んでいる。
少し拍子抜けな魔理沙に対し、女性は家に住人がいたことに安堵を示した。
「ああ、よかった。この風なので、私の声なんて届いていないものと、半分あきらめていたところです。落ち着くまで身を置きたいのですが、どうか」
魔理沙に断る義理はない。
女性が危うい存在かもしれない、などとはもう一片たりとも考えなかった。
「いや、かまわないぜ、上がってくれよ」
女性は言われても、すぐには上がろうせず、戸も閉めず、物珍しげにそこかしこに貼ってあるお札を眺めていた。
「それにしても、お札がずいぶんたくさん。不気味ですね」
「実はこの家さ、出るんだよ。けど、これだけ貼っておけば化け物だって、頭も出せないだろうぜ」
「きっと、そうですね」
袖をおさえながら女性は笑った。
「しかし、迎え入れては、話が違ってくるでしょう」
心底まで浸み透る寒気、それは妖夢が半人半霊ゆえに感覚される、他者の生命の波長である。不可視の力が訪れたことを、霊の部分が知り、彼女へ警戒させた。
すでに霊夢も目覚めており、さらの紙を折り折りしながらどこともつかない中空を見つめていた。魔理沙はいない。
「私がみてきましょう」
そう言いながら妖夢が障子に手をかけたところで、霊夢がそれを制した。見ると、霊夢の手の平には、ほそ長い星のように折られた紙があった。上にむいた角が丸くつくられている。人の形である。妖夢は霊夢の意図を汲みとった。
それは天地明神を呼び寄せ、人をかたどった物体(この場合は折り紙だが、人形でも可)へ憑依させる術であり、それによって使役させるものを式神とも役鬼とも言う。橙や八雲藍などは我々にも馴染みであろう。
しばらくすると、折り紙が一人でに立ちあがった。霊夢は息を吹きかけるように問うた。
「名を申せ」
「比叡山をゆりかごに、大江山を華に散ったが我が生涯。酒呑童子と呼びたまはり」
「……もしかして、萃香なの?」
「おや、ばれたか。面白そうなので加担させてもらうよ。私の一片とは言え自由につかっておくれ」
折り紙は霊夢の手を離れると畳へ着地した。浮遊しているようだった。
霊夢から様子を見てきてと指図を受けると滑って、妖夢を越え、障子の隙間へ平たい体を潜行させた。妖夢は見送りながらも、魔理沙を案じ飛び出したくてたまらなかった。
障子を隔てたくれ縁、さらには他の部屋に至るまで、禍々しさが渦巻いているのをひしと感じていた。冥界の達観された清々しい空気とは真逆の、怨恨で塗り固められた情念と言えた。これほど敏感に肌に伝わるということは、
「悪霊ですか」
「まず、そうね。依頼主の、今は亡き身内がそうなったか。どこかから連れてきちゃったか」
プリズムリバー三姉妹や幽々子など力ある幽霊は、こちらが弾幕で訴えれば弾幕で答えてくれる。意識と余裕があるからだ。だが大抵の幽霊は、古典的な方法で挑んでくる。この相手も例外ではなさそうだった。
数分もすると折り紙が戻ってきた。
「玄関に魔理沙が倒れていて、戸が開けっ放し。風が強くて近づけなかった」
「玄関ね」
妖夢が目くばせすると霊夢はうなづいた。
それをきっかけにして妖夢は部屋を出ると、向かい風をうけながらくれ縁を進んだ。
視界の不明瞭を覚悟したが、玄関に近づけば近づくほど光が増していくので、倒れた魔理沙を見つけるのは他愛なかった。床に転がっている八卦炉の光である。
外傷はみられない。
意識を失った魔理沙を抱きあげ引き返そうとした矢先、目前を覆い尽くした閃光に、妖夢は思わず首を曲げた。頬が淡く痛んだ。
覚えのない女性が八卦炉を突きつけてきている。口元を歪ませて仁王立ちで構えている様子は、どうあっても妖夢をはばかろうとしている。
八卦炉の強さを身をもって知っている妖夢は、あえなく、開いた玄関から外へ後退した。その途中にも、何度となく背中に迫る明滅に冷や汗がでた。
物を使ってくるとは思ってもいなかった。
霊夢に伝えなくては。
壁づたいに家を回りこんで庭へ向かい、閉め切られた雨戸をたしかめた。この先に霊夢がいる。女性はおそらく霊夢を来襲する。八卦炉なんて想像もしていなかったであろう霊夢が傷を負うか、後手に回ることは必至である。
しかし、雨戸はなぜかいくら踏ん張ってもびくともせず、叩き鳴らすも怒鳴りにまかせるも、すべて風にかき消された。
妖夢は裏口の可能性を見出し足を上げかけたとき、雨戸の隙間から折り紙が抜き出てくるなり、妖夢の肩へ飛びついた。
「伏せて、とばっちりをうけるよ」
わけが分からずもとにかく妖夢は伏せた。
間髪いれず頭上の雨戸が吹き飛んでいき夜の闇に沈んだ。
光彩陸離、六色の光球が炸裂し花火と果てるこれは、間違いなく霊符「夢想封印」である。
立ち上がった妖夢が目撃したのは劣勢の霊夢で、部屋の隅に追い詰められた彼女は、やはり女性に八卦炉を突きつけられていた。雨戸は破壊され障子は焦げ煤け、部屋とくれ縁に着弾の跡がある。夢想封印が目標を定められず暴れまわった結果である。
魔理沙をその場に降ろすと、妖夢は楼観剣を煌めかせながら女性の背後へ躍り出た。俊足に八畳あまりを飛び越え、女性の緩慢を認めたときに、袈裟斬りの成功を確信した。
が、妖夢は右ももにくる突然の違和感に膝を屈した。見ると、流線たおやかなそこに深々と木片が埋まっていた。そこになお、左に佇んでいたはずの箪笥がのしかかり、妖夢は頭をかばうあまり楼観剣を捨てた。
電撃は失敗した。
急いでしまい、闇雲に突進して、周りが見えていなかったというか、無計画だったというか、霊夢を助けたい一心のなんという空回りか。
すると妖夢の頬を再び何かが、かすめた。それは女性の背へ張りつき、即座に絶叫をさせた。
二、三枚と同じように飛来し女性を苦しめる。
この隙を見逃すような人間はここにはいない。
さっと、妖夢へ接近した霊夢は楼観剣を拾い、そのまま女性へむけて突き上げた。血が舞うこともなければ肉も散らないが、悲鳴だけは高々と響き渡り、女性は蒸気の冷めいくが如く薄れていった。
「やったのか」
聞き取りづらい声を発したのは魔理沙で、くれ縁のふちに手をついており、顔色が悪かった。手には数枚のお札がくしゃくしゃに握られていた。
妖夢はどうにか箪笥をどかそうと力を込めるが、足がずきりとしてうまくいかない。
霊夢は呆然としていた。
「いやあ、面白かった。この話を肴に勇儀と一杯しょうかな」
やがて、宿主のいなくなった折り紙が散っていくのを妖夢は見た。
風は相変わらずようしゃない。
魔理沙の思いつく限りでお札の解剖を試みたが、なんぞ、見つけられない。
ただ二つわかったことがある。一度貼り付けたお札は力づくでは中々はがれないが、ここにほんの少し、料理の隠し味程度の気持ちで魔力をあたえてやると簡単にはがれた。もう一つは、表に書かれた文字で、行書という書体らしい。たまたま霖之助が知ってくれていた。
残るお札は一枚を数え、これを失うのはもったいなくて、手がだせなくなった。
「霊夢へ聞いてみるか。企業秘密とか言われそうだけど、な」
そんないきさつで神社を訪れた魔理沙だったが、眼の下にくまを溜めた霊夢がいて驚かされた。
「どうした、寝不足はお肌と弾幕の敵だぜ」
「そう、そうなのよ。私はいま、敵と戦っている最中なの」
「へえ、誰と」
「出てくるのよ」
「……?」
「最近、夢に必ず出てくる。着物の女性が物哀しそうに、ずっとこっちを睨んでくる。それで、いやになって夜中に眼がさめちゃう」
夢ばっかりはどうしようもない。
紫に相談すればいいだろう、とは魔理沙は言わなかった。
七日まえから首をかしげるようなことは、何度となくありました。誰によるでもなく開かれている襖や、雨風に動物、そのどちらでもない物音など。
これくらいならまだ、見逃してもなんら差し障りはありませんが、四日前から、ひどく騒ぎ出しましてね。
あっちの廊下でひたひた足音。
こっちの部屋でぼそぼそ人声。
かと、思えば、玄関戸を滅法叩き鳴らすしまつで、寒いなんてものじゃありません。そしてねえ、いちばん肝をつぶされたのが、布団をしまおうと押入れを開けたら、中に女性がいたんです。乱れた着物に腰まで垂れ尽した黒髪で、かがみこんで、ちょうど押入れを開けた私を見上げるような具合でした。
眼がねえ。燃え切らないで残っている蝋燭の薄い光が、それが映りこんだようなおぼろで、もう、眼があったとたんにぞっとなりました。
ここで私が幸運だったのは、そのまま一目散に家を飛び出したことですかね。追いかけられたりはしませんでした。あそこで腰を抜かしていたらと思うと、臓器の一つや二つ晒されるがままだったかもしれません。
怖いですが、さすがに祖父以来から譲り受けている家なので放っておくのもいけない。なんとかならないでしょうか」
神社へ遊びにきた魔理沙は先客がいたことに驚き、しかもそれが霊夢へ依頼事を運んできた、というので二度驚いた。
上の話はそこで聞かされた。
魔理沙は、霊夢が弾幕による圧政で、異変のことごとくを席捲していく様ばかり見ていた。しかし彼女が博麗の血筋である以上、こういった奇怪ごとの相談を受けるのは当然だろうし、もともと、彼女の役目はそういうものだった。
きらめき富んだ弾幕ごっこに埋もれがちな、巫女としての一面である。
依頼主の男性が帰ったあとに、魔理沙は話の内容を反芻した。物音や勝手な障子の開閉などは、西洋におけるいわゆるポルターガイストとの類似がある。女性の出現をのぞけば、純和風とはいかないようだった。
「霊夢、この話はまゆつばだと思うぜ」
人里の男連中には、東奔西走、飛翔する霊夢に惚れている者も少なくない。これは依頼を口実に、霊夢が「家に入ってくれた」事実をつくろうとしている、と魔理沙は言いたかったのだ。
「玄関口にあるお札によれば、あの男性に邪念はないそうよ」
「札なんてあてになるか」
「失礼ね、これでも神社の娘よ」
それにしても、紙切れ一枚で人の胸中を読み取ってしまうのも恐ろしい。
霊夢が言うには、幼少からの修行と、説法の授業をそれなりに怠らなかったところに、今の自分があるのだと。
魔理沙はこれこそまゆつばだと思っていた。小さい頃から、霊夢は弾幕に強かった。手慣れていた。あるとき魔理沙が飴を奪った。すると二つの陰陽玉で追いかけ回された記憶がある。現在その陰陽玉は霊夢の周囲で、衛兵のごとく、回転しながら支援をつとめている。
「お前は修行なんてしなくても、だんぜん平気な方じゃあないのか」
「弾幕と仏法の力は別よ。母は弾幕を、それこそ一発すらもろくに撃てなかった人だけれど、幻術、秘術、その類において彼女ほどの強力者はいない。印を結んだだけで空の桶を水で満たした。火事を消し去るに溜息も必要なかった。その気になれば、祈りで人を殺めさえできたはずよ。私は、決して母にはかなわないわ」
いささか飛躍しているかもしれないが、巫女というより、神を背中に背負いこんだ者はどの世界でも侮れない。まして、ここは幻想郷である。
後日。二人は男性の家に飛んだ。
人里の外周よりな場所に落ち着いていた。立地的に孤立しているわけではなく、外観も他の家と変わりないので、怪異が起きているようには見えなかった。
家前に降り立つと、霊夢がその風貌を眺めながら、うろうろと一向に戸を開けようとしない。半ば「ついてきただけ」の身である魔理沙としては、勝手に一人で踏みこむわけにもいかず、そんな霊夢を眺めることになった。
そろそろもどかしくなってきたところで、向こうの空に人影が現れた。
しだいに輪郭がはっきりしてくると、妖夢だった。地面に足をつけると、スカートのしわを直し、二人に深い礼をやった。
「どうして妖夢を呼んだんだ」
「相手が術だけで討てるのならばよいけれど、もし私の力がきかないならば、直接のさないと。だから呼んだの」
「弾幕すりゃあいいじゃんか」
魔理沙にとってそれが目的だった。
「魑魅魍魎を伏せるには剣が有効だと、昔から決まってる相場よ。名剣には破魔の力が宿っていて、悪しき者を滅ぼすと言われていた。説話で鬼の腕を斬り落としているのは、すべからく名剣だもの」
魔理沙はいまいち理解できなかったが、妖夢はうなづいていた。説話なんて魔理沙は読まない。魔法を学んでいくうちに、邦文学より西洋文学のほうが重要になってきたので、鬼と聞いたところで萃香しか思い出せなかった。
霊夢はようやく玄関戸を引き開け中へ入った。他の二人も続いた。
内装は典型的な日本家屋で、書院造りが一間に和室が三間、うち一つは土間と繋がっている。
三人は書院造りの部屋に腰を下ろした。
たんすが二棹と見下ろしていて、顔を上げると神棚も見える。そのそばにはなぜか慧音の肖像画が飾られていた。筆を使用していながらも、どこか西洋画めいたタッチで構成されていた。ここで魔理沙は思いだした。
「そうだ。やっぱりこの依頼はおかしいぜ。そもそも人里で悪行をするような妖怪はいられないはずだ。慧音の眼があるんだからな。やっぱりこれは、嘘くさいぜ」
「だれが妖怪なんて言ったのよ」
魔理沙は口ごもった。
「妖怪だとしても、慧音の眼をかいくぐって悪さ企むやつはいるわ」
すると、魔理沙は霊夢からお札の束を渡された。お札の表面を流れる文字は到底読めそうになかった。
「なんだこれ」
「阿弥陀如来のありがたいお言葉が書かれています。これをそうね、家の柱という柱、外から侵入できそうな部分とかに貼って回ってちょうだい」
「外? だって、押入れに出てきたんだろ、女がさ」
「そういう問題じゃあないのよ」
魔理沙は文句の一つも投げてやりたかったが、霊夢は妖夢と「ぜあみ」だかなんだかを話しはじめたので、ついていけず不承不承に従った。
まずはすぐ横の柱へ近づいた。
どうやって張るのだろうか、という疑問はすぐに解消された。
試しに一枚を柱に添わせてみると、それだけでお札は離れなくなった。爪をたててはがそうとしても、容易にいきそうになく、魔理沙は関心からしばらく凝視していた。
この部屋の四辺に貼ると、他の部屋にも同じ施しをした。言われたとおりに、玄関口や土間のあたり、くれ縁にはありったけ張っておいた。
わざと数枚は手元に残しておいて、ポケットに忍ばせておいた。持ちかえって接着の秘密を探るつもりだった。お札の効力も気になるところである。
何らかの結界を発生させる仕組みに違いないが、それを仕掛けた当人の魔理沙には、いっさい感じるものがなかった。
後学のためにもこれは調べておきたかったのだ。
落日を待ち構えていたように風は咆哮を強め、隙間からひゅうひゅうと入りこむ調子などは、まこと、逢魔が時とばかり来訪してきた悪魔が口笛を鳴らしている、そんな不気味さがあった。いずれ迫る、もうそこまできている暗闇に、戸口や雨戸はふるえきっていた。
特に、雨戸を閉じておいてよかったと、魔理沙は胸をなでおろしていた。
八卦炉で火をおこし、水をためた小さな鍋をあぶった。水泡が沸きあがりそうな頃合いになると、柄杓でその湯をすくって急須にそそいだ。茶葉は霊夢が持参していた。三つの湯のみへ渡すと、それぞれ三人のもとへ。急須と湯のみは、いずれもこの家にあった品を拝借した。
一服。
霊夢が喋り出した。
「相手方がいつ訪れるかわからないから、長期戦も覚悟してね。丑三つ時がいちばん危険な時刻に変わりはないけど、それ以外のときにも気を緩めないように。永い夜にならないよう努力しましょう」
と、演説されているあいだにも、妖夢の首がおおきく傾いた。
「ああ、……すみません。あまり眠ってないもので」
たしかに眠たそうな様子ではあった。
これ以前から、魔理沙の視線の片隅では赤べこと化している妖夢がいた。魔理沙までうとうとさせられる。
「そうだ、私も眠たいぜ。ここはどうだ、仮眠でもとるってのは。大体、お札をそこらじゅうに貼ったんだから幽霊だって現れるに苦労するだろうよ。少しくらいなら」
「だれが幽霊なんて言ったのよ」
霊夢は部屋の四隅の柱を見た。
「お札はあれよ、あれ、牽制ってやつよ。スペルカード発動の合間々々に、即興でばら撒く弾幕。あれみたいなもんよ。もちろん、それに怯えて逃げ出すやつだっているけど」
話しているあいだにも、くずれ落ちそうな妖夢がいる。霊夢はその模様を観察でもしているかのように見ていた。
「……じゃあ、私が起きとくから、あんたらは寝てなさい」
霊夢から許しが出ると、恐縮しながら妖夢が横になり、数分と経たぬうちに寝息をたてはじめた。
いつもは頑ななほどに姿勢を正し続ける彼女だが、沈降すれば、猫のように丸まってしまった。
これは意外だなあと思いながら、魔理沙も体を投げうつことにした。
のち、
額を貫く鈍痛によって魔理沙は目覚めさせられた。拳骨をつくった霊夢が原因らしかった。
「なんだよ、もう、なんか来たのか」
「次はあんたの番よ」
そう言うと霊夢は横になった。つまり、次は魔理沙が起きておかなければならなかった。
起き上がるとひとまず屈伸した。部屋の中央には霊夢のお札が一枚あり、ランプのように照れていた。
魔理沙は座ると、幸せそうな寝顔の妖夢を見、噛み砕けないせんべいと格闘しているような渋面の霊夢を見た。
どれくらい経ってから二人を起こそうか、とぼんやり考えながら、八卦炉を転がしていた。
家のきしむ音ばかりがすべてに思えた。もう陽は落ちているらしい。
するとその中に、調子の違う音がひそんでいることに、ほどなく魔理沙は気づいた。風のいたずらだけが、戸のことごとくを揺らしているのだと思っていたが、それにしては乱暴で規則的な、ありていに言えば不自然に鳴っている音が玄関から聞こえてくる。
もしや、と魔理沙は身構えると、八卦炉で明かりをつくり、くれ縁を渡って玄関近くまで行くと様子をうかがった。
磨りガラスを隔てた外側には、間違いなく人の姿がある。戸はその人によって叩かれている。しかもそこにおいて、誰か、誰か、と切迫して助けを求める声もある。
折からの暴風に振り回された人が、ほうほう、この家に辿り着いた。という事態かもしれなかったが、これこそが人になりすまし魔理沙を陽動せんとする罠とも判断できる。
ただ、魔理沙はこういった駆け引きについて得意ではなく、
「出会って、幽霊かなんかだったら八卦炉をかませばいい」
と、玄関戸を開けることにした。
一目散に駆け入る風に眼をそばめながらも魔理沙が見たのは、いたって普通な女性だった。
幻想郷では極めて主流な服装である、日本の着物に大陸色が混合されたものをはためかせて、色白な顔は控えめな雰囲気を生んでいる。
少し拍子抜けな魔理沙に対し、女性は家に住人がいたことに安堵を示した。
「ああ、よかった。この風なので、私の声なんて届いていないものと、半分あきらめていたところです。落ち着くまで身を置きたいのですが、どうか」
魔理沙に断る義理はない。
女性が危うい存在かもしれない、などとはもう一片たりとも考えなかった。
「いや、かまわないぜ、上がってくれよ」
女性は言われても、すぐには上がろうせず、戸も閉めず、物珍しげにそこかしこに貼ってあるお札を眺めていた。
「それにしても、お札がずいぶんたくさん。不気味ですね」
「実はこの家さ、出るんだよ。けど、これだけ貼っておけば化け物だって、頭も出せないだろうぜ」
「きっと、そうですね」
袖をおさえながら女性は笑った。
「しかし、迎え入れては、話が違ってくるでしょう」
心底まで浸み透る寒気、それは妖夢が半人半霊ゆえに感覚される、他者の生命の波長である。不可視の力が訪れたことを、霊の部分が知り、彼女へ警戒させた。
すでに霊夢も目覚めており、さらの紙を折り折りしながらどこともつかない中空を見つめていた。魔理沙はいない。
「私がみてきましょう」
そう言いながら妖夢が障子に手をかけたところで、霊夢がそれを制した。見ると、霊夢の手の平には、ほそ長い星のように折られた紙があった。上にむいた角が丸くつくられている。人の形である。妖夢は霊夢の意図を汲みとった。
それは天地明神を呼び寄せ、人をかたどった物体(この場合は折り紙だが、人形でも可)へ憑依させる術であり、それによって使役させるものを式神とも役鬼とも言う。橙や八雲藍などは我々にも馴染みであろう。
しばらくすると、折り紙が一人でに立ちあがった。霊夢は息を吹きかけるように問うた。
「名を申せ」
「比叡山をゆりかごに、大江山を華に散ったが我が生涯。酒呑童子と呼びたまはり」
「……もしかして、萃香なの?」
「おや、ばれたか。面白そうなので加担させてもらうよ。私の一片とは言え自由につかっておくれ」
折り紙は霊夢の手を離れると畳へ着地した。浮遊しているようだった。
霊夢から様子を見てきてと指図を受けると滑って、妖夢を越え、障子の隙間へ平たい体を潜行させた。妖夢は見送りながらも、魔理沙を案じ飛び出したくてたまらなかった。
障子を隔てたくれ縁、さらには他の部屋に至るまで、禍々しさが渦巻いているのをひしと感じていた。冥界の達観された清々しい空気とは真逆の、怨恨で塗り固められた情念と言えた。これほど敏感に肌に伝わるということは、
「悪霊ですか」
「まず、そうね。依頼主の、今は亡き身内がそうなったか。どこかから連れてきちゃったか」
プリズムリバー三姉妹や幽々子など力ある幽霊は、こちらが弾幕で訴えれば弾幕で答えてくれる。意識と余裕があるからだ。だが大抵の幽霊は、古典的な方法で挑んでくる。この相手も例外ではなさそうだった。
数分もすると折り紙が戻ってきた。
「玄関に魔理沙が倒れていて、戸が開けっ放し。風が強くて近づけなかった」
「玄関ね」
妖夢が目くばせすると霊夢はうなづいた。
それをきっかけにして妖夢は部屋を出ると、向かい風をうけながらくれ縁を進んだ。
視界の不明瞭を覚悟したが、玄関に近づけば近づくほど光が増していくので、倒れた魔理沙を見つけるのは他愛なかった。床に転がっている八卦炉の光である。
外傷はみられない。
意識を失った魔理沙を抱きあげ引き返そうとした矢先、目前を覆い尽くした閃光に、妖夢は思わず首を曲げた。頬が淡く痛んだ。
覚えのない女性が八卦炉を突きつけてきている。口元を歪ませて仁王立ちで構えている様子は、どうあっても妖夢をはばかろうとしている。
八卦炉の強さを身をもって知っている妖夢は、あえなく、開いた玄関から外へ後退した。その途中にも、何度となく背中に迫る明滅に冷や汗がでた。
物を使ってくるとは思ってもいなかった。
霊夢に伝えなくては。
壁づたいに家を回りこんで庭へ向かい、閉め切られた雨戸をたしかめた。この先に霊夢がいる。女性はおそらく霊夢を来襲する。八卦炉なんて想像もしていなかったであろう霊夢が傷を負うか、後手に回ることは必至である。
しかし、雨戸はなぜかいくら踏ん張ってもびくともせず、叩き鳴らすも怒鳴りにまかせるも、すべて風にかき消された。
妖夢は裏口の可能性を見出し足を上げかけたとき、雨戸の隙間から折り紙が抜き出てくるなり、妖夢の肩へ飛びついた。
「伏せて、とばっちりをうけるよ」
わけが分からずもとにかく妖夢は伏せた。
間髪いれず頭上の雨戸が吹き飛んでいき夜の闇に沈んだ。
光彩陸離、六色の光球が炸裂し花火と果てるこれは、間違いなく霊符「夢想封印」である。
立ち上がった妖夢が目撃したのは劣勢の霊夢で、部屋の隅に追い詰められた彼女は、やはり女性に八卦炉を突きつけられていた。雨戸は破壊され障子は焦げ煤け、部屋とくれ縁に着弾の跡がある。夢想封印が目標を定められず暴れまわった結果である。
魔理沙をその場に降ろすと、妖夢は楼観剣を煌めかせながら女性の背後へ躍り出た。俊足に八畳あまりを飛び越え、女性の緩慢を認めたときに、袈裟斬りの成功を確信した。
が、妖夢は右ももにくる突然の違和感に膝を屈した。見ると、流線たおやかなそこに深々と木片が埋まっていた。そこになお、左に佇んでいたはずの箪笥がのしかかり、妖夢は頭をかばうあまり楼観剣を捨てた。
電撃は失敗した。
急いでしまい、闇雲に突進して、周りが見えていなかったというか、無計画だったというか、霊夢を助けたい一心のなんという空回りか。
すると妖夢の頬を再び何かが、かすめた。それは女性の背へ張りつき、即座に絶叫をさせた。
二、三枚と同じように飛来し女性を苦しめる。
この隙を見逃すような人間はここにはいない。
さっと、妖夢へ接近した霊夢は楼観剣を拾い、そのまま女性へむけて突き上げた。血が舞うこともなければ肉も散らないが、悲鳴だけは高々と響き渡り、女性は蒸気の冷めいくが如く薄れていった。
「やったのか」
聞き取りづらい声を発したのは魔理沙で、くれ縁のふちに手をついており、顔色が悪かった。手には数枚のお札がくしゃくしゃに握られていた。
妖夢はどうにか箪笥をどかそうと力を込めるが、足がずきりとしてうまくいかない。
霊夢は呆然としていた。
「いやあ、面白かった。この話を肴に勇儀と一杯しょうかな」
やがて、宿主のいなくなった折り紙が散っていくのを妖夢は見た。
風は相変わらずようしゃない。
魔理沙の思いつく限りでお札の解剖を試みたが、なんぞ、見つけられない。
ただ二つわかったことがある。一度貼り付けたお札は力づくでは中々はがれないが、ここにほんの少し、料理の隠し味程度の気持ちで魔力をあたえてやると簡単にはがれた。もう一つは、表に書かれた文字で、行書という書体らしい。たまたま霖之助が知ってくれていた。
残るお札は一枚を数え、これを失うのはもったいなくて、手がだせなくなった。
「霊夢へ聞いてみるか。企業秘密とか言われそうだけど、な」
そんないきさつで神社を訪れた魔理沙だったが、眼の下にくまを溜めた霊夢がいて驚かされた。
「どうした、寝不足はお肌と弾幕の敵だぜ」
「そう、そうなのよ。私はいま、敵と戦っている最中なの」
「へえ、誰と」
「出てくるのよ」
「……?」
「最近、夢に必ず出てくる。着物の女性が物哀しそうに、ずっとこっちを睨んでくる。それで、いやになって夜中に眼がさめちゃう」
夢ばっかりはどうしようもない。
紫に相談すればいいだろう、とは魔理沙は言わなかった。
よく霊夢の手伝いを引き受けれたなw
キャラクターが誰も格好良く描かれていて、話も堅苦しさを感じさせなかったので惹き込まれた。
いや物凄く面白かった。