「あんたちょっと留守番しててくれない?」
「はぁ?」
11月のある日の会話。ことの起こりはヤツの一言で始まった。
魔法の森と言えば瘴気がひどいので人間はおろか普通の妖怪もあまり寄らない場所。静かな上に魔力を上げるにうってつけの地だから私も鍛錬かねてここに移り住んでるわけだが、珍しく訪問者が来たと思ったら訪問者も訪問者で博麗のほうの巫女様という珍客であった。
しかしその珍客、人の家に上がろうと言うのにノックもせずに開けようとドアをがたがた鳴らすもの当然のごとく鍵がかかっているので入れるわけも無いのだが、
「居留守したって無駄だって」
そんな理論とともにならば進入できるところを探してすべての窓をチェック中にあぁここが開いてるわと土足でお邪魔してきた。人間、ドアから入る人と窓から入る人の2種類がいるそうだがどうやら彼女は後者らしい。
ではなぜその扉が開いているかというとこれは家主か部屋の換気のために開いていたわけで、その部屋で人形制作に精を出していた私とばったりと鉢合わせ。
「お、いたいた」
その私の姿を認めた第一声がこれである。なんだろうこの変な人。
さらに不良巫女はあいさつも詫びもすっ飛ばし、にこやかに冒頭の発言を発射。
「あんたちょっと留守番しててくれない?」
「はぁ?」
奇襲の一撃に私はグレイズも食らいボムもできなかった。残念ながらこの状況下でそう発言する以外に口にする言葉を私は知らない。
用件だけをわかりやすく伝えてくれた素敵な巫女様は素敵に会話を続行してくる。
「ほらこの前の温泉事件」
「地底の異変ね」
「そうそう。その時に噴き出してたでしょ」
「確かに温泉は湧いてたわ」
「じゃなくて、怨霊」
「あぁそんなこともあったわね」
あの温泉、うちの家に引けないかなぁ。家にいながら入れるっていうのは魅力よね。
そんな非建設的かつどうでもいいことを考えながら会話は適当に流す。まともな神経していたら今のこいつと会話なんてできようがない。
「それでやんちゃしてる怨霊共が大量にいてさ」
「まるで幼稚園ね。がんばれ先生」
「おかげで退治に2日はほぼ確実にかかるんじゃないかってね。で、家を空けるから変わりに留守番して」
「空き巣に入られて困るような物が置いてあったかしら?あの社」
「気分の問題よ。ついでに掃除もしといて」
家に帰ってきたときに掃除とかの仕事が残っているのが嫌だから代わりにやっていろと、そういうことらしい。もう少し重要性の高い理由なら引き受けてやらないでもなかったが自分のために働かせようとはなんという傍若無人。
当然引き受ける気はない。
「大丈夫、その2日で抜き忘れた雑草が異常繁殖して樹海を形成したりとかしないからさ」
「おい」
「大丈夫、2日の間に参拝してくる奇特な人間なんていないから手入れの必要はないわ。もっとも守矢の分社は別だけど」
「この」
「大丈夫。ほらスキマとか鬼とか黒いのとか紅い悪魔とか暇してる天人とか、喜んで引き受けそうな奴がいるじゃないの」
どこまでもどこまでも拒否を続ける私。だが代わりとなる人材まで提案してあげている私は本当に優しいと思う、誰か誉めて。
けれど霊夢は誉めるどころか私が承諾する気配がないのを察知して痺れを切らせた。
「紫がまともに留守番できると思う!?萃香にさせたら隠してる酒がなくなるわ!魔理沙があの箒で掃除してるトコなんて見たことない!レミリア?天子?帰ってきたら奴らの別荘と化してるわよ!」
「あ、キレた」
ちゃんと会話してやっただけありがたく思えというに、私より先に怒るなよ。
「というかわざわざ空けなくったって日帰りでいいじゃない」
「それが難しいから言ってるの」
始まってもいないのに既に疲れた顔でうなだれる霊夢。本当に忙しくなる予定らしい。
「ぐーたらの巫女様とは思えない盛況振りね。で、事ここに至って私をチョイスする理由は?」
すると霊夢は熱く語り始めた。それによると、どうせなら分社共々見てもらおうと思った早苗も今回の件に狩り出され妹紅や魔理沙まで出撃、さすがに姫様にそんなことを頼めず咲夜や妖夢は主の元から離れないしでめでたく人間組は全滅。あとは前述の通り。脳みそ足りてなさそうな奴と騒がしい奴は除外し、門番とか教師とかの自分の仕事のある奴も除いて暇してる奴の内、良識があって来客相手にも普通に応対できそうな人物と言ったらもうその時点で選択肢は限られているのであった。めでたしめでたしはいお疲れ様でした。
「そうして消去法を用いた結果あんたくらいしか残らなかったのよ」
「ふぅん」
「ふぅん、って何よその態度」
「報酬は?」
「報酬?あ~、えっと」
答えに詰まる霊夢。いまさら悩むとは、これはもうただ働きさせるつもりだったとしか考えられない。
だから言ってやった。
「私を支配するこの怒りを抑えてわかりやすく端的に言ってあげるからよぅく聞いてなさい‥‥‥バカかあんたは!」
「どうせ暇でしょうが。それくらいやってくれてもいいじゃない」
留守番することがさも当然とでも言いたげな霊夢。私が留守番してやるって当然のことなんだろうか。人形作り取りやめて、自分の家を空けて?
私は手紙を書くことにした。
拝啓、母上様。いかがお過ごしでしょうか?今私は晴れ渡る空のように気持ちいいくらいぶち切れていて本気で魔法をぶっ放したくなりました。久しぶりにグリモワールを使いますので、魔界に何か不測の影響が出たらごめんなさい。追伸、自己中巫女の魔の手から逃れるためそちらに帰ろうと思いますので私の部屋を空けておいてください。
心の中でそこまで書いて筆をおくと、手元にある禁断の書に手をかけ、
「あ~‥‥もういいや」
私の態度を見た巫女様は不機嫌を隠さず怒気混じりのため息をついて窓から帰ろうとする。でもその捨てセリフこそ私が使うべきだと思う。もちろん「もういいやとりあえず弾幕撃っとこう」の意味で。私のもっている常識はいつから世間に通用しなくなってしまったのだろうね。
「次は玄関から入ってきてね」
「うるさい」
あげく捨てセリフを吐いてご退場。これはひどい。
◇ ◇
そのやり取りがつい昨日のこと。つまりアレから丸1日経過したわけだ。
「ふぅ」
日も昇って10時ごろ、私は博麗神社上空まで来ていた。どうせあの調子では適任者も見つからず放置したに違いないと様子を見に来てみれば案の定神社はもぬけの殻ときた。申し訳程度に結界も張ってあるが怨霊退治するのに力を割けなかいためか、チルノでも楽々突破できそうな気休めレベルの弱いものだった。
境内に降り立つ。天子がぶっ壊したおかげで社を再建していたが使える木材や瓦を再利用しているとは思えないほどきれいに仕上がっていた。まるで新築ではないか、いやほとんど1からの建て直しだったから当然だけど。
潰れたのは本殿というかメインとなる建物のみで、周囲の蔵とか鳥居、分社だのは無傷だった。それも壊れたもとい壊されたところも元通りにするよう勤めているので、全体から見れば何も変わっていないことになる。
「つまりこっちと」
迷わず歩いて社の横まで回ってみればアリスの記憶そのままの場所に掃除用具がまとめて置いてあった。
そのうちの一つ、立掛けてあった竹箒を掴んだ。跨って空飛ぶなんてことはしないので用途は一つ。
自分でも馬鹿だと思う。引き受けてもいないやる気もない、報酬もないときた。では何でこんなところに来たのかって、
「ひ、暇だからやるのよ。暇だから」
気まぐれなのだ。そうぶつくさと自分に言い聞かせつつ箒もをって境内に戻る。
とはいえこんな広大な面積を一人でやるつもりはもちろん無い。指を1本軽く動かして10体ほどの人形を起動させると、各々道具を持たせて掃除に参加させる。人形たちがばたばたと動く中私も一緒になって一角を箒で掃いていくが紅葉も終わり落ち葉が激しくなる時期、また一部分しかやっていないのにそれなりの量の木の葉がすぐに集まった。
「こんなのを一人にさせようだなんて相変わらず使い方が荒いわ。ねぇ?」
最後は隣の上海人形へ向けての言葉。対して上海はまだ手をつけていない箇所に振り向く。
「はいはい、次はそっちね」
始めてしまったのだから仕方ないと肩を落としながら人形とともに清掃を続けること30分、境内の落ち葉はほぼ片付け終えた。さすが人海戦術馬力10倍、この広さをものともしないわね。まぁ明日にはまた同量の葉が地面を覆っているだろうが別に無力感は感じない、その時はまたやればいいのだ。しかしこの作業を毎日繰り返している家主様は一体どれだけこの時間つぶしを行っているんだか。
とりあえず掃除は終わった。留守番なのだから後は家の中にいればいいだろうと用具を元の場所に戻すと私はブーツを脱いで上がりこむ。台所からお茶セット一式を取り出し茶葉も勝手に拝借するが、これくらいは給金代わりにもらわないと割が合わないので遠慮はしない。
このあたりは慣れたものだ。何か作業した後は茶を入れろと言われるのが常で、おかげで緑茶を入れるのも覚えてしまった。不本意はなはだしいがその時間だけは本当に静かで、お互い何も語らずに外の景色なんかを眺めていた。
畳に腰を下ろし茶を啜る。
こうして一息入れたその次に言われることも決まっていた。会話に花咲くのも決まってその時間。
「お疲れ様オルレアン」
手提げを持って神社にやってきたオルレアン人形を労ってからブツを受け取る。
「食事まで自前で持ってきてあげたんだから感謝しなさいよ?」
野菜、パンと中に入っているものを取り出して小言を言うアリス。
こんなことをしている自分が情けなくて。何だか腹が立ってきたので苛立ち紛れに人様の台所を片端から漁ってみたら、戸棚から大福だの貰い物らしきカステラだのが出てきた。まったく隠し方のパターンが昔のままではないか。カビが繁殖する前に私の胃袋で処分してあげよう、泣いて感謝するがいい。米も見つけたのでこいつもいただいていくことにする。
他にも探って見ると片付ける暇もなく急いで出かけたのだろうか、カマドのお鍋の中には味噌汁がそのまま残されていた。若干暖かいので恐らく朝食べて片付け忘れたのだろうが、ちゃんと蓋もしてあったし捨ててしまうのも‥‥‥どうやら私の昼食はこれで決まりのようだった。となれば先にご飯を炊いておこう。
今でこそ紅茶とパンの生活だが私は和食の心得もある。と言うか覚えさせられた。指示した鬼巫女の「私、お米のほうがいいわ」という理由で。だからしばらく手をつけていないもののご飯くらいは炊ける自信があるし、味の保障はしないが味噌汁だの煮物だのの作り方も覚えてる。
〝ヘタクソ。あぁほら火が強い、吹きこぼれるでしょうが〟
そうやって二人して台所に入っていた。
火力上げすぎて火事一歩手前にして怒られて、作った料理をちゃぶ台まで持っていって、段差に躓いて味噌汁を畳に飲ませてはまた怒られて。
「懐かしいわね」
米を炊きながらぐるっと見渡す。神社の外までは宴会を含めて何度も足を運んでいるのでその度にいろんな思い出が積み重なっていくが、部屋の中はと言うとあのときのまま私の時間は止まっていて。上がりこむこともないし、元から親密とは言いがたかったが泊り込みの掃除奉仕をする使い走りとご主人様という仲(?)になった頃からすればすっかり疎遠だなと思う。
でも私の料理の腕は衰えていたようで。
どうやら米の量に対して水を入れすぎたらしく、予定が狂ってやけにやわらかいご飯が炊き上がった。これはヘタクソと罵られても返す言葉が無い。
「でもまぁ食べれるレベルか」
ちょっぴり残念な感じになっている主食を見て一言。お粥状になってるわけでもなし、米粒の形は崩れてないので大丈夫。
お腹を満たした後、時間を持て余した私は周囲をふらふら歩くことにした。暇を潰せるものは家の中にはないしそれ以外にすることがないのだ。
平常通り参拝者のいない神社は閑散としていて、境内でもところどころ雑草が生えて社には蜘蛛の巣、緑カビと立て直してからそんなに時間は経ってないというのに中々の廃神社ぶり。だがまったく手入れをしていないのであればもっとひどいことになっているはずだし、あれでも掃除をサボっているわけではないのだろう。むしろ一人でこれを維持しているのだから一体一日のうち何十時間を掃除に当てているのか。
「それをやらされてたわけだけど」
重労働をさせられた思い出。
あの数十日だけで私は雑草抜きと掃き掃除、拭き掃除のプロになれそうな勢いだった。そういえば室内の掃除を忘れていたことにいまさらながら気づいたが私は掃除をしにここに来たわけではないし、明日にでもやればいいかと思い直して散策を続行する。
まだ覚えている。
この蔵の鍵を壊して怒られた。
軒下でサボっていたところを霊夢に怒られた。
裏口から一息入れなさいと麦茶を持ってきてもらった。
掃き掃除をしてたら魅魔が集めた落ち葉を吹き飛ばしてくれた。
集めなおしたら今度は魔理沙がきれいに舞い上げてくれた。
幽香にどつかれてグリモワールを池に落っことしそうになった。
「あなたも元気だった?」
その池に向かって声をかける、が反応は無い。その時ここで会った亀はただ寝てるのかもしれないし、もうここにはいないのかもしれない。
居ないと言えばあの悪霊、今は私しかいないのだから出てきてくれてもいいものを最近は魅魔とも会わなくなった。あの幽香は幾分丸くなった上に太陽の畑から出ることが減ったという。
何事も前のままと言うわけには行かない。変わらないのは霊夢や魔理沙くらいのもの。同じ幻想郷のはずなのに何かが前と違っていて、その中で私もまた変わってしまった。
もうあの時間には戻れないのだ、そう思うとあのときの記憶も愛しい思い出に変化してしまうのだから不思議なものだ。
そんな思い出の詰まった場所。大切な記憶。
それでも少しずつ風化していく。
「さすがに無くなってるか」
呟く。昔、散々こき使われた腹いせに魔法ぶち当ててへし折った柱がこの辺にあったのだが。建物の基盤になるような大切な柱でもなかったしそのまま放置されていたようで鬼が宴会祭りを開いていた時期まであったのを見たのだが、建て直しのときに撤去されてしまったらしい。それは新品の柱に取って代わっていた。
台所もそうだった。馬鹿やって焼いてしまった壁も今はきれいになっていたし、赤いリボンを結わえて使っていた私の専用箒もどこにも見当たらない。もう何年も前の話だ、とっくに捨ててしまったに違いない。
そこには何も無かった。過去を感じさせるモノは新しいものと取り替えられて、いずれは昔そこで起こった出来事を思い起こすこともなくなる。そして記憶から消えていく。
日が傾いてきたので最後に賽銭箱の中身をチェックして私は室内に戻る。中身はどうだったかって?参拝客がいないんだからあの空間に物が入るなんてことはまずないが、儀式みたいなものだ。正直中身のチェックなんて月に1回でいいと思う。
夕食もお昼のあまりとあとは適当につくって済ませた。
寝るまでの残る時間は魔法研究に費やすことし、そうして時間が経過するのを待つ。普段なら研究に追われる毎日で時間などいくらあっても足りないと感じるのにここに来るとすべての調子が狂う。快晴の巫女とはよく言ったもので強すぎる灼熱の日差しは痛いほどだが、でも暖かいので居心地は悪くない。
それでも一度研究を始めると時の加速は早く、気づけばかなり夜が深くなってきていた。寝ずの番をするつもりは無いのでさっさと寝させてもらおう。
お風呂を拝借したあと持ってきた寝巻きに着替える。そして普段霊夢が使っているであろう、唯一稼動状態にある布団を引っ張り出して敷くとその中へダイブした。
普段から人が来ないのに客人用の布団を待機状態に保つほど巫女様は殊勝でもないことをすっかり忘れていた。一応奥にも布団はあるが風通し位しておかないと使えない。
過去にも、今日から私が泊まるというのにそれをすっかり忘れていた巫女様はちゃんと用意をしてくれなかったので、ここに来た初日は二人で一つの布団を使う羽目になったという前例があるのに‥‥
2日間の滞在。ということはあと1日布団を借りなければならないのだがこればかりは仕方ない。だって、
「めんどくさいなぁ」
残る1日のために別の布団を用意するのも馬鹿らしく思えてきたので明日も彼女の香りに包まれて寝ることに決め、アリスは夢の中に落ちていった。
◆
〝ただいま〟
〝おかえり。人に掃除させといて外出とはいいご身分だことで〟
〝何か文句ある?そもそもあんたの同族さんが目一杯やってくるから退治に忙しいの。帰ったらママに言っておきなさい、早めに何とかしないとまたぶっ飛ばすって〟
〝言うだけはね~〟
〝ってあぁ!ここに隠してた大福は!?〟
〝ごちそうさまでした〟
〝こらっ!!〟
◆
◇ ◇
「ん~‥‥‥」
朝日が昇る。
使い慣れない布団は普段使用しているベッドに比べると硬くてとても快適な睡眠を取れたとは言いがたい。通気性の良すぎる部屋はこの時期の冷たい外気を遮断しきれず、冷えた体を温めるため布団に包まって2度寝したい衝動に駆られる。そこには至福のひと時を殴って妨害する奴はいないけど、ちゃんと背伸びをして体を起こすことにした。顔を洗って髪を整え、手早く着替えて。
朝食は昨日持ってきたパンにジャムを塗って、コーヒーと軽めに済ませる。このコーヒーメーカーはもちろん自宅から持ってきたものだ。
さて今日は何をしよう。そう考えて昨日は廊下とか家の中の掃除をしていなかったことを思い出す。台所はもちろん縁側、畳の上、賽銭箱、浴槽‥‥‥あぁトラウマが蘇る。賽銭箱とかお風呂とかはわかる。だが家の中すべての柱の拭き上げとか障子の張替えとか蔵の道具整理とかは明らかに年末大掃除レベルの仕事だろう、なんでさせられたんだろうか?それもほぼ毎日。
考えても詮無いこと。慈善事業なんだし今日は使用している生活空間と境内の掃除でいいだろうと決めて早速取り掛かる。少々もったいない気もしたが布団を干して、食器や調理器具を片付けて、畳の上を拭いて、廊下とお風呂場も済ませて。でもお風呂と布団については今日も使うのでまたしなければならない。
今は一つ終わったらすぐ次の仕事を言い渡してくる悪魔はいない。かといって今日も今日とて急いだところで何があるわけでもなし。ゆっくりこなそうと作業速度を落としたら自然と仕事が丁寧になってしまう。いいことなのだが、それでも午前中にはすべての作業が終わってしまった。午前中一杯時間がかかったとも言う。一人しか住んでないくせに無駄に広いのよまったく。
パン、野菜スープと今日は洋風の昼食。
昼からは人形作りをすることにした。人形作りは場所を選ばないしね。
昨晩と同じくゆっくりとした時間。こんなにまったりとできた時間は晩御飯食べた後もそうだったが、あとは雨の日くらいだったか。
雨の日は外の掃除と言うわけにはいかない。もちろん屋根の下にあっても仕事はあるけれど、量は格段に減るのでこのような自由な時間ができる。馬車馬のごとく働かせられるのは御免被りたいので毎日雨ならいいのになと思っていた。
一旦掃除を始めると容赦ない霊夢もその時間は優しくて。私に淹れさせていたお茶も自分で用意して、二人でちゃぶ台を囲うと私のことを根掘り葉掘りと聞いてきた。
あんたちっこいわよね、身長何センチ?普段何をしてるの?魔界も雨は降るのかしら。おいしい特産品とかあったら持ってきなさい。
あまりにもうるさいから反撃してやる。
今までどんな妖怪と会って来たの?幻想郷にはどんな奴がいるの?お土産買って帰りたいけど何がいいかな?賽銭箱の中っていつも空っぽ、って痛ぁ!?何するのよ!
毎日雨ならいいのになと思っていた。
そんな思い出もやがては流れる雲のように消えていく。
ガサッ
「!」
静寂を破り、草むらをかき分けて移動する音で私は現実に引き戻された。
舗装されていないとはいえ人が見てそれとわかるくらいの獣道は作っているのだから、普通に参拝してくる人間なら境内脇の草むらなど通らない。ならば普通以外の何かだ。動物が蠢いているだけか、あるいは侵入者か。
音は近づいてくる。
「本当に空き巣がやってくるなんてね」
よろしい成敗してくれよう。そうノリノリで人形を繰り出す種族魔法使いな妖怪は、西蔵と京人形を偵察に出して自身は障子の影に身を隠して外の様子を窺う。
ふと気になったのだがあの巫女は陰陽玉を他人に取られたらまずいのではなかったか。
怨霊退治の件で霊夢が留守にしていることは他の者にも伝わっているだろう。不在を狙って神社の金品を目当てにした盗人程度ならかわいいものだが、陰陽玉の持つ何かしらの力を狙った輩で、自分より強い妖怪という可能性もなくはない。まさかそんな大切なものを家において行ったりしてないわよね?あまりに強い敵が相手だと守りきれる自信はないわよ‥‥‥‥
様子見なんて生ぬるいことはしない、手を抜いている余裕は無いので初手から全開で弾幕を叩き込む。スペカルール?宣言?大丈夫よ、ちょっと前までそんなもの使って無かったから。
西蔵達からの敵発見の報は届いてこない。自分が見ている場所と侵入者が来ている方角は合っているはずだが敵は発見できず。
いや、わずかだが空間に揺らぎがある。
「あれね」
グリモワもすぐ使用できるように手をかけておきながら、一撃で仕留めるため人形を展開する。
右から仏蘭西、上海。
左に倫敦、蓬莱。
正面に乙女文楽、オルレアンとゴリアテ。
標的の直上から和蘭、京、西蔵。
スペカ級の人形のため展開に時間がかかったので速攻というわけには行かなかった。そのためこちらの人形を見つけた相手は逃げ出そうとしているようだがもう遅い、ステルスを見破った時点でこちらの勝ちだ。10体とはいえ精鋭人形の弾幕、あなたに受けられるかしら。
「ショット」
言って攻撃命令を出した直後に気づいたこと。
ん、ステルス?
透明?光学迷彩?
‥‥‥‥ここって私の家じゃなくて博麗神社だもんね、暇人が良くやってくるよね、すっかり失念してたわ。という訳ですまんねにとり。
「うわ!わ!」
案の定聞き覚えのある声が弾幕の豪雨の中から響いてきた。慌てて攻撃中止の指示を出すが時既に遅く、左右の弾幕で逃げ場を失い、上と正面からの弾幕に押し潰されつつ体当たりしたゴリアテに蹴飛ばされていくステルスな方。
危ない危ない、大江戸とグランギニョル座の怪人のラストワードまで行かなくて良かったわ。これってギリギリセーフよね?と、開いていたグリモワールも慌てて閉じる。
相手が誰かわかったので身を隠す必要もなく私は堂々と外に出た。
「あー、河童だったか」
「スペカ宣言なしに弾幕撃っといてそりゃないよぉ。それで、何してるんだい?」
「それはこっちのセリフよ、光学迷彩使っておいて」
普通にやって来てくれたら弾幕も撃たなかったろうに、まったくもって紛らわしい。
それににとりは数瞬だけ何の話だと言いたげな顔をして「あぁ」と思い至った様子。
「途中でヤマメに遭遇しそうだったから付けてたんだけど、切り忘れだねこりゃ。これは失敬あっはっは」
愉快に笑う河童。あんた被害者だろう、笑ってる場合か?
「で?どうしてここにいるの?」
「霊夢が掃除してくれる使用人を雇いたがっているらしいと山の神から聞いてね。働く気はないが、製品の売り込みチラシ置いてくついでに掃除くらいならやってあげようかと」
脇においてあった意味不明な装置を撫でながら、にとり。話の流れから察するに自動で落ち葉とかを集めてくれる掃除装置だろうか。
山の妖怪に話が流れたと言うことは恐らく噂の出発点は霊夢同様に動いた早苗かあるいは魔理沙か。どういう経緯を辿ったのか伝言ゲームが正しく伝わらなかったらしくずいぶんと話が捻じ曲がっているが、気を利かせてやってきたわけか。
「でも必要なかったみたいだね」
勘ぐってくる河童は好奇の瞳をこちらに向けてくる。にやにや、にやにや。
いけない、さらに話がこじれて伝わってしまう。きっと明日には鴉天狗まで伝わって、次の発刊ではあることないことで一面記事を飾るに違いない。あの鴉、普通はそこまで嘘記事は書かないのだが異変が起こらない昨今、現在ネタに飢えているらしいので嘘増し増しで書くと思う。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私は怪しげな物体を見かけたから潰しただけよ?」
「え?だってお前さん確か家の中から出てきてなかったかい?」
「霊夢に用事があって来た。声かけても返事ないから家宅捜索した。諦めて出てみれば怪しいのがいたから弾幕撃つと、そこには光学迷彩した河童がいた。以上。
どこにいるか知ってるなら教えて欲しいものだけどね」
「ふ~ん?ま、別にいいや」
まだ疑念は晴れないようだがどうでも良くなったのかそれ以上の追求は無かった。
「霊夢だったら早苗と同じ件で動いたはずだから人里にいるんじゃないかな?」
「人里、ね」
早苗が動いたことは昨日紅白から聞き及んだばかりだが、人里と言うことは泊りこみで怨霊退治か。神社に帰って来れないほど忙しいのに寝床はどうするのかと思っていたが野宿と言うことはなさそうである。
「ありがと、ちょっと見てみるわ」
「私も帰るよ。落ち葉もあんまりなさそうだし」
昨日のうちに清掃を終えた境内を見渡して悲しそうに肩を落とすにとり。これって私が昨日掃除しなくてもにとりが勝手にやってくれたんだよなぁ。そう考えると留守番する必要性って本当にあるんだろうか、むしろあってもらわないと昨日からの自分の行動がものすごく無駄ということになるわけで‥‥‥うわぁ、最悪。
「勘違いして悪かったわね」
「こっちも勘違いされないよう注意しとくよ。ま、次の宴会でも会ったらお酌の一つしてもらいたいかね」
「りょーかい。じゃあまたね」
約束を交わすと私は空に舞い上がり、人里方面に向かって飛び立つ。
ちょっとだけ進んで後ろを振り返ればにとりも妖怪の山に向かっていくところだった。それを確認してから速度と高度を徐々に落とし、適当な木を見つけてさっと身を隠す。あとはにとりが去って見えなくなるまで待ち、頃合を見てダッシュで神社に戻るだけ。
「‥‥‥何してるんだか」
その木に隠れて自分の馬鹿馬鹿しい行動に対し自嘲する。文にばれて記事にされたところで困ることは無いし、普通に留守番してるだけと伝えていいところなのに無用な労力使って馬鹿ではないのか。でもさすがに「霊夢のために代わって留守番してます」と言うのは気恥ずかしいから悩みどころだ。
さてにとりの姿も見えなくなったし神社へ帰ろうか。
歩を進めたところで上空に人影を見つけてまた立ち止まる。噂をすれば何とやら、それは射命丸文だった。彼女もまた霊夢に用事だったのか神社上空で飛び回っていたが、目当てのものが見つからなかったらしく10秒ほどで飛び去っていった。
その目線を下に移せば萃香の姿。神社に入り浸っている姿をよく目にする気もするが瓢箪を煽りながらトボトボと歩いていた。にとりといい萃香といい、あいつ愛されてるなぁ。
輪がどんどん広がり厚く変化する。ただでさえうるさい奴が多いのだし古い記憶に浸る暇も無かろう。春雪異変で会った時も見事にすっとぼけてくれたが、私のことなど案外本気で記憶の彼方だったのかもしれない。ちょっと悲しい気分になってくる。
と、頭に何かが当たった感触。ポツリと何かが頭の上に落ちたようなと触れて見ると僅かばかりに濡れていた。
それは雨粒。
「げっ」
空をもう一度見上げると経緯は知らないが文と衣玖が上空で弾幕戦を繰り広げていた。天候が風雨になってる。あ、今台風に変化した。今から帰ろうとしてるんだから少しは空気を読んで欲しい。布団は軒下になる場所に干してるからいいけど、あぁやばいねこれは早く家に帰ろう。じゃなかった早く神社に戻ろう。
慌てて飛翔。すでに本降りに近い状態だったがそんなに距離があるわけでもない、濡れるとしても急いで飛べば多少程度で済むだろう。
と、思っていたのだが。
「あ~、もう」
到着してみれば全身ずぶ濡れ。見通しが甘かった。
ブーツの中までびしょびしょ、いい女になったかはともかく水が滴るほど良く雨に降られた。しかもお外は今になって晴れてきたし、憎い。雨なんて大っ嫌いだ。
人形たちにタオルと下着を持ってきてもらって湯船もお湯を張ってもらう。重量感たっぷりのドレスを脱いで自身はお風呂へ、本当の台風が来たわけではないので服は干して乾燥。明日までには乾いていることだろう。
体を温め終えて風呂を出る。だが変えの服はない。寝巻きはあるけどまだ日が高いし、う~ん。
しかしないものは仕方ないので使うしかない。おとなしく家の中にいればいいだけだしと割り切ってパジャマに袖を通した。
正確には袖に手をかけたときだった。
「オキャクサマー」
「客ぅ!?」
上海からまさかの訪問者のお知らせ。おいおい、まさかパジャマで応対に出るだなんて羞恥プレイは遠慮したいしどうする私‥‥‥居留守、そう居留守よ!これぞ名案!
「ハイッテキター」
ちくしょう誰だ私に断りも無く上がりこんできた奴は。
私の服は干したばかりで乾きようがない。このまま身を隠しても干した服を見られたら怪しいだけだし、こうなったら最終手段!
記憶を頼りに引き出しを漁り、目当てのものを発見するとパジャマをポイと放ってすぐに装備。京や大江戸の衣装を着付けてやっているので着方くらいは知っているが時間が無い、外見さえ普通に見えればいいんだし結び方なんて適当だ。
戦闘準備完了と同時に侵入者が部屋まで侵攻して来た。これより迎撃に移行する。
「邪魔するわよ」
「本当に邪魔よ」
挑戦者青コーナー、襖を開いて入ってきたのは眠れる恐怖で宵闇小町でフラワーマスターないじめっこ風見幽香。
対する赤コーナー、迎え撃つは湯上り金髪をなびかせ「普通の」巫女服を身に纏ったアリス・マーガトロイド。旧作霊夢衣装とも言う。
なんでこんな時に幽香なんだろうか。いや、自分さえ楽しめればいい彼女はベラベラ周りに言いふらす奴じゃないのでむしろよかったのかもしれないけど。
両者見つめあう。流れる無言の時。
「‥‥‥‥ぶっ」
沈黙を破って唐突に幽香が吹いた。
これが最強の魔法なのねと意味不明なことを抜かしながら呟きながら軽く鼻血を吹いていたので仕方なくハンカチを渡してやった。鼻を手で覆い隠すのは結構だがそのまま血を落として畳を汚さないでよね?
:
:
「で、なにしてるの?」
落ち着きを取り戻した幽香からのごく普通の質問。どうにもこうにも言い訳のしようがなかったので
彼女のためにお茶を入れて出すと私は観念してことの事情を話した。ただし大筋では同じだが「霊夢に無理やり引っ張られて」という設定に改変しておく。このいじめっこに弱みを握られたら最後だ‥‥‥とっくに手遅れかもわからないけど。
「そういうあなたは?」
「紅白をからかいに来たけどいたのは七色だったんで」
「だったんで?」
「いじめようかと」
誰かコイツの思考回路を解析してくれないものだろうか。ほら、霊夢が前に話していた「教授」とかに任せたらなんとかなるんじゃないかな。
その幽香はというとさっきから私の髪なり腰なり首筋なりを視線で嘗め回してくる。その視線は好奇というよりもっと危ない別の感情が混じっているような気がしてならない。
「何よ。急いでたから着付けはおかしいかもしれないけど」
「この図はなかなかお目にかかれないからつい」
だからってそんなにねっとりとした視線で見なくても。
フラワーマスターはよく里の花屋とかでじっと花を見つめていることがあるそうだ。興味さえ湧けば観察対象の種類は問わないのか、そう考えると一途な乙女といった風だがたまにストーカー行為に及ぶことがあるので迷惑な話である。と、被害者は語る。私のことだけど。
「変わってるようで、あんまり変わってないのね」
なんだかほっとした気分。
「それにしても懐かしい顔だこと」
「そんなに久方ぶりだった?」
「あなた、花異変のときは動かなかったじゃない。霊夢も魔理沙も動いたから弾幕やったけどあなたと来たら」
あぁそうか、幽香はあのとき動いたのか。それは惜しいことをしたかも。
「再会の記念に一回戦っていく?」
「ん?ふむ、そうねぇ」
あいまいな返事。天下の幽香様は乗り気ではないようだが、そんな様子が見るに忍びない。
「弱気ね。まさか、年老いて一線から退いちゃったから勝つ自信がないとか?」
「挑発のつもり?」
「凄んでるつもりでしょうけどまったく覇気もなし。これがかつて魔界を震撼させた妖怪様とは、衰えたものね」
失意の瞳でフラワーマスターを見つめる。
実際はそんなことはない、むしろ目に見えて妖力がぐんぐん上がっていってるし幽香の手にしている傘がミシミシと悲鳴を上げている。すごく怖いです。というかいつも思うけど頑丈だよねその傘。オリハルコン製?
しかしプライドは高いとはいえこの程度で怒り狂うほどこの妖怪さんは短気でもない。でも、永く生きて大妖怪としての貫禄を身につけた幽香は何か違うんじゃないのかな。もっと自由に、力に貪欲になって飛び回る姿のほうがらしいと思うのは、私が思い出にすがりすぎて時の流れについていけないからか。
その幽香は声のトーンを落として言い放つ。
「両腕・両足・首・胴体。七つ目にどこを分解しましょうか?」
ちょっと、煽りすぎたかも。
◇
久しぶりに戦って満足したのか幽香は元居る場所に帰っていった。
戦闘結果はもちろん私の完敗。初見の癖にほとんどのスペルカードは成す術なく破られてしまった。グランギニョルなどの秘蔵のスペルは隠したままとはいえ多分使っても無意味だったろうし、まだまだ修行が足りないなぁ。余談だが、サービスにグリモワ・オブ・アリスの一部を使用したら「腕を上げたわね」と褒められた。これも当然のごとく破られたけど、すごくうれしかった。
既に日は傾き始め、青い空は朱に染まる。2日目の日が落ちていく。
誰もいなくなると途端物思いにふけりたくなる。いつも通り人形作りをすればいいのに不思議とその気も起きないから気を紛らわすため夕食の用意をはじめるが、脳の思考容量を埋めるには至らず効果はなく。
幻想郷の外れにあるこの神社。博麗霊夢の家。
「あるいは牢獄」
家とも神社とも違和感があるのでそう口にしてみたらあまりにぴったりだったので自分でも驚く。目に見えぬ枷に縛られ決して一線を越えることができない、という私のイメージが当てはまったのかもしれない。
結界が張ってあるかのように他者とのつながりのない土地。今でこそ妖怪が好き勝手にやってきてやれ宴会だやれバトルだと騒ぎ立てる始末だが、神社というのは基本妖怪が来るところではなく、幻想郷を背にして建っているので人里から来やすい場所にも建っていない、基本的に誰も寄り付かない静かな場所。ちょっと広めの牢獄といっても差し支えはないだろう。
彼女はこの縁側から何を見ていたのだろうか。この夕日を見たくらいで風情を感じるような奴には思えないけど彼女にも心はある。霊夢は何を思って日々を過ごしているのだろう。
楽園の巫女は暇だ暇だと口癖のように囀る。それは檻の中で寂しいと泣いているからだろうか。でも二言目にはめんどくさいが来るし自分で牢に鍵をかけているような、どうなのだろう、わからない。
言葉通り暇なのなら遊びに来てやったら喜んでくれるかも。
言葉通り付き合いがめんどくさいなら寄らないほうが喜ばれるかも。どっちなのかはっきりしなさいよまったく。と言っても春雪で思いっきり否定されたから友達ではない訳だし、霊夢からすればそんじょそこらの1妖怪扱いなわけだ。まぁいいけどそうなると一人で勝手に熱を上げて悩んでるということなので、虚しい。
もういいや、ぐだぐだ考えるのは止めよう。
ご飯食べて片付けて、と。
終えた後は余計なことを考えないよう魔法研究に手をつけて無理やり時間を稼ごうとしたがまったく身につかず、無為に時だけが過ぎていった。稼げた時間はわずか2時間、このままでは私までダメ人間もといダメ妖怪だ。
‥‥‥‥帰ろう。
霊夢は2日ほど家を空けると言った。そして今日で二日目終了だから三日目である明日の朝帰るとしよう。帰るまで待っていろとも言われてないし言われた期間だけ私はちゃんと勤めを果たしてやった。しかも自主的にだ。どうだ、偉いだろう。その上優しいアリス様はサービスまでしちゃうぞ。
そう決めて私は早めに寝室へと向かった。逆に言えばそれ以上は限界なのだ、気持ち悪いくらい余計なことが脳内を巡ってきっと私はダメになってしまう。
明日は早い。
◆
〝もう帰るの?〟
〝元々2週間って決めてたじゃない。言われた分の掃除はちゃんと終えてるわ〟
〝いや~本当に助かったわ。こんな召使いを雇うのも悪くない、うん。今度は夢子でも捕まえて働かせてみようかしら〟
〝魔界に来るの?また暴れられたら本当迷惑だからもう来んな〟
〝それは神綺が約束守るか否かにかかってる〟
〝明日にでもやって来そうだなぁ〟
〝慌てて帰らなくても大丈夫でしょ?ご飯くらい出してあげるから食べていきなさい〟
◆
◇ ◇
日が昇り、光が闇を切り裂く時間。
その空に舞う影一つ。
「あ~もう、疲れた」
げんなりしている霊夢が我が家に降り立つ。あちこち引っ張りまわされてロクな休憩も取れないままの重労働がようやく終わったところだった。お礼にと軽食も出されたが、食欲も湧かなかったのでまた今度と言うことで直帰したのだった。
あーあ、平和になるのはいいけどどうせ明日からまた暇になるし‥‥‥‥寝よ。
そういえば台所を片付けないで出てきた気がする。それだけでもやっとくかな、はぁ。
ため息をつくたびに重くなる体を動かし、ちゃぶ台のある部屋を横切って。
「ん?」
ちゃぶ台の上には見慣れない包みがひとつ。
こんな布は持ってないし置いていった覚えも無い。一体何なのだろうと手にとって結び目を解いてみれば、中にはおにぎりが数個と切ったたくあんが添えられていた。
包みの下に1枚の紙切れが置いてあって。
いつかどこかで見た筆跡で字が綴られていた。
――――お帰りなさい――――
ただ一言、それだけ。
誰が書いたものなのかを探るため少しだけ記憶を辿ったら、すぐ答えに行き着いた。これを置いていった主は冷めても食べられるものをとおにぎりにしたのだろうか。しかしそれはまだ暖かくて。
一つ手に取り口へ運ぶ。
米はちょっと水気が多かった。あのヘタクソは炊いたときに水を多く入れすぎたのだろう、昔と同じことをするとはまるで上達していない。
その胸中を米粒ごと飲み込んだ。
「ただいま」
そうして発する、これまでの十数年で数えるほどしか使わなかった言葉。
ここでした会話。
まだ覚えている。もうあいつは忘れてしまったのかもしれないけど。
台所もきっちりと片付けられていた。彼女が去る日、頼みもしないのにこうやって片付けていったっけ。ぜんぜん変わっていない。
おにぎり作っただけにしては減りの多い米。取るものは取っていったらしい。
「あいつめ‥‥‥」
ベストポジションに隠してあった大福もなくなっているのを見つけ、次からは取られない場所にしておこうと心に決める。
何も無い。
アリスがぶっ壊した柱も、焼け焦げた壁も、シミだらけにしてくれた畳も。そこにはもう何も無い。全部なくなってしまった。新しいモノは手に入るがその度に抱えきれない量の過去が地に落ちていく。そして忘れる。
本当に?
包みの中のおにぎり。新しく手に入れたモノ。過去を思い起こす鍵となったモノ。
感傷に浸っている場合でも大福の心配をしている場合でもない。食事がまだ暖かいと言うことはあいつは、それほど遠くに行っていない。
外に転がり出、魔法の森へ続く空を見上げて姿を求めるが見当たらず。徒歩で帰ったのかも知れない。上空から探すため飛び上がろうとしたところでかすかに歩く音が耳に届いた。幻想郷とは裏手になる場所。
いた。
いつもの服を着た彼女。こんなところにいるとは今まで池でも眺めていたのか。
あの時と同じ場所で、同じように今にも空に舞おうとしている彼女の名を呼んで呼び止める。
「アリス」
「あらお仕事は終わり?」
「まぁね。ここで何してたのよ」
何をしていようが今は構わない。ただ会話を続けるためだけに思いついた言葉でそう尋ねる。
「ん?そうね、久しぶりに魔界に帰ってみようかな、とか」
「帰るの?魔界」
「あんたたちがまた行ったって言うから思い出してね、それも悪くないかなって。思い出にちょっと浸ってた」
それは故郷の様子を見に行くとの意味なのか、それとも家を引き払って魔界に移ると言う意味か。
前者の意味であることはわかっている。でも人気の無い森で一人暮らしだし寂しいから賑やかな魔界に帰りたいとかあるんじゃないのか、もしかしたらと考えてしまう。
アリスは続ける。2本指を立てて。
「2日。契約期間終了よ。報酬として大福とカステラはおいしくいただいたわ」
「やっぱりあんただったか。でもまぁ妥当よね」
「妥当って‥‥‥安いなぁ、報酬」
「もらえるだけ感謝しろっての」
「それもそうか、報酬考えてなかったもんねあんた。ありがとう、とても有意義だったわ」
皮肉でもなんでもなく微笑を返すアリス。感謝すべきはこちらなのに、あのおにぎりが本当にうれしかったのに言葉が出ない。
どうして留守番を依頼したのか。家なんて2・3日空けたところで問題ないのに、それでも声をかけたのはあれ以来滅多にうちに来てくれなかったアリスへのあてつけだったのか、様変わりした神社に新しい思い出が欲しかったのか。
「自分の家が心配だし、帰るわ」
「あの様子じゃ朝食、まだでしょ?何か出すから食べていきなさいよ」
「賽銭箱の中身は変わらず悲惨なくせにずいぶんフンパツするじゃない」
うちが賽銭だけで食べているわけでもないことくらい知ってるくせに、彼女はからかう。
「揶揄はいいわ。食ってくの?食っていかないの?」
「食べる」
「そう」
前と同じ答え。
それを確認して、部屋に戻るためアリスに背を向けて歩き出す。あとからアリスも付いてくるのが足音でわかった。彼女からはいつもどおり淡白な態度に見えたことを願って、とりあえず次に顔を向けるまでに緩んでしまった頬を元に戻さなければならない。
弾みそうになる声を抑えるのに一苦労だがそれでも会話は続ける。
「すぐに用意するから部屋で待ってなさい」
「手伝うわよ」
「おにぎり食べたけど上達してないことだけはわかったわ。あいにくうちの壁は焼いても食べれないから」
「壁はミディアムに焼いちゃったけど料理は言うほどひどくはない。それにほら、食器は割らなかった」
「あんたに台所預けられないって言ってるの!でもそうねぇ、折角だし茶碗くらいは用意しておいてね」
アリスもまた覚えていたんだな。春雪では冗談のつもりだったのだがもう少し優しく当たってやってもよかったかもしれない。そしたら、永夜異変のときに魔理沙でなく私に話を持ちかけてきてくれたんだろうか?
過去を今考えても仕方ない、今は今を楽しむことにする。取り戻せないものでもなし、こんな良い機会がめぐってきたのだから久しぶりに二人で食べよう。そうねぇ、結構覚えていてくれているようだしあの箒を見せてやったら驚くかな?後で蔵から持ってこようかな。
◇ ◇ ◇
「食器片付けといたわよ‥‥‥‥って」
久方ぶりに二人でとる食事を終えて。家主から片付けるよう言われ、一食のお礼と思ってその通り台所より戻ってきた私はちゃぶ台に臥せって眠りに落ちている霊夢を目にした。この馬鹿は疲れてるくせに人を招いて飯振舞って何してるんだか。だからこいつは馬鹿なのだ。
外で干していた布団を寝室に広げ、そこまで霊夢を引っ張って寝かせつけてやる。肉体労働を終えたが次はどうしようか?家主は帰ってきたが夢の中だし。朝食と言う追加給金をもらってしまっては任務を継続せざるを得ない。うんそうだ、そうに違いない。
「延長戦。3日目突入かな」
霊夢の誘いに乗ったのも気まぐれだ。顔見るまでそんな気も起こらなかったのに、もうちょっとならいいかななんて気まぐれ。
暢気に眠る霊夢の顔をを見ていると悩むのも馬鹿らしいと思えて、昨日はあんなに陰鬱だったけどもうどうでもいいや。何ていうか家に帰るのもめんどくさくなってきた。でも掃除とか昨日のうちにあらかた終わらせてるしなぁ。
寒いなぁ。さすが11月、肌寒い。なのにコタツとか出てないし気の利かない奴だ、はぁ。
「2度寝するか」
今日は惰眠を貪って留守番だ。そうと決めるもののやっぱり予備の布団を出せばよかったと後悔するが既に遅い、おかげで布団は今霊夢が使ってるこれ一つしかない。
そんなの知るか、私は寝たいのだ。これが初めてという訳じゃないんだしいまさら気にも留めない遠慮もしない。
と言うわけで中身を半分拝借して布団に潜り込んだ。うんあったかい。
おやすみなさい。
滅多に口にしない言葉を眠りこける隣人にかけて、私は瞳を閉じたのだった。
それはともかく、アリス、面倒見が良いなぁw
レイアリはもっと流行るべきだと思います。
なんだか、少しもの悲しさを覚えました。
新しくなることが良いことばかりではない。
消えてしまった物はあるけど消えないモノもある。そんな雰囲気がすごく良かったです。
なにより展開と良いすごく好みで、おもしろかったです。
隔絶された神社で孤独と共に生きてきた霊夢にとってアリスとの短い共同生活は本当に大切な思い出だったんですね。
一緒に異変解決してみたかった思いがあったり昔アリスが使った箒をとっておいたり…このあたりの心情吐露が結構切ない。
”過去を今考えても仕方ない、今は今を楽しむことにする。”
これからは、これまでより少し距離が近づいた二人が新しい思い出を築いていけることは間違い無さそうです。
素敵なお話有難うございました!
幽香のストーキングが再発しそうですが、それはそれでおいしいです^q^
私にとってレイアリは最高の組み合わせで、こんな温かい話が読めて本当に良かったです。
ありがとうございます
良い雰囲気で、霊夢とアリス(と幽香)の距離感も好きです。
旧作ネタが随所にあって、過去の彼女らが微笑ましかったです。
素敵なお話をありがとうございます。
素っ気なく優しいところがそっくりです。
消え行く寂しさは、出会う喜びに
おもいでとあなたにありがとうを
良い話でした
長生きした妖怪の懐古はよくありますが
うら若い少女たちの懐古もまたきれいなものですね
どうもありがとうございます。
なんか、読んでたら旧作をしたくなってきました。(笑
素っ気なくてしたたかでも甘い人は好きです。
うら若き乙女の回顧、えもいわれぬアンニュイさが香る一品。
しかし旧作がやりたくなる一作でした…
思い出を共有している二人。憧憬が感じられる描写が良いですね。
欲を言えば霊夢視点がもっと欲しかったです。
続き楽しみにしています!
ただその一言をあなたに贈ろう!!
このアリスと霊夢のお話しをもっと読みたいです…!
凄く良かったです。何度も読み返す自分の姿が目に浮かぶ…
レイアリって、いいですねぇ……
思えば、アリスに留守番を頼みに来た行動自体が、寂しさに震える霊夢の悲鳴だったのかも知れませんね。
それにしても幽香……鼻血ってアンタ……。
旧作をうまく絡めた述懐と現状との対比が時間の経過を感じさせ、
霊夢の行動をうまく原因付けていますね。
ただ、少々文章のテンポが悪く感じました。
特に妙に長い文章が多く、いまいち読みづらい印象を受けました。
それとこの文章はアリスの主観による述懐であるにもかかわらず、
中盤に「余談だが」のフレーズがありますが、
急に神の視点に立たされ、ちょっと違和感を感じました。
初投稿とのことですが、これからも頑張ってください。
…3ヶ月前の文章にいうのはお門違いでしょうかねぇ。
やっぱ東方やってればレイアリでしょw
東方が有名になり始めたのが永夜抄からなせいでマリアリ主流になっちゃってるのが悔しい!
こういう絆もよい、ですね。