篝火の煌々と燃えて夜の博麗神社。騒げばどんちゃんどんちゃんと宴会の真っ最中。
さても何かと問われれば、此度の宝船の異変で諸人の前に姿を現しました命蓮寺のお歴々、
その歓迎と称してのものにてございます。
宴の輪の中心に御座いますのは『聖 白蓮』。御徳高き比丘尼様にてございます。皆の楽しむ
姿を見ては春の日よりもなお穏やかな笑みを浮かべてございました。そこにすすいと寄る一人の
少女。名を『霧雨 魔理沙』、白と黒のその出で立ちを見れば魔法使いと誰しも分かる、此度の
異変解決にも大きく関わった娘にてございます。
聖様はといえば遥か昔に魔道を収められ、偉大なる僧侶にして魔法使いでもあらせられます。
それ故かこの魔理沙という少女を随分とお気に入りでございました。さて、その魔理沙。頬は
林檎が如く真赤に染めて、眼はとろんと熱に浮かされたように蕩けてございました。手に掲げた
ものを見れば理由は一目瞭然、白磁の杯と徳利とくれば言にするまでもございませんが、その通り
酒の魔力にすっかり魔理沙はやられた様にてございました。
さてこの魔理沙、どっかと聖様の前に腰を下ろし、そして一言。
「ひ~じ~り~ぃ」
あまりといえばあんまりな、馴れ馴れしさの極地の呼び捨てに一瞬気色ばむ命蓮寺の面々。
聖様の一の妹分『雲居 一輪』嬢などは、すぐさま供の入道『雲山』の拳でどやしつけようなどと
息巻くところ。それをただ掌を軽く上げただけで制されますは聖様。そのたおやかな日の出の如き
笑みの前では、怒りの感情など霞のごとく消え去ってしまいますのも頷けるものでございます。
さてそんな事は露知らず、どこかお巫山戯の垣間見える膨れっ面で魔理沙はこう言い放つところ。
「飲んでないじゃないかよぉ~」
確かにその言の葉は的を射ておりました。聖様といえば手前に置かれた精進料理に幾許か口を
つけてはおられるものの、傍らに置かれた盃の内は一滴たりとも減ってはございません。仏門に
深く帰依したものとして当然の姿ではございますが、幻想郷の宴にてそれが当然かどうかは別にて
ございます。勿論魔理沙とて戒律等々あります事は十分に理解してはいるのでございましょう。
されど自重の気持ちはとうの昔に酒が溶かしきってしまった様子。じぃ、と見つめられ聖様も
ほんの少し困ったような顔をなされました。
「なぁ、聖ぃ、飲めよぅ。飲まないと楽しくないぜ?」
幼顔を真っ赤に染めてそんな事をのたまいます魔理沙。手にした盃をずいずずいと聖様に
突きつけますが、然れども。
「お心遣いは感謝しますわ、魔理沙。けれど、私はお酒を頂かなくとも十分楽しんでいますよ?」
やんわりと断りの言葉の聖様。慈母を思わせるその微笑を前にすれば、並大抵の者はそれより
何も言えぬは必然でございましょう。されど幾多の修羅場を潜り抜けた魔理沙の豪胆さ、この場
でも鳴りを潜めはいたしません。浮かべたる不敵な笑みは酒精の毒をものともせずでございました。
「確かに酒はあんたにゃ勧められないな、だが」
徳利掲げて聖様に真っ向切り札、ひとつ。
「これに入ってるのは般若湯だ、酒じゃぁない。般若湯なら……イける口だろ?」
「あらあら。ふむ、そうねぇ」
思案投げ首の聖様ではございましたが、偉大なる魔法使いもやはり人の子といったところで
ございましょうか。ぐいぐいと突き付けられる盃をついつい手にしてしまわれました。これで
魔理沙の思うつぼ、煌びやかに光る星のような笑顔と相成る次第。
「ほれほれ、注ぐから溢すんじゃないぜ~。なみなみと、なみなみとな」
「ちょっ!? 魔理沙っ、姐さんに酒なんか飲まそうとしてっ!?」
これには流石に一輪嬢も声を荒げて止めにかかろうとすれども、やはりこれをも優しく掌で
制されます聖様。それに気を良くしたのか囃し立てるのは魔理沙。
「なに言ってんだよ一輪。こいつは般若湯、酒じゃないぜー」
「そういう問題じゃ! あぁ、姐さんも何とか言ってやってくださいよ!」
「一輪。今私は魔理沙さんに施しを受けているのです。受けるもの、また施すものの気持ちを
無碍にしてはいけませんよ」
「……え、あ、うぅ」
そうだそうだと付和雷同。そんな魔理沙の声を背に笑顔で滔々と一輪嬢を嗜める聖様。最早
進退窮まったとばかりに、一輪嬢は困り果ててございました。しばらくたじろぐも、諦めきった顔で
海より深いため息ひとつ。
「分かりましたよ姐さん。……あぁもう、魔理沙も、好きにしたらいい」
そう告げるや一輪嬢、命蓮寺の御仲間である『寅丸 星』に『ナズーリン』、『村紗 水蜜』などと
共にすごすごと退散いたします。
さて、水を挿すもの誰一人として居ないとなれば、もう魔理沙が止まるわけございません。聖様の
手にした盃に、先の言の葉そのままになみなみ、なみなみと酒、いやさ般若湯を注ぐ次第にて
ございます。
「ささ、ぐぐっといきな、ぐぐっと」
遠慮の欠片もない魔理沙にてございますれば、聖様とて覚悟を決めざるを得ますまい。盃に
口をつけ、いざ、南無三とばかりにひと呷り。あっ、と言う間も無く盃は空となりますれば見事な
呑みっぷりだと喝采の声、はたまた拍手はさんざ降る雨の如くに聖様を覆われました。
「おぉ、いいねぇいいねぇ。まぁま、こういうときは駆け付け三杯。ささ飲みねぇ飲みねぇ、だ」
ほぅ、と艶っぽく酒精交じりの吐息をなさいます聖様は、そりゃぁもう色っぽいだの何だのを
通り越して法悦極めたる菩薩の如き美しさ。ま、ここは女性ばかりの宴会ですから、ふしだら
邪なる気持ちを抱くものなしは幸いと申しましょうか。般若湯の次を注ぐ魔理沙もただただ
楽しげにしているだけにてございます。
さてその注がれたる此度の般若湯も、その又次も薄薔薇色の唇に吸い込まれる次第。あっと
いう間に喉を伝って胃の腑へと落ちていくのでございました。盃から口を離した白蓮様はいつもの
様に、はたまたいつも以上の麗しい笑顔をお浮かべになっておいででございました。対面に座る
魔理沙に、柔らかく暖かな眼差しを向けてございます。
「魔理沙」
「お。うん、なんだ?」
差し出された盃を受け取りつつ、名を呼ばれた魔理沙。その頭の上に鎮座まします三角帽子が
そっとのけられ、露になった柔らかな波打つ金髪を優しく撫でられてございました。勿論その手の
主は聖様。如何なるお心にてか、たおやかな笑顔の向こう、その御心を察するには神、仏、あるいは
覚りの妖怪の類にしか分かりますまい。無論魔理沙も驚いた顔でされるがままになってございました。
もっとも驚き半分、心地よさ半分だったのやも知れないところではございますが。
「魔理沙、いい子」
「お、おぉ、あ、うん。わ、私はいい子で有名なん……だ、ぜ」
何を仰る魔理沙さん、ではございますがその顔が赤いのは酒のせいだけではございますまい。
顔を上げればそこには聖様の御微笑。魔理沙が何をか言わんとするより早く、その華奢な体は
聖様に抱かれてございます。
「へ、わぉ!? ……おー」
素っ頓狂な声を上げる魔理沙の顔は聖様の豊かな胸に埋まり、相変わらずその髪を優しく優しく
撫でられている次第。
「命蓮寺を人里に置いてより、貴女の話も色々と耳にしましたわ。色々と辛い事もあったのでしょう?」
「あぁ……いや。ぅ……、そんなこと……。あぁ、いや」
魔理沙といえば人里に大店を抱える道具屋”霧雨店”の娘でございます。ちょいと訳有りな事情あり
とのことで幼い己一つ抱えて勘当の身。そういった話を聖様もお耳にしていたのでございましょう。
優しき聖様のこと、お心を痛めあそばれていらっしゃったのでございましょうか。こうして魔理沙と
向かい合う機会に恵まれるや、その慈愛押し留める事適うはずもございません。聖様に優しく暖かく
かき抱かれて魔理沙はなんとも困ったような、嬉しいような顔をするのでございました。
「ああ、私の心に愛が満ちる。魔理沙、今は精一杯甘えなさい。私の愛を受けて」
「う、あ、お」
「あぁ、これぞ無縁の慈悲、愛ですわ!」
魔理沙は何と言おうとしたのでございましょうか。照れくさいぜ、でございましょうか。それとも、
じゃあ甘えさせてもらうぜ、でございましょうか。どちらにしても、魔理沙がそれを言にすることは
到底かなわぬ話でございました。何故なら。
愛に溢れた言葉とともに、聖様は魔理沙を
メゴシャポギパギョッ!!
とかなんとか、そういう筆舌にし難い音と共に抱きしめてございましたゆえ。
己の裡から響く不可思議な音を聞きながら、魔理沙の意識は闇一色に染まったのでございました。
さて、この時点では宴で酒に管巻く連中はこの熱烈な抱擁を丁度良い酒のつまみが出来たと、
やんややんやでございました。あのお転婆娘が乙女の如く、身動きひとつ出来ずに抱きしめられる
様は確かに珍しきものにてございましょう。とはいえ永久にまで、というには多少言が過ぎましょう、
しかし余りに長い抱擁をおかしく思う者も勿論ございました。
『アリス・マーガトロイド』、魔法の森に住む人形使い、友人の魔理沙と同じくして魔法使いの
少女にてございます。魔理沙の姿を、奥ゆかしくもくすりくすりと笑っていたのは他と同じで
ございました。しかれども、からん、と乾いた音を立て、魔理沙の掌から盃が落ちたのを見て妙に
思ったのでございましょう。やおら腰を上げるや聖様と魔理沙の側に歩み寄り声をひとかけ。
「あの、聖さ……」
「嗚呼、アリスさん!!」
そう叫ぶや否や魔理沙の体を離された聖様。総身から力の抜けた魔理沙は地面にへにゃりと
倒れ付す次第でございます。その目は白くひっくり返り、口元からは泡を吹き悶絶した、そんな姿を
目にする暇もあったでしょうや。いやありますまい。アリスもまたしっかと聖様に抱きかかえられた
のでございますから。
「孤独な貴女にも、愛を!!」
「だっ誰が孤どぷぅっ!?」
なにやら痛いところを就かれて怒ろうとはしたのでしょうか。その言葉はもちろん最後まで
紡ぐ事もできぬ有様。
ドゴシャボグゴグリッ!!
だのなんだのと、まるで人形を真っ二つにするかのごとく、鯖折り極められたアリス。匠なる
彼女は己が体で”逆くの字”を形どったのでございます。ここに来てようやく異変に気づき始めた
酒盛り連中。あるものはどうしたどうしたと野次馬根性で近寄り、あるものはいつもの馬鹿騒ぎだ
気にしちゃいないねぇと無関心を装い、どこぞの蓬莱人等はそんな事お構いなしに喧嘩という名の
いちゃつきあいをやってのけてございました。
そんな面子にくるりと振り返り、アリスを地面に放り捨てるや、春満開といったご様子の聖様は
高らかに宣言を致しました。
「ああ!! 愛が収まらない! 愛、愛です! 皆さんにも、愛を!!」
手始めに犠牲と成り果てたのはアリスのすぐ側においでになられていた紫色の魔法使い。病弱な
体がぽきりと音を立て崩れ落ち、返す刀で銀の髪のお女中さんが死の抱擁を食らっておいでに
ございました。これを見て逃げ出すもの、あるいは抵抗するものももちろんおりました。ですが、
身体強化を極めた聖様、まして愛とかいう無限のパワーを得られたなれば敵うもの非じは自明の理。
鼻歌一つ吟じられながら次々と、聖様は人妖・貧富・老若・強弱、およそありとあらゆるしがらみを
超えられて、愛を抱擁とともに与えていった次第にてございました。そう、こんな具合に。
「あ~いあい (ボキッ グシャッ)
あ~いあい (メキッ ドグッ)
おぼ~うさ~んだよ~ (ボグッゴギッドガッガグッ)
あ~いあい (パゴッ ダガッ)
あ~いあい (コキャッ ベキッ)
みょう~れんおてらの~ (ガギッベグッバグッゴズッ)
あい・あいっ! (ポキペキッ)
あい・あいっ! (ガシボカッ)
ぶ~っとくたーかーい~ (バ~ギベ~グド~ゴグ~ジャ)
あ~いあい (ポキッ ズガッ)
あ~いあい (ボコッ ガギッ)
おね~えさ~ぁんだよ~♪」
ぺちぺちぺち、と乾いた音を立てて手を叩く音だけが響くのでございました。勿論聖様の美声を
たたえる拍手ではございません。がっきと微動だにせず、かの大妖怪『八雲 紫』殿を完璧なる
スリーパーホールドに捕らえた聖様。哀れな犠牲者である紫殿がその非情なる技を解いてほしいと
懇願するタップの音に他ならないのでございます。真っ赤になった紫殿の顔が、無惨に時が過ぎるに
つれ名前の通り紫に染まっていかれました。聖様の御手を弱々しく叩く音はやがて途切れ途切れに
なり、ぺち、ぺち、と悲しい音と成り果ててございます。
「うわあ~~~~~ん!! 紫がっ、紫が死んじゃう~~~~~っ!! うわあああ~~~~~んっっっ!!
誰か、誰か助けてあげてよぉ~~~~~!!」
そう紅白の巫女、『博麗 霊夢』が滅多に見られぬ号泣しながら紫殿を何とか聖様の愛の抱擁から
引き剥がそうとはしておりましたが、悲しむべきは人と大魔法使いの膂力の差。かの博麗の巫女にも
如何にすることも適いません。なればその助けを求める声を聞けるものは。それもまた悲しむべき
現実が立ちはだかっておりました。いや、寝転がっていたというべきでございましょうか。辛うじて難を
逃れた霊夢以外、誰一人欠ける事無く、この時宴会の場にいたものは全て、熱烈な愛の抱擁のもとに
意識を失い、倒れ伏していたのでありましたから。
では肝心の聖様はどうなさっていたか。聖様さえ気づけば紫殿を解放することもあったのやも
しれません。ですが。聖様は素晴らしい笑顔をお浮かべになってございました。その笑顔のまま、
すやすやと、麗しき夢の世界にまで旅立ってございました。その手にした紫殿をけして放す事無く。
霊夢の小さな力では、その旅を止めることもまできないのでございました。
ぺち、と最後に小さく一度、聖様の腕を叩いてぶらりと落ちる手。紫殿は顔色紫を越え、海の
水面の如くの青へ。こちらもまた旅立ちの時にてございました。
「うわああああああああああん!! うわああああああああああん!!」
と、勿論この後の話もございます。驚くことにこの度の異変で三途の川を渡る者は誰一人として
出ることはございませんでした。宴会の参加者に蓬莱人、いわゆる不死人が混じっていたこと、
その蓬莱人の一人『八意 永琳』女史が並外れて医の術に長けていたことが幸いでございました。
瀕死の重傷からいち早く、その驚くべき再生力で復活した永琳女史は残る蓬莱人『蓬莱山 輝夜』と
『藤原 妹紅』に素早く指示を与えてございました。そしてこの死屍累々たる場を抜け出していた
命蓮寺のお歴々と共に、自らの住まいであり診療所である永遠亭に運び込んだ次第と相成ります。
ここで諸兄に一つ勘違いしていただきたくないことがございます。ここで急に現れた命蓮寺の
お歴々にてございますが、まるで異変を先んじて知っており、助けの手を差し伸べずに逃げ出した
のか、と思われるやもしれません。
いやいやそうではございません。犠牲になったかならないかでいうのなら、命蓮寺のお歴々こそ
最初の犠牲者であると述べておく必要がございましょう。命蓮寺を人里に建立した折に、今日は
仏法忘れてさぁさ一献、などとやったが運の尽き。愛の一撃に一輪雲山まとめて雲居の彼方へ、
それに負けじと寅丸法師は名の通り空の星、夜空にきらりと消えたのでございました。その横に
小さく光るはナズーリン星でございましょうか。そして愛の抱擁に水蜜嬢、どこもかしこも
ぽきりぽきりと畳まれて、深い海よりも昏い世界へと意識を沈ませたのでありました。その後の
ことは陽としては覚えてはおりません。といいますか思い出したくもございません。勘弁して
くださいませ。ほんと。ともあれ然様な過去がございましたゆえ、必ずや救いの手を差し伸べねば
ならぬ、その為に心を鬼にしてその場を離れたという次第にてございました。俗に言うもので
ございましたれば、レスキュー隊員が二次災害に巻き込まれては元も子もない、でございましょうか。
いえ、不肖私めには意味はよく分かりませんが。さてさて閑話休題。
かくて永遠亭へと担ぎ込まれた皆々様にてございましたが、その状況は惨憺たるものにて
ございました。永琳女史も献身的に看病をなされてはございましたが、彼女の優秀な弟子たちも
また床に伏せってございましたし、やはり何といいましても聖様の無限大の愛の力の凄まじさ。
体の傷もさることながら、心の傷も治すとなると一大事にてございましょう。霊夢はしばらく”あい”と
いう言葉を聞くや半狂乱に泣き喚くばかりでございましたし、なんといっても酷かったのは紫殿。
黒猫の姿をした地底の火車、『火焔猫 燐』、彼女も聖様の手にかかってズタボロでございましたが、
その二股尻尾を掴んで虚ろな顔でこんな事をのたまわれておいでになりました。
「藍、こいつを橙に取り付けろ。オリンのスペルカードの立絵を参考に開発した。すごいぞ、橙の
萌え力は数倍に跳ね上がる。持って行け、そしてすぐ取り付けて試すんだ」
さっぱり訳がわかりません。紫殿の隣に包帯ぐるぐる巻きで横たわった彼女の式、『八雲 藍』も、
「紫様、酸素欠乏症にかかって……」
と涙ながらに呟くばかりにてございました。
ま、とはいえ丈夫な幻想郷の面々ではございます。しばらくすれば幾人欠けはあるもののまた
宴会など始めることもできる次第にてございます。なんともまぁ、強心臓だと呆れ果てたる方も
いらっしゃいましょう、ですが。
宴会場に聖様がおいでになられますれば、熱気がさぁっ、と波のように引いていく有様。誰しもの
胸に深く苦々しい記憶は残っているのでございました。しかしされども、聖様にその記憶はございません。
そう、聖様はかの般若湯ただ一滴を口にした瞬間から全ての記憶を法界の果てにまで吹き飛ばして
ございました。己の作り出した惨状を、知らぬは仏ばかりなり。笑顔でしゃなりと宴会の輪に加わる
聖様。その後ろに一輪嬢を始めとした命蓮寺衆。
その聖様にすすいと寄る一人の少女。魔理沙でございます。若干引きつった笑いを浮かべ、
挨拶など一つ。
「よ、よぅ。聖」
「こんばんは、魔理沙」
月の明かりよりもなおたおやかな笑みで返す聖様。その眼前に突き出された玻璃のグラス。
「さ、一杯」
「ええと……」
「ま、まぁまぁいいからいいから。つ、注ぐから溢すんじゃないぜ」
そう言いながらしゃがみ込みグラスを渡し、青い色したこちらも玻璃で出来た水差しを傾ける。
何か言いかけた一輪嬢。しかし、なぜだか口を噤んでございます。なみなみとグラスに液体が
注がれますれば、魔理沙もじっと聖様を見つめて事の行方を待つばかり。聖様の薄薔薇色の唇が
そっ、とグラスに付けられ、いざ、南無三とばかりにひと呷り。そして、一言。
「あら、美味しい」
「だ、だろう? 仏僧に酒は、ま、拙いからな」
「えぇ、本当に良い烏龍茶。誠に旨く、美味端麗であるっ」
いざ、南無三。
と、これにて幻想郷の宴会に、烏龍茶が常備されるようになった顛末にてございました。皆様も
ゆめゆめ飲めないと仰られる方に無理にお酒を勧めぬよう。腰だか首だかの骨を、こう、コキャッ、
っとされてからでは遅うございますれば。
なきれいむの可愛さもポイント
※誤字:前半後半の2箇所で、水密→水蜜です。
抱き締められたいよひじりん