※同作品集内にある『めぐりあい地中』の続編になります。が、前作とは若干雰囲気が違うかもしれません。
幻想郷の地下深く、旧都に住む鬼――星熊勇儀はちょっとした事から地上へ繋がる縦穴を訪れ、そこで三人の妖怪――水橋パルスィ、黒谷ヤマメ、キスメに出会った。その際に不可抗力でキスメの桶を壊し、パルスィの右腕を折ってしまった勇儀は、後日新品の桶を携えて再び縦穴を訪れた。
キスメは勇儀の持ってきたその桶に大喜びした。上質な素材、職人(勇儀のことだが、大工や工作の腕は一級らしい)の手作り、鬼が岩に叩き付けてもビクともしない頑丈さ。しかもキスメが落ち着くというサイズに合わせてあり、内側の肌触りも良く、専門家(キスメ)に「生涯最高の入り心地」とまで言わしめた。桶に入り心地も何もあったものではないが。
とにもかくにも、前の桶は所々錆び付いたり傷んでいた為、この件はキスメにとってはかなりのめっけものだったわけである。
勇儀はキスメの桶を弁償した後もほぼ毎日縦穴を訪れるようになった。初めは「腕を折った責任を感じているのだろうか」とパルスィたちは思っていたが、腕も五日程で治ってしまい、その後も変わらず来続けているということは特に罪悪感という理由ではなかったようだ。
そんなこんなで、それまでつるんでいたヤマメ、キスメ、パルスィの三人に勇儀も加えた“仲良し四人組”が出来たのである。
そしてこの頃はまだ、勇儀は自分の心の変化などにはまるで気付いていなかった。
――それから一月も経というかというある日のこと――
本日も昼からパルスィの住処へやってきた勇儀。最近の日常である。が、
『地霊殿から呼び出し!?』
そう叫んだのはヤマメとパルスィ。そして声こそ上げなかったものの、目を見開いて驚いた表情をしているキスメ。三人にこのような反応をさせたのは、勇儀が告げた「地霊殿の主から“呼び出し”の手紙が来た」という言葉である。
勇儀がその手紙を手にした経緯はひどくあっさりしていた。
「今朝、地獄鴉に渡された」
今日もまたパルスィたちの所へ行こうと自宅の門を開けると、何やら手紙を銜えた地獄鴉がおり、どうしたのかと声を掛けるとこの手紙を落とし、すぐに飛び去ったそうだ。
ここで敢えて“招待状”と呼ばなかったのは、その文面がそう友好的ではなかった為である。その内容は――星熊勇儀、近日中に橋姫及び土蜘蛛と釣瓶落としを伴い、地霊殿へ来なさい――というものだった。余計な前置きどころかその理由すらなく、簡潔に用件だけが記された手紙は、むしろ脅迫状のようで四人はあまり良い予感はしなかった。
それでも、地霊殿と言えばこの地下世界において重要な役割を果たしており、そこからの令を無視する訳にもいかず、四人は早速地霊殿を訪ねることにした。
旧都からは離れた場所に佇む地霊殿を目指し、勇儀を先頭にしてその後ろに三人が横並びになってついていく。そう高くない位置で飛行する四人は、やっと旧都の上を越えたところだ。
「相変わらず旧都は騒がしかったわね」
「やっぱり慣れないわ」
そう溢したのはパルスィとキスメだ。この二人が旧都に来ること――と言うより、縦穴から離れることは珍しい。元々、旧都へはたまの買い出しぐらいでしか訪れない。最近は勇儀が仲間になったことで機会も増えたとはいえ、それでも週に一回程度だった。
キスメは“釣瓶落とし”としての妖怪の性か、人を驚かせることに生き甲斐を感じている。しかし地下の住人は既に驚かされたことのある者ばかりで、今さらキスメに驚くことなどほとんど無い。その為キスメの主なテリトリーは、初見の相手と出会い易い地下への入り口付近――洞窟から縦穴までとなっている。
キスメが己の“存在意義”の為に旧都を離れた一方、パルスィが旧都に寄り付かないのは己の“存在維持”の為だ。
人が多ければ多い程、嫉妬の対象も増える。それはパルスィの精神に多大な負担となり得るのだ。自分の精神の安息の為に旧都を離れる。そして橋姫としての自分を保つ為、誰に言われるでもなく、地上と地下の“橋”とも言える縦穴の番人的存在となったのだ。
と、理屈を並べてはみたが、結局は二人とも「静かな所の方が好き」――これが一番の理由かもしれない。
「特にこいつらと一緒だと、色んなやつに声掛けられるから余計疲れるわね」
「同感」
「いやぁ、人気者は辛いねぇ。……ちょ、待ってパルスィ、ごめんって。だから拳固は止めて!?」
「おっ、見えてきたよ」
パルスィの嫉妬パンチがヤマメに放たれる寸前で、勇儀が声を掛ける。三人が前方に視線を戻すと、その先には遠目からでもわかる程の大きな建物がポツンと見えた。
地霊殿は地下世界でも特に異質な雰囲気を漂わせる建物である。昔に地獄から切り離された地底の一部である“灼熱地獄跡”。そこには今尚浮かばれない魂たちが蠢き、その施設の蓋のような役割を担っているのが地霊殿である。そこには管理者として“さとりの妖怪”が住んでいるのだ。
さとりの妖怪とは、その名の通り他人の心を読むことが出来る。思っている事が全て筒抜けになる、というのは、凶悪な能力を持つ者が多い地底でも特に恐れられており、その為好んで館に近付く者はほとんどいなかった。――ただ、“言葉を話せないものたち”を除いては。
中に入った四人は、建物の中をきょろきょろと見回しながら歩く。基本的に和風の地底において、地霊殿のような洋風の造りの建物は珍しかった。碁盤の目状に広がる石畳の床は、歩く度にコツコツと足音を響かせる。
「相当な広さだねぇ。端っこが見えないよ」
「たまげたねぇ」
「いや、あんたまで感心してどうするよ」
ヤマメが勇儀にツッコむが、
「そう言われても、なにせ私も中に入ったのは初めてでねぇ」
「え、そうなの?」
「そうですね。余程のことでも無い限り、誰もここへは近寄ろうとすらしませんから」
ヤマメの問いに、四人の誰とも違う声が答えた。声は館の奥から聞こえ、その方を見据えていると、現れたのは小柄な少女であった。胸の辺りに一つ目の球体が浮いており、そこから伸びる数本の紐のようなものが体に絡み付いていた。足下に多数の動物(主に猫と鴉)を侍らせており、一羽の鴉だけが肩にとまっている。
「ようこそおいで下さいました。私が地霊殿の主――“古明地さとり”と申します」
外観ではパルスィと同い年ぐらいに見えるが、実際はどれ程生きているのだろうか。半眼でどこか冷めた表情の彼女の纏う気配は非常に重々しく、見た目とのギャップからか妙な威圧感があった。名乗られるまでも無く、四人にはこの少女こそが件のさとりの妖怪だとわかっていた。
「さとり、この手紙はあんたが寄越した物で間違いないかい?」
「はい。それは私がこの子に頼んであなたに届けさせた物です」
そう言いつつ、さとりは肩の鴉の頭を撫でた。鴉はそれに気持ち良さそうな声で応えると、肩から降りて動物たちの群れに混ざった。
「私たちを呼んだ理由は何?」
パルスィの質問に、さとりはムフフといった感じの特徴的な笑みを浮かべ、動物たちを見下ろした。
「この子たちは皆私のペットです。地底のあらゆる所の監視を頼んでいます。そして最近この子たちは、あなた方四人が一緒にいる場面をよく見かけるそうです」
「えぇ、そうね。それが何か問題でも?」
「はい。旧都のまとめ役の鬼や嫉妬狂いの橋姫、病を振り撒く土蜘蛛と……まぁ、多分何かしら脅威の釣瓶落とし。この四人がつるんでいるというのは、何か良からぬことでも企んでいるのではないか、と思いましてね」
さとりは眉をひそめた。
「率直にお尋ねします。何か事件でも起こそうとしているのではありませんか?」
謂れの無い疑いに、四人は当然反論する。
「そんな事考えてないわよ」
「そうそう。私たちは普通に遊んでるだけだよ」
「友達だから」
「では、その友情は果たして本物でしょうか?」
「おいおい、待っておくれよさとり。もしかして私らをバカにしてるのかい?」
尚も訝るさとりに、勇儀が僅かに言葉を荒げる。鬼の睨みをもろにぶつけられ、それでも動じないさとり。――と、
「――ふふっ」
「何がおかしい?」
突然笑い出したさとりに、四人ともいまいち状況が掴めない。そんな四人の様子に、さとりはさらに笑い声を大きくする。しかしいつまでも一人で笑っているだけではただの変人になってしまう。さとりは説明した。
「申し訳ありません、悪戯が過ぎました」
『へ?』
「私は相手の心が読める“さとりの妖怪”なのですよ? あなた方に邪な意思が無いのは、とっくにわかってました。面子が面子なだけに気になっていたのは確かですが、直接会って心を読んでみれば、それも杞憂でしたね」
それまでの堅い雰囲気をガラッと変え、途端に表情も柔らかいものになったさとりに、四人は呆気に取られながらも一番初めに我に返った勇儀が口を開く。
「からかったのかい」
「まぁ、そうです。しかし勇儀さん、あなたは以前、地上から来た人間をこの地霊殿にわざわざ案内したでしょう? おかげでうちを荒らされてしまいました」
『あぁ、この前のねぇ』
その場の全員(ペットたちも含む)が、同じ人物の顔を思い浮かべる。
「うへぇっ、あいつらそんな事したのかい? そんな悪いやつらには見えなかったんだけどねぇ」
「という訳でこれでチャラにしましょう」
「面目ない」
ばつが悪そうに頭を掻く勇儀だったが、実はさとりには勇儀を責める感情など全く無かった。地上の人間は結果的には自分や自分のペットたちを救ってくれたのだ。当人らにはその気は無かったようだが。むしろ感謝すらしているさとりだった。が、何故それで勇儀を責めるような事を口にしたのかと言えば、それも悪戯のうちだったのだ。しかし心を読む能力も持たない四人はそんなさとりの茶目っ気にも気付かず、三人で勇儀に呆れた視線を向けていた。
その様子に満足したさとりは、「私の用件はこれでお終いです。どうぞお帰りになって頂いて構いませんよ」とだけ告げると、あっさりと踵を返した。それに勇儀が慌てて声を掛ける。
「え、ちょっとちょっと、用件が済んだら『はい、さよなら』ってのは冷たくないかい?」
「……」
「それは違うわ、勇儀」
しかしそれを制したのはパルスィであった。
「これはさとりなりの気遣いよ」
「流石です、パルスィさん。よく理解してくれましたね」
「私もそうだからね」
パルスィは俯き、それを見たさとり以外の三人は言葉を紡げなくなった。そんな事はお構いなしに、またパルスィは顔を上げてさとりの背に声を掛ける。
「私たちを早めに解放してあげよう、ってね」
「そういう事です。こんな所に長居はしたくないでしょう。さぁ、どうぞお帰りに……」
「で、あなたの本心は?」
「……私の、本心?」
「あなたの気持ちはどうなの、って訊いてるの」
その言葉にさとりは再び体を四人に向け、難しい顔をしてしばらく沈黙した。それを四人は急かすこともなくじっと見つめる。まわりのペットたちも、静かにさとりの顔を見上げていた。そしてさとりの出した答えは、
「私は……居て、欲しいんでしょうか」
「はっきり言って」
「……もっと居て欲しい、かも、しれません。もし、お嫌でなければ」
「じゃあ、改めて――」
さとりの答えを聞いた四人は顔を見合わせ、笑顔で口を揃えた。
『お邪魔します』
急遽容疑者から客人になった四人は、さとりに案内された部屋で丸テーブルを囲んで談話していた。今はペットは一匹も連れておらず、部屋の中には五人以外誰もいない。
テーブルの上にはそれぞれに緑茶の入った湯呑みが置かれていた。真ん中には煎餅を乗せた皿がある。てっきり紅茶とカップが出てくると思っていた四人は、ばりばりの和風に少々驚いたが、期待外れという程でも無かったので然程気にしなかった。
まずは各々が軽く自己紹介をし、しばらくの談笑に耽った後のことである。「随分静かね」と溢したパルスィに、さとりが「えぇ、今ここで言葉が話せるのは私だけですから」と答えたことで、また場の空気が変わった。
「家族いないの!?」
「一人暮らし?」
「こんなに広い家だから、他にも誰かいるのかと思ってたよ」
「『今』ってことは、前はいたってこと?」
口々に詰め寄る四人に押されつつも、さとりは極めて平静に答える。
「一人ではありませんよ。こいし――妹がいます。それにペットたちも。人型になれるのも二人いますしね」
「その子たちは?」
「こいしは最近地上に遊びに行ってばかりで、なかなか帰って来てくれないのです。火車のお燐は紅白の巫女に懐柔され、博麗神社とかいう所にお世話になっているようです。灼熱地獄跡の火力調節を任せていた地獄鴉のお空も、山の神とやらの管理下に置かれてしまいました。もはや私にも何を行っているのか把握仕切れていません」
「妹さんと歳は離れてんの?」
「いえ、私とあまり変わりません」
「思春期ね」
「かもしれません」
「そいつも他人の心が読めるのかい?」
勇儀の質問に、それまであまり表情を変えなかったさとりが、いかにも暗い雰囲気を纏った。
「……昔は出来ました。しかし現在あの子はその能力を封じています。第三の眼を閉じたこいしはさとりの力を失い、代わりに無意識を操る能力を得ました。誰かに好かれること無く、誰にも嫌われることも無く、誰にも気付かれることすら無い」
「そいつは……寂しいね」
「そうですね。心を閉ざしたこいしは“寂しい”ということすら思わなくなりました。しかし当人が平気でも、私にはどうしてもその姿が不憫でなりません」
「何でそんなことに?」
「ヤマメ、その質問は無粋」
「構いませんよ、キスメさん。――心を読む力というのは、とても恐ろしいことなのですよ。少なくとも私が今まで出会った者たちは皆、私に心を読まれることに恐怖していました。平生が良き人であればあるほど、心が醜ければ醜いほど、それを暴かれることを恐れるのです」
「へー、そんなもん?」
「ヤマメさんには――あなた方にはあまりそういう心の裏表が無いから、今も私とこうしていられるのでしょう」
「『あなた方』って、私は違うでしょうに」
「これは異な事を。パルスィさんのように表が荒んでて、中身の方が澄んでいるというのは滅多に無いというのに」
「そうそう。パルスィったら素直じゃないんだからね」
「んなっ!?」
さとりとヤマメの思わぬ言葉に、パルスィは顔を赤くして絶句する。ちなみにキスメと勇儀も二人に同意し、頷いていた。
「とにかく、こいしは周囲から拒絶され続けたせいで心を塞いでしまったのです。しかしさとりの妖怪が心を読めないというのは致命的です。私はこいしにペットを与え、少しずつでもまた心を開いてくれるように努めていました。さらに地上の人間のおかげで、今度は無意識の能力の方を疎ましく思うようになり始めたのです」
「そう。じゃあ妹さんはもう大丈夫なのね」
「でも、さとりは寂しくないの?」
「寂しくない、と言えば嘘になりますが、もう慣れましたよ。孤独――これは宿命なのかもしれません。しかし私は“さとりの妖怪”として生まれた以上、この能力に誇りを持っています。この能力の為に忌み嫌われるというのなら、私はそれでも構わないのです」
『さとり……』
「よく言ったさとり、あんた気に入ったよ! 妖怪は皆それぞれ自分の力に誇りを持ってるもんだ。こいしとやらの行動はただの“逃げ”さ。あんたの今の言葉は苦しんだ末に導き出した答えなんだろ? それはつまり自分の能力と向き合っている証拠なんだからね。地霊殿のやつはもっと偉そうに踏ん反り返ってるのかと思ってたけど、とんだ勘違いだったね」
「……綺麗事だけ並べるのは止しなさい」
さとりの殊勝な態度に心打たれた、といった様子のヤマメ、キスメ、勇儀に対して、パルスィだけが難しい顔をしていた。
「実はさっき、あなたから強い妬みを感じたわ」
『え?』
「あなたもしかして、私たちが羨ましかったんじゃないの?」
パルスィの言葉にさとりはまた考え込む仕草をし、
「……そう、ですね。自分でも認識してませんでしたが、確かにこれは妬みの感情です」
さとりは自重気味に笑った。
「先ほどあなた方が、何の企みも無く仲良くしていると聞いて、正直ガッカリした自分がいました。我ながらなんと卑しいことでしょうか」
「あら、それは橋姫の私への当て付けかしら?」
「あっ、いえ、そのようなつもりでは」
「ふんっ、まぁいいわ。それにしてもあなたも贅沢ね」
「え?」
さとりは慌てて弁解しようとしたが、そんな事はどうでもいいという感じであっさり認めたパルスィは、さとりのことを「贅沢だ」と言った。どういう事か理解出来ていないさとりに、ヤマメとキスメが続ける。
「ねぇ、ここにいるペットたちは、さとりにとって数に入らないの? この子たちがあんたを慕ってることなんて、心を読めない私たちにだってわかるよ」
「さとり、あなたは一人じゃない」
二人に言われた言葉に、さとりはハッとした顔をする。さとりの胸中には、言葉を話せない代わりに、心から色々な感情をぶつけてくる自分のペットたちの想いが広がっていた。それに気付いたさとりは、少しだけ、しかし確かに気が晴れるのを感じた。
それでも十分だったのだが、敢えてパルスィは言葉を続ける。
「それにしてもあなたの嫉妬心、なかなか強烈だったわ。そんなあなたと嫉妬狂いの私って、結構気が合いそうじゃない?」
「パルスィさんっ。……はい、そう思いたいです」
「パルスィだけじゃないって。私たち皆、きっとさとりと仲良くなれるよ」
ヤマメの言葉にキスメと勇儀も頷く。
「もしあんたが、ここにいるペットたちがいてもまだ寂しいとか言うんなら……」
「私たちが」
「友達になるよ!」
「一緒に酒飲んだりしような」
さとりはまるで信じられないという顔をして、しかしすぐに俯く。
「私は閻魔様から、この灼熱地獄跡の管理を任されています。あまり勝手なことは出来ません」
「でもその管理も今はペットに任せてるんでしょ?」
「さとりが地霊殿にいても問題は起こった、この前の事件」
「あれ以上の事件なんてそうそう起こらないわよ。もっと気楽にしたら?」
「……良いのでしょうか」
「あんたがここから出られないってんなら、私らがここに来ればいいんだ」
四人がかりで、渋るさとりの言い訳を崩していく。
「こいつらの気の良さは本物よ。私みたいなやつとさえ仲良くしてくれてるんだからね」
思いの外しぶといさとりに焦れたパルスィは、言うつもりの無かったことまで言ってしまった。その言葉に反応したのはさとりではなく、他の三人だった。
「って、そりゃ違うでしょパルスィ!?」
「同情なんかでパルスィと一緒にいる訳じゃない」
「私らは一緒にいたいと思うから一緒にいるんだよ!」
きょとんとするパルスィ。だが、その顔はすぐに照れ臭そうな、困ったような笑みに変わる。
「……ふっ、だそうよ」
「ありがとう、ございます」
その様子にさとりはようやく四人の言葉を受け入れた。何よりさとりを安心させたのは、今四人が口にした事は全て心の中で思ったことをそのまま出していた、ということだった。
地霊殿からの呼び出しを機に、さとりが加わった五人が一緒にいる場面は増えていった。初めは遠慮がちな態度も多かったさとりも、徐々に打ち解けてだいぶ素が出せるようになった。そうするとさとりも割とアクティブになり、四人に大胆な話もするようになった。
例えば――
――パルスィとの会話。
「パルスィさんの心は綺麗に半分に分かれています。一方はどす黒い嫉妬の念に塗れ、もう一方は驚く程純粋。嫉妬の方を存在意義、澄んだ方を本質だと考えるなら、私が出す結論はこうです。――あなたは“素直になれない善人”」
「何恥ずかしいこと言ってんのよ!?」
こうしてパルスィがさとりを追い掛ける場面も度々見られるようになった。
――勇儀との会話。
「良い方ですね、パルスィさんは」
「あぁ、あれで結構優しいやつなんだ」
「わかります。彼女の心はかなり特殊なものでした。綺麗な心と醜い心、それが丁度半々に分かれています。おそらくもし彼女が橋姫という存在でなければ、善き人として皆に慕われていたことでしょう」
「へぇ~、そいつは凄いね」
「だからあなたのお気持ちもごもっともです」
「へ? 何が?」
きょとんとする勇儀の様子に、さとりまで少々面食らう。
「おや、まだ自覚はしてませんでしたか。これは失礼」
「えっ、何だい、私の心読んだのか? 何を自覚してないって?」
「戯言です、お忘れ下さい」
こうして勇儀がさとりを追い掛ける場面もたまにある。
――ヤマメとキスメとの会話。
「ヤマメさん、キスメさん、ちょっとお話しが」
呼ばれた二人は「何か用?」とさとりに近付く。するとさとりは辺りを窺い、ひそひそと話し出す。どうやら二人以外には聞かれたくない話のようだ。と言っても、そこには他に誰もいないのだが。
「勇儀さんとパルスィさんについてのことなんですが」
「あぁ、もしかして……」
「あのことね」
さとりが全てを語る前に、ヤマメとキスメはもうわかってしまった。
「はい、やはり気付いてましたか」
「そりゃ最近はずっと一緒にいるからね」
「さとりの能力が無くてもわかる」
「よろしいのですか? ヤマメさんとキスメさんの心には、“パルスィさんを想う勇儀さん”に対して複雑な感情を抱いてます」
そう、そうなのである。まことに唐突な話ではあるが、勇儀はパルスィに気があるのだ。さとりがその事に気付いたのは、勇儀がパルスィに絡んでいる時、フッとそういう感情が浮かび上がるからだ。普段はそういう事も無く、ただの友人としか思っていないようなのでさとりも初めは気付かなかった。が、ヤマメやキスメも気付いているという事は、やはり日に日にその感情は頻繁に現れるようになっているのではないか。
とにもかくにも、「大事な友人が大事な友人に想いを募らせているというのは、大事な友人としてはどうなのだろう」と気になったさとりは、思い切って二人に訊いてみることにしたのだ。
「そりゃあね。さとりには誤魔化してもしょうがないから正直に言うけど、あまり良い気はしないよ。勇儀も確かに友達だけど、パルスィはただ友達ってだけじゃなくて、こう、護ってあげたくなるんだよね」
「パルスィは世間知らずだから」
「そうそう、危なっかしいんだよね。勇儀みたいな恋愛感情じゃないけど、私らだってパルスィのことは気に入ってるんだ」
ヤマメとキスメの話を、さとりは相槌を打ちながら聞く。
「実は最初にパルスィと友達になってたのはキスメだったんだ」
ヤマメがキスメと遊んでる途中に足を怪我をした際、キスメはパルスィの住処が近かったのでそこに連れていった。それがヤマメとパルスィの顔合わせであった。
「パルスィったらさ、初対面なのに『あんたはお気楽そうでいいわね』とか『調子に乗ってるからこんな怪我するのよ、ざまあみなさい』とか言ってきてさ。なんて嫌なやつなんだろう、って思ったよ。でもさ――」
眉をひそめて話していたヤマメの顔が、フッと嬉しそうな柔らかい表情になる。
「傷を消毒してくれたり、その言葉とは裏腹な声の優しさとかに気付いちゃったんだよ。それで私の中のパルスィに対する嫌な気持ちってのはすぐ無くなっちゃってね。それからもパルスィとはよく会うようになったんだけど、そしたらパルスィの良いとことかどんどん見つけちゃってね、新発見の連続で楽しかったよ」
「お節介されるのは嫌がるくせに、当の自分がかなりのお節介やきなんだからね」と言うヤマメの言葉には、さとりもキスメも頷いた。
そして今度はキスメが語り出す。
「私が初めてパルスィと知り合ったのは、前に地震があった時」
以前地震が起こったことがあるのだが、その時キスメは運悪く落石に埋もれてしまったらしい。桶のおかげで怪我こそ無かったものの、自力では出られない状況になってしまったのだ。諦めかけたその時、不意に桶を塞いでいた岩がどけられ、誰かが覗き込んできた。
あらら、やっぱり誰かいたのね――と、言ったその人影こそがパルスィであった。
どうやらキスメは自分の不幸を恨み、知らず知らずのうちに嫉妬していたらしい。何に、と言えば、それは落石に遭わず悠々と生活しているであろう不特定多数の誰かに対してである。その岩から漏れ出る嫉妬のオーラを見つけたパルスィに、運良く救助されたのだ。
本人は「岩が嫉妬してるから珍しいと思ったのに、ただの生き埋めだったなんてガッカリよ」と言っていたが、そんな嘘を誰が信じるだろう。キスメはそれ以来、パルスィに信頼を寄せているのだ。
その話を聞いたさとりは、自然と顔が綻ぶのを感じた。
「良い方ですね、パルスィさんは」
「うん、本人は『嫉妬狂いだ』とか『自分は卑屈だ』とか思ってるらしいけどね」
「自分を卑下し過ぎなの」
「嫉妬は“橋姫”として当然の感情だし、“パルスィ”自身は本当に純粋なやつだと思うよ。ま、悪く言えばただのおこちゃまだけどね」
「だからこそ目が放せない」
「悪い虫がつかないように――ですか?」
さとりの言葉にキスメは大きく頷き、ヤマメは大声で肯定する。
「そうなんだよ! でもパルスィも勇儀に惹かれ始めてるっぽいんだよ。それをどうこうする権利は私らには無いんだよねぇ」
「なるほど。要するにお二人は『パルスィに相応しいようなやつじゃなきゃ交際は許さーん!』と意気込むも、やっぱり娘の意思を尊重したい親バカ――という立場なんですね」
「な、なかなかアレな例え方するね。と、とにかくそういう訳だから、勇儀にだってそう簡単に手出しはさせないよ」
「そうですか。まぁ本人はまだ自覚すらしてないようでしたが」
その言葉に、ヤマメとキスメは目を丸くする。
「な、なな、何だってぇ!? ……なら尚更だね」
「そんな自分の気持ちにも気付けないような鈍チンに、パルスィは勿体無い」
「そうだそうだ! やっぱり勇儀にはまだパルスィに想われる資格は無いね」
二人の様子に、さとりは「私、また余計な事を言ってしまいましたか」と思った。その通りである。フォローのつもりで、さとりは少し話しの路線を変える。
「パルスィさんも、お二人を大事に思ってますよ」
「それはパルスィの心を読んだの?」
「あ、いえ、私が勝手にそう思っただけで……ごめんなさい」
さとりは謝ったが、ヤマメとキスメはむしろ嬉しそうに笑った。
「ううん、ありがとう。パルスィの気持ちはちゃんと本人から聞きたいんだ。だからまわりからそう見える、ってだけで十分さ」
このような話をされているとは勇儀とパルスィは思いもしないだろう。三人は秘密を共有するように、さらに仲良くなった。
――五人での会話。
「おや、パルスィさん、この間の“大事に取っておいた饅頭がいつの間にか無くなっていた”件、まだ解決していないのですか? 勇儀さんがいつバレるかとひやひやしてますよ」
「何ですって!? ちょっと勇儀!」
「わっわっ、何でバラすんだいさとり!?」
「私、何か余計なことを言いましたか?」
「うーん、まぁ、いいんだけどね」
「さとり、世渡り下手そう」
そしてもはや珍しくも無い勇儀とパルスィの追いかけっこを眺めながら、まるで悪びれる様子も無いさとりに、ヤマメとキスメは溜め息を吐いた。
(『何で』と言われても……バレることを怖がってではなく、“いつ自分が犯人だと気付いてくれるか”でひやひやしてる人が何を言いますか)
さとりはなかなか強かであった。
――というような経緯があり、四人は最近思うようになった。さとりは「自分の能力のせいで嫌われている」と言っていたが、実は問題なのはさとり自身の性格なのではないか――と。
しかしさとりのことはやはり嫌いではない。むしろさとりのずけずけした態度はじゃれ合っているようで楽しいと感じていた。地底の妖怪とは曲者揃いであり、この五人はその中でも特に曲者なのかもしれない。だから五人は相も変わらず仲良しだった。
それは、ある日のことだった。
地霊殿に遊びに行く日、縦穴付近で他の三人が既に集まる中、パルスィだけがまだ来ていなかったのだ。どうしたのか、と心配する勇儀に、ヤマメとキスメが教えてやった。
「パルスィなら上の方にいるよ。多分まだ時間掛かると思う」
「地上から新入りが来た。パルスィは今その子に構ってる」
パルスィは、地下に移住希望の新入りにお節介をやいているらしい。ヤマメとキスメはもう何度かその場面を見てきたので特に何も思わなかったが、勇儀には初耳だったので、どんな様子か興味がてら迎えに行くことにした。
「さとりには私も遅れるって伝えといてくれ」
「あいよー」
ヤマメに言伝を頼み、勇儀は縦穴を昇っていった。
地下五百階辺りでパルスィと、そして初めて見かける顔だが、種族としてはどこにでもいそうな獣の耳と尻尾を生やした、小柄な妖獣の女の子がいた。早速勇儀は声を掛ける。気付いたパルスィは勇儀の方を振り返った。
「あら、勇儀じゃない。ヤマメとキスメなら先に行ったわよ?」
「ん、下で会ったよ。……そいつは?」
「新入りさんよ。ついさっき地上から下りてきたところ」
パルスィはまた妖獣の方に向き直る。
「あぁ、こいつこれでも旧都のまとめ役らしいから、挨拶しときなさい」
そう言われ、大人しそうな妖獣はぺこりとお辞儀した。
「ん、よろしく」
「じゃあ、勇儀は先に行ってていいから」
「わかった」
が、返事をした勇儀は動こうとしなかった。
「……何よ?」
「いや、『先に行ってていい』って事は、行かなくてもいいんだろ? 待ってるよ」
その言葉にパルスィは軽く溜め息を吐いたが、妖獣に「じゃあ、移動しながら説明するわ」と話を再開した。縦穴を下降しながら丁寧に地底のことを教えるパルスィの様子を、勇儀は黙ってジッと見ていた。
「――で、とりあえず地底での大まかなルールっていったらこんなもんね。それさえ守っとけば、後は割と自由に暮らせるわよ」
十分程話し続け、三人はもう旧都の目の前まで来ていた。
「さぁ、ここが旧都よ。じゃあ後は自分で頑張ってね」
そう言ってパルスィは去ろうとしたが、突然手を掴まれて引き留められてしまった。妖獣は旧都の入り口とパルスィを交互に見やるばかりで、その場から動く気配は無い。その様子にパルスィは怒るでも呆れるでもなく、ただ無表情にポツリと言った。
「あなた、可愛いわね」
「へ?」
「可愛いわよ。そういう縮こまった態度とか、さらさらの髪から覗くそのくりくりした目とかね、ホント。だから……」
パルスィは妖獣の手を両手で包み込み、目を合わせて真剣な表情で告げる。
「もっと自信持ちなさい。じゃないと、あんたに嫉妬する私の立場が無いじゃない?」
「あ、は、はい。あ、あの、ありがとうございます!」
「はいはい、あーもう、急に元気になっちゃって、やっぱ妬ましいわ。せいぜい気をつけることね。……あぁ、それと地霊殿っていって、灼熱地獄跡を管理してるさとりの妖怪がいるんだけど、良いやつだから暇が出来たら会いに行ってみるのもいいわよ」
妖獣を励まし、最後にさとりのことを付け加えると、パルスィは話を切り上げた。そしてお礼を言って手を振る妖獣を背に、パルスィと勇儀は地霊殿へ向かった。その道中、
「なぁ、いっつもこんなことやってんのかい?」
「こんなこと?」
「地上から来たやつに色々説明してやったり」
「あぁ、まぁ気まぐれにね」
「この前、他の仲間と酒飲んでたらパルスィの話が出たんだけど、一部のやつらの間じゃパルスィのこと“縦穴の守護神”って呼んでるらしいよ」
「ぶぇ!?」
自分が思いもよらない呼び名を付けられていたことに驚くパルスィ。
「そ、そそ、そんな大それたもんじゃないわよっ。それにいつもやってるわけじゃないわ。まず地上から来るやつなんてのがそんなにいないし、自信があったり陽気なやつなら自分でなんとかするでしょう? でもさっきみたいな“地上で馴染めなくて地下に来たやつ”ってのは、なかなかそうはいかないじゃない。せっかく地上を捨てたんだから、地下では楽しくやって欲しいのよ」
当たり前のようにそう言うパルスィに、勇儀は内心ひどく感心する。と同時に、何故か自分まで嬉しくなるのを感じた。勝手ににやにやし出した勇儀に、パルスィは若干引いた。
「ところで勇儀、私なんか待ってて良かったの?」
「? 何で」
「何でってあんた、この前『気に入った』って言ってたじゃない、さとりのこと」
「あぁ、言ったね」
「だったら早く行きたいんじゃないの? 毎日行ってるんでしょ?」
パルスィが何故そう思うのか勇儀にはいまいちよくわからなかった。
「いやいや、いくら気に入ったからって、そう頻繁には行けないよ。私にも付き合いがあるからね」
「あら、そうなの。じゃああんた何で頻繁にうち来るの?」
「へ?」
(あれ、そういや何でだ?)
パルスィの疑問はもっともで、勇儀自身も何故今まで気にしなかったのか不思議なくらいだった。自然と足がパルスィがいる所へ向いていたのである。
「あ、違ったわね。ヤマメやキスメに会いに来てるのよね。自意識過剰だったわ」
戸惑う勇儀に、パルスィは勘違いしてしまう。私も随分調子に乗ったこと考えるようになったわね――と考え、落ち込んでしまうパルスィに、勇儀は慌てて告げる。
「いやいや、そんなことないよ! 私はちゃんとパルスィに会いに来てるよ」
「そう?――じゃあ、何で?」
「うっ、それは……」
「まさか、嫌がらせ?」
「ちがうチガウ違う! 決してそんな気は無いからっ」
どうにも上手く説明出来ない自分をもどかしく思いながら、とりあえず素直に言うことにした。
「あー、正直自分でもよくわかんないんだ。ていうか今言われて初めて認識したよ。私ってそんなにパルスィに会ってばっかだったんだねぇ」
「ふーん、変なやつ」
それから二人は地霊殿に着くまで他愛の無い話をしていたが、勇儀はずっと心の中で疑問を残し続けていた。
ようやく地霊殿へと到着した二人は、もはや勝手知ったる人の家という感じで、中に入ると誰に案内されるでもなくさとりの部屋を訪れた。
「遅くなって悪かったわね」
「邪魔するよ」
「いらっしゃいパルスィさん、勇儀さ……ヤマメさんっ、キスメさんっ」
『?』
部屋に入って挨拶すると、さとりが急に目を丸くして、それまで一緒に部屋の奥でトランプをしていたヤマメとキスメに手招きした。どうでもいいが、現在さとりの全勝である。
さとりに呼ばれ、「どうしたの?」と尋ねるヤマメとキスメに、さとりは小声で話す。
「勇儀さんがとうとう自覚し始めました」
『……やっとか』
勇儀とパルスィは、突然小会議を始めてしまった三人を不審に思った。すると、ヤマメに誘われて勇儀だけがその小会議にまた加えられた。
「何だい何だい、何の話だい?」
「チッ、暢気なもんだね勇儀」
「この鬼女郎」
「いい加減認めたらどうです?」
「えっ、ちょ、私は今何を責められてるんだい!?」
輪に入った瞬間の罵声にたじろぐ勇儀。そこへ三人は畳み掛けるように言う。
「あんたのパルスィへの想いだよ!」
「恋心ね」
「私たちはとっくに気付いてましたよ?」
「ちょちょちょ、ちょっと待ったーっ!」
バッと三人から離れ、顔を赤くする勇儀。予想もしていなかった事態に少々面食らっている様子だ。
「あんたたち何の話してるのよ?」
訝るパルスィに四人は「何でも無い」と言い、そそくさとまた円を組む。
「落ち着きなよ勇儀」
「未熟者め」
「そんなことでは嫌われてしまいますよ?」
「だ、だから私はパルスィのことは友達で、そんな風に見たことは……っ!」
「無いの? パルスィのこと良いやつだなぁ、可愛いなぁ、ずっと一緒にいたいなぁ――とか思ったこと無いの?」
「……ありました」
愕然とする勇儀。
「抱き締めたいとかキスしたいとか思いませんか?」
「……思います」
青ざめる勇儀。
「ムッツリスケベ」
「私が悪かったー!」
三人に土下座する勇儀。状況を全く知らないパルスィには何が何だかわからない。まるで自分だけ除け者にされたようでパルスィは寂しくなった。それを目敏く察知したさとりがすぐにフォローに入る。
「あ、違いますよパルスィさんっ。別に仲間外れだとかそういうのではありません!」
「ばっ、そ、そんなこと気にしてないわよ!」
「あああ、ごめんねパルスィ」
「パルスィは何も気にしなくていい」
「だから気にしてないってば!?」
「うわぁ~んっ、ごめんパルスィっ、私が未熟だったぁ!」
「あんたは何を謝ってんのよ!?」
仲間外れにされたかと思えば、今度は四人から構われまくり、しかもその内の一人は勝手に謝り出す始末。それぞれをいなしながら頭が痛くなってきたパルスィは、来て早々帰りたくなった。
数日後、自分の気持ちを(半ば強制的に)自覚させられた勇儀はパルスィに合わせる顔が無く、旧都をぶらついていた。自覚したその日は何とか普通に過ごしていたが、その夜、一人床で考えに耽っていると、あれよあれよという間に心の奥からパルスィへの恋情が溢れてきて、持て余すようになってしまったのだ。それから今日まで、勇儀はパルスィとは会わないようにしていた。
(どうしよう。会いたいんだけど会いたくない)
矛盾した思考を紛らわせる為に覚束無い足取りで酒屋を巡る。「自分らしくない」とは思いつつも、どうしようもない勇儀。と、そこへ声を掛ける人物がいた。
「何やってんのさ」
「……ヤマメ」
「まさかあんた程のやつがこんなに動揺するとは思わなかったよ」
ヤマメは難しい顔をしていた。
「今は誰にも会いたくないんだ、一人で考えさせてくれ」
「いいや、ダメだね。勇儀なら多分自分で乗り越えられるだろうけどさ。それまでパルスィを傷付けたまんまでいいの?」
怒った様子で言うヤマメに、勇儀は首を傾げた。
「パルスィが?」
「そうだよ。『この前勇儀の様子がおかしかった』って、『あの時もっと真面目に勇儀が何を謝ってるのか聞いてあげてれば』ってね」
「そんな、パルスィは悪く無いのに」
「そう思うでしょ? だからそれを伝えに来たの。早く言って誤解を解いてよ。あんただって、別にパルスィのこと好きになったからって後悔してる訳じゃないんでしょ? だったら、どうするかはまずパルスィのことを、そんで自分のことを知ってからにしなよ」
「……へっ、そうだね。鬼がうじうじしてちゃ、世話ないね」
「そうともさ」
ヤマメの助言により立ち直った勇儀は、酔った頭を醒ますために両手で顔をバシッと叩いた。
「よっしゃあ! 星熊勇儀、復活!」
気合を入れた勇儀の瞳は、まるで炎が灯っているかのように爛々としていた。そこへまた別の者が声を掛ける。
「あ、あの~」
「お? あんたは確か……」
声の方へ振り返ると、そこにはこの間の妖獣の女の子がいた。
「先日はどうも」
「あぁ、いや、私は何にもしてないよ。感謝するならパルスィにね」
すっかり調子を取り戻した勇儀は、朗らかにそう言った。だが、その妖獣が頬を染めて「あぁ、パルスィさんですか。あの人は本当に綺麗な方でした」と言ったのを聞いた瞬間、眉がピクリと痙攣した。
「あっはっはー! そうだよな、パルスィは綺麗で可愛いよな! ところで私からあんたに一つだけ忠告だ」
「?」
「――パルスィには惚れるなよ?」
「ひぃっ」
これでもかと顔を近付けて、威圧感丸出しのドスの利いた声で、表情だけが笑っている勇儀。その迫力に妖獣は半泣きになって逃げ出してしまった。
その様子を見ていたヤマメは、呆れ返って頭を押さえた。
「あんた、性質悪いよ。鬼としてそれはアリなの?」
こいつをけしかけたのは間違いだったか――そう心配になるヤマメであった。
「まぁライバルは少ないに越したことはないからね。それにあの程度の脅しに屈するようなやつに、パルスィは任せられんからな!」
「じゃああんたならパルスィに惚れる権利はあるの?」
「権利どころか、義務だな」
「アホくさっ。さっきまでしょげてたくせに」
「はっはっは! まぁそう言わないでおくれよ。それもこれも全部パルスィがいけないのさ。ホント……あいつの魅力が妬ましい」
最後だけ真面目な顔で心底切なそうに言った勇儀に、ヤマメは一瞬だけ、キスメとさとりに相談して応援してやろうか――と考えた。パルスィのことをお節介やきだとは言っていたが、ヤマメ、そしてキスメとさとりも、なんやかんやでお節介をやく。
しかしそれは仕方の無いことだ。大事な友達を助けてやりたいと思うのは当然であり、彼女ら五人はそれぞれがお互いに大切な友人だと思っているのだから。
その後、勇儀は早速パルスィの誤解を解きに行き、ひとまずの落着となった。
勇儀の想いが報われるのかどうか――そんな事はまだ誰にもわからない。
後書きについて詳しく。具体的に言うと1作品程度を使用してで。
そしてさすが勇儀姐さんです。ニブチン。
ところで、あとがきについて詳しく。具体的に言うとシリーズもので。
パルスィかわいいよパルスィ
折ったでは?
乙女だ……乙女心の鬼がいる
かわいいったらありゃしない
それはそうと後書きについて詳しく
具体的に言うと
ベストセラー[さとりあい旧都]を手がけた
ずわいがに氏が送るシリーズ最新作!
みたいなものを
さりげなく吹いたww
パルスィに告白して顔真っ赤にさせたい。
ところで誰もツッコんでいないが「古明池さとり」って名乗ってるけど……?