「咲夜、そのお皿はそっちに置いて。あ、コラそこ、つまみ食いしない」
境内に神社の主である博麗霊夢の声が響き渡る。
晩秋の寒さが幻想郷を包む中、ここ博麗神社は俄かな盛り上がりを見せていた。
本日は『もっと熱くなれよ! 博麗神社大鍋パーティ(命名:白黒魔女)』と言う名の、まぁ詰まる所は彼女達の大好物である宴会な訳で、こうして主催の――半ば強引にやらされているだけだが――霊夢を始め、少女達はその準備に奔走しているのだった。
「おーおー、やってるな」
少し離れた場所から少女達の慌しい様子を眺めているのは、この宴会を企画した張本人である霧雨魔理沙。
彼女の大好物……むしろ主食であるキノコが大量に入った袋を地面に置き、準備に加わるでもなくよっこらせと縁側に腰を下ろす。
靴を乱雑に脱ぎ散らかし、冷え切った両手に白い息を吐きかけるその姿は完全なくつろぎムードだ。
「あらあら、貴女は手伝ってあげないのかしら?」
ふと、何もない空間から声がした。
何も知らない者ならば何事かと不審がって周囲を見回す所なのだが、彼女達からすれば日常茶飯事。
その後、空間の裂け目から少女の上半身が生えてこようとも、驚く様子を見せる者はまずいない。
それは声を掛けられた魔理沙も例に漏れず、中空からするりと自分の隣に座った妖怪……八雲紫に対して、「よっ」とばかりに右手を上げ、気軽な挨拶を繰り出した。
「私が手伝うと余計散らかるからな。サボるのがせめてもの思いやりってものだ。そういうお前は?」
「私が手伝うと霊夢が不審がるでしょう? サボるのがせめてもの思いやりってものよ」
互いに「違いない」と小さく笑い、せっせと働く霊夢達へと視線を向ける。
普通はそんな姿を見ていれば、サボっている事に多少の罪悪感を感じるものだが、その辺りが完全に欠如しているのが彼女達であった。
そうやって彼女達がサボタージュを続けている間にも、宴の準備は着々と進んでいく。
カチャカチャという皿の音と、協力し合う少女達の声が魔理沙の宴会への期待を膨らませていく。
こちらから見えていると言う事は、向こう側からも見える角度な訳だが、準備に夢中だからか、それとも魔理沙の格好が暗闇に紛れやすいからかはわからないが、少女達に気付かれる事もなかった。
そうして四半刻ほどたった頃であろうか。
そろそろ頃合だろうと、魔理沙が重い腰を上げようとした、その時――――
「それにしても」
それは唐突だった。
その声に魔理沙は声の主である紫の方へと振り向くが、彼女はその視線をある一点から戻さない。
魔理沙も彼女がこちらを見ていない事がわかると、紫の視線の先である巫女……霊夢へと顔を向けた。
「変わったわね、あの子」
それは魔理沙に向けた言葉だったのか、それとも単なる独り言か。
一通りの準備を終え、メイド服の少女と確認を取り合っている巫女を、紫はそう評した。
「そうかぁ?」
思わず聞き返す。
紫がどのような変化を指して「変わった」と述べたのかは定かではないが、少なくとも魔理沙の視線の先に存在する巫女は、いつも通りの『博麗霊夢』であった。
そんな霊夢を凝視しながら首を傾げる魔理沙の様子がおかしかったのか、紫はくすくすと笑う。
「貴女は近すぎて気が付かなかったのかも知れないけどね。昔は他人に関心を示すような事、ほとんど無かったもの」
ああ……と魔理沙は目を瞑る。
無関心。
その言葉で思い出すのは、彼女と出会った頃のおぼろげな記憶。
紫の言う『昔』がどれほどの過去なのかはわからなかったが、そんな魔理沙の追憶の中には確かに素っ気無い少女がいた。
魔理沙のやる事、為す事、何一つ興味を示さなかった少女が、ただそこにいた。
「それが、あの子の使命でもあった訳だけど」
「博麗の巫女は何者にも平等に……か」
少しずつ、記憶が鮮明になっていく。
何時だったか、それは他ならぬ彼女に言われた言葉だ。
博麗の巫女は平等でなければならないから――――そう言って彼女は、神社にやって来ようとした魔理沙を何度も何度も追い返したのだ。
平等でなければならない理由など、魔理沙にとってはどうでも良かったが、それを理由にして自分を遠ざけようとする彼女が不愉快極まりなかったのを覚えている。
そう、そこに在ったのはまさに――――
「あの子はずっとそういう風に育てられたからね。誰にでも平等と言う事は、誰にでも無関心と言う事だわ。他人に関心を持てば、人はとても平等なんかではいられない」
平等と言う名の無関心であった。
「……そうだったな」
ああ、思い出した。
魔理沙は始め、彼女の事が嫌いだった。
自分よりも多くの面で優れていながら勝ち誇りもしない。
否、それどころかまるでどうでもよさそうな彼女の態度。
それが魔理沙は腹立たしくて、何度も何度もちょっかいを出しては返り討ちにあった。
「本当に、アイツは腹の立つ奴だったよ」
それからは数えるのも億劫な程の、挑み、敗れの繰り返し。
たとえ何度追い込もうと、あと一歩まで迫ろうと、いつも最後に勝つのは彼女だった。
そして、その勝利すらもどうでもよさそうに――――まるで始めから魔理沙などいなかったかのように――――その場を去っていってしまうのだ。
たまらなく惨めだった。
彼女の能面のような顔を、いつか歪めてやりたかった。
自分に関心を示さない彼女を、いつか――――
「貴女が変えたのよ」
そう、それは何時の事であったか。
いつものように彼女に挑み、いつものように敗れた。
嫌になるほど、何度も味あわされた敗北の瞬間。
それは余りにも見慣れてしまった光景だった。
だが、違った。
その時彼女は言ったのだ。
地面に倒れ、悔しさに涙を滲ませる魔理沙に対して、確かに言ったのだ。
『また、明日ね』と。
その口元をほんの僅かだけ、歪ませながら。
思えば、あれは……魔理沙が初めて彼女に勝った日だったのかもしれない。
「貴女と出会って、同じ時間の流れの中で過ごして、少しずつ、ほんの少しずつだけどあの子は変わっていった」
それから、どれ程の時が経ったであろう。
少しずつ、ほんの少しずつ距離を縮め続け、二人は何時の間にか隣同士になっていた。
本人達すら気付かない内に互いにとって最も近い存在になっていた。
それは『今』が当たり前になった彼女達にとって微かにしか残らない……けれども、確かに存在した記憶。
自分が変えた、など大層な事を言われたせいか、魔理沙はばつが悪そうに頬を掻く。
視線の先には、人間や妖怪達と笑いあっている……あの頃からは想像もつかないであろう『彼女』の姿。
そこに居るのは平等でも無関心でもない……ただの一人の少女であった。
そんな少女の様子を見ながら、紫は「やれやれ」とでも言わんばかりに大仰に首を振る。
「かくして、博麗の巫女は悪い魔女の呪いに掛かり、その使命を忘れてしまったのでした」
「めでたし、めでたしってか?」
「さぁ? どうかしら。あの子自身は「めでたし」と思っているかもしれないけど」
どうだろうなぁ、と魔理沙は目を細める。
確かに彼女達の視線の先で笑う少女は、一人で居た頃よりもずっと生き生きしているように見えるが、その変化を彼女自身がどう捉えているかは彼女のみぞ知る、だ。
否、ひょっとしたら自分の変化などまるで気付いていないのではないか、あの常春巫女は。
叶うならば今の彼女に、あの無関心だった昔の彼女を見せ付けてやりたいくらいだ。
その時の彼女の反応と来たら、さぞかし滑稽に違いない。
狼狽する巫女の姿を頭の中に描きながら、魔理沙は込み上げて来る笑いを堪えようと必死だった。
そして紫もまた、同じ考えに辿り着いていたのだろうか。
二人は図ったわけでもなく顔を合わせ、声を押し殺しくっくと笑いあったのだった。
秋の終わりを告げる、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
このまま縁側でのんびり……と言うには些か季節が悪すぎた。
身震いの後、今日の本来の目的である宴会を思い出した魔理沙は、冷えた体を暖めに向かうべく足元のキノコ袋へと手を伸ばす。
そこで、彼女は声を聞いた。
「……ねぇ、魔理沙」
本当に紫の声だったかどうかすら判別出来ない程に、消え入るような小さい声であった。
ただ振り返った先、魔理沙の瞳を覗き込む美しくも寂しげな笑みこそが、彼女こそが声の主であると言う事を雄弁に語っている。
「果たして貴女はいつまで、霊夢の友人でいてくれるかしらね」
「そりゃ、いつまでも」
らしからぬ、どこか弱々しい言葉に対して即答しながら、魔理沙はその瞳を覗き返してやる。
例えどれ程の時が経とうとも、それには自信があった。
霊夢が嫌だと言ったとしても、あの時のように無理矢理にでも『友人』でいるつもりであった。
そんな自信に満ち溢れた魔理沙に対して、双眸を閉じる事で応えた紫は、儚げな薄い笑みを浮かべながら立ち上がった。
「時の流れは残酷よ。霊夢が変わってしまった様に、貴女達の関係だっていずれは変わってしまう。変わらない物なんて何一つ無いのが現実なのよ」
ゆっくりと開いたその瞳が夜空の闇を映し出す。
人間からすれば途方も無い程の時を生きた大妖怪の、静かだが計り知れない重みのある言葉であった。
永劫とも思える時の中、果たして彼女はどれだけの物が変わり行く様を見てきたのだろうか。
そして、今の彼女の瞳に移っているのは果たしてどのような未来なのだろうか。
そんな事は人間である魔理沙には理解出来る筈もない。
ただわかるのは、その時の紫がとても寂しそうだと言う事、それだけであった。
ああ、ひょっとしたら今までの話は彼女自身の――――
「何やってんのよ、アンタ達ー。始めちゃうわよー」
そんな魔理沙の思考を遮るように、話題の中心である少女の声が聞こえてきた。
お互いに勝手知ったる仲、どうやら二人がサボっていた事など、霊夢はとうにお見通しであったようだ。
「おう、今行くぜ」
姿の見えない少女に向かって返事をして、その場で「よっ」と立ち上がる。
夜の闇を見つめ続ける紫と、部屋の光へと身体を向ける魔理沙。
二人は結果的に、背中合わせに近い形となった。
そして――――
「なぁ、紫。変わらない物は無いって言うのが『現実』ならさ……」
背を向けたまま、少女は言葉を紡ぐ。
「やっぱり、変わらない物もあるって事じゃないか?」
決して大きくは無い、けれでも力強い言葉が彼女達の世界に響き渡り、じきに静寂へと変わる。
互いに背を向けた彼女達からは、相手の表情を窺い知る事はできない。
魔理沙がどのような顔でその言葉を発したのか。
紫がどのような顔でその言葉を受け取ったのか。
その問いの答えを知っているのは本人のみだ。
しかし、それでも。
――――きっと彼女は笑っているのだろう。
光と闇。
まるで違う方向を見つめている彼女達の、背中合わせの少女に対して。
永遠のような一瞬の中、二人は互いにそんな根拠の無い確信を持っていた。
それは、この二人の関係もまた、出会った頃から変わってしまった証。
「その心は?」
まるで、その言葉が合図であったかのように、対となる少女達は向かい合う。
……どうやら、互いの確信は当たっていたらしい。
どこか嬉しそうな笑顔を浮かべる目の前の少女に向かって、魔理沙はニッと満面の笑みを浮かべていた。
「ここは『幻想』郷だぜ?」
境内に神社の主である博麗霊夢の声が響き渡る。
晩秋の寒さが幻想郷を包む中、ここ博麗神社は俄かな盛り上がりを見せていた。
本日は『もっと熱くなれよ! 博麗神社大鍋パーティ(命名:白黒魔女)』と言う名の、まぁ詰まる所は彼女達の大好物である宴会な訳で、こうして主催の――半ば強引にやらされているだけだが――霊夢を始め、少女達はその準備に奔走しているのだった。
「おーおー、やってるな」
少し離れた場所から少女達の慌しい様子を眺めているのは、この宴会を企画した張本人である霧雨魔理沙。
彼女の大好物……むしろ主食であるキノコが大量に入った袋を地面に置き、準備に加わるでもなくよっこらせと縁側に腰を下ろす。
靴を乱雑に脱ぎ散らかし、冷え切った両手に白い息を吐きかけるその姿は完全なくつろぎムードだ。
「あらあら、貴女は手伝ってあげないのかしら?」
ふと、何もない空間から声がした。
何も知らない者ならば何事かと不審がって周囲を見回す所なのだが、彼女達からすれば日常茶飯事。
その後、空間の裂け目から少女の上半身が生えてこようとも、驚く様子を見せる者はまずいない。
それは声を掛けられた魔理沙も例に漏れず、中空からするりと自分の隣に座った妖怪……八雲紫に対して、「よっ」とばかりに右手を上げ、気軽な挨拶を繰り出した。
「私が手伝うと余計散らかるからな。サボるのがせめてもの思いやりってものだ。そういうお前は?」
「私が手伝うと霊夢が不審がるでしょう? サボるのがせめてもの思いやりってものよ」
互いに「違いない」と小さく笑い、せっせと働く霊夢達へと視線を向ける。
普通はそんな姿を見ていれば、サボっている事に多少の罪悪感を感じるものだが、その辺りが完全に欠如しているのが彼女達であった。
そうやって彼女達がサボタージュを続けている間にも、宴の準備は着々と進んでいく。
カチャカチャという皿の音と、協力し合う少女達の声が魔理沙の宴会への期待を膨らませていく。
こちらから見えていると言う事は、向こう側からも見える角度な訳だが、準備に夢中だからか、それとも魔理沙の格好が暗闇に紛れやすいからかはわからないが、少女達に気付かれる事もなかった。
そうして四半刻ほどたった頃であろうか。
そろそろ頃合だろうと、魔理沙が重い腰を上げようとした、その時――――
「それにしても」
それは唐突だった。
その声に魔理沙は声の主である紫の方へと振り向くが、彼女はその視線をある一点から戻さない。
魔理沙も彼女がこちらを見ていない事がわかると、紫の視線の先である巫女……霊夢へと顔を向けた。
「変わったわね、あの子」
それは魔理沙に向けた言葉だったのか、それとも単なる独り言か。
一通りの準備を終え、メイド服の少女と確認を取り合っている巫女を、紫はそう評した。
「そうかぁ?」
思わず聞き返す。
紫がどのような変化を指して「変わった」と述べたのかは定かではないが、少なくとも魔理沙の視線の先に存在する巫女は、いつも通りの『博麗霊夢』であった。
そんな霊夢を凝視しながら首を傾げる魔理沙の様子がおかしかったのか、紫はくすくすと笑う。
「貴女は近すぎて気が付かなかったのかも知れないけどね。昔は他人に関心を示すような事、ほとんど無かったもの」
ああ……と魔理沙は目を瞑る。
無関心。
その言葉で思い出すのは、彼女と出会った頃のおぼろげな記憶。
紫の言う『昔』がどれほどの過去なのかはわからなかったが、そんな魔理沙の追憶の中には確かに素っ気無い少女がいた。
魔理沙のやる事、為す事、何一つ興味を示さなかった少女が、ただそこにいた。
「それが、あの子の使命でもあった訳だけど」
「博麗の巫女は何者にも平等に……か」
少しずつ、記憶が鮮明になっていく。
何時だったか、それは他ならぬ彼女に言われた言葉だ。
博麗の巫女は平等でなければならないから――――そう言って彼女は、神社にやって来ようとした魔理沙を何度も何度も追い返したのだ。
平等でなければならない理由など、魔理沙にとってはどうでも良かったが、それを理由にして自分を遠ざけようとする彼女が不愉快極まりなかったのを覚えている。
そう、そこに在ったのはまさに――――
「あの子はずっとそういう風に育てられたからね。誰にでも平等と言う事は、誰にでも無関心と言う事だわ。他人に関心を持てば、人はとても平等なんかではいられない」
平等と言う名の無関心であった。
「……そうだったな」
ああ、思い出した。
魔理沙は始め、彼女の事が嫌いだった。
自分よりも多くの面で優れていながら勝ち誇りもしない。
否、それどころかまるでどうでもよさそうな彼女の態度。
それが魔理沙は腹立たしくて、何度も何度もちょっかいを出しては返り討ちにあった。
「本当に、アイツは腹の立つ奴だったよ」
それからは数えるのも億劫な程の、挑み、敗れの繰り返し。
たとえ何度追い込もうと、あと一歩まで迫ろうと、いつも最後に勝つのは彼女だった。
そして、その勝利すらもどうでもよさそうに――――まるで始めから魔理沙などいなかったかのように――――その場を去っていってしまうのだ。
たまらなく惨めだった。
彼女の能面のような顔を、いつか歪めてやりたかった。
自分に関心を示さない彼女を、いつか――――
「貴女が変えたのよ」
そう、それは何時の事であったか。
いつものように彼女に挑み、いつものように敗れた。
嫌になるほど、何度も味あわされた敗北の瞬間。
それは余りにも見慣れてしまった光景だった。
だが、違った。
その時彼女は言ったのだ。
地面に倒れ、悔しさに涙を滲ませる魔理沙に対して、確かに言ったのだ。
『また、明日ね』と。
その口元をほんの僅かだけ、歪ませながら。
思えば、あれは……魔理沙が初めて彼女に勝った日だったのかもしれない。
「貴女と出会って、同じ時間の流れの中で過ごして、少しずつ、ほんの少しずつだけどあの子は変わっていった」
それから、どれ程の時が経ったであろう。
少しずつ、ほんの少しずつ距離を縮め続け、二人は何時の間にか隣同士になっていた。
本人達すら気付かない内に互いにとって最も近い存在になっていた。
それは『今』が当たり前になった彼女達にとって微かにしか残らない……けれども、確かに存在した記憶。
自分が変えた、など大層な事を言われたせいか、魔理沙はばつが悪そうに頬を掻く。
視線の先には、人間や妖怪達と笑いあっている……あの頃からは想像もつかないであろう『彼女』の姿。
そこに居るのは平等でも無関心でもない……ただの一人の少女であった。
そんな少女の様子を見ながら、紫は「やれやれ」とでも言わんばかりに大仰に首を振る。
「かくして、博麗の巫女は悪い魔女の呪いに掛かり、その使命を忘れてしまったのでした」
「めでたし、めでたしってか?」
「さぁ? どうかしら。あの子自身は「めでたし」と思っているかもしれないけど」
どうだろうなぁ、と魔理沙は目を細める。
確かに彼女達の視線の先で笑う少女は、一人で居た頃よりもずっと生き生きしているように見えるが、その変化を彼女自身がどう捉えているかは彼女のみぞ知る、だ。
否、ひょっとしたら自分の変化などまるで気付いていないのではないか、あの常春巫女は。
叶うならば今の彼女に、あの無関心だった昔の彼女を見せ付けてやりたいくらいだ。
その時の彼女の反応と来たら、さぞかし滑稽に違いない。
狼狽する巫女の姿を頭の中に描きながら、魔理沙は込み上げて来る笑いを堪えようと必死だった。
そして紫もまた、同じ考えに辿り着いていたのだろうか。
二人は図ったわけでもなく顔を合わせ、声を押し殺しくっくと笑いあったのだった。
秋の終わりを告げる、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
このまま縁側でのんびり……と言うには些か季節が悪すぎた。
身震いの後、今日の本来の目的である宴会を思い出した魔理沙は、冷えた体を暖めに向かうべく足元のキノコ袋へと手を伸ばす。
そこで、彼女は声を聞いた。
「……ねぇ、魔理沙」
本当に紫の声だったかどうかすら判別出来ない程に、消え入るような小さい声であった。
ただ振り返った先、魔理沙の瞳を覗き込む美しくも寂しげな笑みこそが、彼女こそが声の主であると言う事を雄弁に語っている。
「果たして貴女はいつまで、霊夢の友人でいてくれるかしらね」
「そりゃ、いつまでも」
らしからぬ、どこか弱々しい言葉に対して即答しながら、魔理沙はその瞳を覗き返してやる。
例えどれ程の時が経とうとも、それには自信があった。
霊夢が嫌だと言ったとしても、あの時のように無理矢理にでも『友人』でいるつもりであった。
そんな自信に満ち溢れた魔理沙に対して、双眸を閉じる事で応えた紫は、儚げな薄い笑みを浮かべながら立ち上がった。
「時の流れは残酷よ。霊夢が変わってしまった様に、貴女達の関係だっていずれは変わってしまう。変わらない物なんて何一つ無いのが現実なのよ」
ゆっくりと開いたその瞳が夜空の闇を映し出す。
人間からすれば途方も無い程の時を生きた大妖怪の、静かだが計り知れない重みのある言葉であった。
永劫とも思える時の中、果たして彼女はどれだけの物が変わり行く様を見てきたのだろうか。
そして、今の彼女の瞳に移っているのは果たしてどのような未来なのだろうか。
そんな事は人間である魔理沙には理解出来る筈もない。
ただわかるのは、その時の紫がとても寂しそうだと言う事、それだけであった。
ああ、ひょっとしたら今までの話は彼女自身の――――
「何やってんのよ、アンタ達ー。始めちゃうわよー」
そんな魔理沙の思考を遮るように、話題の中心である少女の声が聞こえてきた。
お互いに勝手知ったる仲、どうやら二人がサボっていた事など、霊夢はとうにお見通しであったようだ。
「おう、今行くぜ」
姿の見えない少女に向かって返事をして、その場で「よっ」と立ち上がる。
夜の闇を見つめ続ける紫と、部屋の光へと身体を向ける魔理沙。
二人は結果的に、背中合わせに近い形となった。
そして――――
「なぁ、紫。変わらない物は無いって言うのが『現実』ならさ……」
背を向けたまま、少女は言葉を紡ぐ。
「やっぱり、変わらない物もあるって事じゃないか?」
決して大きくは無い、けれでも力強い言葉が彼女達の世界に響き渡り、じきに静寂へと変わる。
互いに背を向けた彼女達からは、相手の表情を窺い知る事はできない。
魔理沙がどのような顔でその言葉を発したのか。
紫がどのような顔でその言葉を受け取ったのか。
その問いの答えを知っているのは本人のみだ。
しかし、それでも。
――――きっと彼女は笑っているのだろう。
光と闇。
まるで違う方向を見つめている彼女達の、背中合わせの少女に対して。
永遠のような一瞬の中、二人は互いにそんな根拠の無い確信を持っていた。
それは、この二人の関係もまた、出会った頃から変わってしまった証。
「その心は?」
まるで、その言葉が合図であったかのように、対となる少女達は向かい合う。
……どうやら、互いの確信は当たっていたらしい。
どこか嬉しそうな笑顔を浮かべる目の前の少女に向かって、魔理沙はニッと満面の笑みを浮かべていた。
「ここは『幻想』郷だぜ?」
二人にはいつまでも仲良くいてほしいですね
全体的にもいい雰囲気が出てると思います
次回作お待ちしております
魔理沙と紫がこういう正反対な関係である、と解釈するSSって見たことないような。
それはとにかく、楽しませて頂きました。次回作をお待ちしていまする。
魔理紗と紫も背中あわせって事は、つまり隣同士って事ですよね
噛めば噛むほど味が出るいいSSでした
次も期待してます
次回も楽しみにしてます。
次回も楽しみにしています。
そのジャスティスには全力で同意せざるを得ない。
素晴らしいお話でした。
やっと自分と同じジャスティスの人と会えて嬉しいぜ
非常に台詞回しが魅力的で面白いと思います
素敵だー
こんな所に同志がいるじゃないか。
すごいなー憧れちゃうなー
どことなく奈須っぽい
良いお話でした
テーマの味かすごく染み出ていて面白かったです