「そういや最近、神社の方に行ってないな」
ふとそんなことを思った。
昨日はパチュリーのところへ本を借りに行っていたし、一昨日は白玉楼に和菓子をせびりに行っていた。
その前の日はアリスの家でケーキと紅茶をご馳走になっていたし、その前の日は凄い豪雨で家から一歩も出られなかった。
そのさらに前の日は……うん。神社に行った。
「ってことは」
おお、実に丸四日も、神社に行っていないじゃないか。
これは危なかった。
今まででも、せいぜい二日連続が最長だろう。
それがもう四日連続とは。
いやはや、今日のうちに気付けてよかった。
仮に今日気付いていなければ、五日連続不訪問という不名誉な記録を打ち立ててしまうところだった。
危ない危ない。
私はほっと胸を撫で下ろし、ひょいっと箒に跨った。
「さあ、行くぜ」
地面を蹴り、目を閉じていても着けるであろう、その場所に向かって飛び立った。
空を優雅に舞うこと暫し。
程無くして、私は四日ぶりに、通い慣れた神社の境内に降り立った。
「うーむ。たった四日来ていなかっただけで、随分と懐かしい気がするぜ」
傍から聞く分には大袈裟に思われるかもしれないが、私は結構本気でそう思った。
それほどまでに、この神社で過ごす時間は、私の生活の中で大きな部分を占めていたのだろう。
「さて。あいつは元気にしてるかな」
言うまでもないことだが、私は参拝だの賽銭だのをするためにこんな寂れた神社に来ているわけではない。
私が此処に来る理由は、昔からただ一つだけだ。
「お」
居た。
いつもと変わらず、縁側でお茶を啜っている巫女。
すなわち、私が此処に来る理由。
「よう」
手を上げて、気さくに声を掛けてみる。
「…………」
しかし何故だか、巫女は黙ったままでいる。
私の方を見ようともせず、じぃっと遠くを見つめたまま。
うーむ、聞えなかったのかな?
「おーい。霊夢ってば」
今度は少し声を張り、更に名前も呼んでみる。
すると、流石に耳に届いたらしく、ゆっくりとした動作でこちらを向いた。
私はもう一度、爽やかに右手を上げる。
「よう」
「…………」
しかしやはり、巫女――霊夢は無言のまま。
それどころか、眉根をきゅっと細めて、私にじとっとした目を向けてきた。
な、なんで?
「えーっと……」
私がどう反応したものかと思案していると、霊夢はすぐに、ついっと私から顔を逸らし、また元のように、じぃっと遠くを見つめ始めた。
……うーむ。
どうにも様子がおかしいな。
私が困ったように頬をかいていると、ふいに霊夢が口を開いた。
「あんた」
「お、おう」
突然話し掛けられたので、思わず声が上ずってしまった。
「昨日」
「うん」
「何やってたの」
「え?」
昨日?
昨日なら。
「あー、パチュリーのところに、本を借りに行ってたぜ」
「…………ふーん」
「…………」
「…………」
沈黙。
え?
何これ。
「そ、それがどうかしたのか?」
「……べつに」
霊夢は呟くように言う。
視線は変わらず、まっすぐ前を向いたまま。
斜め前に立つ、私の方を見ようともしない。
うーん。
なんなんだろう、いったい。
するとまた、霊夢は静かな声で言った。
「……一昨日」
「え?」
「一昨日は、何やってたの」
「一昨日は……白玉楼に行ってたけど」
「……ふーん」
「…………」
「…………」
いやいや。
何?
この間。
「……その、前の日は」
「その前の日は……アリスの家に行ってた」
「……ふーん」
「…………」
「…………」
いやね、だからね。
「……その、前の日は」
「その前の日は……凄い豪雨で、とても家から出られなかった」
「……ふーん」
「…………」
「…………」
……おかしい。
何かが、おかしい。
そんな私の困惑などお構いなしに、霊夢がまた、ぽつりと呟く。
「つまり」
「お、おう」
「あんたは」
「うん」
「豪雨の日の翌日にアリスの家に行って、その翌日に白玉楼に行って、その翌日にパチュリーのところへ行って、その翌日に私のところへ来た、ということね」
「ま、まあ……全部まとめると、そういうことになるな」
「…………ふーーーん」
「…………」
……え?
な、何今の。
何か心なしか、長音符が多かったような気がするのだけど。
気持ち三倍くらい。
というか、じわじわと、霊夢の方から不穏なオーラが漂ってきてるような気がする。
ね、ねぇ、何で?
私、何か悪いことした?
「魔理沙」
「はいっ」
ふいに呼び掛けられ、思わず変な声を上げてしまった。
しかし構わず、霊夢は続ける。
「……明日も、ここに来なさい」
「へ?」
「…………」
私がキョトンとしていると、突然霊夢がギロッとした視線を向けてきた。
何この巫女こわい。
「あ、ああ……別に、いいけど」
霊夢の妙な迫力に気圧されて、思わず承諾してしまった。
まあ別に、此処に来ること自体は何の問題もないから、いいんだけど。
……それにしても、霊夢の方からこんなことを言うなんて……。
「そして」
「お、おう」
まだ何かあるのか。
今度は何だ。
「……明後日も、ここに来なさい」
「……へ?」
「…………」
霊夢の視線が一層強張る。
有無を言わせない目つきだ。
こんな目で凄まれたら、私の言うべき言葉は一つしかない。
「ま、まあ……いいけど」
「それから」
間髪入れずに、再び霊夢。
どぎつい視線はそのままに。
私は怯えながらも、なんとか声を絞り出す。
「な……なんだよ」
「明々後日も、来なさい」
「えっ……」
「…………」
ああ。
見ないで。
そんなこわい目で私を見ないで。
「……いい、けど」
「…………」
そこで漸く、霊夢は私から視線を外した。
そしてまた、最初にそうしていたように、じぃっと遠くを見つめ始める。
……。
な、なんだ……? コレ。
結局よく分からんうちに、明日から三日続けて、此処に来ることになってしまった。
……ん?
三日?
ってことは……。
「じゃあ、今日の分も含めると、四日連続でここに来るってことか」
「…………嫌なの?」
再び、ギロリと私を睨む霊夢。
ねえお願いだからそれ止めて。
怖いからマジで。
私は狼狽しながらも、なんとか言葉を返す。
「い、嫌じゃないぜ。てか、嫌なわけないだろ」
「…………なら、いいんだけど」
そう言って、再び視線を正面に戻す霊夢。
……いったいぜんたい、今日のこいつは何なんだ?
意図の掴めない言動に、謎の圧力が込められた視線。
もうそろそろ、私の精神的疲労もピークを迎えつつある。
……やれやれ。
とりあえず、今日はもうお暇した方がいいかもしれん。
霊夢に何があったかは分からんが、寝て起きたら、いつもの霊夢に戻ってるかもしれないし。
それに、どうせ明日も此処に来るんだし。
うん、決まりだ。
今日はもう帰ろう。
そう思い、私は霊夢に、出来るだけ爽やかな笑顔で言った。
「んじゃあ、霊夢。今日はもうこの辺で……」
「待ちなさい」
「ヒィ」
今日一番の殺気を向けられ、思わず情けない声を出してしまった。
霊夢は私を強く射抜いたまま、小さな声で呟いた。
「……どうせ」
「え?」
「どうせ、明日も来るのなら」
「…………」
「いちいち帰るのも、面倒でしょ」
「? え、えっと……?」
「だから……泊まっていけ、ば」
「……えっ……」
あまりに唐突なその申し出に、私が暫し呆然としていると。
霊夢は語気を強くして、同じ言葉を繰り返した。
「……だから、泊まっていけば、って」
「え、いや、でも……」
「……あ?」
「泊まらせて下さい」
「……いいわよ」
何この有無を言わせぬ迫力。
こうして私は霊夢の謎の圧力に屈し、神社に泊まる羽目になったのであった。
そして。
結局、この日は最後まで、霊夢の行動の意図が掴めなかった。
たとえば、帰宅しようとしていた私を引き止めた後も、特に自分から話し掛けてきたりはせず、ただ黙って、淡々とお茶を啜っていただけだったり。
そのくせ、暇を持て余した私が、やっぱり今日は帰ろうかな、なんてぼそっと呟こうものなら、瞬時に般若のような形相を浮かべ、殺気の篭った視線をぶつけてきたり。
夕食の時にしたってそうだ。
どういう風の吹き回しか知らないが、霊夢が作ってくれた夕食はやたら豪勢で、しかも私の好物ばかりが並んでいた。
だからてっきり、久々に来た私の為に奮発してくれたのだと思い、「ありがとう」なんて柄にも無く殊勝な言葉を吐いてみたら。
「別に。あんたのためじゃないから」
と、目線すら合わせようとはせず、淡々と言ってのけた。
あ、でもそういえばこのとき、ちょっと顔が赤みがかっていたような気がする。
ひょっとして、酔っていたのだろうか。
でもそれまでに、酒を飲んでいた様子はなかったが……。
それから、風呂の時も。
私が先にお湯を頂いていると、いきなり浴室に入ってきて、「背中、流してあげる」ときたもんだ。
断るとまた睨まれそうな予感がしたので、それならばとお願いしてはみたものの、やっぱり何も話し掛けてきたりはせず、ただ淡々と、私の背中を洗うだけ。
そんなこんなで、妙に気まずく、気疲れのする一日を過ごした私だったが、ようやく、こうして布団の上に横になることができた。
これでとにかく一安心、寝て起きたら、霊夢もきっと、いつもの霊夢に戻っているに違いない。
……って。
思ってたんだけどね。
「……なあ、霊夢」
「……何」
「いや、その……こうもがっしりと抱きつかれていると、非常に寝づらいんだが」
「……罰」
「いや、意味が分からん」
「……馬鹿」
ああ。
どうやらいよいよもって、言葉まで通じなくなってしまったようだ。
くそ。
なんかもう、いちいち考えるのも面倒くさくなってきた。
大体、霊夢がよく分からんのなんて、別に今日に始まったことでもないだろう。
私は無理にでもそう考えて、もう寝てしまうことに決めた。
もっとも、背中から両手と両足を回され、全身を拘束されている状態で眠るというのは、非常に気力と体力を消費しそうではあるが。
それでも今はもう、精神だけにでも休息を与えてやりたい。
そんな気持ちで一杯だった。
そうして、私が全身全霊で夢の世界に没入しようとしていたとき。
ふと、霊夢の呟きが聞えた気がした。
「……誰にもやらないんだから」
何を?
と聞きたかったけど、もう既に、睡魔に半分屈服していて無理だった。
……まあ、いいか。
どうせ今日の霊夢の言うことに、深い意味など無いだろうから。
私が欠伸をもって、せめてもの返事とすると、何故か背後から頭突きされた。
地味に痛い。
「……ばか」
最後に聞えたその呟きは、夢か現か。
それを確かめるより早く、私は霊夢の腕に手を添えたまま、深い眠りに落ちていった。
了
良い
え?ちがう?いやいや、そうに決まっている。でなければこんなピンポイントジャスティスがくるわけがない。
そう思わせてください。本当にGJでした!
喜んで最高点を進呈。
さぁ、続きを書く作業に戻ってくれ
モニターの前で悶えましたw
どうしてくれる。
レイマリひゃっほぉぉぉい!
今回のSSでそれがよくわかったよ
作者感謝
無補給で3日間戦える。
顔面崩壊が収まらん!
でもいい
これはいい!!!!!
次のレイマリにも期待
なにこの可愛い子