博麗神社の屋根の上。今日はここに決めた。
屋根に降り立ち、仰向けに寝っころがる。すると、視界は夜闇から一転、宝石を一面にちりばめたような星空が現れる。私は、この瞬間が大好きだった。天地が反転し、世界が星々だけで埋め尽くされるこの一瞬が。
理想通りの光景に、思わず笑みがこぼれ出る。視界良好雲量ゼロ。遮るものなど何もない。流れ星を観賞するには最高の条件が整っている。
そして、最初の流れ星を目にするまでのこの時間。今か今かと待ちわびて、焦らされ続けるこのひとときも、私にとっては心地良くすらある。期待に胸が膨らんで、否応なしに鼓動が高まるのだ。
けれど何より好きなのは。
真っ直ぐ伸びる光の筋が、夜空を駆けるその一瞬。
闇を引き裂くその軌跡を、視界の端で捕まえる。その光を、私は確かにこの目に焼き付けた。
そう、1つ目の流れ星はいつも突然現れる。私は、その星に胸ごと射抜かれたような衝撃を受けるのだ。
肝心の流れ星は既に消え去っているけれど。
――今日もたくさんの流れ星が見られますように。
私は最初にそう願いごとをして、流星観賞を始めるのだった。
そんなわがままな願いごとが叶ったのか、今日は幸先が良い。
見始めてからわずか数分。既に10を超える流れ星を目の当たりにしている。今夜は当たりの日かも知れない。1日での最高記録更新も夢ではなかった。
ひとつ、またひとつ。
私はこれまでにも何百と流れ星を見て来ている。それでも、こうして星のかけらがきらめくたびに、トクンと胸が高鳴るのだ。
ひとつ、そしてまたひとつ。
胸の高鳴りに呼応するように、流れ星は次から次へと現れる。今日のしし座は出血大サービスだ。
ひとつ、さらにまたひとつ。
まるで、降り始めの雨のようにぽつぽつと。
ならば、それが本降りになったらどうなるのか――
だめだ。やはりじっとしてなんかいられない。――いや、じっとしている必要なんてどこにもない。
そう思ったなら、するべきことはただひとつ。相棒の箒を手に取って、私は星の海へとダイブする。
目指すはしし座。今も沢山の流れ星を生み出し続けるあの星座だ。
星空へと飛び出してものの数秒、私は既にトップスピードに達している。私の魔法は今日もベストコンディションだ。
その間にも、星はちらちらと流れ続けている。やはり今日は当たりの日らしい。
速度と共に、私の気分もうなぎのぼりで絶好調。こぼれる笑顔は風圧にだって負けはしない。
風を切り、夜闇を裂く。流れ星と一緒に星空の中を駆け抜けている気分だ。
星は私のパートナー。共に星間飛行と洒落込もうじゃないか。
いつしか、流れ星の数はさらに増え。
気付けば、光の粒子が雨のように降り注いでいた。
まるで、星空に飛び込もうとする私を歓迎しているかのように。
しし座から放射状に飛び出す流れ星。その中心点へと照準を合わせる。
私は、嵐の中に立ち向かう気持ちで飛び続けていた。
流星雨――
そんな言葉が脳裏をよぎる。
いつだろう、古い文献を読んでいて、私はそんな言葉を目にしたことがある。
イラスト付きで書かれたその資料によれば、過去にはひと晩のうちに千を超え、万にも達するほどの流れ星が見られたことがあるらしい。
まさに、流れ星の雨。
そんな奇跡のような現象が、今目の前で起きている。万など余裕で超えるだろう。数えることも馬鹿らしい。
まさに無数と言うにふさわしいほどに、星たちは絶え間なく現れては消えてゆく。
見るほどに私の心は魅了され、意識ごと放射の中心部へと吸い込まれてゆく。
そんな目も眩みそうな光景に、平衡感覚さえも奪い去られそうになる。
それじゃあ、駄目だ。
自分自身を叱咤して、揺らぐ意識をゆり戻す。
ただ見るだけじゃ満足出来ない。私には、いつか成し遂げてやると心に決めていたことがあるのだ。
今日こそは、それを達成する最大の――そして唯一のチャンスかも知れない。
香霖は以前、流れ星のことを、天龍の鱗がはがれ落ちたものだと言っていた。
私は今、それを手にするために星空へと飛び出している。
今日みたいに雨あられと星が降り注ぐ夜ならば、1つや2つはこの手でキャッチしてやる。私はそんな気概でいるのだ。
世界広しと言ったって、星のかけらを捕まえたやつなんているはずがない。
そしてもうひとつ、知りたいことがある。
下へ落ちる流れ星が天龍の鱗ならば、上へ向かう流れ星は何なのだろう。それは、私がずっと抱えている疑問だった。
そう。流れ星は時に、上に向かって流れる時もあるのだ。
天翔ける龍の鱗でさえ、重力に従い落ちてゆく。ならば、重力に抗い、宇宙を目指して昇ってゆくあの流れ星の正体は何なのか。
きっと、龍の鱗よりももっと凄いものに違いない。今日は絶対に、それをこの目で確かめてやるのだ。
軋む箒に鞭打って、更に速度を上げてゆく。
落ちゆく星より早く早く、昇る星より高く高く。
届くか届かないかは関係ない。やりたいようにやるだけだ。限界なんて誰が決めた。
かじかむ右手に力を込めて、にぎりこぶしを作り出す。準備は万端。いつでも来い。
そんな私の気合に呼応したか、流れ星はさらに激しさを増す。
流星の、嵐だ。
絶え間なく流れる星の光で、あたりは不思議な明るさを見せつつある。
時折稲光のようにひらめく閃光は、火球だろう。
私はそれを、手に入れたい。
飛ぶ、ひたすらに飛ぶ。
既に両手の感覚はなく、高揚した意識だけが先行している。
それでも私は止まることはないし、もはや止めることも出来ない。
流れ星と、同じだ。
不意に夜空にきらめくそれは、鋭い光を放ちながら猛スピードで駆け抜ける。
最後まで、真っ直ぐに、燃え尽きるまで。
目の前に、パチパチと火花のような光が現れる。
それが流星の光なのか何なのか、もはや分からなかった。
――私は、星になれただろうか。
恍惚とした意識の中、考えられることはただそれだけだった。
その答えは、眩しく霞む光の向こうに見えた――気がする。
私はいつしか、溢れんばかりの光の奔流に包まれていて。
それを知覚した、次の瞬間には。
私の意識は既に、白一色に染め上げられていた。
「――で、風邪を引いたって訳ね」
「まあそういうことだ」
「馬鹿じゃないの?」
魔理沙の話を聞いて、思わずそんな言葉が口をついて出た。
冬が近付き、冷え込みが厳しくなりつつあるこの時期に、長時間のナイトフライトを敢行したのだ。風邪の1つや2つ引くのも当たり前である。
むしろ、こうしてちょっと寝込むくらいで済んでいることに感謝すべきだろう。
「だいたい、やるなら夏場にやればいいじゃない。何もこんな寒い時期にやらなくても」
「流れ星がカッとなってやった。後悔はしていない」
「反省はしなさい」
「うぃ」
馬鹿なことを言い続ける魔理沙をたしなめる。しかし反省の色はなさそうだった。
きっと、機会があればまたやってしまうのだろう。夏だろうと冬だろうと。
その方が、魔理沙らしくはある。あるけれど、
「こんなうっとうしい森の中まで来て看病してやってる私の身にもなりなさい」
思わず、きつい口調になってしまう。でもこれは、心配の裏返し。
正直魔理沙は時に、危うい領域に足を踏み入れている気がする。下手をすれば命さえ失いかねない愚行だ。
今回だって、遠くの森で倒れていた魔理沙を、紫がたまたま拾っただけなのだから。
たまたまと言うのは、紫本人の弁。
本当にたまたまなのか、それとも愚直なまでに流れ星を追い続ける魔理沙をニヤニヤしながら眺めていたのか。
何となく後者な気がするが、それは本人のみぞ知る。
「でも、あれは本当に凄かったぜ。何せ、流れ星が途切れないんだ。
流星雨って知ってるか? あれはまさにそんな感じでな……」
また始まってしまった。
風邪であることなどおかまいなしに、魔理沙は熱くまくし立てる。余りの熱さにこっちが参ってしまいそうだった。
けれど、魔理沙が星について話をする時はいつも、本当に楽しそうに喋るのだ。
頬が紅潮し、その瞳がそれこそ星みたいにきらきらと輝いている。そのことに、魔理沙自身はきっと気付いていないだろう。
と、不意に魔理沙がけほけほとむせる。話をさせ過ぎたか。
たとえどれほど星が好きだとしても、今、その顔に赤みが差しているのはあくまで風邪のせいだった。
「あーはいはい、分かったから今は寝てなさい。風邪が治ったらいくらでも聞いてあげるから」
これ以上喋り出さないように釘を刺す。ついでに、いつの間にかはだけていた布団を優しく掛け直してやった。
意外にもそれが効いたのか、一転して魔理沙の様子が大人しくなる。元気さを装っているようでも、やはり風邪は辛いのだろう。
鼻の頭まで布団を被った魔理沙が、濡れた瞳で私のことを見つめている。
その瞳の中に映るのは、少しばかりの寂しさと、そして反省の色。
そんな表情の魔理沙を見るのは初めてだった。
「なあ霊夢」
「何よ」
「……ありがとな」
思わず、言葉に詰まる。
確かに、感謝の言葉の1つでもあっていい状況だろう。しかし、今のこのタイミングで言うのは反則だ。
何が反則なのかは分からないが、私はそう思ってしまったのだった。
「……大人しく寝てなさい。夕方になったらまた来てあげるから」
何故だか魔理沙の顔を正視出来ず、私は背中を向けてそう言った。
私はそのまま、振り返らずに部屋を去るつもりだった。
けれど、ありがとうを口にした時の、魔理沙の表情が頭から離れない。魔理沙からそんな言葉を受け取ったのは初めてかも知れなかった。
結局私が根負けし、くるりとベッドを振り返る。
魔理沙はやはり、私の方を見つめていた。
私と目が合うと、その目尻にちょっとだけ皺が寄る。
小さく笑ってくれたようだった。
私も、それに釣られるように微笑んだ。9割方は苦笑い、だけれども。
結局、そうなんだなと思う。私は、どうしても魔理沙のことを放っておくことが出来ないのだった。
私の顔を見て安心したのか、魔理沙はそのまままぶたを下ろしていく。間もなく聞こえてきたのは、規則正しい呼吸音。
ようやく、大人しく寝てくれたみたいだった。
魔理沙の家を辞し、私は、彼女が口にした色んな話を思い出す。
聞いた限りでは、結局魔理沙は天龍の鱗にまでは手は届かなかったようだった。
直接口には出さなくとも、悔しく思う気持ちも少なからずあるだろう。
それでも、と思う。
たとえ天龍の鱗を捕まえることが出来なくても、魔理沙は何か、別の大事なものを手にすることが出来たのではないか。
ああして嬉しそうに話し続ける魔理沙を見るにつけ、私はそう考えるようになっていた。
それが何なのか私には分からないし、魔理沙自身も分かっていないのかも知れない。それは、恐らくそういうものなのだろう。
魔理沙のように、一途に恋焦がれるものを持っていない私にとっては、彼女の愚かなまでの純粋さが眩しくさえ感じられた。
それは、私が絶対に彼女に敵うことのない一面だった。
もしかしたら、ただただ真っ直ぐに遥かな高みを目指す魔理沙に、いつの間にか追い越され、そして引き離されているかも知れないのだ。
魔理沙に抜かされる――それは何だか、無性に悔しさが沸き起こるような響きだった。
「あーあ、たまには修行でもしようかしらねぇ」
まだ、日は高くにある。
私は空に向かってそう一人ごちるのだった。
そんな霊夢の思いなど面白いお話でした。
ウマイ
ちょっと”、”が多かった気がしました。おもしろかったです
☆ミ
あくまで自分自身のイメージではありますが、とっても”らしい”お話でした。
たまには天体観測でもしようかな。