Coolier - 新生・東方創想話

あるくぇど。

2009/11/19 22:00:55
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 秋も深まり、衣替えも終わった少し肌寒い日。眼下に広がる木々、その中には緑色はすでに見当たらず、赤と黄のコントラストが見る者の目を楽しませる。頭上には雲ひとつない蒼穹の空。眼下の紅葉も、穏やかに輝く陽の光に照らされて色鮮やかに映えていた。
 そんな中、普通の魔法使いを自称する霧雨魔理沙は一路、香霖堂に向かって飛んでいた。ただ、こんな日に急くのも無粋だと思ったか、箒に跨らずに横向きに腰かけ、速度はかなりゆっくりであったが。
 一陣の風が吹き、あわてて帽子を押さえる。そのまま天を仰ぎ、ふ、と口の端を釣り上げ、笑みの形を作った。

「……いい天気、だぜ」

 なんだかいいことありそうだぜー、と呟き、木々の間に見えてきた香霖堂へ向かって高度を下げていった。



 落ち葉に包まれた地面に着地する。赤と黄の絨毯、それは行き先である香霖堂の入口近辺までも敷かれてあった。乱雑に置かれた謎の物体たちの上にも降り積もっている。店の周りの落ち葉くらいよけておけ、となんとも無頓着な店主に向けて苦笑を浮かべた。商い中の札が掛った戸口、そのドアノブを持って引っ張り、戸を開く。その際、入口に続く階段にも降り積もっていた葉が静かに落ちた。

「ふう。おーっす、香霖。いるかー」
「……ああ、魔理沙か。いらっしゃい、持って行った物の代金でも払いに来たのかい?」
「そんなわけないぜ」
「そうかい、それは残念だ」

 それだけ言って、ぱらりと頁をめくる音がさして広くもない店内に響いた。
 香霖堂店主、森近霖之助はカウンターの中に設置された椅子に座り、手元で開いている本から目を離さずに言葉だけを返す。このやり取りからだけでも、魔理沙が普段どのような行いをしているのかが垣間見えるだろう。にも関わらず、魔理沙は屈託のない笑みを浮かべてカウンターに近づき、どこからか出した小さな包みを置く。
 流石にそれは無視できなかったようで、しぶしぶといった様子で目を落としていた本に栞をはさみ、カウンター越しに魔理沙に向き直った。

「で、これは?」
「まぁ、お裾分けってやつだ」
「ほう、開けてみてもいいかな?」

 魔理沙は短く首肯を返し、笑みをそのままに、包みを解くに従って霖之助の顔が驚愕に彩られるのを見ていた。

「これはっ……」
「そうだ、マツタケだ。偶然、群生しているのを見つけてな。どうだ、すごいだろう?」
「ああ、さすがの僕も驚いた。しかし、本当にもらっていいのかい? 売り払えば、結構な値はつくと思うが」
「皆、魔法の森に生えたキノコなんて怖くて食えん、とさ」

 魔理沙は吐き捨てるようにそう言った。里に売りに行ったのだが、彼女たちの住む魔法の森は、里の人間からしてみれば魔境に等しい。そんなところに生えているものは食べたくないというのは理解できる。霖之助は無表情に、呟くように言葉を返す。

「……なるほど、ね」
「それに、もちろん私だって食うぜ。私は食材を提供し、お前は調理する。簡単だろう?」
「ふむ。しかしそれでは割に合わないな……少し、滞納している代金を引いてあげよう」

 霖之助はそう提案し、当然のように魔理沙が受け入れると思っていた。だからこそ、彼女が肩をすくめて首を横に振ったのを見た時は驚きを隠せなかった。

「おいおい香霖、確かにそりゃあ助かるが、無粋ってもんだぜ。あげるっつってんだからおとなしく受けとっときゃいいんだよ」
「……そうだね。ありがたく頂いておくよ、魔理沙」
「どういたしまして、だぜ」
「ともあれ、昼も先ほど済ませたばかりだ。これは夕飯に使うとして、それまでどうする?」
「まぁ、適当に時間潰すさ。その辺にある本、適当に読ませてもらっていいか?」
「ああ。汚さないでくれよ?」
「子供じゃあるまいし、そんな心配すんな」

 その言葉に、霖之助は穏やかな笑みを一瞬だけ浮かべ、先ほどまで目を落としていた本を再び開いた。魔理沙はそれを見て不満げに唇を尖らせたが、小さく一つ息を吐いて、すぐに本棚を漁る作業に移った。

 




 それから一刻ほど後。太陽は真上から少し傾き、窓から入ってくる光が優しく店内を照らす。
 座敷に仰向けに寝転がり大人しく本を読んでいた魔理沙だったが、くぁ、と一つ欠伸を漏らして開いたままの本を胸の上に置いた。読書に疲れた目を擦りながら、彼女が来た時と同じ姿勢で読書に勤しむ店主に声をかける。

「なぁ、香霖」
「ん、なんだい?」
「ふと思ったんだが、香霖ってなんで飛べないんだ?」
「いや、普通に飛べるが」
「……マジ?」

 こともなげに告げられた、知られざる事実。がばりと起き上がり、霖之助に目を向ける。本が胸から落ち、ぱたんと閉じた。

「なんだ、知らなかったのかい? ほら」

 視線は本に落としたまま、姿勢もそのままにふよふよと宙に浮く霖之助。魔理沙は驚きのあまりぱくぱくと口を開閉させ、なんとか言葉を紡ごうとしていた。そうこうしているうちに霖之助は地に降り、何事もなかったかのように頁をめくった。
 ちらりと魔理沙を見て、そのあまりの驚きっぷりに苦笑を漏らした。

「そんなに意外だったかい?」
「あ……ああ。思いもしなかったのぜ」
「むしろ僕はそんなに驚かれることのほうが意外だが。僕だって妖怪のはしくれだ、飛べたって何の不思議もないだろう?」
「そりゃそうだが……なんで今まで隠してたんだ?」
「別に隠してたわけじゃないさ」
「じゃあなんで」
「教えてくれなかったのか、と?」
「ああ」

 ふむ、とここでようやく本から目を離し、中空に視線を漂わせる。そして出てきた言葉は。

「聞かれなかったから、だな。それしかない」
「……常識に囚われちゃいけないってのが改めてよくわかったぜ」

 霖之助は宙に浮いていた視線を再び本に落とした。魔理沙はふぅ、と一つ息を吐き、手を後ろにつく。ぱたぱたと足を上下させ、それに従ってスカートの裾が揺れた。

「それにしても、なんで今まで飛ばなかったんだ? 飛んだほうが楽だろう?」
「確かにそうなんだが……どうも、飛んでいるときのあの感覚に慣れなくてね」
「あん? なんだ、高所恐怖症か?」
「違う。……重力に縛られていないと落ち着かない箇所、というのが存在するのさ」

 言葉を紡ぎながらも、顔は本へと俯かせたままである。ただ、文字を追っているわけでは無いようで、視線は落ち着きなく動いていた。魔理沙はいつになく要領の得ない話に違和感を感じつつも、聞き返す。

「どこの話だ?」
「そう、だな……男性と女性の体の違いについて考えれば、すぐわかると思う。キーワードはたまひゅん」

 その言葉ですぐに解答に思い当った魔理沙は、顔を赤らめながら戸惑ったようにあー、だのうー、だのと意味不明の言葉を呟きながら、結局、一言だけが口から飛び出した。

「……レディーにそんな話をするもんじゃない、だぜ」
「だから言いたくなかったんだ。とはいえ、女性でもそういうことで悩まされている者が―――」

 そこで霖之助は魔理沙に視線を遣った。それはしばらく彼女の顔の辺りを漂ったが、一瞬だけ少し下に向けられ、すぐに本に戻した。

「なんでもない。君には理解できないだろうな」
「おいちょっと待て今お前どこ見て言った?」
「……」
「天誅!」

 魔法以外にも使える近接戦闘技として開発したヒップアタックが炸裂した。それを何の構えもなしに受けてしまった霖之助は椅子から落ち、その際に頭を打ったようで頭を抱えて悶絶している。

「はっはっはー、乙女をバカにするなよ」
「……迷いなくヒップアタックを繰り出す乙女が……どこにいるんだ……っ」
「ここにいるぜー」

 けらけらと面白そうに笑う魔理沙を見て、はぁ、と霖之助は悶えながらも器用にため息をついた。やがて息が整ったころ、ずれた眼鏡を左手で直しながら立ち上がり、服についた土汚れを払う。地面に落ちた本を取ってぱらぱらと頁をめくり、汚れがないのを確認するとカウンターの上に置き、魔理沙をまっすぐに見据えた。
 どうやら続き読む気はないらしい。気合いを一つ、魔理沙はカウンターに腰をかけた。
 
「確かに下世話な話だったかもしれないが、そう考えてみれば面白いことが推測できる」
「そう考えてみればって……女性でもそういうことで悩まされている者が云々、ってやつか?」
「そうだ。まぁ、そういう者がいれば、という前提のもとだが」
「ああ。で?」
「胸の大きさと、移動速度は反比例する」
「……ほう」
「あながち的外れではないと僕は思うけどね」
「……」

 霖之助は淡々と話し続けている。
 曰く、最高移動速度が速ければ速いほど体にかかる負担は大きい。であるから「それ」が大きく、何の対策もしなければ、一種の安全弁としてあまり速く飛べないように無意識のうちにセーブをかけているのだろう、とのこと。
 魔理沙はそれを聞きながら唇に指を当て、俯いた。出会った少女たちのことを考えてみれば、なるほどほとんどがその法則に当てはまる。前提条件は満たしていると考えた方がいいだろう。
 いつもならば何をバカなことを、と笑い飛ばして終わるところだが、今回に限っては何かいやな予感というものを魔理沙は感じていた。先ほどまでのいいことがある気がする、という予感とは全く正反対のもの。うなじに上ってくるちりちりとした感覚に、魔理沙はいてもたってもいられなくなった。

「―――というわけだ、魔理沙ももうすこしおしとやかに……」
「香霖、少し出かけてくる」
「……魔理沙、人の話は最後まで聞くことをお勧めするよ」
「ん、ああ、そいつはすまなかったな」

 霖之助のため息を流しながら、魔理沙は帽子をかぶり、箒を手に取った。

「んじゃ、行ってくる。晩飯、先に食べててもいいけど私の分は残しておけよ?」
「いや、待ってるさ。いってらっしゃい」

 すでに興味は先ほどまで読んでいた本に戻っているらしい。顔も上げずに言葉を返す霖之助だが、返された言葉に少し唇の端を釣り上げ、魔理沙はドアを押し開けた。
 ドアの前にたまっていた落ち葉が、音も立てずに落ちた。





――――――――――――






 まずは極端な例からいってみよう、と魔理沙は太陽の丘へと向かっていた。
 法則とは、例外を一つ見つけてしまえば単なる統計データ、傾向に成り下がる。つまり、魔理沙はたった1人だけでも胸の大きさと最高移動速度が関係しない者を見つければいいのだ。
 そんなこと簡単だ、と頭では理解していた。しかし、先ほどのちりちりとしたいやな感覚は消えていない。魔理沙はそれを認めたくなくて無理に鼻歌を歌い、不安を吹き飛ばそうとする。

 太陽の丘に降り立った魔理沙は、右へ左へと視線を漂わせた。
 夏の間に隆盛を誇ったひまわりもすっかり元気をなくし、頭を垂れている。その中で、一輪ずつに丁寧に労いの言葉をかける女性がいた。
 四季のフラワーマスター、風見幽香である。

「よう、幽香。ひさしぶりだな」
「あら、魔理沙じゃない。久しぶりね、元気だった?」
「おーう、当然」
「それはずいぶん結構なことで」

 そのまま会話につながり、二人で笑いあう。そんな中、そろそろと魔理沙の手が動いていることに幽香は気付かなかった。
 むにゅん、という聞きなれない音ではない音をなんだか遠くに感じながら幽香が視線を落してみれば、胸を鷲掴みにしてむにゅむにゅと蠢く魔理沙の手。一瞬で耳の先まで真っ赤になる幽香であったが、魔理沙はそんなことお構いなしに真剣な様子で手を動かし続けている。

「うわ、なにこれでかい。見た目以上だし、弾力がすごいぜ……」
「知らないわよっ、早く手をどかしんあっ」

 移動速度1/2は伊達ではなかったようだ。確かにこれは幻想郷一かもしれない、などと考えながらも手は休めない。幽香が悦の入った声をあげようが、決して休めない。幽香がだんだんと我を取り戻し、その顔に羞恥の他に怒りによる朱が混じり始めても魔理沙は手を休めない。

「……魔理沙」
「ん、おお、悪かったな。……ふむ、なるほど。さんきゅ」

 そう言ってようやく手を離し、幽香に背を向けた。当然、日傘を握るその手が震えていることなど気付かなかった。
 そのまま箒に跨り、振り向いて別れの言葉を告げる。

「私は行くぜ。じゃあな」
「逃がすかあっ!」
「うおっ!? 殺す気か!」
「当然!」

 全速力で逃げる魔理沙に対して大弾、小弾、果ては極太レーザーまで放って追いすがるが移動速度の壁は厚い。結局、無名の丘上空まで追いかけっこは続いたが、段々と小さくなる背中に幽香は諦めて移動を止め、大きく息を吸って叫んだ。

「私のファーストタッチ、返しなさいよー!」

 この言葉がメディスンに聞かれており、後日問い詰められるのはまた別の話である。





――――――――――――








 その後もサンプルを集めるために魔理沙の調査は続く。 
 マーガトロイド邸に突撃した。

「お前は見た目通りだな」
「入ってくるなり胸をもみしだいた挙句それ?」

 人形の総攻撃を受けた。

 紅魔館に突撃した。

「これは……っ! 本物の感触だぜ!」
「死ね」

 危うくハリネズミになりかけた。ちなみにレミリアは揉むまでもなかった。

 永遠亭に突撃した。

「お前は意外と普通なんだな」
「余計なお世話よっ!」

 涙目で胸をかばいながら、真っ赤になって精一杯怒鳴ってくる鈴仙に胸キュンした。
 てゐは普段ゆったりした服を着ているためにわからなかったようで、意外とあった。竹林一の古株は伊達じゃない、と魔理沙は思った。

 三途の河のほとりにも突撃した。

「また寝てるな……まぁ、好都合だが」
「……んっ」

 やはり大きかった。しかし、幽香ほどではない。閻魔がやって来るのが見えて、あわてて退散した。

 魔洋館に突撃した。

「ルナサが一番小さいのか」
「……」
「ああ! 姉さん落ち込まないで! 胸で幽霊の価値なんか決まらないわよ!」
「一番でかいメル姉が言っても逆効果だと思うなぁ」

 長女が鬱になった。

 守矢神社に突撃した。

「ありゃ、こりゃ偽物の感触だ。なんで詰めものなんかしてるんだ? なくても十分大きいだろうに」
「……男の人ってホント、ヴァカですよね。胸が大きいってだけで話を聞いてくれるんですよ。おかげで信仰を集めるのもだいぶ楽になりました。あ、これ内緒ですよ?」

 早苗の偽乳を暴いた。ついでに腹も暴いた。真っ黒だった。




――――――――――――





 魔理沙は焦り始めていた。全てあの法則通りだ。
 彼女は幻想郷一、二を争うスピードスターであるからして、この法則が普遍的なものだとされれば幻想郷一、二を争うぺったんことして扱われることは間違いない。それだけは避けなくてはならない。
 一路博麗神社に向かった魔理沙は、その縁側に腰掛けて茶を啜り、そろそろ夕御飯の支度しようかな―などと考えている巫女に向かってぐんぐんとスピードを上げ、文字通り突撃する。

「れーいーむっ!」
「よっこいせーい」

 しかし、呆気なく陰陽玉に吹っ飛ばされた。

「なにすんだぜ!」
「いや、つい」

 流石に悪いことをしたと思ったのか、ばつの悪そうな顔でぽりぽりと頬を掻きながら、歩み寄って手を差し出す。魔理沙はその手を取ると思いきや、伸ばした腕をさらに伸ばして霊夢の胸へと直進していった。

「……うん、霊夢は大丈夫だ、安心した」
「……?」

 胸に蠢く謎の感触をなんだか別世界のことのように感じながら、視線を下ろしてみれば胸から生えた腕。あまりの唐突な事態に混乱しつつも、霊夢は袖の中をごそごそと漁り、一枚の札を取り出した。

「む、むそーふいーん」
「うおっ! マジか!」

 飛びあがって全速力で逃げ出すも、追尾していった玉に呆気なく再び吹っ飛ばされた。
 深呼吸を一、二回ののち、ようやく落ち着いた霊夢は地に這いつくばる魔理沙を見下ろしながら近寄り、目を細めて口を開く。その手にはいつ取り出したのか、長く、太い妖怪退治用の針が握られていた。

「あにすんのよ」
「そういうことは夢想封印ぶちかます前に言うもんだぜ……」
「いきなり人の胸揉んどいてその言い草は何?」
「い、いや、やんごとなき事情ってやつが」
「ほう。して、そのやんごとなき事情、とやらは?」

 そして魔理沙の口から語られる今までの顛末。霖之助による推測、それを聞いて飛び出し、幻想郷中を回ってみるも例外となる人物はいなかったということ。
 霊夢は、その話を最初はどうでもよさそうな様子だったが、徐々に真剣に、食い入るように耳を傾けていた。

「―――とまぁ、こういうわけなんだが……霊夢って飛ぶの結構遅いよな?」

 話しながら移動した先の縁側に腰かけ、話を締めくくった魔理沙は、目の前の希望にすがるようにおずおずと確認を取ろうとした。彼女の本気がいつも飛んでいる程度の速さであったならば、明らかに法則から逸脱している。魔理沙はそう考えた。
 だが、非常にもその質問に帰ってきたのは悲しそうに首を横に振る仕草、否定だった。それは本当に申し訳なさそうな、それでいて悔しさを押し殺すようだった。

「なん……だと……」
「……面倒くさいし、疲れるからいつもはゆっくりしか飛ばないけど、本気出せばかなりのスピード出せるのよ、私。……永夜異変の時、あんたとやりあったの覚えてない?」

 魔理沙は混乱する頭を何とか回転させ、彼の異変を思い出す。
 永い永いあの日の夜。アリスと連れだってリグルを踏みつぶし、ミスティアを打ち落とし、慧音を吹っ飛ばした。
 そして月明かりにぼんやりと浮かぶ竹林の中、対峙する二人。紅白の弾と星屑の弾が交差し、その中を残像を残しながら縦横無尽に飛びまわる―――

「……ホントだ」
「ええ、だから私もその法則とやらに当てはまっちゃうってわけ」

 そう言うと、霊夢は真っ赤に染まっている天を仰いだ。その目の端には、光るものがあった。

「速く飛ぶ修行も一応必要だと思ってやったけど……するんじゃなかったかなぁ」
「……」

 魔理沙は何と声をかけたらいいかわからずに、でも何か言ってやりたくて口を開くが、それが言葉を紡ぎだすことはなかった。
 鼻を啜る音が時折響く中、魔理沙は地面に視線を落とし、同時に思考の海に沈んでいった。魔理沙は考えた。何か見落としがあるはずだ、と。そう、永夜異変の時の霊夢の動きを忘れていたように。
 ふと一つの言葉が引っかかった。永夜異変? あの時確か霊夢は紫と組んでいたはずだ。そして、紫のおまけとして付いてくる―――

「そうだ! 藍はどうなんだ!? あいつ、かなりでかいくせにすごい勢いで回るじゃないか!」

 我が意を得たり、とばかりに顔を上げる。その言葉に霊夢もはっとして、顔を見合わせた。先ほどまでの落ち込んだ雰囲気とは打って変わって、二人とも希望に満ちた目をしている。そしてそのまま霊夢は大きく息を吸った。

「紫ー! でてきなさーい!」
「はいはーい、なにかしら?」
「うおっ」

 霊夢が大きく声を挙げた瞬間二人の間の空間に亀裂が入り、そこから道士服を着た妙齢の女性、八雲紫が上半身だけをスキマから出していた。
 突然現れた彼女に心底脅かされ、魔理沙が飛びあがった。その様子をみて紫はくすりと微笑み、霊夢へと向き直る。

「で、何の用かしら?」
「ちょっと藍に聞きたいことがあるの。出してもらえる?」
「藍に? 珍しいこともあるものね……ま、いいわ。ちょっと待ってね」

 紫は指を擦り合わせて音を鳴らす。すると、三人の目の前の空間に新たな亀裂が入り、勢い良く開かれた。
 果たしてその中から落ちてきたのは八雲の式、八雲藍。夕飯の準備中だったのだろうか、割烹着、三角巾を身につけ、お玉を持っている。これだけ見て、彼女を最強の妖獣だと思う者はいないだろう。
 彼女はいきなり変わった風景に戸惑いながらもきょろきょろとあたりを見回し、笑みを浮かべてひらひらと手を振る主人と目が合うと盛大にため息をついた。

「またですか……まったくもう、肉じゃが焦げちゃいますよ?」
「大丈夫よ、ちょっとこの二人が聞きたいことがあるだけらしいから」
「この二人が? 珍しいこともあるものですね。……ああ、二人とも久しぶりだな」

 で、なにかな? と微笑みと共に人間二人に改めて問いかける。二人は顔を見合わせ頷くと、おもむろに魔理沙が両の手を伸ばした。向かう先は当然のようにたわわに実る二つの果実。

「……何をしている?」

 言葉は、風に乗って流れて行き、そのまま消えた。
 藍は、紡ぎだした言葉が無視されるのを認めると、困ったように再び辺りを見回した。食い入るように自分を見つめる博麗の巫女。にやにやとした笑いを隠そうともしない主人。そして目の前、自らの胸を無遠慮に揉む白黒魔法使いの少女。やれやれと小さく息を吐いて、なされるがままになっていた。
 対して、やはりでかいと藍の胸を揉みしだきながら魔理沙は思った。異常な大きさではないが、ぐるぐると猛スピードで回転する藍にとっては十分致命的になるはずの大きさだ。これならば、「例外」たりえる。
 ただ、霊夢がそうだったように何か理由があるのかもしれない。安心するのはまだ早い、と魔理沙はみずからを諌め、少し頬に朱の入った藍の胸から手を離した。

「ふう、やっと終わったか。で、どうしたのだ、急に」
「いや、ちょっと、な……それと、聞きたいこと、なんだが」
「ああ、何でも聞いてくれていいぞ」
「……そんだけ胸が大きいと、回る時に痛くない? あんた、結構な勢いで回るでしょ、なんか対策とかしてんの?」

 後を継いだ霊夢のその言葉に、こくこくと魔理沙が頷く。そんな二人を、藍はじっと見つめた。
 彼女たちのほしいのは、「特に痛いとも思ったことはないし、対策なんてしていない」という答えだ。これがあれば霖之助の提唱した法則は一つの例外によってただの傾向になり下がる。それによって彼女らは未来に希望をつなぐことができるのだ。
 しかし、藍の反応はまったく違ったものだった。苦笑いを浮かべて頬を掻き、少し言いづらそうに口を開いた。

「……あー、実はな。あれ、胸を軸にして回ってるんだ」
「……え?」
「いや、だから、胸を中心に据えて回れば痛くないだろう? それが出来るようになったら八雲の姓を貰えるんだ」
「……そう、か」

 二人の少女は絶望した。もはや、彼の仮説を打ち破るすべはない。
 藍の渾身の冗談をスルーし、茫然自失といった様子で空を見上げる二人の少女。その様子を戸惑いながら見ていた藍だったが、やがていたたまれなくなったのかおもむろに声を上げた。

「あ、そーだそーだ、肉じゃが火にかけっぱなしだった。紫さま、夕食ももうすぐです。行きましょう」
「え、ええ、そうね。霊夢、魔理沙、またね」

 妖怪の賢者と呼ばれる紫でさえもこの落ち込みっぷりは想定外だったようだ。どもりながらも別れの挨拶を二人に送り、その式と共にスキマへもぐりこんで行った。

 遠くから、カラスの鳴き声が聞こえた。







――――――――――――








 里や神社などで一般的に使われている燭台。それよりも遥かに強い光が、居間と土間を隔てる障子から漏れている。
 外の世界で一般的に使われている物たち。ここ香霖堂ではどこから電気を引いてきているのか、蛍光灯もその作られた意図通りに用いられ、煌々と明かりを灯している。
 その光に惹きつけられるように二つの影が店内を横切り、その障子をがらりと開けた。

「……お帰り魔理沙。ん、霊夢も一緒かい?」
「ああ、一人位増えたって構わないだろう?」
「お邪魔するわ、霖之助さん」
「ああ、もちろんだ。少し作りすぎてしまったかと思っていたんだ、むしろちょうどよかった」

 そう言って霖之助は二人を促し、ちゃぶ台につかせた。それと入れ替わるように立ち上がり、しばらくすると台所から三人分のマツタケご飯を盆に載せ、バランスを取りながら帰ってきた。
 途端に部屋は松茸の芳香に包まれる。

「ほら、ご所望のマツタケご飯だ」
「ああ」
「そうね」

 普段は修行の一環として質素な食生活を送っている霊夢、ひとえに貧乏だからという理由で同様の食生活を送る魔理沙。その二人の反応が思ったより薄いことに内心首をひねりながら、霖之助は手を合わせ、二人がそれに従うのを待った。

「では、いただきます」
「いただきます」
「いただきます」

 仄かに色のついたご飯を端ですくい取り、口に放り込む。途端に広がる松茸の香りと、確かについた塩気との見事なハーモニーに霖之助は、ほぅ、と感嘆のため息をついた。

「やぁ、我ながらいい出来だ。魔理沙、霊夢、味はどうだい?」
「……しょっぱいぜ」
「……ええ、しょっぱいわ」
「? そうかい? 僕は美味しいと思うが……薄味が好きなのか、覚えておくよ」

 霖之助の盛大な勘違いを経て、はふはふとご飯を書き込む音、端が茶碗にぶつかる音、時折鼻を啜る音が部屋の中に響く。

 外から聞こえてくる鈴虫の音が、二人を慰めているようだった。 






                                  End.
「文、幻想郷最速の座はお前に譲ることにするぜ……」
「はぁ、それはどうも……ってなんですかその憐れむような目はっ」

――――――――――――

「ちょっと聖、いいですか?」
「はいはい。どうしたの? 星」
「その……ですね。聖ってすごい速さで飛びまわるじゃないですか。アレってどうやるんですか?」
「え? そんなの簡単よ、ちょっと脂肪を筋肉に変え―――」
「あ、やっぱいいです。忘れてください」
「? そう?」

――――――――――――

 「たまひゅん」。本来の意味とは違うが、エレベーターに乗った時に起きる何とも言えない感覚を指す。
 headacheは「へっだちぇ」と読み、Hi,Mikeは「ひぃ、ミケ」と読み、Q.E.D.は「くぇど」と読む。

 そんな話。

 東方SS、無印の方では九作目。らすぼすです、お久しぶり。お読みいただき、ありがとうございました。
 感想、ご意見など頂ければ幸いです。

11/22追記
 御指摘の聖さんに関してのエピソードをあとがきに追加。肉体強化の術は伊達じゃないです。
 それでは、感想を付けてくださった方、ただ読んでくださった方にもう一度感謝を。有難うございました。
らすぼす
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コメント



0.1290簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
えぇ、縮み上がる感覚。よくわかりますw
10.90名前が無い程度の能力削除
あややは割と思うのだが…まぁちっぱいあややが作者の正義であるならば多くは語るまい。
だがしかしっ!
どう考えても巨乳である、かの白蓮先生が高速移動している件について納得のいく説明をして貰おうか。
20.90名前が無い程度の能力削除
胸が小さければ速くなれるとでもww
21.80名前が無い程度の能力削除
言われてみれば確かに乳と速さは反比例するかも
聖お姉さんは例外だが
24.100名前が無い程度の能力削除
まぁ空気抵抗的にも厳しそうですよねぇ…
聖お姉さんは超人化してるから大丈夫ですが。
26.100名前が無い程度の能力削除
KNTMが重力から開放されたときの気分、宇宙飛行士に聞いてみたくなったなぁ…w
27.無評価名前が無い程度の能力削除
なにこの法則完璧すぎる
柔らかい物体だから空気抵抗よりも運動ベクトルや加速度の変化がきついのかも
32.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙の速さの秘密がここにw
魔理沙かわいいなぁかわいいなぁ