その日、ドアベルを鳴らしたのは、傍若無人な紅白ではなく、荒唐無稽な黒白でもなく、1匹の猫を抱える氷精だった。
さて、ドアベルの仕事といえば、もちろん客人を迎え入れる事だ。
そこがお店ならば、尚更の事。
だがしかし、ここ香霖堂のドアベルは、その意味では滅多に仕事が出来ていない。
もし、彼が社員だというのならば、もうとっくにクビを切られていてもおかしくはないだろう。
責任が店主にあるのは明白だが。
「霖之助っ!」
氷精……チルノは、店の中に居るであろう店主の名前を叫ぶ。
いつも座っている勘定台に姿が見えないのだ。
薄暗い店内は少し不気味な雰囲気。
ちょっと怖がりながらも、チルノは中へと入った。
そんな暗がりに怯えたのだろうか、猫がにゃんと一声鳴く。
「ん? あぁ、どうしたんだ?」
と、そこで商品の影から霖之助が現れた。
どうやら商品の整理をしていたらしい。
霖之助の周りには、バラバラと置かれた商品でいっぱいになっていた。
整理していたらしいのだが、あまり作業は順調ではない様子だ。
手に持つ開かれた本が、作業の進捗状況を物語っている。
「あ、霖之助。これこれ、猫ねこ」
「うん、猫だが?」
チルノが抱えている猫をみて、霖之助は頷く。
妖精の事だから、いたずらか何かと身構えたが、どうやらそうじゃないらしい。
しっぽが二つある訳でも、行灯の油も舐めそうにない。
チルノが抱えているのは、純粋な猫だ。
しかも子猫なのだろう。
チルノの腕にすっぽりと収まっている。
「猫はどうして可愛い?」
チルノは真剣な表情で、霖之助に質問をする。
どうして猫は可愛いのか?
氷精はそう質問した。
「可愛い……ねぇ。チルノ、例えば~……この人形はどう思う?」
霖之助は棚をゴソゴソと探り、人形を取り出した。
パイナップルの様な頭に、×印で作られた目とギザギザの口。
体は適当に作られた黒い塊。
人形といえば、少女の玩具というのが定番だが、どうにもこの人形はその仕事をこなしそうにない。
霖之助から見れば、玩具ではなく、どちらかと言えば呪いの儀式に使いそうだった。
「お? これは可愛いのか?」
「うん、この不気味な人形を可愛いか可愛くないのか、それは、それぞれの感性で決まるんだ。これを可愛いという者もいるし、これを不気味という者もいる。つまり、可愛いという感情は、万人の共通ではない。猫もそうさ。猫を溺愛する者もいれば猫を毛嫌いする者もいる。そのズル賢さが気に入らないという者もいるね。つまりこれは猫という存在自体が許せない訳だ。それは何故か。答えは犬さ。猫と対極に存在する犬という存在。ペットとしてはメジャーになるのは犬と猫。世の中には犬派と猫派が存在する。一般に犬派は優秀な部下を求めている者、猫派は対等な友人を求めている者と言われている。こはそれぞれの動物の行動によるものだと僕は思うね。犬は命令に忠実だ。猫はきまぐれだ。そのどちらも好きな者にとっては堪らないものだろう。命令を聞いてくれる犬が可愛い。きまぐれに生きる猫が可愛い。この感情からくるものが可愛い、という訳だと僕は思うよ」
霖之助が人差し指を立てて、ベラベラと持論を展開させる。
しかし、チルノは途中から猫と遊ぶ事にした。
何を言ってるのか良く分からないし、意味がない気がする。
チルノは猫の両手をつかんで、二本足で立たせて、にゃんにゃんと遊び始めた。
「あぁ、そうさ、そうだよ。いつだって僕の話は誰にも聞いてもらえないんだ」
がっくりと肩を落として、霖之助はお茶とお菓子の用意をするのだった。
~☆~
「で、どうして可愛いの?」
「簡単に言うと、生きる為、かな」
霖之助の逆襲だろうか、熱いお茶を用意した為、チルノはふ~ふ~と湯飲みに息を吹きかけている。
猫には水を皿に用意した。
ちびちびと舐める様に水を飲んでいる。
「生きる為?」
「そう。可愛いと人間が飼ってくれるだろ?」
「おぉ、ペットな」
「そうそう。ペットなら苦労して食べ物を探さなくても、人間が餌を用意してくれるのさ。頑張って狩りをしなくてもいい。敵から怯えて暮らす必要もない」
「お~、怠惰な生活な」
まぁそうだね、と霖之助は苦笑混じりで答えた。
「怠惰なんて言葉、良く知ってるね」
「ふふん、あたいは最強だからね」
と、ここでチルノは考えるポーズを取った。
つまり、腕を組んでむむむ~と声をあげている。
そんなチルノが可愛く見えたのだろうが、霖之助は少しだけ笑って商品の整理に戻った。
それから数分して、チルノが突然に叫んだ。
「あたいペットになる!」
突拍子もない言葉に、霖之助は思わず手に持っていた本を取り落としてしまった。
割れ物じゃなかったのが幸いだろうか。
「ど、どういう結論だい、それ?」
「霖之助がいつも言ってるじゃない、頭を使えって」
「あぁ、思考はしないよりした方が遥かに良い」
「だから、あたい、一生懸命考えた」
「ふむ、氷精の思考か。是非、聞かせてくれないか」
うん、とチルノは頷いて、霖之助のお得意ポーズを取った。
「猫は可愛い。可愛いからペットになる。ペットは可愛い。可愛いはペット。あたいがペットになる。あたいは可愛い。どう?」
「A=B、B=Cの時、A=Cが成り立つという事か……君にしては愚かにして素晴らしい」
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん」
「じゃ、あたいの事ペットにして」
「僕が飼い主なのかい?」
「うん!」
元気に頷くチルノを見て、霖之助はため息を零した。
「僕はい今までペットを飼った事がないからね。上手く飼える自身がないよ」
「大丈夫、霖之助だもん」
「大丈夫の理由になってないよ。ほら、外の世界ではペット虐待なんていうのもある」
「霖之助が暴力を使うなら、あたいがやっつけてやる!」
「……大したペットだ。そんなに可愛くなりたいのかい?」
「なりたい! それが少女の義務だよ!」
「……なるほど、幻想郷が平和な訳だ」
霖之助は、再びため息をついた。
どうやらチルノは諦めるつもりはないらしい。
諦めてもらうにはどうするか、そう頭を捻っていると、棚の奥から間の悪い物が出てきてしまった。
これを使え、というどこかの神様の啓示なのだろうか。
妖怪の山で某2柱の神が笑った気がして、霖之助は身震いをする。
「チルノ、ペットならば首輪が必要だ」
霖之助が見つけたのは、大型犬用の首輪だろう。
太めの青い首輪だった。
ご丁寧に鎖までついて、それがジャラリと音をたてた。
「おぉ、霖之助、つけてつけて~」
霖之助としては、嫌がってもらいたがったのだが、以外にチルノは乗り気だった。
何か妙な背徳感に襲われながらも、チルノに首輪をはめる。
首にピッタリと締めては可哀想なので、幾分ゆるく付ける事にした。
チルノはジャラリと鎖を鳴らすと、なにやら気に入った様で、店にあった姿身で自身の姿を確かめる。
「お姫様みたい」
「お姫様?」
どういう事だろうか、と霖之助は首を傾げた。
今のチルノの姿はお姫様から最も遠い所にある。
いわゆる、奴隷だ。
「そう、囚われのお姫様!」
「なるほどね。捉えられたお姫様は牢屋の中か、首輪だからね」
妙な背徳感の原因はそれか、と霖之助は勝手に納得する。
と、そこでドアベルが本日2回目の仕事を行った。
「こんにちは、香霖ど……ど、どどどどどう!?」
お姫様の話題をしたからだろうか、本物のお姫様がやって来た。
永遠亭の蓬莱山輝夜だ。
彼女は、店に入っていきなり動揺して、言葉を乱す。
姿身の前の首輪をつけたチルノ。
そして、鎖を持つ霖之助。
どこからどう見ても、
「変態、いえ、大変……ど、どっち!?」
大変な変態、だろうか。
香霖堂では生き物以外は何でもそろっている。
それが霖之助の言葉だった。
しかし、輝夜が現在目の前にしている光景は、どうみても、生き物を扱ってるものだ。
もしかしたらアリスの人形だろうか。
輝夜は、そう好意的な解釈をしようとしたが、どっちしろ、大変な変態だ。
間違いなく。
「落ち着け、輝夜。これには訳がある」
「変態はみんなそう言うのよ。香霖堂にそんな趣味があるなんて」
「まてまて。僕は至ってノーマルだ。いや、むしろイージーと言っても過言ではない」
「そんな鎖を持ったまま言っても説得力ゼロだわ。どこがノーマルよ。ルナティックだわ。いいえ、ファンタズムよ」
「輝夜、霖之助は飼い主で、あたいがペットなだけだよ」
チルノが燃料を投下した。
面白い様に燃え上がる気がして、霖之助は背中が寒くなる。
「致命傷だわ、香霖堂。私の事もそんな目で見ていたのかしら」
「誤解だ、輝夜。順を追って話すから少し落ち着いてくれ。今、お茶を入れよう」
「いいえ、どうせ睡眠薬でも入っているんでしょう。私にも首輪をつけてどうする気!?」
「だから誤解だと言っているだろう。頼むから聞いてくれ」
「そうそう。輝夜も一緒に可愛くなろう」
チルノだけが冷静なのだが、その言葉が火に油を注いでいくのが目で確認できる程だ。
「チルノ、それは香霖堂に騙されているわ……さ、こっちにいらっしゃい」
「お? これ考えたのはあたいだよ。騙されてないよ」
「く……子供を巧みな話術で操っているのね。香霖堂、今なら間に合うわ。性癖は直らないのかしら……チルノ待ってて、いま永琳か美鈴か小町か藍か紫を連れてくるから! 私の胸が小さいばっかりにごめんなさい!」
「……君、実は冷静だろ」
輝夜の自虐に、霖之助は急速に冷静さを取り戻した。
「……あら、バレちゃった? やり過ぎたかしら?」
「やりすぎだね。まったく……」
「輝夜、胸の大きさって何が関係あるんだ?」
チルノの自分の胸を触りながら聞いて来た。
「あとで教えてあげるわ。それより、香霖堂。この首輪はどうして?」
「はぁ~……チルノ、輝夜に教えてやってくれ。代わりに胸の秘密を教えてもらうがいい」
「うん!」
香霖堂に、元気なチルノの声が響いた。
~☆~
「これでよし、と」
「おぉ~」
話を聞きながら、輝夜はチルノの髪を櫛でとき、ツーテールの様に結ってやった。
輝夜の様に長くない訳だから、シッポという訳にはいかないが、ちょこんとしたシッポは可愛らしい。
「兎の尻尾みたいだから、ラビットテールかしら。それが二つだからラビットツインテール」
「おぉ、なんか強そう!」
「バーニアから噴出する燃料にも見えるから、ツインバーニアというのはどうだろう?」
「香霖堂、センスないわね」
「…………」
ツインバーニア、良い名称だと思ったのだが……
などと、そんな事を思いながら、霖之助はお茶を飲む。
まったりとした午後の空気は、輝夜とチルノという異色の組み合わせで、多少なりとも刺激となっている様だ。
「どうだ、輝夜。あたい可愛い?」
「えぇ、充分に可愛いわよ。可愛くなるのは少女の義務。ふふ、とても良い言葉ね。今度、私も使おうかしら」
「輝夜は冗談が上手いよね。どこで覚えたの?」
「ん~、どこかしら? 香霖堂、どこだと思う?」
「それを僕に聞くのかい?」
やれやれ、と霖之助は首をふった。
「月じゃないのかい? 君は宇宙人なんだから、冗談も戯言も虚言も妄言も得意なんじゃないのかい」
「あら、偉く私を評価してくれるのね」
「ふ~ん、じゃぁ、あたいも宇宙人にならなきゃ」
霖之助と輝夜はくすりと笑う。
そんな事は気にせず、チルノは姿見の前でくるりと一回転した。
首輪をつけて、髪を結って、いつもとは少し違う姿。
それが嬉しかったのだろうか、にひひ~、と笑った。
「それで、輝夜。君は何をしに来たんだい?」
「あら、お店に来る目的と言ったら一つじゃない」
そう言って、輝夜は手近な道具を一つ手に取る。
「ふむ、お客さんだった訳か。これは失礼した」
「もちろん、冷やかしよ。うぃんどうしょっぴんぐ、って言うんだっけ?」
立ち上がろうとした霖之助だが、むすっと表情を崩して再び座った。
そしてストレスを発散させる様に煎餅にかじりつく。
「そんなに怒らないでよ。アルバイト前に、少し時間が空いただけなんだから」
「君の筍ご飯は最高だが、君の行動はあまり美味しくないね」
「じゃ、食べてみる? チルノとどっちが美味しいかしら?」
「霖之助、人を食べるのか!?」
チルノが驚いた様に霖之助を見る。
「そうよ、チルノ。男っていう生き物は、いつだって少女を食べようと狙っているんだから」
「あ、聞いた事ある。男は狼ってやつよね!」
「そうそう。好きな殿方以外に食べられちゃダメよ」
「お? 好きな男ならいいのか?」
「えぇ。その時は殿方に任せてあげなさい。女に恥をかかせる男は、この世で最も最低な部類に入るわ」
「『最も』と『最低』は重複表現だと思うが?」
「細かい事にツッコむ男も最低だから、覚えておきなさいチルノ」
「うん、分かった」
霖之助は再び煎餅をかじった。
ガリゴリボリと音を鳴らして噛み砕き、熱いお茶で流し込む。
「さて、そろそろ行くわ」
「あぁ」
「なに、もっと居てほしい?」
「いや、ぜんぜん」
「本当かしら? 香霖堂って天邪鬼なんだから~」
「勝手な事を言う。僕は半人半妖だが、天邪鬼とのハーフではないよ」
「あら、残念。いつか正体を教えてね~」
そう言いながら、輝夜はドアベルを鳴らして出て行った。
霖之助は盛大にため息を吐き、チルノの方を見る。
チルノはどうして霖之助がこちらを見たのか分からず、首を傾げただけだった。
と、そこでカランカランと珍しくも再びドアベルが鳴った。
本日3度目の仕事。
どうやら彼はクビにならなくて済みそうだ。
輝夜が忘れ物でもしたのかと入り口を見ると、入ってきたのは黒白魔法使いだった。
なにやらあんぐりと口を開けている。
霖之助が魔理沙の目線を追うと、そこにいたのはチルノだった。
ラビットツインテール、もしくはツインバーニアで首輪をつけた氷精。
「たいへん、いや、変態だー!」
「……いや、その一連の流れはもうやったから」
「なんだ。さっき輝夜とすれ違ったんだが、先をこされた訳か」
「残念だったな」
魔理沙は何でもない様に、チルノの頭を撫でてから、いつもの壺の上に座った。
そして、帽子の中から本を取り出しペラペラとページをめくってから読み始めた。
「で、チルノは何で首輪なんかしてるんだ?」
「可愛くなる為だよ」
「ほう、新しいファッションなのか。奇抜だな」
「違う違う、ペットになれば可愛くなるんだよ」
「それはどこの世界の理論なんだ?」
魔理沙が怪訝な顔をして霖之助を見上げた。
霖之助はため息を零してからチルノに、
「チルノ、説明してやってくれ」
と、言うのだった。
~☆~
「チルノ、おすわり」
「はいっ」
そして、魔理沙とチルノは香霖堂の外で芸の練習を始めたのだった。
話を聞いた魔理沙は面白がって、ペットならペットらしく、と、人間に絶対服従だ、と言い出してチルノを外に連れ出した。
まず魔理沙がやってみせて、それをチルノにもやらせている。
今は、おすわりで、チルノはちょこんと体育座りをした。
首輪をされた氷精がちょこんと体育座りをする光景は、霖之助から見たら背徳の塊だった。
何か不憫な感じがしてしょうがない。
「よ~しよしよし、ほら、お菓子だ」
「やった!」
魔理沙はチルノの頭を撫でてから、ポップコーンを一個だけチルノの口に放り込んだ。
それでもニコニコとチルノは笑って食べる。
「……何か、凄い罪悪感がある」
「ん? 何か言ったか香霖」
「いや、何でも無い……」
相変わらず変なヤツだ、と魔理沙は呟いてからチルノへと向き直る。
「よし、次はお手」
「はいっ、お手」
魔理沙が出した手に、チルノはちょこんと手を乗せた。
よしよしと褒めて、再びポップコーンをチルノの口に放り込む。
「はい、ちんちん」
「ちんちん? ちんちんって何だ?」
「あら、ちんちん知らないか」
「ちんちん知らない。ちんちんって何? ちんちん教えて」
「……あ~、え~っとだな」
「なに赤くなってるんだ、魔理沙」
霖之助の言葉に、うるせーよ、と魔理沙は叫んだ。
「ちんちんってのは、あれだ、二本足で立つ事だ」
「こうか?」
「そうそう……まぁ、もともと二本足で立ってるんだから、面白みがないな。ポップコーンはなし」
「え~、ケチ~」
といった感じで、魔理沙はチルノで遊んでいった。
しばらくチルノの身を案じた霖之助だが、魔理沙も無茶な事をする様子もない為、商品の整理に戻った。
空が紅色に染まる頃には、整理も終えて、魔理沙とチルノも戻って来た。
その日は香霖堂に泊まる事になり、霖之助が作った夕飯を3人は行儀良くテーブルで食べた。
「よぅし、チルノ。風呂に入るぞ、風呂」
「え、やだよ! お風呂って熱いんだよ、魔理沙知らないの?」
「知ってるぜ、それぐらい。ほらほら可愛くなりたいんだろ」
「う~」
チルノは渋々と魔理沙に付いて行く。
「あ、霖之助も一緒に入らないのか」
「……いや、僕は少し本を読みたいんだ。二人で入ってくるがいい」
「そうか」
素直に認めてくれて、霖之助は安堵の息を吐いた。
「お前、勇気あるな」
「ん? まぁ、あたいは最強だからな」
「なるほどね」
魔理沙は手早く服を脱ぐと、チルノの首輪と髪を結ったゴムを外してやる。
それから、リボンを解き、ワンピースも万歳させて脱がした。
「今日の魔理沙は優しいな」
「チルノの飼い主だからな。ペットには優しくするもんだぜ」
ドロワーズも脱がせて、裸になったところで、チルノはお風呂へと入る。
モワンと湯気があふれる中、すぐにチルノは真っ赤になった。
氷精らしく、やはりお湯に弱いのだろう。
「情けない妖精だな~。ほれ、洗ってやるぜ」
ぐて~っとなってるチルノを座らせて、石鹸で泡をつくって洗ってやる。
腕から胸から足から背中から、体中を泡だらけにしたあと、頭から水をかけてやった。
「ふえ~~~」
普通なら冷たさに叫んでいる所だが、どうやらチルノにとってはそれが気持ちよかったらしい。
魔理沙はチルノを抱えて、湯船に落とすと、自分の体を洗う。
「あつい」
「我慢だぜ」
「もう出ていい?」
「100数えたら、出ていいぜ」
「あたい、そんなに数えたら死んじゃう」
「そう言ってる間に数えられるぜ」
う~、と唸りながらも1から数えていくチルノ。
魔理沙は体の泡を全て流してから、湯船につかった。
二人が入ったから、お湯があふれる。
そんな様子を見ながらも、チルノは数をかぞえていく。
「98~、99~、100~。も、もうあがっていい?」
「おう、私はもうちょっと入ってるぜ~」
チルノはヘロヘロと湯船から出ると、歩くのも億劫なのか、フラフラと飛んでいった。
そして、遠くから霖之助の悲鳴にも似た叫び声に、魔理沙はゲラゲラと笑うのだった。
~☆~
その夜、結局魔理沙も香霖堂に泊まる事になり、霖之助は勘定台で座って眠る羽目になった。
『川の字』で寝てもいいが、明日にはめでたく変態入りと天狗の新聞がまわってきそうな気がしてならない。
こういう時は、そんなに睡眠を必要としない半人半妖の体に感謝するのだった。
魔理沙とチルノは一緒の布団で寝ている様で、何だか姉妹みたいだ、と霖之助は苦笑した。
そして翌朝。
霖之助は魔理沙の声で目が覚める事となった。
「な、なんだこれ!?」
その悲鳴にも似た言葉に、霖之助は慌てて意識を覚醒させる。
「どうした、魔理……さ?」
部屋に入ると、魔理沙が首輪で繋がれていた。
鎖の先は柱に巻かれていて、南京錠が付けられていた。
ご丁寧にも、首輪の方にもガッチリと南京錠がぶら下がっている。
「あ、魔理沙、おはよう」
「チルノ、お前の仕業か。なんだこれ、取ってくれよ」
「ダメだよ。昨日であたい、だいぶ可愛くなったから、そのお礼で魔理沙を可愛くしてあげるの」
「いやいやいや、私はもう充分に可愛いぜ。ペットになる必要なんて無いよ」
「そう? 魔理沙あんまり可愛くないよ。あたいが色々と芸を教えてあげるからね。よしよし」
チルノが魔理沙の頭を撫でる。
何が何だか分からない、という感じで、魔理沙は霖之助に救いを求める様に目線を向けた。
「うん、君は少しチルノに飼われるといい。落ち着いた立派な淑女になれるよ。さて、僕は朝ごはんの準備をしよう。素敵なレディのチルノは手伝ってくれるかい?」
「任せといて、霖之助!」
そしてチルノが魔理沙に向かって、ビシっと指をさして命令した。
「ちんちん!」
「なんで、いきなりそれからなんだよ~!?」
あたいペットになる、これにてお終いお終い♪
さて、ドアベルの仕事といえば、もちろん客人を迎え入れる事だ。
そこがお店ならば、尚更の事。
だがしかし、ここ香霖堂のドアベルは、その意味では滅多に仕事が出来ていない。
もし、彼が社員だというのならば、もうとっくにクビを切られていてもおかしくはないだろう。
責任が店主にあるのは明白だが。
「霖之助っ!」
氷精……チルノは、店の中に居るであろう店主の名前を叫ぶ。
いつも座っている勘定台に姿が見えないのだ。
薄暗い店内は少し不気味な雰囲気。
ちょっと怖がりながらも、チルノは中へと入った。
そんな暗がりに怯えたのだろうか、猫がにゃんと一声鳴く。
「ん? あぁ、どうしたんだ?」
と、そこで商品の影から霖之助が現れた。
どうやら商品の整理をしていたらしい。
霖之助の周りには、バラバラと置かれた商品でいっぱいになっていた。
整理していたらしいのだが、あまり作業は順調ではない様子だ。
手に持つ開かれた本が、作業の進捗状況を物語っている。
「あ、霖之助。これこれ、猫ねこ」
「うん、猫だが?」
チルノが抱えている猫をみて、霖之助は頷く。
妖精の事だから、いたずらか何かと身構えたが、どうやらそうじゃないらしい。
しっぽが二つある訳でも、行灯の油も舐めそうにない。
チルノが抱えているのは、純粋な猫だ。
しかも子猫なのだろう。
チルノの腕にすっぽりと収まっている。
「猫はどうして可愛い?」
チルノは真剣な表情で、霖之助に質問をする。
どうして猫は可愛いのか?
氷精はそう質問した。
「可愛い……ねぇ。チルノ、例えば~……この人形はどう思う?」
霖之助は棚をゴソゴソと探り、人形を取り出した。
パイナップルの様な頭に、×印で作られた目とギザギザの口。
体は適当に作られた黒い塊。
人形といえば、少女の玩具というのが定番だが、どうにもこの人形はその仕事をこなしそうにない。
霖之助から見れば、玩具ではなく、どちらかと言えば呪いの儀式に使いそうだった。
「お? これは可愛いのか?」
「うん、この不気味な人形を可愛いか可愛くないのか、それは、それぞれの感性で決まるんだ。これを可愛いという者もいるし、これを不気味という者もいる。つまり、可愛いという感情は、万人の共通ではない。猫もそうさ。猫を溺愛する者もいれば猫を毛嫌いする者もいる。そのズル賢さが気に入らないという者もいるね。つまりこれは猫という存在自体が許せない訳だ。それは何故か。答えは犬さ。猫と対極に存在する犬という存在。ペットとしてはメジャーになるのは犬と猫。世の中には犬派と猫派が存在する。一般に犬派は優秀な部下を求めている者、猫派は対等な友人を求めている者と言われている。こはそれぞれの動物の行動によるものだと僕は思うね。犬は命令に忠実だ。猫はきまぐれだ。そのどちらも好きな者にとっては堪らないものだろう。命令を聞いてくれる犬が可愛い。きまぐれに生きる猫が可愛い。この感情からくるものが可愛い、という訳だと僕は思うよ」
霖之助が人差し指を立てて、ベラベラと持論を展開させる。
しかし、チルノは途中から猫と遊ぶ事にした。
何を言ってるのか良く分からないし、意味がない気がする。
チルノは猫の両手をつかんで、二本足で立たせて、にゃんにゃんと遊び始めた。
「あぁ、そうさ、そうだよ。いつだって僕の話は誰にも聞いてもらえないんだ」
がっくりと肩を落として、霖之助はお茶とお菓子の用意をするのだった。
~☆~
「で、どうして可愛いの?」
「簡単に言うと、生きる為、かな」
霖之助の逆襲だろうか、熱いお茶を用意した為、チルノはふ~ふ~と湯飲みに息を吹きかけている。
猫には水を皿に用意した。
ちびちびと舐める様に水を飲んでいる。
「生きる為?」
「そう。可愛いと人間が飼ってくれるだろ?」
「おぉ、ペットな」
「そうそう。ペットなら苦労して食べ物を探さなくても、人間が餌を用意してくれるのさ。頑張って狩りをしなくてもいい。敵から怯えて暮らす必要もない」
「お~、怠惰な生活な」
まぁそうだね、と霖之助は苦笑混じりで答えた。
「怠惰なんて言葉、良く知ってるね」
「ふふん、あたいは最強だからね」
と、ここでチルノは考えるポーズを取った。
つまり、腕を組んでむむむ~と声をあげている。
そんなチルノが可愛く見えたのだろうが、霖之助は少しだけ笑って商品の整理に戻った。
それから数分して、チルノが突然に叫んだ。
「あたいペットになる!」
突拍子もない言葉に、霖之助は思わず手に持っていた本を取り落としてしまった。
割れ物じゃなかったのが幸いだろうか。
「ど、どういう結論だい、それ?」
「霖之助がいつも言ってるじゃない、頭を使えって」
「あぁ、思考はしないよりした方が遥かに良い」
「だから、あたい、一生懸命考えた」
「ふむ、氷精の思考か。是非、聞かせてくれないか」
うん、とチルノは頷いて、霖之助のお得意ポーズを取った。
「猫は可愛い。可愛いからペットになる。ペットは可愛い。可愛いはペット。あたいがペットになる。あたいは可愛い。どう?」
「A=B、B=Cの時、A=Cが成り立つという事か……君にしては愚かにして素晴らしい」
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん」
「じゃ、あたいの事ペットにして」
「僕が飼い主なのかい?」
「うん!」
元気に頷くチルノを見て、霖之助はため息を零した。
「僕はい今までペットを飼った事がないからね。上手く飼える自身がないよ」
「大丈夫、霖之助だもん」
「大丈夫の理由になってないよ。ほら、外の世界ではペット虐待なんていうのもある」
「霖之助が暴力を使うなら、あたいがやっつけてやる!」
「……大したペットだ。そんなに可愛くなりたいのかい?」
「なりたい! それが少女の義務だよ!」
「……なるほど、幻想郷が平和な訳だ」
霖之助は、再びため息をついた。
どうやらチルノは諦めるつもりはないらしい。
諦めてもらうにはどうするか、そう頭を捻っていると、棚の奥から間の悪い物が出てきてしまった。
これを使え、というどこかの神様の啓示なのだろうか。
妖怪の山で某2柱の神が笑った気がして、霖之助は身震いをする。
「チルノ、ペットならば首輪が必要だ」
霖之助が見つけたのは、大型犬用の首輪だろう。
太めの青い首輪だった。
ご丁寧に鎖までついて、それがジャラリと音をたてた。
「おぉ、霖之助、つけてつけて~」
霖之助としては、嫌がってもらいたがったのだが、以外にチルノは乗り気だった。
何か妙な背徳感に襲われながらも、チルノに首輪をはめる。
首にピッタリと締めては可哀想なので、幾分ゆるく付ける事にした。
チルノはジャラリと鎖を鳴らすと、なにやら気に入った様で、店にあった姿身で自身の姿を確かめる。
「お姫様みたい」
「お姫様?」
どういう事だろうか、と霖之助は首を傾げた。
今のチルノの姿はお姫様から最も遠い所にある。
いわゆる、奴隷だ。
「そう、囚われのお姫様!」
「なるほどね。捉えられたお姫様は牢屋の中か、首輪だからね」
妙な背徳感の原因はそれか、と霖之助は勝手に納得する。
と、そこでドアベルが本日2回目の仕事を行った。
「こんにちは、香霖ど……ど、どどどどどう!?」
お姫様の話題をしたからだろうか、本物のお姫様がやって来た。
永遠亭の蓬莱山輝夜だ。
彼女は、店に入っていきなり動揺して、言葉を乱す。
姿身の前の首輪をつけたチルノ。
そして、鎖を持つ霖之助。
どこからどう見ても、
「変態、いえ、大変……ど、どっち!?」
大変な変態、だろうか。
香霖堂では生き物以外は何でもそろっている。
それが霖之助の言葉だった。
しかし、輝夜が現在目の前にしている光景は、どうみても、生き物を扱ってるものだ。
もしかしたらアリスの人形だろうか。
輝夜は、そう好意的な解釈をしようとしたが、どっちしろ、大変な変態だ。
間違いなく。
「落ち着け、輝夜。これには訳がある」
「変態はみんなそう言うのよ。香霖堂にそんな趣味があるなんて」
「まてまて。僕は至ってノーマルだ。いや、むしろイージーと言っても過言ではない」
「そんな鎖を持ったまま言っても説得力ゼロだわ。どこがノーマルよ。ルナティックだわ。いいえ、ファンタズムよ」
「輝夜、霖之助は飼い主で、あたいがペットなだけだよ」
チルノが燃料を投下した。
面白い様に燃え上がる気がして、霖之助は背中が寒くなる。
「致命傷だわ、香霖堂。私の事もそんな目で見ていたのかしら」
「誤解だ、輝夜。順を追って話すから少し落ち着いてくれ。今、お茶を入れよう」
「いいえ、どうせ睡眠薬でも入っているんでしょう。私にも首輪をつけてどうする気!?」
「だから誤解だと言っているだろう。頼むから聞いてくれ」
「そうそう。輝夜も一緒に可愛くなろう」
チルノだけが冷静なのだが、その言葉が火に油を注いでいくのが目で確認できる程だ。
「チルノ、それは香霖堂に騙されているわ……さ、こっちにいらっしゃい」
「お? これ考えたのはあたいだよ。騙されてないよ」
「く……子供を巧みな話術で操っているのね。香霖堂、今なら間に合うわ。性癖は直らないのかしら……チルノ待ってて、いま永琳か美鈴か小町か藍か紫を連れてくるから! 私の胸が小さいばっかりにごめんなさい!」
「……君、実は冷静だろ」
輝夜の自虐に、霖之助は急速に冷静さを取り戻した。
「……あら、バレちゃった? やり過ぎたかしら?」
「やりすぎだね。まったく……」
「輝夜、胸の大きさって何が関係あるんだ?」
チルノの自分の胸を触りながら聞いて来た。
「あとで教えてあげるわ。それより、香霖堂。この首輪はどうして?」
「はぁ~……チルノ、輝夜に教えてやってくれ。代わりに胸の秘密を教えてもらうがいい」
「うん!」
香霖堂に、元気なチルノの声が響いた。
~☆~
「これでよし、と」
「おぉ~」
話を聞きながら、輝夜はチルノの髪を櫛でとき、ツーテールの様に結ってやった。
輝夜の様に長くない訳だから、シッポという訳にはいかないが、ちょこんとしたシッポは可愛らしい。
「兎の尻尾みたいだから、ラビットテールかしら。それが二つだからラビットツインテール」
「おぉ、なんか強そう!」
「バーニアから噴出する燃料にも見えるから、ツインバーニアというのはどうだろう?」
「香霖堂、センスないわね」
「…………」
ツインバーニア、良い名称だと思ったのだが……
などと、そんな事を思いながら、霖之助はお茶を飲む。
まったりとした午後の空気は、輝夜とチルノという異色の組み合わせで、多少なりとも刺激となっている様だ。
「どうだ、輝夜。あたい可愛い?」
「えぇ、充分に可愛いわよ。可愛くなるのは少女の義務。ふふ、とても良い言葉ね。今度、私も使おうかしら」
「輝夜は冗談が上手いよね。どこで覚えたの?」
「ん~、どこかしら? 香霖堂、どこだと思う?」
「それを僕に聞くのかい?」
やれやれ、と霖之助は首をふった。
「月じゃないのかい? 君は宇宙人なんだから、冗談も戯言も虚言も妄言も得意なんじゃないのかい」
「あら、偉く私を評価してくれるのね」
「ふ~ん、じゃぁ、あたいも宇宙人にならなきゃ」
霖之助と輝夜はくすりと笑う。
そんな事は気にせず、チルノは姿見の前でくるりと一回転した。
首輪をつけて、髪を結って、いつもとは少し違う姿。
それが嬉しかったのだろうか、にひひ~、と笑った。
「それで、輝夜。君は何をしに来たんだい?」
「あら、お店に来る目的と言ったら一つじゃない」
そう言って、輝夜は手近な道具を一つ手に取る。
「ふむ、お客さんだった訳か。これは失礼した」
「もちろん、冷やかしよ。うぃんどうしょっぴんぐ、って言うんだっけ?」
立ち上がろうとした霖之助だが、むすっと表情を崩して再び座った。
そしてストレスを発散させる様に煎餅にかじりつく。
「そんなに怒らないでよ。アルバイト前に、少し時間が空いただけなんだから」
「君の筍ご飯は最高だが、君の行動はあまり美味しくないね」
「じゃ、食べてみる? チルノとどっちが美味しいかしら?」
「霖之助、人を食べるのか!?」
チルノが驚いた様に霖之助を見る。
「そうよ、チルノ。男っていう生き物は、いつだって少女を食べようと狙っているんだから」
「あ、聞いた事ある。男は狼ってやつよね!」
「そうそう。好きな殿方以外に食べられちゃダメよ」
「お? 好きな男ならいいのか?」
「えぇ。その時は殿方に任せてあげなさい。女に恥をかかせる男は、この世で最も最低な部類に入るわ」
「『最も』と『最低』は重複表現だと思うが?」
「細かい事にツッコむ男も最低だから、覚えておきなさいチルノ」
「うん、分かった」
霖之助は再び煎餅をかじった。
ガリゴリボリと音を鳴らして噛み砕き、熱いお茶で流し込む。
「さて、そろそろ行くわ」
「あぁ」
「なに、もっと居てほしい?」
「いや、ぜんぜん」
「本当かしら? 香霖堂って天邪鬼なんだから~」
「勝手な事を言う。僕は半人半妖だが、天邪鬼とのハーフではないよ」
「あら、残念。いつか正体を教えてね~」
そう言いながら、輝夜はドアベルを鳴らして出て行った。
霖之助は盛大にため息を吐き、チルノの方を見る。
チルノはどうして霖之助がこちらを見たのか分からず、首を傾げただけだった。
と、そこでカランカランと珍しくも再びドアベルが鳴った。
本日3度目の仕事。
どうやら彼はクビにならなくて済みそうだ。
輝夜が忘れ物でもしたのかと入り口を見ると、入ってきたのは黒白魔法使いだった。
なにやらあんぐりと口を開けている。
霖之助が魔理沙の目線を追うと、そこにいたのはチルノだった。
ラビットツインテール、もしくはツインバーニアで首輪をつけた氷精。
「たいへん、いや、変態だー!」
「……いや、その一連の流れはもうやったから」
「なんだ。さっき輝夜とすれ違ったんだが、先をこされた訳か」
「残念だったな」
魔理沙は何でもない様に、チルノの頭を撫でてから、いつもの壺の上に座った。
そして、帽子の中から本を取り出しペラペラとページをめくってから読み始めた。
「で、チルノは何で首輪なんかしてるんだ?」
「可愛くなる為だよ」
「ほう、新しいファッションなのか。奇抜だな」
「違う違う、ペットになれば可愛くなるんだよ」
「それはどこの世界の理論なんだ?」
魔理沙が怪訝な顔をして霖之助を見上げた。
霖之助はため息を零してからチルノに、
「チルノ、説明してやってくれ」
と、言うのだった。
~☆~
「チルノ、おすわり」
「はいっ」
そして、魔理沙とチルノは香霖堂の外で芸の練習を始めたのだった。
話を聞いた魔理沙は面白がって、ペットならペットらしく、と、人間に絶対服従だ、と言い出してチルノを外に連れ出した。
まず魔理沙がやってみせて、それをチルノにもやらせている。
今は、おすわりで、チルノはちょこんと体育座りをした。
首輪をされた氷精がちょこんと体育座りをする光景は、霖之助から見たら背徳の塊だった。
何か不憫な感じがしてしょうがない。
「よ~しよしよし、ほら、お菓子だ」
「やった!」
魔理沙はチルノの頭を撫でてから、ポップコーンを一個だけチルノの口に放り込んだ。
それでもニコニコとチルノは笑って食べる。
「……何か、凄い罪悪感がある」
「ん? 何か言ったか香霖」
「いや、何でも無い……」
相変わらず変なヤツだ、と魔理沙は呟いてからチルノへと向き直る。
「よし、次はお手」
「はいっ、お手」
魔理沙が出した手に、チルノはちょこんと手を乗せた。
よしよしと褒めて、再びポップコーンをチルノの口に放り込む。
「はい、ちんちん」
「ちんちん? ちんちんって何だ?」
「あら、ちんちん知らないか」
「ちんちん知らない。ちんちんって何? ちんちん教えて」
「……あ~、え~っとだな」
「なに赤くなってるんだ、魔理沙」
霖之助の言葉に、うるせーよ、と魔理沙は叫んだ。
「ちんちんってのは、あれだ、二本足で立つ事だ」
「こうか?」
「そうそう……まぁ、もともと二本足で立ってるんだから、面白みがないな。ポップコーンはなし」
「え~、ケチ~」
といった感じで、魔理沙はチルノで遊んでいった。
しばらくチルノの身を案じた霖之助だが、魔理沙も無茶な事をする様子もない為、商品の整理に戻った。
空が紅色に染まる頃には、整理も終えて、魔理沙とチルノも戻って来た。
その日は香霖堂に泊まる事になり、霖之助が作った夕飯を3人は行儀良くテーブルで食べた。
「よぅし、チルノ。風呂に入るぞ、風呂」
「え、やだよ! お風呂って熱いんだよ、魔理沙知らないの?」
「知ってるぜ、それぐらい。ほらほら可愛くなりたいんだろ」
「う~」
チルノは渋々と魔理沙に付いて行く。
「あ、霖之助も一緒に入らないのか」
「……いや、僕は少し本を読みたいんだ。二人で入ってくるがいい」
「そうか」
素直に認めてくれて、霖之助は安堵の息を吐いた。
「お前、勇気あるな」
「ん? まぁ、あたいは最強だからな」
「なるほどね」
魔理沙は手早く服を脱ぐと、チルノの首輪と髪を結ったゴムを外してやる。
それから、リボンを解き、ワンピースも万歳させて脱がした。
「今日の魔理沙は優しいな」
「チルノの飼い主だからな。ペットには優しくするもんだぜ」
ドロワーズも脱がせて、裸になったところで、チルノはお風呂へと入る。
モワンと湯気があふれる中、すぐにチルノは真っ赤になった。
氷精らしく、やはりお湯に弱いのだろう。
「情けない妖精だな~。ほれ、洗ってやるぜ」
ぐて~っとなってるチルノを座らせて、石鹸で泡をつくって洗ってやる。
腕から胸から足から背中から、体中を泡だらけにしたあと、頭から水をかけてやった。
「ふえ~~~」
普通なら冷たさに叫んでいる所だが、どうやらチルノにとってはそれが気持ちよかったらしい。
魔理沙はチルノを抱えて、湯船に落とすと、自分の体を洗う。
「あつい」
「我慢だぜ」
「もう出ていい?」
「100数えたら、出ていいぜ」
「あたい、そんなに数えたら死んじゃう」
「そう言ってる間に数えられるぜ」
う~、と唸りながらも1から数えていくチルノ。
魔理沙は体の泡を全て流してから、湯船につかった。
二人が入ったから、お湯があふれる。
そんな様子を見ながらも、チルノは数をかぞえていく。
「98~、99~、100~。も、もうあがっていい?」
「おう、私はもうちょっと入ってるぜ~」
チルノはヘロヘロと湯船から出ると、歩くのも億劫なのか、フラフラと飛んでいった。
そして、遠くから霖之助の悲鳴にも似た叫び声に、魔理沙はゲラゲラと笑うのだった。
~☆~
その夜、結局魔理沙も香霖堂に泊まる事になり、霖之助は勘定台で座って眠る羽目になった。
『川の字』で寝てもいいが、明日にはめでたく変態入りと天狗の新聞がまわってきそうな気がしてならない。
こういう時は、そんなに睡眠を必要としない半人半妖の体に感謝するのだった。
魔理沙とチルノは一緒の布団で寝ている様で、何だか姉妹みたいだ、と霖之助は苦笑した。
そして翌朝。
霖之助は魔理沙の声で目が覚める事となった。
「な、なんだこれ!?」
その悲鳴にも似た言葉に、霖之助は慌てて意識を覚醒させる。
「どうした、魔理……さ?」
部屋に入ると、魔理沙が首輪で繋がれていた。
鎖の先は柱に巻かれていて、南京錠が付けられていた。
ご丁寧にも、首輪の方にもガッチリと南京錠がぶら下がっている。
「あ、魔理沙、おはよう」
「チルノ、お前の仕業か。なんだこれ、取ってくれよ」
「ダメだよ。昨日であたい、だいぶ可愛くなったから、そのお礼で魔理沙を可愛くしてあげるの」
「いやいやいや、私はもう充分に可愛いぜ。ペットになる必要なんて無いよ」
「そう? 魔理沙あんまり可愛くないよ。あたいが色々と芸を教えてあげるからね。よしよし」
チルノが魔理沙の頭を撫でる。
何が何だか分からない、という感じで、魔理沙は霖之助に救いを求める様に目線を向けた。
「うん、君は少しチルノに飼われるといい。落ち着いた立派な淑女になれるよ。さて、僕は朝ごはんの準備をしよう。素敵なレディのチルノは手伝ってくれるかい?」
「任せといて、霖之助!」
そしてチルノが魔理沙に向かって、ビシっと指をさして命令した。
「ちんちん!」
「なんで、いきなりそれからなんだよ~!?」
あたいペットになる、これにてお終いお終い♪
楽しませていただきました。
その後、幻想郷の住人らに吹聴するチルノで誤解のデフレーションが起きる予感!!
あとあれだ。うん。チルノが一番怖いな(饅頭怖い的な意味で)
ぜったいに妖精の純粋さを悪用する奴が現れることを!
つまり、見てみたいネタだった。
⑨<誰であろうと、あたい(の可愛さ)を超えることなど不可能だ…
こうして始まる幻想郷の首輪ブーム
セラフだけなんだよね、ツインバーニア
テンポ良く読めて楽しいお話でした。
首輪をつけているのにほのぼの。
ツインバーニアなのにほのぼの。
あまりの可愛さで萌え死にする幻想郷住民が続出ですねわかります
なんて背徳的な…
くそ、チルノめ……魔理沙に首輪だなんて、なんと恐ろしいことを!w
楽しく読ませていただきました。
変態なのにエロくないw不思議!
…しかも何気にアルバイト輝夜だし
…それにしても、拗ねた霖之助かわいいです!
ともあれ、面白い作品をありがとうございました!
思わず吹き出してしまったw
面白い作品でした!
ごほん、素敵なレディになるためのレッスンが続けば、なお楽しかったかもしれませんが。
素敵な作品でした!
アルバイト輝夜はもう終わっちゃったんでしょう?また読みたいです・・・
後、チルノ可愛いよチルノ
それはともかく、テンポがよくて心地よく読めました
今から氏の他の作品も読んできます
で、ツインバーニア忘れてたから、描き加えたんだ。
バーニアが犬耳に見えたんだ。
………。
かは(吐血
オチで首輪を正しく使ってみせるとはまさに策士。
三者三様の可愛さ、堪能しました。
けしからん、大好きだ!
こんなエリートチルノ、どこから拾ってきたんだ。