朝、目が覚めると、小悪魔の体が縮んでしまっていた!
「こあこあっ!」
「どういうことなの……」
――――――――ちっちゃいこあとパチュリー母さん―――――――――
~小悪魔は今日から4歳児?~
朝、いつものように自分のベットで目を覚ます。最近は寒くなってきたのでベッドから出るのがつらい。
けれど、出ないわけにはいかない。ただでさえ最近親友に引きこもりなどと言われているのだ。
ベッドから起き上がり、クローゼットの中にしまってあるいつもの服に着替えにかかる。
最初に紫と白の服の上にピンクのローブを着こみ、次に長い髪を顔の両側でおさげを作る。
最後に月の飾りがついた帽子をかぶれば、これで知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジの出来上がりである。
一応鏡の前で自分の恰好の確認をする。以前に寝ぼけたまま着替えたせいか、服を前後ろ逆にきていて、小悪魔に爆笑されたことがあるからだ。
よし、異状なし。いつもの私の完成である。
歯を磨いた後に廊下に出ると、メイド妖精たちが忙しそうに仕事をしていた。
しかし、いつも通り、あまり仕事がはかどっているようには見えない。
少し重い扉を開け、私のホームグラウンドである図書館に入る。廊下と若干の温度差があり、少し肌寒い。
図書館の中心にある、いわば私の書斎のようなエリアに入る。すると、そこにあるはずの小悪魔の姿が見えなかった。
いつもなら、私が今日読む本をすでにテーブルの上に置き、「おはようございます」と言ってくる小悪魔なのだが、不思議なことに今日はその姿がない。
まあ、たまにはそんな日もあるだろう。
後で文句の一つでも言ってやろうと考え、仕方がないので自分で本棚から本を取り、お気に入りの安楽椅子に腰かけた時だった。
「こあこあーーー!!」
という叫び声が、小悪魔の部屋から聞こえてきたのだ。
「……何かしら」
小悪魔の部屋は図書館の隅に設置されている。いつでも図書館の異常を察知できるようにと、私がここに住むように言いつけたのだ。
その小悪魔の部屋の扉をノックする。
「小悪魔。どうかしたの?」
返事はかえってこない。
「小悪魔? 入るわよ」
扉に手をかけ、開ける。鍵はかかっていなかった。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。仕方がないので手の上に火を球を作り、あたりを照らしてみた。
「小悪魔? いるんでしょう?」
ゆっくりと部屋の真ん中まで進む。すると、部屋の片隅に震える影を見つけた。
「何してるの?」
と問いかけてみたのだが、そこで少しおかしいことに気付いた。
その影は圧倒的に小さかったのだ。小悪魔の身長は私よりも大きいのに、その影は少し大きめの犬程度しかない。
すると、その影が振りかえったかと思うと
「こあこあ~!!」
と叫び、私に飛びついてきた。
突然の突撃を受け、床に尻もちをついてしまう。
「いたっ! 何するのよ!」
「こあこあ~」
胸元で私にすり寄ってくる小動物。
よくよく観察してみると、背中に羽が生え、耳の横にも小さい羽が生えている。
そして見覚えのある紅い髪。
飛びかかってきた小さい影は、小さくなった小悪魔だった。
「いったい、どういう事なのかしらね」
「こあ?」
小さくなった小悪魔を部屋から連れてきて、書斎のテーブルの上に座らせる。
その大きさは、ちょっと大きめのテディベアのぬいぐるみぐらいで、人間でいうと4歳程度だろうか。
胸に抱くのはちょうどいい大きさなのだが、どうやら図書館の仕事をさせるのには不十分なようだ。
そんな小悪魔は私の顔を見ながらニコニコしている。
「こあっ」
すると、ぽんっとテーブルの上から飛び降りる。その着地先は安楽椅子に座っている私の膝の上。
ぽふぽふと膝の上に座り、背中を私の方に預けてもたれかかってくる。
「あなたねえ、一応私は主人なんだけれど」
「こあこあ」
お構いなしにくつろぎ始める小悪魔。どうやら居心地がよろしいようで、歌を歌い始めてしまった。
「こあっこあっこあ、こあこああこあ~」
「あなた、頭の中まで小さくなったの?」
「こあここあ~」
少し調子が外れた歌ではあるが、ご機嫌は上々のようである。
しかし、こうなってくると小悪魔が縮んでしまった原因が気になってくる。
小悪魔とはいえ、一応は悪魔の眷属である。その他の妖怪からも恐れられるほどの力を持った種族が悪魔なのだ。
そのような種族が、小さくなる、つまりは弱体化してしまったわけである。
これは私の知識欲と好奇心が刺激される内容であり、今すぐにでも本を読み荒らしたくなってくる。
しかし、
「こあ?」
膝の上には小悪魔が座っていて、身動きが取れない。
「小悪魔、私の膝の上から降りてくれないかしら?」
「こあっ!」
どうやら、「いやっ!」と言ったようである。このやろう。
「あなたがこうなってしまった原因を探さないといけないのよ。だから、そこから降りなさい小悪魔」
「…………」
「小悪魔?」
「こあ~?」
膝の上に座った状態でこちらを見上げてくる小悪魔。その目には、涙がたまっていた。
(どうしてここにいちゃいけないんですか? 私のこと、嫌いですか?)
そんな風に語りかけてくる小悪魔の瞳。つまりは駄々っこ状態なのである。
ていうか、そんなに居心地いいのか私の膝の上っ!
得てして4歳児の涙目は、身に覚えのない罪悪感を異常に感じさせるものであり、見た目だけの小悪魔とはいえ、この時も例外ではなかった。
体が小さくなって、中身も小さくなったというのはどうやら間違いないらしい。
「こ、こあ~」
今にも泣きそうになる小悪魔。溜めてある涙の量が増え、ひくひくとしゃくりあげるようにもなってきた。
子どものあやし方なんて知らないから、そんな小悪魔に慌ててしまう。
仕方がないので、慌てて膝の上にいてもいいことにする。
「分かったわよ! 居てもいいから!」
すると、とたんに明るくなる小悪魔の顔。満面の笑顔を浮かべて私に
「こあ!」
と、さらに体重をかけてすり寄ってきた。
小悪魔のからだはいい感じに暖かいのだが、いかんせん身動きがとれない。
(トイレに行きたくなったら、どうしようかしら)
そんな私の思いを知ってか知らずか、膝の上の小悪魔は
「ここあっこあ~」
いまだに調子はずれの歌を歌っていた。
ぼーんぼーんと、図書館にある大時計が鳴る。
どうやら九時になったようで、時計もきっちり9回その音を響かせる。
身動きがとれない私は、仕方がないので小悪魔を乗せたままでも読める、小さい本を読んでいた。
するとガチャっと図書館の扉があき
「パチュリー様、朝食でございます」
咲夜が食事の乗った台車を運んできた。
「ありがと。じゃあ、いつも通りお願い」
「分かりました。それでは失礼いたします」
そしてすぐにテーブルの上を綺麗にし、朝食を並べ始める。その手つきには淀みがない。
すべての皿を並べ終え、こちらを向き直った咲夜が不意に口を開く。
「そういえば、小悪魔の姿がありませんが」
きょろきょろと周りを見渡しながらそう言う。
ふうと一息ついてから、私は椅子を咲夜の方向に向けた。
「小悪魔なら、ここにいるわよ」
「こあっ!」
右手をあげて挨拶をする小悪魔。おはよう、とでも言っているのかもしれない。
小悪魔を見て少し驚いている咲夜だったが、そのうちつつっと近づいてくると、小悪魔の頬をつつき始めた。
「あらまあ。小さくなっていますね」
「ええ、小さくなっちゃってるわ」
「こあ~」
ぷにぷにと突かれる事がお気に召さないのか、いやいやと身をよじる。
「では、子供用の椅子と食事セットを用意した方がよろしいですね」
「ええ、お願いできるかしら」
「はい。お任せください」
そう言うと同時に、目の前に子供用の、少し足が長く座るところが小さい椅子が現れた。
そして、先ほどまではなかった子供用の食器も、いつの間にかテーブルの上に配膳されている。
「お待たせいたしました。こちらでよろしかったでしょうか」
「ええ、これでいいわ。それと、待つ時間なんてなかったわよ」
「これは失礼いたしました」
そう言いながら咲夜は、私の膝の上に座っていた小悪魔を抱きあげ、用意した子供用の椅子に座らせる。
大人しく、咲夜にされるがままの小悪魔であるがその目線はすでに、用意された朝食に向いている。
「こあこ~あ」
「はいはい、じゃあ食べましょうか」
「飲み物はいかがなさいますか? 紅茶とコーヒーの両方を用意いたしましたが」
「私は紅茶で。この子にはオレンジジュースとかをお願いできるかしら」
「かしこまりました」
そう言って今度は台車から紅茶のポットとオレンジジュースの入ったグラスを持ってくる。
紅茶を私の目の前に、オレンジジュースを小悪魔の前に置き浅くお辞儀をする。全く持っていつも通りの動きだ。
「オレンジジュースがあるというのは意外だったわ」
「お嬢様に備えはいつも完璧に。と言われているのもですから」
そう言ってほほ笑む咲夜。
小悪魔はというとすでに食べ始めていて、ケチャップのかかったスクランブルエッグを、おぼつかない持ち方をしたスプーンで食べているところだった。
食べ方自体も子供のようで、すでに口の周りにはケチャップが付き、パンはかけらをぼろぼろと落としている。
少しでも本にかかったら、しばこう。
そう思いながらナプキンを手に取り、小悪魔の口の周りを拭く。
「もう、こんなにこぼして」
「こあ~」
私にされるがままに口を拭かれる小悪魔。よし、大分綺麗になった。
そんな私たちの様子を後ろで見ていた咲夜が、不意にこんなことを言った。
「パチュリー様、まるで母親みたいですね」
「むきゅっ!」
パンを喉に詰まらせる。すぐに背中をなでてくれる咲夜だが、その原因もまた咲夜だ。
「きゅ、急に何を言うのよ!」
「いえ、後ろで見ているとそうとしか思えず、つい」
「は、母親みたいだなんて……」
「お嫌でしたか?」
「…………」
「失礼をいたしました。それでは私は朝の雑務が残っておりますので、朝食が終わればいつのもようにお呼びください」
私の背中をなでながら、そう言う咲夜。
そして、新しく紅茶をいれたあと、これまたいつものように一瞬で姿を消した。
全く咲夜ときたら、あんな風に聞かれたら答えに困るじゃないの。
なにかもやもやとした気持ちを抱えながら無言で食べ進めていると、となりの席から視線を感じる。
小悪魔がこちらを見ていた。その口の周りには新しくケチャップをつけて。
「……こあ?」
どうしたんですか? とでも言っているのだろうか。まったく。
「また口の周りについてる。はい、顔近付けて」
そう言うと、んっ、と口を突き出してくる。
「……ホント、しょうがないわね」
私は小悪魔の口の周りについたケチャップを、ゆっくり拭ってやった。
朝食も終り、テーブルの上に並んでいた食器も、先ほどまで小悪魔が座っていた子供用の椅子も、全て片づけられた。
その椅子を使っていた小悪魔も、朝食が終わると同時に私の膝の上に戻ってきた。
今はその膝の上で私に寄り添って寝てしまっている。すうすうという寝息が、かすかに聞こえてくる。
図書館の大時計が10時を指してからもう半刻を刻もうとしていた時、バタン! と壊れんばかりの勢いで図書館の扉が開かれた。
「パチュリー! 本読みに来たよ!」
もう少し扉を労わってもらいたいものだ。
扉が開かれたその向こう側には、私の親友の妹が、へへっと笑いながら立っていた。
そしてその後ろには
「フランの付き添いで来てあげたわよ。パチェ」
その親友が立っていた。
「いらっしゃい、二人とも。珍しいじゃない、一緒だなんて」
二人は並んで私のいるテーブルまで歩いてくる。右を歩くフランを、左を歩くレミィがちらちらと気遣っているのが分かる。
膝の上の小悪魔はというと、先ほどの扉の開く音で飛び起き、ぽかんとした表情で客人を見ていた。
「あれ、その子誰?」
「あら、確かに。見覚えのあるような、ないような子どもがいるわね」
すぐに小悪魔に気付き、私の前にしゃがんで小悪魔と同じ目線になるフラン。レミィは私の正面の椅子に座る。
「はい、はじめまして。私はフラン。いったい誰かな?」
「こあ~?」
「残念だけど、はじめまして、じゃないわよ」
「私の親友に隠し子がいた記憶はないんだが。いや、隠しているから隠し子か」
「レミィ、隠し子でもないわ。ほら、なにか見憶えない?」
そういうと、じーっと小悪魔を見つめる二人。見つめられた小悪魔は少し恥ずかしそうにもじもじしている。
「こ、こあ……」
「確かに、見覚えがあるような、ないような」
「耳の羽と背中の羽、それにその赤い髪。もしかして小悪魔か?」
「え、小悪魔なの? この子?」
「ええ、そうよ。レミィの正解」
そう告げるとフランの顔がだんだん笑顔になっていき、小悪魔を持ち上げて抱き締め
「小悪魔、ちっちゃくなってかわい~」
「こ、こああ~!」
と、ぐりぐりしはじめた。
「パチェ、今回はどんな魔法の実験を失敗したんだ?」
フランとは対照的に、にやにやと笑いながらそう問いかけてくるレミィ。
ここで返答を間違えると、おそらくからかわれるだろう。私は首を振って、こう答えた。
「何にも失敗してないわ。朝起きたら縮んでたの」
「ほう、じゃあ勝手に小さくなったと」
「ええその通りよ。私としては誰かさんが、運命の一つでも操ったって言ってくれたら楽なんだけどね」
「残念だが、それもないな」
「でしょうね」
そう言って目線をフランと小悪魔に向けるレミィ。私もそれに習う。
「じゃあ小悪魔、本を読んであげるね。どれがいい?」
「こあ」
「これ? じゃあここに座って」
どうやら本を読んであげることになったらしい。
椅子にフランが座り、その膝の上に小悪魔が座る。どんだけ膝の上好きなんだ。
こほんと一度咳払いをしてから読み始めたフラン。本の内容は、童話のウサギとカメだ。
とろいカメを馬鹿にしたウサギが、最終的にはそのカメにかっけこで負けるという、不断の努力を謳ったどこにでもありそうな内容のお話。
そんな話を小悪魔は、はじめの方こそは戸惑いながら聞いていたが、フランの声と話の内容に引き込まれたのか、だんだんと大人しく聞くようになっていく。
話している方のフランも、慣れないことではじめはぎこちなかったが、話が進むとだんだんと上手になっていくのが分かる。
そんな二人を眺める私とレミィ。ゆっくりとした時間が、図書館の中に流れる。
「なんだか、姉妹みたいね。あの二人」
「おいおい、私にもう妹はいらないぞ」
「あれ? フランがお姉ちゃんじゃなかったっけ」
「ふん。馬鹿を言うな」
「すねないすねない」
そう言って私とレミィは笑い合う。
そして、ふと思い立ったようにレミィがこう言ってきた。
「でも、パチェの二人を見る目は、母親という感じがしたぞ」
一瞬止まる会話。またか、まったく従者が従者なら主人も主人だ。
ひとつため息をついてから、会話を続ける。
「……レミィにまで言われるのね、それ」
「なんだ、もう言われたのか。どうせ、咲夜あたりだろう」
「ええ、そうよ。朝食のときにね」
「いいじゃないか、パチュリーお母さん。私もそう呼ぼうか?」
「500歳の子供というのも、ぞっとするわね」
「はいっ! これでおしまい! 面白かった? 小悪魔」
「こあ!」
どうやらお話は終わったようだ。パタンと閉じられるウサギとカメの本に、フランの膝の上ではしゃぐ小悪魔。
「大人しく聞けていたね小悪魔。偉い偉い!」
そう言って小悪魔の頭をなでるフラン。小悪魔も気持ちがよさそうだ。
こうしてみていると、本当に姉妹のようだ。
ふと目の前の長女を見てみると、そわそわと落ち着きがない。
「レミィ、どうしたの?」
「なあパチェ。どうしてもというのなら、私も小悪魔を抱いたり撫でてやったりしてもいいんだぞ」
ああ、なるほど。そういうことか。まったく素直じゃないんだから。
はあっ、とわざとらしくため息を吐いて、レミィに言う。
「結構だと、言ったら」
「…………う~」
「冗談よ、抱いてやってもらえる?」
「し、仕方ないな、まったく」
そう言って小悪魔に駆け寄るレミィ。その羽は嬉しそうにパタパタしているが、本人は気づいていないようだ。
「フラン。小悪魔を貸してもらえるかしら」
「ええっ! お姉さま、大丈夫?」
「あら、私を誰だと思っているの?」
「はいはい、落としちゃだめだよ」
「……こう、抱けばいいの?」
見ていて、はっきり言ってレミィの抱き方は危なっかしかったが、
まあ、小悪魔もレミィもフランも嬉しそうだったので、よしとしよう。
ぼーんぼーんと、大時計が三回鳴る時間になった。
昼食もとり終え、さらに早めのおやつもちょうど終わったところだ。
昼食の時にはフランが小悪魔の世話を焼きまくったり、そんな様子を見ていると咲夜にまた母親みたいだと言われたりした。まったく。
そんなこんなで、早くも午後の三時になってしまった。
小悪魔の小さくなった原因については何一つ分からず、ただただ二人で過ごす時間だけが過ぎていく。
そんなとき、するりと私の膝の上から降りたかと思うと、小悪魔は私の服の裾をつかみ、くいくいっとひっぱり始めた。
「どうかしたの、小悪魔?」
すると、裾をひっぱりながら扉を指差し、
「こあっ!」
と、言ってきた。
「外に行きたいのかしら?」
「こあ」
首を縦に振る。
「そう、ひとりで行ってきたら?」
「こーあ!」
首を横に振る。
そして、まず私を指差し、自分を指差し最後に扉を指をさす。そして
「こあー!」
と言ってきた。
つまり、どうやら
「私も一緒に行くの?」
「こあこあっ」
一緒にお散歩を、御所望らしい。
ガチャリと図書館と同じぐらいの重さの扉を開け、門と屋敷の間にある中庭に出る。
三時もとっくに過ぎ、少し赤みを帯びた太陽が中庭を照らしはじめ、どこからともなく吹いてくる風は、少し冷たかった。
久しぶりにこんな時間に外に出たが、着実に到来しつつある冬を改めて感じる。
そんな中庭を、てててとかけていく小悪魔。そんなに走ったら危ないじゃない。
「転ぶわよ、気をつけなさい」
「こあ!」
全く、返事だけはいいんだから。
あれから図書館の中で20分程度の根比べが続いた。もちろん、私も一緒に散歩をするかどうかについてである。
そして、こうやって中庭に私が来ているということは、まあ、そういうことなのである。
私が外に出ることになった根源である小悪魔は、一直線に門の方向にかけていく。
そして、その途中で私の予想どうりに転んだ。
べちゃりと綺麗に転んだ小悪魔。その場にうずくまり、痛そうに膝をさすっている。
「だから気をつけなさいっていたのに」
「……こあ~」
「はい、膝が痛いのね。出して」
「こあ」
スカートの裾をめくって膝を見てみる。どうやら擦りむいてしまったようで、血がにじみ出ていた。
その膝に手を当て、簡単な治癒魔法を唱える。傷は浅い、すぐに治るだろう。
「はい、これで大丈夫よ」
「こあ」
「よく泣かなかったわね。偉いわよ小悪魔」
そう言って頭をなでてあげる。さすさすとなでてやると、とても嬉しそうに
「こあ!」
と一言いって、また門の方向へ駆けていった。
まったく、また転ぶわね、あれじゃあ。
小悪魔を追いかけて門の前に出ると、そこには小悪魔にまとわりつかれ、困っている門番がいた。
「おっとと、どこの子かな? お嬢ちゃん、名前は?」
「こあ」
「こあちゃんか~。同じ名前の子がここにもいるんだけど、知り合い?」
「こあ」
そんな感じの会話を続ける二人。というか、門番はなんで小悪魔の言葉が分かるのだろう。
のほほんと会話を続けている二人。らちが明かないので声をかける事にする。
「その子は本当の小悪魔よ、美鈴」
「パ、パチュリー様! どうしたんですか?」
「その子が外に出たいっていうからね」
「というより、この子がこあちゃんっていうのは?」
「さあ、朝起きたらどういうわけか縮んでたのよ」
「こあ!」
タイミングよく相の手を入れる小悪魔。そんな小悪魔をみてふふっと笑う美鈴。
すると、よいしょ、という声とともに美鈴に抱きかかえられ、肩車をしてもらう小悪魔。
「どう、こあちゃん? 結構、景色違うでしょ」
「こあーーーー」
テンションが上がったようだ。美鈴に肩車をされながら叫び始めた。まったく、いい気なものだ。
「そういえば寝てないわね美鈴。いつも寝ているって話だったけど」
「う。そんなに言われていますか」
「ええ、咲夜なんていつも愚痴をこぼしてるわよ」
「い、いやあお恥ずかしい限りです。でも今日はがんばりましたよ!」
「そうね、いつもその調子で頑張ってもらいたいわね」
「うう、努力します」
そう言って落ち込む美鈴。この子はこういう表情の変化に富んでいる。
笑ったり落ち込んだり、こうやって門の前で話すのは初めてだけれど、いつもとかわらないのね。
それに、小悪魔を肩車しているところを見ると、
「あなたの方が、なんだかお母さんって感じがするわね」
「え、なんですか?」
「なんでもないわ。こっちの話」
「こあーーーーーー」
そして、いまだに叫んでいる小悪魔。ぶんぶんと腕を振り回しながら、絶好調である。
「小悪魔、もうそろそろ戻りましょうか」
「こあ?」
「美鈴は仕事中なの。邪魔しちゃだめよ」
「こあ」
すると、聞き分けよくずりずりと美鈴の肩から降りてきて、ぴょんと私の腕に飛び降りる。
ぽふっとそれを受けとめると
「こあ!」
とすり寄ってきた。少し肌寒い中、小悪魔は暖かい。
そんな様子を見ていた美鈴が
「なんだかパチュリー様、お母さんみたいですね」
と言ってきた。本日三回目のお母さんである。
はあ、とため息をついてこう返す。
「あなたで三回目よ美鈴。まったく、門番も従者と主と同じか」
「咲夜さんとお嬢様にも言われたんですか?」
「そうよ」
「それじゃあ、本物ですね。紅魔館のお母さんということで」
と、無邪気な笑顔を浮かべてそう言ってきた。
そこに何一つ邪気がないのが末恐ろしいものである。
そんな美鈴に背を向けて、小悪魔を抱いたまま門の中に入る。中庭に帰る前に美鈴にこういってやった。
「誰かさんには、かなわないわよ。じゃあ美鈴、門番頑張って」
「はい、ありがとうございます」
まったく、本当に無邪気なんだから。
小悪魔を抱いたまま中庭を抜け、扉の前まで着き、重い扉を開ける前に小悪魔を降ろす。
すると小悪魔が門の方向に向けて
「こあっ!」
と、手を突き出した。そしてその先にいるのは、先ほどまで話していた門番。
今は先ほどと異なり、門の中央で仁王立ちし、腕を組んではるか先を見つめている。
「……そうね、小悪魔。はい、じゃあ入るわよ。もう、とても寒いわ」
「こあ」
小悪魔から先に屋敷の中に入れる。
そして私は門の前に立つ門番を見ながら、ゆっくりと扉を閉めた。
ぼーんぼーんと大時計が鳴る音が遠くに聞こえる。大時計は11回鳴り響き、そして今日の役目を終えた。
私はその音を、図書館の中にある小悪魔の部屋で聞いている。
もう、夕食もお風呂も終え、あとは寝るだけという状態だ。しかし、そのお風呂はとても大変だった。
お湯をかぶる事を嫌った小悪魔が風呂場を走り回り、咲夜に体当たりしたりレミィの後ろに隠れたりフランしがみついたりと、とにかく暴れまくったのだ。
最終的に美鈴につかまりシャワーの餌食になるのだが、とにかく、お風呂がこんなに大変なのは生まれて初めてだった。
そんな大変なお風呂が終わった後、小悪魔は今日最後のお願いとしてわたしと一緒に寝るように言ってきたのだ。
よりによって風呂場の脱衣所で。
紅魔館のみんなのニヤニヤした視線を受けながら、この部屋までやってきた。
レミィは「よっ、パチュリーお母さん!」などと囃し立てていたな。
恥ずかしくて顔から火が出るというのはこういうことなのだなと、体験することになったのだ。
そんなわがまま小悪魔は、もうすでにおねむの状態である。ベッドに座った状態で、こっくりこっくりと船をこいでいる。
「さて、もう寝ましょうか、小悪魔」
「こあ」
そう言って一緒にベッドに入る。
ふわりという毛布の感触とともに、小悪魔が胸元にしがみついてきた。
「こあ~」
「もう、本当に甘えん坊なんだから」
本当に今日一日、大変だった。
ずっと小悪魔の面倒を見て、一緒にご飯を食べて、本を読んで、散歩もして。
ここまで本を読まなかったのは初めてかもしれない。魔導書に至っては、一文字も読み進めることができなかった。
まったく、今日という一日は魔女としての自分としては、最低の一日だろう。
……でも。
「こあ~」
毛布の中で、ふたたびすり寄ってくる小悪魔。そしてすぐにすうすうという寝息が聞こえてくるようになった。
「本当に、しょうがない子」
でも、今日一日とても楽しかったことは事実だ。
いつもと違う光景を、何回も見ることができた気がする。
お姉ちゃんなフランに子どもの小悪魔に戸惑うレミィ。私をからかう咲夜に門番な美鈴。
そう考えると、
「こんな一日も、悪くはないわね」
「こあ~」
寝言でそう返してくる小悪魔。自然と笑みがこぼれてしまう。
今日一日の、全く私らしくない私を思い返しながら、胸元にいる小悪魔をギュッと抱きしめて、私は今日を終わらせるために意識を手放した。
次の日、元に戻った小悪魔がパチュリーに抱きしめられた状態で目を覚まし、いろいろ勘違いをしたというのは当然のお話。
「こあこあっ!」
「どういうことなの……」
――――――――ちっちゃいこあとパチュリー母さん―――――――――
~小悪魔は今日から4歳児?~
朝、いつものように自分のベットで目を覚ます。最近は寒くなってきたのでベッドから出るのがつらい。
けれど、出ないわけにはいかない。ただでさえ最近親友に引きこもりなどと言われているのだ。
ベッドから起き上がり、クローゼットの中にしまってあるいつもの服に着替えにかかる。
最初に紫と白の服の上にピンクのローブを着こみ、次に長い髪を顔の両側でおさげを作る。
最後に月の飾りがついた帽子をかぶれば、これで知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジの出来上がりである。
一応鏡の前で自分の恰好の確認をする。以前に寝ぼけたまま着替えたせいか、服を前後ろ逆にきていて、小悪魔に爆笑されたことがあるからだ。
よし、異状なし。いつもの私の完成である。
歯を磨いた後に廊下に出ると、メイド妖精たちが忙しそうに仕事をしていた。
しかし、いつも通り、あまり仕事がはかどっているようには見えない。
少し重い扉を開け、私のホームグラウンドである図書館に入る。廊下と若干の温度差があり、少し肌寒い。
図書館の中心にある、いわば私の書斎のようなエリアに入る。すると、そこにあるはずの小悪魔の姿が見えなかった。
いつもなら、私が今日読む本をすでにテーブルの上に置き、「おはようございます」と言ってくる小悪魔なのだが、不思議なことに今日はその姿がない。
まあ、たまにはそんな日もあるだろう。
後で文句の一つでも言ってやろうと考え、仕方がないので自分で本棚から本を取り、お気に入りの安楽椅子に腰かけた時だった。
「こあこあーーー!!」
という叫び声が、小悪魔の部屋から聞こえてきたのだ。
「……何かしら」
小悪魔の部屋は図書館の隅に設置されている。いつでも図書館の異常を察知できるようにと、私がここに住むように言いつけたのだ。
その小悪魔の部屋の扉をノックする。
「小悪魔。どうかしたの?」
返事はかえってこない。
「小悪魔? 入るわよ」
扉に手をかけ、開ける。鍵はかかっていなかった。
部屋の中は真っ暗で何も見えない。仕方がないので手の上に火を球を作り、あたりを照らしてみた。
「小悪魔? いるんでしょう?」
ゆっくりと部屋の真ん中まで進む。すると、部屋の片隅に震える影を見つけた。
「何してるの?」
と問いかけてみたのだが、そこで少しおかしいことに気付いた。
その影は圧倒的に小さかったのだ。小悪魔の身長は私よりも大きいのに、その影は少し大きめの犬程度しかない。
すると、その影が振りかえったかと思うと
「こあこあ~!!」
と叫び、私に飛びついてきた。
突然の突撃を受け、床に尻もちをついてしまう。
「いたっ! 何するのよ!」
「こあこあ~」
胸元で私にすり寄ってくる小動物。
よくよく観察してみると、背中に羽が生え、耳の横にも小さい羽が生えている。
そして見覚えのある紅い髪。
飛びかかってきた小さい影は、小さくなった小悪魔だった。
「いったい、どういう事なのかしらね」
「こあ?」
小さくなった小悪魔を部屋から連れてきて、書斎のテーブルの上に座らせる。
その大きさは、ちょっと大きめのテディベアのぬいぐるみぐらいで、人間でいうと4歳程度だろうか。
胸に抱くのはちょうどいい大きさなのだが、どうやら図書館の仕事をさせるのには不十分なようだ。
そんな小悪魔は私の顔を見ながらニコニコしている。
「こあっ」
すると、ぽんっとテーブルの上から飛び降りる。その着地先は安楽椅子に座っている私の膝の上。
ぽふぽふと膝の上に座り、背中を私の方に預けてもたれかかってくる。
「あなたねえ、一応私は主人なんだけれど」
「こあこあ」
お構いなしにくつろぎ始める小悪魔。どうやら居心地がよろしいようで、歌を歌い始めてしまった。
「こあっこあっこあ、こあこああこあ~」
「あなた、頭の中まで小さくなったの?」
「こあここあ~」
少し調子が外れた歌ではあるが、ご機嫌は上々のようである。
しかし、こうなってくると小悪魔が縮んでしまった原因が気になってくる。
小悪魔とはいえ、一応は悪魔の眷属である。その他の妖怪からも恐れられるほどの力を持った種族が悪魔なのだ。
そのような種族が、小さくなる、つまりは弱体化してしまったわけである。
これは私の知識欲と好奇心が刺激される内容であり、今すぐにでも本を読み荒らしたくなってくる。
しかし、
「こあ?」
膝の上には小悪魔が座っていて、身動きが取れない。
「小悪魔、私の膝の上から降りてくれないかしら?」
「こあっ!」
どうやら、「いやっ!」と言ったようである。このやろう。
「あなたがこうなってしまった原因を探さないといけないのよ。だから、そこから降りなさい小悪魔」
「…………」
「小悪魔?」
「こあ~?」
膝の上に座った状態でこちらを見上げてくる小悪魔。その目には、涙がたまっていた。
(どうしてここにいちゃいけないんですか? 私のこと、嫌いですか?)
そんな風に語りかけてくる小悪魔の瞳。つまりは駄々っこ状態なのである。
ていうか、そんなに居心地いいのか私の膝の上っ!
得てして4歳児の涙目は、身に覚えのない罪悪感を異常に感じさせるものであり、見た目だけの小悪魔とはいえ、この時も例外ではなかった。
体が小さくなって、中身も小さくなったというのはどうやら間違いないらしい。
「こ、こあ~」
今にも泣きそうになる小悪魔。溜めてある涙の量が増え、ひくひくとしゃくりあげるようにもなってきた。
子どものあやし方なんて知らないから、そんな小悪魔に慌ててしまう。
仕方がないので、慌てて膝の上にいてもいいことにする。
「分かったわよ! 居てもいいから!」
すると、とたんに明るくなる小悪魔の顔。満面の笑顔を浮かべて私に
「こあ!」
と、さらに体重をかけてすり寄ってきた。
小悪魔のからだはいい感じに暖かいのだが、いかんせん身動きがとれない。
(トイレに行きたくなったら、どうしようかしら)
そんな私の思いを知ってか知らずか、膝の上の小悪魔は
「ここあっこあ~」
いまだに調子はずれの歌を歌っていた。
ぼーんぼーんと、図書館にある大時計が鳴る。
どうやら九時になったようで、時計もきっちり9回その音を響かせる。
身動きがとれない私は、仕方がないので小悪魔を乗せたままでも読める、小さい本を読んでいた。
するとガチャっと図書館の扉があき
「パチュリー様、朝食でございます」
咲夜が食事の乗った台車を運んできた。
「ありがと。じゃあ、いつも通りお願い」
「分かりました。それでは失礼いたします」
そしてすぐにテーブルの上を綺麗にし、朝食を並べ始める。その手つきには淀みがない。
すべての皿を並べ終え、こちらを向き直った咲夜が不意に口を開く。
「そういえば、小悪魔の姿がありませんが」
きょろきょろと周りを見渡しながらそう言う。
ふうと一息ついてから、私は椅子を咲夜の方向に向けた。
「小悪魔なら、ここにいるわよ」
「こあっ!」
右手をあげて挨拶をする小悪魔。おはよう、とでも言っているのかもしれない。
小悪魔を見て少し驚いている咲夜だったが、そのうちつつっと近づいてくると、小悪魔の頬をつつき始めた。
「あらまあ。小さくなっていますね」
「ええ、小さくなっちゃってるわ」
「こあ~」
ぷにぷにと突かれる事がお気に召さないのか、いやいやと身をよじる。
「では、子供用の椅子と食事セットを用意した方がよろしいですね」
「ええ、お願いできるかしら」
「はい。お任せください」
そう言うと同時に、目の前に子供用の、少し足が長く座るところが小さい椅子が現れた。
そして、先ほどまではなかった子供用の食器も、いつの間にかテーブルの上に配膳されている。
「お待たせいたしました。こちらでよろしかったでしょうか」
「ええ、これでいいわ。それと、待つ時間なんてなかったわよ」
「これは失礼いたしました」
そう言いながら咲夜は、私の膝の上に座っていた小悪魔を抱きあげ、用意した子供用の椅子に座らせる。
大人しく、咲夜にされるがままの小悪魔であるがその目線はすでに、用意された朝食に向いている。
「こあこ~あ」
「はいはい、じゃあ食べましょうか」
「飲み物はいかがなさいますか? 紅茶とコーヒーの両方を用意いたしましたが」
「私は紅茶で。この子にはオレンジジュースとかをお願いできるかしら」
「かしこまりました」
そう言って今度は台車から紅茶のポットとオレンジジュースの入ったグラスを持ってくる。
紅茶を私の目の前に、オレンジジュースを小悪魔の前に置き浅くお辞儀をする。全く持っていつも通りの動きだ。
「オレンジジュースがあるというのは意外だったわ」
「お嬢様に備えはいつも完璧に。と言われているのもですから」
そう言ってほほ笑む咲夜。
小悪魔はというとすでに食べ始めていて、ケチャップのかかったスクランブルエッグを、おぼつかない持ち方をしたスプーンで食べているところだった。
食べ方自体も子供のようで、すでに口の周りにはケチャップが付き、パンはかけらをぼろぼろと落としている。
少しでも本にかかったら、しばこう。
そう思いながらナプキンを手に取り、小悪魔の口の周りを拭く。
「もう、こんなにこぼして」
「こあ~」
私にされるがままに口を拭かれる小悪魔。よし、大分綺麗になった。
そんな私たちの様子を後ろで見ていた咲夜が、不意にこんなことを言った。
「パチュリー様、まるで母親みたいですね」
「むきゅっ!」
パンを喉に詰まらせる。すぐに背中をなでてくれる咲夜だが、その原因もまた咲夜だ。
「きゅ、急に何を言うのよ!」
「いえ、後ろで見ているとそうとしか思えず、つい」
「は、母親みたいだなんて……」
「お嫌でしたか?」
「…………」
「失礼をいたしました。それでは私は朝の雑務が残っておりますので、朝食が終わればいつのもようにお呼びください」
私の背中をなでながら、そう言う咲夜。
そして、新しく紅茶をいれたあと、これまたいつものように一瞬で姿を消した。
全く咲夜ときたら、あんな風に聞かれたら答えに困るじゃないの。
なにかもやもやとした気持ちを抱えながら無言で食べ進めていると、となりの席から視線を感じる。
小悪魔がこちらを見ていた。その口の周りには新しくケチャップをつけて。
「……こあ?」
どうしたんですか? とでも言っているのだろうか。まったく。
「また口の周りについてる。はい、顔近付けて」
そう言うと、んっ、と口を突き出してくる。
「……ホント、しょうがないわね」
私は小悪魔の口の周りについたケチャップを、ゆっくり拭ってやった。
朝食も終り、テーブルの上に並んでいた食器も、先ほどまで小悪魔が座っていた子供用の椅子も、全て片づけられた。
その椅子を使っていた小悪魔も、朝食が終わると同時に私の膝の上に戻ってきた。
今はその膝の上で私に寄り添って寝てしまっている。すうすうという寝息が、かすかに聞こえてくる。
図書館の大時計が10時を指してからもう半刻を刻もうとしていた時、バタン! と壊れんばかりの勢いで図書館の扉が開かれた。
「パチュリー! 本読みに来たよ!」
もう少し扉を労わってもらいたいものだ。
扉が開かれたその向こう側には、私の親友の妹が、へへっと笑いながら立っていた。
そしてその後ろには
「フランの付き添いで来てあげたわよ。パチェ」
その親友が立っていた。
「いらっしゃい、二人とも。珍しいじゃない、一緒だなんて」
二人は並んで私のいるテーブルまで歩いてくる。右を歩くフランを、左を歩くレミィがちらちらと気遣っているのが分かる。
膝の上の小悪魔はというと、先ほどの扉の開く音で飛び起き、ぽかんとした表情で客人を見ていた。
「あれ、その子誰?」
「あら、確かに。見覚えのあるような、ないような子どもがいるわね」
すぐに小悪魔に気付き、私の前にしゃがんで小悪魔と同じ目線になるフラン。レミィは私の正面の椅子に座る。
「はい、はじめまして。私はフラン。いったい誰かな?」
「こあ~?」
「残念だけど、はじめまして、じゃないわよ」
「私の親友に隠し子がいた記憶はないんだが。いや、隠しているから隠し子か」
「レミィ、隠し子でもないわ。ほら、なにか見憶えない?」
そういうと、じーっと小悪魔を見つめる二人。見つめられた小悪魔は少し恥ずかしそうにもじもじしている。
「こ、こあ……」
「確かに、見覚えがあるような、ないような」
「耳の羽と背中の羽、それにその赤い髪。もしかして小悪魔か?」
「え、小悪魔なの? この子?」
「ええ、そうよ。レミィの正解」
そう告げるとフランの顔がだんだん笑顔になっていき、小悪魔を持ち上げて抱き締め
「小悪魔、ちっちゃくなってかわい~」
「こ、こああ~!」
と、ぐりぐりしはじめた。
「パチェ、今回はどんな魔法の実験を失敗したんだ?」
フランとは対照的に、にやにやと笑いながらそう問いかけてくるレミィ。
ここで返答を間違えると、おそらくからかわれるだろう。私は首を振って、こう答えた。
「何にも失敗してないわ。朝起きたら縮んでたの」
「ほう、じゃあ勝手に小さくなったと」
「ええその通りよ。私としては誰かさんが、運命の一つでも操ったって言ってくれたら楽なんだけどね」
「残念だが、それもないな」
「でしょうね」
そう言って目線をフランと小悪魔に向けるレミィ。私もそれに習う。
「じゃあ小悪魔、本を読んであげるね。どれがいい?」
「こあ」
「これ? じゃあここに座って」
どうやら本を読んであげることになったらしい。
椅子にフランが座り、その膝の上に小悪魔が座る。どんだけ膝の上好きなんだ。
こほんと一度咳払いをしてから読み始めたフラン。本の内容は、童話のウサギとカメだ。
とろいカメを馬鹿にしたウサギが、最終的にはそのカメにかっけこで負けるという、不断の努力を謳ったどこにでもありそうな内容のお話。
そんな話を小悪魔は、はじめの方こそは戸惑いながら聞いていたが、フランの声と話の内容に引き込まれたのか、だんだんと大人しく聞くようになっていく。
話している方のフランも、慣れないことではじめはぎこちなかったが、話が進むとだんだんと上手になっていくのが分かる。
そんな二人を眺める私とレミィ。ゆっくりとした時間が、図書館の中に流れる。
「なんだか、姉妹みたいね。あの二人」
「おいおい、私にもう妹はいらないぞ」
「あれ? フランがお姉ちゃんじゃなかったっけ」
「ふん。馬鹿を言うな」
「すねないすねない」
そう言って私とレミィは笑い合う。
そして、ふと思い立ったようにレミィがこう言ってきた。
「でも、パチェの二人を見る目は、母親という感じがしたぞ」
一瞬止まる会話。またか、まったく従者が従者なら主人も主人だ。
ひとつため息をついてから、会話を続ける。
「……レミィにまで言われるのね、それ」
「なんだ、もう言われたのか。どうせ、咲夜あたりだろう」
「ええ、そうよ。朝食のときにね」
「いいじゃないか、パチュリーお母さん。私もそう呼ぼうか?」
「500歳の子供というのも、ぞっとするわね」
「はいっ! これでおしまい! 面白かった? 小悪魔」
「こあ!」
どうやらお話は終わったようだ。パタンと閉じられるウサギとカメの本に、フランの膝の上ではしゃぐ小悪魔。
「大人しく聞けていたね小悪魔。偉い偉い!」
そう言って小悪魔の頭をなでるフラン。小悪魔も気持ちがよさそうだ。
こうしてみていると、本当に姉妹のようだ。
ふと目の前の長女を見てみると、そわそわと落ち着きがない。
「レミィ、どうしたの?」
「なあパチェ。どうしてもというのなら、私も小悪魔を抱いたり撫でてやったりしてもいいんだぞ」
ああ、なるほど。そういうことか。まったく素直じゃないんだから。
はあっ、とわざとらしくため息を吐いて、レミィに言う。
「結構だと、言ったら」
「…………う~」
「冗談よ、抱いてやってもらえる?」
「し、仕方ないな、まったく」
そう言って小悪魔に駆け寄るレミィ。その羽は嬉しそうにパタパタしているが、本人は気づいていないようだ。
「フラン。小悪魔を貸してもらえるかしら」
「ええっ! お姉さま、大丈夫?」
「あら、私を誰だと思っているの?」
「はいはい、落としちゃだめだよ」
「……こう、抱けばいいの?」
見ていて、はっきり言ってレミィの抱き方は危なっかしかったが、
まあ、小悪魔もレミィもフランも嬉しそうだったので、よしとしよう。
ぼーんぼーんと、大時計が三回鳴る時間になった。
昼食もとり終え、さらに早めのおやつもちょうど終わったところだ。
昼食の時にはフランが小悪魔の世話を焼きまくったり、そんな様子を見ていると咲夜にまた母親みたいだと言われたりした。まったく。
そんなこんなで、早くも午後の三時になってしまった。
小悪魔の小さくなった原因については何一つ分からず、ただただ二人で過ごす時間だけが過ぎていく。
そんなとき、するりと私の膝の上から降りたかと思うと、小悪魔は私の服の裾をつかみ、くいくいっとひっぱり始めた。
「どうかしたの、小悪魔?」
すると、裾をひっぱりながら扉を指差し、
「こあっ!」
と、言ってきた。
「外に行きたいのかしら?」
「こあ」
首を縦に振る。
「そう、ひとりで行ってきたら?」
「こーあ!」
首を横に振る。
そして、まず私を指差し、自分を指差し最後に扉を指をさす。そして
「こあー!」
と言ってきた。
つまり、どうやら
「私も一緒に行くの?」
「こあこあっ」
一緒にお散歩を、御所望らしい。
ガチャリと図書館と同じぐらいの重さの扉を開け、門と屋敷の間にある中庭に出る。
三時もとっくに過ぎ、少し赤みを帯びた太陽が中庭を照らしはじめ、どこからともなく吹いてくる風は、少し冷たかった。
久しぶりにこんな時間に外に出たが、着実に到来しつつある冬を改めて感じる。
そんな中庭を、てててとかけていく小悪魔。そんなに走ったら危ないじゃない。
「転ぶわよ、気をつけなさい」
「こあ!」
全く、返事だけはいいんだから。
あれから図書館の中で20分程度の根比べが続いた。もちろん、私も一緒に散歩をするかどうかについてである。
そして、こうやって中庭に私が来ているということは、まあ、そういうことなのである。
私が外に出ることになった根源である小悪魔は、一直線に門の方向にかけていく。
そして、その途中で私の予想どうりに転んだ。
べちゃりと綺麗に転んだ小悪魔。その場にうずくまり、痛そうに膝をさすっている。
「だから気をつけなさいっていたのに」
「……こあ~」
「はい、膝が痛いのね。出して」
「こあ」
スカートの裾をめくって膝を見てみる。どうやら擦りむいてしまったようで、血がにじみ出ていた。
その膝に手を当て、簡単な治癒魔法を唱える。傷は浅い、すぐに治るだろう。
「はい、これで大丈夫よ」
「こあ」
「よく泣かなかったわね。偉いわよ小悪魔」
そう言って頭をなでてあげる。さすさすとなでてやると、とても嬉しそうに
「こあ!」
と一言いって、また門の方向へ駆けていった。
まったく、また転ぶわね、あれじゃあ。
小悪魔を追いかけて門の前に出ると、そこには小悪魔にまとわりつかれ、困っている門番がいた。
「おっとと、どこの子かな? お嬢ちゃん、名前は?」
「こあ」
「こあちゃんか~。同じ名前の子がここにもいるんだけど、知り合い?」
「こあ」
そんな感じの会話を続ける二人。というか、門番はなんで小悪魔の言葉が分かるのだろう。
のほほんと会話を続けている二人。らちが明かないので声をかける事にする。
「その子は本当の小悪魔よ、美鈴」
「パ、パチュリー様! どうしたんですか?」
「その子が外に出たいっていうからね」
「というより、この子がこあちゃんっていうのは?」
「さあ、朝起きたらどういうわけか縮んでたのよ」
「こあ!」
タイミングよく相の手を入れる小悪魔。そんな小悪魔をみてふふっと笑う美鈴。
すると、よいしょ、という声とともに美鈴に抱きかかえられ、肩車をしてもらう小悪魔。
「どう、こあちゃん? 結構、景色違うでしょ」
「こあーーーー」
テンションが上がったようだ。美鈴に肩車をされながら叫び始めた。まったく、いい気なものだ。
「そういえば寝てないわね美鈴。いつも寝ているって話だったけど」
「う。そんなに言われていますか」
「ええ、咲夜なんていつも愚痴をこぼしてるわよ」
「い、いやあお恥ずかしい限りです。でも今日はがんばりましたよ!」
「そうね、いつもその調子で頑張ってもらいたいわね」
「うう、努力します」
そう言って落ち込む美鈴。この子はこういう表情の変化に富んでいる。
笑ったり落ち込んだり、こうやって門の前で話すのは初めてだけれど、いつもとかわらないのね。
それに、小悪魔を肩車しているところを見ると、
「あなたの方が、なんだかお母さんって感じがするわね」
「え、なんですか?」
「なんでもないわ。こっちの話」
「こあーーーーーー」
そして、いまだに叫んでいる小悪魔。ぶんぶんと腕を振り回しながら、絶好調である。
「小悪魔、もうそろそろ戻りましょうか」
「こあ?」
「美鈴は仕事中なの。邪魔しちゃだめよ」
「こあ」
すると、聞き分けよくずりずりと美鈴の肩から降りてきて、ぴょんと私の腕に飛び降りる。
ぽふっとそれを受けとめると
「こあ!」
とすり寄ってきた。少し肌寒い中、小悪魔は暖かい。
そんな様子を見ていた美鈴が
「なんだかパチュリー様、お母さんみたいですね」
と言ってきた。本日三回目のお母さんである。
はあ、とため息をついてこう返す。
「あなたで三回目よ美鈴。まったく、門番も従者と主と同じか」
「咲夜さんとお嬢様にも言われたんですか?」
「そうよ」
「それじゃあ、本物ですね。紅魔館のお母さんということで」
と、無邪気な笑顔を浮かべてそう言ってきた。
そこに何一つ邪気がないのが末恐ろしいものである。
そんな美鈴に背を向けて、小悪魔を抱いたまま門の中に入る。中庭に帰る前に美鈴にこういってやった。
「誰かさんには、かなわないわよ。じゃあ美鈴、門番頑張って」
「はい、ありがとうございます」
まったく、本当に無邪気なんだから。
小悪魔を抱いたまま中庭を抜け、扉の前まで着き、重い扉を開ける前に小悪魔を降ろす。
すると小悪魔が門の方向に向けて
「こあっ!」
と、手を突き出した。そしてその先にいるのは、先ほどまで話していた門番。
今は先ほどと異なり、門の中央で仁王立ちし、腕を組んではるか先を見つめている。
「……そうね、小悪魔。はい、じゃあ入るわよ。もう、とても寒いわ」
「こあ」
小悪魔から先に屋敷の中に入れる。
そして私は門の前に立つ門番を見ながら、ゆっくりと扉を閉めた。
ぼーんぼーんと大時計が鳴る音が遠くに聞こえる。大時計は11回鳴り響き、そして今日の役目を終えた。
私はその音を、図書館の中にある小悪魔の部屋で聞いている。
もう、夕食もお風呂も終え、あとは寝るだけという状態だ。しかし、そのお風呂はとても大変だった。
お湯をかぶる事を嫌った小悪魔が風呂場を走り回り、咲夜に体当たりしたりレミィの後ろに隠れたりフランしがみついたりと、とにかく暴れまくったのだ。
最終的に美鈴につかまりシャワーの餌食になるのだが、とにかく、お風呂がこんなに大変なのは生まれて初めてだった。
そんな大変なお風呂が終わった後、小悪魔は今日最後のお願いとしてわたしと一緒に寝るように言ってきたのだ。
よりによって風呂場の脱衣所で。
紅魔館のみんなのニヤニヤした視線を受けながら、この部屋までやってきた。
レミィは「よっ、パチュリーお母さん!」などと囃し立てていたな。
恥ずかしくて顔から火が出るというのはこういうことなのだなと、体験することになったのだ。
そんなわがまま小悪魔は、もうすでにおねむの状態である。ベッドに座った状態で、こっくりこっくりと船をこいでいる。
「さて、もう寝ましょうか、小悪魔」
「こあ」
そう言って一緒にベッドに入る。
ふわりという毛布の感触とともに、小悪魔が胸元にしがみついてきた。
「こあ~」
「もう、本当に甘えん坊なんだから」
本当に今日一日、大変だった。
ずっと小悪魔の面倒を見て、一緒にご飯を食べて、本を読んで、散歩もして。
ここまで本を読まなかったのは初めてかもしれない。魔導書に至っては、一文字も読み進めることができなかった。
まったく、今日という一日は魔女としての自分としては、最低の一日だろう。
……でも。
「こあ~」
毛布の中で、ふたたびすり寄ってくる小悪魔。そしてすぐにすうすうという寝息が聞こえてくるようになった。
「本当に、しょうがない子」
でも、今日一日とても楽しかったことは事実だ。
いつもと違う光景を、何回も見ることができた気がする。
お姉ちゃんなフランに子どもの小悪魔に戸惑うレミィ。私をからかう咲夜に門番な美鈴。
そう考えると、
「こんな一日も、悪くはないわね」
「こあ~」
寝言でそう返してくる小悪魔。自然と笑みがこぼれてしまう。
今日一日の、全く私らしくない私を思い返しながら、胸元にいる小悪魔をギュッと抱きしめて、私は今日を終わらせるために意識を手放した。
次の日、元に戻った小悪魔がパチュリーに抱きしめられた状態で目を覚まし、いろいろ勘違いをしたというのは当然のお話。
紅魔館行きてぇぇぇぇ
これはよいぱちぇこぁですこぁ~!!!
ところで門と屋敷の間は中庭で無く前庭では?
にこ動で小悪魔ちゃんという動画を見つけたんだが....
さぁ、一緒にお風呂に入ろうか
こぁかわいいよこぁ!