いつも通り穏やかな日だった。
そろそろ衣替えだろうと彼女―――魂魄妖夢は、己の箪笥と押入れを整理していた。
冥界だけなら年中気温が変わらないので、衣を替える必要も無いのだが、自分は里まで下りて買い物をする。
故に、厚手のコートとタイツを出していたのだ。
生憎、主は衣替えが必要無い。
その分他の従者達よりは楽なのだが、いくら亡霊だからといって着替えを面倒くさがるのは如何なものかと。
寝巻のまま散歩しようとする。更に油断すると下着を着けない。
一体、師匠はどうやって主の面倒を見ていたのだろうか。
割と切実な悩みに頭を抱えながら整理を続けていた。
「よーむぅ。お茶っ葉交換してー」
「はいはい。待ってて下さ―――ん?」
ごとり。
主に急かされ、押入れに服箱を無理矢理押し込んだ、その時……上から何かが落ちて来た。
どうやら押し入れ内の天井かららしい。板が外れている。きっと、さっきの衝撃で落ちたのだろう。
「……『夢』?」
丁度茶箱ほどの大きさのそれは、蓋の上に『夢』と墨で書いてあった。
「まんま茶箱……なわけないか」
軽い。何より、茶っ葉を天井裏で保存しておくわけがない。
よくよく箱の文字を見る……師匠の字に、似ているな。
「いいや。持ってこ」
妖夢は箱を持って主の居る居間に向かった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「おそーい!」
「すいません」
主様―――西行寺幽々子は頬を膨らませて、湯呑みを突き出した。
どうやら自分で葉っぱを交換したらしい。
妖夢は箱を下に置き、茶菓子を取りに向かおうとした。
「妖夢。これ……」
「あ、そうでした。天井からゴトリと」
「……そう」
幽々子は妖夢が持ってきた箱を見つめた。
「この箱なんなんです?」
「そうね……開けてみなさい」
主に促され、妖夢は蓋に手をかける。
「服と……写真?」
「……」
『服』といっても妖夢が着れるようなサイズでもないし、幽々子のサイズでもない。
まして師匠が着れる男物のサイズでもない。
そう、それは―――
「子供? 赤子の無垢着?」
「ええ……そうよ」
主が物憂げにその子供服を眺める。
妖夢は、はてと思いつつ写真を手に取った。
数人の人妖。
「懐かしいわね」
「あ、幽々子さまがいますね」
「ふふ。妖忌もいるわ」
「本当だ……あれ?」
写真には主や師匠も含め、知り合いもちらほらいた。
紫。藍。幽香。永琳。萃香。勇儀。天魔。映姫……ルーミア?
しかし、妖夢はどうしても中心の人物惹かれた。
「……え?! 私!?」
「ふふふ」
私がいる。
しかも赤子を抱いている。
……おかしい。ありえない。こんな写真を取った覚えは更々ない。
妖夢は抜けた顔で、主に応えを求めた。
幽々子はふふふと笑い、これこれと写真の中の一点を指した。
……赤子?
「……この『服』ですね」
「この服よ」
「……え? 私?」
「そうねぇ。妖忌を見なさい」
「師匠?」
言われたとおりに師匠を見る。
「……若、いですか?」
「若いわね」
「ふむ?」
「ほんと堅いわね、貴女は」
「むっ……」
「じゃあ、次は……半霊見なさい」
半霊……二つ。
大小二つ。
「わからないの?」
「一つ(大)は師匠ので、一つ(小)は……え?」
「わかった?」
「半霊(これ)、私です!!」
「当ったりー」
半霊も身体だ。そりゃわかる。
しかし、この半霊(私)は―――
「赤子だ……」
「そう。貴女よ」
「ええ!!?」
そりゃ、自分は現状の容姿で生まれて来たわけではない。
しかし、だからといって……信じられない。
「まさか……この人は」
「そう。貴女の―――」
―――『母親』よ―――
言葉が出ない。
自分の中での、禁忌。
師匠……いや、祖父だってその話題に触れなかったし、主だってまるで話をしなかった。
今更、だ。
「あら? どうしたの?」
「あ、え、あ、その……えっと」
「ん?」
「だって……何も」
戸惑いの色を隠せない。
「自分が捨て子か、鸛(コウノトリ)が運んで来たとでも思ってた?」
「ち、違います! ただ……実感が」
「今この時が実感よ」
「そういうことじゃなくて……今まで、何も聞かされてなかったし」
「聞かなかったもの」
「そうじゃなくて!」
目の前が歪んで見えた。
ただ、ただ、自分に似た写真中央の女性にだけ目が入った。
「このヒト、『人間』じゃないですか!!」
「ああ、そゆことね。小さなことよ」
「小さなって……」
半人半霊の自分にはわかる。
『このヒト』に半霊は、無い。
「……質問、ある?」
「いっぱい過ぎて、どうしていいのか……」
「そうね」
幽々子はクスッと笑い、縁側から中庭に向けて歩きだした。
一歩、一歩……
そして一本の桜の木に辿り着いた。
西行妖の隣の一本。葉も蕾も無い、当に西行妖に瓜二つの裸の桜。
「すこし……昔話をしましょうか」
* * * * * * * * * * * * * * * *
どこから話しましょう。
では、『魂魄』家について少し。
魂魄家は『西行寺』家の忠臣として名高い一族でした。
詳しくは分からないけど、元々異能の者が多かった西行寺の分家らしいのです。
「これは妖忌から聞かされているわね」
「はい……普通の人間は生きている時、魂と魄が結合し、死ねば分離するといいます。
その常を逸した一族。生けるうちから、魂と魄を分断している化け物。
なんでも御先祖様が行った外法だか……その呪いが子子孫孫にまで、と」
それで本家、つまり西行寺の性を外されたようです。
まあ、そんなことは些細なこと。
そう……魂魄家にも宗家、分家があります。
別に一子相伝というわけではありませんでした。ならば宗家、分家が生まれるのは定め。
「つまり、その、母は嫁いできた人間だと?」
「話は最後まで聞きなさい」
確かにそういう人間もいました。
しかし、異能と通常の混血というのはとても危険。
故に宗家のトップ達は息子娘を比較的『近いところ』で結婚させていました。
そう、近親婚です。
そうすることで『魂魄』というラベルを保ってきました。
「……私も」
「あ、大丈夫大丈夫。心配しないで」
「へ?」
「それは後で話すとして、貴女、今何歳?」
「えっと……〈みょん〉歳です」
「えっとじゃあ、〈みょんみょみょん〉年前ぐらいの話だけどね……」
* * * * * * * * * * * * * * * *
ここからは、紫と妖忌からの伝聞でしかありません。
妖忌はある代の宗家長男として生まれました。
普通に生きてゆけば、妖忌が次代の宗家当主になるのは然。
しかし……彼自身はそれを『可し』としなかった。
「何故です?」
「ん~、紫に教えられたから胡散臭いんだけどね……」
彼は『魂魄』家の在り方が嫌で嫌で仕方がなかったらしいのです。
閉鎖保守的。懐古主義。外道。陰質。高飛車。等々……
彼は宗家に反抗しました。
元々、魂魄きっての天武の才。彼を押さえられる者はいません。
当時の当主……彼の父は彼に後を継がせるのは最早無理だと判断し、当主襲名権と『半名』を奪いました。
彼も彼で『上等です、父上様』と言って、西行寺家の御庭番となったのです。
「はんめい?」
「半分の名と書いて『半名』よ」
「それがなんなんですか? 意味がわかりません……」
確かに、普通ならピンとこないでしょう。
しかし『魂魄』家には重大なことなのです。
「『妖忌』って漢字で書ける?」
「あ、はい……こう(妖忌)ですよね」
「そうね。でも、これ偽名なんだって」
「ええッ?!」
「でも紫も妖忌も本名教えてくれないのよ。あ、『ヨウキ』って読みは同じらしいわ」
「へぇ……」
魂魄の半人半霊は『妖○』という名が殆ど。妖武とか妖香とか。後で家系図でも見てみるといいでしょう。
しかし、稀に……歪であったり、反抗的であったり、そう貴女の祖父のようにです……イレギュラーが存在します。
そういう者には『罰』『罪』として、半名に負の烙印を与えます。
「……」
「『忌まわしい』存在、らしいわ」
「そんなのッ……!!」
「ま、本人はケラケラ笑ってたらしいけどね。
あと父親の前で『好きな人ができた』って言ったのが拙かったらしいの。
もう許嫁を決めていたらしかったから。彼の父親は」
「……は?」
「幼馴染だって。もー、これまた二人とも誰か教えてくれないんだもの」
「……」
「妖忌は真っ赤になってツンケンするし。
紫なんて『……アンタ、それマジで言ってんの』とか真顔で言うし。
もう! ゆっこのこと除け者にして!」
「さいですか……あのジジイ」
さておき……話を戻します。ここからは伝聞ではありません。
反抗的かつ結婚する気の無い妖忌を放っておき、彼の父は二男を当主にしたのです。
次男坊も妖忌ほどでは無いにしろ、剣の才や学の才がありました。ただ……完全なほどの『魂魄』の半人半霊。
二男・妖忌の弟が当主になる頃、私・西行寺幽々子と従者・魂魄妖忌は冥界(此処)に居ました。
貴女が生まれる前ですね。
何故冥界(此処)に来たのかは覚えていませんが……はて、何時頃でしょう。
兎角、妖忌は何かしらの手段で現世と交信を取っていたようです。多分、紫でしょう。
ある時、とある情報が入りました。
弟に子が生まれる。
魂魄家とは縁を切ったといえ、それでも弟の祝い事。彼は休みを取り宗家へと足を運びました。
周りから『忌々しい』眼で見られながらも、妖忌は肉親に祝詞と述べます。
無論弟は当主である以上、縁を切った家族と親しい顔はできない。
しかし内心、弟はとても嬉しかったようです。
妖忌は『魂魄』からは『忌まわしく』思われてはいたものの、家族、友人達にはこれでもかと言うほど好かれていました。
そして弟の奥方が懐妊して十月十日。
一人の可愛らしい女子が生まれました。とても元気に泣いたといいます。
顔色良く、父親母親と同じ白銀の産毛。
集まっていた一族、妖忌ですら、関係者は……真っ青になりました。
「何故です?」
「私の言ったことを思い出して」
「十月十日?」
「おばか」
「む……」
「あのね、『一人の』可愛らしい女子が、生まれたの」
「……あ」
「わかったわね」
その子は、奇形児でした。『魂魄』という意味で、です。
人間。
魂魄家特有の魂たる半霊がありませんでした。
「そんな……その人が」
「貴女の母親よ。名は―――」
当主は頭を抱えました。
生まれて来たのは、忌み子。
しかも女子とはいえ、宗家の初子となるべき存在が『人間』なのです。
周りは彼を、彼の奥方を散々叩きました。
やはり兄上を当主にすべきだった。妻も魂魄の血縁とはいえ混血すぎる。等々……
しかし、そこで妖忌が一喝します。
『阿呆抜かせッ!! 子が生まれたのだ! 目出度い以外の何物でもなかろうがッ!!』
一同は言葉を失いました。
当主は複雑でした。子が生まれた。兄が目出度いと言って聞かせてくれた。
しかし、自分は当主である。父親である前にその役目を果たさねば……当主は言いました。
『この子の名前を……発表する名は―――ヨウム―――』
ざわめき。
手を振わせながら、彼は筆を走らせました。
唖然。
「妖無。魂魄妖無(ようむ)よ」
「私と、同じ……」
「……違うわ」
妖無。
生まれながらにして『無い』存在。
誰も言葉が出せません。
暫時、妖忌が当主の胸倉を掴みました。
『貴様はッ!!』
『家を捨てた貴方にどうこう言われる筋合いは……無い』
『虚けがッ……』
当主に手を上げようとした、その時。
彼女が、赤子が泣き出しました。
妖忌は、腕を降ろします。そして、部屋から立ち去りました。
「彼だって、そんな名前をつけたくはなかった」
「そりゃ、そうです……」
「でもね……保守的な者共を納得させるには、どうしても必要な『処置』だったの」
「だからって、そんなの」
「ええ、私だって怒ったわよ」
その後、妖忌は冥界に戻りました。
帰って来て話を聞かされた私は、魂魄の宗家に乗り込んで皆殺しにしてやろうかと思ったほどです。
* * * * * * * * * * * * * * * *
そして忘れかけてた数年後、紫が妖忌宛てに手紙を持ってきました。
差出人は宗家当主、弟からです。
『話がしたい。出向いてもいいか?』
冥界に来るというのです。
妖忌は少々考え、私に部屋を借りてもいいか、と聞きます。
私は了承しました。
二日後、紫に頼み当主を連れて来て貰いました。
当主は女性を、妖無を抱えて。
彼は私に挨拶をし(一応、楼主兼西行寺の御嬢である)、妖忌と話を始めます。
『先日、家族の命が狙われた。妻と他の子達は……』
『……そうか』
『この子は辛うじて守れたが、やはり危ない』
『誰が……狙ってきた』
『妖忌……いや、兄さん。莫迦なことは考えるな。貴方が出たらもっとややこしくなる』
当主……弟は、私の方を見ました。
『幽々子様。お願いがあります』
『なにかしら』
『この子を……妖無をお願いできませぬか』
『何故?』
『今御話したとおり、外では、守りきれませぬ。
この子を狙いし輩は一つでは御座いませぬ。残念ながら身内の犯行、およそ分家でしょう。
そして……西行寺の本家の懐古派の息がかかっていると思われます』
『よくわからないけど……貴方は、どうするの?』
『……』
彼は妖忌が手入れしている石庭を眺め、静かに立ち上がりました。
誰に言うでもなく、呟き始めます。
『兄さん。龍庵寺(竜安寺)を真似たのか』
『ん、まあこっちの方がいいだろ。オレの、おりじなるってやつだ』
『ふふふ、兄さんらしい……渡ってもいいかい』
『おう』
彼は紋打つ石波の中へ足を入れました。
一歩、一歩、進む度に波が増えます。
そして彼は……一本の桜の前に立ちました。
『おい、あまりソレに近づくな』
『……兄さん。俺で、終わらせられるかなぁ』
『何を、言ってる』
弟は桜に……西行妖に触れました。
そして、兄に告げた。
『魂魄家が当主、――が宣言する。
今代で、今代を以て魂魄家は破銘にする!』
『『なっ!?』』
私と妖忌は言葉を失いました。
『深くは聞かないでくれ。巻き込みたくない。
しかし……やはり貴方が当主になるべきだったよ、兄さん。俺は弱い。
常世はあまりに汚すぎる』
『お前……しかし、上と分家がそれを許すはずなかろう』
彼は枯れ枝を見つめ、唱えます。
―――願わくば 虚空に桜を 飾りなむ
我が身砕けぞ 後世に幻(ゆめ)をば―――
『お前……死ぬ気か』
我が子に花を。未来に夢を……
『押し付けて申し訳ないと思っている。幽々子様、すいませぬ。
けじめは必要なのです』
『……任されました』
そして紫と目を合し、一礼した後スキマに入って行きました。
『ババア……』
『何かしら、糞餓鬼……』
妖忌は白波静まぬ石庭に降り、ゆっくり土下座をしました。
『当主を、弟をどうか丁重に……』
『ええ……任されましたわ』
彼女もスキマへと消えて行きました。
後に残るのは、虚しさと、一人の少女の寝息だけでした。
* * * * * * * * * * * * * * * *
―――もし、叶うのであれば……この子(妖無)に幸せを与えて下さい。
私が消えても……未来に幻(夢)を託したいなぁ―――
(続きます)
そろそろ衣替えだろうと彼女―――魂魄妖夢は、己の箪笥と押入れを整理していた。
冥界だけなら年中気温が変わらないので、衣を替える必要も無いのだが、自分は里まで下りて買い物をする。
故に、厚手のコートとタイツを出していたのだ。
生憎、主は衣替えが必要無い。
その分他の従者達よりは楽なのだが、いくら亡霊だからといって着替えを面倒くさがるのは如何なものかと。
寝巻のまま散歩しようとする。更に油断すると下着を着けない。
一体、師匠はどうやって主の面倒を見ていたのだろうか。
割と切実な悩みに頭を抱えながら整理を続けていた。
「よーむぅ。お茶っ葉交換してー」
「はいはい。待ってて下さ―――ん?」
ごとり。
主に急かされ、押入れに服箱を無理矢理押し込んだ、その時……上から何かが落ちて来た。
どうやら押し入れ内の天井かららしい。板が外れている。きっと、さっきの衝撃で落ちたのだろう。
「……『夢』?」
丁度茶箱ほどの大きさのそれは、蓋の上に『夢』と墨で書いてあった。
「まんま茶箱……なわけないか」
軽い。何より、茶っ葉を天井裏で保存しておくわけがない。
よくよく箱の文字を見る……師匠の字に、似ているな。
「いいや。持ってこ」
妖夢は箱を持って主の居る居間に向かった。
* * * * * * * * * * * * * * * *
「おそーい!」
「すいません」
主様―――西行寺幽々子は頬を膨らませて、湯呑みを突き出した。
どうやら自分で葉っぱを交換したらしい。
妖夢は箱を下に置き、茶菓子を取りに向かおうとした。
「妖夢。これ……」
「あ、そうでした。天井からゴトリと」
「……そう」
幽々子は妖夢が持ってきた箱を見つめた。
「この箱なんなんです?」
「そうね……開けてみなさい」
主に促され、妖夢は蓋に手をかける。
「服と……写真?」
「……」
『服』といっても妖夢が着れるようなサイズでもないし、幽々子のサイズでもない。
まして師匠が着れる男物のサイズでもない。
そう、それは―――
「子供? 赤子の無垢着?」
「ええ……そうよ」
主が物憂げにその子供服を眺める。
妖夢は、はてと思いつつ写真を手に取った。
数人の人妖。
「懐かしいわね」
「あ、幽々子さまがいますね」
「ふふ。妖忌もいるわ」
「本当だ……あれ?」
写真には主や師匠も含め、知り合いもちらほらいた。
紫。藍。幽香。永琳。萃香。勇儀。天魔。映姫……ルーミア?
しかし、妖夢はどうしても中心の人物惹かれた。
「……え?! 私!?」
「ふふふ」
私がいる。
しかも赤子を抱いている。
……おかしい。ありえない。こんな写真を取った覚えは更々ない。
妖夢は抜けた顔で、主に応えを求めた。
幽々子はふふふと笑い、これこれと写真の中の一点を指した。
……赤子?
「……この『服』ですね」
「この服よ」
「……え? 私?」
「そうねぇ。妖忌を見なさい」
「師匠?」
言われたとおりに師匠を見る。
「……若、いですか?」
「若いわね」
「ふむ?」
「ほんと堅いわね、貴女は」
「むっ……」
「じゃあ、次は……半霊見なさい」
半霊……二つ。
大小二つ。
「わからないの?」
「一つ(大)は師匠ので、一つ(小)は……え?」
「わかった?」
「半霊(これ)、私です!!」
「当ったりー」
半霊も身体だ。そりゃわかる。
しかし、この半霊(私)は―――
「赤子だ……」
「そう。貴女よ」
「ええ!!?」
そりゃ、自分は現状の容姿で生まれて来たわけではない。
しかし、だからといって……信じられない。
「まさか……この人は」
「そう。貴女の―――」
―――『母親』よ―――
言葉が出ない。
自分の中での、禁忌。
師匠……いや、祖父だってその話題に触れなかったし、主だってまるで話をしなかった。
今更、だ。
「あら? どうしたの?」
「あ、え、あ、その……えっと」
「ん?」
「だって……何も」
戸惑いの色を隠せない。
「自分が捨て子か、鸛(コウノトリ)が運んで来たとでも思ってた?」
「ち、違います! ただ……実感が」
「今この時が実感よ」
「そういうことじゃなくて……今まで、何も聞かされてなかったし」
「聞かなかったもの」
「そうじゃなくて!」
目の前が歪んで見えた。
ただ、ただ、自分に似た写真中央の女性にだけ目が入った。
「このヒト、『人間』じゃないですか!!」
「ああ、そゆことね。小さなことよ」
「小さなって……」
半人半霊の自分にはわかる。
『このヒト』に半霊は、無い。
「……質問、ある?」
「いっぱい過ぎて、どうしていいのか……」
「そうね」
幽々子はクスッと笑い、縁側から中庭に向けて歩きだした。
一歩、一歩……
そして一本の桜の木に辿り着いた。
西行妖の隣の一本。葉も蕾も無い、当に西行妖に瓜二つの裸の桜。
「すこし……昔話をしましょうか」
* * * * * * * * * * * * * * * *
どこから話しましょう。
では、『魂魄』家について少し。
魂魄家は『西行寺』家の忠臣として名高い一族でした。
詳しくは分からないけど、元々異能の者が多かった西行寺の分家らしいのです。
「これは妖忌から聞かされているわね」
「はい……普通の人間は生きている時、魂と魄が結合し、死ねば分離するといいます。
その常を逸した一族。生けるうちから、魂と魄を分断している化け物。
なんでも御先祖様が行った外法だか……その呪いが子子孫孫にまで、と」
それで本家、つまり西行寺の性を外されたようです。
まあ、そんなことは些細なこと。
そう……魂魄家にも宗家、分家があります。
別に一子相伝というわけではありませんでした。ならば宗家、分家が生まれるのは定め。
「つまり、その、母は嫁いできた人間だと?」
「話は最後まで聞きなさい」
確かにそういう人間もいました。
しかし、異能と通常の混血というのはとても危険。
故に宗家のトップ達は息子娘を比較的『近いところ』で結婚させていました。
そう、近親婚です。
そうすることで『魂魄』というラベルを保ってきました。
「……私も」
「あ、大丈夫大丈夫。心配しないで」
「へ?」
「それは後で話すとして、貴女、今何歳?」
「えっと……〈みょん〉歳です」
「えっとじゃあ、〈みょんみょみょん〉年前ぐらいの話だけどね……」
* * * * * * * * * * * * * * * *
ここからは、紫と妖忌からの伝聞でしかありません。
妖忌はある代の宗家長男として生まれました。
普通に生きてゆけば、妖忌が次代の宗家当主になるのは然。
しかし……彼自身はそれを『可し』としなかった。
「何故です?」
「ん~、紫に教えられたから胡散臭いんだけどね……」
彼は『魂魄』家の在り方が嫌で嫌で仕方がなかったらしいのです。
閉鎖保守的。懐古主義。外道。陰質。高飛車。等々……
彼は宗家に反抗しました。
元々、魂魄きっての天武の才。彼を押さえられる者はいません。
当時の当主……彼の父は彼に後を継がせるのは最早無理だと判断し、当主襲名権と『半名』を奪いました。
彼も彼で『上等です、父上様』と言って、西行寺家の御庭番となったのです。
「はんめい?」
「半分の名と書いて『半名』よ」
「それがなんなんですか? 意味がわかりません……」
確かに、普通ならピンとこないでしょう。
しかし『魂魄』家には重大なことなのです。
「『妖忌』って漢字で書ける?」
「あ、はい……こう(妖忌)ですよね」
「そうね。でも、これ偽名なんだって」
「ええッ?!」
「でも紫も妖忌も本名教えてくれないのよ。あ、『ヨウキ』って読みは同じらしいわ」
「へぇ……」
魂魄の半人半霊は『妖○』という名が殆ど。妖武とか妖香とか。後で家系図でも見てみるといいでしょう。
しかし、稀に……歪であったり、反抗的であったり、そう貴女の祖父のようにです……イレギュラーが存在します。
そういう者には『罰』『罪』として、半名に負の烙印を与えます。
「……」
「『忌まわしい』存在、らしいわ」
「そんなのッ……!!」
「ま、本人はケラケラ笑ってたらしいけどね。
あと父親の前で『好きな人ができた』って言ったのが拙かったらしいの。
もう許嫁を決めていたらしかったから。彼の父親は」
「……は?」
「幼馴染だって。もー、これまた二人とも誰か教えてくれないんだもの」
「……」
「妖忌は真っ赤になってツンケンするし。
紫なんて『……アンタ、それマジで言ってんの』とか真顔で言うし。
もう! ゆっこのこと除け者にして!」
「さいですか……あのジジイ」
さておき……話を戻します。ここからは伝聞ではありません。
反抗的かつ結婚する気の無い妖忌を放っておき、彼の父は二男を当主にしたのです。
次男坊も妖忌ほどでは無いにしろ、剣の才や学の才がありました。ただ……完全なほどの『魂魄』の半人半霊。
二男・妖忌の弟が当主になる頃、私・西行寺幽々子と従者・魂魄妖忌は冥界(此処)に居ました。
貴女が生まれる前ですね。
何故冥界(此処)に来たのかは覚えていませんが……はて、何時頃でしょう。
兎角、妖忌は何かしらの手段で現世と交信を取っていたようです。多分、紫でしょう。
ある時、とある情報が入りました。
弟に子が生まれる。
魂魄家とは縁を切ったといえ、それでも弟の祝い事。彼は休みを取り宗家へと足を運びました。
周りから『忌々しい』眼で見られながらも、妖忌は肉親に祝詞と述べます。
無論弟は当主である以上、縁を切った家族と親しい顔はできない。
しかし内心、弟はとても嬉しかったようです。
妖忌は『魂魄』からは『忌まわしく』思われてはいたものの、家族、友人達にはこれでもかと言うほど好かれていました。
そして弟の奥方が懐妊して十月十日。
一人の可愛らしい女子が生まれました。とても元気に泣いたといいます。
顔色良く、父親母親と同じ白銀の産毛。
集まっていた一族、妖忌ですら、関係者は……真っ青になりました。
「何故です?」
「私の言ったことを思い出して」
「十月十日?」
「おばか」
「む……」
「あのね、『一人の』可愛らしい女子が、生まれたの」
「……あ」
「わかったわね」
その子は、奇形児でした。『魂魄』という意味で、です。
人間。
魂魄家特有の魂たる半霊がありませんでした。
「そんな……その人が」
「貴女の母親よ。名は―――」
当主は頭を抱えました。
生まれて来たのは、忌み子。
しかも女子とはいえ、宗家の初子となるべき存在が『人間』なのです。
周りは彼を、彼の奥方を散々叩きました。
やはり兄上を当主にすべきだった。妻も魂魄の血縁とはいえ混血すぎる。等々……
しかし、そこで妖忌が一喝します。
『阿呆抜かせッ!! 子が生まれたのだ! 目出度い以外の何物でもなかろうがッ!!』
一同は言葉を失いました。
当主は複雑でした。子が生まれた。兄が目出度いと言って聞かせてくれた。
しかし、自分は当主である。父親である前にその役目を果たさねば……当主は言いました。
『この子の名前を……発表する名は―――ヨウム―――』
ざわめき。
手を振わせながら、彼は筆を走らせました。
唖然。
「妖無。魂魄妖無(ようむ)よ」
「私と、同じ……」
「……違うわ」
妖無。
生まれながらにして『無い』存在。
誰も言葉が出せません。
暫時、妖忌が当主の胸倉を掴みました。
『貴様はッ!!』
『家を捨てた貴方にどうこう言われる筋合いは……無い』
『虚けがッ……』
当主に手を上げようとした、その時。
彼女が、赤子が泣き出しました。
妖忌は、腕を降ろします。そして、部屋から立ち去りました。
「彼だって、そんな名前をつけたくはなかった」
「そりゃ、そうです……」
「でもね……保守的な者共を納得させるには、どうしても必要な『処置』だったの」
「だからって、そんなの」
「ええ、私だって怒ったわよ」
その後、妖忌は冥界に戻りました。
帰って来て話を聞かされた私は、魂魄の宗家に乗り込んで皆殺しにしてやろうかと思ったほどです。
* * * * * * * * * * * * * * * *
そして忘れかけてた数年後、紫が妖忌宛てに手紙を持ってきました。
差出人は宗家当主、弟からです。
『話がしたい。出向いてもいいか?』
冥界に来るというのです。
妖忌は少々考え、私に部屋を借りてもいいか、と聞きます。
私は了承しました。
二日後、紫に頼み当主を連れて来て貰いました。
当主は女性を、妖無を抱えて。
彼は私に挨拶をし(一応、楼主兼西行寺の御嬢である)、妖忌と話を始めます。
『先日、家族の命が狙われた。妻と他の子達は……』
『……そうか』
『この子は辛うじて守れたが、やはり危ない』
『誰が……狙ってきた』
『妖忌……いや、兄さん。莫迦なことは考えるな。貴方が出たらもっとややこしくなる』
当主……弟は、私の方を見ました。
『幽々子様。お願いがあります』
『なにかしら』
『この子を……妖無をお願いできませぬか』
『何故?』
『今御話したとおり、外では、守りきれませぬ。
この子を狙いし輩は一つでは御座いませぬ。残念ながら身内の犯行、およそ分家でしょう。
そして……西行寺の本家の懐古派の息がかかっていると思われます』
『よくわからないけど……貴方は、どうするの?』
『……』
彼は妖忌が手入れしている石庭を眺め、静かに立ち上がりました。
誰に言うでもなく、呟き始めます。
『兄さん。龍庵寺(竜安寺)を真似たのか』
『ん、まあこっちの方がいいだろ。オレの、おりじなるってやつだ』
『ふふふ、兄さんらしい……渡ってもいいかい』
『おう』
彼は紋打つ石波の中へ足を入れました。
一歩、一歩、進む度に波が増えます。
そして彼は……一本の桜の前に立ちました。
『おい、あまりソレに近づくな』
『……兄さん。俺で、終わらせられるかなぁ』
『何を、言ってる』
弟は桜に……西行妖に触れました。
そして、兄に告げた。
『魂魄家が当主、――が宣言する。
今代で、今代を以て魂魄家は破銘にする!』
『『なっ!?』』
私と妖忌は言葉を失いました。
『深くは聞かないでくれ。巻き込みたくない。
しかし……やはり貴方が当主になるべきだったよ、兄さん。俺は弱い。
常世はあまりに汚すぎる』
『お前……しかし、上と分家がそれを許すはずなかろう』
彼は枯れ枝を見つめ、唱えます。
―――願わくば 虚空に桜を 飾りなむ
我が身砕けぞ 後世に幻(ゆめ)をば―――
『お前……死ぬ気か』
我が子に花を。未来に夢を……
『押し付けて申し訳ないと思っている。幽々子様、すいませぬ。
けじめは必要なのです』
『……任されました』
そして紫と目を合し、一礼した後スキマに入って行きました。
『ババア……』
『何かしら、糞餓鬼……』
妖忌は白波静まぬ石庭に降り、ゆっくり土下座をしました。
『当主を、弟をどうか丁重に……』
『ええ……任されましたわ』
彼女もスキマへと消えて行きました。
後に残るのは、虚しさと、一人の少女の寝息だけでした。
* * * * * * * * * * * * * * * *
―――もし、叶うのであれば……この子(妖無)に幸せを与えて下さい。
私が消えても……未来に幻(夢)を託したいなぁ―――
(続きます)
すごく気になります。
よーき×ゆっことか得体の知れないルーミアとかフランクな天ちゃんとか…
あと直タイツとか、あなた様の作品は本当に私の弩ストライクをついてくる。
なんて私好みの素敵ワードだ。天魔とかルーミアとか、特に!あと、幽香!(これは好み)
続きを座して待っていますので(嘘です)、マンキョウさんが納得できるものを書き上げられる事、心待ちにしています。(っていうとプレッシャーですかねぇ)
ま、ようは続きに期待、頑張ってください!
・5,8番様――ありがたいことです。そのセリフを聞きたい為に前後編に分けてます(嘘ですw
・7番様――あ。やっちゃいましたw なんとか伏線にしてみせます(オイ。
直タイツはね、その、なんというか、ダメですか? ドロワにオーバーニーと悩んだりw
・冬。様――いや、年m……結界が張られる前のメンツです。永琳は、許して下さいw ゆうかりんはローンウルフデレデレ。略してロフデレ。
私は急かしてくれると伸びる子ですwww ありがとう!
天魔とルーミアは、その……伏線です。今回の話には直接出てきませんが、今後に期待してください。
友人に言われました。
お前、此処(クーリエ)じゃなくて自分のサイト作ってやれ、と。
……わからんもん、作り方。
では、後半もお楽しみに!
後半も楽しみに待ってます!
…とりあえず、妖夢。年齢を教えてく(未来永劫斬!!
>『何かしら、糞餓鬼……』
> 妖忌は白波静まぬ石庭に降り、ゆっくり土下座をしました。
>『当主を、弟をどうか丁重に……』
>『ええ……任されましたわ』
この部分で、思わずニヤニヤしながら「良いねぇ」と蓮子してしまいましたよ。
あと、「……わからんもん、作り方。」に思わず(修羅の血!!
続き今から見てきます(ワクワク
・カギ様> 妖夢は『 』才児ですww
・19番様> おお、一番考えた所! 嬉しいねぇ……因みに私は「わからんもん」を蓮子しましたw