「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!!」
突然背後から名前を呼ばれた黒白魔女の霧雨魔理沙は、箒の柄を持ち上げてブレーキをかける。そしてそのまま箒を中心にくるりと反転、声のした方向に振り向いた。
「うっゎ」
目に入った光景に思わず呻き声を漏らす。
氷精のチルノ、蛍妖怪のリグル、夜雀のミスティア。その三人が、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら猛スピードで突っ込んできていたのだ。
「ど、どうしたんだお前ら……鼻水飛び散ってるぜ」
そのあまりの形相に若干引きながら尋ねる。三人は飛んできた勢いのまま魔理沙の腹につっこみ、しがみ付いて叫んだ。
「グヘェ」
「ルーミアが、ルーミアがぁぁぁぁぁ!!」
「どうして……どうしてこんな……うぅっ!」
「私、私どうしたらいいかわからない!」
「だから落ち着……汚っ! 鼻水つけるな! お前ら人の服に顔を押し付けるな!!」
腹の鈍痛を堪えながら必死に三人を引き離そうとするが、そこは非力な人間と人外。単純な腕力では力の差は歴然、更に数でも負けてるのもあり、魔理沙の服はなすすべもなく涙と鼻水で染め上げられた。
手遅れである事を悟り、魔理沙が三人を引き剥がそうとする力を緩めるとほぼ同時に、三人はぐしゃぐしゃの顔を上げて、仲良く同じ事を叫んだ。
「「「ルーミアがおかしくなっちゃったぁぁぁぁぁ!!」」」
「あ?」
それだけ言うと、また顔を伏せてわんわんと泣き始めた。
ふと三人が飛んできた方向を見ると、後からのろのろふよふよとルーミアが飛んで来ていた。その様子に、別段変わった所は見受けられない。
「おかしくって……どこが? あと速く離れろ湿ってるだろ服が」
「ぐすっ……じゃあ見ててね」
代表とばかりにチルノがそう言って魔理沙から離れた。そして追いついてきたルーミアに向かって、おもむろにこう言った。
「ねぇルーミア、カエルって鶏肉みたいな味がするんだって」
なんてことは無い雑学である。
そのチルノの言葉に、ルーミアは即座に返事を返した。
「ふーん」
「霊夢ぅぅぅぅぅ!! ルーミアがおかしくなったんだぜぇぇぇぇぇ!!!」
「五月蝿い」
「ぐげぺ」
「「「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!」」」
突如、小脇になにやら本人と比較的カラーリングの似た物体を抱え、奇声を上げながら神社の境内へ飛び込んできた黒白の女を、神社の巫女、博麗霊夢は第一関節だけを軽く曲げた人差し指と中指を脇腹に突き立てる事で大人しくさせた。地面の上で異様にグッタリする魔理沙に、どこから沸いたか妖精やら妖怪やらが悲鳴を上げながら縋りつく。
霊夢は目障りなそれを蹴飛ばして(ヒャーとかヒェーとか言ってた)魔理沙の襟を掴み上げる。
「だいたいおかしいって、何処がおかしいのよ。」
「見てろよ」
すると、さっきまで口の端からよくわからない汁を垂らしていたはずの魔理沙はけろっと元気を取り戻し、ルーミアの目の前に立つと自らのポケットをごそごそと漁り中から妙な物を取り出した。
卑猥な形のキノコであった。
「ルーミア、実はこのキノコエロ同人につきものの食うと男性器が生えるキノコなんだぜ」
「は?」
発言者の脳の正常を疑う声色。
魔理沙は勢いよく振り向いた。
「ほら! 明らかにおかしいだろ?!」
「おかしいのはそんなもん持ってるあんたよ」
霊夢の御幣(巫女棒)が魔理沙の顎を打ち抜いた。
「「「魔、魔理沙ー!!!」」」
がくりと倒れ伏す魔理沙に三人が駆け寄る。霊夢はさりげなく魔理沙の手から抜き取っておいたキノコを腋に仕舞った。
「で、何なの結局。どこがおかしくなったって?」
「だって、ルーミアといったら「そーなのかー」なのに、朝会ってから一回も「そーなのかー」って言わないのよ」
魔理沙に縋りついて泣いていたチルノは、やけにけろっとした顔でそう答えた。たぶん、ノリでやっていたんだろう。
「そいつ元からそんなに「そーなのかー」なんて言わないじゃない。一回しか聞いた事ないわよ」
異変の時の話である。オフィシャルではない場所での発言まで覚えていないのが巫女流なのだ。
三人は揃って霊夢を眺め、ふっと溜息をついた。
「これだから人間は」
「物事を表面的にしか見れないよね」
「もっと物事の本質を見なきゃ」
顔には小馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かべられている。
それを見て、霊夢は静かに微笑んだ。
「あんたたち、ちょっとそこに並んで。横一列にね」
「「「こう?」」」
律儀にちゃんと並ぶ三人。霊夢は右端のリグルの頭に右手、、左端のミスティアの頭に左手をそっと添えると、己の掌を合わせるように、思い切り両手を内側へと動かした。鈍い音と共に、三人がその場に崩れ落ちる。
笑う、というのは獣が牙を剥く行為が原点である。本来攻撃的な行為なのだ。
「何か言う事は?」
「「「ごめんなさい」」」
倒れ、頭を押さえてぷるぷると震える三人を見下ろしながら言葉を投げかけた霊夢に、三人は声を揃えてそう答えた。霊夢はペッと唾を吐きながらチルノの尻を蹴飛ばす。
「だいたい、口癖の一つや二つで知り合いを異常扱いするんじゃないの。ほら、ルーミア。あんたもなんか言ってやんなさい」
そして、取り残されていたルーミアの頭にぽんと手を乗せながらそう言った。
ルーミアは両手を左右に広げる例のポーズで口を開いた。
「グロンギは九進法を採用しました」
「……たしかにちょっとおかしいわね」
そう言ったきりどこか誇らしげな表情を浮かべているルーミアの頭から手をどけて、霊夢はそう呟く。
「でしょ! ほらあたいの言うとおりだったじゃない! やっぱりあたいったら最強ね!」
「無意味に威張るな」
反射的に懐から取り出した封魔針がチルノの眉間にグッサリと刺さった。
「ぎゃー!」
「「チルノー!」」
「それにしてもおかしくなった、ねぇ……」
背後でやんややんやと騒いでいる二人を無視して思案に耽る。こういう時、まずどうするべきか。
考えた霊夢は腋に手を突っ込み、それを取り出した。
「叩けば治るかしら」
「「やめてー!!!」」
そして鈍く光を放つ金槌を振りかぶった腕に、リグルとミスティアが飛びついた。その行動に霊夢は不機嫌そうな顔になる。
「何よ、こういうのは叩けば直るっていうのがセオリーでしょ」
「だからってそんなナチュラルに金槌出す人がどこにいるのさ!」
「そんなもので殴ったらルーミアが全体的に赤黒くなっちゃうわ!」
「その時はその時よ。私はただ博麗の巫女として目の前の異変の解決に全力を尽くすだけだわ」
「全力を尽くすのと全力で叩くのとは違うだろぉぉぉ?!」
容赦なく金槌でルーミアの頭部を陥没させようとする霊夢の腕を、二人は必死に押さえた。人間と妖怪。腕力の差は歴然なのにも関わらず二対一で互角な所はさすが博麗の巫女というべきだろう。
「えぇい放しなさい!」
そして纏わりつかれる鬱陶しさから霊夢が反射的に振り下ろした金槌が、リグルの顔面に見事に突き刺さった。
「ぎゃー!」
「リグルー!」
血と前歯を撒き散らしながら倒れるリグル。ミスティアはその、モザイクが必要なくらい無惨な体を抱きかかえる。
「リグルの、リグルの頭部が全体的に赤黒く!」
「まったく、人が手を貸してやろうって言うのに口答えばっかり」
そして霊夢は金槌を倒れているリグルの顔面に投げつけ、リグルは「ウグゥ」と呻いたっきりめっきり動かなくなった。
「それにしても殴るのが駄目となると完全に手詰まりね」
「なにこの暴力巫女……あ、ごめんなさいなんでもないです」
唐突に謝られ、霊夢は陰陽玉を腋にしまった。
そして、溜息を吐きながらあまり気乗りしない様子で呟いた。
「こうなったらこの前会ったあいつの力を借りてみましょうか」
異常は一人で解決する癖がついているため、誰かの手を借りるのは調子が狂うのだ。
「その子を元に戻す方法?」
空を飛んでいる所を急に打ち落とされ、頭にマンガタンコブをつけられた変な形の棒を二本持ったネズミのナズーリンはやや不機嫌そうな声でそう言った。霊夢は腕を組み、チラチラと御札や針を袖や腋から覗かせながら首を縦に振る。
「えらく抽象的だけど出来ない事はないよ。丁度今はご主人の財布とか、ご主人の槍とか、ご主人の頭の上の花とか、あとご主人のパンツとかわりとどうでもいいものしか探してないし」
「よかった。じゃあ頼むわよ。お礼にチーズ用意しておいたから」
そう言って、霊夢は腋をごそごそと漁り出す。
「いや別に私、チーズはそんなに好きじゃないけど……というかそんな所に入れたチーズはいらない……」
「え? でもあんたのためにわざわざ台所の裏で転がして埃まみれにしておいた珠玉の一品よ?」
「何それ嫌がらせ?! いらないよそんなもの!」
「またまた、遠慮しないのほら」
そうやって霊夢の腋から取り出されたチーズは、確かに埃塗れだった。ナズーリンがひくひくと痙攣したように表情を歪ませ、霊夢はにこにこと笑いながらそれに歩み寄る。
「ほ、本当にいらないから! あ、ちょっ無理矢理食べさせようとしな……むごもごもが…………
もごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
口から所々灰色のチーズをはみださせながら、ナズーリンはどこかへと飛んで行った。霊夢はその後姿を眺めながら満足げな顔で口を開く。
「泣くほど嬉しかったのね」
「かわいそう……」
一方ミスティアは霊夢の背後でこっそりと両手を合わせた。
「さて、それはさておきこれで異変は解決ね」
「あなた結局私達を殴るだけで、最後は他人頼みだったね」
反射的に霊夢の腋から陰陽球が飛び出し、ミスティアの鳩尾を抉った。
「ぎゃー!」
ごふっと血を吐きながらミスティアが倒れる。が、名前を叫んでくれる人物は、もう誰も残っていなかった。
と、その時、
「連れて来たよ」
先程出て行ったはずのナズーリンが、誰かを連れて戻ってきた。目の下には何故か濡れたような跡、口の横にはチーズの食べかすがついていた。そしてナズーリンが連れてきた誰かが、頭上に疑問符を浮かべながらずいっと前へ出た。
「何か用事?」
金髪、黒白。頭に赤い封印の御札のリボン。
そこにいたのは、ルーミアだった。
「…………?」
「?」
呆けた顔をする霊夢と、呼ばれて来たはずなのに妙な反応をされて戸惑うルーミア。
霊夢はぐりんと首を捻り、背後を見る。
「聖者は十字架に磔にされました。ハハッ、ワロス」
そこにはやはり、どこかちょっと変なルーミアの姿。
霊夢は首を前に戻して、背後を指差し、
「?」
そして疑問符を投げかけた。
「?」
ルーミアは首を捻りながら、霊夢の指し示した場所を覗き込む。
そこにはルーミアそっくりな何者かの姿が。
「?!」
びっくりして、それを指差し、それと霊夢の顔を交互に見ながら霊夢の袖を掴んでくいくいと引っ張る。
「?」
が、そんな事をされても、霊夢も何がどうなっているかわからない。ただ頭上に疑問符を浮かべて首を横に振るしかできなかった。
二人は一度小さく深呼吸をし、それから揃って同時にそれに目を向け、
「「?」」
やはり、揃って首を捻った。
「凄いこの人たち疑問符だけで会話してる」
ナズーリンの感心したような声が響いた。
「あ、あったあった」
と、その時何者かがそう言いながら三人の横を走り去っていった。よく見るとそれは見知った顔の河童だった。そいつは謎のルーミアに近寄ると、おもむろにスカートの中に手を突っ込み、妙な場所を弄り始める。
「開発中の「そーなのメカ」。勝手に出て行くなんて何考えてるのさ。あ、あったあった収納ボタン」
その、何者かがそう言うと同時に、突如謎ルーミアがウィンウィンと妙な音を立てて全身の関節を軸に折りたたまれていくではないか。
三人は、謎ルーミアがポケットに入るサイズになるまでのその光景を呆然と見送っていた。
「よし、あとは演算装置と制御装置を作れば完成だ。頑張るぞー」
そう言って、河童はどこかへと去っていった。
「……」
「……」
「……」
……何がなにやら、よくわからなかったが。
とにもかくにも、幾多の犠牲を生み出した異変は終わりを告げた。
星空に散っていった四人の姿が霊夢の胸に去来する。
魔理沙。
チルノ。
リグル。
ミスティア。
……終わったわ。
霊夢は瞳を閉じ、大きく息を吸い込んで……そして、大きな声で高らかに宣言した。
「一件落着!」
「そーなのかー」
「そうかなぁ」
博麗の巫女の活躍のお陰で、幻想郷は今日も平和であった。
突然背後から名前を呼ばれた黒白魔女の霧雨魔理沙は、箒の柄を持ち上げてブレーキをかける。そしてそのまま箒を中心にくるりと反転、声のした方向に振り向いた。
「うっゎ」
目に入った光景に思わず呻き声を漏らす。
氷精のチルノ、蛍妖怪のリグル、夜雀のミスティア。その三人が、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら猛スピードで突っ込んできていたのだ。
「ど、どうしたんだお前ら……鼻水飛び散ってるぜ」
そのあまりの形相に若干引きながら尋ねる。三人は飛んできた勢いのまま魔理沙の腹につっこみ、しがみ付いて叫んだ。
「グヘェ」
「ルーミアが、ルーミアがぁぁぁぁぁ!!」
「どうして……どうしてこんな……うぅっ!」
「私、私どうしたらいいかわからない!」
「だから落ち着……汚っ! 鼻水つけるな! お前ら人の服に顔を押し付けるな!!」
腹の鈍痛を堪えながら必死に三人を引き離そうとするが、そこは非力な人間と人外。単純な腕力では力の差は歴然、更に数でも負けてるのもあり、魔理沙の服はなすすべもなく涙と鼻水で染め上げられた。
手遅れである事を悟り、魔理沙が三人を引き剥がそうとする力を緩めるとほぼ同時に、三人はぐしゃぐしゃの顔を上げて、仲良く同じ事を叫んだ。
「「「ルーミアがおかしくなっちゃったぁぁぁぁぁ!!」」」
「あ?」
それだけ言うと、また顔を伏せてわんわんと泣き始めた。
ふと三人が飛んできた方向を見ると、後からのろのろふよふよとルーミアが飛んで来ていた。その様子に、別段変わった所は見受けられない。
「おかしくって……どこが? あと速く離れろ湿ってるだろ服が」
「ぐすっ……じゃあ見ててね」
代表とばかりにチルノがそう言って魔理沙から離れた。そして追いついてきたルーミアに向かって、おもむろにこう言った。
「ねぇルーミア、カエルって鶏肉みたいな味がするんだって」
なんてことは無い雑学である。
そのチルノの言葉に、ルーミアは即座に返事を返した。
「ふーん」
「霊夢ぅぅぅぅぅ!! ルーミアがおかしくなったんだぜぇぇぇぇぇ!!!」
「五月蝿い」
「ぐげぺ」
「「「魔理沙ぁぁぁぁぁ!!」」」
突如、小脇になにやら本人と比較的カラーリングの似た物体を抱え、奇声を上げながら神社の境内へ飛び込んできた黒白の女を、神社の巫女、博麗霊夢は第一関節だけを軽く曲げた人差し指と中指を脇腹に突き立てる事で大人しくさせた。地面の上で異様にグッタリする魔理沙に、どこから沸いたか妖精やら妖怪やらが悲鳴を上げながら縋りつく。
霊夢は目障りなそれを蹴飛ばして(ヒャーとかヒェーとか言ってた)魔理沙の襟を掴み上げる。
「だいたいおかしいって、何処がおかしいのよ。」
「見てろよ」
すると、さっきまで口の端からよくわからない汁を垂らしていたはずの魔理沙はけろっと元気を取り戻し、ルーミアの目の前に立つと自らのポケットをごそごそと漁り中から妙な物を取り出した。
卑猥な形のキノコであった。
「ルーミア、実はこのキノコエロ同人につきものの食うと男性器が生えるキノコなんだぜ」
「は?」
発言者の脳の正常を疑う声色。
魔理沙は勢いよく振り向いた。
「ほら! 明らかにおかしいだろ?!」
「おかしいのはそんなもん持ってるあんたよ」
霊夢の御幣(巫女棒)が魔理沙の顎を打ち抜いた。
「「「魔、魔理沙ー!!!」」」
がくりと倒れ伏す魔理沙に三人が駆け寄る。霊夢はさりげなく魔理沙の手から抜き取っておいたキノコを腋に仕舞った。
「で、何なの結局。どこがおかしくなったって?」
「だって、ルーミアといったら「そーなのかー」なのに、朝会ってから一回も「そーなのかー」って言わないのよ」
魔理沙に縋りついて泣いていたチルノは、やけにけろっとした顔でそう答えた。たぶん、ノリでやっていたんだろう。
「そいつ元からそんなに「そーなのかー」なんて言わないじゃない。一回しか聞いた事ないわよ」
異変の時の話である。オフィシャルではない場所での発言まで覚えていないのが巫女流なのだ。
三人は揃って霊夢を眺め、ふっと溜息をついた。
「これだから人間は」
「物事を表面的にしか見れないよね」
「もっと物事の本質を見なきゃ」
顔には小馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かべられている。
それを見て、霊夢は静かに微笑んだ。
「あんたたち、ちょっとそこに並んで。横一列にね」
「「「こう?」」」
律儀にちゃんと並ぶ三人。霊夢は右端のリグルの頭に右手、、左端のミスティアの頭に左手をそっと添えると、己の掌を合わせるように、思い切り両手を内側へと動かした。鈍い音と共に、三人がその場に崩れ落ちる。
笑う、というのは獣が牙を剥く行為が原点である。本来攻撃的な行為なのだ。
「何か言う事は?」
「「「ごめんなさい」」」
倒れ、頭を押さえてぷるぷると震える三人を見下ろしながら言葉を投げかけた霊夢に、三人は声を揃えてそう答えた。霊夢はペッと唾を吐きながらチルノの尻を蹴飛ばす。
「だいたい、口癖の一つや二つで知り合いを異常扱いするんじゃないの。ほら、ルーミア。あんたもなんか言ってやんなさい」
そして、取り残されていたルーミアの頭にぽんと手を乗せながらそう言った。
ルーミアは両手を左右に広げる例のポーズで口を開いた。
「グロンギは九進法を採用しました」
「……たしかにちょっとおかしいわね」
そう言ったきりどこか誇らしげな表情を浮かべているルーミアの頭から手をどけて、霊夢はそう呟く。
「でしょ! ほらあたいの言うとおりだったじゃない! やっぱりあたいったら最強ね!」
「無意味に威張るな」
反射的に懐から取り出した封魔針がチルノの眉間にグッサリと刺さった。
「ぎゃー!」
「「チルノー!」」
「それにしてもおかしくなった、ねぇ……」
背後でやんややんやと騒いでいる二人を無視して思案に耽る。こういう時、まずどうするべきか。
考えた霊夢は腋に手を突っ込み、それを取り出した。
「叩けば治るかしら」
「「やめてー!!!」」
そして鈍く光を放つ金槌を振りかぶった腕に、リグルとミスティアが飛びついた。その行動に霊夢は不機嫌そうな顔になる。
「何よ、こういうのは叩けば直るっていうのがセオリーでしょ」
「だからってそんなナチュラルに金槌出す人がどこにいるのさ!」
「そんなもので殴ったらルーミアが全体的に赤黒くなっちゃうわ!」
「その時はその時よ。私はただ博麗の巫女として目の前の異変の解決に全力を尽くすだけだわ」
「全力を尽くすのと全力で叩くのとは違うだろぉぉぉ?!」
容赦なく金槌でルーミアの頭部を陥没させようとする霊夢の腕を、二人は必死に押さえた。人間と妖怪。腕力の差は歴然なのにも関わらず二対一で互角な所はさすが博麗の巫女というべきだろう。
「えぇい放しなさい!」
そして纏わりつかれる鬱陶しさから霊夢が反射的に振り下ろした金槌が、リグルの顔面に見事に突き刺さった。
「ぎゃー!」
「リグルー!」
血と前歯を撒き散らしながら倒れるリグル。ミスティアはその、モザイクが必要なくらい無惨な体を抱きかかえる。
「リグルの、リグルの頭部が全体的に赤黒く!」
「まったく、人が手を貸してやろうって言うのに口答えばっかり」
そして霊夢は金槌を倒れているリグルの顔面に投げつけ、リグルは「ウグゥ」と呻いたっきりめっきり動かなくなった。
「それにしても殴るのが駄目となると完全に手詰まりね」
「なにこの暴力巫女……あ、ごめんなさいなんでもないです」
唐突に謝られ、霊夢は陰陽玉を腋にしまった。
そして、溜息を吐きながらあまり気乗りしない様子で呟いた。
「こうなったらこの前会ったあいつの力を借りてみましょうか」
異常は一人で解決する癖がついているため、誰かの手を借りるのは調子が狂うのだ。
「その子を元に戻す方法?」
空を飛んでいる所を急に打ち落とされ、頭にマンガタンコブをつけられた変な形の棒を二本持ったネズミのナズーリンはやや不機嫌そうな声でそう言った。霊夢は腕を組み、チラチラと御札や針を袖や腋から覗かせながら首を縦に振る。
「えらく抽象的だけど出来ない事はないよ。丁度今はご主人の財布とか、ご主人の槍とか、ご主人の頭の上の花とか、あとご主人のパンツとかわりとどうでもいいものしか探してないし」
「よかった。じゃあ頼むわよ。お礼にチーズ用意しておいたから」
そう言って、霊夢は腋をごそごそと漁り出す。
「いや別に私、チーズはそんなに好きじゃないけど……というかそんな所に入れたチーズはいらない……」
「え? でもあんたのためにわざわざ台所の裏で転がして埃まみれにしておいた珠玉の一品よ?」
「何それ嫌がらせ?! いらないよそんなもの!」
「またまた、遠慮しないのほら」
そうやって霊夢の腋から取り出されたチーズは、確かに埃塗れだった。ナズーリンがひくひくと痙攣したように表情を歪ませ、霊夢はにこにこと笑いながらそれに歩み寄る。
「ほ、本当にいらないから! あ、ちょっ無理矢理食べさせようとしな……むごもごもが…………
もごぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
口から所々灰色のチーズをはみださせながら、ナズーリンはどこかへと飛んで行った。霊夢はその後姿を眺めながら満足げな顔で口を開く。
「泣くほど嬉しかったのね」
「かわいそう……」
一方ミスティアは霊夢の背後でこっそりと両手を合わせた。
「さて、それはさておきこれで異変は解決ね」
「あなた結局私達を殴るだけで、最後は他人頼みだったね」
反射的に霊夢の腋から陰陽球が飛び出し、ミスティアの鳩尾を抉った。
「ぎゃー!」
ごふっと血を吐きながらミスティアが倒れる。が、名前を叫んでくれる人物は、もう誰も残っていなかった。
と、その時、
「連れて来たよ」
先程出て行ったはずのナズーリンが、誰かを連れて戻ってきた。目の下には何故か濡れたような跡、口の横にはチーズの食べかすがついていた。そしてナズーリンが連れてきた誰かが、頭上に疑問符を浮かべながらずいっと前へ出た。
「何か用事?」
金髪、黒白。頭に赤い封印の御札のリボン。
そこにいたのは、ルーミアだった。
「…………?」
「?」
呆けた顔をする霊夢と、呼ばれて来たはずなのに妙な反応をされて戸惑うルーミア。
霊夢はぐりんと首を捻り、背後を見る。
「聖者は十字架に磔にされました。ハハッ、ワロス」
そこにはやはり、どこかちょっと変なルーミアの姿。
霊夢は首を前に戻して、背後を指差し、
「?」
そして疑問符を投げかけた。
「?」
ルーミアは首を捻りながら、霊夢の指し示した場所を覗き込む。
そこにはルーミアそっくりな何者かの姿が。
「?!」
びっくりして、それを指差し、それと霊夢の顔を交互に見ながら霊夢の袖を掴んでくいくいと引っ張る。
「?」
が、そんな事をされても、霊夢も何がどうなっているかわからない。ただ頭上に疑問符を浮かべて首を横に振るしかできなかった。
二人は一度小さく深呼吸をし、それから揃って同時にそれに目を向け、
「「?」」
やはり、揃って首を捻った。
「凄いこの人たち疑問符だけで会話してる」
ナズーリンの感心したような声が響いた。
「あ、あったあった」
と、その時何者かがそう言いながら三人の横を走り去っていった。よく見るとそれは見知った顔の河童だった。そいつは謎のルーミアに近寄ると、おもむろにスカートの中に手を突っ込み、妙な場所を弄り始める。
「開発中の「そーなのメカ」。勝手に出て行くなんて何考えてるのさ。あ、あったあった収納ボタン」
その、何者かがそう言うと同時に、突如謎ルーミアがウィンウィンと妙な音を立てて全身の関節を軸に折りたたまれていくではないか。
三人は、謎ルーミアがポケットに入るサイズになるまでのその光景を呆然と見送っていた。
「よし、あとは演算装置と制御装置を作れば完成だ。頑張るぞー」
そう言って、河童はどこかへと去っていった。
「……」
「……」
「……」
……何がなにやら、よくわからなかったが。
とにもかくにも、幾多の犠牲を生み出した異変は終わりを告げた。
星空に散っていった四人の姿が霊夢の胸に去来する。
魔理沙。
チルノ。
リグル。
ミスティア。
……終わったわ。
霊夢は瞳を閉じ、大きく息を吸い込んで……そして、大きな声で高らかに宣言した。
「一件落着!」
「そーなのかー」
「そうかなぁ」
博麗の巫女の活躍のお陰で、幻想郷は今日も平和であった。
そうですね、オフィシャルで一回しか言ってないですもんねww
ゲゲルが始まる…!!!
それはそうとして、そーなのかーが1回しか言ってない事に驚いた
二次創作の定番セリフなだけに、ちょっと意外ですね