「で、何の用事だと」
出すお茶の用意をしながら、朝から押し寄った客に向かって聞いた。
「人形を強化出来る様な物を探してるの」
僕の問いに、客として訪れた金髪碧眼の少女が答えた。
人形を扱う魔法が趣味で得意だと聞いたが事実らしい。
「強化…と言えば?」
「武器になる様なアーティファクトとか、珍しい素材とか、そういう」
「ふむ…」
そう言われても僕、森近霖之助は魔法使いじゃないし人形使いでもない。
目の前の少女、アリス・マーガトロイドが知っている以上の何かを提供するのは容易い事ではないのだ。
もちろんそんな事は彼女の知ってる筈なんだけど、
今まで互いに往来が無かったのにも関わらずこうやって押し寄ったものなんだから。よほど切迫しているのだろう。
片頬に付けている絆創膏や、端っこが焦げている金髪が僕の推測を裏付けている。
「なんでそういう物が必要なのか…聞くのは無粋かな?」
こう言うと、アリスはふてくされたようにそっぽを向いてしまった。
「大丈夫だよ。お客様の秘密をどこかに喋り散らす様な真似はしない」
「訳を知っていれば具体的にどうやって力になるかも考え易いし」
「秘密も何も、公開的に恥をかいただけなんだけどね」
彼女は渋々語り始めた。
時は正に昨日、いつものように神社で宴会があったと言う。
そしてそこでいつものように決闘があったのだが、
昨日の場合このアリスと神社で居候をしている鬼の対決だったというのだ。
アリスは最近まで研究していた巨大人形で鬼に挑戦、
相手の鬼も面白がって巨大化した状態で勝負に当たった。
怪獣大決戦の結果はアリスのボロ負けで、人形は大破。
巨大人形に肩の上でそれを操っていた彼女もぶっ飛ばされて、神社の林檎の木に逆さまに落ちたとか。
野次馬には良いお笑いだったものの、当事者には全然面白くない事だったと言うのは語るまでもない。
「あの鬼には何度も苦杯を飲まされたのよ。一度くらいは借りを返さなければ」
アリスはそう言いながら湯のみを口に近寄せた。
人形を使った勝負か…魔理沙曰く、このアリスもまた立派な魔法使いだそうだが。
「そもそも人形をけしかけるんじゃ無くて、自分で立ち向かうという選択肢は?」
「それは無いわ。全力じゃ勝っても負けても面白くないの」
…どうやら『全力無しで出す成果』を美德とする、西洋の何時ぞやの貴族的な拘りでも持っているようだ。
まあ本人がそれで良いならそれに合わせるだけだ。
「じゃあ言わせて貰うけど、君の人形はまず名前からが間違っているよ」
アリスは顔をしかめたが、思い当たる所がいる様で頷いて見せた。
ゴリアテ人形。
ゴリアテとは旧約聖書に出る巨人兵で、最初は強そうに見えてもすぐにあっけなく倒されるような意味合いがいるのだ。
万物にあたってその名前がどれだけ大きな意味を持つのかを考えるなら…
「け、研究が完成した後に付け直す気だったの。まあちょっと甘かったと言うのは認めるわ」
アリスは顔を赤くして言い返した後、直に厳しい表情で聞いてきた。
「で?私の人形の名と貴方が提示する物の間にどんな関係があると?」
「そこでこれの出番だ」
僕は極上の笑顔を見せながら、机の引き出しの中で一冊の本を出して見せた。
「本?外の?」
それを見た彼女は怪しいという顔になった。
外の世界の文明はここ幻想郷に比べて遥かに進んでいるが、それはすべて科学の恵みを受けてのものだ。
アリス・マーガトロイドは魔法使いである。
そんな自分に、外の本がどんな足しになるか。すぐに見当がつかない様子だった。
「君が扱う『人形』とは少々勝手が違うかもしれないが」
「付けるだけでも強く見えそうな名前の参考には役に立つと思うよ」
アリスは腕を拱いて考え始めた。
…彼女とはこれが始めの商談だ。
ここで役に立たない店だという印象を残せたら、もう二度と客としては訪れてくれないかも知れないな。
でも、今の僕にはこれが用意できる最高の札なのだ。そこに嘘は無い。
「…そうね。別に物質的な強化で無くても、外の知識からヒントを得るのも良いかも知れない」
「お。興味があるのかい?」
「支払いの仕方は?」
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それから少しの日々が過ぎた。
いつものように攻め寄った霊夢と魔理沙が店のお茶と茶菓子を潰していた。
言ってしまえば商売の邪魔なんだけど、いつもの事だから気にしない。
それに今日の様に酒と食べ物の差し入れがあるなら尚更だ。
「お?新しいアイテム発見」
魔理沙が変な色の壺を手にして取り調べていた。
「頼むから割らないでくれ」
「どこで見つけた?触るだけでもピリピリする様な魔力を感じるぜ」
僕は意気揚揚な気になった。
どうやらアリスが寄こして行った壺は本当に珍しい物だったようだ。
「最近の取引先が支払った物だよ。なんと神や魔王をも封印出来るとか」
「神を封印?どうやって?」
アレでも神職に身を置いている巫女、霊夢が僕の言葉に反応した。
「神がこの中に入って座れば、上に蓋をする」
「…大人しくそこに入って『はい~もう良いよ~蓋をしてね~』とか言う奴がいたら封印できるかもね」
きつい評価をする霊夢に向かって、魔理沙がこう返した。
「なに、ボコボコにしたあと詰め込めるかもしれないだろう」
「まあ僕は満足してるからいいよ」
僕には神様や魔王を圧倒できるような力は無いし、
別にそういう必要がある環境で生きている訳でもない。
だが、何時かこの壺を必要としている客が来ればこれを渡して、もっと気に入る物を手にする事はできる。
そういうのが楽しいからこそ、僕はこの香霖堂を経営しているのだ。
「とにかく、昨日は厄日だったわ」
「ははは」
霊夢がうんざりした顔でいうと、魔理沙はそれを聞いて笑い出した。
…ふつう今日のように差し入れがある場合、
それは宴会での残り物である事が多いのだから昨日が宴会だった、と言う事は予測できるが…
「アリスの奴がデカしたんだよな。良い見物だったぜ」
「見物する余裕あったの?逃げ回っていたじゃない」
聞けば、人形使いが新しい人形で再び鬼に挑んで、それがまた熱い勝負になって。
野次馬たちは巻き添えを食らわないように、酒とつまみをもってあっちこっち逃げていたそうだ。
「勝負の結果は?」
「引き分け!」
霊夢はそう言い捨てて程よく冷めたお茶を飲み干した。
その様子を見て、魔理沙がまたニヤニヤしながら説明してくれた。
「アリスの人形…ああ、二つ組みの人の大きさをした物だったんだが」
「その内一つが、うっかり神社の屋根をビームで破壊してしまったんだよ」
「結局アリスも萃香も霊夢に脛をけとばされて戦いやめたんだ」
…二つ組みか。どうやら僕が売った本から人形の名前だけでなく、もっと色々な物を参考にしたらしいな。
「まあ、正直言って昨日のアレは少しカッコよかったんだぜ」
魔理沙はそう言いながら頷いていた。
捻くれたこいつに誉め言葉を言わせる物なんだから、完成度のある物で出来上がったらしくて何よりだ。
「中庸之徳、という所かしら」
霊夢もまた、ああいう決闘の話は自分と無関係ではないという風で感想を語っていた。
中庸之徳。簡単に言って『適当な方がちょうど良い』ということだ。
アリス曰く、自身の従来の戦い方は大勢の人形を使った数攻め。
強い鬼にはそれが通用し難かったので、一つの巨大な戦力で挑んだけどまた失敗。
ならばその『弱い大勢』と『強い単数』の中間から適当に良い場所をとればどうなる?という理屈だ。
「それなりに出来る人形二つを用意して連携させるとはな。考えたもんだぜ」
「でも反則じゃない?カード一枚で二つ種類の攻撃だし」
「カード名は…ちょっと待て。今見せるから」
魔理沙は帽子の中から一枚のスペルカードをつまみ出した。
それを見て霊夢が頭を横に振って見せた。
「呆れた。いつ盗んだのよ。使えもしないくせに」
「どれどれ」
そのカード(アリスの物だ)には、青白の服で金属の翼を持った人形と
何かの翼を両方集めた様な形をした乗り物に乗った、赤いドレスの人形が描かれていた。
それと白くて青い人形には英語で『Freedom Shanghai』、赤い方には『Justice Hourai』と書かれていた。
「自由の上海人形と正義の蓬莱人形かー。いかすぜ。」
「…ただ良さそうな言葉を適当にくっ付けただけだし」
「そんな漠然でカッコ良く聞こえる言葉は使ったもん勝ちなんだよ」
魔理沙と霊夢の口喧嘩を聞き流しながら、
僕は前の取引が僕だけではなく、客にも満足できるような物だったという事を確信して静かに喜んでいた。
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その後で、『衝撃の自由上海』と『無限の正義蓬莱』を率いたアリスが
幻想郷の重大な異変を解決するようになるのだが、この話はまたの機会にするとしよう。
いあ、インパルス封獣人形のがいいかな(スクライド的な意味で
こういう話は大好きです。
同じネタでも、じゃなくても次回作を楽しみにしてます!
でも永遠の名を冠する輸送艦のが強かった。
そしたら200点ですw
>そう言われても僕、森近「林」之助は魔法使いじゃないし人形使いでもない。