庭先の木に残った葉が乾いた冷たい風に吹かれ名残惜しく散っていく。
「もう冬だからなぁ…」
何やら荷物をたくさん詰めた箱を持って歩く少女。
少女が歩く度に、ほわほわと黄金色の九本の尻尾が揺れる。
「よいしょっと…これで一通り済んだかな」
箱を押し入れにしまって、やれやれといった感じで手をぱっぱとはたく。
「あら、藍。もう終わったの?」
「あ、紫様。おはようございます」
欠伸をしながら部屋に入って来たのは、自分を式神として操る主。
「年末なんてまだなのに、えらく早い大掃除ね」
「紫様はもう春先まで寝たままになるので、寝ている時にどたばたしてはご迷惑と思いまして。それに年末なんてあっと言う間ですから」
「ふふ…年末に大掃除をしなければならないルールなんて無いのにね」
「確かに…ちょっと人間に染められているのでしょうか?」
ひょんなことから親しくなった人間のおかげで、この八雲家もかなり人間の風習が身に着いた。
「まぁ…綺麗に超した事はないわ。ご苦労さま」
「いえいえ。あ、ご飯の支度しますね」
「えぇ、お願いね」
ぱたぱたと台所に走っていく藍。
「そういえば、橙は?」
紫が箸を止めて言う。
「朝早くから遊びに行ってます。またあの妖怪たちに変な事を教えこまれて無いといいのですが…」
「いいじゃないの、橙がそれで楽しいのなら」
「そうですが…」
気になりだしたのか、妙にそわそわとする藍。
「そんなに気になるのなら、見てきたらどう?」
「え?いや…そうしたいのは山々ですが、やることも沢山あるので…」
「大丈夫よ、私もたまには仕事するわ。藍はお散歩でも行って来なさい」
「お散歩…ですか?」
「そうよ、これは主の命令ね。早く行って来なさい」
「はぁ…」
半ば追い出されるように部屋を出た藍。
「お散歩って言われてもねぇ…どこに行こうかしら」
そう言いながら飛び立つ。
「とりあえず、橙の様子でも見に行こうかしら」
藍は愛しい自分の式神がいそうな所を回ることにした。
「おや、大当たり」
橙は意外と簡単に見つけることができた。
紅い館の見える湖のほとりで、氷の妖精と真っ黒な服を着た妖怪と何やら楽しそうに話している。
「あ、藍さま~」
近くに下りると橙が気付き、手を振りながらこっちに向かってきた。
その姿は何とも愛くるしい。
「お散歩ですか?藍さま」
「む、まぁそんなものだ。橙、あんまり帰りが遅くならないようにな」
「はぃ、藍さまもお気をつけて」
「あぁ、じゃぁ…」
名残惜しいが、彼女が楽しんでいるのを邪魔したくはなかった。
手を振る橙に手を振り返す。
「むむ…どうしよう…」
自分の気になることは今終わらせてしまった。
次はどこへ行こうか…
そう悩んで飛んでいるうちに、まだ今晩の夕食の買い出しをしていない事に気が付き、人里に向かうことにした。
人里の少し手前で、藍は地上に降り立つ。
近くまで飛んで行ってもいいのだが、里に入るにはしっかりと地上から入りたい。
里の人間は皆…とは言えないが、藍が妖怪の式神であることを気にせず接してくれる。
そんな優しさを持った人が藍も好きだったので、対等に接したかった。
「あ、藍さまだー」
「藍さま-」
里に入ると、近くで遊んでいた子供たちが、藍を見つけるなり駆けて来る。
「こらこら、尻尾はよしてくれ。くすぐったい」
ほわほわとした藍の尻尾には、必ず誰かが埋れてくる。
「今日こそ数式を教えてください」
藍が数字に強いのは人間たちにも回っているらしく、里に来る度に子供たちに数式を教えてほしいと寄って来た。
しかし、いつもは用事があってココに来るので、忙しくて相手をしてやれない。
いつもと同じように返す。
「む?寺子屋があるじゃないか」
「何度も言ってるじゃないですか。寺子屋では歴史しか教えてくれません」
藍はこの返しを聞く度に、仏頂面をしたあの堅苦しい歴史家が、子供たちに文句を言われながら授業をしている様が目に浮かぶ。
今日はこれといった用事がないので、藍はしばらく考えて。
「よし、じゃぁ少しだけ」
そう言って藍は近くにある棒を拾い上げ、地面に何やら数字を並べる。
その後しばらく、藍は子供たちに簡単な数式を教えた。
「だからこうなるわけだ」
「わーやっぱり藍さま凄いです」
本当に簡単な数式なのだが、子供たちに感心されると、なんだか嬉しい。
「コラ、お前たちいつまで道草食ってるんだ」
急に背後から声を掛けられ、その場にいた全員が体をビクっとさせる。
「まったく…寺子屋が終わったら真っ直ぐ帰れと…あれ、アンタは確か八雲家の…」
声の主はほわほわと風になびく黄金色の尻尾に気がつく。
「おや、覚えててくれたか」
「妖怪の式神であるアンタが人里に何の用だ?まさか…」
藍を不審に思ったのか、臨戦態勢に入る。
「何言ってる?捕って喰ったりしないよ。勉強熱心な子供たちに、歴史しか教えてくれないどこかの寺子屋の先生に代わって数式を教えてただけさ」
「何だって?コラ!お前たち~」
「わー慧音先生が怒った~」
「逃げろ~」
楽しそうに駆けだす子供たち。
「待て~歴史の大切さを教えてやる!」
皆が駆けだして、藍はやれやれと言った目を向ける。
「おっと、買い出しに行こうと思ってたんだ」
黄金色の尻尾をほわほわさせながら、藍は市場のほうに向かっていった。
油揚げが大量に購入できた上に、豆腐屋の店主がおまけに少し油揚げを足してくれたので、藍は上機嫌で人里を後にした。
「だがしかし…」
里を飛び立ってしばらくはニコニコとしていたが、藍の顔が少し曇る。
「さて…どうしようか…」
気になることは済ませたし、するべき用も済ませた。
これ以上家の外にいる必要は無くなってしまった。
今帰っても紫には邪険に扱われるだけだろう。
忙しいのも困りものだが、このようにすることが無いのも困ったものである。
「あれ?こんな所にあったっけ?」
ふよふよと行くあても無く飛んでいると、真っ赤な鳥居を見つけた。
しばらく止まって考えた藍は徐々に下に降りていった。
降りると紅白の巫女が落ち葉を箒で集めていた。
「あら、アンタが来るなんて珍しいわね。明日は猛暑日かしら」
藍に気がついて、苦虫を噛潰したような顔をする。
「悪かったな、紫様じゃなくて」
「何しに来たの?流石にこの寒いのは冬が近づいてる証拠よ」
「散歩だ、散歩」
「やだ、アンタが?」
巫女がくすくすと笑う。
「悪いか?好きでやってるわけじゃないんだ。帰る」
と、言っても今帰れる状況ではない。
「ゴメンゴメン。気を悪くしないで、アンタいつも忙しそうにしてるからさ。お茶でも飲んで行きなさいよ」
箒を持ちながら、境内の奥に戻っていく。
一瞬安堵の間をおいて、藍は着いて行った。
「まぁ座りなさいよ」
藍は促されて、本堂前の廊下に座る。
「…その大きな袋は?」
先ほどから気になっていたようだが、堪えれなくなったらしい。
「夕飯の材料だよ」
「ふーん…ってアンタ、油揚げだけで何を作るのかしら?」
袋の中身をチラっと見て、引き気味に言う。
「……稲荷寿司」
「あ…そう」
やれやれといった目を向けて来る。
何故だろう?おいしいのに…
巫女の反応を藍は受け入れられない。
「それで…好きでやってないお散歩っていったい?」
「え…?」
「さっき言ってたじゃない。好きでやってるわけじゃないって」
驚いた、てっきり聞き流されているとばかり思っていたが、自分の言葉はハッキリと届いていた。
「あぁ…まぁ、紫様にちょっと言われてな…」
「まぁ…そんなところだろうと思ったけど。それで、楽しかったの?」
藍は黙りこむ。
楽しい…どうだっただろうか?
愛しい橙の元気な姿は見れたし、人里では子供たちが尊敬の目を向けてくれた、大好物の油揚げもたくさん手に入れれた。
だが、何か楽しいとは違うような気がした。
だけど、自分の主がくれた自由の時間を楽しく過ごさないのは失礼ではないだろうか?
ならば、この時間は楽しかったことにすべきだろうか?
「ちょっと!聞いてる?」
「え…あぁ……うーん」
「どうして悩むのよ…楽しかったか楽しくなかったかって聞いてるのに」
巫女が困った顔をする。
実際今は藍自身が一番困っているのに。
「楽しかった…のかなぁ…」
ポツリと藍が漏らす。
「なによその、かなぁ…って」
「よくわからないんだよ…」
「何言ってるの?アンタもしかして、紫に散歩に行ってこいって言われたことに、変な使命感持ってるんじゃないでしょうね?」
大当たりだった。
言い返せない藍を見て、図星だということを確信する。
「全く…アンタも変なとこ抜けてるわね…」
薄く笑みを浮かべながら続ける。
「自由な時間の過ごし方はアンタの勝手、それに変な使命感を感じて無理に楽しんだり有意義に過ごそうとするから楽しかった事も楽しくなくなるのよ。
もっと自分のやりたい事やって、今日は楽しかった楽しく無かったとかハッキリ決めて、それから有意義な過ごし方を見つけてみたらどうなの?」
巫女の説教染みたアドバイスに、藍は知らず知らずのうちに聞き入っていた。
今なら、以前闘いで敗れた訳が理解できそうな気がした。
「でも私は…」
「私からも紫に言っといてあげるわ、式神の自由時間をもう少し増やせってね」
人間は面白い。藍はそれを実感した。
どんな数式でも、人間の行動を読むことはできない。
だがそれは、藍にはとても興味深かった。
「お茶が冷めるわよ…」
そう言われて、藍は我に帰る。
「まぁ…そういう訳だから、暇ならウチに寄って行きなさいよね。今日みたいにお茶ぐらい出すわ」
「何の気遣いか知らんが、そうするよ」
お茶を口にしながら答える。
「何言ってるの?次来る時はお賽銭持って来なさいよ」
「はぁ?」
突然言うことが変わった巫女を呆れた目で見る。
「冗談よ冗談」
けらけらと笑いながら藍を指差す。
本当に人間とはわからない生物だ、だがやっぱり面白い。
「まったく…それじゃ、帰るとするよ」
気がつくと、日は西に傾いていた。
今から橙を迎えに行って、一緒に帰ればいい時間だろう。
「それで、今日は楽しかったの?」
藍の目が揺らぐ。
「あぁ…楽しかったよ」
「そう、よかったわ」
微笑む巫女。
「その…なんていうか…」
「何よ?ハッキリ言いなさい」
「あ、ありがとうな。博麗の巫女」
人に礼を言うのが珍しいので、顔が熱くなる。
「何よ、気持ち悪いわね。霊夢でいいわよ、霊夢で」
「あ、あぁ…じゃぁな、霊夢」
「えぇ、また来てね、藍」
藍は飛び立って、橙の元に向かう。
「あ、今度来る時は稲荷寿司くらい持って来なさいねー!」
飛び去る藍に叫ぶ霊夢。
藍は右手を上げて、了承の合図を返した。
橙はまだ同じ場所で同じ妖怪たちと遊んでいた。
「橙、そろそろ帰るぞ」
先と同じぐらいの距離で声を掛ける。
「あ、藍さま。じゃぁね、チルノちゃん、ルーミアちゃん」
妖精たちに別れを告げて藍の元に走ってくる橙。
「わざわざ迎えに来てくれたのですね」
「まぁ、散歩の帰りだよ」
「あれ?何だかご機嫌がよろしいですね。何か良いことがありましたか?」
「む?私は橙がいればいつでも機嫌がいいぞ」
「それ以上に今日はご機嫌が良いです。何があったんですか?」
橙は藍が機嫌の良い事に興味津々である。
「なぁ橙…」
「なんですか?藍さま」
「人間って面白いな」
突然言い出した藍をおかしく思い、橙は首をかしげる。
「おかしな藍さま…それより、今日の夕飯は何ですか?」
「む…稲荷寿司だよ」
「またお揚げさんですか~?」
「おいしいじゃないか」
「藍さま、外の世界にはキャットフードというのがありましてですね、それはもう、とてもおいしいらしいですよ」
「ハハ、それは私にではなく紫様にお願いしなさい」
「えーだって紫さまだと、条件に無理難題を…」
「じゃぁ諦めなさい」
「みゃー」
2人の式神の会話が、夕闇に溶け込んでいく。
1人は耳や尻尾を盛んに動かしながらとても困った顔をしていて。
もう1人は黄金色の尻尾をほわほわと揺らしながらとても楽しそうだった。
しかしルーミアは妖怪だ
感想ご指摘ありがとうございます
言い訳ではないのですが
妖精たち…と言ったのは
妖精のチルノと妖怪のルーミアを一まとめにした表現であって
言いかえれば
チルノたち…になります
わかりづらくて申し訳ありません;w;
ご指摘の部分が違いましたね
修正しました
ありがとうございます
日常的な藍、いいですね。
好感が持てます
しかし、これで文章力が乏しいだと・・・?!
感想ありがとうございます
まさか初の作品がここまで評価されるとは思っていませんでした
本当にうれしい限りです
しかし、素晴らしい作品に比べたらまだまだちっぽけなのが現実
これからも精進しますので
どうぞよろしくお願いします
何やら縁側でゆっくりお茶でも飲みたい気分になりました