■Prologue.
「……というわけで、神様の視点に立った生活が大切なのです。分かりましたか?」
「はーい!」
元気いっぱい夢いっぱいの朗らかな声が教室を包み込む。
麗らかで、平和な幻想郷の午後。
子供達の歓声で思わず微笑んだ早苗の肩に、横からぽん、と柔らかい掌が置かれた。
「ご苦労さん。堂に入った先生ぶりじゃないか」
「えへへー。大人っぽかったですか?」
上白沢慧音の依頼によるそんな大役を成功裡に終え、早苗は表情以上にほっと安堵し胸を撫で下ろしている。一日限定という約束とはいえ、まさか幻想郷に来てこの歳で教鞭を振るうことになるとは思わなかったが、神社のしきたりや神様のこと、果ては外の世界のこと――子供達の夢になれる新鮮な話が出来ただろうか。見渡す限りの笑顔については、世界を違えても何ら変わることはない。
「子供がね、好きなんですよ」
「最近そう言ってくれる娘が居ないから、嬉しいなあ。――母性、ってやつか?」
「そんな歳じゃありませんってー」
引き受けて良かったなと、心底から思う。緊張が解けた開放感も手伝い、教壇の上の早苗は母性溢れる胸を反らして上機嫌であった。
その時。
……どたどたどた、という足音が、一気に近づいてきた。
「……なえ!」
ばん、と開いた扉に、まだ教室に残ったままの子供達も含めて全員の注目が一斉に注がれた。
「さ・な・え!」
もう一度名前を呼ばれる。
呼ばれた早苗が底に見たのは、金色の髪をさらっと降ろした幼女だった。
白いふわっとしたシャツの上に、鳥獣戯画をあしらった紫色のカーディガン……なのか? あれは。
「早苗、わたしの帽子見なかった!?」
言うが早いか、金髪幼女は授業の余韻冷めやらぬ教室に足音も荒々しく闖入し、戸惑う早苗のスカートにむんずと縋り付いてきた。その紅葉のような掌でひらひら布をきゅっと二カ所握りしめ、縋り付くような上目遣いを少し潤ませている。
そんな狼狽える幼女の頭を、早苗はよーしよしと撫でた。
有名な畑さんのように、優しく穏やかに。
宥めるように柔らかい視線で諭して、スカートを優しく手放させる。
幼女の視線の高さまでそっとしゃがみ込み、
開口一番、
「……あ、諏訪子様じゃないですか」
「きづけよ! さいしょから!」
きいきいと、赤らんだ顔で諏訪子は喚く。
「……うぅ~~~!!」
そして妙なうなり声を上げたかと思えば、その場でぱたぱたと腕をばたつかせ始める。
「早苗! 帽子よ帽子!」
「は?」
「……帽子がなくなっちゃったのぉ!」
「あー……はいはい、分かりました」
早苗は頷く。もう一度、ダメを押すようにその小さな頭をくしゃくしゃっと撫でてから、成り行きを見守っていた寺子屋の生徒達へと立ち上がり向き直った。
横にいる慧音に「ごめん」と小さく目で謝ってから、早苗先生は大きな声で再び凛々しい顔になる。
「はーい、今日からみんなのお友達になるもりやすわこちゃんでーす!」
「ちがぁあーうっ!!」
――洩矢諏訪子の、長い日々の始まりである。
■ 1 ■
――天高く、神奈子肥ゆる秋。
まったく遠慮を知らない速度で堆く寄せられるお供え物の数々を
「まったくしょうがないなぁ……ふむん」
にやける頬さえまったく遠慮せずに
「豊作は良いことだけどねえ……はむん」
まったく遠慮を知らない速度で食べていたらにやける頬が心なしか丸くなった。最近。
「ぱくん」
そりゃそうである。
豊穣を神様に感謝してくれるのはありがたいが、このまま行くとお腹周りも豊作に恵まれてしまうだろう。信仰心の前に違うものが肥大化してしまっては、神道としてお話にならない。崇敬の念ではなく同士同輩の親近感を覚えられる神様というのは、信仰体系の理に適っているようで、どこかやはり立ち位置を間違えているような気もする。
人間と神は違う。
だが、神とて万能ではないし聖人君子でもない。人間も神も、深く悩んでいるのだ。
賽銭と二礼二拍手でメタボリックが引っ込むなら私だって縋りたい。
「あーりがたーやあーりがたや」
「こない……もらっても……えぇのか……え?」
「構いませんよ。どうせ私の身内だけでは食べ切れませんから」
「おぉ……あーりがたーやあーりがたやー……!」
もんぺのお婆さんが、皺だらけの手で目に見えない数珠を鳴らし拝んでくる。
半袖には少し肌寒くなった秋の境内、暇そうにしていた老婆二人をお喋り相手に取った一見ただのおばさんみたいな姿の自分が、よもや本当に神様だとは気付くまい。彼女たちは、秋の恵みのお裾分けに対して礼賛しているに過ぎない。
背中から珍妙に突き出たあの柱と注連縄さえ取り去ってしまえば、姑づきあいと長男の反抗期で日夜悩み暮らす枯れ染めの主婦と何ら選ぶところがありはしない八坂神奈子。そういう世俗っぽさが嬉しい神様だ。
そんなんだから信仰も集まらないのか?
いやまぁ、拝まれてはいるから良いのではないか。
物欲絡みだけど、かなり現在進行形で。
「……かなこかなこー!」
その時、だった。
「かーなーこー!! ってばー!!」
「……さて」
神奈子は、口の中にしぶとく居残っていた柿の実を嚥下して立ち上がる。
老婆達は神奈子が頬張っていたのよりも可愛らしい、さして大きくもない甘柿をありがたがっていつまでもいつまでも啄んでいる。が、これに付き合っていたら埒が明かないのは毎日のこと。強引な幕引きは日常茶飯事で、前触れもなく膝を打って縁側に立ち上がった神奈子を老婆がぼんやり見上げる。
「さてご婦人殿、失敬。私は別用がありますゆえ、これにて」
「おぉ……おぉ……」
「あーいや、急がず。どうぞごゆっくり召し上がって下さい、食べ終わったらお皿は置いといてもらったら良い」
「あ……あーりがたや!」
「かなこってばー!!」
穏やかな老婆の声。
而してそれを劈いたオクターブ正反対の幼女の涙声は、恐らく二人の老婆のいずれの耳にも聞こえていまい。稚い声だがそれは神の声である。強いて言えば背後から歩いてきた緑髪の人間の少女が、目に見えない誰かの手を引いている仕草だけ映るなら映るだろうか。
神奈子は推察する。
早苗が諏訪子を泣かせて帰ってきた、という構図か?
いやいや。
彗星激突の危難を救った早苗と諏訪子が、宇宙船から生還してきたのか?
いやいやいや。
どうせ諏訪子が泣き喚いて、早苗の方があやしつけながら手を引いて帰ってきたのだろう。諏訪子の金髪が珍しく露わなところからして、帽子をどっかに無くしてしまって慌てて、確か今日は寺子屋でお手伝い中だった早苗の胸に泣きついていった、とかね。
「あーりがたや、ありがたや……」
いつのまにか神奈子の姿も消えた境内、虚空に向かい、取り残された老婆は見えない神様を崇め続ける。
橙色の柿の欠片、頬に一粒くっつけたままの信仰が延々と棚引いている。
*
「な、何、本当になくしたのか」
「ふえん……」
半べそで頷く小さな諏訪子の頭を、早苗がぐーるぐると撫で回している。もみじのような手の甲で目頭を拭い拭い、鼻をすんすん鳴らしてばかりでしょげ返った諏訪子に代わり、神奈子は大方の事情を早苗から聞いた。
「というわけで、駆け込み寺というか、駆け込み寺子屋というか……」
「おぉ、もう……」
嘆息する神奈子。
最近、どうも調子が狂う。この幻想郷に来て以来、とこしえに変わらぬと思えた守矢の社で、しかし何かが確実に変わってしまったなぁと感じる。
新世界で神々しさを前面に押し出し、雅やかな弾幕の煌めきと圧倒的な威厳に信仰の活路を求めたのが僅か一年二年前のことだというのに、最近の諏訪子と来たら地中に潜ってみたり手足をばたつかせて空を飛んでみたり、早苗はといえばおみくじを放り投げては凶に当たって自分が1100Hitくらいしている。そんな折の自分はといえば、あまつさえ早苗のスキルに応じて槍になり楯になり、目の前の巫女や妖精に向かって突き付けられ体当たりさせられることもある。あれは結構痛い。
売れっ子になるためにはヨゴレも必要かなあと我慢してみたりもしたけど、売れっ子になりたいならアイドル歌手でも目指してみるとか、ごめんなさい一回で百円とか、そういう活動をやってた方がまだ肉体的にも精神的にも楽だ。
そして、諏訪子はといえば最近すっかりこの調子だし。
地面から生えてきた荷葉に乗って、カエル座りとかしてるのが最近の諏訪子である。
「ぐすっ……うん……ふぐっ」
「ま、まぁ元気だしなって……狭い幻想郷だもの、そのうち見つかるさ」
どうにも泣き顔が似合う。まるで幼女のようである。
というか幼女である。
幼女であるが、神様なのだ。だから調子が狂ってしまう。
――何千年も生きた神様が、簡単にベソなんかかくな、っての。
「……かな」
「ん?」
諏訪子が何事かつぶやき、聞き取れなかった神奈子が耳を寄せる。
「かなこ……」
「何だ」
「みつかる、かな、ぼうし……」
「そりゃ探してみないと分かるまいて」
何を、という口調で神奈子は鼻息一発。
――すると。
「……ダメ」
「え?」
「みつける! ぜったいみつからないとイヤ!!」
ぱかんぽこん、と、諏訪子は可愛く卓袱台の天板をやおら叩き始めた。
もみじのような掌が、ひらひら翻る。
「お、おい……たかが帽子ひとつくらいで……」
「だって……わたし、の、ぼうし…………ひぐっ、ふえ、ふえええぇぇ……」
「あわわわわわわわわわわわわわわ悪かった! わわ私が悪かったから!」
「諏訪子さまほら泣かないでください、今日はハンバーグにしますから!」
水風船の爆発をすんでのところでいち早く察知した神奈子と早苗であった。
最悪の事態だけは何とか免れた。幼女のような外見だからといって、泣かせ放題にしたら大変なことになるかもしれない。神様が泣き喚くというのは、騒音以前に下手したらどっかで天変地異に繋がりかねないのだ。
膝立ちになって抱き寄せた早苗がまた頭を撫でて、洩矢諏訪子はどうにか泣きやむ。ばくはつ寸前の水風船は修復され、さながら年の離れた姉のようなその豊満なる御胸に束の間の安息を得ている幼い古神。
その後頭部を撫でながら、さながら聖母マリアのような顔で早苗は笑う。
「ほら、すわこちゃん泣かないの……おっぱいあげるから」
「赤ちゃん扱いするな~!!」
どの口で言うか。
「……いないいない、ばぁ!」
「うるさーい!」
「…………はぁ」
なんだか、見ているのも疲れてしまった。
どっと脱力して、神奈子は元の座椅子に身を投げ出した。
ぎしぎしと不平を漏らす背もたれを全体重でいじめながら、力無い声でお経のように呟く。
「あー……早苗ー……」
「何でしょう」
「……明日寺子屋にでも連れて行ってやってくれ……子供達が拾ってるかもしれないし、見かけた子でも居れば手がかりが聞けるかもしれないじゃんか」
「はぁ。分かりました」
半ば投げやりにそう提案して、半ば投げやりに早苗が頷く。早苗とて暇ではないので、それ以上をお願いするのも心苦しかった。
座椅子の深く深く深くまで身を投げ出した神奈子、思わず神様という種族のあり方について、柿と帽子をタネにして真剣に考えようと試みる。
神代からの樹形図が歪んでいる。日本史でも屈指の神様がこんな具合にベソかいて、現人神に慰められている現状もなぁ――
と、
ふと思いなして、身を起こす。
「それにしても――」
抱き合う二名を、神奈子は改めて矯めつ眇めつ見回した。
別に山百合オニユリテッポウユリのような、百合籠の花々しき趣味感情に絆された訳ではない。老成した八坂神奈子という神はあくまで神として、目の前にて繰り広げられる親愛の有様の中に光り輝く「幼さ」というエッセンスをこそ、味わっているのだ。実に健全である。炉を利して根を詰めるというやつだが、ヒト達が生まれては成熟してゆく、その遥か手前にて庇護のあたたかみの中に蕾を緩ませるその営みに胸トキメかせたところでやはり健全に間違いない。
人として、神として。
「諏訪子ぁかわいいなあ――」
かわいいのである。
普段から被っている大きめの帽子が無くなるだけで、印象ががらり変わってとても新鮮に見える出で立ち。明るい金髪に埋もれて今にも泣き出しそうな沈鬱な表情も、固く噛み締めた唇が奏功してかより一層幼く見えて仕方がない。
8歳……
7歳……
幼い。
間違いなくこれは幼い。
ペ様がド様になるくらい幼いではないか。
大きな帽子に被られていた時と容貌は決して変わっていないはずだが、早苗ならずとも思わず頭を撫でてあげたくなる反則級の可愛さ。自分に神性と理性がなければ今頃天照大神を振り切るオフサイド攻撃を臆面もなく仕掛け、天武天皇をうっちゃって稗田阿礼も赤面して諳んじられない古事記の袋とじコーナーを編纂し上げる全身全霊乾坤一擲の自信がある。
この胸の中に漲る、熱い力。
「……早苗ごくり」
「なんでしょうごくり。っていうか今の音なんですか!?」
「ただ……ただ失せ物のことだけ寺子屋の子供達に訊いて回るのも、考えれば失礼な話だな」
「はあ?」
「いや、そこは義理立てというやつでな……」
「おっしゃっていることが、よく分かりませんが」
早苗は目を白黒させている。
こうだ、と言わんばかりに神奈子は人差し指を立てた。
「早苗は、もう一日教鞭を執るんだ。そして諏訪子はそこで早苗の授業を受ける。あくまで寺子屋であることを踏まえるんだ、堂に入りては堂に従い、義理でもやるべきことはきちんとやってからこちらのお願いを聞いてもらう。それが筋、礼儀というものでな」
「……?」
まだ腑に落ちない、という顔。
「あの先生は慧音と言ったな? 彼女には私から話をつけよう。転入生の分の机と椅子は、今日中に調達しておいてもらう」
「ちょ、神奈子様やめてください! せっかく成功で終わって私安心してるのに!」
「その縁を守っちゃいけない。より攻めてより堅固にするんだ。なぁに現人神とて神のはしくれ。子供達の信を集めるのは悪い事じゃない」
「……、でもそれにしたって」
「早苗!」
我慢の、限界であった。
一際大きな声で、神奈子が煮え切らない早苗を薮から棒に一喝した。
びくっ、と、訳も分からず背筋を伸ばす早苗。
すごみを利かせ、おでこ同士が触れ合うほどの距離から早苗に問い尋ねた神奈子の剣幕や迫力は、運慶快慶の神品たる見上げるような阿形吽形のか何かしらに匹敵した筈だ。
「……寺子屋にも、参観日はあるな?」
神奈子は、それだけ最後に訊きたかったのだ。
――東風谷早苗は諏訪子の手を引き、黙って茶の間を後にしてしまった。
■ 2 ■
嗚呼。
諏訪子様は帽子を取るだけで、どうしてこんなに幼く見えるのだろう――
その思考は奇しくも、前夜の神奈子と同じ内容である。だが、早苗がよもやそれを知る術はない。
今朝起きて、お通じの前に早苗が考えた唯一の思考がそれだった。そして次はお通じのことだったから、実質お通じ並の一大事だったと言える。
諏訪子様の可愛さの、理由。
まさか神奈子の言動に影響された訳でもないが、早苗は和式の税務署に朝の年貢を納税する前後に通じ、その深奥な謎を解き明かそうと延々脳味噌のエンジンをフルスロットル回転させて考えていたのだ。着替える間も考え続けたし、歯磨きしながらも考えた。
騒動から一夜明けた寺子屋への道中、諏訪子の手を引いて不埒な沈思黙考を一人働かせている一日限りの通学路。なんでだろう、朝陽が眩しい。
雀の鳴き声瑞々しい通学路に、諏訪子の手を引いている。
掌に包み込んだ掌は掌よりも小さくて、そしてとても温かい。一歩ずつが大人よりも小さい。手を引くのが速すぎると少し覚束ない足取りになるのは、諏訪子が通学路の道端に未だ失くし物をを探し続けている――それだけが理由ではないだろう。
大人と子供の歩幅は確かに違う、まるで夢と現の数字化できない速度差のようだ。おべんきょう大丈夫かな、おべんとう忘れてないかな、おともだち百人出来るだろうか――そんなことを虚空に語りかける落ち着かない視線。
ゆらりゆられて歩くその姿を、時折振り返ってみれば早苗の中で何かが漏れなく漏れて崩壊しそうだ。
寺子屋の門戸をくぐり、慧音に挨拶を済ませて、早苗は予定外である二日目の教壇に立った。
慧音先生の紹介に続いて、諏訪子が、半歩だけ教壇の上で前に出る。
「えっと……」
「?」
「え、えっと……」
緊張しているのか。
神様のくせに。
早苗は屈み込み、諏訪子の耳許で小声に囁く。
(夕べ散々練習したじゃないですか!)
(う、うん……)
諏訪子の緊張の表情が、十秒近くをかけてやっと決心のそれに変わった。
握りつぶしそうなほどスカートの裾に握力を込めて、度胸一発、はじめのごあいさつを諏訪子が叫ぶ。
「……1ねん2くみ、もりやすわこです!」
「わーい!」
……うん。
これで良いのである。
そこからしばらくは、恙ない時間が通りすぎた。
果たして授業は、大変和やかな雰囲気で始まり、昨日よりも更に落ち着いた早苗の授業を生徒達は食い入るように見つめてきた。そして諏訪子も、捜し物の本題に入るまでは一人の小学生「1ねん2くみもりやすわこ」だから、一所懸命にノートをとっていた。小学校一年生の子が早苗の残し物である大学ノートと羽箒のような筆を使って万葉仮名のメモランダムを取る仕草もなかなかにシュールだが、勉強熱心な部分について少なくとも今日初対面である上白沢慧音の覚えは目出度かったようだ。
今更神社の鳥居の意味をメモして一体何の役に立てる気なんだろう、あの神様は。
「あ……」
その途中では、神奈子様が窓から覗いているのに気付いた。
何かと窓を移動しては銀蠅のように目端に留まる神奈子の影に、早苗は便所蠅を追い払うような目線で合図を送る。が、効果はなかった。
漢字の書き取りで全員が下を向いた瞬間に、とうとう神奈子はブローニングのでっかいやつを取り出した。早苗の晴れ舞台と諏訪子のちいさな想い出がとっておきのカラー写真になるコンマ三秒前、凶のおみくじを投げつけて神奈子はどうにか爆裂の渦に散った。が、吉凶を占うなら今日はむしろ凶でなく、奇智に富んだ吉の日と称すべきだろう。
神社について造詣の深い民は市井にそう多くない。
子供にとっては、有益な話なのだ。
出張授業も子供達にはきっと新鮮だったであろう、そしてあの少年法にひっかかりそうなほど可愛い諏訪子様が教室のど真ん中(けいね先生の取り計らい)に座ってそわそわ授業を受けていたからには、まともな精神状態を保てる男子小学生など一握りも居ない筈だ。
誰もにとって、今日は吉の日だ。
帽子の捜し物はひとまず棚上げとしても、諏訪子にだって悪い経験ではなかっただろう。
楽しんでもらえただろうか。
神様レクチャーに続いて、この漢字の書き取り授業。
早苗は全員の自由帳を眺めて、満足そうに頷いた。
「はーい! 皆さんよく書けましたね、『天饒石国鐃石天津日高彦火瓊瓊杵尊』! 皆さんちゃんと出来てますよ、エライッ」
*
楽しい時間は、あっという間だった。
そして、本題の時間が訪れる。
「あ、あの……」
授業が終わる二分前。慧音に促された諏訪子が教壇の上に立つと、教室は水を打ったように静まった。諏訪子より前に座っていた連中は授業開始以来ひさびさに諏訪子の顔を見たし、諏訪子より後ろに座っていた連中は授業開始以来ひさびさに諏訪子の背中以外を見た。
何もしていなくても既に泣き出しそうな表情に、大半の子供達は今日初めて気が付いた。
休憩時間を間近に控え戦闘態勢を整えていたガキ大将までもが、思考の伝を失って借りた猫のように黙り込む。
「わたしのぼうしを見たひと、いませんか!」
……それじゃわからないだろ。
諏訪子ちゃん。
「あの、わ、わたしの、ぼうし……」
「えーっと、麦藁帽子みたいな色と形で大きなカエルみたいな目がついてます! 誰か、昨日今日に見た人いないかなー!?」
見かねた早苗が、先生の口調で隣から助け船を出した。
「わたしのぼうし、みたひといませんか!」
「いませんかー?」
慧音が頷いている。
別に帽子の場所を知っているのではない。彼女はただ単に、早苗の先生っぽさっぷりに舌を巻いているだけ。
問い掛けられた子供達は一様に、顔を見合わせるや机を睨むや、好奇の目で諏訪子を眺め回すかのいずれかにすぎなかった。答えは返ってこない。望んだ結果は誰の口からも一切発されることがなく、まるで千秋にも感じる数秒を経て手に入れたものといえば、何とも気まずい沈黙だけだった。
「誰も知らない……のかなー?」
早苗がもう一押し、念を押してみる。
相変らず答えはない。
やばい、と思った。
目端の下、諏訪子の瞳がみるみる輝きを失ってゆく気配を感じたからだ。
その時。
「せんせー」
「ああッ、知ってるかな君知ってるのかなッ!!?」
「ひッ!?」
ようやく巡り来たヒットの兆しに、早苗は一目散に食いついた。だが、諏訪子に朗報をもたらしたいと気持ちばかりが先走った激しい口調が、仇になった。
お下げ髪の先まで硬直させて、ぴかぴかの一年生が一人立ち尽くしていた。
零すように「せんせー」とだけ呟いただけだった。
哀れ幼女は、まるで熊にでも睨まれたように首を小刻みに振るばかりになる。表情はみるみる強張り、そのつぶらな両の瞳に押し寄せる感情の波はもう止めようがなかった。
「ご、ごめんなさい……誰も知らないみたいだよ……って……わたし……言おうとしただけ……で…………ふぇ」
「あ、あわわわわわわわわわわ!!!」
わ、私が悪かった!
その後しばらく、早苗は機械のようにそれだけ繰り返し続ける簡単な作業に追われた。真横で所在なげに佇む諏訪子の絶望の表情にも、時折思い出したように相手しなければならず大変だ。二日間の授業、ここまで順風満帆だっただけに有事の際には対処が分からない。
見知らぬベソかきの優等生(慧音談)を宥め賺すも、一度犯してしまった罪の烙印は幼気な心に消えやしない。そして得てして優等生ほど、一度燻らせ始めると泣きやむのに時間がかかる。手を焼いた。
そしてこの年頃の娘だ、泣き声を聞いている内に今度は諏訪子までもがもらい泣きの兆候を見せてそっちにかまけたら今度はまた女の子で、次は諏訪子で、最後はステレオサウンドの涙声で、挙げ句に放ったらかしにされた子供達が好きずきに騒ぎ始めて収拾がつかなくなった教室。
阿鼻叫喚であった。
泣く子と地頭には勝てないと来たもんだ。昔の人はうまいことを言う。
這々の体で、諏訪子の手を引き早苗先生は教室をまろび出ることとなった。その背後から、子供達のやけくそな歓声が追随する。
最後の最後に先生らしい貫禄をぶちこわして、伝説の教師は伝説の教壇を後にしていった。その花道は、あまりにも惨めだった
あの無邪気な大歓声が何故だろう、通りすぎてゆくシュプレヒコールの波に聞こえるのだ。
「さなえせんせー! またきてねー!!」
何故だろう、とても今見窄らしい気がする。
「今度はみかんあげるからー!!」
……腐った方程式じゃないだろうな、それは。
私は放送室には入らんからな。
■ 3 ■
「まぁ、そういうことならしょうがないだろう――良い場所がある、ついてきな」
校舎の外に出ると、神奈子は黒コゲの風貌で白い歯を見せてそう言った。
「いざ、レッツゴー!」
レッツゴーというよりは、どう見てもラッツアンドスターである。
アフロになってるし、火に焼けしてるし。
*
さて。
とにもかくにも情況を整理すると、諏訪子が帽子を落としたのは地中潜行の最中である。彼女は、常に帽子のみが地表に露出した状態で地中を航行する。
故に、地上にある植え込みとか河原の石とか竹垣とか誰かの長靴の先っぽとか、どうせろくでもないものに引っかかってぶら下がっているのが関の山だろうと思われた。
帽子自体はヤワなものだ。鳥や牛馬につっつかれたら一瞬で帽子としての天寿を全うするであろうし、そういうヤワさを知っているからこそ諏訪子も騒いでいる。探す方にしてみれば勝算の少ない戦である。
だから、安否は知らない。傷がついてたり解れたりしてても、それはしょうがないとする。
その上で、あれだけ大きなものだ。いい加減、人目にはついているだろう。
――それが、神奈子の意見だ。
そして神奈子が提案したのは、日本の集落にある伝統的なある『格式』を、利用することだった。
「あらぁ……これぁかわええ」
「やー、めんこい」
「萌え~」
「アンタぁこげな子供、どっから連れてきなさったんじゃ」
「ええ、この子はウチで預かっておりましてね」
「……あーりがたやあーりがたや」
「何が」
そんなやりとりを、茫然と早苗は見つめている。
それが、日本古来の地域社会ネットワークなのだった。
英語ではSummit。
日本語に訳すと、井戸端会議(IDOBATA-KAIGI)である。
各家庭が一日一度一堂に会し、首脳レベルでの情報交換と国家間の協調態勢を確認する激務の一大会議。みんNATO出逢ってWHOと一息、臭い話にゃみんNAFTA。ここで交わされる情報は、一家の大黒柱であるお父ちゃんにさえ秘密である。
その網は強固にして粘り強い。時には人道支援の一環で食糧援助の締結を行い土がついたままのじゃが芋や大根が飛び交うし、留守宅の乳飲み子を見守るべく地域密着型のユネスコが乗り出すこともある。幻想郷の狭い人里を騒がせる事件には手よりも口が早いICPOが動くし、情報戦に関しては天狗さえもが手も足も出ない。
とにかく幻想郷の人里のすべては、この綿密なSummitに収斂してくるのである。
行方知れずとなった奇天烈な帽子の情報を求めるなら、ここにはうってつけのブレインが揃っていると神奈子は強調する。
「さぁ、諏訪子」
神奈子は、諏訪子の背中を優しく押した。
「?」
「自己紹介だよ……さっき学校ではちゃんと出来ただろう?」
うん、と諏訪子は小さく頷く。物々しい雰囲気を纏った歴戦の猛者達も、子供にかかればみな等しく大人である。緊張もするし萎縮もするが、その権勢も膂力も、その額にいくつ傷が在ろうが背中に龍の刺青が在ろうが構わずみんな大人は大人である。
Summitの事務総長は、御歳八十二歳。
しわだらけの唇を、徐に開く。
「お嬢ちゃあん……お名前はぁ?」
「えっと……もりやすわこ、5さい!」
ぱっ、と事務総長の前にひろげた小さなてのひら。
ぐへぇ、と、お婆の顔が紫陽花のようにほころんだ。
「おぉー! いやあ、こらええ子やなァ」
「やぁほんま、よぅ言えたよぅ言えたでぇ!」
「萌え~」
「ほんにめんこい子ォだぎゃ」
「私らみんな優しかばってん。何でも知っちょるたい」
並み居るおばちゃんお婆ちゃん達が、手に手に挙って新規加盟国に対し母国語で友好の意を示す。頭を撫で回されたり抱き抱えられてみたりと数多くの修好通商条約が結ばれた後、諏訪子の願いごとにはようやく聞き耳が持たれた。
必殺黒飴攻撃は、すでに諏訪子の手に三個握らされている。
「おばちゃん! ぼうしなくしちゃったの! あの、おばあちゃんたちもさがして!」
「あぁ、えぇーよぉえぇよぉ! ナンボなと探したげるぇ」
代表の一声を皮切りに、その場にいる誰もが鷹揚に頷いてくれた。諏訪子が希望に表情を輝かせ、早苗と神奈子がその背後から恭しく頭を下げる。神様だって、感謝は示さなければいけない。人間に世話になるなら、たとえ普段の関係と逆転でも逆転した通りに頭を下げるのが礼儀というものだ。
おばあちゃんたちは、その熱いほどにあたたかな掌で、次々に諏訪子の手を握ったり頭を撫でたりする。何故だろう、頼まれごとだというのに、その目はみんな、誰もが嬉しそうだ。
「ほら諏訪子」
「?」
「おばちゃん達に言わなきゃいけないことがあるだろ?」
「あ! ……あ、あの、ありがとう!」
「ナハハハ、えーよォ」
……そう。
神奈子が辿り着いた真実がここにある。
幻想郷の人間達の平和を本当に縁の下から守っているのは、断じてスペルカードルールとかいうあの言い訳がましい取り決めではない。あんなものは畢竟どうでも良い。真夏の太陽のように、いつも振り向けばそこにある、あの老若合い混じり合う篤志家達の笑顔こそが、真実。
神奈子が、幻想郷に住み暮らして早くも年単位。
Summit――『助け合い』が、人間達の信仰に秘められた願いを因数分解して辿り着いた、幻想郷の人里における紛れもない真実なのだ。
妖怪の脅威に晒されたこの世界において、人間は神を見捨てずとも、人間なりの絆をそれはそれとして強固に保持しているのである。
「さぁてなら、探しに行かぁかいの?」
「そっだ」
「わぁい!!」
「あ、あの皆様ありがとうございます! よろしくお願いします!」
今や単なる幼女となった(かわいい)諏訪子のSOSに応じた幻想郷のNPOが腰を上げ、泣き顔NPTを遵守し笑顔ODAをプレゼントするとっておきのPKO。
これ、幻想郷の平和の真髄である。
諏訪子が神様だなんて、彼女たちは誰も知らない。
彼女たちは、幼い子供達の泣き顔など見たくないだけだ。
極めて純粋なその一心で、協力を買って出てくれた。
神様への崇敬などという信仰行為ではない、民草の心意気としてそれが逆に神として嬉しいではないか。
拍手喝采の人道支援であり、神道支援ではないというのがミソだ。
「あーりがたや、あーりがたや……」
たぶん。
……大丈夫とは、思うけど。
「あ、あのお婆ちゃん昨日も居た――」
「うん。なんか変な予感がするんだけどなぁ」
一つ、歯に挟まった何かのように気になったお婆。早苗に言われるまでもなく神奈子は、先程からずっと彼女のことをちらちらと伺っていたのだった。
まぁ、時折居る類の人である。
徒党を組んで幻想郷の町中に出陣してゆく幻想郷の国連軍の勇壮な出征を旗持って見送り、諏訪子の姿が群集に埋もれた頃に神奈子は茫然としていた早苗の肩を叩く。
「あ、はい?」
「帰るよ」
「え、諏訪子様放っておいて良いんですか!?」
早苗の慌てた声は、背中で聞いた。
「良いじゃん」
背中で答える。
「私達も協力――」
「したいならしてきても良い。私は遠慮しておくよ」
そっけない答えが、冷たい風にまぎれて風下へ転がってゆく。
「私は……ひとまず人間達の嗅覚を、信じてみたいんでね」
早苗には、そう言い訳しておいた。
……少し遅くなったが、ここで幻想郷PKOのお手並み、拝見なのだから。
■ 4 ■
「……はい。……いえいえ、こちらこそ……はい、本当にありがとうございました」
実を取り残した柿の木の上枝に茜色が沈んでゆく。明日もとても良い天気であろう。
影が東に向かってながぁく伸びている。
あの西日が沈んでゆく彼方より歩み出して、博麗の結界の向こうから此方へ――私達は遥か西より東の彼方へ行脚した。長い影は更に東方へ離れゆこうと試みる。遠く、まだ歩き足りないと言わんばかり、元の世界からまだ離れたりないと言わんばかり、地平を東に向かって這ってゆく。
そんなに元の世界が嫌いか、私の影よ。
「はぁーあ…………あ、神奈子さま」
里人達を見送り終えて振り返った刹那、逆光で真っ暗に染まった早苗の顔に表情は読めなかった。そして声だけが聞こえた。
落胆のようでもあり、そこに疲労という分かりやすい雫も一滴二滴混じっている。
そしてだらりぶら下げたような腕の先に、小さく引き結んだ幼女の掌。腕、肩、首筋、伝って行ってやはり影に沈み見えないその幼き表情を、神奈子は敢えて推察しなかった。
長年一つ社殿の下で暮らしてきた。
彼女がむくれたら、どんな表情をするかくらいは想像出来る。
――こういったシチュエーションは、しかしなんだかんだで久々で。
そう、ああいう身なりでも常に泰然自若、生半可なことでは崩れきらぬ牙城を心に有して、まるで何かを達観したような不動心。嘗て、私と諍った時もそうだった。万物を眺め、寒ければ上着を羽織り暑ければそれを脱ぐ毎日を暮らして柳が風を受けるように、何が起きても構えず飄々としているのが
……洩矢諏訪子。
おまえじゃ、なかったのかい?
*
「そうだな、よし。諏訪子、私から一つ授業をしてやろう。現代社会では過疎という現象があってな……あっちの世界では人間が減りすぎる現象と教えていたようだが、実際はそうではない。『過疎』という現象の本当の意味……早苗先生なら、分かるかな?」
「いや人間が減る現象じゃないんですか?」
「…………。過疎というのは、人間の手に余るくらい土地の方が広くなっている現象なのさ」
「同じじゃないですか。それのどこがどう違うんですか」
「人間視点で語るか、神様の視点で語るかの違いさ」
諏訪子に話し掛けていた筈なのに、早苗の方がこれ見よがしに首を捻っている。
正座に組んでいた足を乱暴に投げ出して胡座に直り、神奈子は言葉を続ける。
「尺度の問題なのさ。人手不足が起きると人間は『過疎』と名付けて、それらもみんな自分達のせいにしていた。それが前の世界。視点を入れ替えてみれば――人間をどれだけ束にして網張ったって自然はそれ以上に大きい、だから過疎なんて本当は大した問題じゃない。大抵ね、有るべき姿に返るだけだ」
諏訪子の顔を覗き込む。
「なぁ諏訪子、たかが帽子一つだ――愛着ならきっと長年養っていただろうけど、人間や神様と同じで、物故は万物の運命の一つだ」
「……」
幼女に向けるには、ちょっと難しいか。
いや幼女じゃないんだけど。
「幻想郷のPKOは死力を尽くしたが、如何せん幻想郷は広大だ。集まった国連軍のディテクター達が帽子を発見出来なかったことに不満を託ってはいけない。ましてその広大な幻想郷で、探しきれないくらいあちこち動き回ったのは諏訪子、お前自身だ」
「……」
長広舌に、しかしやはり返事は無い。
しょぼくれて俯いた表情は、沈鬱ではあるがやはり愛らしい。
幼女なのだから。
幼女なのだから。
神奈子は目一杯嘆息する。
長年連れ添ったポン友に掛けるべき言葉を選び損ね、先程からしみったれた話を蕩々と垂れ流し続けているが帰結は見えない。
如何せんどうしようもない。帽子発見という戦果に至らないまま、二度目の夕陽は、窓外にすっかり落ちきってしまった。
一度希望を復活させていただけに、落ち込みようが相対的に大きい。
項垂れ、微動だにしない諏訪子は痛々しく、突然幼女に説教を始めた自分は間違いなく空々しかった。
変な光景だよ。
本当に。
「……はぁ」
本当に困った。
日本の歴史を最初の玄関から徒渡ってきた二柱の神様が雄大な年月を経て、繰り広げる光景が泣きベソと説教部屋だなんて思ったら人間以外にだって顔向けなどできるものか。大学時代にラクロス部で散々お世話になった漆田留太(しっだ・るた)先輩に噂が知られたらまた怒りの電話がかかってくるだろうし、顧問の大和猛先生の耳に入ったらまた進路指導室に軟禁される。まして手が出る足が出ることで有名な学年主任の猿田先生や口より先に拳骨が飛んでくる教頭の雲居先生には口が裂けても漏洩できない状況だし、隣の大学の後輩で二千年前合コンやった留学生の家須君なんかに久し振りにメールで今の状態を相談したら、どんなに嘆かれちゃうかな。
仏田先輩と、確か古いアパートで同居してたっけ。
ワイルドっぽい雰囲気が、結構好みのタイプだったんだけどなあ。
「……あの、神奈子様」
「なんだ早苗、決起したような顔で」
「おしゃぶりとか哺乳瓶とか、がらがらとか一杯持ってきましょう。諏訪子様を元気づけねば」
「…………、天井からぶら下げるあの――名前わかんないけどさ、ほら赤青緑の柳みたいなキンキラキンで色とりどりのアレ。アレも頼むわ」
「はい」
分かったらしい。
藁にもすがる想いだ。今はとにかく、大切な友人である洩矢諏訪子を明るく笑わせてくれるものなら何でも良かった。
早苗を頼るばかりでもいけない。自分とて脱力している暇は勿論ない、ちはやぶる諏訪の崇高な神を揺り籠とよだれかけとでんでん太鼓で祀るようになったら、人里の巷間で信仰の前に違うものが肥大化しかねない。
そうなったらもうペ様もド様も出る幕がありはしないのだから。
「……諏訪子」
「……」
「いい加減、元気出しな」
どんなに探しても、気の利いた言葉を見つけることが出来なかった。
「帽子くらい、また拵えれば良いじゃんかさ。そんなにもう」
「やだ」
「……すわこ」
「やだもん」
そんな怪獣の名前も居たな、とぼんやり。
「……ける」
「ん? 何?」
「みつけるんだもん」
食いしばった奥歯から零すような、か弱い声だ。
「……だから散々探したじゃないか。けど」
「あしたがあるもん」
「早苗も寺子屋の子供達も、幻想郷のPKOも全身全霊を捧げて精一杯捜索してくれた結果がこれだ。それはちゃんと受け入れないとな、諏訪子?」
「……みつけるんだもん」
こうなっては、神様ではなくただの駄々っ子であった。
「……」
「みつけるんだもん」
そりゃ見つけるに越したことは無い。
先生業務を一日延長してまで実現した腕白ちびっ子達の踊る大捜査線と平均年齢が六十を掠める幻想郷平和維持活動、そして況んや早苗と神奈子、みんなみんなの尽力があった。
その煌めき散ったすべての汗に報いられるのは「こばしま」のお茶とメロンパンではなく「ホシ発見!!」、その果報一本だけなのだから。
でも。
だけどね。
散らばる夢のとある一つが、一日の中で叶わないことだってあるさ。神様は、万能なんかじゃないのだ。
それを神奈子も早苗も分かっているし、
諏訪子だって、絶対分かっている。よね?
だって諏訪子は幼女だけど、
一応れっきとした、神様だから。
「……みつける、んだも……ん……」
声が、ふやけるように震えた。
神奈子の直感と早苗の慧眼。
あ、やばい。
……決壊する。
「ぜったい、みふふぇる、ひぅっ、みふふぇ……」
「あわわわわわわわ! すすすす諏訪子、ほらでんでん太鼓」
「諏訪子様、いないいないばぁ!」
「そうだそうだ諏訪子、Peek-A-Boo!」
「……ふぇえん…………」
「す、諏訪子! よしほら高いたかーい!!」
「あばば諏訪子様! 諏訪子様! ほら、良い子だからおっぱいあげようねーって」
「……待てそれは許さあん!!」
「なんでですかッ!?」
喧々囂々、上を下への大騒ぎの中で諏訪子が最後にもう一度、
「ぜったいみつけるの……」
強く切なく、そう呟いている。何ともシュールだ。
胸元をはだけかけた早苗と押し倒しかけの神奈子が、同時に振り向く。
顔を見合わせる。
名残惜しそうに早苗の服の前を直してやって、八坂神奈子は、洩矢諏訪子に向かい合った。
「諏訪子――ひとつ訊こう」
神奈子が、静かに早苗から身を離す。
「何でそんなにあの帽子に拘る? 『同じ効果』を持つ帽子なら、また拵えるくらい簡単に出来る」
「だって……らって……」
また舌っ足らずが勝って、和紙に浸透してゆく水のように少しずつ口許の歪みが席巻してくる。
早苗も神奈子も、何も出来なかった。弓折れ矢は尽き果て、いないいないばあも授乳も奏功することなくお蔵入りとなればもう決壊を止める術は一切失われていた。
「……んだもん」
「え? 何ですか諏訪子様」
「…………たん……だもん……」
もう口を大きく開くことも出来ない。
大きな声で話せば泣きそうに震えてるのがばれてしまう。だから、わざと潜めた静かな声。
それでも早苗に聞き取れないのでは、意味がないから。
「……もん」
「え? 諏訪子さま、何ですか?」
「……だってっ!」
諏訪子が、キッといきなり顔を上げる。泣いてないもん、なんて百回言ったって信じてもらえないに違いない、くしゃくしゃの顔。
突き刺すように、叫んだ。
神奈子を、指さして。
「――――――――――あれ、ママに買ってもらった帽子なんだもん!!!」
「…………」
「…………」
社殿の時が、止まった。
そして、
「ママに……ふぇ……ふぇええぇぇぇ~~~~えええんんん!」
ダムが、決壊した。
全ての音も匂いも消え、静まり返った世界で泡立てられた心がその泣き声で伊弉のように蠢動してゆく。時の結界をいち早く解いた早苗が、ゆっくりと、ゆっくりと、神奈子を振り向いた。
「神奈子さま……ママって……」
「いやまて早苗、話せば分かる」
「まさか……神奈子さま、二千年も昔に日本史はじまって以来の過ちを――」
「ば、馬鹿! お前信じるヤツがあるか!」
「うそ……そんな……ひどいです、私に秘密で、そんなこと――」
「だから待てって! こら諏訪子!」
「ママー……ふえええんん」
「えぇいママって言うな! 言うなってば! 血とか繋がってないしそもそも」
「私をさしおいて……酷いです神奈子様、だってまだ初夜が」
「早苗もいい加減にせんとグーで行くぞ!!」
「ふえええ~~~~~~~~んんんん!!!」
……阿鼻叫喚である。
二方向からの攻撃を一手に引き受けて総ツッコミを返さなければならない神奈子の脳髄は処理能力を完全に振り切り、取り乱した早苗はといえば白いハンカチを取り出してスルメのように噛み千切ろうとする。その目には光る物。
そして諏訪子はといえば二人の騒動を我知らずとばかり泣き続けるし。
神奈子は完全にパニックである。
この神社に、自分達以外の家族がいないことをこんなに呪った夜は無かった。
「ママの買って、ひぐっ、くれた、帽子……!」
「諏訪子、いい加減にっ」
「ふええん、ママぁっ!!」
「どわっ」
神奈子が身じろぐ。
いきなり諏訪子が、胸に飛び込んできたのだ。それを咄嗟に、抱擁で受け止める形になった。
「ママぁっ、ごめんなさい! ママっ!!!」
「諏訪子さま……」
羽根のように軽いその身体を胸の前で抱き留めてみても、ママと呼ぶその大神の顔を諏訪子は一瞥だにしようとしない。固くつむった目からぽろぽろと涙を零し、
まるで悪い夢から覚めたあとのように、
ただ只管に、神奈子の胸に顔を埋めて泣き続ける。
嗚咽、滂沱、しゃくり上げて、号泣。
まるで本当の幼女になってしまったかのようだった。
繰り返す細波のような神の泣き声は、やがて神奈子から早苗から、言葉を奪っていった。
今は彼女の涙の理由をどう言葉にしよう。『ママ』に買ってもらった帽子をなくしてしまったことに対する、
自責?
後悔?
それとも、神奈子ママに怒られると思ったから?
諏訪子。
そんなに泣かないでくれ、頼むから。
「あの、神奈子さま……」
「ん?」
「諏訪子さまがこんなに取り乱すなんて……あの帽子は一体――」
何の来歴も知らない早苗が、神奈子に問う。
神奈子は口を開きかけ――少しだけ躊躇したその後で、照れ隠しのようにちょっと笑った。
それを早苗に話しても良いものか、と思ったが、
――いずれにしても、遠い昔話だ。
「私があげたものだよ」
「あ、え、本当に諏訪子さまが言ったとおり、プレゼントなんですか」
「うむ。諏訪子と逢った、一番最初の時だ。うちの神社に沢山あった装身具から、諏訪子に似合うやつをって二人で選んで」
「……」
「結局、良いのが無くてな。それで、普通の帽子を一個使ってさ、それに諏訪子の希望で、あんな目ん玉つけてカエルの顔みたいにして」
「……可笑しい」
「それをプレゼントした」
そこで、神奈子は抱き締めた諏訪子のつむじあたりに視線を落とした。
それから、早苗の方をちらっと見る。
また少し、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「……何千年も前の話さ」
「そうだったんですか」
「ふえええん……」
諏訪子の泣き声も、まるで肯定の意思を伝えるように聞こえる。それ故に、また切なく聞こえた。
たいせつなもの――だったのだ。なるほど、確かに。
さめざめ泣いていた諏訪子は『ママ』こと八坂神奈子の手で、優しく剥き出しの金髪の頭をなでなでなでなで慰められる一時に、早苗は太古の昔へ想いを馳せて難しい顔をしていた。神妙な面持ちで、彼女が今何を考えているのか神奈子は知らない。
けれど。
「諏ー訪ー子ちゃん、か……」
神奈子は、半ば無意識に呟く。
ちゃん付け。
赤ちゃんに話し掛けるような、裏返しの声。
古い古い記憶が、為せる業だ。
こういうあやし方を、何千年か前に一度やったのを思い出す。
――神奈子は今、少しだけ呆れていた。
まだ覚えているのだろうか。諏訪子は。
あの日、出逢った時のこと。
がらくた半分以上の宝物殿を二人して漁って、どうでも良いような道具に神力を籠めて、あなたのその『症状』を封じ込んだ日のことを。
物は千年経てば付喪になると言うが、諏訪子があの帽子に二千年掛けて刻みこんできた力とは神力でも法力でもない、
恐らくもっと普遍的な力だったのだ。
「早苗、これあげるよ」
早苗が、神妙に首を傾げる。と、
「きゃっ!?」
いきなり、諏訪子本体を明け渡された。
泣いたままふらりと倒れそうになる諏訪子を、早苗が慌てて受け止める。へたり込むと、そのまま諏訪子が膝の上に来た。
「え? え? 神奈子さま、どちらへ――」
「ちょっとな」
雑な返事を返した。
アテは――無い。無いけど、多分大丈夫だろう。いざとなれば、あのお婆がいる。
「さて……」
そのまま暗い廊下から玄関に出、世俗っぽい下駄をひっかけて夜の境内に歩み出たらば弓張り月の輝きに迎えられた。
良い夜。
ちょっと寒いけど。
土、そして木犀の匂いがする。
千年、二千年前から何も変わることのない、欠けてはそれを癒すようにまた満ち戻る月が空に在る。
大丈夫さ。
だけど思えば、随分長い時間が経った。
少し不安だけど、
この世界だってきっと素晴らしいよ、諏訪子。
自信に溢れた足取りで、八坂神奈子は歩き出す。
■ 5 ■
「かーなこーさまっ……?」
少しおどけて、早苗は神奈子が出て行った扉を振り返っている。しばらく眺めていても帰ってこなかった神奈子のことは、やがて諦めた。
泣きべそに暮れる諏訪子さまをあやしている内、
諏訪子さまは、いつしか眠ってしまっていた。
及びもつかない遙か神代に行われた帽子のプレゼント。それを真実として信じられる、その証拠たる光景が、あの『母子』の景色なのだ――
何となく早苗は、そう感じた。本当に、何となく。
根拠はないけど――ただ見ているだけでも分かる、温かい光景だったから。
神奈子はやはりきっと、過去に過ちを犯してしまったのだ。
そう想い諏訪子の髪を、また撫でる。
――こんなにも可愛い神様のお母さんになってしまった。
八坂神奈子様はかつて、こんなにも正しい過ちを犯したのだ。
■ Epilogue.
ごめんね!
朝、起きてくるなり諏訪子さまは元気にそう言った。
「みつかったらいいなって思ってるけど、さなえもママも、もう良いよ」
「……諦められた、ということですか?」
「………………ぐすっ」
「あばばばばばばばばばば! 私が悪かったです、すみません泣かないでください諏訪子さまってば」
「ぐすっ、な、泣いてないもん!」
諏訪子は意地になって絶叫し、お茶碗の御飯に握り箸を思いっきり突き刺した。まあ行儀の悪い。
日本の礼儀作法に五月蠅い神奈子さまが今この瞬間を見咎めたら、いかに幼女諏訪子さまでも神様が相手でも、さてどんだけ声を荒げて怒られるか――
「……あれ?」
「ああ」
そこで初めて、諏訪子さまは、いつも隣にいるあのおばさんっぽくて最近ちょっと太り気味で、やたら世の中の垢に汚れたような『ママ』の姿が不在であることに、気付いたようだった。
「昨晩はどうやら帰られなかったみたいですね」
「うにゅ……わたしのせい?」
「いや違うんじゃないですかね、ママは怒ってませんでしたよ」
だから、心配しないで。
早苗が諏訪子に、そうダメを押したその時。
「……だから直系血族じゃないって言ってるだろう!?」
「あ、神奈子ママ」
「慎吾ママと同じイントネーションで私を呼びかけるのはやめてくれないかサナンカン」
「サナンカンじゃありません早苗です……どこをほっつき歩いてらしたんですか、一晩中」
どことなく疲労の色が濃い神奈子は、どっかりといつもの座卓に腰を下ろす。そう見ていると、いよいよ神の威厳なんてありはしない。
早苗は容赦なく痛烈な言葉を浴びせる。どこほっつき歩いてたんだこのぐーたら亭主。薄給のくせして口だけは一丁前ね。ちょっとこのマッチは何よ、ユウコより☆ 090-****ってこれ誰のメモよ!
「あぎゃ~」
やられたー、という顔を取り繕う神奈子もいつものことだ。どちらもが慣れっこである。鬼嫁とぐうたら亭主のくだらないやり取り。
取り残されたような一人娘のような諏訪子がきょとんと、すっかり神の威厳もなくなった神奈子さまと早苗を凝視していた。
じっと見つめていた。
じっと……見つめていた。
そうやって卓袱台の横に立っていれば主婦と見紛ってしかるべきなくらいの神奈子の、
……右手を、
じっと見て、
――叫んだ。
「……それ……ぼうし……!?」
「あ」
早苗もようやく気付いた。一仕事終えてきたような神奈子の表情が、一体何を意味していたのか。
「――!」
「わ」
「わわ」
瞬間、立ち上がるが早いか卓袱台からすっ飛んできた諏訪子が帽子をひったくった。
思わずよろめく神奈子の横を、帽子を持って脱兎の如く駆け出してゆく。
「こら諏訪子、行儀の悪い」
「ちょ、諏訪子さま!?」
朝の冷たい廊下を早苗が追い掛けた。息を切らして、追い掛ける。開け放たれた玄関からいつものシューズを履いて境内に飛び出すと、真っ白に輝いた目映い朝陽が突き刺さってきて思わず目を瞑った。
秋らしく高い空から、燦然と新しい一日が降り注いでくる。諏訪子が帽子をなくしてから、都合二度目の朝陽。
左手を裏返して頭上に翳しながらようやく早苗は薄目を開き、境内ではしゃぐ諏訪子の姿をようやくみとめる。
「かなこー! かーなこー!!!」
「あ~。あたしゃここにいるよ」
早苗の背後から、声がする。
早苗は振り返ることなく、諏訪子が取り戻した笑顔を見つめていた。
何もかもが、これで解決したのだという確信があった。
もらい泣きという言葉があるが、もらい笑顔という言葉もこの世には存在しそうだ。それくらい、完全に曇りを脱した快哉の笑顔だった。
だけど。
「……ぐすっ」
ちょっとだけ、もらい泣きの方が勝ってしまった。
諏訪子の喜ぶ有り様を見ていたら、なんだか涙が止まらなくなってくる。
実に二日ぶり。
久し振りに自分の掌へ馴染んだ帽子を諏訪子はしばし愛おしそうに眺め、それから、いい加減じれったくなるくらいの時間を掛けてゆっくりと、それを頭に載せた。
「――!!」
目の前で光がはじける。
足掛け三日間待ち侘び続けた、あの小さな頭に載っかる宝物との再会。それは、遙か数千年前のちはやぶる神々の遊み合いだった。
育まれた絆を帽子という姿に変えて、失い掛かったところでママの手により戻された、大切な時代の証。
その帽子には、沢山の想い出が込められている。
逆さまにしたら、たくさんの想い出が流れ落ちてくる。
早苗が知っているよりも何十倍も何百倍も大きな容量を有するカエル顔の帽子に、最後に閉じこめたのは――
洩矢諏訪子の笑顔そのもの、だったのかもしれない。
「わっはあーい!!!!」
諏訪子は跳ね回り、跳び回り、そして飛んだ。
ジャンプではない。アイキャンフライ、である。
「……ううううぅ~~~っっ!!!」
まるで、大きな命が目覚める時のようなパワーを感じる。
袖がぶかぶかな細い腕を思いきりばたつかせて、幼き大神は快晴の空に舞った。最近幻想郷を訪れてから覚えたあの奇妙な空の飛び方も、今は彼女の心情を暗喩する最上級のアクションだ。
「それにしても、可愛い飛び方だ。うむ」
評論家のような口調で呟く神奈子に、早苗が問い尋ねる。
「神奈子さま」
「ん?」
「二点、よろしいですか」
ぴん、とちょきの形に指を作った早苗、まず中指を折る。
「一つ。どこで見つけられたんでしょう」
「人里の地蔵堂に、納めてあったよ。例のありがたやお婆がやらかしたみたいでな……」
「え、だって昨日あれだけ帽子の特徴を」
「帽子に目がついてたかなんて、忘れちまってたんだとさ。そのくせ、霊気や神の気配にだけは敏感な――まぁ、そういう人間も居るのさ」
「はあ」
「霊感って言うのか。だからあの帽子を、神様の帽子だと気付いて」
「地蔵堂に持って行った、と」
「なぁに、日本はすべて神仏習合だからな」
神奈子は笑う。
早苗も笑い、そして、今度は人差し指を折った。
「二点目」
「なんでも答えてやろう」
「あの帽子、本当は何なんですか?」
「――」
ずっと胸に抱いていた違和感を、早苗は問う。
ひとまず物が発見されてからにしようと思っていたためここまで引っ張ってきたが、訊かれた神奈子は存外にあっけらかんと答えた。
「あれは禁呪だよ」
「ごんじゅ?」
神奈子は、発見の充実感も手伝ってか鷹揚に頷く。
「洩矢諏訪子は幼女なんだ」
「……」
「もりやすわこはようじょなんだ」
「……」
「Suwako is younger than the girl」
「ふざけないでください」
「あの帽子を被っていないとな、情緒不安定になっちまう。神力も神気が乱れて、下手すりゃ諏訪神としての姿を保てなくなるんだよ――人間と同じさ、長く生き過ぎた神の宿命でな。長久を生きてゆけば生きてゆくほど、神は次第に神としての力の波長が乱れ始める」
「……え……?」
神奈子は、自分で言っておいて少しだけ、そこで切ない顔をした。伏し目がちに下唇を噛んで、早苗に向かい合う。
「あの帽子は、そういう大切なものだ。あれも、れっきとした神具なんだ」
「……………………」
早苗は、うんとも言わず黙って神奈子を見つめ続ける。
じっと。
じっと見つめ続ける。そうやって、しばし目を合わせていた。
ひとりの現人神と、ひとりの古来ゆかしき神の眦の睦み合い。
その背景で、もう一人の神が遊んでいる。
言葉が無くても、言葉以上に通じ合う何かがあったのだ。その短い時間に、確実に。
――八坂神奈子の方が、先に折れる。
不意にニコーっと笑って、ぽつりと呟く。
「なあ早苗」
「はい」
「……信じてないだろ」
「ええ全然」
即答であった。
神奈子の眉間に、少しだけ罅が入る。
「そりゃまあ、ウソだからな」
「ですよね」
「つかあの帽子とか普通にそろそろおんぼろで」
「ほろんでしまえ」
「早苗ひどい!」
神奈子が今度はわっ、と泣き崩れたが、これも神徳の差か。背中をさすってくれる優しい手はいつまで経ってもありはしなかった。
早苗は、どうだと言わんばかりにまた豊満な胸を張ってみせる。
そして、
――もう一人の大切な神を、じっと見つめた。
神への進物は畏怖だろうか? 景仰だろうか?
それとも、地蔵のようにいつも民の横にいるのが神なのか。
早苗も、ちょっと忘れかけていた。
特に自分は現人神で、周りはあんな神様ばっかり。アンタッチャブルに仰ぐばかりが、神様じゃないのだ。
おばさんみたいな神様や幼女の神様には、親しんで仰ぐ「親仰」も良いだろう。
諏訪子と共に、きっと今日からまた素敵な毎日に成るであろう。
「……よっと」
ふわりと、目の前に諏訪子が着地する。
カエルのようにぺた、と足許に座り込んだ諏訪子の表情は、ようやく戻った帽子の大きなつばのせいで全く見えない。一拍遅れて艶やかな金色の長髪が引力に引かれ落下し、静まり返った一秒を挟んで諏訪子が顔を上げる。
立ち上がる。
昨日までのあどけなさが消えた、凛として引き締まった笑顔。
「迷惑を掛けたね」
威厳に満ち溢れた声が返ってきた。
「……おほん。ここ一両日は、私の不徳で取り乱してしまったよ――早苗も神奈子も、すまなかった」
「――」
「あと里の人間達にも迷惑を掛けたねえ……あーいや、神奈子達は良い。彼女たちには、私からまた御礼を述べておくよ。いや何、私だって」
乱れた金髪を、さっと掻き上げて白い歯を見せる。
「神様、だからね」
きりっ。
言い終えて、諏訪子は何かをふん、と鼻で笑い飛ばした。
早苗も神奈子も、笑った。どうやら元通りの日常を、これで完全に取り戻せたと思ったからだ。
立ち上がったところで諏訪子は小柄だから、神奈子達に比べて頭一つ背が低い。
早苗がしゃがみ込み、諏訪子の目線の高さに合わせて優しく言った。
「良かったですねえ、諏訪子様。……さ、朝ご飯の途中です。おっぱいあげましょうね」
(おわり)
ようじょかわいいよかわいいよようじょ
滅茶苦茶面白かった。てか一体どういう神様なんだよw
ところどころにある小ネタに頬が緩みっぱなしでしたw
頭なでるに留まらず頬をすり合わせたり肩車したり高い高いしたり
濃密なスキンシップを図りたい っていうか娘にしたい
早苗がダメだwww
とっても
かわいい
な
ところでおっぱい飲みたいです
諏訪子様かわいい。でもそれ以上にPKOが頭に残る…