Coolier - 新生・東方創想話

林檎

2009/10/24 23:25:30
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 寺子屋に通っている娘が林檎を貰ってきた。
誰に貰ったの、と聞くと慧音先生から貰ったとの返事をした。

娘はその林檎を食卓の上に置くと風呂に行ってしまった。
その小振りだが形の良いそれを眺めていると、ふと古い記憶がよみがえって来た。




 あれは私がまだ小僧だったころ、その日、何をそこまで腹立てていたか覚えてはいないが、家出をした。
母親に心配をさせてやろうと出来るだけ、遠くへ遠くへと歩んでいた。

人間の里の外は妖怪が跋扈する、人の子には危険な場所である。
当然、親たちも子供達には里の外に出ることを禁じさせていた。

だから、私は人里の外に初めて出て、何時出てくるかも知れぬ妖怪を恐れながらも
はじめて見る光景に心躍らせていた。
親の言付を破るという背徳の念も少しはあったかも知れない


私は好奇心に駆られるままいつしか森に入っていた。
日光もあまり届かぬその森。

獣道を歩いた。
時々目にする野兎や野鳥、不思議な色をしたキノコ、名前も知れぬ虫。
全てが新鮮で私は本当に興奮していた。

どれくらいたっただろうか、森は段々と暗くなりそろそろ引き返そうかと私は思ったが
私は帰り道がわからなくなってしまった。

家出してきたはずなのに、私はその時には家に帰りたいと強く思った。
しかし歩けど歩けど森の出口は見えてこない。

いよいよ完全に日は落ち、十歩先も見えぬような暗みが森を支配しだした頃には
私は泣き出し、必死に出口を探していた。

時折聞こえる何者かの唸り声、近くでする物音。
私は何度も足を取られながらも歩き続けた。

ああ、なんて馬鹿なことをしたのであろうと私は後悔しながら、もう二度と家には帰れないと思った。
足も腫れて、もういいやと諦めて歩みを止めようとしたそのときである。

少し先に明かりが揺れるのが見えた。
私は藁にも縋る思いで再び歩みだす。

段々と明かりに近づいていくと、それが家から漏れてくる灯火だということに気づいた。
私はそのレンガ造りの質素な家を見て安心した。
しかしドアの前に立って、真鍮製のノッカーを引こうとしたときになって、ある考えが浮かんできた。

ひょっとして、恐ろしい魔女が住む家じゃないか、と想像をしたのである。
こんな辺鄙な場所に住んでいるのである。
人の子に友好的な存在とは限らないじゃないか。
私はドアの前で悩んだ。
何が居るかわからないような家へ助けを求めるか、それとも夜の森を歩むか。
と私は二択の間で悩んだのである。

「なにしてるの?」
 突然後ろから声がした。
いつの間にか後ろに誰かが立っていたのである。
私はとても驚いた、もしかしたら雄たけびの一つでもあげていたかもしれない。
恐る恐る振り返ると、金色の髪をした女性がカンテラを持ちながら立っていた。

「どうしたの、迷子?」
 その女性は少し屈みこんで私に尋ねた。
私はすくみあがってしまい何もしゃべれずに二、三小さく頷いた。
「いいわ、とりあえず上がって」
 促されるまま家に入ると、小奇麗な人形が出てきた。
糸も無く、独りでに人形が動いているのである。
私は驚き尻餅をついてしまった。
そんな私を見て女性が少し微笑むと
「そんなに怯えなくていいの、ほら座って」
 私は綺麗に整えられたリビングの木製の椅子に座る。
テーブルの上には何かの瓶がある。
彼女も向かい合うように座った。
綺麗な白い肌、青い目、サラサラとした金髪。
まるで人形のような出で立ちをしていた。
このとき私はまだ怯えていた。

そんな私を見て彼女は少し微笑みながらはなしかけてきた。
「だから怖がらなくていいよ」
 私は頷く。
「ふふふ、怖い魔女でもいるかと思った?」
 
 人形が自然な動きで紅茶を運んでくる。
私は驚きながらも目で追う。
「どうしてこんな所にいたの?」
 私が家出をした、と告げると
「そう、親御さんも心配してるでしょ」
 私は頷く。
「とりあえず、今日は泊まっていきなさい。明日送っていってあげるから」
 私は感謝の言葉を述べた。

 そのあと、彼女は私に人形劇を見せてくれた。
ストーリーは覚えていないが、操り糸も無しに動く不思議な人形達にとても感銘を受けたのは覚えている。

 その後、彼女は紅茶とお茶請けに切り分けた林檎を用意してくれた。
私は紅茶もあまり飲まなかったし、当時林檎も里では珍しかったので恐々と口にしていたと思う。
私が馴染みの無い紅茶を飲んでいると、
「どうして家でなんかしたの?」
 と彼女も紅茶を飲みながら尋ねてきた。
私は理由を答えた、確か『帰りたくない』と口にした。
すると彼女は美しい目を細める。
「でも、帰れる場所があるって良い事だよ」
 私は林檎を一口齧る。
爽やかな酸味が口に広がった。
私が返答に困り黙っていると、彼女は再び微笑んだ。
「ふふふ、きっと貴方にも分かるわ」
 その表情に子供ながらも艶、みたいな物を感じてドキッとしたものである。
少年時代特有の、年上の女性への憧れのようなものか。

 その晩、彼女は私を寝かしつけてくれたうえに、次の日には里まで送ってくれた。
母親に大層怒られると思っていたが、あまり怒鳴らずに拍子抜けした覚えがある。
彼女はその様子をみて一度微笑むと魔法の森へと消えていった。









 私は今でも林檎を見ると思い出す。
あの魔法の森での記憶。
彼女の寂しそうな笑顔。
あれ以来、彼女を見たことは無い。


彼女、アリスは何をやっているのだろうか。
今でも、あの暗い魔法の森の片隅で、寂しげな笑顔を浮かべながら人形達と暮らしているのか。



食卓の上の林檎は教えてくれなかった。
このSSは以前、投稿したものをリファインしたものです。
私のアリスのイメージは概ねこういう感じです
NecroPYTHON
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コメント



0.1140簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
良い雰囲気ですね。
寂しそうに笑いながら言ったアリスの言葉がとても深いと思いました。
我々にとっても彼女自身にとっても。
3.10名前が無い程度の能力削除
地の分が
「~した」
「~した」
「~した」
「~た」
「~した」
ばかりで何か…冒頭でギブアップです。
5.100名前が無い程度の能力削除
あなたの復活を待っていた。
少年時代を振り返る語り口は相変わらず見事だと思います。

近所にこういうお姉さんがいたことを思い出しましたよ……
7.100名前が無い程度の能力削除
最後の締めに童話のような雰囲気があり好かったです。

童話=アリスっぽい?…偏見かな;
13.70名前が無い程度の能力削除
いい話なんだけど、もうちょっと長く書いてほしかったなぁ
16.90名前が無い程度の能力削除
良い話ですね。アリスの綺麗さがよく出ていて素敵
23.80名前が無い程度の能力削除
これはいいアリス。
こんなアリスの出てくるあなたの長めのSSが読みたいなぁ。
30.80名前が無い程度の能力削除
少年時代の甘酸っぱい思い出が甦るようです。
アリスも、家出だったのかなあ。
33.100名前が無い程度の能力削除
これはいいお姉さんアリス。
アリスの笑顔が脳裏に浮かびました。面白かったです!