Coolier - 新生・東方創想話

いちわのうさぎのしあわせろん

2009/10/23 19:48:14
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輝夜が居間への襖を開けると、バゴンッという鈍い音が響いた。てゐの悪戯がまたも成功したのだ。
金盥の角が頭に直撃した輝夜は、静かに震えていた。知っていながら止めなかった永琳は、大きなため息をついた。

そういう訳で、てゐは罰として、山まで行って薬草を取ってくることになった。

<いちわのうさぎのしあわせろん>

「うーさぎーうさぎー、何見て跳ねるー♪」
「あれだけ叱られて、どうしてそんなに元気でいられるのかな、てゐは・・・」
子供のように歌いながら歩くてゐを見て、鈴仙が呟く。
(私なんて、師匠や姫様に叱られる度、寿命の縮む思いなのに。そりゃ師匠もため息つくよなあ)
鈴仙は、そんなことを考えながら、てゐに向かって悪態をついていた。
「大体、何で私が、あんたと一緒に薬草摘みに行かなきゃいけないのよ」
「いーじゃん別に。減るもんじゃなし」
「減るわよ!主に普段の仕事する時間が!」
相変わらず飄々とした態度で受け答えをするてゐに対し、鈴仙は怒鳴る。
そう。今回、一番の被害を受けているのは、実は鈴仙といって良い。
「一人で行かせると、間違いなくサボるから」という理由で、てゐのお目付け役として宛がわれ、それでいて「ついでに」と渡された薬も、里まで行って売らなければいけない。
ノルマを達成できなければ、今度は鈴仙に罰があるだろう。1日人参抜きとかならまだ良いが、輝夜と妹紅の仲裁とかだと最悪だ。そう考えると、彼女の機嫌が悪いのも頷ける。

「さっさと済ませて帰るわよ。仕事は山積みなんだから」
そう言って早足で歩く鈴仙。しかし、てゐは「えー。折角の『でいと』なんだからさあ。もっとゆっくりしようよ」と、のんびりとしたものだった。
「薬草摘みのどこがデートよ!もう!」
「二人で何処かに行けば、もうそれだけででいとなのよ?鈴仙」
怒声にもどこ吹く風のてゐに対し、鈴仙は、思わず頭を抱えた。こいつはどうすれば反省するだろうか。
(それこそ、一度、罰として、てゐにあの2人の仲裁でもさせれば良いのよ)
ふと、鈴仙はそんなことを思った。誰もがビビるような強烈な殺気の漂う中で、2人を宥めなければならないのだ。下手をすれば、自分も八つ当たりされかねない。そんな状況を一度経験すれば、もう二度と悪戯なんてしなくなるに違いない。
そこまで考えた鈴仙は、しかし(・・・駄目か。案外、あっさりと解決しちゃいそう。無駄に頭も要領も良いし)と、諦めた。
何度悪戯しても彼女が永遠亭にいられるのは、その辺りがあってのことだ。それに、彼女の悪戯癖は今に始まったものではない。そんな簡単に直せるものではないだろう。
(たく、本当にしょうがないんだから)
そんな鈴仙の考えを知ってか知らずか、てゐは「でいとでいと~」などと口ずさんでいる。あくまで暢気なものだった。

「はあ・・・何だか、生きてるって辛いなあ」
「お?鈴仙でもそんな風に感じるんだ?」
「当たり前でしょ!」
あまりにも失礼な言い草に、鈴仙は思わず声を荒げる。
「それとも何?あんたは辛くないわけ?」
「そりゃ辛いわよ。何も毎日毎日こんなに怒られなくてもいいのに。ヤになっちゃう」
「自分のせいでしょうが!」
「師匠や姫なんかは偉いもんだよね。あれだけ生きてもまだまだ生き続けるんだから」
私にゃ真似できないなー、と言いながら、てゐは笑う。
うるさい。あんただって相当長く生きてるし、まず間違いなく私より長生きするんだろうが。
鈴仙のそんな言葉などお構い無しに、てゐはあくまで楽しげに歩き続ける。
土台、てゐに反省を求めるのが無理というものなのだろう。ため息を一つ吐くと、鈴仙は、てゐに追いつくためにその足を早めた。

「鈴仙遅いよ~」
「待ってよ。私外に出るの自体久しぶりなんだから」
「もう。そんなんだから、最近お腹周りが緩んでるんだよ」
「何だと!?もう一度言ってみなさい!」
「きゃー、鈴仙が怒ったー♪」
逃げるてゐに対し、追う鈴仙。まるで、仲の良い姉妹が鬼ごっこでもしてるかのように見える。
傍から見れば、非常に良好な関係の2人だった。

妖怪の山へと辿りついた2人は、一息つく間もないままに、目的の薬草を探し始めた。探せと命じられたのは全部で5種類ほどもあるから、中々骨の折れる作業になりそうだ。
「手分けして探そうよ~。そっちの方が効率いいって」
「駄目。私が見てないと、あんたサボるでしょ?」
「ちぇー」
そんなやり取りを重ねながら、しばらく薬草を探していると。
「あやや、これはまた珍しいところでお会いしましたね」
取材から戻ってきたのだろうか。空から急降下してきた文が、二人に声をかけてきた。

「こんにちは、鈴仙さんにてゐさん。勝手に山に入ったんですか?私の仲間がうるさいですよ?」
「いえ、一応椛さんから許可は貰ってますので。ご忠告ありがとうございます、文さん」
疑いの目で見てくる文に対し、鈴仙は苦笑しながら答える。
以前にてゐが、山の果物を勝手にもいで売り払おうとしたことがあるから、文は殊更厳しい態度を示してくるのだろう。
現に文は、鈴仙に話しかけながらも、その視線はてゐの挙動をつぶさに見つめていた。
「大丈夫だって。今日は鈴仙と薬草摘みに来ただけだから」
「本当ですかあ?あなたの言葉はいまいち信用できませんので」
「本当本当。それよりも、今日は何か特ダネあったの?」
そう言いながら、キラキラとした目で文を見つめるてゐ。実は、彼女は熱心な文々。新聞の読者なのだ。
「すきゃんだるや色恋沙汰に関する記事が多いから」だそうだが、そういうのが大好きなうさぎってどうなの?と鈴仙は呆れている。
そんなてゐの態度に、今度は文が苦笑する番だった。
「いえ、残念ですけど、何も無いんですよ。この所、幻想郷はまるっきり平和なんです」
まあ、平和なのは良いことなんですがね。
付け足すようにそう呟いた文の声には、少し疲れが混じっているようにも聞こえた。よく見れば、目の下にはうっすらとくまもできている。
(この人も、大変なんだろうなあ)と鈴仙は感じていた。考えて見れば、近場でニュースが見つからない以上は、遠くまで探しに行く他ない。しかも、そうまで頑張った結果としての成果が何も無いのだ。文が疲れるのも、当然の事と言えた。
「ネタの貯蓄ももう少ないですし、このままだと、今度の文々。新聞は真っ白になっちゃいます。どうしたものやら」
文は笑いながら言ったが、その笑いはひどく悲し気なものに聞こえた。鈴仙は、どうしたものかと、てゐにそっと耳打ちする。
(ねえ、何とか文さんを助けてあげられないかな)(そうだね。私としても、真っ白な新聞なんてとても見たいもんじゃないし)
てゐは、しばらく考えを巡らせていた様だったが、ふと何かを思いついたように、文に向かって語りかけた。
「ねえ、文」
「何ですか、てゐさん」
「無理に事件を探すんじゃなくて、こらむとか、載せてみたら?」
「・・・え?コラム、ですか?」
思いがけないてゐの提案に、文は思わず聞き返す。
「うん。だって、実際、無いわけでしょ?ネタになりそうな事件」
「・・・はい。それはそうですが」
「だったらさ、そんな特集組むのも、面白いんじゃない?たまには」
確かに、てゐの言うことにも一理あった。ニュース記事を書くには事件が必要だが、コラムならば、事件が無くてもページを埋めることは可能だ。
「なるほど。言われてみれば、そういう考えもありますか」
「中々のあいであでしょ?案外皆、そういうのも喜ぶと思うんだよね」
文の顔に、微かな笑みが浮かぶ。だが、あることに気付いて、すぐに曇った。
「しかし、肝心のコラムを書くためのネタはどうするんです?」
そう。何を元にして、コラムを書くのか。一口にコラムと言っても、世相を反映したものから、本などの批評、美味しい食べ物特集など、その裾野は幅広い。もしもこの選択を間違えれば、悪評は免れないだろう。
てゐはまた、少し考えてから言った。
「例えば、何かお題を一つ決めて、色んなところで色んな人の話を聞いてみる、なんてどう?同じお題でも、それぞれ考え方の違いが見えて面白いと思うよ」
「お題・・・」
悩む文に、てゐは自分を指差しながら「私とか、どうよ?」と聞く。
「てゐさん・・・?詐欺行為について、どう思うか、とか?」
「ちっがーう!私はしあわせうさぎ!幸せについてどう思うかってこと!」
大体、詐欺なんて誰に聞いても悪いって返事しか来ないじゃない!と、てゐは珍しく本気で怒った。
自業自得でしょ、と鈴仙は思った。
「うーん、要するに『あなたにとって幸せとは?』みたいなことを、色んなところで聞き回る、と」
「そういうこと。べたと言えばこんなべたなお題もないけど、それだけに外れることはないと思うし」
そう言うと、てゐは「まあ、別にこれからネタ探すんならそれでもいいんじゃない?後はあんた次第」と締めくくった。
文の目に、活力が漲っていく様子が、傍目にもはっきりと分かった。
「ありがとうございます!今回はコラムに力を入れた文々。新聞にしたいと思います!では!」
そう言って、文は先程までの疲れを微塵も感じさせぬまま、飛び立って行った。

あっという間に見えなくなる文を見送りながら、てゐは、ふうと息を吐いた。
「取材、うまくいくといいねえ」
「・・・そうね」
「お?どしたの?」
「・・・」
てゐの声にも答えず、鈴仙は先程、てゐが言った問いを考えていた。
「自分にとって『幸せ』とは何だろうか?」と。
思い返せば、月では軍人として、死の危険と隣り合わせの日々だった。
毎日厳しい訓練を重ね、夜の束の間、泥のように眠ることだけが生き甲斐の生活。自分の命は、人の盾でしかないのだと教えられた。
それでいて、人間が月に攻め込んできた際には、あまりの恐怖から逃げ出してしまったのだ。当然、真面目な彼女のプライドはズタズタになった。
ほうほうの体で地上に降りて来てからも、師匠の永琳に叱られ続ける毎日。・・・自分は今、一体、何が楽しくて生きているのか?

そんな風に己の過去を振り返っていた鈴仙の目からは、やがてボロボロと涙が零れ始めた。
「わ、わあ!どうしたのよ、鈴仙!?」
突然泣き出した鈴仙に対し、流石に驚くてゐ。何事かと、慌てて鈴仙の側へ寄る。
「・・・ご、ごめん。止まらないよ、てゐ・・・」
そう言うと、鈴仙はてゐの胸へと飛び込み、思う様泣き始めた。
「う、うう、ぐす、ひぐう・・・」
「・・・もう、しょうがないなあ。なんだか知らないけど、泣いてていいよ」
子供のように泣きじゃくる鈴仙に、てゐは優しく声をかけ、その背中を撫でてやる。
鈴仙は、その声に安堵したのか、さらに大きな声を上げながら泣き続けるのだった。

「落ち着いた?」
「ぐす・・・何とか」
そう言う鈴仙の目は、散々泣いたおかげで腫れぼったくなっていた。
そんな鈴仙を見て、てゐは思わず苦笑する。
「まったく。一体どうしたのよ?」
そのてゐの質問には答えず、鈴仙は逆に「ねえ、てゐ。てゐにとって、幸せって何?」と問いかけた。
「・・・質問に質問で返すのは良くないよ?」
「いいじゃない。聞いてみたいの」
「うーん、幸せかあ・・・」
てゐはあれこれと頭を悩めていたようだったが、ふと何かを思いついたのか、笑みを浮かべながら言った。
「色々あるけど、一番は、私の周りみーんな笑顔だってことかな。これに優る幸せはないよ?」
「な・・・」
そのてゐの言葉は、鈴仙にとって予想外のものだった。だって、笑顔どころか、てゐは悪戯してしょっちゅう私たちを怒らせているではないか。
「あんた、悪戯して自分が楽しんでるだけじゃないの?」
「いやいや、違うって」
「何も違わないでしょ?」
「考えてもみなよ。姫様は、未だに延々妹紅といがみ合ってる。永琳は、天才だけど真面目すぎ。鈴仙もそう。真面目すぎて、色んな事を、変に抱え込みすぎてる。無理しすぎてるのよ」

だから、私がああでもしなきゃ、皆笑わないでしょうが。
てゐは、本心からの笑顔でそう言った。

言われてみれば、思い当たる節はあった。
鈴仙が落とし穴に落ちる度、輝夜はケラケラと声を上げて笑っていた。
かつて、永琳の額に「肉」と書いてあったとき、鈴仙は本人の前で噴出さないよう必死だった。
今日、落ちてくる盥を敢えて永琳が止めなかったのも、輝夜のリアクションを見て笑いたかったからなのかもしれない。

「それにさ、今日の罰は薬草摘みになるんだろうなあ、とあらかじめ踏んでたのよ。昨日の内から切れてるの分かってたから」
「どういうことよ?」
「鈴仙、永琳の実験に付き合わされて、3日も外出てないでしょ?見てられなくてさ」
悪戯っぽい表情を浮かべながら、てゐは更に続けて言う。
「どうせ永琳が私一人にこんな事させる訳ないから、一緒に山に行けると思ってね。私らうさぎなんだから、自然を忘れちゃ駄目なんだって」
そう言いながら、てゐは、ごろんと草むらに寝転んだ。
「ちょっと、はしたないわよ」
「鈴仙も横になろうよ。気持ち良いよ~?」
・・・数秒だけ迷った末、鈴仙も横になることにした。何故だか今は、素直にてゐの言うことが聞ける気分だった。

物音一つしない、静かな草むら。暖かな日光が差し、爽やかな風が吹き抜ける。二人が眠りにつくまでに、さほどの時間はかからなかった。

帰り道。
お互いに、しばらく黙ったまま歩いていた2人だったが、ふと、てゐがその足を止めた。何事かと鈴仙が彼女の視線の先を探ると、どうやら草むらを見ているようだった。
「どうしたのよ?」
「んー、ちょっとね」
そう言いながら、草むらにしゃがみこみ、何かを探すように草を掻き分けていくてゐ。
呆れた様子の鈴仙が見守る中、彼女はすぐに「あった!」と声を上げた。
「あったって・・・何が?」
「へっへー、しあわせうさぎの本領発揮ってとこだね」
そう言った彼女の手に握られているのは、一本のクローバーだった。
「え?もしかして、それって四葉?」
「そー。四葉のくろーばー。縁起いいでしょ?」
そう言いながら、満面の笑顔で、鈴仙にクローバーを渡すてゐ。
思わず、鈴仙は目を丸くした。
「・・・くれるの?」
「あげる」
「・・・ありがとう」
受け取りながら、思わず鈴仙は頬を染めていた。
(こういうところが、憎めないんだよなあ・・・)
たしかに、てゐは根っからの悪戯者だし、それで永遠亭の住人を困らせることも度々だ。しかし、決して、売り上げなどのお金をちょろまかしたりする悪質な真似はしないし、迷惑をかけた人にはこうしたフォローも欠かさない。それは、先程てゐの言っていた言葉が、真実であることの表れなのだろう。
(これで許しちゃうあたり、私も甘いんだろうなあ)
そんなことを思いながら、鈴仙は思わず苦笑した。

結局、里に薬を売りに行く時間はなくなってしまった。
でも、たまにはいいのだ。師匠だって鬼じゃないのだから「ごめんなさい」と謝れば、きっと許してくれるはずだ。
鈴仙は、どこか晴れ晴れとした気分で、そんなことを考えた。

2人は、どちらからともなく手を取り合うと、再び家路へと向かって歩き始めた。
「帰ろっか、てゐ。おゆはん冷めちゃう」
「うんっ」
「私も真面目になりすぎないようにするから。てゐも、もう悪戯しちゃ駄目よ?」
「分かってるって」
「本当?」
「うそ」
「・・・もう」

夕日に照らされた、2つの長い影が、どこまでも伸びていた。
トリビア。うさぎを「一匹、二匹」ではなく「一羽、二羽」と数えるのは、「鵜」と「鷺」を合わせたような姿だからだそうです。へえ。

どうも、ワレモノ中尉です。
前回コメント下さった方、ありがとうございました。
自分の中で目標が越えられたため、とても嬉しく、感慨深かったです。
あと「電気」ではなく「伝記」です。確かに「レミリア電気」って、ありそうですが。
・・・これを元に一本・・・やっぱり書けないな(笑)

今回は「幸せ」というテーマと「永遠亭組が主役」ということだけ決めて、あとは好き勝手に動いてもらいました。(「秋の日に」のあとがきと矛盾しちゃいますが・・・まあ、キャラを制御できないのが困るんであって、最初から好きに動いてくれる分には構わないということで)
結果的に、大分とっちらかりました・・・鈴仙は泣くし。永琳の額に肉だし。
あと、てゐが良い子すぎたかも。まあいっか。彼女のカタカナ語が全部ひらがなになってるのは仕様です。

てゐも言っていますが、皆で笑いあっていられる光景というのは、とても素晴らしいものだと思います。そういう人たちは、間違いなく、幸せを創れる力を持っている。まさに「笑う門には福来たる」ですね。
願わくば、あなたも、あなたの周りの人も、笑ってくれていますように。

それでは。
ワレモノ中尉
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コメント



0.1270簡易評価
2.90煉獄削除
鈴仙とてゐの会話とか文にアドバイスしたりとか面白かったです。
てゐが良い味だしてて良かったです。

誤字?の報告です。
輝夜のリアクションを見て笑いたかったのからかもしれない。
『笑いたかったからなのかもしれない』か『笑いたかったのかもしれない』ではないでしょうか?
3.無評価ワレモノ中尉削除
>煉獄様
ご指摘ありがとうございます。修正させていただきました。
12.100名前が無い程度の能力削除
幸せかぁ…確かに笑顔が一番よね
カタカナ語がひらがななてゐがかわいい
13.無評価名前が無い程度の能力削除
>鵜×鷺
嘴と首が長い水辺にいる鳥しか思い浮かばないのです。