朝、古明地さとりはとても困っていた。
なぜか地霊殿に落ちていた眼鏡をなんとなくかけたが運の尽き、その眼鏡が外れなくなってしまったのだ。
無理やり外そうとすると、緊箍児(きんこじ)みたいに、頭をギリギリと締め付けてくる。
視力矯正用の眼鏡ではないようなので、つけていても基本的に不自由は無いのだが、外れない眼鏡というのはなかなかに不気味だ。
何かしらの効果があることは大いに考えられる。
恐らく魔法とか呪いとかなのだろうけど、生憎私はその方面に明るくない。
この眼鏡を外すためには、その方面に詳しいものに聞くのが手っ取り早いだろう。
早速この眼鏡を外す方法を探しに行く事にした。
★
私は自分が嫌われ者だということを自覚している、しかしそれを実感すると結構きついものがある。
久しぶりに旧都に顔を出したのだが、誰も挨拶すらしてくれない。それどころか皆、私の顔を見ただけで逃げ出す始末だ。
いくらなんでも顔を見ただけで逃げるのは失礼だと思う。誰の心も見えないので、最低でも能力の有効範囲内には誰もいないということになる。
そんなに他人に知られたくない事ばかり考えているのだろうか?
「それとも眼鏡のせいかしら?」
眼鏡に他人を寄せ付けないようにする仕掛けがされている、十分考えられる事だと思う。というかそう思いたい。
まさか旧都の出口まで、誰とも接触せずに来てしまうとは思わなかった。
前に外出したときはここまで露骨に嫌われていなかったと思うんだけど。―――多分。
「このまま旧都にいても解決しそうにありませんね」
せっかく出入り自由になったのだし、地上に出てみるのもいいかもしれない。
餅は餅屋、魔法の類ならば魔法使いに聞くのが一番だ。
地上が昔と同じであれば、魔法使いは魔法の森にいるはずである。
という事で数分後、私は魔法の森の上空にいる。
運がいいのか悪いのか、地上でも誰にも会わなかった。誰の心も見えないので近くに誰もいなかったのだろう。
下に広がる魔法の森は、不気味なほどに静かであった。
この広い森の中から魔法使いの家を探すのは大変そうだ、そう思ったとき森の入り口辺りに倉庫のような建物を見つけた。
私はそこに向かうことにした。
★
「香霖、どこにもないぞ」
「しっかり探してくれ、あれは僕が作った中でも最高傑作のマジックアイテムなんだから」
「しかしな、いくら効果が凄くても実用性がないじゃないか」
「鈴仙とか言う兎には効果があるし、僕でも効果があった」
「弱くなるマジックアイテムなんか誰も欲しがらないぜ」
建物に近づくと、声が聞こえてくる。
どうやら何かのマジックアイテムを探しているらしい。この眼鏡についても何か分かるかもしれない。
建物の中に入ってみる事にしよう。
「すみません」
「いらっしゃい、申し訳ないんだけど今取り込んでいるんだ、そこら辺に掛けて待っていてくれないか?」
奥のほうから、そんな声がした。
しかし、どこに掛ければいいのだろうか?
辺りを見回したが腰を掛けるところは、見当たらない。仕方ないので手ごろな壷に腰を掛けて待つことにした。
どうやらこの建物はお店らしい、そこら中に見た事も無い道具が置いてある。
「お待たせしてすまない、実は探し物をしていてね。
―――って君、その眼鏡はどこで手に入れた?」
奥から出てきたのは、眼鏡をかけた長身の男性だった。
私は驚いた。まさか相手のほうから眼鏡について聞かれるとは思わなかったからだ。
しかし、何より驚いたのはこの男性の心が全く読めなかった事だ。
「あなた何者?」
だから思わず質問の答えではなく、こんな質問をしてしまった。
「ああ、自己紹介がまだだったね失礼した。
僕は森近霖之助、ただの道具屋の店主だよ。君は?」
「えっと私は―――」
「おい香霖、やっぱりどこにも無いぞ。
あれ、さとりじゃないか。気をつけろよ香霖、心を読まれるぞ」
私が自己紹介をしようとした時、奥から魔理沙が出てきた。
そして私はまた驚くことになる、魔理沙の心も読めなかったのだ。
「さとりと言うのか。
ところでさとり、君はその眼鏡をどこで見つけたんだい?」
「家に落ちていたんです、それでかけたら外れなくなっちゃって」
「外れなくなった? えっと、僕の予想だと君は『覚』と言う妖怪だと思うのだがどうだろう?」
「ええ、まあ」
そんなに自信たっぷりに言われても困る、さっき魔理沙が心を読まれるとか言っていた上に名前のまんまじゃないか。
それにそれが眼鏡の事と関係あるのだろうか。
「結構重要な事だよ、いったい覚はどうやって心を読むんだい?」
「この目で見るだけです、原理とか難しい事なんて分かりません」
そう言って私は胸の辺りにある目を撫でる。
「なるほど、それじゃあ今心を読む事はできるかい?」
「いえ、読めません。原因は分からないのだけど」
それを聞くと霖之助は何かを考えだした。
心が読めないので私には何を考えているのかは分からない。それはとても気味の悪い事だった。
はっきり言って気が狂いそうだ。妹が第三の目を閉じたと同時に心を閉ざしたのは防衛本能なのかもしれない。
そんな事を考えていると、魔理沙が話しかけて来た。
「さとり、お前心が読めないのか?」
「ええ、ところであなたは奥で何をしていたの?」
「探し物だよ、ところでお前やけに眼鏡が似合うな」
「え? そうかしら、自分では分からないのだけど」
「ああ、可愛いぜ。私が男なら間違いなくときめいている」
それは本心なのだろうか? わたしはつい、そう考えてしまう。
心が読めないと善意の言葉ですら疑ってしまう、心が読めないものたちは、よくこれでコミュニケーションが成り立つと思う。
それにしても霖之助はこの眼鏡について知っているようだが、外すことは出来るのだろうか。
心が読めないとなると、この眼鏡はいち早く外したいのだけど。
そんな事を考えていると、霖之助が話しかけてきた。
「さとり、その眼鏡について説明しよう」
そういうと、霖之助は話し始めた。
「その眼鏡は、僕が外の世界の書物を参考にして作ったマジックアイテムだ。
名前は『魔眼殺し』 用途は『見る、目を合わせる事によって発動する魔法を使えなくすること』
たとえば、見ただけで道具の名称と用途が分かる程度の能力を持つ僕がその眼鏡をかけると、道具の名称も用途も見えなくなる」
「でも心を見ているのは第三の目よ」
「いや、マジックアイテムにおいて形は意味づけでしかない、この場合『目』を使っているのだから魔眼殺しは効果を発揮するんだ」
「なるほどな、心が読めなくなったのは合点がいったぜ」
魔法と言うのはずいぶんと大雑把なものだと思った。
霖之助の説明は続く。
「僕は魔眼殺しが発動したとき、簡単に外れないようにしたんだ、ふとした拍子に外れてしまっては困るからね。
この眼鏡は誰かに外してもらわなければ外れない」
なるほど、どうりで外れない訳だ。と言うか事の元凶はすべてコイツじゃないの。
「それじゃあ外してくれる?」
私が霖之助にそう聞くと、彼は少し考えてこう言った。
「外すのかい?」
「ええ、心が読めないと気持ち悪いので」
「そうか、しかし君は眼鏡がとてもよく似合っている。別の眼鏡を用意するから、それまでそれをかけていてはどうだろう?」
何を言っているんだこの男は、まじめな顔をして変態なのか?
「えっと先に外して欲しいんですけど」
「僕は裸眼の君なんて見たくない!」
「それはそれで失礼ですね」
「それだけ君の眼鏡姿が魅力的ということだよ」
「ま、まあそこまで言うのなら」
「じゃあそこで待っていてくれ」
さっき魔理沙もそんな事を言っていた、悪い気はしないがなんかとても恥ずかしい。
それに心を読まれたくないから眼鏡を勧めている可能性もある。
待っている間、私は魔理沙に聞いてみた。
「そんなに似合ってるのかしら?」
「ああ、意外だったぜ。こんなところにこんな逸材がいたなんて」
「でも眼鏡が似合うってどうなのかしら? 顔が隠れているほうが可愛いって言ってるみたいじゃない?」
私がそう言うと、魔理沙は信じられないものを見たと言う感じの顔をしていた。
「さとり、そこに座れ」
「もう座っているわ」
「正座しろ!」
「はい!」
言われたとおり正座する、従わないと問答無用でマスタースパークの勢いだ。
「いいか、お前は眼鏡の何たるかを分かっていない。
眼鏡と言うのはただの視力矯正器具ではない、たとえばメガネをかけることによって外見的に知的なイメージが出来る。
しかしそこでその人がドジな人間だったらどうなる? そう、そこに外見と内面のギャップが生まれるんだ。
そして逆にその人が知的な人間なら?」
「えっとキャラクターを印象強くする?」
「そう、そして眼鏡というのは汎用性が高い。魔女、巫女、メイド、ブレザー、セーラー、着物、ゴスロリ、猫耳、犬耳、うさ耳、ロリ、熟女、姉、妹、エトセトラエトセトラ。
どれにかけてもいい! そしてだな――――」
その後も霖之助が戻ってくるまで延々と眼鏡演説を聞かされたが、よく覚えていない。
分かった事は、眼鏡は素晴らしいと言う事と今回に限って心が読めなくて良かったということだ。目と耳でこの演説を聞いていたらと思うとゾッとする。
「それじゃあ眼鏡を外すよ」
私は霖之助が眼鏡を外しやすいように顔を上に向けて顔を突き出す。なんだかキスをねだっている様な格好になってしまっている気がするのは私だけだろうか。
霖之助はメガネのフレームを両手で優しく掴むと、いとも簡単に眼鏡を外す。そして、新しい眼鏡を渡してくれた。いらねえよ。
眼鏡が外れた瞬間に第三の目に光が戻る、まず目に入ったのは霖之助の心。
『さあ、早く眼鏡をかけるんだ! そもそも眼鏡と言うのは―――』
ひどく後悔した、これ以上眼鏡演説を聞かされるのはごめんだ。
次に見るのは魔理沙の心。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
なんて事を!
さっきまでの眼鏡演説の余韻なのか、発禁ものの妄想をしている。
「眼鏡も外れたし、帰っていいかしら?」
「いや、その前に眼鏡をかけてくれないか? 君のために選んだんだ似合わないわけが無い」
よほど自分のセンスに自信があるらしい、心のそこからそう思っている。
仕方が無い、言われたとおりにして早く帰ろう。そう考え、私は眼鏡をかける。
「「おおー!」」
なんだこの歓声は、そんなに凄いのか?
心を読まれているのは分かっているだろうに、目の前の二人は自由に妄想を広げている。
そんな様を見ていると、さっきまで二人の言葉を疑いながら会話をしていたのが馬鹿みたいで、つい笑ってしまった。
★
結局あれから3時間ほど二人のおもちゃにされた。外はすっかり妖怪の時間である。
お土産にと渡された、大量の眼鏡が入った風呂敷包みをもって地底に降りていくとヤマメに会った。
「さとりじゃん、今旧都で話題になってるよ」
「どういうことです?」
「行けば分かるよ、じゃーね」
そう言ってヤマメはどこかへ行ってしまった。
心を読む暇も無かった。
気になるが、確かにヤマメの言うとおり行けば分かるだろう。そんな事を考えながら縦穴を降りていった。
旧都の入り口にはたくさんの妖怪がいた、よく見れば行きのときに私の事を避けていた者達だ。
そのとき心は読めなかったのだが、能力の有効範囲に誰もいなかったので気づかなかったが。
「どうしたんですか? 皆さんおそろいで」
そう言うと、妖怪たちの先頭にいた勇儀が代表してこう言った。
「朝はすまなかった、だが分かってくれ、別にお前の事が嫌いで皆避けていたわけではないんだ」
「わざわざそれを言いに?」
もしそうなら随分と大げさだと思う。私の事を避けるのは今に始まったことではないのだから。
「いや、それだけじゃないんだけどなんていうか」
勇儀にしては珍しい、いつもは何でもズバっと言ってしまうのに。
そう思って勇儀の心を読む。
「――――――――っ!」
私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
勇儀はそんな私の様子を見て、心を読んだ事を悟ったらしい。
「そんなわけだ、嫌いって言うかむしろその逆っていうか……。
とにかく! お前の眼鏡姿が可愛すぎるからいけないんだぁ!!」
そう叫んで勇儀はどこかへ走り去った、妖怪たちも後についていく。
その姿はまさに百鬼夜行だった。
しかし、世界一情けない百鬼夜行だと思う。
「そういえば、なんであの眼鏡は家にあったのかしら?」
★
家に帰ると、こいしが何かを探していた。
「お姉ちゃん、お帰り~。そういえば眼鏡知らない?」
「どんな眼鏡? なぜかたくさん持っているんだけど」
「なんか魔法がかかってる眼鏡、お姉ちゃんに似合うと思って地上のお店から持ってきたんだけど」
なるほど、こいしがここに持ってきたのか。
「それなら持ち主に返したわ」
「え~、あれお姉ちゃんに似合うと思ったのに………」
「代わりに他の眼鏡をたくさん貰ってきたから」
「まいっか。あれ、お姉ちゃん、その眼鏡凄い似合ってるよ」
「ありがとう、こいしもかけてみる?」
そう言って私はお土産の中から一つを選んでこいしにかけてあげる。
「妹に 眼鏡かけたら 超可愛い」
思わず川柳で表現してしまった。しかし、こんな私を誰が攻められるだろう。
今なら理解できる、霧雨魔理沙が小一時間かけてしていた眼鏡演説の意味が! 旧都の妖怪がときめいた心を読まれないように、逃げてしまうその気持ちが!
嗚呼、私はなんて事をしてしまったのでしょう、好奇心で大量破壊兵器を完成させてしまった。
落ち着け、落ち着きなさい古明地さとり。
こんなときは命数を数えるのよ。
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秄、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数。
なぜか、落ち着かないわ。
こうして私は眼鏡の素晴らしさと恐ろしさを知った。
この日、私はとても幸せな夢を見たのだった。
☆
昨日はなんていい日だったのだろう。霧雨魔理沙は清々しい気分で博霊神社へ向かっていた。
「ふわ~、眠い」
神社へ行くと霊夢は眠そうにしながら、お茶を飲んでいる。
「眠いなら寝ればいいじゃないか」
「真昼間から寝ていると妖怪になるわ、妖怪のせいで寝てないんだけどね」
「何があったんだ?」
「地底から妖怪が湧いてきたのよ、百鬼夜行よろしくね」
「何で呼んでくれなかった」
「いつもは勝手に来るじゃない」
そう言いながらも、霊夢の目は虚ろでいつ倒れてもおかしくない状態だった。
あ、お茶をこぼした。
「やっぱり少し寝たほうがいいぜ。安心しろ、妖怪になったら私が退治してやる」
「そうするわ、妖怪になったらよろしく」
『おやすみ』そう言って霊夢は寝室へと向かった。
「そうだ、霊夢が寝ている隙に眼鏡をかけてやろう」
魔理沙はそんな事を考えていた。
ちなみに、そのせいで新たな百鬼夜行が生まれた事は言うまでも無いだろう。
なぜか地霊殿に落ちていた眼鏡をなんとなくかけたが運の尽き、その眼鏡が外れなくなってしまったのだ。
無理やり外そうとすると、緊箍児(きんこじ)みたいに、頭をギリギリと締め付けてくる。
視力矯正用の眼鏡ではないようなので、つけていても基本的に不自由は無いのだが、外れない眼鏡というのはなかなかに不気味だ。
何かしらの効果があることは大いに考えられる。
恐らく魔法とか呪いとかなのだろうけど、生憎私はその方面に明るくない。
この眼鏡を外すためには、その方面に詳しいものに聞くのが手っ取り早いだろう。
早速この眼鏡を外す方法を探しに行く事にした。
★
私は自分が嫌われ者だということを自覚している、しかしそれを実感すると結構きついものがある。
久しぶりに旧都に顔を出したのだが、誰も挨拶すらしてくれない。それどころか皆、私の顔を見ただけで逃げ出す始末だ。
いくらなんでも顔を見ただけで逃げるのは失礼だと思う。誰の心も見えないので、最低でも能力の有効範囲内には誰もいないということになる。
そんなに他人に知られたくない事ばかり考えているのだろうか?
「それとも眼鏡のせいかしら?」
眼鏡に他人を寄せ付けないようにする仕掛けがされている、十分考えられる事だと思う。というかそう思いたい。
まさか旧都の出口まで、誰とも接触せずに来てしまうとは思わなかった。
前に外出したときはここまで露骨に嫌われていなかったと思うんだけど。―――多分。
「このまま旧都にいても解決しそうにありませんね」
せっかく出入り自由になったのだし、地上に出てみるのもいいかもしれない。
餅は餅屋、魔法の類ならば魔法使いに聞くのが一番だ。
地上が昔と同じであれば、魔法使いは魔法の森にいるはずである。
という事で数分後、私は魔法の森の上空にいる。
運がいいのか悪いのか、地上でも誰にも会わなかった。誰の心も見えないので近くに誰もいなかったのだろう。
下に広がる魔法の森は、不気味なほどに静かであった。
この広い森の中から魔法使いの家を探すのは大変そうだ、そう思ったとき森の入り口辺りに倉庫のような建物を見つけた。
私はそこに向かうことにした。
★
「香霖、どこにもないぞ」
「しっかり探してくれ、あれは僕が作った中でも最高傑作のマジックアイテムなんだから」
「しかしな、いくら効果が凄くても実用性がないじゃないか」
「鈴仙とか言う兎には効果があるし、僕でも効果があった」
「弱くなるマジックアイテムなんか誰も欲しがらないぜ」
建物に近づくと、声が聞こえてくる。
どうやら何かのマジックアイテムを探しているらしい。この眼鏡についても何か分かるかもしれない。
建物の中に入ってみる事にしよう。
「すみません」
「いらっしゃい、申し訳ないんだけど今取り込んでいるんだ、そこら辺に掛けて待っていてくれないか?」
奥のほうから、そんな声がした。
しかし、どこに掛ければいいのだろうか?
辺りを見回したが腰を掛けるところは、見当たらない。仕方ないので手ごろな壷に腰を掛けて待つことにした。
どうやらこの建物はお店らしい、そこら中に見た事も無い道具が置いてある。
「お待たせしてすまない、実は探し物をしていてね。
―――って君、その眼鏡はどこで手に入れた?」
奥から出てきたのは、眼鏡をかけた長身の男性だった。
私は驚いた。まさか相手のほうから眼鏡について聞かれるとは思わなかったからだ。
しかし、何より驚いたのはこの男性の心が全く読めなかった事だ。
「あなた何者?」
だから思わず質問の答えではなく、こんな質問をしてしまった。
「ああ、自己紹介がまだだったね失礼した。
僕は森近霖之助、ただの道具屋の店主だよ。君は?」
「えっと私は―――」
「おい香霖、やっぱりどこにも無いぞ。
あれ、さとりじゃないか。気をつけろよ香霖、心を読まれるぞ」
私が自己紹介をしようとした時、奥から魔理沙が出てきた。
そして私はまた驚くことになる、魔理沙の心も読めなかったのだ。
「さとりと言うのか。
ところでさとり、君はその眼鏡をどこで見つけたんだい?」
「家に落ちていたんです、それでかけたら外れなくなっちゃって」
「外れなくなった? えっと、僕の予想だと君は『覚』と言う妖怪だと思うのだがどうだろう?」
「ええ、まあ」
そんなに自信たっぷりに言われても困る、さっき魔理沙が心を読まれるとか言っていた上に名前のまんまじゃないか。
それにそれが眼鏡の事と関係あるのだろうか。
「結構重要な事だよ、いったい覚はどうやって心を読むんだい?」
「この目で見るだけです、原理とか難しい事なんて分かりません」
そう言って私は胸の辺りにある目を撫でる。
「なるほど、それじゃあ今心を読む事はできるかい?」
「いえ、読めません。原因は分からないのだけど」
それを聞くと霖之助は何かを考えだした。
心が読めないので私には何を考えているのかは分からない。それはとても気味の悪い事だった。
はっきり言って気が狂いそうだ。妹が第三の目を閉じたと同時に心を閉ざしたのは防衛本能なのかもしれない。
そんな事を考えていると、魔理沙が話しかけて来た。
「さとり、お前心が読めないのか?」
「ええ、ところであなたは奥で何をしていたの?」
「探し物だよ、ところでお前やけに眼鏡が似合うな」
「え? そうかしら、自分では分からないのだけど」
「ああ、可愛いぜ。私が男なら間違いなくときめいている」
それは本心なのだろうか? わたしはつい、そう考えてしまう。
心が読めないと善意の言葉ですら疑ってしまう、心が読めないものたちは、よくこれでコミュニケーションが成り立つと思う。
それにしても霖之助はこの眼鏡について知っているようだが、外すことは出来るのだろうか。
心が読めないとなると、この眼鏡はいち早く外したいのだけど。
そんな事を考えていると、霖之助が話しかけてきた。
「さとり、その眼鏡について説明しよう」
そういうと、霖之助は話し始めた。
「その眼鏡は、僕が外の世界の書物を参考にして作ったマジックアイテムだ。
名前は『魔眼殺し』 用途は『見る、目を合わせる事によって発動する魔法を使えなくすること』
たとえば、見ただけで道具の名称と用途が分かる程度の能力を持つ僕がその眼鏡をかけると、道具の名称も用途も見えなくなる」
「でも心を見ているのは第三の目よ」
「いや、マジックアイテムにおいて形は意味づけでしかない、この場合『目』を使っているのだから魔眼殺しは効果を発揮するんだ」
「なるほどな、心が読めなくなったのは合点がいったぜ」
魔法と言うのはずいぶんと大雑把なものだと思った。
霖之助の説明は続く。
「僕は魔眼殺しが発動したとき、簡単に外れないようにしたんだ、ふとした拍子に外れてしまっては困るからね。
この眼鏡は誰かに外してもらわなければ外れない」
なるほど、どうりで外れない訳だ。と言うか事の元凶はすべてコイツじゃないの。
「それじゃあ外してくれる?」
私が霖之助にそう聞くと、彼は少し考えてこう言った。
「外すのかい?」
「ええ、心が読めないと気持ち悪いので」
「そうか、しかし君は眼鏡がとてもよく似合っている。別の眼鏡を用意するから、それまでそれをかけていてはどうだろう?」
何を言っているんだこの男は、まじめな顔をして変態なのか?
「えっと先に外して欲しいんですけど」
「僕は裸眼の君なんて見たくない!」
「それはそれで失礼ですね」
「それだけ君の眼鏡姿が魅力的ということだよ」
「ま、まあそこまで言うのなら」
「じゃあそこで待っていてくれ」
さっき魔理沙もそんな事を言っていた、悪い気はしないがなんかとても恥ずかしい。
それに心を読まれたくないから眼鏡を勧めている可能性もある。
待っている間、私は魔理沙に聞いてみた。
「そんなに似合ってるのかしら?」
「ああ、意外だったぜ。こんなところにこんな逸材がいたなんて」
「でも眼鏡が似合うってどうなのかしら? 顔が隠れているほうが可愛いって言ってるみたいじゃない?」
私がそう言うと、魔理沙は信じられないものを見たと言う感じの顔をしていた。
「さとり、そこに座れ」
「もう座っているわ」
「正座しろ!」
「はい!」
言われたとおり正座する、従わないと問答無用でマスタースパークの勢いだ。
「いいか、お前は眼鏡の何たるかを分かっていない。
眼鏡と言うのはただの視力矯正器具ではない、たとえばメガネをかけることによって外見的に知的なイメージが出来る。
しかしそこでその人がドジな人間だったらどうなる? そう、そこに外見と内面のギャップが生まれるんだ。
そして逆にその人が知的な人間なら?」
「えっとキャラクターを印象強くする?」
「そう、そして眼鏡というのは汎用性が高い。魔女、巫女、メイド、ブレザー、セーラー、着物、ゴスロリ、猫耳、犬耳、うさ耳、ロリ、熟女、姉、妹、エトセトラエトセトラ。
どれにかけてもいい! そしてだな――――」
その後も霖之助が戻ってくるまで延々と眼鏡演説を聞かされたが、よく覚えていない。
分かった事は、眼鏡は素晴らしいと言う事と今回に限って心が読めなくて良かったということだ。目と耳でこの演説を聞いていたらと思うとゾッとする。
「それじゃあ眼鏡を外すよ」
私は霖之助が眼鏡を外しやすいように顔を上に向けて顔を突き出す。なんだかキスをねだっている様な格好になってしまっている気がするのは私だけだろうか。
霖之助はメガネのフレームを両手で優しく掴むと、いとも簡単に眼鏡を外す。そして、新しい眼鏡を渡してくれた。いらねえよ。
眼鏡が外れた瞬間に第三の目に光が戻る、まず目に入ったのは霖之助の心。
『さあ、早く眼鏡をかけるんだ! そもそも眼鏡と言うのは―――』
ひどく後悔した、これ以上眼鏡演説を聞かされるのはごめんだ。
次に見るのは魔理沙の心。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
なんて事を!
さっきまでの眼鏡演説の余韻なのか、発禁ものの妄想をしている。
「眼鏡も外れたし、帰っていいかしら?」
「いや、その前に眼鏡をかけてくれないか? 君のために選んだんだ似合わないわけが無い」
よほど自分のセンスに自信があるらしい、心のそこからそう思っている。
仕方が無い、言われたとおりにして早く帰ろう。そう考え、私は眼鏡をかける。
「「おおー!」」
なんだこの歓声は、そんなに凄いのか?
心を読まれているのは分かっているだろうに、目の前の二人は自由に妄想を広げている。
そんな様を見ていると、さっきまで二人の言葉を疑いながら会話をしていたのが馬鹿みたいで、つい笑ってしまった。
★
結局あれから3時間ほど二人のおもちゃにされた。外はすっかり妖怪の時間である。
お土産にと渡された、大量の眼鏡が入った風呂敷包みをもって地底に降りていくとヤマメに会った。
「さとりじゃん、今旧都で話題になってるよ」
「どういうことです?」
「行けば分かるよ、じゃーね」
そう言ってヤマメはどこかへ行ってしまった。
心を読む暇も無かった。
気になるが、確かにヤマメの言うとおり行けば分かるだろう。そんな事を考えながら縦穴を降りていった。
旧都の入り口にはたくさんの妖怪がいた、よく見れば行きのときに私の事を避けていた者達だ。
そのとき心は読めなかったのだが、能力の有効範囲に誰もいなかったので気づかなかったが。
「どうしたんですか? 皆さんおそろいで」
そう言うと、妖怪たちの先頭にいた勇儀が代表してこう言った。
「朝はすまなかった、だが分かってくれ、別にお前の事が嫌いで皆避けていたわけではないんだ」
「わざわざそれを言いに?」
もしそうなら随分と大げさだと思う。私の事を避けるのは今に始まったことではないのだから。
「いや、それだけじゃないんだけどなんていうか」
勇儀にしては珍しい、いつもは何でもズバっと言ってしまうのに。
そう思って勇儀の心を読む。
「――――――――っ!」
私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
勇儀はそんな私の様子を見て、心を読んだ事を悟ったらしい。
「そんなわけだ、嫌いって言うかむしろその逆っていうか……。
とにかく! お前の眼鏡姿が可愛すぎるからいけないんだぁ!!」
そう叫んで勇儀はどこかへ走り去った、妖怪たちも後についていく。
その姿はまさに百鬼夜行だった。
しかし、世界一情けない百鬼夜行だと思う。
「そういえば、なんであの眼鏡は家にあったのかしら?」
★
家に帰ると、こいしが何かを探していた。
「お姉ちゃん、お帰り~。そういえば眼鏡知らない?」
「どんな眼鏡? なぜかたくさん持っているんだけど」
「なんか魔法がかかってる眼鏡、お姉ちゃんに似合うと思って地上のお店から持ってきたんだけど」
なるほど、こいしがここに持ってきたのか。
「それなら持ち主に返したわ」
「え~、あれお姉ちゃんに似合うと思ったのに………」
「代わりに他の眼鏡をたくさん貰ってきたから」
「まいっか。あれ、お姉ちゃん、その眼鏡凄い似合ってるよ」
「ありがとう、こいしもかけてみる?」
そう言って私はお土産の中から一つを選んでこいしにかけてあげる。
「妹に 眼鏡かけたら 超可愛い」
思わず川柳で表現してしまった。しかし、こんな私を誰が攻められるだろう。
今なら理解できる、霧雨魔理沙が小一時間かけてしていた眼鏡演説の意味が! 旧都の妖怪がときめいた心を読まれないように、逃げてしまうその気持ちが!
嗚呼、私はなんて事をしてしまったのでしょう、好奇心で大量破壊兵器を完成させてしまった。
落ち着け、落ち着きなさい古明地さとり。
こんなときは命数を数えるのよ。
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秄、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数。
なぜか、落ち着かないわ。
こうして私は眼鏡の素晴らしさと恐ろしさを知った。
この日、私はとても幸せな夢を見たのだった。
☆
昨日はなんていい日だったのだろう。霧雨魔理沙は清々しい気分で博霊神社へ向かっていた。
「ふわ~、眠い」
神社へ行くと霊夢は眠そうにしながら、お茶を飲んでいる。
「眠いなら寝ればいいじゃないか」
「真昼間から寝ていると妖怪になるわ、妖怪のせいで寝てないんだけどね」
「何があったんだ?」
「地底から妖怪が湧いてきたのよ、百鬼夜行よろしくね」
「何で呼んでくれなかった」
「いつもは勝手に来るじゃない」
そう言いながらも、霊夢の目は虚ろでいつ倒れてもおかしくない状態だった。
あ、お茶をこぼした。
「やっぱり少し寝たほうがいいぜ。安心しろ、妖怪になったら私が退治してやる」
「そうするわ、妖怪になったらよろしく」
『おやすみ』そう言って霊夢は寝室へと向かった。
「そうだ、霊夢が寝ている隙に眼鏡をかけてやろう」
魔理沙はそんな事を考えていた。
ちなみに、そのせいで新たな百鬼夜行が生まれた事は言うまでも無いだろう。
前半と後半にそのギャップを感じ、それが面白く思いました。眼鏡っていいものなんですね。
そんな餌に、釣られクマーーーー!!!!
既に眼鏡が大好きなんだから!
フレームが歪むだろうが
あれなんでだろうな。
ところで……実は、SSで『魔眼殺し』を使おうと思っていたのですが……
すいません。ダブらせてもらってもいいですか?
>12様
ありがとうございます。
そうです、眼鏡とはいいものなのです。
>13様
へっへっへ、体は正直だな。
>16様
ならば更なる高みを目指そうじゃありませんか!
>19様
霊夢の寝相が良い事を願うばかりです。
>24様
本当になんででしょう、魔法とか?
>マンキョウ様
どうぞどうぞ^^
このSSに出てくる魔眼殺し、もはや元ネタとは別の道具になっている気がします。
可愛らしいお話をありがとうございました。