霊夢とパチュリーは真っ暗な図書館から出た。
窓から見える空はオレンジ色に染まっていてこの遊びに花を添えているかのようだ。
「分かれる?」
パチュリーは呟く。
霊夢は空を眩しそうに見ながら「ええ、そうしましょうか」と静かに言う。
きっと鬼ごっこも終わりに近づいてきている。
「じゃあ、お互いの健闘を祈りましょ」
霊夢は手を伸ばす。
パチュリーは無言でそれに応じた。
くるりと踵を返し霊夢は図書館を後にした。
パチュリーも同じように霊夢とは反対側の廊下に歩き出す。
「やはりまだ図書館にいるのでは?」
一階の応接間で咲夜はタンスの中を探したり振り子時計の裏を見てみたりして言う。
「んー…魔理沙だけじゃきつかったかしら?」
咲夜の後ろで机の下などを確認しながらレミリアが言う。
やはりこの部屋にも後の三人はいない。
咲夜達は諦めて応接間から出た。
廊下を歩きながら他に隠れれそうな場所はないかと咲夜はこの館の構図を思い浮かべた。
食堂にもいない。
大広間にもいない。
メイド達の小部屋を探していたら日が暮れてしまう。
う~ん……と咲夜は頭を掻き毟る。
「二階は美鈴。三階はチルノ。今のところ不自然な音が無いということは見つけていないということですね」
霊夢はさきほど見かけたのだが後の二人はどこにいるのだろう。
「やっぱりあなたの言うとおりまだ図書館にいるのかしら?」
私の言葉を流しお嬢様がこちらに訊ねる。
「まあ、その考えが妥当かと…」
私は曖昧な返事を返す。
結局私達は図書館へ向かった。
「うわぁ…何ですか。これ…」
苦笑いを浮かべながら私は図書館の扉に目をやる。
扉はズタズタに引き裂かれ辺りに木製の欠片が散乱している。
かろうじて残っている扉の下の方も先ほど起きた何かの凄惨さを物語っている。
「後でメイド達に直させておいてね」お嬢様が扉を見、そして私を見てごまかすような笑いを浮かべる。
この笑みには逆らえない。
「この中にいるかしら?」
お嬢様が図書館の入り口からヒョコッと中を覗く。
動く物が無いような内部に見えるものは倒れた本棚とたまに吹く風に揺らめく蝋燭の炎だけであった。
お嬢様が「ちょっと待ってて」と言って中に入っていく。
しばらくするとお嬢様が魔理沙を連れて戻ってきた。
「おう、お前も捕まったのか」と言いながら魔理沙が笑いながら私の肩を叩く。
「今ざっと中を調べたけどやっぱりいなかったわ。魔理沙も加わったことだしここから別々に行動しましょう」
お嬢様が提案する。
「私はいいぜ。ずっと中にいたもんで暇だったんだ」
魔理沙は腕を左右に振ってやる気十分のようだ。
「咲夜は?」お嬢様が私のほうを向いて訊ねる。
「お嬢様の意見に従いま……」私がその言葉を言いかけた時。
頭上から押さえつけられるような爆音が鳴り響いた。
私は震え上がってその場に立ちすくむ。
やがて鬼の雄たけびのような音が止むと「二階ね。行きましょう」とお嬢様が上を見上げながら言った。
私達もどこか惹かれるその背中に無言でついて行った。
大きな火の玉が目の前で炸裂する。
パチュリーのスペルカードロイヤルフレアだ。
小さな太陽が出来たのではないかという錯覚を覚える。
爆音と共に溢れ出す光は美鈴を飲み込んだ。
熱い。美鈴は目の前の灼熱から逃れようとじりじりと後ろに後ずさる。
熱さも我慢できるような位置からその物体をもう一度確認した。
溶岩の塊が宙に浮いている。向こう側にはパチュリーの姿が見えた。
彼女は目から下を手で守るようにしその場から立ち去ろうとしていた。
私は目の前に浮かんでいる溶岩をどうしようか考えた。
溶岩は周りに置いてある振り子時計や何かの銅像を溶かしていく。
時々飛んでくる火の粉は廊下に落ちると申し訳程度に炎を吹きすぐさま消えた。
早くしてこの溶岩を打ち砕かなければ。パチュリーが逃げてしまう。
私は姿勢を正し大きく息を吸った。
そして拳に感覚を集中させる。
そのまま腰を落とし自らの状態を低くする。
迷いがあれば負ける。拳の力を一層強くした。
スペルカードは使わない。
この拳一つあれば十分。
溶岩に向かって跳びかかる。
「はあああぁ!!」
腰の位置に収めていた拳を溶岩に突き出す。
拳が溶岩とぶつかり合う。
私の体よりも小さい物体なのにびくともしない。
メキメキと拳の骨が悲鳴を上げる。
ここで引くわけにはいかない。
右手にさらに力を入れる。手ごたえがあった。
拳が溶岩の中に埋まっていくような感覚がした。
溶岩に卵のようなヒビが走っていき様々な方向に弾け飛んだ。
飛んでいった破片は魔法の様に一瞬で火を噴くのをやめる。
「ふう…」
辺りは黒焦げになっていたがそんなこと気にしない。
自分の拳を眺める。
また強くなれた気がする。
拳を撫で笑う。
・
・
・
何か忘れているような気がする。
「……あ!!」
慌てて私は駆け出す。
お遊びの途中であることをすっかり忘れていた。
パチュリーが逃げた方向へ私は向かった。
美鈴と遭遇して私はすぐさまロイヤルフレアを放った。
目の前には上に向かう階段。
どうしようか。この上にもきっと誰かいるだろう。
残されたカードは後二枚。
なるべく戦闘は避けたい。
あの技で美鈴を足止めできるのも時間の問題だ。
少し迷ったが三階に行くことにした。
一歩一歩階段を上がっていく。
レミリアの趣味かは定かではないが手擦りの始まりの部分には必ず骸骨の彫刻が彫ってあるのだ。
手擦りを使って階段を上る。
階段の踊り場まで言ったところでいきなり上から無数の星が降ってきた。
「……くっ」
目の前に小型の竜巻を発生させ星を弾く。
上を向くと魔理沙が三階の手擦りにもたれながら手を振ってきた。
私はもと来た方に向きを変え二階に逃げる。
「無駄だぜ。そっちには美鈴にレミリア、咲夜までいる」
魔理沙は手擦りにまたがりゆっくりと滑り落ちる。
やっぱり走るのには慣れていない。
すぐに息が上がる。
正面は美鈴。後ろは魔理沙。
咄嗟の判断で左に逃げる。
それが運の尽きだった。
オレンジ色の光が窓から溢れる様に出ていて反対側にある扉に幻想的な陰を描きこんだ。
その中から彼女は現れた。
誰もが恐れる小さな悪魔。
レミリア・スカーレットが私を見つけてニヤリと笑う。
彼女にも扉と同様に黒い十字の陰が纏わりついている。
勝負は一瞬だった。
スペルカードを取り出し技を発動しようとした瞬間。
彼女は手に大きな紅色の槍を創りだしていた。
「スピア・ザ・グングニル」
レミリアは小さな体に似合わず巨大な槍を難なく振り下ろしこちらに投げてきた。
見たことも無いスピードで槍がこちらに飛んでくる。
無抵抗な鼠の様に私は横に飛んで転がった。
起き上がって顔を上げたときにはもうレミリアが前で手を組んで立っていた。
レミリアは私の肩を叩き「はい、鬼」と笑いながらいった。
いくらなんでも強すぎる。
手加減というものを知らないのだろうか。
私は肩をがっくりと落とした。
五人の鬼達がパチュリーが捕まった場所に集まった。
「これで後二人ですね」
咲夜が口を開く。
「え………もう霊夢だけじゃないの?」
パチュリーが皆に訊ねる。
「私も思った。霊夢とあとひとり誰だ?」
「ルーミアよ。チルノを罠にはめた後まだだれも姿を見ていないわ」
「あいつそんなことする奴だったんだな……」魔理沙が呟く。
沈黙が続く。
鬼の一同が(チルノのぞく)確かにという顔をした。
レミリアがパンと手を鳴らし沈黙を破る。
「とにかく、こんなところでうだうだやってても始まらないから皆手分けして探すわよ」
その言葉のとおり二人と三人に分かれた。
「じゃあ、私達は三階にいってチルノに会いに行くわ」とレミリアは咲夜を連れて三階へと続く階段に進んでいった。
残された三人はひとまず一階に戻ることにした。
これだけ二階で騒ぎを起こしたのだ。きっともう二階には誰もいないだろう。
魔理沙は美鈴とパチュリーの後に従って歩き始めた。
一階に下りる階段を皆静かに下りる。
不気味なほど静かな一階。
本当に生き物がいるのだろうか。という錯覚を覚えさせるようなほどの静けさだった。
三人は何も言わず一階に部屋を手当たり次第に回った。
しかしこれといった収穫はやはり無い。
調理室を出た所で魔理沙が口を開いた。
「そういえばパチュリーってさっき霊夢と一緒にいたんだよな?」
パチュリーは何も言わずこくりと頷く。
「分かれた時、あいつはどっちにに行ったんだ?」
思い出すような仕草をし、やがてパチュリーは独り言のようにしゃべり始めた。
「私と反対方向。私は二階へ続く階段の方に行ったからきっと彼女は大広間を抜けて館の左側に行ったわ」
美鈴が口を挟む。
「では、応接間かメイド達の小部屋のどれかになりますね」
後、地下牢ね。とパチュリーがぼそりと呟く。
「へえ、地下牢なんてあんのか。ここ」
魔理沙が感心する。
魔理沙は美鈴が微妙な顔をしているのに気が付く。
「……?…どうしたんだ?」
彼女は作り笑いのような笑みを浮かべながらにこやかに返した。
「あ、あそこはきっといませんよ。だって暗いし何も見えないし……は、ははは…」
パチュリーがクスッと笑う。
「さ、行きましょ」と言うとパチュリーはいつもより軽やかな足取りで地下牢に続く道を進む。
魔理沙はそれについて行ったが美鈴は「は、ははは…」と言いながらそこで立ち止まっている。
「お~い、早くしないと置いてくぞ」魔理沙が呼びかけると美鈴は我に返りいやいや二人についていった。
「なあ、あいつさっきからおかしくないか?」
魔理沙がパチュリーに耳打ちする。
大広間を抜けてしばらく続く廊下を十字道になっている所で左に曲がる。
魔理沙が行ったところも無いような場所だ。
「着けばわかるわ」
口元に微笑を浮かべながらパチュリーが言葉を返す。
今歩いている廊下は左右に窓が取り付けられていて外からの光に照らされて魔理沙たちの前の道は綺麗な黄金色に輝いている。
稲穂の上を歩いているような気分になり魔理沙は少し気分がよかった。
それにしてもこの道はどこまで続くのだろう。
右の窓を見ると紅魔館の大きな時計台が目に入った。
夕日に照らし出される黒色の針は悪魔の尻尾を連想させる。
しばらく魔理沙はこの幻想的な風景を眺め楽しんだ。
後ろについてきている美鈴はそんな物も目に入らず俯いてなにやら独り言を呟いていた。
辺りはさっきとは全く別の場所になっていた。
先ほどのすばらしい風景が一変して冷たい薄暗い道が続く。
窓も無くなり明かりは図書館に置いてあるのと同じ蝋燭が不気味に空中を浮いているだけだ。
まさかこんな所があるなんて。
魔理沙の頬を冷たい空気が撫でる。
身震いをして魔理沙がパチュリーに訊ねる。
「おい、まだか?それにしてもこんな所が紅魔館にあるなんて……少しびっくりしたぜ」
パチュリーが立ち止まり振り向く。
「来客には余り知られていないところだもの。当然よ。それよりついたわよ」
そう言いながらパチュリーは指を指揮者のように振った。
するとどうだろう。空中に浮かんでいた星のようにあたりに散りばめてあった蝋燭達が彼女に従うようにパチュリー達の前に
集まった。
目の前には大きなレンガの壁があった。
黒色に染められていて不気味さ一層が増す。
その中央に鉄でできた小さな扉が張り付くようにしていた。
魔理沙達は扉を囲うように立った。
「ここか…」なるほど美鈴が怯えるのもわかる気がする。
それにしても美鈴は恐いものがあるなんて全く知らなかった。
美鈴をみると恐怖なのか寒さなのか顎をガチガチと震わせている。
魔理沙は気づかれないように苦笑いを浮かべた。
それにしても本当に気持ちの悪い場所だ。
ただでさえ薄気味悪いのにこの扉についている鉄格子の窓から風が吹いてきて顔にまとわりつくようだ。
こんな所に人がいるのか?
魔理沙は心の中で呟いた。
「さあ行くわよ」パチュリーが意気込んだ。
ドアノブをしっかりと握り締めくるりと回しそっと扉を押す。
ギイイイイィィィ………
後ろから吹く風急かされるようにに押される。
「……なんにも見えないな…」魔理沙のその声は暗闇へと消えていった。
パチュリーが黙って扉の中に入っていく。
コーン…コーン…とパチュリーの靴と床の触れ合う音が響く。
「……早くついてきてよ…」
動揺もせずパチュリーが魔理沙に向かって言う。
急いで魔理沙はパチュリーのそばに寄った。
外からは全く見え無いが中は下へと続く螺旋階段になっていた。
奈落の底から風が吹いてきた。
ぶるるっと身震いする。
「わ、私はここで待ってます」やせ我慢のような笑みを浮かべて美鈴が言った。
そんなに恐いのだろうか。
パチュリーが溜息をつく。
「分かった。じゃあここで待ち伏せしていてね。さ、魔理沙はついてきて」
歩みを進めるパチュリーの服の裾をしっかり掴んで魔理沙は螺旋階段を降りていった。
やっと地下牢に着いた。
やはり地下牢ということだけはある。
よく見えないが入り口の扉のような扉が綺麗に設置されており割れたカンテラや主のいない蜘蛛の巣などが天井を覆っていた。
暗くて前も全く見えない。
かろうじてパチュリーの足元と周りの壁が見えるだけだ。
突然、悪魔の雄たけびのような風が勢い良く吹いてきた。
魔理沙は帽子をしっかり押さえながらパチュリーに訊ねた。
「さっきから吹いてるこの風って一体何なんだ?」
「ここは何年も人が入って来ていない。だから壁が風化して所々に穴ができてるの。そこから流れ込んできている風よ。別に化け物が住んでる訳でもないし
誰かの魔法でもない」
魔理沙も人が住まわない家が徐々に朽ちていくことは知っていた。
なるほど、ここはその典型的な物の一つか。魔理沙は壁に手を添えた。
壁の表面がクッキーのようにボロボロと砕け散り地面に落ちる。その音に反応して周りの鼠が忙しなく動くのが分かった。
階段からちょうど一つ目の扉の前で立ち止まりパチュリーが辺りを見回す。
「……今聞こえた?」パチュリーが声の大きさを低くする。
「え?ああ、鼠の鳴き声だろ」
魔理沙が返すとパチュリーが「そうじゃなくて」と振り向き魔理沙の目を見て言った。
「きっと、奥に誰かいる……今鼠の声に混じって砂を擦るような音がした」
そんな音、魔理沙には全く聞こえなかった。
今もやはり聞こえない………
じりじりと魔理沙たちは音の聞こえた方へと向かう。
冷や汗が額に浮いてくる。
一歩ずつ確実に前に進んでいるはずなのに見えてくるのは暗黒とたまに落ちている白い小さな物だけだった。
ザクッザクッザク。奥に進むごとに床の砂の量が増す。
魔理沙は一向に進展しないこの行動に溜息をつく。
きっと空耳だろう。どうせ奥には誰もいないんじゃないのか?
そんなことを思うようになりさらに大きな溜息を漏らす。
ギリッと聞きなれない音がした。
それと同時にパチュリーの体がピクンと止まる。
「今の……」声を潜めてパチュリーが言う。
「ああ、聞こえた。私達の靴の音じゃなかった」
これでこの地下牢に誰かが隠れているのが分かった。
(……どこにいる?…どこに…)
その音が遠くで鳴った音なのか近くで鳴ったのか魔理沙には分からなかった。
もしかしたら逆側の壁を伝って歩いているのかもしれない。
その音はまた聞こえてきた。
息が荒くなる。鼓動が大きく高鳴る。
真っ暗で何にも見えない。追われている訳でもないのに恐怖がこみ上げてくる。
砂を何かで擦らす音は次第に聞こえる間隔が狭くなっている。
「魔理沙よけて!!」
パチュリーが叫ぶ。
パチュリーの頭上を真っ白の光が飛んでいくのが見えた。
反射的に魔理沙は横に飛んで階段から落ちるように転がった。
「くそっ!どこだ!」
起き上がり辺りを見回す。
パチュリーが目の前に立っていてその先には恐ろしいほど大きい闇があった。
丸い闇がこちらに押し寄せてくる。
「後ろに逃げて!早く!」パチュリーに急かされ魔理沙はもと来た方向に突っ走る。
パチュリーは空中を舞いながら魔理沙の隣に来た。
今も尚、周りの全てを飲み込むように闇が追いかけてきている。
「きっとルーミアだな。あいつなら暗いところでも目が良く利く」
さっきの光はルーミアだったに違いない。
それにしてもよくこんな所に長い間隠れれたな、と思わず魔理沙は感心する。
「きっとナイトバードね」パチュリーが後ろを振り向きながら呟く。
「あいつの周りだけじゃないのかよ!?闇が出来るのは!」
魔理沙はまだ先の見えない黒い通路を走りながら叫ぶ。
「だからスペカでしょ?スペカならそういうことも可能じゃないの?」
平然とした態度でパチュリーが返す。
肉食動物から逃げるか弱き小動物の様に二人は走り続けた。
「あった!階段だ!」魔理沙が指を指す。
入るときは地獄の入り口に見えた階段がまるで天国に繋がる階段に見えた。
二人は一歩ずつ確実に闇から逃れていった。
階段の頂上には開きかけの扉があった。蝋燭の明かりだけでも神々しく見える。
パチュリーがそれに続いて魔理沙が小さな扉から抜け出した。
扉をしっかりと閉め一息つく。
魔理沙は今起こった出来事が夢だったかのように思えた。
こんな出来事日常じゃあ味わえない。
さっきまで恐怖ばかりが胸の中を占めていたが急にそれが楽しさに変わってきた。
魔理沙はその場に座り込んで笑った。
「どうしたの?鬼ごっこはまだ終わってないわよ?」
パチュリーが不思議そうな顔をして魔理沙を見る。
「いやあ、やっぱり一人でいるより皆で遊んだほうが楽しいんだなあっていきなり思ってさ」
「そうね。でも私はたまにでいいと思うわ。こういうのは」
感心しているのかそうではないのか。
曖昧な言葉をパチュリーが返す。
「そうやって感傷に浸るのもいいけど早くルーミアを追いかけないと……」
パチュリーは扉を背にし歩み始めた。
廊下に倒れこんでいるものが見えた。
パチュリーの背中に寒気が走る。
鬼ごっこはまだ終わっていない。
「美鈴?聞こえる?」
美鈴はパチュリーに肩を抱かれた状態になっていた。
魔理沙は横で心配そうに見ている。
しばらく声をかけていると美鈴はゆっくり眼を開けた。
「あ、パチュリーさん。戻っていらしたんですか」
パチュリーの顔を見るなり何事も無かったかのように美鈴が口を開く。
「ルーミアがここに来なかった?」
パチュリーがなだめる様に言った。
しばらく美鈴は黙っていてそれから思い出したかのように喋り始める。
「見ました。真っ白な彗星みたいなのが扉からいきなり飛び出してきて私の前で止まったんです。
ルーミアさんでした。その後すぐにルーミアさんはスペルカード発動してきて私の前にこんなにでっかい
大きな闇を作り出したんです」
美鈴が手振りでその大きさを伝えようとする。
「それで…ほら、私暗いのとか駄目じゃないですか。それに飲み込まれてから私恐くて足がすくんで……」
たははと言いながら美鈴が頭を掻く。
「それで?彼女がどこに行ったかわかる?」
パチュリーが呆れた顔をして訊ねた。
「多分……大広間の方ではないでしょうか?はっきり見ていないので分かりませんが…」
魔理沙は腰に手を当てふうと息を吐く。
きっと小部屋なんてものはこの空間には無いだろう。
こんな所に部屋を置くなんて頭がおかしいとしか思えない。
隠れる場所がここには地下牢しかないのだ。
「ルーミアは戻ったと思うのが妥当だな」
魔理沙がまとめる様に言う。
「ええ、そうね。急ぎましょう。今なら間に合うかもしれない」
その言葉で美鈴は立ち上がりパチュリーの後ろにつく。
蝋燭が三人を応援するように輝いていた。
紅魔館の時計の針が一直線になった。
同時に時計のすぐ下にある鐘が揺れる。
「……もうこんな時間か……早くしないとな」
魔理沙が時計塔を見つめ呟く。
早くしないと帰りが遅くなる。
帰りが遅くなるって事は寝る時間が短くなるって事だ。
それは魔理沙にとってとても不愉快なことらしい。
早くこの遊びを終わらせないとな。
パチュリーの背中を見つめながら魔理沙はそんなことを思った。
大広間に行くとそこには予想通りルーミアが立っていた。
何やら不味い物を食べたような顔をしている。
ルーミアはこちらの存在に気づかず大広間にある美しい装飾がされている大きな窓の上を凝視している。
そこには銀色の髪を持ったメイドが器用に装飾の上に立っていた。
ルーミアが無数の黒い弾をそれに向かって投げつける。
咲夜はそれに動じず身投げをするかのようにふわりと自分の体を宙に預けた。
ルーミアの放った弾は一発も当たらない。
悔しそうに歯をグッと噛みしめている。
その様子を見ていた魔理沙は「なあ、私達も行ったほうがいいんじゃないのか?」とパチュリーに問いかけた。
「いいのよ、ここで見ときましょう。もしも彼女が逃げれたらそのとき追いかけましょう。私、疲れたもの」
はあ、魔理沙が溜息交じりの返事をした。
咲夜が床に足を置いた途端に恐ろしい数のナイフが私に向かって飛んできた。
目の前に黒い球体を作り上げそれにナイフを食わせる。
スペルカードは後一枚。
ここで逃げ切れば優勝は確実のはず。
逃げ切ってやる。私はその一心で目の前の敵と対峙する。
私の作り上げた闇が消えて咲夜の姿が現れる。
彼女が首から下げている懐中時計をピンと指ではじく。
私が不思議そうに見ていると咲夜の姿が無くなった。
変わりに団子のようになったナイフ達が宙に浮いているだけだった。
「……あっ!」時間を止めていたのか?私は思わず声上げた。
ナイフは狂ったように大広間の中を飛び回る。
どこでもいいから扉から逃げなければ。
私は狂気に満ちた凶器が飛び回る中を走りぬけすぐ近くの扉に向かった。
あと少し。もう少し。突然、左のふくらはぎに違和感を感じる。
筋肉が溶けていくような感覚がし私はその場に転げた。
恐る恐る左足を見る。無機質な光が私の足に食い込んでいる。
肌色は赤く染まり銀色も赤く染まる。
「はあ…ぁあ…」声にならない音が漏れる。
ナイフの柄の部分に手を伸ばしぐっと力をいれた。
「無駄よ」声が聞こえた。
咲夜が立っていて私に手を差し伸べていた。
「もう、終わったわ。攻撃に当たったの。もう…終わりよ」
「私の負け?私の優勝?」痛みに耐えながら聞いてみる。
咲夜は私の腕を持って肩に抱えた。
「そんな事今はどうでもいいの。それよりごめんなさい。貴女に怪我をさせるつもりは無かった」
緊張が解けるように感じた。
「あんな攻撃で当てるつもりが無いなんていえるわけないじゃない」
少しムッとしながら私は咲夜に言った。
咲夜は顔に微笑を浮かべて「あら、貴女なら避けれるかと思いまして」と丁寧な言葉遣いで返してくる。
二人で笑いあう。もう終わってしまったのか。こんな楽しかったのに。
左足の痛みはいつの間にか消えていた。
紅魔館の大広間。
テーブルには豪勢な料理が並んでいる。
八席の椅子にそれぞれ参加者が座っていた。
レミリアがコホンと咳払いをし立ち上がる。
「えー、今回の鬼ごっこに参加していただきありがとう。諸君らのおかげで私はこの一日、有意義に過ごせたと思っている」
「そして優勝者はルーミアだったので彼女の要望を聞きこの料理を用意した。えー右から順に説明していくと……」
魔理沙が隣に座っている咲夜に耳打ちをする。
「お前のご主人って…演説好きだな」
咲夜は苦笑いをしてそれに同意する。
「それにしてもルーミアが優勝したなんてな。てっきり霊夢だと思ってたぜ」
右隣の霊夢がテーブルに頬を当てながら悔しそうな顔で正面のルーミアを見ていた。
霊夢は鐘がなると同時にレミリアに捕まったらしい。なのでその後に捕まったルーミアが優勝となった。
「……と言うことで私の武勇伝はおしまい!では皆さん手を合わせてください」
レミリアの呼びかけに皆反応する。
手を合わせる。
「いただきます」それぞれの声が紅魔館に響き渡った。
「ねえ?ルーミア?貴女私をはめたときのこと覚えてる?今度同じようなことしたら覚悟しなさいよ!!」
チルノが鶏肉を食べながらルーミアを睨む。
「あーはっはっは」
ルーミアは笑いながらスプーンでチルノの頬をつついた。
「キー!!忌々しい!!」
チルノは顔を赤くしながらルーミアの頬を引っ張り上げる。
負けじとルーミアも頬を引っ張る。
「やめなさいって二人とも」母親のように美鈴が止めに入る。
その微笑ましい光景に魔理沙は溜息をつく。
「どうしたの?というかあなた早く帰るって言ってなかった?」
霊夢が紅茶を啜りながら言う。
「こんな料理前にして帰るなんて馬鹿みたいだろ?それにこういうのもたまにはいいなと思ってさ」
霊夢が微笑む。
「たまには?」
「そう。たまには。さあ、私もどんどん食うぞ」魔理沙が手当たり次第にがつがつと口に入れていく。
辺りに肉片やら野菜やらが飛び散る。
正面のパチュリーは迷惑そうな顔をしてスープを飲む。
魔理沙の隣の咲夜はレミリアの口の周りについたトマトソースをハンカチで拭きルーミア達はまだじゃれあっていた。
たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。
いや、こんな日が続けばいいな。
霊夢が一人呟いた。
窓から見える空はオレンジ色に染まっていてこの遊びに花を添えているかのようだ。
「分かれる?」
パチュリーは呟く。
霊夢は空を眩しそうに見ながら「ええ、そうしましょうか」と静かに言う。
きっと鬼ごっこも終わりに近づいてきている。
「じゃあ、お互いの健闘を祈りましょ」
霊夢は手を伸ばす。
パチュリーは無言でそれに応じた。
くるりと踵を返し霊夢は図書館を後にした。
パチュリーも同じように霊夢とは反対側の廊下に歩き出す。
「やはりまだ図書館にいるのでは?」
一階の応接間で咲夜はタンスの中を探したり振り子時計の裏を見てみたりして言う。
「んー…魔理沙だけじゃきつかったかしら?」
咲夜の後ろで机の下などを確認しながらレミリアが言う。
やはりこの部屋にも後の三人はいない。
咲夜達は諦めて応接間から出た。
廊下を歩きながら他に隠れれそうな場所はないかと咲夜はこの館の構図を思い浮かべた。
食堂にもいない。
大広間にもいない。
メイド達の小部屋を探していたら日が暮れてしまう。
う~ん……と咲夜は頭を掻き毟る。
「二階は美鈴。三階はチルノ。今のところ不自然な音が無いということは見つけていないということですね」
霊夢はさきほど見かけたのだが後の二人はどこにいるのだろう。
「やっぱりあなたの言うとおりまだ図書館にいるのかしら?」
私の言葉を流しお嬢様がこちらに訊ねる。
「まあ、その考えが妥当かと…」
私は曖昧な返事を返す。
結局私達は図書館へ向かった。
「うわぁ…何ですか。これ…」
苦笑いを浮かべながら私は図書館の扉に目をやる。
扉はズタズタに引き裂かれ辺りに木製の欠片が散乱している。
かろうじて残っている扉の下の方も先ほど起きた何かの凄惨さを物語っている。
「後でメイド達に直させておいてね」お嬢様が扉を見、そして私を見てごまかすような笑いを浮かべる。
この笑みには逆らえない。
「この中にいるかしら?」
お嬢様が図書館の入り口からヒョコッと中を覗く。
動く物が無いような内部に見えるものは倒れた本棚とたまに吹く風に揺らめく蝋燭の炎だけであった。
お嬢様が「ちょっと待ってて」と言って中に入っていく。
しばらくするとお嬢様が魔理沙を連れて戻ってきた。
「おう、お前も捕まったのか」と言いながら魔理沙が笑いながら私の肩を叩く。
「今ざっと中を調べたけどやっぱりいなかったわ。魔理沙も加わったことだしここから別々に行動しましょう」
お嬢様が提案する。
「私はいいぜ。ずっと中にいたもんで暇だったんだ」
魔理沙は腕を左右に振ってやる気十分のようだ。
「咲夜は?」お嬢様が私のほうを向いて訊ねる。
「お嬢様の意見に従いま……」私がその言葉を言いかけた時。
頭上から押さえつけられるような爆音が鳴り響いた。
私は震え上がってその場に立ちすくむ。
やがて鬼の雄たけびのような音が止むと「二階ね。行きましょう」とお嬢様が上を見上げながら言った。
私達もどこか惹かれるその背中に無言でついて行った。
大きな火の玉が目の前で炸裂する。
パチュリーのスペルカードロイヤルフレアだ。
小さな太陽が出来たのではないかという錯覚を覚える。
爆音と共に溢れ出す光は美鈴を飲み込んだ。
熱い。美鈴は目の前の灼熱から逃れようとじりじりと後ろに後ずさる。
熱さも我慢できるような位置からその物体をもう一度確認した。
溶岩の塊が宙に浮いている。向こう側にはパチュリーの姿が見えた。
彼女は目から下を手で守るようにしその場から立ち去ろうとしていた。
私は目の前に浮かんでいる溶岩をどうしようか考えた。
溶岩は周りに置いてある振り子時計や何かの銅像を溶かしていく。
時々飛んでくる火の粉は廊下に落ちると申し訳程度に炎を吹きすぐさま消えた。
早くしてこの溶岩を打ち砕かなければ。パチュリーが逃げてしまう。
私は姿勢を正し大きく息を吸った。
そして拳に感覚を集中させる。
そのまま腰を落とし自らの状態を低くする。
迷いがあれば負ける。拳の力を一層強くした。
スペルカードは使わない。
この拳一つあれば十分。
溶岩に向かって跳びかかる。
「はあああぁ!!」
腰の位置に収めていた拳を溶岩に突き出す。
拳が溶岩とぶつかり合う。
私の体よりも小さい物体なのにびくともしない。
メキメキと拳の骨が悲鳴を上げる。
ここで引くわけにはいかない。
右手にさらに力を入れる。手ごたえがあった。
拳が溶岩の中に埋まっていくような感覚がした。
溶岩に卵のようなヒビが走っていき様々な方向に弾け飛んだ。
飛んでいった破片は魔法の様に一瞬で火を噴くのをやめる。
「ふう…」
辺りは黒焦げになっていたがそんなこと気にしない。
自分の拳を眺める。
また強くなれた気がする。
拳を撫で笑う。
・
・
・
何か忘れているような気がする。
「……あ!!」
慌てて私は駆け出す。
お遊びの途中であることをすっかり忘れていた。
パチュリーが逃げた方向へ私は向かった。
美鈴と遭遇して私はすぐさまロイヤルフレアを放った。
目の前には上に向かう階段。
どうしようか。この上にもきっと誰かいるだろう。
残されたカードは後二枚。
なるべく戦闘は避けたい。
あの技で美鈴を足止めできるのも時間の問題だ。
少し迷ったが三階に行くことにした。
一歩一歩階段を上がっていく。
レミリアの趣味かは定かではないが手擦りの始まりの部分には必ず骸骨の彫刻が彫ってあるのだ。
手擦りを使って階段を上る。
階段の踊り場まで言ったところでいきなり上から無数の星が降ってきた。
「……くっ」
目の前に小型の竜巻を発生させ星を弾く。
上を向くと魔理沙が三階の手擦りにもたれながら手を振ってきた。
私はもと来た方に向きを変え二階に逃げる。
「無駄だぜ。そっちには美鈴にレミリア、咲夜までいる」
魔理沙は手擦りにまたがりゆっくりと滑り落ちる。
やっぱり走るのには慣れていない。
すぐに息が上がる。
正面は美鈴。後ろは魔理沙。
咄嗟の判断で左に逃げる。
それが運の尽きだった。
オレンジ色の光が窓から溢れる様に出ていて反対側にある扉に幻想的な陰を描きこんだ。
その中から彼女は現れた。
誰もが恐れる小さな悪魔。
レミリア・スカーレットが私を見つけてニヤリと笑う。
彼女にも扉と同様に黒い十字の陰が纏わりついている。
勝負は一瞬だった。
スペルカードを取り出し技を発動しようとした瞬間。
彼女は手に大きな紅色の槍を創りだしていた。
「スピア・ザ・グングニル」
レミリアは小さな体に似合わず巨大な槍を難なく振り下ろしこちらに投げてきた。
見たことも無いスピードで槍がこちらに飛んでくる。
無抵抗な鼠の様に私は横に飛んで転がった。
起き上がって顔を上げたときにはもうレミリアが前で手を組んで立っていた。
レミリアは私の肩を叩き「はい、鬼」と笑いながらいった。
いくらなんでも強すぎる。
手加減というものを知らないのだろうか。
私は肩をがっくりと落とした。
五人の鬼達がパチュリーが捕まった場所に集まった。
「これで後二人ですね」
咲夜が口を開く。
「え………もう霊夢だけじゃないの?」
パチュリーが皆に訊ねる。
「私も思った。霊夢とあとひとり誰だ?」
「ルーミアよ。チルノを罠にはめた後まだだれも姿を見ていないわ」
「あいつそんなことする奴だったんだな……」魔理沙が呟く。
沈黙が続く。
鬼の一同が(チルノのぞく)確かにという顔をした。
レミリアがパンと手を鳴らし沈黙を破る。
「とにかく、こんなところでうだうだやってても始まらないから皆手分けして探すわよ」
その言葉のとおり二人と三人に分かれた。
「じゃあ、私達は三階にいってチルノに会いに行くわ」とレミリアは咲夜を連れて三階へと続く階段に進んでいった。
残された三人はひとまず一階に戻ることにした。
これだけ二階で騒ぎを起こしたのだ。きっともう二階には誰もいないだろう。
魔理沙は美鈴とパチュリーの後に従って歩き始めた。
一階に下りる階段を皆静かに下りる。
不気味なほど静かな一階。
本当に生き物がいるのだろうか。という錯覚を覚えさせるようなほどの静けさだった。
三人は何も言わず一階に部屋を手当たり次第に回った。
しかしこれといった収穫はやはり無い。
調理室を出た所で魔理沙が口を開いた。
「そういえばパチュリーってさっき霊夢と一緒にいたんだよな?」
パチュリーは何も言わずこくりと頷く。
「分かれた時、あいつはどっちにに行ったんだ?」
思い出すような仕草をし、やがてパチュリーは独り言のようにしゃべり始めた。
「私と反対方向。私は二階へ続く階段の方に行ったからきっと彼女は大広間を抜けて館の左側に行ったわ」
美鈴が口を挟む。
「では、応接間かメイド達の小部屋のどれかになりますね」
後、地下牢ね。とパチュリーがぼそりと呟く。
「へえ、地下牢なんてあんのか。ここ」
魔理沙が感心する。
魔理沙は美鈴が微妙な顔をしているのに気が付く。
「……?…どうしたんだ?」
彼女は作り笑いのような笑みを浮かべながらにこやかに返した。
「あ、あそこはきっといませんよ。だって暗いし何も見えないし……は、ははは…」
パチュリーがクスッと笑う。
「さ、行きましょ」と言うとパチュリーはいつもより軽やかな足取りで地下牢に続く道を進む。
魔理沙はそれについて行ったが美鈴は「は、ははは…」と言いながらそこで立ち止まっている。
「お~い、早くしないと置いてくぞ」魔理沙が呼びかけると美鈴は我に返りいやいや二人についていった。
「なあ、あいつさっきからおかしくないか?」
魔理沙がパチュリーに耳打ちする。
大広間を抜けてしばらく続く廊下を十字道になっている所で左に曲がる。
魔理沙が行ったところも無いような場所だ。
「着けばわかるわ」
口元に微笑を浮かべながらパチュリーが言葉を返す。
今歩いている廊下は左右に窓が取り付けられていて外からの光に照らされて魔理沙たちの前の道は綺麗な黄金色に輝いている。
稲穂の上を歩いているような気分になり魔理沙は少し気分がよかった。
それにしてもこの道はどこまで続くのだろう。
右の窓を見ると紅魔館の大きな時計台が目に入った。
夕日に照らし出される黒色の針は悪魔の尻尾を連想させる。
しばらく魔理沙はこの幻想的な風景を眺め楽しんだ。
後ろについてきている美鈴はそんな物も目に入らず俯いてなにやら独り言を呟いていた。
辺りはさっきとは全く別の場所になっていた。
先ほどのすばらしい風景が一変して冷たい薄暗い道が続く。
窓も無くなり明かりは図書館に置いてあるのと同じ蝋燭が不気味に空中を浮いているだけだ。
まさかこんな所があるなんて。
魔理沙の頬を冷たい空気が撫でる。
身震いをして魔理沙がパチュリーに訊ねる。
「おい、まだか?それにしてもこんな所が紅魔館にあるなんて……少しびっくりしたぜ」
パチュリーが立ち止まり振り向く。
「来客には余り知られていないところだもの。当然よ。それよりついたわよ」
そう言いながらパチュリーは指を指揮者のように振った。
するとどうだろう。空中に浮かんでいた星のようにあたりに散りばめてあった蝋燭達が彼女に従うようにパチュリー達の前に
集まった。
目の前には大きなレンガの壁があった。
黒色に染められていて不気味さ一層が増す。
その中央に鉄でできた小さな扉が張り付くようにしていた。
魔理沙達は扉を囲うように立った。
「ここか…」なるほど美鈴が怯えるのもわかる気がする。
それにしても美鈴は恐いものがあるなんて全く知らなかった。
美鈴をみると恐怖なのか寒さなのか顎をガチガチと震わせている。
魔理沙は気づかれないように苦笑いを浮かべた。
それにしても本当に気持ちの悪い場所だ。
ただでさえ薄気味悪いのにこの扉についている鉄格子の窓から風が吹いてきて顔にまとわりつくようだ。
こんな所に人がいるのか?
魔理沙は心の中で呟いた。
「さあ行くわよ」パチュリーが意気込んだ。
ドアノブをしっかりと握り締めくるりと回しそっと扉を押す。
ギイイイイィィィ………
後ろから吹く風急かされるようにに押される。
「……なんにも見えないな…」魔理沙のその声は暗闇へと消えていった。
パチュリーが黙って扉の中に入っていく。
コーン…コーン…とパチュリーの靴と床の触れ合う音が響く。
「……早くついてきてよ…」
動揺もせずパチュリーが魔理沙に向かって言う。
急いで魔理沙はパチュリーのそばに寄った。
外からは全く見え無いが中は下へと続く螺旋階段になっていた。
奈落の底から風が吹いてきた。
ぶるるっと身震いする。
「わ、私はここで待ってます」やせ我慢のような笑みを浮かべて美鈴が言った。
そんなに恐いのだろうか。
パチュリーが溜息をつく。
「分かった。じゃあここで待ち伏せしていてね。さ、魔理沙はついてきて」
歩みを進めるパチュリーの服の裾をしっかり掴んで魔理沙は螺旋階段を降りていった。
やっと地下牢に着いた。
やはり地下牢ということだけはある。
よく見えないが入り口の扉のような扉が綺麗に設置されており割れたカンテラや主のいない蜘蛛の巣などが天井を覆っていた。
暗くて前も全く見えない。
かろうじてパチュリーの足元と周りの壁が見えるだけだ。
突然、悪魔の雄たけびのような風が勢い良く吹いてきた。
魔理沙は帽子をしっかり押さえながらパチュリーに訊ねた。
「さっきから吹いてるこの風って一体何なんだ?」
「ここは何年も人が入って来ていない。だから壁が風化して所々に穴ができてるの。そこから流れ込んできている風よ。別に化け物が住んでる訳でもないし
誰かの魔法でもない」
魔理沙も人が住まわない家が徐々に朽ちていくことは知っていた。
なるほど、ここはその典型的な物の一つか。魔理沙は壁に手を添えた。
壁の表面がクッキーのようにボロボロと砕け散り地面に落ちる。その音に反応して周りの鼠が忙しなく動くのが分かった。
階段からちょうど一つ目の扉の前で立ち止まりパチュリーが辺りを見回す。
「……今聞こえた?」パチュリーが声の大きさを低くする。
「え?ああ、鼠の鳴き声だろ」
魔理沙が返すとパチュリーが「そうじゃなくて」と振り向き魔理沙の目を見て言った。
「きっと、奥に誰かいる……今鼠の声に混じって砂を擦るような音がした」
そんな音、魔理沙には全く聞こえなかった。
今もやはり聞こえない………
じりじりと魔理沙たちは音の聞こえた方へと向かう。
冷や汗が額に浮いてくる。
一歩ずつ確実に前に進んでいるはずなのに見えてくるのは暗黒とたまに落ちている白い小さな物だけだった。
ザクッザクッザク。奥に進むごとに床の砂の量が増す。
魔理沙は一向に進展しないこの行動に溜息をつく。
きっと空耳だろう。どうせ奥には誰もいないんじゃないのか?
そんなことを思うようになりさらに大きな溜息を漏らす。
ギリッと聞きなれない音がした。
それと同時にパチュリーの体がピクンと止まる。
「今の……」声を潜めてパチュリーが言う。
「ああ、聞こえた。私達の靴の音じゃなかった」
これでこの地下牢に誰かが隠れているのが分かった。
(……どこにいる?…どこに…)
その音が遠くで鳴った音なのか近くで鳴ったのか魔理沙には分からなかった。
もしかしたら逆側の壁を伝って歩いているのかもしれない。
その音はまた聞こえてきた。
息が荒くなる。鼓動が大きく高鳴る。
真っ暗で何にも見えない。追われている訳でもないのに恐怖がこみ上げてくる。
砂を何かで擦らす音は次第に聞こえる間隔が狭くなっている。
「魔理沙よけて!!」
パチュリーが叫ぶ。
パチュリーの頭上を真っ白の光が飛んでいくのが見えた。
反射的に魔理沙は横に飛んで階段から落ちるように転がった。
「くそっ!どこだ!」
起き上がり辺りを見回す。
パチュリーが目の前に立っていてその先には恐ろしいほど大きい闇があった。
丸い闇がこちらに押し寄せてくる。
「後ろに逃げて!早く!」パチュリーに急かされ魔理沙はもと来た方向に突っ走る。
パチュリーは空中を舞いながら魔理沙の隣に来た。
今も尚、周りの全てを飲み込むように闇が追いかけてきている。
「きっとルーミアだな。あいつなら暗いところでも目が良く利く」
さっきの光はルーミアだったに違いない。
それにしてもよくこんな所に長い間隠れれたな、と思わず魔理沙は感心する。
「きっとナイトバードね」パチュリーが後ろを振り向きながら呟く。
「あいつの周りだけじゃないのかよ!?闇が出来るのは!」
魔理沙はまだ先の見えない黒い通路を走りながら叫ぶ。
「だからスペカでしょ?スペカならそういうことも可能じゃないの?」
平然とした態度でパチュリーが返す。
肉食動物から逃げるか弱き小動物の様に二人は走り続けた。
「あった!階段だ!」魔理沙が指を指す。
入るときは地獄の入り口に見えた階段がまるで天国に繋がる階段に見えた。
二人は一歩ずつ確実に闇から逃れていった。
階段の頂上には開きかけの扉があった。蝋燭の明かりだけでも神々しく見える。
パチュリーがそれに続いて魔理沙が小さな扉から抜け出した。
扉をしっかりと閉め一息つく。
魔理沙は今起こった出来事が夢だったかのように思えた。
こんな出来事日常じゃあ味わえない。
さっきまで恐怖ばかりが胸の中を占めていたが急にそれが楽しさに変わってきた。
魔理沙はその場に座り込んで笑った。
「どうしたの?鬼ごっこはまだ終わってないわよ?」
パチュリーが不思議そうな顔をして魔理沙を見る。
「いやあ、やっぱり一人でいるより皆で遊んだほうが楽しいんだなあっていきなり思ってさ」
「そうね。でも私はたまにでいいと思うわ。こういうのは」
感心しているのかそうではないのか。
曖昧な言葉をパチュリーが返す。
「そうやって感傷に浸るのもいいけど早くルーミアを追いかけないと……」
パチュリーは扉を背にし歩み始めた。
廊下に倒れこんでいるものが見えた。
パチュリーの背中に寒気が走る。
鬼ごっこはまだ終わっていない。
「美鈴?聞こえる?」
美鈴はパチュリーに肩を抱かれた状態になっていた。
魔理沙は横で心配そうに見ている。
しばらく声をかけていると美鈴はゆっくり眼を開けた。
「あ、パチュリーさん。戻っていらしたんですか」
パチュリーの顔を見るなり何事も無かったかのように美鈴が口を開く。
「ルーミアがここに来なかった?」
パチュリーがなだめる様に言った。
しばらく美鈴は黙っていてそれから思い出したかのように喋り始める。
「見ました。真っ白な彗星みたいなのが扉からいきなり飛び出してきて私の前で止まったんです。
ルーミアさんでした。その後すぐにルーミアさんはスペルカード発動してきて私の前にこんなにでっかい
大きな闇を作り出したんです」
美鈴が手振りでその大きさを伝えようとする。
「それで…ほら、私暗いのとか駄目じゃないですか。それに飲み込まれてから私恐くて足がすくんで……」
たははと言いながら美鈴が頭を掻く。
「それで?彼女がどこに行ったかわかる?」
パチュリーが呆れた顔をして訊ねた。
「多分……大広間の方ではないでしょうか?はっきり見ていないので分かりませんが…」
魔理沙は腰に手を当てふうと息を吐く。
きっと小部屋なんてものはこの空間には無いだろう。
こんな所に部屋を置くなんて頭がおかしいとしか思えない。
隠れる場所がここには地下牢しかないのだ。
「ルーミアは戻ったと思うのが妥当だな」
魔理沙がまとめる様に言う。
「ええ、そうね。急ぎましょう。今なら間に合うかもしれない」
その言葉で美鈴は立ち上がりパチュリーの後ろにつく。
蝋燭が三人を応援するように輝いていた。
紅魔館の時計の針が一直線になった。
同時に時計のすぐ下にある鐘が揺れる。
「……もうこんな時間か……早くしないとな」
魔理沙が時計塔を見つめ呟く。
早くしないと帰りが遅くなる。
帰りが遅くなるって事は寝る時間が短くなるって事だ。
それは魔理沙にとってとても不愉快なことらしい。
早くこの遊びを終わらせないとな。
パチュリーの背中を見つめながら魔理沙はそんなことを思った。
大広間に行くとそこには予想通りルーミアが立っていた。
何やら不味い物を食べたような顔をしている。
ルーミアはこちらの存在に気づかず大広間にある美しい装飾がされている大きな窓の上を凝視している。
そこには銀色の髪を持ったメイドが器用に装飾の上に立っていた。
ルーミアが無数の黒い弾をそれに向かって投げつける。
咲夜はそれに動じず身投げをするかのようにふわりと自分の体を宙に預けた。
ルーミアの放った弾は一発も当たらない。
悔しそうに歯をグッと噛みしめている。
その様子を見ていた魔理沙は「なあ、私達も行ったほうがいいんじゃないのか?」とパチュリーに問いかけた。
「いいのよ、ここで見ときましょう。もしも彼女が逃げれたらそのとき追いかけましょう。私、疲れたもの」
はあ、魔理沙が溜息交じりの返事をした。
咲夜が床に足を置いた途端に恐ろしい数のナイフが私に向かって飛んできた。
目の前に黒い球体を作り上げそれにナイフを食わせる。
スペルカードは後一枚。
ここで逃げ切れば優勝は確実のはず。
逃げ切ってやる。私はその一心で目の前の敵と対峙する。
私の作り上げた闇が消えて咲夜の姿が現れる。
彼女が首から下げている懐中時計をピンと指ではじく。
私が不思議そうに見ていると咲夜の姿が無くなった。
変わりに団子のようになったナイフ達が宙に浮いているだけだった。
「……あっ!」時間を止めていたのか?私は思わず声上げた。
ナイフは狂ったように大広間の中を飛び回る。
どこでもいいから扉から逃げなければ。
私は狂気に満ちた凶器が飛び回る中を走りぬけすぐ近くの扉に向かった。
あと少し。もう少し。突然、左のふくらはぎに違和感を感じる。
筋肉が溶けていくような感覚がし私はその場に転げた。
恐る恐る左足を見る。無機質な光が私の足に食い込んでいる。
肌色は赤く染まり銀色も赤く染まる。
「はあ…ぁあ…」声にならない音が漏れる。
ナイフの柄の部分に手を伸ばしぐっと力をいれた。
「無駄よ」声が聞こえた。
咲夜が立っていて私に手を差し伸べていた。
「もう、終わったわ。攻撃に当たったの。もう…終わりよ」
「私の負け?私の優勝?」痛みに耐えながら聞いてみる。
咲夜は私の腕を持って肩に抱えた。
「そんな事今はどうでもいいの。それよりごめんなさい。貴女に怪我をさせるつもりは無かった」
緊張が解けるように感じた。
「あんな攻撃で当てるつもりが無いなんていえるわけないじゃない」
少しムッとしながら私は咲夜に言った。
咲夜は顔に微笑を浮かべて「あら、貴女なら避けれるかと思いまして」と丁寧な言葉遣いで返してくる。
二人で笑いあう。もう終わってしまったのか。こんな楽しかったのに。
左足の痛みはいつの間にか消えていた。
紅魔館の大広間。
テーブルには豪勢な料理が並んでいる。
八席の椅子にそれぞれ参加者が座っていた。
レミリアがコホンと咳払いをし立ち上がる。
「えー、今回の鬼ごっこに参加していただきありがとう。諸君らのおかげで私はこの一日、有意義に過ごせたと思っている」
「そして優勝者はルーミアだったので彼女の要望を聞きこの料理を用意した。えー右から順に説明していくと……」
魔理沙が隣に座っている咲夜に耳打ちをする。
「お前のご主人って…演説好きだな」
咲夜は苦笑いをしてそれに同意する。
「それにしてもルーミアが優勝したなんてな。てっきり霊夢だと思ってたぜ」
右隣の霊夢がテーブルに頬を当てながら悔しそうな顔で正面のルーミアを見ていた。
霊夢は鐘がなると同時にレミリアに捕まったらしい。なのでその後に捕まったルーミアが優勝となった。
「……と言うことで私の武勇伝はおしまい!では皆さん手を合わせてください」
レミリアの呼びかけに皆反応する。
手を合わせる。
「いただきます」それぞれの声が紅魔館に響き渡った。
「ねえ?ルーミア?貴女私をはめたときのこと覚えてる?今度同じようなことしたら覚悟しなさいよ!!」
チルノが鶏肉を食べながらルーミアを睨む。
「あーはっはっは」
ルーミアは笑いながらスプーンでチルノの頬をつついた。
「キー!!忌々しい!!」
チルノは顔を赤くしながらルーミアの頬を引っ張り上げる。
負けじとルーミアも頬を引っ張る。
「やめなさいって二人とも」母親のように美鈴が止めに入る。
その微笑ましい光景に魔理沙は溜息をつく。
「どうしたの?というかあなた早く帰るって言ってなかった?」
霊夢が紅茶を啜りながら言う。
「こんな料理前にして帰るなんて馬鹿みたいだろ?それにこういうのもたまにはいいなと思ってさ」
霊夢が微笑む。
「たまには?」
「そう。たまには。さあ、私もどんどん食うぞ」魔理沙が手当たり次第にがつがつと口に入れていく。
辺りに肉片やら野菜やらが飛び散る。
正面のパチュリーは迷惑そうな顔をしてスープを飲む。
魔理沙の隣の咲夜はレミリアの口の周りについたトマトソースをハンカチで拭きルーミア達はまだじゃれあっていた。
たまにはこんな日があってもいいのかもしれない。
いや、こんな日が続けばいいな。
霊夢が一人呟いた。
2話じゃまだ捕まってなかった気がするけど…
視点が切り替わる形式の場合、そういう小さな所にも注意すると読みやすくなると思います。
それと仮に門番やってる美鈴が霊夢に突き飛ばされて派手に転がる、闇に包まれただけで気絶するのはどうかと